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試される大地  作者: 石達
第3章 戦乱期
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造船都市釧路

ペレイラが借金を増やしていたのと同じ頃

遠く離れた地においても別の意味でに金に悩む者がいた。





釧路市

国営釧路工廠第6ドック



ここは道東最大の造船産業クラスターが造成されている。

転移前、港はあれども大型の造船所は無かった釧路港であるが、転移後の産業クラスター分散政策と旺盛な国外の船舶需要により、著しい成長を遂げていた。

北海道の影響により、この世界にも流通革命ともいえる海運の大変革が起きているのだ。

既存の木造船はスピードやペイロードの点ですでに時代遅れとなり、各国の海運業者の花形は、北海道産の船体に各国が擬装を施したウインドカッターが主体だ。

その鋼鉄の船体に積み込めるペイロードは物流と経済を大きく飛躍させている。

また、各国の造船産業を壊滅させぬよう船体のみの輸出だった事で、北海道産の船体に現地のパーツを組み合わせるに当たり、現地の造船業者に工業規格と製図法をHIS(北海道工業規格)を意図せず強制する結果となり、HISの普及率向上につながっている。

そうなってくると今度は各国のモノづくりも加速を始める。

HISという共通規格が広まった事で、技術と効率の向上から生産物の総量が増え、更に海運需要を造船需要を増やすポジティブスパイラルに入ったのだ。

また、そのように各国の工業水準が上昇してくると、一部国家では稚拙ながらも純国産の艦艇を作り始める所も出始めたが、絶対的な数量は北海道の造船業シェアには影響は与えていない。

各国とも作りたいのは軍艦であり、ゴートルム等は技術支援の下、弩級戦艦クラスの船を建造していたが、商船に関してはあまり手を付けてはいなかったのだ。

そんなこんなで空前の造船好況は、転移後の北海道の主な輸出品目として労働者の技能向上に役立ち、得られたキャッシュは膨大な設備投資及び研究開発費に向けられ、釧路は函館や室蘭等のサッポロ側の代表的な造船産業には及ばないまでも、一定の技術レベルと規模を持つ造船都市に成長していたのだ。

今では道東の長崎とも呼ばれる同市であるが、そこに位置する国営工廠に大統領である高木は足を運んでいた。


多忙な大統領が、わざわざ造船所まで足を運ぶには理由がある。

それは、工廠が建造していたある船の進水式に参加するためであった。

多数の関係者が列席する式典の中、高木は演台で祝辞を述べる海軍関係者の長話を聞き流しつつ、式典に参加している人の群れをざっと見渡した。

目に留まるのは、堀の深い白人系もいれば褐色、更には獣人などの亜人も交じっている。


「もう、労働者の中に日本人は四分の一もいないわね」


高木は参加者を見てそう呟いた。

確かに労働者として参加している者に、日本人顔の人間は四分の一もいなかった。

最も、人口が少ない道東で、これだけの労働者を日本人のみで確保しようというのは無理があるのだ。

だが、際限のない需要を満たすためには産業の拡大を続けねばならない。

となれば、移民を受け入れるしかないのだから人種構成比が日本人に偏らないのは当然の成り行きであった。


「膨大な労働需要と移民受け入れ政策の結果です。

これが無ければ、ここまでの釧路の発展は無かったでしょう」


高木のつぶやきに、後ろで控えていた秘書官が笑顔で答える。

彼の言う通り、移民無くしては釧路の発展は語れない。

現在、釧路市は人口における移民の割合は6割を超える。

国外から経済的文明的に進んだ北海道を目指す膨大な移民希望者のうち、素行優良かつ日本文化に教化したものを厳選しても、北海道分裂後の10年は膨大な数の移民を道東にもたらしている。

