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試される大地  作者: 石達
第3章 戦乱期
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10 years after その5

地下の倉庫に戸惑うドワ子を残し、武ら3人は次の獲物を求めて事業所の外に出向いていた。

向かう先は川沿いの船着き場。

そこには海運各社や水上護衛を引き受ける石津製作所の船が並んでいる。

と言っても川幅が数キロもある川の岸である。

そこは海の湾港かと見間違えるような施設が揃っていた。

武らは、その一帯を歩きながら目当ての場所へと歩を進めていた。


「これで、強力な武器と移動手段が手に入ったな。

後は海上輸送手段だけど、特に指定が無いからそれも押さえておこう」


今度は何を押えようか。

武は意気揚々と前に進むが、その段になって、ソフィアはある疑問を口にした。


「いや、それより目的地はどこなの?

戦争に行くような装備だけど……」


「まぁ、後で分かるさ」


そう言って、武はソフィアの質問をはぐらかしていると、一行はやっと目的地に着いた。

川岸に並ぶ各社の事務所の一つ。

武は元気よくその中の一つに入っていった。


「おじさーん!いるかー?」


「お?どうしたボウズ?久しぶりだな」


武が入っていった事務所の中。

そこでは一人の髭面の男が昼間から酒を飲んでいた。

彼こそ、石津製作所と提携し、海の安全を牛耳っている男。

(しゃく) 須波朗(すぱろう)その人であった。

かつては拓也を乗せて大陸のあちこちへ行っていたのだが、今では引退して現場から事務所に引っ込んでいる。

と言っても、業務のほとんどは部下に丸投げなので、昼間っから酒を浴びているのだが……

だが、それを見て武は何とも思は無い。

どうやらそれが彼の普通のようであった。


「ちょっと教皇領とか巡りつつ南方大陸まで物を届けるんだけど、良い船無い?」


「南方かぁ…… ちょっと荒れてるところだが、武装はどうする?」


「最高にイケてるのをお願い。

親父から予算の上限は特にないって言質は取ったから。

でも、商品輸送も兼ねるので純粋な戦闘艦は駄目だよ」


「そうか……

丁度それなら良い奴が空いてるぞ。

ちょっとまってろ」


「りょーかい」


そう言って、酌は事務所を出るとフラフラと川岸の方へと歩いて行った。

残されたのは武ら3人だが、事務所の椅子にでも座って待ってようかと考えていると、武は自身の腕がチョイチョイと引っ張られているのに気が付いた。


「ちょっと!」


「ん?」


「ねぇ!南方大陸って何!

エルフと化け物の戦争に介入するの?!」


上目づかいで聞いては来るものの、ソフィアの表情は真剣だった。

南方大陸……そこはイグニス教の神話の時代からエルフと彼らがシリカと呼ぶ異形が戦いを繰り広げる大地。

かつてはエルフは諸国からの巡礼と言う名の戦闘奉仕にきた熱心なイグニス教信者と、エルフの買い入れた戦奴で戦線を補強していたが、今は違う。

世界にばら撒かれた銃を初めとする新兵器。

それらの実戦試験の地として各国が小規模な部隊を送って研究を重ねているのと、奴隷として市場に流通してた人材が低賃金労働者として市場に出回らなくなった代わりに、民間の傭兵連中がエルフの金に引かれて集まっていた。

