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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
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国後編2

襲撃の翌日




エドワルドは拓也達を色丹島まで送り、セルゲイを拓也達の護衛につけると、自分たちは国後島に戻っていた。

彼が警察の検問を抜け封鎖された工場に戻ると、そこでは軍が現場の後始末をしていた。

もう昼過ぎになっていた為、既に死体は袋に詰められて並べられていた。

兵士が武器等の物品を付近を捜索しながら集めている。

その兵士たちの中心には、配下の兵に指示を出しているツィリコ大佐が立っていた。


「おぉ!ご苦労だったな。コンドラチェンコ大尉」


大佐がエドワルドの姿を見つめると笑顔で声をかけてきた。

駆け足に近寄るエドワルドを大佐は握手で迎える。


「報告します。昨晩、正体不明の敵より襲撃を受けました。

おそらくはガスブランの手によるものと思われますが、その繋がりを証明できる物は、昨晩の時点では確認できていません。

護衛対象は国後脱出後、国境軍の艦艇にて色丹にある日本政府施設に護送しました。

現在は、そちらで休息を取っております。」


短い敬礼の後、エドワルドは大佐に報告する。

対象を守り切り、安全圏まで送ったというのだ。

色丹島は、既に日本に返還されていたので、ガスブランと言えども無理はできない。

対象の護衛任務としては成功していた。

だが、エドワルドは苦虫を潰したように語る。


「ですが、対象の護衛には成功しましたが、対象…石津氏の工場は脱出後に焼き討ちされたようですね…」


横目でいまだ燻っている工場を見つめながら悔しそうに語る。

だが、そんなエドワルドを見る大佐の反応は何処かおかしい。

何故か、目が泳いでいる。


「あー それについてだがね。

建屋が燃えたのは、奴らが火を付けたわけじゃないんだ。」


大佐が申し訳なさそうに語る。


「君らが襲撃を受けた後、君の部下からの連絡を受けて基地より3個小隊が現場に到着したんだが、

敵が海に逃げた君たちに意識を集中していたため、我々は効果的に後ろから襲い掛かることができた。

第一撃は奴らにとっては完全な奇襲となり、すぐに潰走し始めたよ。

その中で我々の銃弾を掻い潜り、車で逃走するものがあったんだが

兵達の正確無比な射撃は、ドライバーを蜂の巣にしてやったそうだ。」


大佐は、蜂の巣にしてやった所を誇らしく語る。

が、何故かすぐに声のトーンを落とした。


「その結果が… まぁ あれだ」


大佐が、工場に半ば突き刺さり黒焦げになった車を指差す。


なるほど…

そういう事だったか

その光景を見てエドワルドは納得がいった。

まぁ 拓也達には奴らに燃やされたと説明した方が面倒がないかなと思いつつ

そのエドワルドの表情を読んでか、大佐が彼に言う。


「まぁ 彼らには君からよしなに説明しといてくれ!」


ニッコリ笑って肩を叩く大佐。

おそらく"よしなに"と言うのは、全部奴らの仕業にしろということなのだろう。

わざわざ面倒事を増やすのが嫌だったエドワルドは、それを承諾する。

色々と状況が理解できたエドワルドは、話を戻し真顔で大佐に疑問をぶつける。


「それで、大佐。こいつ等の詳細は分かったのですか?」


エドワルドが死体袋を指差して言う。


「あぁ 既に調査も済んでいる。こいつらは国後に石油が出たことで金の匂いを嗅ぎつけてきた大陸のマフィアやごろつき共だ。

ガスブランが、金でそういった連中を雇い、武器を供与してけしかけてきたのだ」


なるほど、ごろつきの集まりだったのか、道理であれだけの連中相手に対象を護衛し切れたものだ。

これが、傭兵や民間軍事会社だったら、自分もただじゃ済まなかったはずだ。

膜の存在が外部の人間を呼ぶことを阻止しているおかげで、連中も島内にいる人間でどうにかするしかなかったのだろう。

だが、一つ疑問がある

あれだけの武装をガスブランは異変前から所持していたのか?

