On-the-Job Training(OJT)3
ペレイラの営業活動が始まってからというもの、平穏な日々が続いていたが、変化が有ったのは航海から10日後の事だった。
船は、いつもと同じように東西に行き交う海上交通路の流れに身を任せていると、それまですれ違う航路を走っていた船団の一つが唐突に進路を変えたのだ。
見たところ旧式のキャラックに無理やりエンジンを搭載した船が数隻の船団であったが、距離8000mを切ったところで150度の大回頭。
東郷ターンさながらの舵取りを行い、髑髏の旗を掲げながら武たちの船団に寄ってきたのだ。
あとらんてぃっく・こんべあ丸を目指す海賊の出現。
実にわかりやすい非常事態だ。
だが、そんな事態にもあとらんてぃっく・こんべあ丸の乗員には焦った様子はない。
むしろ、いい暇つぶしができたとばかりに皆のテンションが上がっていく。
「出やがったな」
艦橋で最初にそう呟いたのは、血の気の多い元船乗りの酌であった。
彼は嬉々として、対艦戦闘用意だの艦橋で騒いでいるが、そこへ甲板上で事態を知った武が艦橋へと上がってきた。
「何を騒いでる?!早く警告をだして。
当船は石津製作所所属あとらんてぃっく・こんべあ丸。貴船の目的を報告されたし……と」
相手の見た目的には間違いなく海賊船だが、大抵は石津の船だとわかると逃げるはず。
武は面倒を避けるため、仮にこちらの船がどこの船か海賊船が分かっていない可能性を考えて指示を出した。
武の命令に船員は迅速に動き出す。
無線、発行信号、手旗、スピーカー、様々な手段を使って警告を送る。
そして、一通りの警告を発し終わると、海賊船は待っていたかのように手旗で返事を送ってきた。
『目的を報告する必要を認めず。
だが、本船団は貴船及び貴社契約船に対しては一切の危害は加えないと宣言する』
手旗で送られる海賊の意思表示。
それは武たちに危害を加えないという意味であったが、同時に他の意味もあった。
「小物狙いの海賊だな。
狙いは周囲の小舟のようだけど……退屈しのぎに狩りますか?」
仮に戦闘になるとしたら、圧倒的なワンサイドゲームだ。
武は目の前で好き勝手されるのも面白くないので、自分達以外はどうでもいい風を装いながら海賊を蹴散らそうかと言ってみるが、その提案を聞いてヘルガは黙っていなかった。
「若、弾も只じゃないんでよ。
奴らの目的はコバンザメでしょう?
安全は無料じゃないんですからほおっておきましょう」
海賊船は、自分たちと船団の中での護衛契約のある船は襲わないと通行してきた。
なら、かれらは何を襲うのか?
その理由は一つだった。
コバンザメのようにくっつき、安全をタダ乗りしようとしていた巡礼船などである。
海賊は護衛契約の証である契約旗を掲げていない船を襲おうというのだ。
そんな船に対して、護衛を商売にしている会社が助ける義理は無い。
だが、いくら平然を装うにも、目の前で襲われようとしている存在に武の胸は少し傷んだ。
「じゃぁ襲われるのを放置で?
流石に目の前で女子供がヤられるのを見過ごすのは……」
「確かに気分が良いものではありませんが、商売は商売です」
商売になると冷徹になるヘルガの言葉。
それを聞いて拓也は押し黙るが、同じくそれを聞いていたペレイラは、拓也と違い思ったことを口に出す。
「見殺し!?
本気ですか?ヘルガさんの血は何色なんです?」
ペレイラは信じられないとでも言いたげな表情でヘルガを見る。
だが、そんな無礼な物言いがあってもヘルガは表情一つ変えない。
「まるで私がとんでもない冷血女みたいな物言いですね……
まぁ、いいでしょう。一応彼らにも救いの手を伸ばしてやらにことはありません。
コバンザメに契約の冊子でも送りましょうか。
そこのドラゴン。護衛契約タイプの書かれたパンフレットと契約書を届けてきなさい」
表情は変わっていないが、ペレイラの言葉はヘルガの心に少々染みたようだ。
彼女は誰にも聞こえないような声量で「別に人情味がないわけじゃないもん……」と呟きつつ、ペレイラに一つの提案を出した。
海賊を目の前にして、護衛契約を結ぶか最後のチャンスを与えようというのだ。
「グエンだけじゃ怖がられるので私も行きます」
ペレイラが手を上げる。
「いいでしょう。じゃぁペレイラさんお願いね。
海賊とは会話を引き延ばしてあげるから、その間に行ってきなさい」
「はい!」
ペレイラはそう元気よく返事をすると甲板上のグエンの元まで走っていき、そのまま空へと駆け上がった。
ドラゴンの翼が風を起こし、快晴の空へと昇っていく。
「……若」
あっと言う間に高度を上げたペレイラを見送ったのち、艦橋で船団を見つめる武にヘルガが静かな声で話しかける。
「なんです?」
「これはビジネスです。
無料で助けたら、お金を払った契約者が何て思います?