だが、そこまで移民を導入しても2010年代の欧州の様な移民と原住民との軋轢は発生していない。

選抜段階で素行不良者は開拓地に送り、文化の違い等のメンタル面は、多少人権に触れる手法で教化したため目立った人種間の摩擦は発生していないのだ。

続く好景気、日本文化に教化された素行の良い移民。元の住民に移民が同化していくのは自然な流れだった。

そのような移民導入の成功例のような形で、釧路および道東は発展していたのだ。

高木は、目の前の日本人と各種移民が肩を並べている光景を見て、秘書官のいう移民政策の成功を実感した。


「そうね。

移民受け入れで道東全体の産業が大きく育ったおかげで、貿易黒字も年々拡大するし、純潔主義のこだわりを持つ必要はないわね。

ノヴォシベリアの開拓地も順調に人口が増えてるし、国の経済成長と財政的にはもっと導入したいくらいだわ」


産業全体が成長し、そこから生まれる生産物は年々増加する一方である。

そしてその結果が、好調な輸出成績に繋がり税収は右肩上がり。

またバンバン人送り込んだ開拓地は、治安は本土より大分劣るものの開発は順調で、そこから得られる鉱物資源等も経済成長に随分寄与している。

だが、そんな急速な経済成長には、当然ながらインフラ投資等の支出も当然ながら急速に増大している。道路整備を始めとするから社会基盤施設からサッポロに対抗するための軍事費……

道東新幹線はJR北海道の管理能力の低さから白紙撤回したが、釧路-根室間の高速道路等は需要拡大の為、工事を急がさせなければならない。

そんな訳で、今の道東は赤字国債こそ発行してはいないものの、00年代の中国のように国家規模拡大のための国債発行額は年々増加していた。

その為、経済的に躓けば一気に赤字転落するバランスの悪い財政ではあった。


「ノヴォシベリアの開発が一定ラインを超え、若干過熱気味な経済がソフトランディング出来るまではそれもいいでしょうね。

何せ我々が多少無茶な財政を回したところで円相場の安定は崩れません。

統一通貨のメリットを生かし、今のうちに頑張りましょう」


秘書官の言う通り、道東の財政は安定性には欠けたが、円相場はすさまじい安定性を誇っていた。

それはなぜか?

理由は簡単で、分裂以後も双方の政府は円を継続して使っていたのだ。

既に電子商取引上で高度に発達した既存通貨を捨て、一から新通貨と新システムを立ち上げる余裕は道東にはなかった。

その為、魔導兵器による恫喝……もとい交渉により、通貨などの基本インフラは両政府から分離、礼文島に中立地帯を設けアメリカの連邦準備銀行(FRB)のように政府から独立した組織として礼文準備銀行(RRB)を置いて通貨の管理を行うことにしたのだ。

そのため、道東がいくら無茶をしようと、技術革新によって経済成長を続ける強靭なサッポロ経済により通貨の安定は保たれていた。


余談ではあるが、道東がいくら無茶をしても北海道経済は諸国に比べて強力すぎるので、過度な円高を防ぐため、RRBは通貨の大量発行によって安定を試みていたが、その副作用として、市場にあふれた潤沢なマネーにより礼文はドバイ化し始めている。


「そうね。折角ここまで育てたんだもの、経済政策の失敗で廃墟にする事は出来ないわ。

……とは言っても、最近周囲がキナ臭いのよね。

折角頑張って経済回している時に迷惑極まりないのだけど……

あなた、ステパーシンの報告書は見た?」


「各国経済の限界点と情勢の不安定化予測ですか?

一応は読みましたが…… 過剰生産によるバブル崩壊とその後の情勢不安ですよね?

特に教皇庁では、出始めた社会の歪みに対する不満のはけ口とイグニスの派閥争いに、新本願寺の弾圧が得点稼ぎに利用されてるそうで。

報告書では、いずれ信用不安によりイグニス教諸国の経済が躓く時に、不満をそらす為に大きな行動があるかもしれないと……」


「……ホロコーストとかは本当に止めて欲しいわね。

彼らにとっては異教徒でしょうけど、私たちにとっては自分たちにとっては馴染み深い仏教徒。放置すれば有権者が黙って無いわ」


「ですが、Xデイはそう遠くはないかと……

無制限に拡大を続ける彼らの経済は脆いです。

情勢の悪化は遠い未来では無いかと思います。

そして、今正に彼らは経済成長の波に乗ってサッポロや我々から大量の武器を購入して軍拡の真っ最中。

一度荒れれば異教徒へのホロコースト程度では済まず、各国間の対立にも拍車がかかりそうです」


そう言って秘書官は手元のタブレットを弄りながら、年度別の兵器輸出状況グラフを高木に見せた。

道東の外交関係から、主な輸出先はサルカヴェロとゴートルムであったが、そこに表示されたグラフは高い増加率で年々上昇している。

特に兵器輸出に関しては、無分別な輸出は自分たちの首を絞めるからとサッポロと協定が結ばれてから、その伸び率は非常に顕著だ。

というのも、サッポロとの協定が結ばれるまで、どの程度の兵器を自陣営に供給するかで双方共に消極的だったのだ。

何せ、高度すぎる兵器を周辺国に供給すると、回りまわって自分の首を絞めかねない。

その為、兵器や技術輸出の制限を設けるためにサッポロと道東との間に協定が結ばれたのだ。

それは、陸戦兵器は61式やT55等の第1世代MBT相当迄、航空機はF86やMig15相当の第1世代ジェット戦闘機。海は潜水艦や誘導兵器、電子戦機材を供給しなければ量的には無制限というもの。

