逃げ魔導師・加担屋
ナタリア。その世界の住人がそう呼ぶ世界。
その世界は魔力と呼ばれる力が存在し、それを用いて魔導を発動させることができる世界。
魔導。魔を導くと書く通り、魔力を集合させて術という形へ導くそれは、使う者とそうでない者を分け、待遇に差をつけた。それほど便利なものだった。
なにせ大体のところへ応用できるのだ。そんなものが使えるものたちを優遇しないというのはおかしい話だろう。
当然、それが扱えるものたちが通う学校も存在するのだが……その中にも優劣というものは存在し。
『劣等生』と蔑まれている人間が存在するのも、確かである。
……一人の少年がその場に存在していた。背格好は十に満たないかどうかといった具合。
その場は裏道だった。細い路地裏だった。
辺りは煉瓦の建物に囲まれているその場であったが、彼はこの場を正しく『認識』出来ていなかった。
煉瓦の建造物に囲まれているにもかかわらず、彼には別なモノが映っていた。
――それは、粒のようなものだった。
――それは、色を持っていた。
――それは、空気に浮いている物と固まっている物に分かれていた。
疑問に思わなかった彼だったが、それこそが疑問。だが答えというものは他者には理解できず、また、この場で理解する気はないようだった。
不意に。彼は右腕を肩まで上げて、勢いよく下に振り下ろした。
たったそれだけなのに、そこから直線距離千グロア(約一キロ)・幅三グロア(約三メートル)の地面や建物を抉り取った。
これを見た住人達は阿鼻叫喚の大騒ぎ。逃げ惑ったり発生源らしき場所に顔をのぞかせたが。
そこには誰もいなかった。まるで最初から存在していなかったかのように。
そんな未曾有の大災害が起こって七年。
災害の跡もなくなり、人々も忘れかけ、発展し、国立の魔導学校が設立されて二年がたった――丁度大災害があった日と重なった――ある日。
その学園長室に荷物らしい荷物を持っていない、ゴーグルをつけているみすぼらしい少年が存在していた。
特徴という特徴といえばゴーグルをつけているぐらいで、銀髪のウルフカットでスラム街にでもいそうな少年なのだが、その姿はとても堂々としていた。後は、両頬に一本ずつ線の傷があるぐらい。
その少年は、テーブルの上に胡坐をかきながら目の前で唸っている人物に言った。
「つぅ訳でこの学校に入学することになったんだが。頭おかしくなったかぁ? 学園長さんよ」
「……ミッシェル君。君があの『加担屋』なのかね」
「あぁそうさ。暗殺計画から告白の手伝いまで。金さえ払ってくれればどんなものにも加担してやる。それが俺だ」
「…加担屋。突如として現れ、色々なものに加担するって話を聞いてたが……まさか子供だったとは」
「子供だと思ったら痛い目見るぜ? なんたって、色々なものに加担してるからな!」
豪快に笑う少年――ミッシェル。それを見た学園長は、見ていた書類を机に置いてため息をつく。
「……そんな奴がまさかこの学校に入学するとはなぁ……一体何が目的だ」
「仕事。安心しろよ。こっちからケンカ売ることなんてしないから」
「…はぁ」
あっけからんと答えるミッシェルにため息をつく学園長。
それを見たミッシェルは「今の毛がさらになくなるぞ?」と茶化す。
言われた本人はショックを受けるがすぐに立ち直ったようで、「いつから学校には来るんだ?」と問いかける。
「明日」
「急じゃの」
「じゃなかった今日だ」
「急すぎる!」
「いや明後日だったかな?」
「どっちじゃ!」
「あ、悪い。昨日の内に入学届受理されてるから今日はその挨拶に来ただけだったんだ」
「儂知らんぞそれェェェ!」
「じゃなー」
「あ!」
言うや否や突如として姿が消えるミッシェル。その光景に学園長は声を上げて驚いたが、ふともう一つの通り名を思い出し、感心した。
「あれが『逃げ魔導師』の異名を持つ男か……魔導の形を見せずに消えるとは、あの年で余程修練を積んだようじゃの」
そこから急に神妙になる。
「しかし『加担屋』が入学、か……今年は荒れるのぉ儂の胃と学園が」
そう思ったらキリキリと痛み出したので、学園長はそれ以上考えることをやめた。
「さて学園長への挨拶は済ませたし……早速仕事すっかな」
ぶらぶらと校舎内を歩きながら、きょろきょろと見渡しながら、彼は呟く。
彼の言う仕事。それは、『加担屋』という彼が名乗る職業に関係している。