エドワルドはその疑問を大佐に聞いてみた。


「武器も供与ですか… あれだけの武器をガスブランは異変前から持っていたのですか?」


その疑問に大佐は苦い顔をして答える。


「武器については軍内部からの横流しだったよ。

だが、問題ない。既に買収された犯人は拘束した。

ガスブランから掴んだ情報を基に、今後は軍内部の綱紀粛正を進めるつもりだ。」


大佐は鼻息を荒くし、不届き者は粛清だ!と息巻いているがエドワルドは別の点に注目する


「ガスブランから掴んだ情報?」


内通者の情報を奴らが吐いたというのか。

信じられないようにエドワルドは聞く。


「あぁ 君には、まだ言ってなかったね。

襲撃部隊は何も全員制圧したわけじゃない。

追手付きで数名泳がせておいたよ。

すると、やはり素人なのだろう。

無事に軍の包囲から脱出したと思った奴らは、依頼主の元に戻っていったよ。

港にある奴らの工場にね。」


大佐が楽しそうに笑って言う。


「そこから先は実に簡単だったよ。

私の部下が、工場内にいたガスブランの幹部ごと全員を拘束。

"紳士的"な話し合いの末、今回の計画からガスブランの戦略や各人の性癖まですべて洗いざらい教えてもらった後、全員を適切に処置させてもらった。

まぁ 彼らはマフィアと取引をしていたからね。

もしかしたら、山中でガス自殺を装って奴らに殺されているかもしれない。

まぁ 発見される時に乗っていた車がマフィアの物なら、殺したのも奴らの仕業だろう。

それに殺人が露見すれば、マフィアも島から逃げるはずさ。

マフィアと取引していたガスブランの幹部が死に、マフィアやゴロツキ共が一人残さず島から姿を消す。

実にシンプルな事件だ。」


エドワルドは大佐の話を黙って聞く。

黒幕は襲撃犯ごと"適切に処理"されているそうだ。

ならば、もう護衛の任務も終わりだろう。

そう思ってエドワルドは肩の力を抜いて大佐に聞いた。


「では、私の護衛任務も終わりですね。」


その問いに対し、大佐は エドワルドの予測に反し「そのことについてだがね」と断りを入れて話を続ける。


「今回の事件で不穏分子の粛清は済んだが、武器生産を行おうとしたガスブラン側の計画が

責任者不在の為に頓挫したため、我々の弾薬供給元が一つのメーカーに限られる事が確定してしまった。

そこで、大尉には引き続き彼らと接触を続け軍とのパイプを作ることを命じる。

なお、今後は所属を隠す必要はない。」


一仕事終えたと思ったら、いまだ私の仕事は続いているようだった。

だが、これはこれで面白いかもなと彼は、護衛対象だった二人の顔を思い浮かべてそう思った。




異変24日目



事件から2日後、拓也は、エドワルドからの連絡で島内の安全が確保されたと伝えられた。

彼と別れて以後、色丹で新たに開設された警察署に保護され、十分な休息を取った。

あれだけの事があったので、トラウマになっていないか気にしていたのだが、医師より簡単なカウンセリングを受けた結果、特に問題なしとの判断だった。

その判定を受けて、拓也はエレナと共に国後に戻ることを決めた。




船上にて


エレナが甲板に立って遠くに見える国後を見つめている。

拓也もしばらく一緒に見つめていたのだが、エレナの表情が気になって声をかけた。


「大丈夫?」


その声を聞いて我に返ったエレナが、慌てたように拓也に答える。


「え? えぇ 大丈夫よ。心配ないわ!」


「…・」


拓也がエレナの顔を心配そうに見つめる。

眉間に皺を作り、何も言わずに見つめてくるその視線に耐えかねたのか、エレナは視線を海に戻して静かに語る。


「実はね。

あの時、私… あまり怖くなかったの」


「怖くなかった?」


拓也が聞き返す。


「そうなの。周りに銃弾が飛び交って、とっても危険だったのに不思議と頭は冷静だったわ。

なんていうか、昔、父と鳥を撃ちに行った時を思い出した。

人を殺しちゃったのに、獲物を狩るのと同じ気持ちだったの。

死体を見下ろしながら、特に怖いとも思わなかった。

でも、倉庫まで逃げた後、気づいちゃったの

何で私、人を殺したのに平然としているんだろうって…

それに気づいた途端… 私… 自分の事が不安になったわ」


両腕で自らを抱え俯きながら彼女は話す。


「でも、あなたの仕事の邪魔しちゃいけないと思ってカウンセリングでは黙ってたけど、また、あの島を見てたら思い出しちゃって…」


