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試される大地  作者: 石達
第3章 戦乱期
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On-the-Job Training(OJT)1

数時間後


キィーフ沿岸

賊との交戦現場



『ペレイラ!一人逃げた!』


「はい!」


無線機から聞こえる武の指示にペレイラは元気よく返事をする。

その声には初陣であるモノの恐れや怯えといった感情は全くない。

そこは賊との戦闘の最前線であったが、それは戦闘というにはあまりにも一方的であったのだ。

武の搭乗するハインドの第一撃が敵集団を粉砕・混乱させ、実戦での評価試験として送り込まれたソフィアとヴォロ-ジャの魔導強化外骨格と、ドラゴンを駆るペレイラが残敵を掃討する。

賊はヘリに反撃しようにも、小銃や弓等による未熟な対空射撃など弾の無駄以外の何物でもなく、逆に空に関心を奪われている間に、後から現れた魔導強化外骨格にその命を刈り取られていった。

新たに実戦投入した魔導強化外骨格。

その威力は無線越しのソフィアの興奮具合を聞けばその凄さが一発で理解できる。


『武!これ凄いよ!

パワーもスピードも火力も!全部規格外だ!』


ソフィアの装着する魔導強化外骨格は重機関銃を小銃のように軽々しく扱い、精霊魔法によって強化された獣人並みのスピードで大地を駆る。

その銃弾は当たり前のごとく当たれば即死、そして強化外骨格の蹴りでも食らおうものなら体中の骨が粉々に砕かれるほどの威力を持っていた。

その姿は、漆黒のカラーリングをされている事もあり、正に悪魔か死神のようである。

そんなソフィア達の魔導強化外骨格に対し、賊も槍、弓、小銃、更には魔術など散発的な反撃を試みるも、常識外れのコストを掛けて強化された魔導強化外骨格の装甲には傷一つつかなかった。

あるモノはそれを見かねて抵抗を諦め、物陰に隠れるなどしたが、今度はそれを上空から眺めるペレイラが許さない。

逃走を図ったり、隠れたりする賊に対して彼女の攻撃が襲い掛かるのだ。

初陣のペレイラだったが、その戦果は満足のいくものであった。

敵はヘリと魔導強化外骨格に戦力と戦意を砕かれてロクな反撃も無い。

ペレイラは、ドラゴンの背から逃げる悪党に向かって魔力を込めたライフルを撃つだけだ。

命中率は芳しくないが、練習のつもりでやれという武の指示もあり、やたら滅法に撃って既に何人か仕留めていた。


「お嬢。どうだ?

怖くはないか?」


グエンは背の上のペレイラに初陣の感想を聞く。

「大丈夫。私だってやれるわ」


グエンの問いかけに、ペレイラは背を撫でながらそう答える。

人に向かって銃を撃つと言っても、ペレイラは空からの攻撃であるし、グロテスクな死体などの現実は目に入らない。

故に初陣であっても精神への負担は限定されていた。


「よし、もういっちょ……」


ペレイラは張きり、より成果をだそうと魔弾に魔力を込める。

それは数人の賊が固まって岩陰に隠れたのが見えたからだ。

爆裂する炎の魔法を弾に込めれば一発で全員を退治できる。

そう考えて彼女はライフルに弾を装填し、岩陰めがけて引き金を引いた。


ドォン!


乾いた音と共に、岩の周囲では爆発が起こる。


「やった!」


ペレイラは思わず手を握る。

これだけ成果を出せば、自分の力量が認められるに違いない。

そう彼女は思ったのであった。


だが、そんな時であった。

何か運命的な確率のいたずらか、岩陰から吹き飛んできたモノが放物線を描いて彼女の胸に飛び込んでくる。


「ぐぇ!