先ほど自分が言った通り、彼は金さえ払ってくれればどんなものにも加担する。雑草を抜くことから、王様にしてくれというものでさえ。
そんな彼は面倒くさがりな性格のせいか、よくいっしょくたに仕事をしてしまう。
それこそ、学園の転覆と学校の視察、そして人探しの依頼をすべてやるほどに。
依頼者も知らないそんな事情を、彼は誰にも話さずに普通にこうして生活している。
依頼を受けているにも拘らず、何か依頼ねぇかなぁと思いながら歩き回るミッシェル。
堂々としているのに、いや堂々としているせいか注意されることがない。一年であるにもかかわらず、だ。
この学校のカリキュラムは、一年は集団授業が主で、二年が実践授業、三年が研究授業、四年が二年と三年のどちらかを選択し、卒業資格を取れるかどうかというもの。
集団授業は一クラス四十人で、全四クラス。その内のどこか一つにミッシェルは組みこまれているはずなのだが、彼は気にせず
「良し図書館だな」
図書館に来ていた。
「しかし結構な蔵書量だな。管理とかちゃんとやってるのかね」
入ってすぐにその量を見て感心するミッシェル。感心しながらも、きっちりと悪口を言う。
彼がここに来た理由は、彼自身の事を知るため……というより、彼が持っている力の正体が彼自身知らないので、今更になって調べようと思った次第である。
というのも、彼自身が学校という存在に対し余り興味がなかったためであり、ただの気紛れだったりする。
自由という言葉が一番似合うであろう少年。それがカムラ・ミッシェルである。
「さて……どっから調べるかなー使い方は知っているけど、名前は知らないんだよな」
何故か司書が見当たらないがまぁいいかと思い本棚に向かい歩き出していると、人の気配がしたのでその場で立ち止まり周囲を見渡す。
近くに見える場所に人はいない。気配はするのだが、近くに見えない。
偶にそんな奴いたなぁと思い出しながら、彼はぽつりとつぶやいた。
「……隠れてないで出てきたらどうだ?」
しかし声も何も聞こえない。気配はあるというのに、だ。
一体何がここにいるのだろうかと髪の毛をガシガシと掻きながらため息をついたミッシェルは、まぁ害はないからいいかと思い気にすることをやめた。面倒になったというのもある。
本棚へ歩く彼。その度に視線が強くなっているのが分かるが、気にしなくなったとたん、気にならなくなった。
本棚に着いた。
彼は近くにあった本を片っ端からめくり続ける。一冊一冊パラパラとめくり、本の内容を確認してちがうと戻すというサイクルを行っていく。
「これでもない……これでもない。あーなんで料理本なんてあるんだよ。ここは魔導関係の本ばかり収容してるんじゃないのかよ。誰かの趣味かよ全く」
時折関係のない本を見つけ悪態をつく。その際その視線が厳しくなっていたのだが、もはや無視を決め込む彼に関係はない。
「……はぁ。こっちは違うか」
道を挟んだ棚を調べ終えた彼は、ため息をついて残念そうに首を振る。目当ての本が全く見つからないことに苛立ちを覚えながら。
くっそ。日が暮れても見つからないんじゃねぇかと心の中で愚痴をこぼしながら別な棚へ移動しようと思ったところ、入口の方から扉が開く音がした。
咄嗟にゴーグルに手を掛けた彼だったがここで問題を起こすのもダメかと思考が働き、手を放して別な本棚へ移動することにした。
「……? おかしいな。人がいた気がするんだが……司書以外の気配がしない、だと?」
建物内が静かなので声はよく通る。女性の声が聞こえ、しかも気配として自分に気付いている。相当な手練れなのだろうと推測できた。
だからと言って彼の行動が変わるわけではないが。
「これも違う……これも違う……これもか。伝奇関係の本はないのか?」
本を漁りながらブツブツと呟く。誰もいないから問題ないが、傍から見れば危険人物に映るだろう。
依然として視線の厳しさは変わらず、気配が増えてる気はするが、もうそんなこと彼には関係なかったようで。
「魔物の本か……嘘しか書かれてないなこれは。廃棄しても構わないんじゃね?」
「何の権限があって貴様にその権利がある」
「だ、だめですよっ。本は貴重なんですから!」
「……ん?」
彼は顔を上げ挟まれていることに気付き、見渡す。
片方は眼鏡をかけ、腰にロングソードを威圧するかのように見せびらかしている胸の小さい二十ぐらいの女性。
