結婚しよう竜成君!
私の想い人、高津 竜成君に出会ったのは、小学四年生の春だった。
親の都合で転校してきた竜成君は、クラスの誰よりも大人びていた。
小学生らしくない鋭い眼光。短く刈られた硬質そうな黒髪。無骨という言葉が誰よりも似合う竜成君は、私のお隣さんとなったのだ。
口数も少なく武士みたいに硬派な彼は、クラスの女子からは不人気だった。
けれど、あの夕方に放送されたりしていた、ご隠居様たちが悪役をばっさばっさと退治して紋所を出す時代劇が好きな私は違う。
彼の硬派な性格も鋭い眼光もカッコいい。チャラチャラした男子や、はしゃぎまくる男子や優男など話にならない。
無言・無表情でそっと頭を撫でてくれるだけでお腹いっぱい幸せいっぱいなのだ。
そんな私は竜成君に積極的に話しかけた。家もお隣さんだから、竜成君と一緒に登下校したり、学校で話しかけたりと大忙し。
友達からは『無口でつまらなくないの?』と聞かれるが、私は隣で無言で聞いて、小さく相槌を打つ彼が好きだからいいんだ。
そうして、私は小学六年生の時、思い切って告白した。
いつものように二人で帰った後、家の前で彼を呼び止めた。
「竜成君! あの……私、竜成君が好き!!」
思い切って言った言葉に、竜成君は一度だけまばたきをして、
「そうか……。俺もだ」と、言ってくれた。
り、竜成君と両想い!! と私は歓迎のあまりじんわりと涙が滲んだ。つまりつまり、これはもう恋人同士という事でいいんだよね。
竜成君とデートしたり、か、間接キスとか、ちち、チューしちゃったりしていいんだよね!? と、舞い上がった私は思い余って彼に叫んだ。
「結婚しよう竜成君!」
「……すまない美子。結婚はちょっと……」
ちょっと視線をずらして呟く彼の声を聞いて、私は『カヘアッ!!』と想像の中で吐血した。
なんで、なんで。だって、竜成君も私の事が好きな筈なのに。
そして悟る。竜成君の好きって、もしかしなくても友達としての好きなんじゃないだろうか。
そう考えると自然と納得がいく。両想いと言うには彼の表情に変化は無い。うん、そうだ。きっと彼は友達として私の事が好きなのだ。
「う、うん。そっか。そうだよね。ごめんねいきなり……」
半笑いを浮かべつつ、私は顔が赤くなるのが分かった。
うわぁ恥ずかしい!! 勘違いしちゃった恥ずかしい!! しかも失恋もしちゃったリアルに洞穴に50年くらい潜り込みたい!
「いや、いいんだ。分かってくれれば」
だがそんな勘違い野郎の私にも、竜成君は優しい声をかけてくれる。それが苦しくて悲しくて、私は涙を拭いつつ彼から逃げるように家に飛び込んでしまった。
そして翌日。
いつもは自分から竜成君の家に行き、竜成君と一緒に登校するのだが、その日ばかりはそんな行動とれなかった。
彼が学校に行ってから自分も行こう……、と思いつつ支度をしていると、母親の声が聞こえた。
「美子、何してるの~? あんまり遅いから、竜成君迎えに来てくれたわよ~?」
竜成君が……?
何で。と思った。昨日確かに振られたはずなのに。何で。
支度をしておずおずとリビングに行くと、そこには背筋を伸ばして椅子に座っている彼がいた。
うん。畳の方が絶対似合っている。
「支度出来たか」
「う、うん……。でも、どうして……」
私の事、振ったはずだ。気まずくはないのだろうかと思う私に、竜成君は不思議そうに首を傾げた。
「好きだから……?」
その当たり前みたいな態度に、再度私は恋に落ちる。
なんて優しいんだ竜成君。こんな勘違い野郎にも友達として付き合っていってくれるというのか。
その竜成君の広い心に打たれ、私は決意した。
いつまでも、いつまでも竜成君の友達として隣にいようと。
「とか言いつつ未練たらたらじゃないあんた」
と、隣に座る友達の成美に心を20cm位抉られ、私は机に突っ伏した。
「いいじゃんか未練たらたらでも~!!」
だって竜成君かっこいいんだもん!!
