結末
国後島
ユジノクリリスク
専用機で国後に退避した高木は、臨時の政府施設として接収したホテルの会議場にて、同じく退避に成功していたステパーシン等の閣僚と共に事の推移を見守っていた。
敵後背地を爆撃し前線部隊を寸断する特殊作戦。
だが、その結果として寄せられた情報は高木の期待したものではなかった。
「爆撃は失敗?」
高木は報告に訪れた士官に、自分の聞き間違いではないかと再度問う。
だが、そんな高木の心境を察してもなお、報告に訪れた士官は首を横に振る。
「敵対空砲火により、予定の爆撃地点を大きく外れ大雪山系の黒岳近辺に着弾したようです」
そう言って、士官は現場から入手した画像を会議場のスクリーンに映した。
爆発により、山肌を大きく削られ、山体が崩壊した大雪山
その痛ましい姿が皆の前に映る。
「なんてこと…………大雪山が……」
高木は、新兵器の余りの威力に口を押えて絶句する。
彼女の言葉に同調するように、この場で初めて大雪山の惨状を見た閣僚がざわついた。
狼狽する者、絶句する者、果てまた責任逃れの言動に出るもの等、その反応はさまざまであった。
だが、その中の一人。
ステパーシンはそれを見て眉を顰めるものの、ロシア人であり特に北海道の自然に思い入れのない彼は、冷静な声色で高木に進言する。
「爆撃には失敗しましたが、敵兵力に損害こそ無いものの、敵は極度に混乱しているようです。
この機に、二発目の用意があるとブラフを使い、停戦を打診すべきでは?」
確かに、限定範囲内の威力であれば核をも凌駕する兵器の使用に、敵は混乱のどん底に落とされている。
何らかの行動を起こすならば今こそチャンス。
敵が冷静さを取り戻し、息を吹き返す前に動くべきなのだ。
だが、そんなステパーシンの進言に対し、高木は余り乗り気になれずにいた。
見せられた大雪山の映像が余りにもショッキングすぎたのだ。
「北海道の象徴的な山を失い、結果は再統合も果たせず……ですか」
大雪山を物理的に失っての現状維持での停戦。
実利は別として、感情的にその代償は余りにも大きい。
政権としては命は繋がるが、国民感情としてそれを許容できるのか?
ここまでやったなら、一か八かの反攻を行い、全土を制圧すべきでは?
そんな問いが高木の脳裏によぎる。
「ですが、この機を逃せば停戦の機会は無いでしょう。
今は再起に備えて力を温存すべきかと」
苦悩する高木の態度を見てもステパーシンは進言の勢いを緩めない。
彼としても……いや、北海道に居住するロシア人を代表して考えても、今は停戦を結び再起に備えるより他にないと思うが故、ここで停戦を成さねばならぬと確信しているのだ。
何せ既に内務省警察は損耗が激しく、道東・国後の連邦軍は第七師団との戦闘に手一杯である。
無理な力押しで札幌を陥落させられるかは分の悪い賭けと思えたのだ。
ステパーシンの進言に会議場の全員が”この先”を考え黙りこくる。
そんな時だった。
「大統領!緊急です!」
足早に会議場に入ってきた高木の秘書官の一人が、慌てた様に彼女に駆け寄る。
「何?」
「道東全域における電子商取引が停止されました。
電子マネーも含めて全てです……」
「……」
その報告に、高木は目頭を押さえて眩暈に耐えた。
「敵は成層圏プラットフォームネットワークまで掌握したようですな」
苦虫を噛み潰した表情でステパーシンは言う。
成層圏プラットフォームネットワーク……衛星の使えない北海道が開発した飛行船を利用した力技での広域情報ネットワーク網。
それは主に電子マネー決済等の重要なインフラや大陸での通信専用ネットワークとして使われていた。
それのコントロールが奪われるという事は、現金決済が既にメインの決済手段でなくなった今の世の中では、経済活動を止められるに等しい。
何せ、それは北海道だけではなく、利便性、迅速性、安全性の面で周辺国はもとより全世界に広がりをみせつつあった。
特に北海道の貿易は、円建て電子マネー決済に限定しているため、世界中の主要な商会や商人は嫌が応にも利用している。
金などの貴金属とは違い、信用だけが価値の担保ではあるが、圧倒的な便利さゆえに世界通貨になりつつあるのだ。
よって、それが利用できなくなれば、道東は貿易すら出来なくなる。
「野党からは、降伏がなされない限り、解除はしないとの通告が……」
「……こちらの全経済活動を止めようっていうのね」
そう言って高木は怒気を込めた視線で報告に来た士官を見つめた。
こちらを完全に潰す気でいる敵対行為。
出来ることならこちらも対抗措置を取りたい。
高木はそこまで考えたところで一つの疑問が頭に浮かんだ。
「でも、ここまで私たちを追い詰めたら、新型爆弾の更なる使用を敵は考えなかったのかしら?
