10 years after その4
石津製作所 新野付牛事業所
最上階フロア
ガラス張りの壁面から、眼下に発展著しい市街の様子を望める事が出来る一室のデスクに拓也は座っていた。
彼はパソコンを操作し、各地の事業所からの報告に目を通していた。
既に創業から15年を越え、創業当時は量販店のスーツしかきれなかった彼も、高価なスーツを自然に着こなせるようになっていた。
その為、年齢的には40代に入ってはいるが、それにしては彼の見た目は幾分か若い。
これはかつて使った防疫ワクチンの副作用でドワーフの因子が混じった結果であった。
寿命こそ大して変わらないものの、現役年齢の長いドワーフ等の亜人は老化が普通の人種と比べて遅く、寿命が近づくと一気に老けるのだ。
その為、拓也は実年齢よりは10才は若く見えた。
まぁ、特に何もしていない拓也がそんな調子である。
金に物を言わせて魔術的な老化防止薬を入手しているエレナなど、20代後半からあまり変化が無い。
話はそれたが、そんな拓也がいつも通りに報告を読んでいると、自動ドアを通って一人の青年が部屋の中に入ってきた。
「急に呼び出してすまなかったな」
拓也は開いたドアの方向も見ずに、入ってきた人物に話しかける。
「別にいいよ。それより何かあった?」
入ってきた人物…… 拓也の息子である武は、一体何の用かと拓也に尋ね、そこまでしてようやく拓也は彼の方へと視線を向けた。
「ふむ。武も成長してきたし、そろそろ良いかと思ってな」
「なにが?」
武は拓也が何を言いたいのか分からなかった。
何が良いんだ?そんな疑問が武の脳裏に沸いた。
「ちょっと頼みたいことがあってな。
商品輸送のついでに一人でゴートルムの女王や教皇庁に顔を売ってこい。
コネを広げ、見聞を広めるいい機会だ」
「……は?」
武は一瞬、思考がフリーズした。
ゴートルムの女王?教皇庁?そんなお偉いさんの所に一人で行ってこいと?
今まではサポート万全の状態での連邦内での仕事か、開発された拠点近辺での仕事ばっかりだったのに、突然VIPに挨拶回りとはハードルが高い。
そして、今までは家業柄を手伝ったといっても、それは安全なオフィスでの仕事限定だ。
治安の悪い大陸で飛び込み営業みたいな事は御免こうむる。
せめて会社の権勢の届くところ…… 最低でもエアカバーの範囲内より外に出るのは嫌だった。
「俺が18の時は既にバックパック一つで海外の途上国を歩いてたぞ。
そういう経験も必要だ。
お前は、国外に出たと言っても飛行機で安全な都市に行ったくらいしかが経験が無いだろ。
日頃のお前を見てると、会社の権威が届くところでは堂々としてるが、そこから出ることを極端に嫌がってるように見える。
まぁ、お前が幼いうちからそう言う環境だったのが悪かったのかもしれんが……
そんな所で、ちょっとはスリルのあるところでも行って根性付けて来い。
ルートとしては、まず教皇庁。そこに父さんの知り合いがいるんで届け物をしてほしい。
次にゴートルムとエルヴィスだな。ここで荷を下ろしつつ、一度釧路で補給し南方大陸へ向かえ。
簡単だろ?」
「で、でも、父さんの18の時ってまだ転移前の旧世界……」
武は慌てて反論する。
いくら拓也の若いころに海外をフラフラしていたといっても、それは安全な旧世界。
盗賊やら大型肉食獣の跋扈するこの世界とは訳が違う。
「まぁ確かに危険は大きい。
だから何名か同行させてもいいぞ。人選は任す。但し一個分隊以下な。
装備でほしいものが有れば、在庫から好きなだけ持っていくといい。
