10 years after その2
将来の自分を想像し、希望に胸をときめかせる。
…………私にもそんな時期もありました。
道行く人に場所を聞き、陽気にハロワの門を叩いた女は再び絶望の淵に立っていた。
「おたくさん、魔術が使えるようだけど資格とかあるの?
あと、他に技能は?」
「し、資格ですか?
魔術学校じゃ○×師の蔵書閲覧の資格はありました。
後はキィーフ文字と教皇領の二か国の文字で読み書きが出来るんで代筆とかもできますが……」
「いや、そんな訳の分からない資格じゃなく、例えば火系ならHISの魔導溶接とか魔導焼き入れとか。
最近は溶接も半自動機を使った魔導溶接くらい使えなきゃキツイけど……」
「ひす? よ、溶接?」
「北海道工業規格。
今の世の中、サラリーマン魔術師が高給取ろうと思ったら、資格取るのは常識だよ?
見た所、お上りさんの様だけど、一度は一般常識講習にいったらいいよ。無料だし。
それから出直してくるんだね。
あと、読み書きは大陸と違ってここじゃ然程価値は無いよ。
何せ、40万円……大体金貨2枚くらいが有れば一週間で覚えられるし」
「い、一週間ですか……一体どうやって?
でも、金貨2枚は大金ですね」
「それはシーズ様々だよ。
あの会社が売ってる暗記薬を使った日本語教室やら語学教室が一杯できたからね。
最初はみんな金を借りて覚えるもんさ。
真っ当な職についてれば銀行でローンを組めるし、それが駄目なら闇金もあちこちにあるからね」
「そうなんですか……
凄い時代ですね。
でも、そんな凄い薬を売ってるシーズって何なんです?」
「何だい?
あんたそんな事も知らないのかい?
シーズってのは、この町で一番力のある石津製作所の事だよ。
でも長ったらしい名前だろ?みんな適当に呼んでるうちにイシヅの読みからイが消えてシーズという愛称になってるのさ」
「へぇ。
そんな会社が有るんですね。
私もそんなところに入りたいなぁ……」
「正社員は無理だね。
あそこは非正規は一杯取ってるけど、正規となると競争が厳しい。
まぁ、その分待遇はめちゃくちゃいいんだけど」
「……そうですか。
まぁ変に高望みはしません。他には何か職は無いんですか?」
「他と言うと、傭兵稼業なら資格も不問だし常識は最低限でいいんだけど、流石にか弱い女の子にはねぇ……」
「他にも職はあるんですか?」
「ない事は無いよ。
派遣会社に登録して日雇いやったりするんだけど、主な仕事は開拓地の警備とか犯罪者の追跡だから、荒事が無理そうなアンタにはちょっとおススメはできないね。
他にも頭を使わない本当の能無し向けの簡単な仕事はあるけど、その分儲からない」
「そうですか……」
女は泣きそうになる。
これまで勉強したことがココでは役に立たないのだ。
彼女はどうしたものかと、思案するがいい考えなど浮かんでこない。
ここは一度戻り、頼れるドラゴンに相談しようと彼女は決心し、この日はハロワを後にした。
彼なら落ち込む自分を慰めてくれるだろうと信じて……
だが、そんな期待を持って表に出た女は、ハロワの前で繰り広げられる光景に困惑した。
「おら、トカゲ野郎……
誰に尻尾ぶつけてやがんだ あぁん?」
「ソフィア。ファッキンな喋るトカゲなんぞ解体してやれ」
女は眩暈がした。
明らかにガラの悪い獣人の二人組が連れのドラゴンに絡んでいるのだ。
猫獣人と思われる武装した男女二人組。
女の方は破廉恥な程に露出が高く、男の方は金のネックレスに北海道の言語が書かれたオレンジ色の緩いズボンをはいている。
とてもじゃないが堅気には見えない。
特に男の方は全身にタトゥーを入れるなど凶悪な面構えだ。
「だから、悪かったと言っているだろう。
余りにしつこいと後悔するぞ?下等な猫め」
「あぁ?!いい度胸じゃねぇか爬虫類……
ちょっと喋れる変わった畜生だからって調子に乗んなよ?
今日の晩飯はトカゲのステーキに決まりだな」
そう言って獣人の女は太腿に付けていた大型ナイフを抜き取ると臨戦態勢をとる。
対してドラゴンの方も本気だ。
口を開け、牙を見せて威嚇している。小柄な獣人相手に負ける気など一切ないようだ。
そんな様子を見て、なぜ厄介ごとに巻き込まれているのだろうと女は泣きそうな気持ちでいっぱいだった。
なぜこのような事になっているのか。
取り敢えず、揉め事を起こして就職に不利になるようなことは避けたい。
頭を下げるか金銭で解決してでもこの場を収めたい。
そう思った女は、場に飛び出すと、女とドラゴンの間に割って入った。
「ま、まって下さい。
謝りますから、どうか穏便に……」
「何だテメェは? このクソの飼い主か?」
そう言って女の獣人は鋭い眼光で女を睨む。
「ひぃ……」
女は獣人の女に睨まれ、相手のあまりの眼力に萎縮し、涙目になりながら本能的に目を背けた。
だが、その行動が、さらにドラゴンを苛立たせる。
「グルルルル……」
「あぁ? ……やるか」
一触即発、後ろの男も銃を取り出し、空気は一層張りつめる。
あと一つ、何かきっかけが有れば衝突が起きる。
あぁ、これは止められないな。誰もがそう思った。
……その時だった。
「へぇ~、ドラゴンとは……こりゃまた珍しい騎獣がいるなぁ」
女の後ろのドラゴンを眺めながら、現れたのは一人の青年だった。
彼は臆す事無く、睨みを利かせる獣人女の前に立つと迷惑そうに獣人の女に言った。
「ソフィア、お前なに一般人にケンカ売ってんだよ。
唯でさえ七光りが好き放題やってると陰で言われてるんだから、いたずらに揉め事起こすな」
青年は呆れ顔で獣人の女にそう言うと、さっきまでの威勢は何処に行ったのか、獣人の女は尻尾と耳をシュンとさせ、さもか弱い女のような声色で彼に反論した。
「え…… いや、あたしは悪くないの。
ただ、ちょっとそのドラゴンに意地悪されたんで……」
「はぁ?意地悪って……ドラゴンって言っても動物だろ?