島を見つめるエレナのその目には涙が浮かんでいた。

そうか…

それであの時、様子が変だったのか。

そして、彼女は自分の邪魔をしてはいけないとそれを黙っていた。

拓也は許せなかった。

確かに新しく起業するために困難もあるし負担を掛けることもあるだろう。

だが、つらい時はつらいと言ってほしかった。

拓也は後ろからそっとエレナを抱きしめる。


「大丈夫。俺にとってはエレナはエレナだ。

何も変わっちゃいない。不安なら俺が傍にいて支えてやる。

だから…つらい時や不安な時は、迷わず素直に話してくれ」


エレナは黙ってそれを聞き、拓也の手を取ると振り返ってニッコリと笑う。


「そうね。私は私、それ以外の何物でもないわ。私の知らない内面が出てきても、あなたは笑って許してくれそうだもの。

これからは、何かあったら黙ってないで相談することにするわ。

それに、あなたが私を支えてくれるなら、私はあなたを守ってあげる!

なにせあの時、あなたは丸っきり役に立たなかったしね」


手でライフルを握るポーズをしてエレナが笑いながら言う。

ほっとけと呟く拓也をエレナが逆になぐさめる。

何時も間にか立場が逆転していた。

そんな絆が更に深まり、二人が笑っているところに不意に拓也の携帯が鳴る。


ブブブブブブ…


「あ、ちょっとまって」


拓也は振動を続ける携帯を手に取り、メールを確認する。

拓也はその差出人に一瞬眉を顰めるが、メールを読み進めるうちにドンドンその表情が変わる。

エレナは何事かと拓也の顔を覗こうとするが、逆に拓也がエレナのほうを向き直る。


「や…」


「や?ヤポンスキー?」


「やったぁ!!!!」


拓也は諸手を挙げてエレナに抱きつく。


「きゃぁ!」


いきなり抱きつかれた事でエレナは小さな悲鳴をあげるが、そのまま拓也に抱えられて振り回される。

ぐるんぐるんと回る拓也。エレナは振りほどこうにも、船上で不安定なまま動き回られているためどうすることも出来ない。


「ちょ、ちょっと、一体どうしたって言うの?」


エレナは豹変した拓也に事情を聞く。

だが、拓也は一向にエレナを解放しようとはしない。


「うはははは。凄いぞ。これで金の心配は要らないぞ!」


そう言って、ようやく満足したのか拓也はエレナを地面に下ろす。


「ふぅ。ようやく元に戻ったわね。

それで?一体どうしたの?お金の心配が要らないって一体どういうこと?」


エレナが首を捻りながら拓也に尋ねる。


「それについて話す前に、一つエレナに隠していることがあるんだ」


「隠している事?」


「あぁ、実は座礁船から持ってきちゃったデータの中には図面以外のものもあったんだ。

だけど、その時点ではその情報を生かす事ができなかったから保留にしてたんだけど、この前ショーンの爺さんに会った後

彼にその情報を教えたんだ」


拓也はニヤケた顔を頑張って抑えつつもエレナに説明する。

だが、当のエレナは詳細がぼかされたままの説明に到底満足することは出来なかった。


「もう、もったいぶらないで教えてよ。

一体何の情報があったの?」


「フフーフ。それはね。とある海外大手企業に対するインサイダー取引だったんだよ」


「インサイダー取引?

それで何?あなたはショーンさんにその情報を伝えて不正取引を潰したの?」


「いやまさか。そんな力も無ければその会社に対する義理もないよ。

こっちとしてはただ単に、その情報を使ってくれとショーンさんに伝えてもし儲かったらそれ相応の情報料を頂戴といっただけさ」


拓也はアメリカンスキーのように両手を広げて肩をすくめる。

俺はそれ以上関係ないというジェスチャーだろう。


「ふーん。で、ショーンさんは悪人を成敗してその会社から謝礼を貰ったとか?」」


「あはは。それがさ、なんとあのジジイ。

インサイダー取引を潰すどころか便乗して大もうけしてやがんの。

なんたって情報料としてこっちに振り込まれたのが10億だよ!?

一体、どのくらい儲けたんだって話だよね」


「ふーん。そう、10億も… え゛?10億?」


エレナが目を点にして聞き返す。

拓也の言うとんでもない金額に、思考が追いついていないようだった。


「そう、10億だよ。

こんだけあれば、別に賃貸じゃなくても中古の工場丸ごと買えるよ!」


「じょ、冗談でしょ?」


「冗談なもんか!ほら俺のネット口座の残高見てくれよ。

一の後にゼロが9個もあるだろ?