電子決済を止められても、私たちが新型爆弾の力で札幌を取り戻せば何とかなると想像出来るんじゃなくて?」
一時的に経済を麻痺させられても最終的に勝利すればいい。
そして、その可能性を敵は考えているのか?
高木はそんな疑問を口に出すが、それを聞いていたステパーシンは鼻で笑った。
「敵もそれが無理だと分かってるんでしょう。
山を削るレベルの新型爆弾の破壊力です。
あんなもので敵主力を削ろうとすれば、敵が展開している……現在唯一の基幹交通路となってる国道39号が不通となります。
加えて、先の爆撃後は敵防空網が強化されていることから奥地への爆撃は成功率は低くならざるを得ないでしょう。
そして、他のルートは意図的な雪崩やトンネルの爆破等で不通となってますから、春までは攻勢は無理……
……詰みましたな。
まぁ、敵にそう推測される以前に2発目以降の弾もありませんが……
これでは経済は持ちません。
即時停戦を模索するしかありませんよ」
ステパーシンは敵にも優秀なブレインがいるらしいと肩をすくめるが、その説明を聞いてもなお高木は腑に落ちてはいなかった。
「……でも本当にそれだけが理由?
こんな手を使って我々が報復に新型爆弾を使用する可能性が有れば、普通は積極的な手は出せないと思うけど……」
確かに幾ら優秀なブレインの推論があっても、核の恐怖に匹敵する兵器の存在は、相当な抑止力になるはずだ。
何せ恐怖は生物が本能的に持つ感情なのだから。
そんな疑問を高木が口に出して考えていると、それまで二人の間に立たされていた秘書官がおずおずと思いのたけを口にした。
「それについては何とも……
全ては推測しかないですが、他に考えられるのが敵スパイに新型爆弾が一つしかなかったという情報が抜かれている可能性です」
確かにスパイに情報が抜かれていたのなら、2発目の無い爆弾が抑止力にならないのも頷ける。
だが、そんな秘書官の発言に、内務省警察を手足に情報を纏めていたステパーシンは猛烈に否定する。
「現在、東西間の通信は物理的にトラフィックが制限されています。
電子戦や電波妨害まで公然と行われ、戦闘によって交通がマヒしている中、ここ数時間の内部情報が漏えいするとは思えない。
それに野党に通じスパイ行為を行う可能性のある怪しい人物は、騒乱の開始と共に内務省警察が粗方処理又は逮捕した。
スパイの可能性は低いとみていいだろう」
「では、他にも可能性は?」
スパイの可能性を否定され、他の可能性は無いかと高木は聞く。
そんな彼女に対し、秘書官は頭を悩ませながらも、ある一つの可能性を挙げる。
「うーん……
可能性から考えれば、向こうにある情報から推測するのは不可能では無いと思われます」
「推測?」
「えぇ、確かに新型爆弾は矢追博士の趣味で作られましたが、一応は官需品として部品が検収されています。
連邦ビルに残された購買情報から謎の新兵器が何個作れるのか推測するのは不可能では無いです」
「じゃぁ、もう、その可能性しかないじゃない!