あれから随分と時は流れ、気が付けばもう高校二年生。
頭のいい竜成君が目指した進学校に、私も同じ学校へと必死の思いで勉強し、なんとか入学した後に待ち受けていたのは、『竜成君モテフィーバーの巻』だった。
無口で硬派な竜成君は、成績も良いし運動も出来る。そして顔もいい。
現在彼は空手部のエースで、三年生が引退した今では新しい部長として活躍中だ。
成績もいつも10位以内に入っている。
そんな彼の魅力に今更気づいた女子たちの告白フィーバー。もう今年に入って何人目だろう。
そんなモテているのに調子に乗る訳でもなく、ましてや女遊びに興じる訳でもなく、一人一人に丁寧に謝罪しフっていく彼の誠実さにますます人気は鰻上りなのだ。
「なんだよなんだよ、今更竜成君が好きとかいうのか!! 私なんてなぁ、私なんてなぁ、初めて出会った小4の時からずっと竜成君一筋なんだよぉ!!」
「それもそれで重い」
ばっさりと竜成君への思いを切られ、私はまた机に突っ伏した。
竜成君に比べ、私はなんて様なんだ。
男子から告白なんて一度もないし、勉強なんかついていくのがやっとだ。
挙げ句の果てに運動音痴で理数科の竜成君とは違うクラス。せっかく竜成君を追いかけてこの学校に入ったのに……。と涙を流す日々だ。
「なぁるぅ~~。成美~。私はいつどこで道を踏み外したの? いつ踏み外したの~?」
「最初から?」
「酷いっ!!」
毒舌の彼女の言葉に涙を流していると、携帯を見ていた彼女はポツリと宣言した。
「よし、合コンいこう」
いきなりの合コン宣言に、流石の私も固まる。パチパチとまばたきを数回して、成美を見つめた。
「成美、いきなりどうした。なにその『よし、京都にいこう』みたいな軽いノリは」
「美子、合コン行くよ」
私の話など、ちっとも聞いていないらしい。
成美は携帯でどこかにメールを打ち出す。
「美子、私さ、彼氏がいるんだけど」
「裏切り者ぉっ!!」
「彼氏の友達と合コンしよう。私と美子、彼氏と彼氏の友達の4人で」
裏切り者発言を華麗にスルーした成美の言葉に、思わず私は後ろにのけぞった。それ合コンか? 見合いの間違いじゃないのか?
「い、イヤだよ成美。私には竜成君が……」
「その竜成君はつい先程美人で有名な愛理ちゃんに呼び出しされたらしいけど? ラインが凄い事になってる」
「今日はやけ酒じゃ~!!!」
愛理ちゃんと言えば、竜成君と同じ理数科で、去年ミスコンを優勝した美人さんだ。
勝ち目が無い。
胸もおつむも身体能力も無い私には。
「もうやだ……。ふんだ、どうせ美男美女のカップルになるんだろうさ」
「だろうねぇ」
「ずっと想ってたのに!! もう竜成君なんか知らない!! 無口!! 吊り目!! 筋肉質!! だがそこがいい!!」
「あんた罵るのか褒めるのかどっちかにしなさいよ」
罵るつもりだったのに、竜成君を褒めてた。それほど竜成君は私にとって素晴らしい人なのだ。
「とりあえず未練を断ち切って残さず消去する為に、行くわよ合コン。幸いにも向こうも今日空いてるらしいから今日行くよ」
「……。はぁ~い。あ、でも私掃除当番でゴミ捨てに行かなきゃいけないから、ちょっと待っててね」
正直いきなり会った人と付き合う気にはなれそうも無かったが、まぁ気晴らしに。と私は頷いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はぁあ~……」
放課後、私はゴミ捨て場にゴミを捨てつつため息を吐いた。竜成君、愛理ちゃんの告白オーケーしたのかなぁ。したよなぁ。この学校一の美人さんだもんなぁ。
「……でも、もしかしたらフったかもしれないしね」
そうだよ。例え学校一の美人さんでも振られる可能性は0じゃない。