訳の分からない事言ってないで、迷惑かけたんだから飼い主に謝ってこい。
途中からしか見てなかったが、どう見てもお前が絡んでるようにしか見えなかったぞ」
そう言って青年はソフィアと呼ばれた獣人の女に命令する。
それは、絡まれた女からすれば願ったりかなったりの展開だったのだが、そんなやり取りを当のドラゴンは快く思っていなかった。
「小僧、俺を唯の動物だと思っていると後悔するぞ?」
「うぉ!!……ドラゴンが喋った」
現れた青年は、まさかドラゴンが喋るとは思っておらず、急に喋ったドラゴンにひどく驚いたようだ。
「グルルルル……」
ドラゴンは急に現れた青年にも威嚇をするが、青年は肝が据わっているのか威嚇には一切動じない。
「ビックリした。そんな種がいるんだな。
それは畜生扱いしてすまなかった」
そう言って柔らかな物腰で話しかける青年。
ドラゴンの威嚇も彼には全く通じない。
彼の場違いとも言えるにこやかな笑顔に、ドラゴンもどうにも争う気は無くなっていった。
「……ふん。もういいわ。
興も削がれた」
そうしてドラゴンは、そっぽを向く。
青年の出現によって一触即発だった雰囲気は霧散してしまったようだ。
助かった。助けられた女はそう思いながらホッと息を吐くと、助けてくれた青年にお礼を言おうと遠慮がちに声をかける。
「あのー……」
「大丈夫?君がこのドラゴンの連れで良かったのかな?」
「はい…… ご迷惑おかけしてすみません」
「なに。こっちこそ私の連れが迷惑をかけたようだ」
「お連れさんなんですか?」
「あぁ、凶悪な面はしてるが幼馴染だよ。
昔はもっと可愛かったし、あっちの男も虫も殺せないような子供だったんだが……
何をどう間違えたのか"テンション"なんてプリントの入ったズボンの似合うギャングスタ系の見た目になってしまった……」
そう言って青年は深いため息を吐くと、獣人の男の方が、何か言いたいことが有るのか真剣な表情で話に割り込んできた。
「まて、これは伝説のヒップホップ――」
「説明はまた今度な。ヴォロージャ。
……お嬢さん、怖い思いをさせたようだし、お礼に昼食でもご馳走しよう」
そう言って青年は女の手を取り、提案する。
女は突然握られた手を見て頬を染めるが、そんな成り行きを黙って見過ごせない者もいた。
「えぇ!? あたしは?」
青年が女の手を取ったことが余程不服だったのだろう。
ソフィアは毛を逆立たせて目を見開くと、焦った表情を浮かべながら不服そうに声を上げる。
「お前がいると、この子が怖がるだろう」
「だって、だって、私も一緒に行きたいし!
今日だって約束してたの私だし!」
そう言ってソフィアはジタバタと駄々を捏ねるが、青年は全く意に返さない。
「お前はまた今度な。
それと、お前らには頼みたい事が有る」
「うぅ……頼みって何?」
ソフィアはシュンとしつつも上目遣いに青年に聞く。
「ここに来る途中、ガラの悪いのが何組かいてさ。
街の美観を損ねるから注意してこい。
逆らうようなら処分していい」
「あー、今日も移民船が何隻か到着してたからね。
移住者が増えれば、その分逃げてきた犯罪者みたいなのも増えるか……
よし!それじゃ、いっちょ私が始末付けてくるね!
頑張るから、後で褒めてよ?」
「分かったから、二人で行って来い」
「了解!さぁ行くよ!ヴォロージャ!」
そう言って女の獣人はもう一人の手を取ると、あっという間に駆けて行った。
そうして残ったのは2人と1頭。
彼らは改めて顔を見合わせると、男の方から話の続きをし始める。
「まぁ、そんな訳で、迷惑料は昼飯と言うことでどうだい?」
青年は何とも良い笑顔を浮かべて女に言うが、女の方は内心警戒していた。
青年の見た目が良い男なのは認めるが、内面については余りにも不明すぎる。
先程の獣人との話では、処分して来いだの物騒な単語が並んでいた。
恐らく彼は、何かしらの権力か何かは持ってそうだ。
断るのも後が怖いし、かといって一人で行く度胸も女には無かった。
「あの…… それは有難いんですけど、この人も一緒じゃないと」
そう言って、女はおずおずとドラゴンを指さす。
「あぁそうか。
このドラゴン君も一緒となると…… 普通の店は無理だな。
まぁいい。ウチに来ればドラゴンにも何か御馳走してやろう。
後に付いてきな」
「あ。……はい」
青年にすんなりとドラゴンの同行を認められ、女は青年に着いていく事にした。
別に昼ご飯につられたわけでは無い。
この地について右も左も分からぬ彼女らに親切に手を差し伸ばしてくれた者が居たのだ。
折角なので昼ご飯のついでに情報を集めようと思ったのだ。
まぁ、彼が悪い人間であった場合、連れのドラゴンが一緒に居れるのであれば、守ってくれるだろうという安心感もある。
そんなこんなで彼女がついていったのは、町の中心から少し外れた高級住宅街ともいえる所であった。