払って損したと思いますよ。タダで助けて貰えたのかと。
甘い考えは捨ててください」
「…………」
ヘルガの言う理屈は分かる。だが、同時にペレイラの感情も理解できる。
そんな両者の主張に挟まれて、武はただ黙る事しかできなかった。
巡礼船船上
使命感を持って船に来たものの、ペレイラは困っていた。
巡礼船に来て説得をしてみたが、皆が皆、反応がどれも一様なのだ。
「お願いです。
契約して下さい!」
「ああああん!!!」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
泣く子供らと、一心に祈る大人達。
全く契約をしてくれるようなそぶりがない。
しかして、確実に危機が迫っている今、ペレイラは必死で船のリーダー格の老人の肩をつかんで説得する。
「何訳の分からない事を呟いてるんです!?
海賊が来るんですよ!」
早く契約してくれなければ、彼らが乗り込んでくる。
ヘルガ達が海賊船との対応を長引かせてはいるが、それもいつまでもつかわからない。
ペレイラは必死で訴えるが、対する彼らは諦観の表情で祈るだけであった。
「優しいお嬢さん。
契約したいのはやまやまじゃが、わしらにはもう銭は無いんじゃ。
契約したくても出来ん。
なら、阿弥陀仏に縋るより他に手はなかろう」
「なに訳の分からないこと言ってるんですか!
小さい子供もいるんでしょう?
イグニス様も敢闘精神旺盛なモノが救われるって言ってるじゃないですか!
現金がなくても月賦やリボ払いだって出来ます!
諦めたらだめです!」
イグニス教は戦闘宗教。戦う者が尊い。
ペレイラはその教えを思い出し、老人らの元気を出そうとするが、彼らは異教徒。
その言葉は、かえって逆効果に働いた。
「イグニスは試練を課しても救ってはくれん。
わしらはそんな神には疲れたのだ。
幾たびの苦難を超えても、すべては聖戦のため…… そんな神を敬って下々のものに何の利益がある?
それよりも絶対の他力本願……阿弥陀仏に縋る事で救われるなら、わしらはそうしたい」
そういうと老人は吹っ切れた表情で手を合わせ念仏を唱え始めた。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
「……ぶぇぇぇん」
念仏を唱える大人達と、パニックになり泣く子供達。
最早、だれもペレイラの言葉を聞こうとはしない。
八方ふさがりになったペレイラは、助けを求めようと無線に向かって叫ぶ。
「武さん!彼らが全然契約してくれません」
どうしよう。
ペレイラは縋る思いで武に報告するが、その答えはあまりに冷たいものであった。
「ならほおっておけ」
「そんな」
「いいか。命令だ。
入社が浅いからと言って、命令不服従が許されるわけじゃないぞ?
研修中に我が社の業務形態は学んだだろう?」
「ですが、こちらには小さい子供も…… この船の上を見てください!!」
「……駄目だ。
契約が取れないようなら戻れ」
「で、でも!」
「いいか!勝手に戦うんじゃないぞ!
無契約船を気まぐれで救ってたら、契約者の顧客に対しての示しがつかん」
先ほど情けを掛けようと思ってヘルガに叱られた手前、武は努めて冷静な声でペレイラに言う。
だが、ヘルガに叱られて考えを改めた武とは違い、ペレイラは感情を爆発させて武に食って掛かった。
「武さんは見捨てるんですか!
こんな小さい子達もいるんですよ!?海賊が来たら何をされるか!」
こんな無防備な船に海賊が乗り込んで来たら、その結果は火を見るよりも明らかだろう。
金目のものは奪われ、逆らう男は殺され、女子供は奴隷として売却だ。
そんな最悪な光景が頭に浮かぶペレイラは必死に武の情に訴えるが、彼女の期待に反して無線から返ってきたのは武とは違う声だった。
「このクソビッチ!いいから帰んな!あんた風情が武に意見できると思うなよ!
次に生意気言ったら、あたしがアンタの頭に風穴開けてやる!!!」
武から無線機を奪い取ったと思われるソフィアの罵声が、無線越しにペレイラに浴びせられる。
「ッ!!」
その迫力に思わず萎縮してしまうペレイラだったが、その直後、烈火のごときソフィアの声とは対照的に冷めた声色で武が再度ペレイラに話しかける。
「……帰れ。
契約が無い限りは動かないんだ。
わかったな?」
「………………わかりました」
ペレイラは俯きつつコクンと頷きながら返事をする。
その声を聞いて武は慰めるように言葉を続けた。
「よし、なら即刻帰還しろ」
帰ってきたら慰めてやらなきゃならないな。
武はそんなことを考えながら、ペレイラに帰還を指示するが、ペレイラは俯いていた頭を上げると武の船を睨みながら言い放った。
「いやです」
「何?」
「私が護衛契約します。
契約者は私、被保険者はこの船と周囲の巡礼船です」
ペレイラは決意を秘めた瞳で巡礼船の人々を見ながら、毅然として言ってのけた。
だが、さすがのこれには武も動揺を隠せない。
「何言ってんだお前!?」
気は確かか?と武はペレイラを心配するが、そんな心配をよそに彼女の言葉はハッキリしていた。
「契約金は社員割引きとローンが効くそうですが……ヘルガさん。大丈夫ですか?」
「まって、今計算するわ……」
ペレイラの見積もり依頼を聞いて、ヘルガは即座に電卓をはじく。
そしてその横で、武は再度ペレイラに問うた。
「お前、正気か?」
小さな巡礼船とはいえ船数隻だ。
個人で払うなら、一航海分とはいえ、そうとうな負担になるはずだ。
だが、そんな武の心配もペレイラには些細な問題だった。
「だって!見捨てれないじゃないですか!
