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試される大地  作者: 石達
第3章 戦乱期
77/88

10 years after その1

内務省 情報調査室 書庫保管文書

2070年機密指定解除



『北方開発庁作成 文書番号 HK-20400702-031A

ノヴォシベリア開発に於ける現状と展望


目的:ノヴォシベリア開発における現状の報告及び将来の推測

調査範囲:ノヴォシベリア全域

調査期間:2038年4月~2040年3月

…………

……

開発の現状:……現状では重要資源地帯に対するコンビナート建設は進んでいるが、主に下記理由によりスケジュールは遅れている。

1、労働力の不足

現在、ノヴォシベリア全域で連邦内より2万人、国外からの移民希望者から30万の人材が投入されているが、対象地域の広大さ及び、優秀な教化済み人材に対しては道東への移民を認めているため、優秀な人材は常に不足気味である。

これは、連邦内で労働力不足を選抜された移民の移入で賄っているためであるが、早急な対策として、更に大々的な移民の募集を各国で行う必要がある。



2、機材・特殊能力人員の不足

ノヴォシベリアでの建設機材の不足及び生活必需品の不足は、危険水準になりつつある。

各国の開発ラッシュにより建機メーカは増産に取り組んでいるが、開拓地では十分な量を確保できていない。

他に土壌改良の需要増大によって、大手ゼネコンでは土魔法が得意な魔術師を大々的に募集しているが、教皇庁の圧力により低調となっている。


3、現地での先住民及び大型野生動物との衝突

開拓地は無主の地ではあるが、そこには数多くの少数部族が存在する。

中にはファンタジー物語におけるオーク等のような日常的に暴力行為を行う部族も数多く、現地作業員に少なくない被害が出ている。

特に大型野生動物は10mを越えるサイズのモノもおり、軍だけでは対処が行き届いていない。

…………

……


将来の展望:

1、不足する労働力への対処

現在、連邦の領域内では労働力が不足しているが、域外国家に目を向けるとその限りでは無い。

特に道産の遺伝子組み換え種子と化学肥料を導入した各国では、緑の革命が達成され爆発的な農業生産の増大により人口増加が起きている。

これらは社会不安に繋がるほどの伸び率を示しているので、それを利用し政府・民間の合同で移民の募集を進めていく。

また、これらは当地での防衛力の整備も同時に行なえるよう引き続き屯田兵の形で行う。


2、機材・特殊能力人員の不足への対処

現在、連邦内の建機メーカーでは増産に告ぐ増産が続けられているが、膨大なバックオーダーを抱えているため、すぐさま解決するのは難しい。

その為、第三国経由でサッポロ産の建設機械、ドローンの導入を行う。

これについては、有事の際にサッポロにコントロールを奪われる可能性があるが、導入した全機に自壊装置を内蔵させることで対処する。

また産業に有用な魔術師の不足については、有益な精霊魔法を持つ亜人の勧誘を強化する。

特にイグニス教国の各地で迫害を受けているような部族については優先的にこれを受け入れる。


3、現地での先住民及び大型野生動物への対処

現地での先住民に対しては基本は交渉を行うが、相手方の不法行為を止める為には実力行使を厭わない。

だが、現在展開中の連邦軍では必要数を満たせず、屯田兵は未だに練度が低い為、民間軍事会社へ委託する。

既に現地では複数の法人が存在しており、委託の拡大で現場からの要求は満たせると推測される……』





『ノヴォシベリア 道路脇の塚で発見された日記(2035年12月頃に書かれたものと推定)


畜生!奴ら俺たちを何だと思ってやがる!

ちょっと街でオイタが過ぎただけで、なんでこんな目に合わなけりゃならないんだ!