何てこと……既に抑止力としての価値は無いって事?!」
「まって下さい!私は可能性の話をしただけです。
膨大な購買情報から用途不明な部品を識別し、ものの数時間で用途と数量を推測するのは我々の技術レベルをはるかに超える能力を持ったAIでもなければ無理です。普通の人間がこれをやろうとすれば何週間もかかるでしょう。
とても数時間では無理です」
「それは、結論としては不可能と同義ではなくて?」
「あくまで可能性の話です。
まぁ、現実的ではないと言われればその通りですね。
忘れてください」
「ふぅ…… これで振出しに戻ったわね。
喉元にナイフを突きつけられて敵が何故ここまで強気なのかは不明……
そして、我々は一刻も早く勝利か停戦を結ぶ必要がある……」
秘書官の話は可能性の一つとして考えてみたものの、イマイチ現実味の薄い。
それを検討して無理だと結論付けたが、それは何の解決でもない。
そうして話し合っても未だに答えは謎のままであったからだ。
「……」
答えの無い議論。
流石に高木も疲労がたまる。
沈黙が会議場内を支配するが、それでも休息は訪れない。
後ろに下がった秘書官に代るように、会議場に現れた士官の一人が高木の後ろに静かに現れた。
「大統領」
「今度は一体何なの?」
高木は疲れた様に用件を聞く。
「今、テレビにイグニス教皇庁からの声明が……
そちらにテレビの中継映像を回します」
そう言って、士官は会議場のスクリーンに映像を回した。
それはNHKの中継映像だった。
疎らな記者に囲まれた中、高木のよく知る男が檀上に立っていた。
「――今回の北海道での紛争に我々はとても憂慮しています。
全ての人間は等しく神の恩恵を受ける資格が有りながら、共に戦友として轡を並べることが出来ないのは悲しい事です。
特に、北海道はこの世界に転移した中では新参者でありながら、今ではその影響力は全ての国が無視できないものです。
先のサルカヴェロとの戦争では、北海道からの軍事技術の援助がアーンドラの民を救ったと言っても過言ではありません。
ですが、そんな優れた北海道が内紛によって衰退するのは、我々としても座視できる物ではない。
政治的対立の解決があるのは理解できる。
だがしかし、今一度冷静に即時停戦することをイグニスの名の下に双方に提案します。
そして、停戦がなされるまでは、我々はどちらの勢力にも不干渉を貫き、資源の輸出を含む全ての交易を自粛する。
これは教皇からの言葉であると共に、イグニスの信徒全ての総意。
我々の進言が聞き入れられ、停戦がなされることを祈ります」
壇上でそう語るのは、エルヴィスの君主であるクラウスであった。
彼は地元紙の記者やカメラのフラッシュに囲まれる中で、淡々と声明文を読み上げている。
テレビのテロップには稚内からの中継となっているが、そんな場所でこのような声明を読み上げる彼に、高木は思わず呟いた。
「なんですか……コレ?」
高木は突然のイグニス教からの停戦勧告に思考が追い付かなくなる。
なぜ、イグニスが?それも双方への交易停止?
高木の頭に疑問が広がる。
だが、それに対してステパーシンは嬉々としてこの声明に飛びついた。
「教皇庁の介入でしょうか。
まぁ我々にとっては渡りに船。
野党の主要メンバーはイグニス教の浸透を受けており効果はあるでしょう」
「でも、一体なぜこのタイミングで?
彼らとしては野党勝利の結末の方が嬉しいのでは?」
確かに野党のバックで暗躍しているイグニス教団である。
野党勝利の結末の方が彼らには望ましい筈だ。
何故このタイミングで停戦勧告を?
その理由が高木には分からなかった。
だが、理由を探しつつテレビを見続けている内に、その理由を秘書官が見つけた。
「それもそうですが…… あ!閣下!クラウス殿下の後ろ!」
「!?……石津君」
声明後に記者の質問に答えるクラウスの後ろ。
人ごみや警備に紛れそうではあるが、そこにいる人間には見覚えがある。
旭川で、自分に出来る事をすると別れた石津拓也がそこに居たのだ。
「……どんな手を使ったのかは謎ですが、彼はイグニス教を動かしたのでしょうか」
彼と同じく札幌から旭川まで同行していた秘書官は、彼の姿を見つけると、ホッとしたような感慨深げな表情で秘書官はスクリーンを見て言った。
そして、画面奥に映る拓也の姿を見て、高木もまた心を落ち着けることが出来た。
イグニスが動いた。
その手段は不明であるが彼が関わっているのは間違いないと確信したのだ。
「……状況は整ったわね。
野党に対して停戦交渉と戦闘停止の打診を。
双方ともに戦闘を続けられる状況ではないでしょう。
長引けば、通貨を失った我々と同じように、向こうも資源の輸入を止められ早晩崩壊する……
最早、選択肢は無いわ」
そんな高木達の見ているテレビの向こう側。
NHK稚内放送局での特設記者会見場にて、教皇庁の声明の発表し終えたクラウスは、記者たちとの質疑応答の時間を終えると、配下を連れて控室へ移動していた。
だが、それに同行したのは彼の配下だけではない。
あたかも関係者であり、当然のように拓也もその後に続いていた。
「君はなかなかやってくれるね」
控室に戻ったクラウスは、記者たちから大量に浴びせられる質問への対応に疲れた様子ではあったが、ゴクリと水を一杯飲むと、キリッとした眼光で拓也を睨んでいた。
だが、中性的で美女と見紛うクラウスの目つきには殺気は無い。
拓也は、そんなクラウスのまるで美女のジト目のような表情に頬をかいて恍けて見せた。
「いやぁ、別に私は何もしてません。
私のお願いを聞き入れてくれた殿下のお力のお蔭ですよ。
流石は教皇庁に名の知れたクラウス殿下だ」
拓也は笑顔でクラウスの言葉をさらりと流しつつ、お世辞を言って誤魔化した。
だが、クラウスは拓也の世辞には一々反応しない。
クラウスは拓也に続けて追及した。
「前から北海道の経済界との会合で何度か有ってはいたが…… 只の商人と思いきや君の影響力と行動力を侮っていたよ。
確かに君の言う通り、私は教皇庁の中では結構な顔が効く。
それも、次期教皇選挙に立候補出来る程にね……
だが、そんな私を脅迫できるとは君も中々肝が据わってる」
そう言ってクラウスは眉間に皺を寄せて拓也を睨む。
だが、拓也はそれを聞いた途端、オーバーに肩を竦めて言った。。
「そんな!脅迫だなんて!人聞きが悪い。
ちょっとしたお願いだったじゃないですか」
「停戦が成されるまで政府意向により自主休業だったか?