そんな事もあり、南方大陸は純粋な戦争大陸とも言ってよかった。

ソフィアが危惧するのはその為である。


「えー…… ただの商品の配達だよ」


武は視線を泳がしながらはぐらかす。

何故なら彼女の心配も理解できるからだ。

各国の精鋭や傭兵連中がシリカとぶつかって全滅するのは珍しい話ではない。

詳しい理由は分からないが、エルフや人類の戦力が向上するのに合わせてシリカの方にも異変が起きていると言う。

その為、元々が危険と言うだけではなく、不確定な危険要素も多いのだ。

なので、商品配送などと言えども十分な備えは必要だ。


「まぁ、確かにあそこは戦線が流動的だからヤバいな。

時々、警備部の連中でもシリカ相手に後れを取ってるし……」


武の話を聞き、納得するようにヴォロージャは言う。

武も出来ることなら行きたくないと思っている。

だが、拓也に命(黒歴史グッツ)を握られているため他に手段などない。

なので、安全を考えて過剰ともいえる装備を整えているに過ぎないのだ。


「とまぁ、そう言う事だよ。

商品輸送に必要な装備さ。分かったかソフィア?」


武はソフィアの肩に手を乗せると、仕方がないというオーラを出して彼女を説得する。

ソフィアはきゅんとしながら、コクンと頷くが、そんな言い分はヴォロージャには通らなかった。

彼はまだ疑問が残っている表情で武に聞く。


「でも、あの装備は過剰だな」


ヴォロージャは冷静に分析する。

本当に安全を考えるのであれば、大陸に到着後の警備は、現地に展開している警備部の精鋭に依頼すればいい。

それなら商品輸送の警護程度であれば、重機関銃付きの車両が有れば事足りる。

何せ本格的に潰しあうのでなければ、ヤバくなったら警備部を盾に逃げればいいのだ。

南方大陸のオフロードとは言え、10tトラックでも思いっきりアクセルを踏めばシリカを撒く位できるだろう。

なので、武の集めた装備品……特に魔導外骨格などは明らかにオーバースペックだ。


「い、いや。でも万一って事もあるだろう。

僕は慎重なんだよ」


武は冷静を装いそう説明する。だが、武の顔をじーっと見つめるヴォロージャはその言葉を全く信じていなかった。


「…………」


「なんだよ?」


「そういや、お前は親父さんの庇護下から離れて行動するのは初めてか。

会社の影響力の届かない所に一人で行くのが怖いんだな?図星だろ?」


「な!?何言ってんだよ」


「皆まで言うな。

俺ら幼馴染だろ。言わなくても分かる」


「ち、違う!

間違っても、初めて空路以外で大陸に行くのが怖いのでビビってるわけでは無いぞ」


武はぎこちない口調で彼らに説明する。

だが、彼らとて武との付き合いは長い。

それだけで、武の本心を看過してしまった。


「そ、そっか……

武でも不安になる事はあるよね。

いいよ。あたしが守ってあげるから安心して!」


そう言ってソフィアは慈愛に満ちた表情で武を抱きしめる。

それは正に母性の権化とも言ってよかった。

だが、それでも武は意地でも認めようとはしなかった。


「だから、南方大陸用の装備で……」


「安心しろよ?武。

俺たちとお前との仲だぜ?

お前が案外チキンなのは知ってる」


「ち、違うって言ってんだろうがー!!」


言い訳をすればするほど二人は武を信じることは無かった。

二人から生暖かい視線を向けられる中、川沿いに武の叫びが木霊した。








暫くして、事務所に酌は戻ってきた。


「おーいお前ら、話はつけたぞ……って何してんだ?ケンカか?」


見れば、煽られて殴りかかる武と、それを余裕で回避し続けるヴォロージャがいた。

結構なスピードでパンチを繰り出す武に対し、流れるようなデンプシーロールで回避するヴォロージャの動きは見事と言っていいだろう。

ケンカに見えないことも無いが、遊んでいるようにも見える。

何せ武のパンチは一発も当たっていないのだから……

そんなふたりとは少し離れて、暖かい目で二人を見つめていたソフィアは、別に何でもないと酌に答える。


「いえ、ちょっとじゃれてるだけです」


「まぁいい。そんで船なんだが、荷物が運べて良い船ってことでアイツをつかっていいぞ」


酌はそう言うと、水上に浮かぶ一つの船を指さした。

ソフィアは首を傾げてその船の方を見る。


「ん~? ただの貨物船?

