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試される大地  作者: 石達
第3章 戦乱期
82/88

いい日旅立ち1

執筆時間が…… 激減……

この転職は失敗か……

キィーフ帝国北方海上


快晴の空。

紺碧の海

西へ向かう船は波間を滑る。

あとらんてぃっく・こんべあ丸は、東西に行きかう大小さまざまな船とすれ違いながら、航路をひた走っていた。

沿岸から然程離れていない航路なので、360度見渡せば、定期航路の巨大なパージキャリアから、漁民の漁船まで様々な船が見て取れる。

特にこの海域は水産資源が豊富(北海道勢力の進出以降、タラバガニが異常繁殖しているせいもある)な為、経済水域の概念のないこの地では遠洋漁業の船がウジャウジャと集まっていた。

そんな雑多な船が多いこの海域では、船体だけを見れば、あとらんてぃっく・こんべあ丸は然程目立つ存在では無い。

同程度の排水量の船も良くつかみかけるし、何よりももっと外見の派手な大きな帆船が周りを航行しているからだ。

なので航海も順調そのもの。

船は静かな航海を続け、ペレイラはそんな船旅を楽しんでいた。

半月前は粗末な移民船で最悪の船酔いを経験しながらキィーフとノヴァシベリアの間の間を渡ったものだが、今回の船旅はそれに比べて非常に快適と言ってよかった。

船の大きさの為か揺れは少なく、粗末な移民船特有の人の臭いと保存食の漬物の臭いが混ざった"糞壺"とも形容された船室の臭いもここでは無縁だ。

なにより、グエンが空を飛び回り、船上でくつろげるだけの十分な広さが有る。

全く持ってあの時に乗った移民船とは天と地の差だった。

ペレイラはそんな事実に感動しながら、波間に視線と意識を漂わせて、ここ数日のドタバタを思い出していた。


………………

…………

……









武の招集命令の当日、ペレイラは会社からの辞令により川沿いの船着き場へと向かっていた。

彼女は、会社から支給された基本装備一色をドラゴンのグエンの背中に括り付け、途中で買った菓子パンを頬張りつつ歩を進めた。

時間的には集合時間には十分間に合う。


「お嬢、ずいぶんとこちらの生活に慣れてきたようだな。

特に2日目の座学の研修を受けてから別人の様だぞ。

受講内容は一般常識やら色々だったそうだが、いい先生でもいたのか?


「……いや、先生はいないよ。

機械の画面だった。

でも、そう…… 授業は色々と凄かったよ」


その言葉の通り、座学の授業はある意味で衝撃的だった。

武に研修に向かうよう言われた次の日、ペレイラは言われた通りに会社の研修所に向かった。

受付の係員は、初日は座学、次の日が実地だと言ったので、ペレイラは特に疑問を持たずについていったのだが、それが常軌を越えた研修だとは、その時は思ってもみなかったのだ。


初日の座学……確かに座って勉強するだけだが、それはペレイラの知っているものとは大きく違った。

座学の教室は、個別学習なのか一人一つの学習装置が並んでいる。

その日は朝早くに来たため、ペレイラが来たときは誰もいなかったのだが、彼女がその異様さに気付いたのは夜遅く、全ての講義が終了した後だった。

この座学、それには石津製作所謹製の記憶薬が使われている。

最近では効果を落とした奴が市販もされているが、これは違う。

健康に支障が出るギリギリまで効能を高められた特別製の奴だ。

使用者は受講中は自我を失い、涎と鼻水を初め、ありとあらゆる体液を垂れ流した正気とは思えない姿で高速再生するモニターを見つめている。

とてもじゃないが真っ当な教育とは思えない……が、その効果は驚くべきものだ。

ペレイラも講義の終了後は恐ろしく頭が澄んでいる感覚を覚えたものだ。

日本語から北海道の一般常識が一日にして詰め込まれたのである。

途中で自我が失われていたのだから、一瞬にして彼女の世界が広がったような感覚だ。

だが、そのかわり受講後のペレイラの姿も他の受講者と同じようにひどいものだった。

上半身は涎と鼻水でべちゃべちゃ、下半身は失禁していた。

とてもじゃないが、人には見せれない姿だ。

当然、相棒であるグエンにも、自分がそんな姿をさらしていたとは言えない。

なので、彼女は凄かったとだけ言って詳細は濁した。


「そうか。

ここじゃ教師も機械なのか。

なんとも味気ない所だな」


「いや、普通の学校はちゃんと教師がいる……らしい。

機械なのは会社の研修所だけ。

それより、こんな話よりもこれからの話をしましょ。

昨日聞いた話じゃ、教皇庁にも行くそうだけど、向こうの友達に会えたりしないかなぁ」


彼女にとってみれば経済的、政治的理由で教皇庁の学校を退学してしまったので、幾分かの未練はある。

それは仕方ないと諦めるにしても、仲の良かった友達には、またいつか会いたいとは思っていた。


「まぁ、仕事の合間にお嬢の友達に会うくらいはいいんじゃないのか?