酒場で暴れるくらい誰でもあるだろ!それでちょっと手が出て相手を殺しちまうくらい……


あぁ…… 毎日、毎日、道路建設……

もうクタクタだ……足が棒の様だ……

昨日は隣の班のオヤッサンが過労で死んだ……その前の日は同じ班の猫野郎だったかが大熊に喰われたっけ……

俺もそのうち死んで道端の鎖塚に埋められるのかなぁ……

それでも、犬の坊主みたいに班長の慰み者として飼われるよりはマシか……

ノヴォシベリアで懲役囚になるなら死刑になった方がマシって街のゴロツキ共は言ってたけど本当だったな。

逃げたい逃げたい逃げたい…… でも奴らが見張ってる…… クソ!シーズめ!!呪ってやる!!』





『ゴートルム女王から高木大統領への個人的な手紙の複写(2040年1月21日)


親愛なる高木大統領閣下

白銀の雪の舞う季節ですが、お変わりございませんでしょうか。

…………

……

閣下の助言の元、我がゴートルムは日々躍進を続けております。

特に産業基盤を重視した方がいいとのことで、愚劣なエルヴィスのように目先の利益に踊らされて産業機械だけを買うのではなく、基礎科学をしっかり噛み砕いて取り込んでたのが実を結び始めたようです。

つい先日、ついに自国の造船所で魔導砲艦が竣工しました。

今度、艦隊の観艦式を行う時に参加させますので、是非とも見て行ってください。

…………

……


追伸:先日お送りした回復魔術の込められた魔導化粧水は如何でしたか?

若返りの効果を持つ各国の王族クラスしか手に入れられない貴重なものですが、お姉さまの為に手に入れてきました。

他にも魔導豊胸薬も手に入りそうなので、ご入り用でしたら送ります。

これは誰にも話さない二人だけの秘密ですよ』














それは平和な月日であった。

北海道分裂から10年。

特に大きな戦争も無く、人々が目まぐるしく進歩する社会を実感する時代でもあった。

北海道からのインフラ輸出によって、諸国の首都や大都市は目覚ましい発展を遂げ、LEDの光が夜の街を照らし、新たな交通手段として台頭し始めた乗合いの都市間バスやトラックは、完全に馬車等の旧来の交通手段を駆逐する勢いである。

だが、そんな華やかな都市部の発展と比べれば、それ以外の大多数を占める農村部は当然の如くそのような恩恵は受けれてはいない。

彼らは昔ながらの家畜や人力、そして少々の魔術を労働力の中心とする生活を送っていた。

だが、それでも時折来る行商人たちが持って来るプラスチック製品や新たな種籾により時代の変化を感じていた。

陶器等に比べて軽量で壊れにくいプラスチック製品は日々の暮らしを快適にし、そして北海道から大陸全土に供給され始めた遺伝子操作されたF1雑種……一代限り発芽する種子は、低栄養な土地でも既存品種より収量が多く、適切な肥料や農薬を使った土地ならば、以前の数倍の収量を農村にもたらしていた。

そして、そのような状況は、社会すらも変革する。

食糧生産の爆発的な増加は、人口爆発と失業率の増加をもたらし、都市部に次々と生まれる工場への労働力として人口移動を引き起こしていたが、それでも不満は蓄積する。

都市部では経済格差の不満。

農村部……と言うよりは力の低下が著しい地方領主の不満。

そんな不満の解消は、普通であれば諸国の悩みの種なのだが、この時代はそう言った意味でも幸せだった。

国内の不満は外部に求めればいい。

そして、その矛先を選ぶのも簡単だ。

北海道のあの内戦の結末は、おおよその人々の予想通りになった。

国際情勢は二極に分かれ、世界の色分けが簡単になったのだ。

双方の陣営が相手を煽れば、それで国内の不満の一定数は自然に解消されていった。

サッポロの圧倒的な科学力を背景に、全力でこれを支援するイグニス教諸国を西側。

札幌より幾分か(これも控えめな表現だが)見劣りするものの、地球由来の科学力と積極的な対外政策の道東に同調するサルカヴェロとゴートルム。

(ゴートルムはイグニス教国ではあるが、エルヴィスとの対立からこちらの陣営に属している。

尤も、教皇庁と対立することとなったため、急速に信仰が薄れつつあるのだが……)


