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試される大地  作者: 石達
第3章 戦乱期
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10 years after その3

広い敷地の庭に設置された会食スペースに案内されたのち、彼女らは運ばれてきた料理に思わずゴクリと喉を鳴らした。

今まで食べた事のない魅惑の料理は、青年曰くそこまで大したことは無いそうなのだが、彼女らにしてみれば貴族時代にも食べた事が無いようなご馳走であった。

彼女ら貪るように皿を次々と平らげていき(ドラゴンは、人間用ではとても足りないのでテーブル横で豪快に肉を貪っている)、ようやく食事に一息つくと、青年にこの地に来てからの出来事を彼に話し出したのだった。




「そうか、今日ついたばっかりか。

それじゃ色々と困っただろ」


「はい。此方での常識から学んだ方がいいと言われました」


思い出せば、ハロワでの出来事はショックであった。

教皇領の魔術学校では中々の価値を持った肩書や資格も、ここでは無価値に等しかったのだ。


「そうか…… でも、それもこれからの時代は必要な事だよ。

特に、こっちで実績を積んで本土に行きたい人は尚更ね…… 君も最終的には本土を目指してるの?」


連邦本土……道東や4島がそれに当たるが、そこへ移民が移り住むには数々の条件が有る。

その中で普通の一般人が目指せる条件が開拓地での実績だ。

基本的な教養を学び、優秀な実績を持ち、尚且つ素行が秀れているという者にだけ本土への移民を許可される。

それは、北海道から輸出された製品・文化に触れ機械文明の味を覚えた者が夢見る到達点であった。

ある種の信仰にも似た理想化の末、北海道を目指す移民は多い。

そんな理由が有り、開拓地へ来る者の大半はそんな夢を抱いていたのだ。

だから、青年も彼女もそんな夢見る移民者の一人だろうと思っていたのだが、女は青年からの問いかけに静かに首を振る。


「いえ、私は生活の基盤さえ築ければいいです」


優雅な貴族生活から没落の極貧生活まで味わって、彼女の中では立身出世の希望は薄くなっていた。

つつましくとも普通に暮らしたい。

それが、現在の彼女の希望であった。


「……そうか。

でも、こっちはこっちで大変だよ。

いい会社に入れればいいけど、大陸の登録型派遣は使い潰すところが多いし」


「そうなんです?」


「有名どころは㈱冒険者ギルドとかかな。

名称はいかにもファンタジーだけど、創業も浅いし、中身はただの登録型人材アウトソーシングだよ。

超絶ブラックさ」


「あうと?……ぶらっく?」


「まぁ、そのうち分かるよ。

それと、知り合ったのも何かの縁だ。

ちょっと位なら就職の口をきいてもいいよ」


「え?そんな…… わる――」


悪いです。

そう言おうとして彼女は考えた。

これは凄いチャンスではないかと。


「……いいんです?」


彼女は媚びるような上目使いで青年に聞く。


「まぁ 多少は親父の会社に話は通せるし。

大丈夫だよ」


「そうですか。

それと、今更ですがお名前を伺ってもいいですか?