没落以後は一度も連絡を取ってないんだろ?」


「そうだけど……」


と、そこまで言ってペレイラは考える。

良い所に再就職できたとは言え、一度は没落して貴族の地位も失った身。

能天気に彼らの前に出て大丈夫だろうか?主に貴族の世間体的な意味で……

もしかしたら、没落したことを陰で笑われているかもしれない。

そう思うと、ペレイラは急に彼らと会うのが恥ずかしくなった。


「あー、でも、没落して貴族じゃなくなったとか、今更にして思うと恥ずかしよね。

やっぱり、会うのは無しにしようかな」


「そんな気を使う事か?」


「竜人の社会ではどうか知らないけど、人間社会では対面を気にするの。

うん、そうね。

決めた。会わない!」


そういってペレイラは、パンと手を叩くと、方針を決めたとしてウンウンと頷く。


「お嬢がそれでいいと言うなら何も言わん」


「そうしてくれると嬉しいよ。

と、いつの間にか結構歩いたね……、さぁ!そろそろ目的地よ!

もうすでに何人か来てる様だし行ってみましょ」


ペレイラの視線の先、見れば目の前は目的地の埠頭だった。

そこには既に他のメンバーも来ていた様で、武を中心とした集団がたむろしている。

ドワーフ、巨人族、獣人、人。

一見して雑多な種族が集まっているように見えるが、その構成は獣人が多い。

それもおっとりした人から気の強そうな人まで様々だ。

ペレイラはそんな一団を見回しつつ、あまり目立たぬように会釈をしながらその一団に加わった。


「よし、みんな揃ったな!」


ペレイラとグエンが到着し、武は全員がそろったことを確認すると声を上げた。


「じゃぁ出発前のミーティングだ。円になって並んでくれ」


武の言葉に整列する一同。

武を囲むように全員が並び、それを確認して武が言葉を続ける。


「では、各自の自己紹介も……って、なんでヘルガさんがいるんです?」


全員そろったので声を張り上げた武であったが、集まったメンバーの中に一人意図しない人物が混ざっていたらしい。

武は一人のドワーフの女を見る。

ペレイラは、自然と人の輪に入っている彼女もメンバーの一人かと思っていたが、どうやら違うようだった。

ヘルガと呼ばれたピッチリとしたスーツを着こなしたドワーフの女性は、武の質問に動じることなく淡々と返事をする。


「気にしなくてもいいです。

私も同行します。

自己紹介を続けてください」


「いや、でも親父からは一個分隊以下って言われてるし」


「気にしないでいいです。

まずは自己紹介を」


ヘルガは気にせず進めろと手を振りながら武を急かすが、当の武は非常にやりずらそうだ。


「やりにくいな……」


本人を前にして思わず本音が出る武。

武は創業者の跡取りではあるが、相手は会社の初期メンバーの一人。

あまり上から目線で喋るわけにもいかず、武は扱いに困っていた。

だが、思わぬヘルガの来訪に調子を乱されているのは彼だけではなかった。


「あわあわ……」


ヘルガ姿を見ながら、同じドワーフであるドワ子の挙動がどうにもおかしい。

何やら凄く緊張した様子だ。


「どうしたの?ドワ子さん」


武は何か不味いことでもあるのかと彼女に聞く。


「なんでヘルガ営業部長まで居るんです?!」


「そんなのこっちが聞きたいよ」


「うわ、本物だ……」


そういって、ドワ子は口元を手で押さえながら、有名人にでもあったかのように、顔を上気させて羨望の眼差しをヘルガに送っていた。

だが、そんなドワ子を見て、武は何故ここまで狼狽えるのか理由がわからなかった。

確かにヘルガは社内では上位の役職者だが、そこまで特別扱いされるようなVIPでも無い。

武は挙動不審の理由をドワ子に聞いた。


「そんな驚いて、何かあったの?」


「そりゃもう。

ヘルガ・ステパーシンさんと言えば、ドワーフ族一の出世頭ですから。