つつ…… いったぁ……何よこれ」


胸部への衝撃を感じ、一瞬呼吸が止まってしまうが、ペレイラは涙をこらえて胸に飛び込んできた物を見た。

胸元に広がる赤い汚れと、その発生源である飛び込んできた塊。

それは、胸の谷間に収まるようにして未だペレイラの元にあり、彼女はその塊と目を合わせてしまった。


「……」


それはたった今吹き飛ばした賊の頭部であった。

首から血をしたたらせ、脳と片目が飛び出た状態でペレイラの胸の谷間にうずまって彼女を見ていた。


「……き、きゃああああああああ!!!!」


空に響く大絶叫。

ペレイラは胸に死体の頭を挟んだまま、その意識を手放した。



………………


…………


……


結局のところ、初任務は散々であった。

最終的に賊は全て退治できたものの、賊の生首を胸元に納めながらペレイラは帰還の間まで失神していた。

初陣という事もあったが、トラウマの出来そうな失敗に皆が心配する有様だ。


「いかんな」


「いけませんね」


船内の食堂の片隅でどんよりするペレイラを横目に、武とヘルガ達は今後について話し合っていた。

彼女を見ながら、これでは駄目だと共通の認識の下、各々がそれを口にする。

だが、使う言葉は変わらないが、意図しているところは微妙に違った。

武は彼女がえらいトラウマを負ってしまったんじゃないかとの思いでその言葉を口にしたのだが、ヘルガは別の意図を持って「いけない」と言ったのだ。

ヘルガは武を呆れたように一瞥した後、溜息を吐きながら首を左右に振って言葉を続けた。


「若、人的資源の力量管理はQMSの基本ですよ。

生首くらいで失神するピュアな人材だったとは……」


この世界、庶民ならば戦乱やら行き倒れやら公開処刑やらで現代日本と比べ死体を目にする機会は多い。

そのため、ある程度の耐性はある物とヘルガは考えていたのだが、没落したとはいえ元は貴族の出であるペレイラは、彼女の予想以上に精神が繊細だった。

だが、彼女を連れてきた張本人とはいえ、そんな事までヘルガに責められる武が分かるはずもない。

武は小声でヘルガの責めに言い訳する。


「それはヘルガさんが彼女を出せっていうから……」


「私のせいですか?

違うでしょ?メンタルも含めた教育訓練をしっかり終えていないモノを連れてきた若が悪いんでしょ?

そうじゃないなら最初からメンバーに入れないでください。

どうせ見た目と能力がちょっと便利そうだから選んだんでしょう?

最初の人選がそれを証明してます」


確かに、最初に武が集めたメンバーは美人の巨乳が多かった。

だが、ヘルガだってペレイラには帰れと言わなかったし、100%自分のせいかと言われれば色々と武にも不満もある。


「なんだよ……

文句があるなら最初に言えよ。

細かいことをグチグチと幼女みたいななりして偉そうに……」


武はヘルガから目をそらしながら、ふてくされつつ小声で呟く。

彼女の正論に正面切って言い返すことも出来ず、悪態をつくくらいしか出来なかったが、そもそもの所、どうにも見た目がちんちくりんなヘルガに対して、武は少々彼女を舐めているのだ。

だが、その直後にヘルガの眼光も鋭さが増した。


「何か言いましたか?」


ヘルガはギロリと武を睨む。


「……しかし、これはいけませんね。

自分の失態を認めないばかりか、悪態まで付くとは……

力量評価基準並びに教育プロセスの不適合で是正処置報告書を発行しますから、対策してください」


「な、内部監査じゃあるまいし、そこまでやらなくても……」


「わたしは営業部長でありつつQMS管理責任者でもあります。

是正すべきは是正させます。

本当は私への悪態に対してアクションを取りたいのですが、規格要求に悪態に関する要求がないため、教育訓練の不適合だけにしときましょう」


そういってヘルガは手に持っていたタブレット端末を手に取るとサササと何かを書いて送信する。


「くっ」


そして、武に見せられたのは「起草完了」の文字だけ。

既に文書は本社に送信されており、ログが残るため武がこれを撤回するのは難しい。

武は全てが手遅れだと悟ると、ヘルガを睨むことしかできなかった。


「さて、冗談は良いとして彼女はメンタルが弱いですね

魔術の腕などはいいのですが、性格がチキンな上、見たところ自分の意見を表明する押しが弱い。

こんなヘタレなコミュ障では、つかいものになりません」


「冗談ならさっきの文書撤回してくださいよ……

それに、どう教育するんだよ」


「……そうですね。

古来より、メンタル強化手段にノンアポ飛び込み営業なるものがあります。

それで行きましょう。

図太い神経が身につけば、多少の事では動じなくなります」


「飛び込み営業?

そんなこと言っても、こんな海の上でどうするんだよ」


「あるじゃないですか周りに一杯飛び込み先が」


そういってヘルガは船の外に向けて指をさした。


「海?」


「船ですよ。

安全な石津製作所所属のこの船にくっ付いて航行してる船がいくつもあるじゃないですか。

あの船全部から何かしらの契約を取るまで日中の帰還を禁じます。

ただし。脱走した場合は戦闘機でお迎えに行くので逃げられるとは思わないことですね」


「それはちょっと厳しすぎる気が……」


流石にそれは荒治療に過ぎるのではないか。

武はそう心配するが、当のヘルガの意思は既に固い。


「対外コミュスキルの訓練と根性付けです。

営業部の連中もこれで結構鍛えましたから大丈夫。

これで図太い神経が身に付けば、生首の一つや二つ見たところで平然と働いてられます。

営業ノルマのためなら銃火の飛び交う最前線で営業活動ができるくらいに……

それに丁度、銃器カタログと警備部の契約プランカタログは船にあるし…… よし!ちょっと取ってくるから待ってなさい」


そう言って、ヘルガは方針を決めると直ぐにでも始めようと船内にカタログを取りに駆けていった。

あとに残されたのは武一人だけ。

武はふとペレイラの方を向くと、いつの間にか顔を上げていたペレイラと目が合った。

自分に関して不穏な話をしていた二人の会話は彼女にも聞こえていたのだ。


「た、武さん……」


ペレイラは不安そうな表情を浮かべながら武を見る。

だが、そんな彼女に武ができることは限られていた。


「すまないペレイラ。

だが、これもお前のためだから。

とりあえず、給料に営業要員としてのみなし残業手当はつけてやるから、労働時間は気にせず頑張ってくれ」


「ううう……」


力なく机に突っ伏してしまうペレイラ。

だが、そんな彼女に対して同情以上の言葉をかけてやれる人間は誰もいなかった。

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