いい日旅立ち2
出航前にヘルガが飛び入りで入ってきた事による騒動……
思い出せば、そんなゴタゴタから今回の仕事は始まっていた。
それからというもの、ソフィアという猫獣人からは厳しい視線を送られるもの、他の皆からは優しく接されてペレイラは過ごせていた。
そのおかげか今の所はトラブルもなく順調と言える。
暇な時間で現代兵器の扱いなどのOJTを受け教育実績を積む毎日だ。
その為、ぼーっと遠い水平線を眺めていられるような余裕もでき、落ち着いた心でいることが出来たのだ。
リラックスして水平線を眺めるペレイラ。
思えば、彼女にとってこんな快適な船の旅は初めてだ。
覚えている中でも特に新野付牛に向かった時は酷かった。
キィーフから新野付牛へ仕事を求めて向かう移民船は正に底辺中の底辺だった。
小さな船であったため、揺れが酷く、皆が船酔いで胃液を甲板や海にまき散らしていた。
不潔極まりない船だったのだ。
だが、それに比べて、なんとこの船の素晴らしいことか。
大して揺れもせず、船は清潔そのもの。
全く持って天と地の差だ。
ペレイラは水平線を見ながらそんなことを考えていた。。
そんな時だった。
海を見ていたペレイラの背後から、野太い男の声がかけられる。
「海になにか見つけたか?」
その声を聞いて、ペレイラはくるりと後ろを向く。
そこには出航前に急きょ乗り込んできた酌の姿があった。
「いえ、ちょっと船の快適さに感動して……
私、数日前はあんな船に乗ってたのですが、それとは天地の差でして」
そういってペレイラの指さす先には幾隻もの小舟があった。
それらの船はあとらんてぃっく・こんべあ丸の出航に合わせてついてきたのだ。
船の周りには、航路が同じなのか船団を組むように複数の大型帆船のウィンドブレイカーが航行しているが、その中でも小さめの船は何故かこの船の周りに張り付いている。
「あぁ、コバンザメに乗ってたのか。
そりゃ劣悪な環境だな」
「コバンザメ?」
「移民やら貧乏人を運ぶ船だ。
そんな客が相手だから居住性に金をかけようともしないし、劣悪な環境でも客は減らん。
そして、そんな船をチャーターした移民やらも金をケチろうと悪知恵を働かせる。
つまるところ、石津の船にピッタリくっ付いて行くことで、海上での護衛料を節約しようとしてるのさ。
海賊共も流石にこの石津の旗を見ると余り無茶はしないからな」
そういって酌は顎髭をなでると、まるでゴミでも見るかのように移民船を見る。
その表情は不愉快さを隠そうともしなかったが、話を聞いてたペレイラはコバンザメと呼ばれる船より他の事が気になった。
「海賊ですか。
この辺りは多いんですか?」
「そりゃそうよ。
まぁ そのうち分かる。
アーンドラが近づくにつれ治安は悪くなるからな。
アーンドラの紛争以後、帰還兵やらを通じて随分な量の銃器が世に流れた。
今までは絶対的な存在だった騎士や魔術師に銃で対抗できるんだ。賊連中も活発になったもんよ。
特に国が不安定な所は特に賊が多い」
「……そう言えば、故郷でも色々と不穏な噂は聞きました。
重税に耐えかねて民衆蜂起だの、没落した貴族が賊になっただの……」
「まぁ そういう暗いご時世だから、警備業が大儲け何だがな。
だが、そうは言っても護衛を雇えない連中もいる。それが奴らよ」
「移民ですか?」
「もし、これが反対向きの航路であればそれで正解だ。
だが、それが全てという訳でもないな。
この航路で移民って言えば、稼ごうと思って西から東の開拓地へ行くやつが多いが、逆は珍しい。
有るとすれば別な理由だ」
「別な理由とは?」
そういってペレイラは首を横に傾ける?