公式には道東のラバシ様が連邦政府内のドワーフのトップですけど、実際の力関係ではヘルガさんだと言われています。

何せ、男性社会のドワーフ族の中で、女一人で渡り歩く立志伝中の人物です。

女だからと甘く見て舐めた対応を取った某部族は、その後に石津の力を必要として協力を依頼しても、お断り見積もりしか返ってこず、あえなく滅びたという噂も……

はぁ……かっこいい……」


そういって、ドワ子はヘルガに送りながらため息を吐いた。

まぁ、確かにヘルガは社内では出世頭。

その上、綿密な打算により遂にサーシャの求婚を受け入れ、道東の裏に君臨するステパーシンの一族になったりとドワーフ族の中ではかなりの権力を握っているのだろう。

ドワ子はそんなヘルガを見ながら恍惚の表情を浮かべているが、理由がわかった武にとっては実にどうでもいいことだった。


「……まぁいい。

話を続けよう。

俺の事は皆知ってると思うんで、他の初対面のメンバー向けに各々自己紹介してくれ。

ドワ子さんから順番でいいや」


「え!?

私ですか?

えー……わ、わたしは、ドンドゥル・ワグナーコ。ドワーフ族です。

渾名として皆からドワ子と呼ばれてます。

製造部で部長付きの研究所要員をしてましたが、今回の任務では魔導外骨格やその他もろもろの装備の整備をさせていただきます」


そういって、ドワ子はぺこりと頭を下げると、全員が順番に自己紹介を始めた。


「俺たちは兎人族のペドロとピョートルだ。

毛皮がブチの方がペドロで白いのがピョートルな。

最初の難民の子孫だから道東への市民権まで持ってるぞ

仕事は偵察兵兼狙撃兵だよ」


ペトロとピョートルと兎人族の名乗った武装ピー○ーラビットは、仲良く肩を組んで親指を立てる。

彼らの見た目は武装したウサギそのもの、愛くるしい姿かたちだが、ヘルガは彼らの姿にどこかで見覚えがあった。


「ラッツに似てるわね」


人よりは畜生寄りの姿のため、他部族からしたら個体識別は難しい彼らではあったが、それでも二人の雰囲気はどこか昔一緒に旅した兎人族に似ているとヘルガは感じたのだ。

そして、その言葉を聞いて、二人は笑って頷く。


「あれは爺ちゃんだよ。

引退した爺ちゃんからは教わることは全部教わったつもりだ」


「お孫さんなの?」


「俺らの一族は兎のバイアスが強いんで短命なんだ。30年くらいでコロコロ死ぬし、ポンポン生まれる。世代交代が早いんだな。

まぁ、人族だって巨人族やらドワーフに比べれば短命なんだから気にすることなんかないよ」


そういって二人のウサギはケラケラと笑う。

余りに軽い生死感に武もどういっていいかわからない。

なので、武もさらりと流して次に進む事にした。


「そ、そうか。

じゃぁ、次に行こう。

そこの大きい君。自己紹介お願い」


「シオ・サナカン……

サルカヴェロの巨人族。

整備兵兼戦闘工兵……ドワ子の助手でもある」


武に指名されたのは2mを超える巨人族の女だ。

だが、知的な印象を受ける顔だちをしてるものの、不愛想という印象を受ける。

事実、彼女の自己紹介はその一言で終わってしまった。


「え?それで終わり?」


武の問いに彼女はコクンと頷く。

どうやら本当にそれで終わりのようであった。

あまりにそっけないやり取りに場が白けてしまったが、そんな空気を読んでか、ペレイラが自発的に声を上げた。


「ペレイラ・カロリーンです。

教皇庁の魔術学校を出ているので一通りの魔術は使えます。

あと、キィーフ出身ですが竜人との混血で竜光……電波が見えます。

そして、こちらが相棒のグエンですが、彼はドラゴンですが人語が分かります」


そう言って相棒のドラゴンも一緒に紹介するペレイラ。

なので、どちらかといえば彼女自身よりグエンのほうが皆の興味を引いている。


「それは竜人が憑依しているんじゃないの?