私の名前はペレイラ・カロリーンと言います。そして、こちらのドラゴンはグエン」


「よろしく頼む」


そう言ってペレイラが挨拶すると肉をむさぼっていたグエンも礼儀正しく頭を下げた。


「あぁ、そう言えば名乗って無かったね。

ぼくの名前は、石津武いしづ たける

あそこに見える石津製作所で役員をやってる」


そう言って武は町の中央を指さした。

他のビルとは明らかに違う、巨大な建造物がそこに有る。

縦・横・幅全ての方向に対し、他のビルの倍では聞かない大きさだ。

例えるなら面積を縮小した米国防総省を縦に伸ばしたような外観だ。


「あれ……ですか」


ペレイラはゴクリと喉を鳴らした。

屋敷の大きさから察するに結構な金持ちだと思っていたが、まさか町で一番大きそうな建物を所有しているとは思ってなかった。

今にして思えば、彼を前にして先ほどのガラの悪い態度が急変したのも理解できた。彼はこの町ではある種の絶対的存在なのだ。

そんな権力を持っていそうな雰囲気をペレイラは武から感じ取るが、武は彼女が委縮しそうなのを感じ取り、自然な感じに話題を変えた。


「そう言えば、君は何が出来る?」


武の質問に、ペレイラは恐縮しつつもそれに応える。

先程までは何処かの商家のボンボンくらいにしか思っていなかったのだが、ボンボンの規模が違うのに気が付いてからは、どうにも気が引けてしまう。


「火の魔術が少々……」


「じゃぁ 食後に庭で見せてもらおうか。

炎の魔術は会社にも使い手は多いからさ」


「……はい」





昼食後、2人と一匹は庭に出ていた。

そこは広々とした芝生が広がり、ペレイラの魔術を見せるには十分な広さがあった。

そんな庭の中で、ペレイラは魔術を駆使してみせた。


「この程度ですが」


そう言ってペレイラは本気の魔術で火炎を中空に作り出す。

精一杯の火球。直径は3m程。

彼女はそれを上手に操り、中空で様々に形を変えて見せた。

教皇領の魔術師であれば、中の上レベルの技量である。


「どうだ?

ペレイラは魔術師としては中々の技量だろう?」


ドラゴンのグエンは高威力の火炎は吐けるものの、彼女のような緻密な制御は彼には出来ない。

そんなグエンの言葉を背景に、ペレイラはどうだと言わんばかりの笑みで武を見て、グエンも彼女の魔術を満足げに見る。

だが、武の反応は彼女らの予想とは違っていた。

彼女は自身の魔術に賞賛が来ると思っていたのだが、武はきょとんとしている。


「え?終わり?」


「え?」


当然の如くこれから更に変化が有るものと思っていた武は、ペレイラに問う。

だが、当然のように驚いてくれると思っていたペレイラも武の態度に戸惑った。


「あ、ごめん。

炎を使える獣人が他にもいたもので……

他には何かある?」


武はペレイラの表情から実演がこれで終わりだと言うことを察すると、今の態度は失礼だったかと思いつつ他に何か出来るのかと聞いた。


「エ…… あとは役に立てるか分かりませんが竜光が見えたり、ちょっと出せるくらいしか……」


ペレイラは魔術学校では派手な炎系をメインにやっていた。

他の魔術はと聞かれると、中の下がいい所である。

あとは、特に学校では重要視されなかったが、竜人の血を引く者の技能として竜光が見えるくらいだ。

だが、落ち込むペレイラに対して、武の反応は又も彼女を裏切った。


「そうか!君は竜人の血が流れているから電波が知覚できるのか」


武は目を輝かせてペレイラの手を取る。

それはさも珍しい玩具を見つけた子供の様だ。


「あ、はい。例えば武さんのポケットと、シャツの襟の部分が光ってます」


「シャツ?」


はて?