そのような背景もあり、各国は争うように兵器の大量購入を行っている。

いったん戦争になれば実に大きく燃え広がることだろう。


「幾ら綺麗事を言おうと、少なくても1度は確実に荒れるわね。

彼らはアーンドラで塹壕戦は経験したけど、現代戦は未経験。

今頃、新しく手に入った戦車で対塹壕戦術でも考えてる頃でしょうよ。

……でも、荒れるは荒れるでもその規模はコントロールしなくちゃね。

一度、礼文でサッポロと非公式に協議する必要があるわ」


「……動乱は避けられませんか」


「無理ね。

私たちの言うことをよく聞いて堅実な経済政策の範囲の発展にとどめてるゴートルムとサルカヴェロはさておき、サッポロの助言を理解してるんだか分からないイグニス教諸国は確実にハードランディングを迎えるわ。

あの人たち、レバ1000倍でFXをやってるようなもんですもの。

儲けているうちは羽振りはいいけど、一度躓くと即死よ。

そんな見え見えの道を歩んでるんですから、サッポロももっと強引に介入すればいいのに……

何故サッポロは彼らを矯正しようとしないのか謎ね」


「彼らの思惑については色々調査をしていますが…… 難しいですね。

特に最近は全く内情が掴めなくなってきたとステパーシンさんも言ってましたし」


分断後、サッポロの情報技術が飛躍的に高まるにつれ、内情が年々つかめなくなっているサッポロの動向。

特に不安な動きが見えるわけではないが、分からないという事実が高木の焦りを増幅させる。


「じゃぁ 少し調査の方法を変えてみましょうか。

今の政府の情報部だけじゃなく、別の手法を……」


と、そこまで高木が言いかけた時だった。

順調に進行していた式典は、高木の紹介と共に彼女をその中心へと呼ぶ。

高木は秘書官との話を打ち切り、ゆっくり椅子から立ち上がると、振り返ることなく式典のメインステージの方に歩き始めた。

小さな階段を上り、高木は壇上から、式典の主役といえる存在を見あげる。

それは世界が不安定化する中、実に頼もしく思える存在だった。

この場の全員がその姿に息を飲み、また誇らしく感じる堂々たる威容。

高木は、ソレが発する頼もしさを肌で感じながら、呟いた。


「これでやっと活動範囲が広がるわね」


動乱が予測される世界。高木は出来る限りの備えをする。

今日の式典もその準備の一環であった。

高木は皆の見守る中、渡された斧を振るい用意されたロープを切る。

支えを失ったロープは括りつけられたシャンパンと共に弓なりの孤を書いて高木の眼前に佇む船体にぶつかり割れた。

その瞬間、式典会場にブラスバンドの演奏と紙吹雪が舞い上がる。

船台を滑り、海へと入っていく船体を眺めながら、式典は最高潮に達した瞬間だった。



この日、海軍に加わる軍艦が一隻進水した。


二次大戦時の巡洋戦艦を思わせる巨体。


重ミサイル巡洋艦 "クリル"


道東海軍で最大排水量となる船だった。





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挿絵(By みてみん)


重ミサイル巡洋艦 "クリル" スペック


基準排水量   20,000t

全長      252m

全幅      28.5m

最高速度    30kt

航続距離    7,000海里(20ノット)

動力装置    新型特殊機関1基、ディーゼル4基2軸、


武装 (武装は全てコピー品の為、性能は本物の50~80%程度)

P800対艦ミサイル×20

MK51 VLS×96

新型特殊弾頭ミサイル×12

ファランクス ×4

MK45 5インチ砲×3


搭載機 SH60K対潜ヘリコプター3機

乗員  500名+航空要員18名

同型艦 クリル

    北見(建造中)

    十勝(予算通過)

    釧路(予算通過)

    根室(計画)

    第3回党大会記念(後継艦開発開始の為、計画中止)

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