竜人の能力でしょ?ドラゴンへの憑依は。本体はどこ?」


体表を撫でながらヘルガがペレイラに聞いた。

竜人はドラゴンに憑依して使役する。

ヘルガはそれを知っていたためにペレイラに聞いたのだ。

憑依しているのなら本体が挨拶に来るべきだと暗に匂わせて……

だが、そんなヘルガの質問に答えたのは他ならぬグエン自身であった。


「かつてはそうだった。

だが、戦で本体が滅んだとき、何の因果か自我が消えずドラゴンに残ったのだ。

それ以来、ずっとこの姿だ」


「へぇ……そんな事もあるのね」


「まぁ、そこらへんの詳しい話は後ほどな。

続いてだが、こっちの二人は俺が連れてきた。

兵隊として、狐とハイエナの獣人の二人だ」


武の紹介とともに二人の獣人が前に出る。


「イナリー・フシーミです」


「ツア・ダオナンでっす」


挨拶したのはどちらも美形の獣人だ。

狐の方は長身の美女といった感じで、ハイエナはワイルドな美人といった感じだ。

タイプとしては別々の二人だが、外見上の特徴として一つの傾向があった。

全体的によく鍛えられており、締まるところは締まったスタイル、そしてどちらも巨乳であった。

だが、そんな二人が紹介された途端、場の空気が決定的に悪くなるのをペレイラは感じた。


「ペッ」


挨拶した二人を見てソフィアは露骨に地面に唾を吐く。

露骨な不満の表明だ。

彼女は鋭い眼光で彼女らを睨むが、そんな視線に彼女らは動じない。

逆に、ソフィアより大きい胸を誇らしげに持ち上げると余裕の笑みを浮かべて見せた。


「ふふん」


ソフィアの体を舐め回すように見て、にやりと笑う獣人二人。

そんな二人の態度に、ソフィアの目つきもどんどん険しいものとなる。


「あぁ、なんだその眼は?」


二人の視線に対し真っ向からメンチを切り、睨み返すソフィア。

まさに一触即発。

だが、そんな空気を見かねて武は慌てて二人の間に割って入った。


「こら、お前ら仲良くしろ!」


三人を叱るように間に割って入った武だが、それでも雰囲気は一向に改善しない。

むしろ睨み合いの距離は狭まり、そろそろソフィアの手が出そうだ。

さすがにこの状態は不味い。

武はさてどうやってこの状態を改善しようかと考えていると、ヘルガが武の袖を引っ張った。


「ちょっといいですか?」


「どうしましたヘルガさん?」


「どうにもこのメンバーは男女比に偏りが有りますね。

実によろしくない」


そう言って、腕を組んだヘルガは眉間に皺を寄せて首を振る。

だが、そんな彼女の真意が武にはどうにもわからなかった。


「何を……言ってるんです?」


「これじゃぁ、若の試練にはならないと言ってるんです。

女を侍らせてヘラヘラされては、お母様であるエレナ副社長にも申し訳が立たない。

ちょっと人選を変えましょう。

そこの頭の足りなそうな二人。帰っていいですよ」


ヘルガはキッと武を睨んだのち、武の連れてきた獣人二人に帰れと手で合図をする。

だが、そんな勝手にメンバーを変えられてはたまらないと武はヘルガの肩をつかんで抗議した。


「ちょっと何を勝手に?!」


キッ!


武は抗議するが、それはヘルガの鋭い眼光に止められる。

そして、ヘルガは続けて二人に帰るように促した。


「ほら、早く帰りなさい。

それとも命令不服従です?直属ではないとは言え、舐められたものですね」


どんな命令であろうとヘルガは会社のお偉いさんだ。

直属の上長ではないが、そこまで言われて二人の獣人女に拒否できるはずもなかった。


「い、いえ!

直ぐに元の部署へ戻ります!!


こんなところでお偉いさんに目を付けられて解雇でもされれば目も当てられない。

二人はハイハキと返事をすると武が声をかける暇もなく逃げるように去っていった。


「よし。

では、代わりの人材を補充しますか。

適度に試練になりそうな人材……良い人が居ましたね」


いきなりメンバーを帰されて呆然とする武を無視して、ヘルガはあたりを見渡した。

そして、ふとヘルガが視線を向けた先。

そこでは酌が友達と思われる老人と事務所の前で将棋を打っていた。

昼間っから酒と将棋とは良い身分だが、暇な老人にはちょうどいい娯楽なのだろう。

ヘルガはそんな二人の下に近寄ると、2、3話をした後、二人を連れて戻ってきた。


「……紹介します。

彼女らの代役を引き受けて下さった酌さんとコネリーさんです」


「よぉ!」


そういって元気よく返事をしたのは二人の老人。

酌と明らかにただの将棋仲間とおぼしき人であった


「ちょっと待てよ!