今回に限り、経費は考えなくてもいい。見聞を広げる目的もあるので自由にしろ」
「え、でもそんな急に……」
人と装備は自由にしていいと言っても、そもそも心の準備が出来ていない。
だが、武の動揺を無視するように拓也は説明を続けた。
「だが、一つ気を付けるとしたら道中、サッポロの工作員には気を付けろよ。
どこで盗聴器が仕掛けられるか分からん。電波探知機でも持っていけ。
あと、荷物の最終目的地は南方大陸なんで現地で母さんに会ったら、いい加減バカンスを切り上げて帰ってこいと伝えてくれ。
電話でいくら言っても聞かないんだ」
そう言って拓也は喋るだけ喋ると、椅子をクルリと回転させて外を見た。
「と言う訳で、出発は三日後だ。
半分は親からの試練だが、半分は仕事だからな。
拒否は認めん。
拒否の場合は、お前が捨てたと思っている中学時代の黒歴史小説と自作絵をネットに流す。
……何か質問は?」
拓也のその言葉を聞いて、武は驚愕して目を剥いた。
何故?捨てた筈だろ?そんな疑問が頭の中をグチャグチャにかけまくり、結果として一つの質問を拓也に投げかけた。
「おい…… なんでそんなモン持ってんだよ」
殺意すら籠った視線で父親を睨む武。
だが、そんな武の視線を無視して、拓也は再度武に問いかける。
「銀髪オッドアイの堕天使ヒロインの名前はマキィだったかな?確か必殺技名はエターナルフォースなんたら。
……何か質問は?」
「……」
拓也の言葉を聞いて武は黙るしかなかった。
これは拒否権のない命令だと理解したのだ。
「……輸送する荷物は、空輸できるサイズ?」
もし、輸送機に乗るサイズなら、空路でさっさと帰ってこれる。
そんな淡い期待を込めて武は聞くが、その返答は全く彼の期待に沿う事は無かった。
「海上輸送だ。
船旅を楽しめ!」
街で武に追い払われて以後、ソフィアは自室に戻っても相も変わらず腐っていた。
「うぅ~ たけるぅ~
なんであんなクソビッチにぃ……」
ソフィアはベットの上で布団に包まると、かれこれ数時間はうだうだやっている。
どうにも見た目と違ってメンタルが弱いのだ。
「うぜぇなソフィア。いい加減、猫被った喋りがキモイぞ。
もっとクールに振舞えよファック」
ウジウジするソフィアに対し、双子のヴォロージャは容赦なく罵倒する。
「うるさい!
あんたに悪い影響受けたけど、あたしはか弱きティーンな乙女なの!」
「嘘つけよ。ファックファック言ってる方が地だろ」
ヴォロージャは呆れたようにソフィアに言うが、そんな言葉を聞いては彼女も黙ってはいられない。
短気な彼女は鬼のような表情で布団から立ち上がった。
「んだと?金玉引っこ抜くぞコノヤロウ……」
睨みつけるソフィアと軽くあしらうヴォロージャ。
そんな普段と相も変らぬドタバタを繰り返していると、入口のドアが勢いよく開けられた。
バァン!
「お前らいるか?!」
遠慮も礼儀も無しにイキナリ入ってきたのは武であった。
そんな急に入ってきた武を見て、ソフィアは驚きつつも一瞬でその表情から険を取る。
「た、武?!」
「お前ら、三日後に仕事だ。
装備は何でも使っていいとお墨付きが出たんで、今から漁りに行くぞ!」
「え?え?」
有無を言わさぬ武の言葉。
そして拒否すら認めぬ迫力で、ドアの外を親指で指す。
「さっさと来い!
じゃないと親父に(社会的に)殺される。……その場合はお前らも道連れだ」
武は尋常ではない目つきで二人を睨む。
そんな武の目つきに、二人は何か只ならぬことが有ったのだと言外に察した。
「な、何だかわからないけど、わかったわ!