もう片方は、彼の身長の半分くらいしかないために普通にしゃべろうとすると視界に入らないぐらいの女性。
どちらも怒っているような感じであるが、彼はいつの間にか消えていた。
「え?」「?」
「なるほど。先程の視線は小さい方か」
声がした方へ二人が振り返ると、本を読み勉強するための机の上に彼が胡坐をかきながらこちらへ視線を向けていた。その視線は彼が観察する時の視線だった。
……片方は火に好かれ、もう片方は土か。量的にはちっこい方が多いな。
ゴーグル越しの観察の結果得られた情報。それを一応頭の中にとどめておきながら、机から降りた彼は自己紹介を始めた。
「初めまして。今年度から入学することになったカムラ・ミッシェルだ。少々特殊すぎて学校の授業を習うなどバカバカしいのでこうして図書館で調べものをしていた次第。以後お見知りおきを」
挑発するかのような自己紹介を平然とするミッシェル。それに対し、ロングソードを腰に差した女性は眉を少し上げて不快そうに吐き捨てた。
「そういえばいたな。入学式に出なかった入学生が」
「あぁそれ俺です。別にいいでしょ? この学校で教える魔導なんて俺一切使えませんから絶対に」
「「!!」」
あっさりと言われた言葉――そこに悔しさも何もない――に驚く二人。
それを学園長に見せた笑顔を浮かべ、彼はゴーグルに手をかけ――たが、やめた。
その行動に首を傾げる二人だったが、その時にはすでに彼の姿はなかった。
『また会いましょうや。学校がやっている限り、俺はどっかにいますから』
姿がないのに声だけが聞こえたことに、彼女たち二人は戦慄を覚えた。
図書館から出てきたカムラ。その時にはすでには昼になっていたらしく、うまい具合に腹の虫が鳴った。
「そういや飯食ってないんだよな」
寝坊して学校に来たために朝食すら食べてないことを思い出す。そして、財布を忘れたことも。
「……仕方がない。帰るか」
「待て!」
「ん?」
声がしたほうへ彼は向く。そこには、誰かが追われているという事実があった。
……逃げてるのは一人。追っているのは十人ぐらいか。全員量的にはどっちもどっちだな。
段々と近づいてくる存在を観察し、特におもしろそうだと思えなかったため無視することに決めた彼だったが、追われている顔がはっきりするのがわかると喜色満面になった。
「助けてぇぇぇ!!」
「おういいぜ」
「え?」
追われている少年は、前方に見えた人影にわらにもすがる思いで助けを求める。そして、それが聞き入れてもらえたことに走りながらも驚く。
そのまま少年は通り過ぎ、追っている奴らがカムラの前を通り過ぎようとした瞬間。
「縛り上げろ」
彼は誰も聞いてないだろう声でそうつぶやき、その声に従うように土でできた紐状のものが彼らの背後から全員をとらえるように包み込み、海苔巻状になったために倒れこむ。
何が起こったのかわからない彼らをあざ笑うかのように、カムラはそこから消えていた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「いよう。依頼者。お前なんで逃げてんだよ」
「…………え、誰?」
少年ーバクは、逃げた先にいつの間にかいた図書館の前にいたカムラがフレンドリーに話しかけてくることに首をかしげた。
そんな彼を見たカムラは、やれやれと首を振って説明する。
「お前、俺に依頼しただろ? 『妹を探すのに加担してくれませんか?』って」
「……え、あれって、本当だったの?」
「掲示板の裏に書き込むと加担屋が姿を現すって話だったか? まぁ三年前まで使われていた方法だ」
久しぶりに見たときにまさか書かれているとは思わなかったがなと笑う彼に、バクは目の前の『加担屋』という存在の噂話を思い出す。
――城の前の掲示板の裏に書き込むと、加担屋が依頼者の前に現れる。
――金さえ払えばどんな加担でもしてくれる。
――加担はするが、実行はしない。
――成功した人間も、失敗した人間も、その正体をしゃべらない。
――気が付けば消えている。
まるで陽炎のように現れ、蜃気楼のように消える。そのくせ依頼者に必要な情報を回したり計画を置いて行ったりする。それが、バクが知っている――しいてはここの住人が知っているものである。
それが今目の前にいることに関して驚いていると、「で? 妹の名前はなんだ?」とカムラはせかすように質問する。
「双子の妹でね。レ二っていうんだ」
「なるほど双子、ねぇ」