領地からの報告を聞いた時は驚いたよ。
治安が不安定な今の世とはいえ、まさか君の会社の護衛を受けずして物流を担うもが殆どいないとは……
それに治安維持の休業を大々的に領内で公表したせいで、領内の賊が首都プラナスで略奪まで起こしたそうじゃないか。
今頃、国軍はてんやわんやだよ。
君は私の国を経済的に潰す気かね?
委託している賊の討伐が長期にわたって滞れば、軍警への支出が増え、更に国の財政まで悪化する。
折角軌道に乗り始めた私の国家経営を頓挫させたいのか?君は」
「何分、我が社は平和を愛する気質でして……
ご迷惑をおかけして申し訳ない」
「ふん。下手な謙遜は嫌味だぞ」
「ははは……」
稚内に着た拓也は、自社の営業所から非常時の大陸との連作手段として設置されていた電子戦の影響を受けない魔術の水晶玉を使って、大陸へある指令を送っていたのだ。
それはクラウスの言うとおり、物流護衛業務及び盗賊の討伐等の治安維持業務のボイコットだ。
そして取引先にもその行動の意向を説明し、エルヴィスの経済界全体から主君であるクラウスに陳情が行くようにしたのだ。
独占禁止法など無い大陸である。
同業他社を積極的に潰していた拓也の経営戦略が役に立った。
そして民間最大の暴力組織であることで逆らうものなど皆無。
むしろ日頃から交流を深めていたため、積極的に各社とも協力してくれたようだ。
そんな経済界からの突き上げと、裏で繋がっているタマリ達の盗賊達を使って休業宣言後に大々的にエルヴィスの首都プラナスで暴動まで起こさせているのだから、クラウスの焦りは相当だろう。
それに、タマリ達は盗賊と言っても練度は石津製作所警備部が裏で関わっている。
装備・練度共にエルヴィスの正規軍より上なのだ。
ただの盗賊と思っている限りは潰せはしない。
クラウスは続々と寄こされる本国からの連絡に、自信の持ちうる最高のカードを切るしかなくなった。
幸いにして、教皇庁は今回の紛争を注視していたし、生体認証した大陸人相手には成層圏プラットフォームネットワークは従来通り使えたので教皇庁への連絡に時間は要らなかった。
あとは、クラウス自身のコネの使用と多少偏った報告により、教皇の許可をもぎ取って現在に至る。
そして、その一連の行動の結果が出るのは速かった。
クラウスは拓也の起こした一連の影響を苦々しく思いながら、拓也に言う。
「だが、君の会社の動きは不味かったな。
例え高木閣下の意向による自主休業だろうが、停戦が成ろうとも会社の信用はガタ落ちだろう。
何せ物流を止めて見せたんだから、関係各社への影響は計り知れない」
「ふふふ。そこはまぁ、ノヴァヤシベリア開拓地の利権でも獲得して失った分は取り戻しますよ」
「……只では転ばぬと言う訳か」
クラウスは、そう言って余裕のある笑みを浮かべる拓也を見て眉をしかめるも、部屋の隅で垂れ流してたテレビがあるニュースが映るのを見ると、冷ややかな、乾いた微笑みを口元に浮かべて拓也に言った。
「見ろ、世界は君の望み通りに動いたぞ。
サッポロの近衛党首も停戦に向けて動き出したようだ」
『――国民の皆さん!我々の慣れ親しんだ山は多くの自然と共に永遠に失われました。
彼女は自己の保身のために大量破壊兵器ともいえる新兵器を使用し、我々に対して牙を剥いたのです!