直ぐに行くから待って!」
そう言ってソフィアらは武に連れ出されて外に出た。
対して武は険しい表情のままどこかへ向かって歩き出す。
二人は急いで彼の後を追った。
「一体、何が有ったの?」
「詳しくは言えない……
だが、俺の命がかかってると思ってくれていい」
「そんな大それたこと……」
そんな馬鹿な。
ソフィアはそう言いたかったが、武の表情には冗談の雰囲気は一切ない。
詳しい説明も無く、無言で武は歩みを進める。
そんな武の雰囲気から、何やら只ならぬ事態であることを二人は察した。
だが、そうであったとしても、これからの行動に何も説明が無いのは問題だ。
ヴォロージャは説明しない武に向かって、別の質問をすることにした。
「それで、これからどうするんだ?」
「好きなものを使っていいと言われた。
なので会社の装備の一番いいやつを頂く」
そう言って武はヴォロージャを見てニヤリと笑う。
「とすると戦車か?」
「いや、人数は分隊以下と言われたのでそれ程多くは連れてけない。
なので、支援機材を含めると長距離移動に向かない戦車は無理だ」
何せ戦車は燃費が悪い上、保守が大変だ。
覆帯が切れたりするリスクもあるし、手軽に運用できる代物じゃなかった。
「じゃぁBTRにする?」
強力でそこそこの走破性のある存在……ソフィアは装輪の装甲車はどうかと武に提案する。
「やっぱり、そこらへんか……
じゃぁ親父の趣味の一品を頂こう」
……そして、装備も目星をつけ、彼らがたどり着いたのは事業所の大深度地下。
そこに有ったのは拓也ら創業メンバーの趣味の空間だった。
採算度外視のロマン兵器研究施設。
そこを知る数少ない者達からそう呼ばれる所だ。
武は、ソフィア達を引き連れてそこに降りると、中の掃除をしていたドワーフの女性社員に声を掛けられた。
「あら?
若様、珍しいですね。何か用ですか?」
「久しぶりドワ子さん。
ちょっと、ここで一番強い奴を見せてよ」
「強い奴ですか……
ここにある奴は全部最高の品ですけど、一番となるとコレですね」
そう言ってドワーフの女性社員……ドワ子さんは、倉庫ともいえそうな広い室内を歩き、一つの機体を武に見せた。
「これは…… 魔導強化外骨格?」
それは、2mはある真っ黒に塗られた甲冑のような一品が2体並んでいた。
「そうです。
動力としてモーターではなくゴーレムを応用した人工筋肉と、密輸したサッポロの電子生体間インターフェイスで作ってみました。
あとは、主兵装に20mm機関砲と魔力投射装置がついてます」
どんな攻撃も弾きそうなボディに頼もしい20mmの機関砲。
そんな勇ましい姿に、3人は思はず息を呑んだ。
そして武は納得したようにポンとそれを撫でると、ニッコリ笑ってドワ子さんに告げる。
「これが噂の……
親父曰く、サッポロの擬体化部隊にも引けを取らないそうだけど、この際だ、全部頂いていこう。
あ、輸送用トラック付きでな」
「え? わ、若様、何を?」
急な展開にドワ子は武が何を言っているのか思わず聞き返す。
「大丈夫だ。なんでも持ってって良いと親父の許可は取ってある。
あと、魔改造したBTRも貰う」
「でも、そうなると整備士はどうする?」
ウキウキと他の付属装備も見繕う武にヴォロージャが言う。
装備が有っても整備できる人間が居なければ運用は出来ない。
これほど採算度外視で作った装備だ。
使い捨てるには余りにも惜しい。
だが、そんな問題も倉庫の中を見渡せば、あっという間に解決できる問題だった。
「そうだな…… っていい人がいるじゃん」
目の前にいる作業服に身を包んだ女性。
武はポンと彼女の肩に手を置くと、ニッコリと笑う。
「ドワ子さん。
3日後にこいつらの戦闘準備整えて港に来てね。
ついでに貴方も最低1か月くらい整備士として連れてくから、そのつもりで準備してね」
「え?え?
でも、でも、そう言った配属に関することは、製造部長とかにも聞かなきゃ……」
「大丈夫。
今回の仕事については社長に人事権も任されてるから。
ドワ子さんは安心して着いて来ていいよ」
「えーー!?」