東から西への大人数での移動の理由……
これが経済的な理由の移民なら、ペレイラ自身がそうであったように西のキィーフなどの諸国から東の北海道の入植地への移動一択だ。
だが、北海道直々に開拓している経済発展の著しい土地から、開発ペースが劣るイグニス教諸国への移民などよっぽどの理由がないかぎりあるわけがない。
ペレイラは、そんな東から西へ向かおうとするのは何者かと頭を捻った。
だが、その答えは、ペレイラ自身が考え付くより先に、意外な方向から答えが反ってきた。
「巡礼者だよ」
背後から一人の人物が話に割って入る。
それは微笑みながらこちらに歩いてくる武であった。
「武さん……」
「イグニス教一辺倒だったのが、北海道から新たな信仰が流入して拡大してるんだ。
まぁ、イグニス教諸国は異教徒として弾圧してるが、それでも教団の本部への巡礼者は絶えない。
まぁ、現世利益が殆ど望めないと信仰こそが心の拠り所になるからな。
無理をしてでも巡礼したいのだろう」
「そうなんですか」
ペレイラ自身はそういった事情に疎かったため、そんな宗教ができているなんて事は知らなかった。
なので、そんなものもあるのか程度に話を聞いていたのだが、ペレイラの横に座った武は真面目な顔で言葉を続ける。
「あぁ、イグニス教の教えは、聖戦に備えた試練や修行ばっかりで一般人に利益が薄いからな。
そういう需要にマッチしたヌルい宗教が俺らの所にあったんだ。
だが、それも大きくなるにつれ既存の宗教とぶつかってるし……恐らく、今後の世界の火種であり、俺たちの飯の種になる」
「……複雑な気分です」
ペレイラも教育を受けた今、自分の会社はどのような商売なのかは知っている。
本業は兵器製造。そして、警備という名の傭兵業もやっている。
その民間企業にしては圧倒的な力から、ここ数年は、現地人の間では石津が訛ってシーズとして恐れられている。
だが、そんな会社の顧客がどういうものかを目の当たりにして、どういう反応をしていいのかペレイラは困っているとまた一人会話に割って入る人物があった。
「あ、いた。
若、ちょっと仕事ですよ」
ペレイラたちが声の聞こえた方に振り返ってみると、船内から甲板へと出てきたヘルガが声をかけながら近寄ってくるところだった。
「何ですか?ヘルガさん」
仕事とは言うものの現に商品の輸送任務中だ。
武はヘルガに何の仕事か聞いてみた。
「警備契約してるキィーフの村が賊に襲われてます。
ちょっと殲滅してきてください」
「は?俺たちが?」
コンビニにお使いを頼むような軽さでヘルガは言うが、武には何故自分たちが対応しなければならないのか分からず、思わず彼女に聞き返した。
「この近辺の事業所より、この船のほうが機動力と火力があるんですよ。
資源の有効活用です。
ウチは事業所が違えば別会社みたいな典型的な大企業とは違うんです。
ハインドを出していいですから、それで対処してください。
消耗品は契約とった事業所に経費を請求しますから、本来の任務のコストに組み込まなくてもいいですよ。
まぁ若が見つけてきた彼女の能力がどれくらいなのか、皆に見せるいい機会ですよ」
そういってヘルガはペレイラに視線を向けてニコリと笑う。
だが、そんな彼女の言葉を聞いて、武は別のことを考えていた。
初陣のペレイラに経費ゼロで実戦を教えられるのは良い。
しかし、そもそものところ今回の任務の主題はコストは気にしなくていいといわれており、武はあまり気にしてなかった。
だが、少し考えてみれば、途中でメンバーに飛び込んできたヘルガは恐らく監視役で間違いない。
そんな彼女がコストコストというのならば、何か裏で評価などが行われてるのではないかと武は勘ぐってしまう。
「艦載機は?つかっていい?」
空爆で片づけられるなら、人的損耗リスクは無視していいレベルだし、無駄な作業工数低減にもつながる。
実に効率的かつ安全衛生上素晴らしいアイデアだ。
武はそう思ってヘルガに提案するが、ヘルガは左右に首を振った。
「契約した村は我が社の警備契約のみで、同時に勧めた提携会社の損害保険には加入してません。
なので、賊に奪われた村の財産は一緒に消し炭にするんじゃなく、できる限り取られたものは取り返してほしいとのこと……
全く、馬鹿ですね。
オプション契約していないから盗難品奪回の特別料金を支払う羽目になるんです。
契約さえしていれば、燃やされたり奪われても保険屋から保険金がおりたのに……
まぁ そんな訳で、どうせ空爆で纏めて吹っ飛ばしても保険補填するんだから…と片づけることはできません。
それより、超低コストの飛行ユニットであるドラゴンがいるんですから、それを多用しましょ
ただし、ドラゴン用の無線機は無いので、あなたはオペレータとして騎乗していってね」
「え?、あ、がんばります!」
ペレイラは初の実戦任務であるためか、ヘルガの言葉にやや強張って返事をした。
そしてそんな彼女を見て、隣に立っていた武はヤル気を見せていた。
「じゃぁ俺も新人にいいとこ見せないとな。
準備できたらハインドで出るよ」
そういって武はいい笑顔でペレイラに向ける。
ペレイラもそんな武にチョロっと落ちかけるが、それはヘルガの言葉で踏みとどまった。
「は?なに言ってるんですか……こんな圧倒的な戦力差なんだから勝てて当たり前です。
それよりも常に最小コストで任務達成を心掛けなさい」
「はい……」
自信満々な態度から、出鼻を挫かれてしゅんとする武。
そんなこんながあったものの、ペレイラの初任務はこうして始まったのだった。
年内はあと数回更新できそうです