北海道分裂から10年……それは各国ともに敵がハッキリと定まり、亜人等のマイノリティー問題が表に出ない平和な時代であった。











2041年春

ノヴァヤシベリア


キィーフ帝国とサルカヴェロの間にまたがる人跡未踏の大森林

現在、ここでは空前の開発ラッシュが進んでいる。

無主の地であったか事から、北海道はここの開発を宣言、北海道の分裂後は道東が開発を引き継いでいた。

とは言っても、人口に限りのある道東……開発の主体労働者は移民として各国からやってきた民衆が主体である。

そして、それを指導する道東や国後の人材が少量移り住んでいたのだが、北海道分裂から10年が過ぎた今、そこは驚くべき変貌を遂げていた。

その中の一つが、北海道の地名から命名された新野付牛(しんのつけうし)市だ。

ノヴァシベリアの奥地にあるにもかかわらず、大河に寄り添うようにして建設された為に水利の便の良いその町は、更に北方に存在する竜人の居住地にほど近く、微妙な政治的立ち位置から道東からの干渉も強くは無い混沌とした雰囲気を醸し出していた。

立身出世を志す者、故郷で長男では無かったため家督を継げずに食い詰めた者、果ては犯罪者から女関係のいざこざで逃げた者など、この町は常に新しく流入する人々を受け入れていた。