こんな小さい子達もいるのに……それならチョットくらいのローン位肩代わりします」
お金で命が助かるなら助けよう。
ペレイラはそう決意し、契約することを決めたのだ。
その決意は固く、ちょっとやそっとじゃ変わらないように武は思えた。
「出たわ。
貴方の望みをかなえると、ほかの船も守れるよう積極的に防衛行動に出るオプションを付けて……
今の給与水準だと可処分所得の大部分を返済に回して30年ローンね。
ただし、積極攻勢オプションの費用は上限があるから、上限額を超えた弾代は実費で別途貰うわよ。
これで契約する?」
30年ローンの契約。
ヘルガは笑顔で無線の向こうのペレイラに伝える。
「…………………………………………………………はい」
「こいつちょっと考えたな」
あまりに長い沈黙の後のイエスだったため、武はペレイラに突っ込みを入れる。
なんというか、ここまでペレイラ自身で啖呵を切ったため、今更撤回するなんて無理だろう。
そう思うと、一時の感情で30年ローンを背負い込むペレイラが武はなんだか哀れに思えてきた。
「そんな事ないです。
大丈夫……大丈夫。昇給すればいいだけの話……」
ペレイラはブツブツと自分に言い聞かせるように呟く。
だが、そんな彼女をよそに、話が決まれば武の行動は早かった。
「そこまで言うなら分かった。
だが、船に契約旗を届けてる時間は無い。
海賊を殲滅するぞ。こちらも5分で準備する。
それに合わせてそちらも動け」
「はい!」
戦闘開始を告げる声が無線の向こうから聞こえてくる。
ペレイラはそれを聞くと嬉しそうにドラゴンに跨り、その腹を撫でた。
「グエンいくよ!」
「おう!」
ペレイラは、守るべき人々の見上げる顔を尻目に、グエンに括り付けていたライフルを手に取る。
そして魔術を込められる特殊弾頭を握ると、静かに魔力を込めるのであった。
ペレイラに指示を出した一方で、あとらんてぃっく・こんべあ丸でも慌ただしく戦闘準備が開始されていた。
物資が収納されたコンテナの間から、常に即応体制で駐機されていたハインドが、弾薬を積み込んで発着スペースに引き出されている。
そして、その脇では、武によって離陸前の飛行前点検が行われていた。
チェックポイントに異常が無いか、触診と目視にて確認していく武。
機体の異常は即墜落に繋がる為、確認する表情は真剣そのものだ。
「武も出るの?」
チェック中の武の背後から不意に聞こえた声にチラリと武は振り返る。
そして、声の主が手を後ろに組みつつ上目使いに尋ねるソフィアだと分かると、武は機体に視線を戻しながら返事をした。
「当たり前だろ?
何のために昔から色々と教育受けたと思ってるんだ。
俺がハインドで上空から抑える。
お前らはヘリボーンで船を制圧しろ。
折角だから、海賊船の旗艦は拿捕して物資を頂く」
やるからにはキッチリと利益は上げる。
武は覚悟を決めてそう答えると、ソフィアは優しく笑って武の背中に頭を押し付けた。
「わかった。
……私も頑張るから、しっかり上空からサポートしてね」
「あぁ まかせろ。
って、どうした?そんなに心配して」
武は何か変なものでも食べたかとソフィアの顔を覗き込む。
「な、なんでもないよ!」
ソフィアは顔を真っ赤にして武からバット離れ、ソフィアは駆けだした。
誰の目にも何かあるのは明らかである。
武はソフィアの奇行に首をかしげるが、そんな武にいつの間にか現れたヴォロージャがボソリと呟く。
「昔、大統領の娘といい感じになったことがあったろ。
あいつ、ペレイラを見て、それの再来を警戒してるんだよ」
「は?ソフィアが?
そんな乙女だったかアイツ?」
「意外にな。
それよか、仕事だ。さっさと片づけようぜ」
「……あぁ、そうだな」
そういって武はヴォロージャに肩をポンと叩かれると、出撃に向けて準備を進めるのであった。




