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短篇集

誰も好きになれない男の話

彼は親しい人間を失うことに恐怖心を抱いている。

誰かと仲良くなれそうでも、一定以上踏み込まない。

上辺だけの人間関係を築いて、それから自然消滅したり、切断することに慣れている。


子供の頃の経験が原因だ。


幼少期に彼の両親が離婚した。

離婚の理由は両親の性格の不一致。

彼は母親の実家で暮らすことになり、月一で父親と面会することになった。

朝に父親が車で迎えに来て、夜に返される。

父親と遊ぶことは楽しかった。

母親が知らない遊びをたくさん教えてくれた。

子供の彼には、大好きな父親と月一でしか会えないことがガマンできなかった。

母親の元に返されるときは、父親と別れたくなくて泣きじゃくった。

悲しみのあまり吐くこともあった。

そんなことが月一で、何度も何度も繰り返された。

母親は彼を愛していたが、父親を強く憎んでいた。

彼は母親に「もっと父親と会いたい」と言い出すことはできなかった。

父親の話題を出すことすらタブーだった。

母方の祖父母は、母親と同様に父親を憎んでいた。

誰にも相談できず、ストレスのはけ口は皆無だった。

一番つらかったのは、父親と面会した日の夜や、その後の数日間だ。

次に父親と会えるまで、一ヶ月も待たなければならない。

日常生活を送る中で、自然と涙がこぼれた。

父親と会いたいがために泣いたことを知られたら、母親や母方の祖父母は機嫌を悪くする。

だから、トイレで静かに泣いた。


子供の彼が取った解決策は、自分が父親を好きではない、と思い込むことだった。

感情を麻痺させると、面会日の夜、父親と別れることが悲しくなくなった。

吐かなくなり、泣かなくなり、「じゃあまた」と、普通に別れの挨拶ができるようになった。

同時に、父親と会うことが楽しいとも思えなくなっていった。

楽しいと思えば、別れが辛くなる、という単純な理屈だ。

親父とのやりとりが他人行儀になっていく。

彼はそんな自分が嫌だった。でも、元の感情的な自分に戻ろうと思っても戻れない。

彼が小学生のとき、父方の祖母が死んだ。

彼は葬儀で一滴の涙も流せなかった。

父親や父親の兄弟が、薄情な子だという目で彼を見た。

彼は冷静に考えていた。

死別を予想して、その人との人間関係レベルを落としておけば、悲しまずに済むのに、と。


彼はありとあらゆる人間関係において、別れを最初に考えるようになった。

永続する人間関係はないし、深入りすればするほど、別れたときの悲しみが大きくなる。

予防線を張り巡らせて、別れへの準備を怠らなかった。

中学、高校、大学と学校が変わるたびに、前の学校の友人関係を粛々と清算してきた。


二十代の前半、恋人を作った。

時間が別離の痛みを忘れさせ、心の防御壁が崩れていた時期だった。

誰かを信じて、愛することの素晴らしさを再び味わった。

その後、よくある恋人の裏切りにあった。

恋人が離れていったとき、彼は以前よりもさらに強固な防御壁を心に張り巡らせた。

友達として関係を続けよう、と元恋人から連絡があったが、

メール、電話、SNS、全てにおいてブロックした。

彼は、父親と母親という最悪の例を見ておきながら、恋人を作った自分を愚かしいと思った。

性欲と愛情を切り離して考えるようになった。

自慰をすれば、女への興味が喪失した。

親が離婚している人間は、自分はもっと幸せな家庭を築こう、と思うか、

離婚した親の子供である自分に幸せな家庭が築けるわけがない、と思うかのどちらかに属する。

彼は後者になった。


彼は歪みきって、臆病な自分を自覚している。

でも、どうしようもできない。立ち直る意志がない。

彼は多分、二度と人を好きになれない。


人だけでなく、色々なものに興味が失われていくのを感じる。

慢性的な抑うつ状態が続いている。

彼は人当たりの良い仮面を被り、しかし誰にも深入りしない人生を歩み続け、やがて孤独に死ぬ。

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[一言] 私の事書いてくれて有り難う
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