ペレイラの言っている電波源とは何か。

武は首を傾げて服を漁る。

ポケットは分かる。

スマホが入っているので、これが電波源であろう。

だが、シャツの襟? そんな所に電波源など心当たりは無い。


「あ、はい。そうです。ここら辺が……」


そう言ってペレイラが首の後ろを指さすと、武は迷わずシャツを脱いだ。


「きゃ!」


半裸になった武は、ペレイラの小さな悲鳴を無視して、彼女が指差したところを凝視する。


「……」


一見すると分からないが、指で入念に感触を確かめると、二枚重ねの生地の中に感じる微かな違和感。

武は迷わずシャツの襟を引き裂いた。


ビリビリ


そうして中を確かめて見ると、中から極小の機械がポロリと落ちる。


「……盗聴器か。

何時だ?クリーニング屋か……」


武は、それがいつ仕込まれたか考え込むが、そんな急にシャツを破って難しい顔を始めた彼にペレイラが申し訳なさそうに頭を下げた。


「あ、すいません。

余計なことしちゃいました?」


「いや、気にしなくていい。

どうにも盗み聞きが好きな連中がいるようだ。

それにしてもすごいな。あっという間に盗聴器を見つけて見せた」


「いや、私はちょっと光ってたところを指摘しただけで……

そんな使い道のある能力じゃないです」


そう言ってペレイラは手を横に振って謙遜するが、武は笑みを浮かべて彼女に諭した。


「いや、むしろそういう技能が貴重なんだ。

竜人は結束とプライドが高いから雇えなくてね。

ドラゴンの使役も竜人がいないと無理だし……

その点、人族とのミックスで竜人の特性を持ち、かつペットにドラゴンがいる君は使える!」


「……は、はぁ、そうなんですか」


ペレイラは良くわかっていない表情で武の賞賛を受け取るが、実際によく解っていた無かった。

竜光が見えると言っても、ドラゴンに憑依した純粋な竜人には足元にも及ばないし、とてもじゃないが有用な技能だとは思っていなかったのだ。


「あとは何か……

あ!そうだ。

魔術はもういいから、それより此れに魔力を込められる?」


そう言って武がポケットから出したのは一つの弾薬だった。

既にこの世界に普及し始めてから十年以上の歳月がたち、ペレイラもそれが何かは見てわかる。

だが、武の見せたソレは普通の弾薬とは明らかに違った。


「何ですかコレ?魔導具?」


ペレイラが武の手から摘み上げたソレは、薬きょうこそ普通の拳銃弾と変わらないが、弾頭部分が違っていた。

それは普通の鉛の弾ではなく、透き通ったクリスタル…… それも内部に魔導具特有の回路のようなものが有る。


「いいからやってみて」


「分かりました。

取り敢えず魔力を送り込んでみればいいんですね?

……うぅ~ん」


教皇領の魔術学校でも、魔力を貯めこむという魔導具はあった。(恐ろしく高価なものだったが)

学校でも実習の一環で同じような事はやった経験はあったので、ペレイラは手に持った弾薬に、魔術として発言していない純粋な魔力を送り込む。

手を通して送り込まれる魔力。

そうして、弾薬に魔力を込めると、クリスタルの弾頭は薄く光を纏った。


「出来ました」


そう言ってペレイラは武に弾薬を渡すと、武は彼女にお礼を言ってズボンの腰の部分に入れてあった自動拳銃を取り出した。

武はマガジンを外し、スライドを引いて薬室の弾薬を排出すると、受け取った弾薬が撃てるように再装填した。


「ちょっと見てて」


武はペレイラにそう告げると、少し距離のあるところに鎮座していた岩に向かって引き金を引く。


ドン!ビシィ!!


発砲と着弾。

そして、それと共に一瞬で氷漬けになる岩。

その様子を見て、ペレイラは開いた口がふさがらなかった。


「な、何ですかアレ?」


「ほら、軍船とかに魔導具のカタパルトとか積んであったじゃない。

あれの小型版」


「で、でも、あれって凄く高価で、しかも爆発しかしない筈……

それが氷の魔術が発動しているって……」


「んふふ。

これこそが魔術と機械文明の融合!

詳しくは企業秘密だけど、ウチの精密加工技術は爆発onlyだった投擲用魔導武具に今までに無い付加価値と量産効果による低価格を実現したって事さ!

これは先週発表された新商品だけど。弾頭が魔導具になってて魔術の技量が低い人族や亜人でも魔力さえ込めれれば使える新商品。

1発25万円!小型無誘導弾にしては強気の価格設定だけど、各種属性持たせることが可能!

そして、防御手段の弾頭不活性化防御装置は今週末に発表予定だ!値段はプレスリリースを待ってくれ」


武は玩具を自慢する子供のようにペレイラ達に今の弾薬が何であったか説明する。

だが、つい先ほど田舎から出てきたばかりのペレイラにとって武の言葉は半分も理解できないようであった。


「へ、へぇ……」


作り笑いを浮かべるペレイラ。

さて、なんて感想を言おうか。

彼女は必死に言葉を探していると、彼らの下に一人の女中が近づいてきた。


「武様」


黒と白のエプロンドレスを着た女中は武の背後から彼を呼ぶ。


「ん?どうした」


「社長がお呼びです」


武は女中のその言葉を聞くと、先程までの楽しそうな顔から表情を変える。


「……何か呼び出されるようなことしたっけな?」


そう言って武は首を傾げるが、女中も詳しい事までは聞いていないようであった。


「内容までは…… 社長からは取り敢えず来るようにとのことです」


「わかった。直ぐ行く…… って言っても、彼女らをどうしようかな。

ペレイラさん、この後は何か予定は?」


「いえ、特にありませんが…… あるとすれば宿探し位でしょうか」


この地に来たばかりで予定も糞も無い。

ハロワには行ったし、やることが有るとすれば今晩の寝床の確保位である。


「そうか。

君、この二人に便宜を図るよう人事部に言っておいて、詳細は任せるから。

あ、でも極力本人の適正やら希望やらは聞いてあげてね。

あと、手頃な社員寮が有れば斡旋してあげて」


「わかりました」


「それじゃ、僕は急用が出来たんで行くけど、あとはこの人に聞いてね」


そう言って武はペレイラ達に手を振って走り出した。


「あ!あの!何から何までありがとうございます!!」


ペレイラは歩き去る武に深々と頭を下げ感謝する。

そんな彼女を背に、武は片手をあげて挨拶しながら去っていくのだった。


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