それはそれで竜成君は男色家なのかと疑うが、まだ事実を知らない今、可能性はある。
私は空になったゴミ箱を片手にガッツポーズをした。
「そうだよ。まだ、まだ大丈、夫…………」
ガッツポーズをした私の前を、嬉しそうに笑う愛理ちゃんと彼女のカバンを持ってあげている竜成君の背中が通り過ぎていった。
「やけ酒じゃあ~~!!!」
と叫びつつオレンジジュースを煽る。
テーブルには既に5杯分のコップが並び、成美の彼氏とその友達がかけ声をかける。
プハッ!! と一気に飲み干した私はそのままカラオケ店の机に突っ伏した。
「竜成君のバカ野郎~!!」
「失恋した時は歌えばいいと思うよ。はいマイク」
「ぁ、待って先私だわ」
「ちょ!! 成美ちゃんの選曲失恋ソング!」
「成美が鬼畜過ぎて生きるのが辛い……」
とまぁ、合コンならぬ私の失恋慰め会に変更である。
知らない人だけどと思ったが、成美の彼氏もその友達も軽い。
軽いノリで慰め、軽いノリで場を盛り上げてくれるからか、一人でうずくまってさめざめと泣く羽目にはならなかった。
それでもぐずぐずと泣きだす私に、見ず知らずの成美の彼氏の友達、海君は笑って励ましてくれる。
なんて優しいんだ。茶髪だけど。ピアスだけど。なんて優しいんだ。
「美子ちゃん元気だせ!!」
「うぅ……。ありがとう……!」
「よ~し、次は甘々な恋愛ソングを-……」
「ちょ(ry」
空気を読まない成美の選曲。
どういうことなんだってばよ。
と、彼女に驚いていると、オレンジジュースを大量に飲んだからかトイレに行きたくなってきた。
「ぅ……、トイレ行ってくる」
「お~」
「いってら~」
「愛してる~よ、君だけが好きすぎて~~♪」
成 美!!
お ま え は!!!
友達に軽く殺意を抱きつつ、トイレへ向かう。
用を足して、手を洗い鏡を見て-…、思わず、また涙が溢れる。
心のどこかでは、安心していた。
竜成君は今までずっと恋人はいなかった。それが、心のどこかに余裕を持たせた。
竜成君は、誰のものにもならないんじゃないかって。
だから、余計にショックだった。
ずっと友達でいようなんて、無理だ。
クラスも離れて、距離も離れ、恋人も出来た竜成君。
そんな彼の横に、こんな私が友達としてだって並べる筈がないのだ。
(そうだ、もう諦めてしまおう)
いつまでも、届かぬ想いを持っていたって意味ないじゃないか。
平凡な自分は、空の上に輝く星になんか永遠に手は届かないのだから。
そう結論づけて、何とかトイレから出ると、海君が壁に寄り添って立っていた。
「遅いから心配したよ~?」
そう言ってはにかんだ彼の手が、私の頬を撫でる。
零れた涙が拭われた。その手は、無骨じゃない柔らかな手の平で。あぁ、こんな時でも竜成君の事を思い出してる。と悲しくなる。
「美子ちゃんの好きな人ってさ、むちゃくちゃ凄い人なんでしょ?」
「……うん」
「そんな人に、手なんか届かないよ。平凡な人は、そこらに落ちてる平凡な恋をするのがいいんだよ」
「……そんなの、」
知ってる。身にしみて感じてる。
なぜ、海君は傷を抉るような事を言うんだ。ささくれ立った心は、思わず優しく頬を撫でる海君の手をはね避けようとして、
「じゃあ、平凡な俺と恋しようよ」
ピタリと、止まった。
「……へ」
思わず、涙すらも止まった。
びっくりして固まる私を見て、何が面白いのか海君が笑う。
「俺、美子ちゃん可愛いなぁと思うよ。別にその失恋相手の事まだ好きでもいい。お試しとして俺と付き合ってみない? 一緒にいる内に俺の事好きになるよ」
軽く笑う彼。
柔らかい笑み。
軽い相槌。
本当に?
本当に、彼と一緒にいたら竜成君の想いも風化していくのだろうか。
思い浮かぶのは竜成君の無表情ばかり。
この想いも彼の顔も、声も全て風化してしまうのか……?
