白い手
白い手
Aはハンサムで金持ちである。だからAは鼻持ちならないおとことして有名だった。
彼はいまB夫人ととあるリストランテで相対して、実に朗らかに昼食を摂っている。
これに対して、夫人はこわばった笑みを浮かべてもじもじと仕方がなく座っている。
それもその筈。
Aは夫人の友人でも何でもない。以前、夫人が開いたホームパーティに招待もなしに乗り込んできた挙句、招待客の女性に平手打ちをくらった見知らぬ男に過ぎないから。
パーティをめちゃめちゃにされた夫人は怒り狂い、男をその場でひどく叱責した。
しかし、あとで夫から男がAであることを知らされ、夫人は後悔する。
「マルガリーテ。AはC社とD社とE社の大株主なんだ。知らなかったとはいえ、罵ったのは少々まずかったな」
夫人は今日、買い物をしたついでにひとりで昼食を摂ろうとリストランテに入ったところを偶然にAと出くわし、押しかけられて同席する破目になったのだ。なにを話していいのかもわからない。
「田舎(別宅)で母はよく色んなバラを育ててましてね。季節になると、よく人にあげていたものですよ」
Aは話題を豊富に持つらしく、バラの品種についてラテン語の学名込みで得々と語った。
夫人はコクコクとうなづきつつ、気まずい昼食をとるより仕方が無かった。
だが、またしてもAの突飛な行動で夫人の気まずい昼食の様子にも転機がおとずれる。
Aは突然語るのを止め、皿のパスタをくるくるとフォークに巻き取ると床にペチョと捨てた。そして、夫人にニッコリと笑いかけながら言った。
「これが今日2回目の嫌がらせ。僕はもう34だ。自分が人に嫌われていることにも気づいている。だったら、残りの人生を大いにわがままに生きてやろうと思っているんだ。人に気を使うなんてもう飽き飽きしたのさ」
夫人は一瞬目を丸くした。しかし、しばらくすると男の子供っぽい仕業に笑いがこみ上げてきた。
夫人も体裁振ってひとに気を遣う生活に内心飽き飽きしていた。
それに、ここは有名なリストランテだが、この皿のパスタはひどすぎる。夫人も固くて口の中に残る乾燥した味わいに辟易していたのだ。
ひとしきり笑ったあと、夫人ももう体裁振ることは止め、仲の良い友人のように素直に疑問を口にした。
「彼女さんとはどうなりましたの?」
Aは肩をすくめてみせた。
「男女の仲とは難しいものでございますわよね。宅でも困っておりますわ。夫に体裁振る口うるさい女と叱られておりまして」
「わかってはいるんですがね。なかなか自分の気持ちに素直になれないものなんですよね。人間というのは」
Aと夫人はお互い朗らかに笑いあった。
と、そこへ給仕がやってきた。
「お客様。なにか当店に不調法な点がございましたか?パスタにお気に召されないことがございましたか?」
「いや。ないよ。手が滑っただけさ。でも、パスタはもう要らないから、この皿は下げてくれ」
「シー(はい)。セニョール。では、ふた皿目をお持ちしてもよろしいですか」
「うん。そうしてくれ」
給仕が立ち去ったあと、給仕の取り澄ました様子にAと夫人はまた笑った。
給仕は口では慇懃だったが、態度は明らかに有名店であることを鼻にかけていた。
Aと夫人は実に久しぶりに晴れ晴れとした気分で昼食をとることができた(食事自体はそんなにうまいわけではなかったが)。
こうしてAと夫人の関係は改善されたわけだが、その後、ふたりの仲が男女の関係に発展することはなかった。
しかし、リストランテでAと夫人が楽しく昼食をとったことをどこからかで漏れ聞いた夫は夫人に前より優しくなった。それで、夫人と夫との関係は以前よりもいいものになった。
結論。
Aはハンサムで金持ちである。だから多くの夫に鼻持ちならないおとことして嫌われる。
ちなみに、Aが押しかけて夫人の同席を強要したのは、夫人の手をよく見たかったからにすぎない。夫人のまだ十分に白く美しい手は亡くなったAの母の若い頃の手にそっくりだったのだ。
相変わらず文章が下手で申し訳ありません。僕としては派手なアクションやミステリーでなくても日常に面白い話はいくらでもころがっていることを表現したかったのですが、どうもうまくいきません。