夢なんかじゃない!

これで国後に帰ったら、もっと良いガードマン付きの工場が買えるよ!」


エレナは拓也から突き出された携帯を見る。

そこには拓也の口座の残高が記されており、その言葉通りの額面が記入されている。


「まぁ なんにせよ。これで工場は続けられそうね」


諸手を挙げて喜ぶ拓也を見ながら、エレナは安堵の溜息を吐く。

一時はどうなるかと思ったが、どうやらまだ運から見放されていないようだった。

そんな喜びに満ちた彼らを乗せた船は、ゆっくりと国後島に向かって進んでいくのだった。




国後島


ユジノクリリスク



拓也達が工場に帰ると、黒く焦げた工場の建屋があるだけで、死体などは綺麗に片づけられていた。

港で待っていたエドワルド曰く。


「全て綺麗サッパリ終わったから大丈夫」


だそうである。

確かに、死体や武器などは綺麗サッパリ見つからない。

だが、焦げた工場はそのままである。

拓也は軽くブルーな気持ちになった。


「焼けちゃったなぁ。

これって、現状復帰の金はこっち持ち?

火災保険、まだ入っていないんだけどなぁ…

まぁそれはそれとして、大尉殿。事の顛末を説明してよ」


一応、当事者としては出来るだけ詳細な原因が知りたい。

でも、色々な思惑が関わってそうなので全てを話してくれることは無いだろう。

それでも、全く説明できないことは無いはずだと思い拓也は聞く。

それに対し、エドワルドは予想以上にペラペラと語ってくれた。

国営ガス企業ガスブランが、ステパーシンを失脚させるために軍と関係強化に乗り出そうとしたこと。

その為に武器製造を始めようとしたが、拓也達の存在があり、独占を狙うガスブランが拓也らの認可取り消しの圧力をかけたが

ステパーシンが首を縦に振らず、軍のリークによりその情報が筒抜けであったこと。

また、それにともない自分が護衛として派遣されたこと。

機械搬入後に襲撃して機材の破壊を計画してたが、拓也らが工場から引き上げたと思い工場内の間取りを調べていたら

拓也と鉢合わせになった為、予定を拓也の殺害に切り替えたこと。

拓也脱出後に軍の部隊と交戦し逃走時に火を放ったこと。

その後、全員を拘束し適切に処置したと彼は語った。

その時、"ガスブランが工場に火を放った。"と特に強調していたが

拓也にとってみればどうでもよかった。

どちらにしろ、建屋は燃えてしまったのである。

エドワルドの話を聞いた後に、今後の事を考えながら工場を眺めていると、後ろから拓也に声がかかる。


「お!君が噂の石津君だね。」


その声に振り向くと、後ろから一人の将校が歩いてくる。


「私は、南クリルで第18機関銃・砲兵師団の師団長を務めるウラジーミル・ツィリコ大佐だ。

よければ覚えておいてくれ」


そういって拓也に握手を求めるツィリコ大佐。

拓也もそれに応え自己紹介する。


「石津拓也と言います。今度、こちらで武器の製造を営もうと思っていたのですが…・」


視線で燃えた工場跡を見る。


「あぁ 今回は災難だったね。

だが、ビジネスを辞める気は無いだろう?ちょっと一緒に来てくれないかね?」


どこか白々しい感じで大佐は喋るが、拓也としても襲撃されたくらいで起業を諦める気はさらさら無かったので、大佐についていくことにした。





大佐の用意した車に乗り、拓也は港に来ていた。

それも、先日、エドワルドに説明されたガスブランの工場だ。


「じゃぁ 早速中に入ってみてくれ」


ガスブランの工場というだけあって、拓也もエレナも緊張しながら大佐についていく。

そして、大佐が工場の白銀灯を付けると、光に照らされた機械類を見て拓也は息を飲んだ


そこには、コスチャが送ってきた図面にあった弾薬の生産機械が鎮座していた。

さらに工場の奥には、銃器の製造用だろうか、各種工作機械が並び、色々な金型が棚に並んでいた。


「こ… これは?」


拓也が大佐に聞く。


「どうやら奴らは異変直後から準備を開始していたようでね。

我々に認可を取りに来る以前から、金の力で本国から集めた機材を青函トンネル経由で集めていたそうなんだ。

異変以後、政府間交渉で青函トンネルでの輸送量の内、一定の割合が我々に割り当てられたが、その枠を優先的に使ったらしい。