「うん」
「なら、ほれ」
「え?」
いきなり渡された書類の束にバクは驚く。それを見たカムラはなんでもなさそうに言った。
「非公認の奴隷リストに売買先のリスト。それにないなら別な書類を出す」
「レ二は奴隷になってないはずだ!」
「可能性を考慮しての話だ。一番手っ取り早いのがそれ。違うならまたここに来ればいい」
「え?」
「加担はするだけで実行はしない。俺はあくまで探す手伝いしかしないからな」
そういわれて黙るバク。それを見て興味を失ったのか、カムラはその場から消えた。
「暇だ……」
いったん帰宅して昼食を食べ、戻ってきて先ほどバクが隠れていた場所で寝転んで空を見ながらつぶやくカムラ。
彼はともかく暇だった。奴隷じゃないとするともう死んでいるかとか考えられるので死亡者のリストも持ってきてはいるが、あの量を一日二日で読めるなんて思っていないのでこうしている。
学校の転覆と学校の視察に関する加担は、前者は夜に、後者は今やっているので問題ない。
となるとやはり暇で、彼は息を吐きながら空を見てぼけっとしていた。
「……ゴーグル越しだと見えるだけだからとくに害はないんだがな」
空に漂うさまざまな光の球をぼんやりと見つめているカムラ。
誰も来ないので、彼は目を瞑って寝た。
目が覚めたのは肌寒さのせい。
ひんやりと肌に触れる空気の感触で目を覚ました彼は腕を伸ばして周囲を見渡し、校舎内から消えた。
「いよぉ」
「加担屋か。学校の情報は?」
「ほれ」
とある路地裏。そこで待つ人物に声をかけたカムラは、いわれたものが書かれた書類を提出する。
受け取ったその人物はパラパラとめくって内容を確認し、「確かに」と呟いてから布袋を渡す。
「まいど」
そう言って彼は渡された袋をポケットに突っ込んで訊ねた。
「そういや、お宅ら少女を売ってるって話だが……ありゃデマだろ? 何に使うんだ?」
「あの学校を潰すために使う」
「はーなるほどね。召喚魔導の生贄か」
「……」
「じゃ、これで仕事は終わりだ。上手くいくかどうかはお前達次第だぜ」
もっとも、人攫いをしてる時点で終わってるけどな。
消える時に心の中でそう呟いた彼は、どこかいたずらっ子がいたずらを思いついた顔にそっくりだった。
後日。
バクが隠れ場所に使ったところでのんびりしていると、一人の女性が現れた。
「加担屋。今回は感謝する」
「視察はいいのか?」
「二日で粗方調査を終えた。それに、学園転覆を狙った組織を追いつめなければいけない」
「大変だな、お役所も」
「どこかの誰かが両方の情報をリークしたせいでな。踏み込んでみたらもぬけの殻だったし、証拠らしきものもそれほどない。お前も縁を切ったらしいしな」
「呼ばれれば加担しに行くさ。俺は加担屋だからな」
ここまで振り返らないカムラに女性は鼻で笑い、「また何かあったら手伝ってもらうぞ」という。
カムラはただ、「手伝うだけだ」と答えた。
「いたんだ、ここに」
「バクか。見つかったか?」
「あの書類にはいなかった」
「だろうな」
そう言って、彼は普通に続けた。
「だって兄なんてもともと存在しないから……そうだろ、レニ?」
「正解」
彼の背後に現れたこの学園の女子の制服を着た人物――レニが笑顔で言うが、カムラは唾を吐いた。
「ひどいよ折角の再会なのに」
「再会、だぁ? そんな言葉、お前の兄妹にも言わないくせによく言うぜ」
「お兄様とお姉さまは別な国へ嫁いだんだ。滅多な事じゃ会えないし、会うとしても感慨深くない」
「知らん」
「だからそうやって唾を吐かないで」
調子が狂うと呟きながら、彼は彼女を一切見ずに訊いた。
「で、回りくどい依頼で俺を呼び出して何に加担すればいいんだ、次は」
「別にないよ。ただ、一緒に学園生活を過ごそうと思っただけ」
「辞めてやる」
「待ってよ」
「じゃなんだ」
「僕にこれから楽しい記憶を作るのを手伝ってくれないか?」
彼女の声色が真剣になのが良く分かる。理解して、自身の記憶全てを思い返し、現状を確認した彼は、しょうがねぇなと呟く。
「一応恩はあるし、無料でやってやるよ思い出づくり」
「本当!? ありがとう!」
その笑顔が生前のある女性を呼び起こし、彼は杖を出して叫ぶ。
「じゃ、いっちょやるかぁ! 思い出づくりを!!」
――これは、加担屋を生業としている転生少年が、ある時に知り合った王女のために学園生活を楽しくさせる物語となる。