そう思うと、心臓の部分が悲鳴を上げた。
「……海君。ありがとう。私、海君と、付き合-……「そこまで」」
えない。と言う前に、むぐ、と、後ろから口を抑えられた。
びっくりしてその手を掴む。
無骨な、固い男の人の手。聞き覚えのある低い声に、私はパニックになる。
「ふぁ、ふぁんふぇふぅふぇえふんふぁ!!(な、なんで竜成君が!!)」
竜成君だ。なんでなんでと暴れる私に、竜成君は一つ、ため息を吐く。
「帰るぞ」
「ふぁんふぇ!?(なんで!?)」
「いいから」
そのままズルズルと引きずられそうになった時、私の腕を、海君が掴んだ。
「もしかしなくても、あんたが竜成? 悪いけど、俺と美子ちゃんは今一緒に遊んでて-…「手、離さないんだったら、折るぞ」」
低いその声に、ぞくりと肌が粟立った。
その声を聞いて、海君も渋々私の手を離す。竜成君は私を半ば引きずるようにして店を出た。
竜成君、怒ってる……?
なんで怒っているんだ。いや、まずなんでここに。という私の質問はぐるぐる回ってやがて煮詰まり、残したカバンはどうすればという質問になる。
いやいや、聞くのはそこじゃない。
「何で、竜成君……」
「何でって、当たり前だろう。なんであんな奴について行った」
もしかして、竜成君は海君が不良か何かかと思っているのだろうか。
しれっとした彼の声色に、私の中の何かが爆発する。
繋がれた右手を力任せにはねのけた。
その反動で私は倒れ手を擦りむくが、そんな事はお構いなしに私は、逃げ出した。
「美子!!」
竜成君の声にも振り向かないで走り抜ける。人ごみが少ない、迷路のような路地裏をがむしゃらに進む。
もう嫌だ。もう、叶わない竜成君を想い続けるなんて嫌だった。
でも、それよりも竜成君の事を諦められない自分と、友達として優しくしてくれる竜成君の優しい気持ちがの方がもっと嫌だった。
「待て美子っ!!」
そもそも運動音痴の私と竜成君とじゃあ、距離を取る事すら出来ずに私は呆気なく彼に捕まった。だが、私はそれでも彼の腕の中で暴れる。
「離してよ竜成君!!」
「何で」
「当たり前の事じゃん!! 竜成君は私の事好きじゃないくせに!!」
放課後、愛理ちゃんのカバンを持ってあげてたじゃないか。
また溢れ出す涙を拭おうにも、両手は竜成君に掴まれて自由に出来ない。
好きじゃないのに何故追いかけるのかと暴れる私に、竜成君の声が聞こえた。
「好きだよ」
「嘘だよっ!!」
答えなんかずっと前に出ている。もう同じ手には乗らない。
「嘘じゃない」
「嘘だよ! 竜成君の好きは友達としてでしょ!?」
「異性として好きだよ」
今度こそ、涙が引っ込んだ。
暴れるのも忘れて、竜成君を見上げる。彼は相変わらずの無表情でさっきの言葉が嘘のように感じてきた。
「…………は?」
「異性として好きだよ」
「…………は?」
「……異性として好きだよ」
「………………」
言ってる意味が分からない。だって、竜成君は今日の放課後愛理ちゃんと一緒にいて、私は小6の時フられて…、え、あれ?
混乱する私に、更なる爆弾を竜成君は落としてくる。
「……俺たち、付き合っているんだろう?」
「…………はぁ!?」
これぞ混乱の極み。何言ってんだ? 竜成君は。たじたじになりつつあの忌まわしき小6の事件の事が口に出る。
「だ、だって、小6の時……」
「美子は、俺の事好きって言った。俺も言った」
「…………」
でも、でも。
「け、結婚しよって……」
「……小学生同士は結婚出来ないだろ」
「…………」
そりゃ、そうだけど。
え、じゃあ、何。という事は、盛大な勘違いをしていただけで、
「両、想い……?」
「俺は、そのつもりだったけど」
無表情で見つめてくる竜成君を見て、じわりと頬が熱くなる。
「今日、放課後、竜成君、愛理ちゃんと、一緒……」
「あれは、転んだあいつを介抱しただけだ」
「…………」
なんだ。
「なんだ…………」
私は、力無く呟いた。
好きでいて、良かったんだ。
諦めないで、良かったんだ。
竜成君に、手を伸ばしていて良かったんだ。
その場に崩れ落ちそうになる足に力を入れて、泣きながら竜成君に抱き付いた。
「将来は、結婚しよう竜成君!」
「勿論」