その二人、たまたまソコで将棋打ってただけだろ!!」


「細かい事はいいんです。

これで私を入れて11名……一個分隊ですね」


そういってヘルガは無い胸を張るが、武はドヤ顔をするヘルガから視線をそらしつつ、勘弁してくれと言いたそうな表情でヘルガに言った。


「いや、ドラゴンも人格があるから一名扱いしてたので、ヘルガさんは正直いらない……」


「ドラゴンなんて畜生枠でしょう。

鳥や馬と同じです。数に入りません」


武の拒否にも全く応える事もなく、平然とヘルガはそう言ってのけた。

全く持って付いて行かないという考えは無いらしい。


「あんた……一体、何の権利が有って……」


武は恨めしそうにヘルガに言う。

だが、そんな武を尻目にヘルガは説教がましくこう言った。


「巨乳に囲まれてへらへら旅されるより、年配の方から助言をもらって苦労した方がいいんです。

因みに彼らが老衰以外で死亡するとペナルティとして社長に報告しますので」


「ぐぬぬ……」


武は勝手に表れて好き勝手にするヘルガを睨みながらわなわなと拳を握る。

だが、そんな武を見てソフィアは優しく腕を握って武を諭した。


「武!ここは素直にヘルガさんの言う事聞いておこう!

あんな屑共より、お年寄りの方が役に立つかもよ!」


邪魔者を排除してくれたからだろうか、とても優しい笑みでヘルガの援護に回るソフィア。

だが、それでも武は納得がいっていなかった。


「で、でも、彼らにも準備とかもあるし……

それにやっぱり爺さんだよ?

医療費に圧迫をかける無駄な病院の予約やら、デイサービスとかあるんじゃないの?

あと、勝手に連れてったら徘徊と間違われて捜索願が出されるかも……」


武はどうにかこうにか連れて行かない言い訳を考える。

だが、結局のところ、それらはすべて無駄であった。


「そこの若いの。

安心しろ。わしらは健康そのものじゃ。

それに家族は既に先立たれてるんで、居なくなっても誰も困らん」


そういって二人は親指を立てるが、武は引きつった笑みを浮かべるしかない。

そして、それに追い打ちをかける様にヘルガも言葉を続ける。


「色々心配してくれてるようだけど、全く問題ないわ。

彼らの必要な装備やモノも、経費として注文書を切っとくから後で船までヘリで運びます」


「……」


何を言っても無駄だ。

武はそう思った。

ヘルガの持つ権限に武はどうしようもない。

もう武は諦めるしかなかった。

父親から命令され、嫌々ながらも遂行しようとした仕事。

せめてメンバー位は好き勝手にしようと優先順位の低い枠に目の保養兼遊びのメンバーを入れてみたが、あっという間に変更されてしまった。

それも老人二人という難易度を上げる方向に。

だが、そんな武の悲観も全くヘルガは気にした様子もない。

むしろ張り切ってやる気を出していた。


「それでは、出発しましょう」


「……本当にヘルガさんも行くんです?」


何故ついてくる必要があるのか?

そこについては武は全く判らないのだが、逆に彼女は確固たる意志を持っているようであった。


「? あたりまえでしょう。

今更何をいってるんですか貴方は。

それとも各国の赤線地帯やゴーゴーバーでハメそうと思ってましたか?」


各国のナイト遊びは男達だけで行く娯楽……分かっていても女性陣がそれを口に出すのは遠慮するべき。……そう思っていた時期が武にもあった。

だが、ここまではっきりと看破されたとなると、もうそれも難しいのであろう。

武はがっくりと肩を落とす。


「い、いや……そんな事は……

それに、ヘルガさんも部長としての仕事とかは?」


「今回は私にとってはワーケーション……仕事しつつ旅行を楽しむ休暇みたいなものです。

バカンスグッツも既に船に乗せてあるので、何も心配はいらないですよ」


そういってヘルガは実にいい笑顔で微笑んでみせた。


「そうですか……

多分、もう何言っても聞かないんでしょうね」


ガックリする武に、ヘルガはコクンを頷く。

開始早々、せっかくなので仕事の合間に楽しもうと思っていた武の目論見は粉砕されたが、仕事はまだ始まったばかりであった。


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