コンテナ船とは珍しいね。主流のパージキャリアじゃないの?」


ソフィアはその船を凝視し思った感想をそのまま口にする。

彼女の言う通り、酌の用意した船は見た目は大きめのコンテナ船にしか見えない。

北海道転移後、世界の海運に革命的変化をもたらしたパージキャリアはインフラ網そのものをそれ専用に作り替えていた。

なので、専用設備の普及が進んでいないコンテナ船はこの世界では少数派だ。

ソフィアはなぜそんな船が良い船なのか疑問に思う。

だが、そんなソフィアの質問に酌は首を横に振ると、それが何であるか自信満々に答えた。


「違う。『あとらんてぃっく・こんべあ丸』はただの船じゃねぇ」


酌は腕を組み、仁王立ちしてそう告げるが、それでもソフィアの疑問は変わらない。


「でも、武装も何もないよ?」


「全部コンテナで隠してあるからな。

ヘリやらVTOL機も載せてる。

そして搭載機は凄いぞ、あのYaku-41だ!

サッポロの新鋭機の前にはゴミ同前だが、それ以外には敵は無い」


ババァーンと効果音の似合いそうな感じで酌は言った。

だが、ソフィアなどはその凄さを全くわからぬ感じであったが、ただ一人ヴォロージャだけは反応が違った。


「むぅ…… Yaku-41だと?」


じゃれあうのを止めたヴォロージャが酌の言葉を聞いて唸る。


「知っているのか?ヴォロージャ」


「知ってるも何も、Yaku-41……それは道東で航空機の開発を手掛ける帯広誘導推進システム設計局の八雲主席が束ねるチーム、通称八雲ワークスが設計した機体だ。

名称のYakuはその開発チーム名に由来する。

因みに安徳(あんとく)ワークスの設計機体はAntが付き、巫女谷(みこや)暮内(ぐれうち)共同ワークスの設計機体にはMiguの名称がつく。

話を戻すが、外観は旧ソ連の開発したYak-41と酷似……というかパクリとも言っていいが、機体性能は別物だ。かつて旧世界にはハリアー等と言う機体が合ったそうだが、転移後の技術がやっとそこまで追いついたといえる傑作機だな。

あ、でも旧世界のF35には負けるので、それと比較してはいけない。

というスペックなのだが――」


長々と知識自慢を始めるヴォロージャ。

そんな博識な彼と、ギャングスタ系の外観は見事なミスマッチだ。

全く似合わない。

武は自分の世界に入ってしまったヴォロージャを無視すると、ソフィアに話しかけた。


「……奴はさておき、これで、海の上でも安心だな」


正直な所、これで危機に陥るとしたら敵が対艦ミサイルでも用意してきたときだろう。

だが、そんな装備を持つ相手は今の所はサッポロくらいしかいない。

突然サッポロと全面戦争にならない限りは大丈夫なはずだ。


「あとは何が必要なの?」


「そうだなぁ……

親父はサッポロの工作員に気を付けろと言ったけど……」


拓也は確かにサッポロの工作員には気を付けろと言ったが、武は何をどう気を付けたものかと考える。

工作員……スパイ……盗聴?