まぁ 奴らにしてみれば、本国とのコネがあるため、認可なんぞ後回しで十分とでも考えていたんだろう。」


実にけしからんなと言い拓也の方を見る大佐。

そんな大佐に対し拓也は質問する。


「この工場については良くわかりました。

ですが、一体なぜ私に見せるんです?」


その問いを待っていたかのように、大佐は芝居がかった調子で話す。


「実は、今回の事件後にこの物件の所有者について調べてみた。

そうしたら、実に面白い事が分かったよ。

この物件の所有者はガスブランではなく、ガスブランの幹部だ。

彼は先の事件に深く関与が疑われ、現在は行方不明なのだが、その事を含めて奴らの本社に問い合わせてみた。

すると、向こうから"我々は本件について何も知らないし、そもそもそんな人物は弊社には居ない"と回答が来たよ」


「つまり?」


拓也が結論を求める。


「つまるところ、この施設は個人の所有物であり、その人物は犯罪組織と繋がりがある。

そのため、ステパーシン臨時代表は当該施設を接収し民間に払い下げると決定を下した。」


拓也の目が点になる。

これほど機材が集まった施設が売りに出される?


「払下げはいつですか?」


拓也が大佐に食いつかんばかりの勢いで尋ねる。

それを見た大佐は、さらに芝居がかった様子で話を続ける。


「それについては昨日付でネット上に掲載したよ。

まぁ 国後-北海道間は海底ケーブルがないため、島内でのみ閲覧可能なんだがね。」


大佐はそういいながら時計を見る。

時間は午後3時を少し過ぎたところだった。


「おおっとこれはイカン!払下げの競売の時間になってしまった。」


拓也が大佐に掴みかかって尋ねる。


「大佐!一体!会場はドコなんですか!

金なら!金なら用意できます!!」


工場を失ったかと思えば不意に到来したこの超優良物件の購入チャンス。拓也はもう必死である。

その必死の拓也をみて満足したのか大佐は答えた。


「会場はココだよ。」



え?


「会場はココだ。」


大佐が再度言う。


「ここですか?」


目を点にして拓也は質問する。


「そうだとも。だがしかし、ネット告知はしたが、君たちぐらいしか来ていないようだね。

まぁいい。さっそく競売を始めようか。

最低落札金額は… まぁ 私の飲み代くらいでいいよ」


そういって大佐は拓也の背中をバシバシと叩きながら笑う。


こうして拓也は新しい工場と機材を手に入れた。

茶番だった。

茶番であったが拓也にとっては天の助けであった。

それも、所有する設備が大幅に向上するのである。

これは、しばらくは頭が上がらないなと思ったりもしたが、その表情は明るかった。




「大佐。うまくいきましたね。」


「公式には彼らの工場を焼いたのは奴らだ。

我々は、補償として工場を与えるのではなく犯人の工場を接収して払い下げる形式をとるため

彼らにはタダで大きな貸しが出来た事になる。

これで、全て丸く収まったな」


二人は拓也らに聞こえないようにコッソリと呟き、笑うのだった。

まぁ 後日、工場を失ってスッカンピンだと思われた拓也が、予想以上に金を持っているのを大佐が知ると

もっと吹っかけておけば良かったと後悔する事になるのだが、それはまた別の話である。






そんな風に新工場の取得ができて、拓也達が踊りながら喜ぶ、そんな時だった。

膜の為に、白かった空が急に暗転する。

イキナリの事だった。

世界が暗黒に包まれる。


「キャァ!!」


エレナがびっくりして声をあげる。


「一体何なの?」


急に失われた陽光のせいで辺りの様子は全くつかめない。

見えるといえば、明るさが落ちたために夜になったと勘違いした街路灯に電気が入り始める。

そんな暗闇の世界で、どれほどの時間だったろうか。

20秒ほどだっただろうか、急に空からすべての光が失われ、世界の終りが来たと錯覚する。

突然の出来事に永遠にも感じられた時間が過ぎると、あたりに光が戻ってきた。


「見てよ拓也」


「あぁ…」


二人が空を見上げる。


そこには、失われた光が戻るのと同時に、約1か月に渡り空を覆っていた膜が消え、透き通るような青空が広がっていた。


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