そんな新規の入植者は、大きく分けて二系統の者たちがいる。

一つは故郷で入植者の募集に乗り、紹介状を持って来るもの。

もう一つは、取り敢えず現地に入り、そこで職を探そうというものだ。

そして、たった今、川辺に作られた船着き場に到着した一団は、その後者であった。年季の入った移民船から、人影がゾロゾロと纏まって下りてくる。

彼らは、特に仲間と言うような集団では無い。

こちらに向けて出る船に乗り込んだと言うそれだけの関係の者達だ。

だが、その行動はほぼ同じであった。

あたりをキョロキョロと見渡しながら船を降り、皆その光景に息を呑んだ。


眼前に広がる現代建築群……

それは、今まで見た一番大きい建物が10~15m位の領主の屋敷だった彼らにとってみれば衝撃的なものだったのだ。

そして、そんな一団の中にあって、一番最後に降りてきた一風変わった者も例外ではない。


「すごい……」


そう言って呆然とするのは小さな角を持つ少し年嵩の行った女。

彼女は尻尾をシュンと萎びらせると、桟橋の上で足を止めた。


「今まではウチのお屋敷も相当大きいと思ってたけど、これを見ちゃうと笑えてくるね」


そう言って女は振り向くと、彼女の後ろをついてきた騎獣と思しきドラゴンに声をかける。

だが、基本的に人種の成分が入っていない獣には知性は無い。

直立で歩行するわけでも無く、獣そのままのドラゴンは人語の理解は出来ないのだ。

だが、飼い主が家畜に愛情を向けるように、声をかけることは普通にある。

この場合も、そこまでなら普通に飼い主と家畜の関係であるが、驚いたことにこのドラゴンは女の言葉を聞いてそれに応えて見せた。


「お嬢、流石に世界屈指の勢いのある町とあそこを比べるのは酷ってもんでしょう。

それに大きい建造物なら教皇領の方にもあるだろう?」


ドラゴンはそう言って笑いながら答えると、女も苦笑して歩みを進めた。


「教皇庁の塔は、町の中でアレ一つだけじゃない。

こんな大きな建物が町全体にあるような感じじゃなかったわ。

それに、あの街の真ん中の方にある建物なんて、ただ高いだけの教皇庁より立派よ」


「まぁ、俺は教皇庁の塔は伝え聞いただけで見た事は無いんだが……

それでも、ここは活気が有るな。お嬢の旧領の何倍も」


「あそこは時が止まったような領地だったし、発展とは無縁よね。

まぁ、そのせいで我が家も没落して屋敷も取り上げられちゃったんだけど……」


そう言って女は自嘲的に笑いながら、ここまで出てきた理由を思い出した。

元々彼女はキィーフ帝国で、農業や毛織物を主産業とする小さな領主の家庭に育った。

彼女の子供のころはそれは幸せだった。

それほど金持ちでもないが、貧しさは感じない暖かな家庭。

そして祖先の一部に竜人が居た為、魔術的な素養は十分にあり、教皇庁へ魔術学校へ留学にまで出してもらえるほど満ち足りていた。

純粋な人種ではない為、教皇庁では若干嫌な思いもあったものの、卒業後は研究員となり、少々の婚期を逃しつつもそれは幸せな時代であった。

だが、2年前、突如として実家に呼び戻されると、そこで彼女は絶望を味わう。

近年、世界規模で農産物の収量が著しく伸びているため、価格の下落が彼女の実家の収益を直撃していたのだ。

そして、更に悪い事にエルヴィス等の北海道から支援を受けた国が、工場制機械工業で大量生産した低価格・高品質の繊維製品を大量に世の中に送り出している為、各国の繊維産業に従事している者たちが大量に職を失うと言う事態が起きたのだ。

巷に流れる噂の中には、大規模な繊維産業で成り立ってた他の地域では、死んだ織物職人の骨で大地が白くなったと言われるものもあるほどだ。

そんな感じで、農業収益と毛織物産業という二つの柱を喪失した彼女の実家は、あとは転げ落ちるだけだった。

膨らんだ借金により領地は国に差し押さえられ、彼女は着の身着のまま放り出された。

それでも、娼館送りとならなかったのは、ひとえに彼女の後ろを歩くドラゴンのお蔭だ。

かれは、絶望にくれた彼女を悪い人間から守り、優しく支えてくれたのだ。


「そう暗くならなくてもいい。

なぁに、お嬢はまだ生きてる!

それならまだまだ再起は可能だよ。

私を御覧なさい。本体は滅びても魂はピンピンしてる」


「……見習いたい前向きさだわ」


女の聞くところによると、ドラゴンの彼は十数年前は普通の竜人だったらしい。

だが、大きな紛争に参加したとき、憑依した竜より先に本体を敵に殺されてしまったそうだ。

だが、普通はそれで死ぬはずだったのだが、彼の場合は何故か意識がドラゴンに残ったままになったらしい。

そうして彼はある意味で生き残ったが、竜人が単なる竜になっては彼に居場所は無かった。

何せ人とは認められないのだ。

その後、彼は人間扱いされる事無く、さんざん苦労した末、かつて親交のあった女の父に召し抱えてもらったそうだ。

その恩もあり、彼は女の家が没落した後も、恩返しのつもりで彼女の面倒を見ているのだ。

恐らく、彼の後見(というか護衛だが)が無ければ、女は拉致され娼館にでも売り飛ばされていただろう。


「でも、目的地についたけど、これからどうしよう……」


「お嬢、それなら俺に任せろ。

船の中で、他の連中に聞いておいた。

なんでも、職を求めてここに来たものは、最初に"ハロワ"という施設に行くそうだ」


「……はろわ?」


「なんでも職を斡旋してくれるらしい。

お嬢は魔術学校を卒業し、教皇領で学んだんだ。

そんなお嬢の腕を見込んで引く手数多だろう」


「そ、そう?」


「あぁ、なにせ超好景気の新野付牛だ。噂では有能な魔術師はかなりの高給取りと聞く。

シケた帝国とは違い、もしかしたら月に金貨2枚……いや4枚は稼げるかもな」


「金貨4枚……ゴクリ」


そう言って女は喉を鳴らす。

没落以後、彼女は金銭の大切さを身をもって知り、金貨どころか銅貨1枚に至るまで切り詰めた生活をしていたのだ。

それが、魔術と言うアドバンテージにより帝国の結構な富農に迫る収入が得られるとなれば欲も湧く。

女は脳内に浮かび上がるバラ色の未来に心躍らせていた………

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