「あ!」


そこまで思考を巡らせて武はある事に気が付いた。

対盗聴器&便利そうな人材に心当たりがあったのだ。


「どうしたの?」


「いるじゃん!丁度いいやつが」










その日、武の手引きで石津製作所の社員寮に入ったペレイラは至福の表情を浮かべていた。


「部屋が確保できたのは運が良かったなぁ」


ペレイラの部屋は、社員寮とは言ってもグレードは一番下であったが、それでも彼女には満足のいくものであった。

風呂、トイレ、キッチン共同、6畳一間の間取りであるが、家具は備えついてあり室内はノミも南京虫も湧いておらず綺麗に保たれていた。

そして何より、社員用に駐車場と厩舎があることからドラゴンのグエンも寝床には事欠かない。

彼女にとって実に素晴らしい物件であった。

ペレイラはそこで、インスタント麺を食べながらテーブルに置かれた物品を眺めている。


「新人に送られる新生活応援セット…… 本当に嬉しい。素晴らしい会社ね」


テーブルに置かれていたのは、新たに入居した社員に送られる一人暮らし応援セット。

タオル、歯ブラシ、袋ラーメン、レトルトごはん。

入居したものの、晩御飯はどうしようかと考えていたペレイラには嬉しいラインナップだった。

流石に田舎から出てきたばかりのペレイラにはレトルトごはんは作り方が分からなかったが、袋ラーメンは問題なく調理できる。

何せインスタント乾麺は、調理の手軽さと安さ、それに保管のしやすさ等で爆発的に大陸全土に広がりを見せていた。

その為、教皇領での学生時代及び没落後の極貧生活でペレイラは幾度となくお世話になっている。

そんな素晴らしい応援セットを用意してくれた会社に対し、ペレイラは感謝の念で一杯になっていた。




そんな時だった。

ドンドンと叩かれる玄関の扉。

ペレイラはこんな夜に誰だろうかと思いつつも、こんな入居早々に訪れるのは寮の管理者かなと推測して扉を開けた。


「はい」


ガチャリと開く玄関の扉。

そしてそこに有った顔を見た時、ペレイラの表情は固まった。


「ちょっと、ツラかしな」


そこに居たのは、昼間にトラブルを起こした獣人の女であった。

ペレイラは咄嗟に扉を閉めようとするが、扉とドア枠の間に差し込まれたブーツによって阻止される。


「え、ええぇ~」


ペレイラは何度もガンガンと扉を閉めようとするが、獣人の女の足は鉄でできているかのように動かない。

そんなこんなのうちにペレイラの襟首に獣人の手が伸びてくる。

あ、これ死んじゃうのかな……

ペレイラの脳裏にそんな思いが過り、彼女は恐怖のあまり気を失いそうになるが、彼女に伸びてきたその手は寸での所で阻止された。


「ソフィアやめろ」


「ちっ!」


ソフィアは制止の声がかかるなり、舌打ちをしつつもすんなりと後ろに身を引く。

そして、そんなソフィアと入れ替わるようにペレイラの知った顔がドアの隙間から現れた。


「た、武さん……

一体、な、何なんですかぁ~?」


ペレイラは武の顔が見えると安堵してへなへなと座り込むが、そんな彼女に武はニッコリ笑って問いかける。


「君、電波……竜光が見えたな?」


「え、ええ……」


「じゃぁ決まり。

今から会社の研修所に移動して訓練を受けて、此れも仕事だから」


「え?今からですか?」


突然の業務命令にペレイラの目は点になる。

だが、戸惑うペレイラに対し、武は悪びれることも無く言葉を続ける。


「ん?何か予定があった?

なら予定を変更しといて。

訓練終了後は長期の出張になるから。拒否はナシね」


「い、いえ、別に予定は無いです。

折角の仕事ですし行かせてもらいます。

でも、グエンは?」


ペレイラは仕事を選ぶつもりは全くないが、それでも出張となれば相棒のグエンはどうしようかと武に聞く。


「無論一緒で構わない。

じゃぁ、3日後にまた会おう」


そう言って武は振り向くと、足早にペレイラの家の前から去っていった。

ペレイラは声をかけるでもなく、去りゆく武の後姿を眺めていたが、そんな彼女の視線を遮るようにソフィアがにゅっとペレイラの前に屈んで彼女を睨みつけた。


「……おい」


「は、はい……」


鋭い眼光でソフィアはペレイラを睨む。


「あんまり色目使うなよ……ビッチが!」


「ひぃぃ!」


怯えるペレイラと威嚇するソフィア。

ペレイラは如何したらいいのか分からず、ただただ怯えるしかないのだが、ソフィアはそんなペレイラの様子に満足すると、武を追いかけるように足早に去っていった。


そして残されたのは玄関で屈みこむペレイラ一人だけ。

だが、相棒のグエンが厩舎で寝ている今、そんな姿を憐れむものは誰もいない。

キィーフを離れ、新たな環境に飛び込んだペレイラであったが、その受難は始まったばかりであった。

また書き溜めてきます

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