権力の座に執着するあまり、国民の命を軽視し始めたのは一連の動乱の中で皆様の知るところであると思います。
この大量破壊兵器での恫喝。
真に卑怯ではありますが、我々には対抗する力が無い。
そして、皆様の命と財産を守る事を優先したとき、遺憾ながら高木政権側からの停戦協議の開始と即時戦闘停止の提案を我々は受諾しようと思います。
その結果、道東の皆さんには高木の圧政に苦しむ事を耐えてもらわねば―――』
画面の中では、野党党首の近衛が停戦協議開始の旨を説明する放送を行っている。
これから条件でいろいろと揉めそうではあるが、戦闘停止に持ち込めれば今回の行動の目的は達成されたと言える。
「まぁ、停戦に向けて動き出すのは良いんですが……
なんというか…… 言いたい放題ですね」
野党の言い分では、高木大統領がまるで専横を極める邪悪な独裁者であり、今回の騒乱の全ての元凶だと言っているように聞こえる。
まぁ、収監後に脱獄までしてるから全く的外れでもないのだが……
「まぁ、こういうことは言ったもの勝ちだ。
真実かどうかは関係なく、声の大きい方が事実なのだ」
そう言ってクラウスは、深く息を吐きながらソファーに腰かけると、拓也を見上げる様に問いかけた。
「こうして停戦は成っていくわけだが、君の本拠はクナシリだろう?
高木閣下も心の底ではエルヴィスを快くは思っていないようであるし、教皇庁を含め、我々イグニスの信徒はサッポロを支援する。……これからは敵となるだろう」
イグニス教諸国は札幌側に付く。
それは野党がイグニスの浸透を受けていることからも変えようのない事だ。
そして、弾劾裁判での暴露により、高木大統領に好意的だったクラウスの心境も既に離れてしまっている。
これからは札幌+イグニス教諸国 VS 道東+ゴートルムにイグニス教と対立するサルカヴェロが協力する二極対立の時代になるだろう。
これからは、米ソ冷戦時の敵味方のような関係になる訳だ。
「表向きにはそうでしょうが…… 私は商人ですので、色々な販売ルートはあります。
味方、敵、果ては非合法の組織まで……
私の元いた世界では、そのような世界情勢でも武器商人は割とどちらへも取引をしてましたし、殿下が敵になろうとも、今回の件もあります。
今後の取引は勉強させていただきますよ」
そう言って拓也はクラウスに満面の営業スマイルを浮かべる。
「……ふん、食えん奴だ」
「それと、近々我々も北方の開拓地での活動を本格化させます。
新たな拠点をそこに設けようと思いますので、殿下も教皇庁や他国に知られたくないご用命はそちらが便利ですよ。
秘密は厳守させていただきます」
苦笑いを浮かべるクラウスと、営業スマイルの拓也。
北海道分裂と言う紛争の中で、一つの新しい関係が生まれた瞬間だった。
その後、大陸へ戻る為に稚内放送局を出たクラウスを見送った後、拓也は一人道東への帰路についていた。
「ふぅ……」
一仕事終えたと言わんばかりに、拓也は肩の力を抜いて息を吐く。
ここのところ緊張の連続だったため、精神的にはかなりの疲労がたまっていたのだ。
何せ留置場生活からいきなりの銃撃戦に巻き込まれ、その後は単身旭川から稚内まで移動しての交渉である。
出来ることなら、サウナにでも行ってスッキリした後、ビールでも飲みたい。
でも、今は非常時。
まずは家族の元に帰らねば……。
そう思った拓也は、サウナとビールの代わりに取り敢えずのどを潤す飲み物でを買おうと近くのセイコーマートを目指して歩き始める。
ガラナかリボンナポ○ン辺りでも飲もう。そう考えながら歩いていると、持っていたスマホから着信音が鳴る。
拓也は、誰のコールかとスマホを取ると、画面に映された発信者はカノエだった。
『社長、お疲れ様です』
「お、カノエか……
通信はもう大丈夫なのか?」
「双方の政府が停戦に向けて動き出したことで、現実と電子の双方の戦闘は低調になってきました。
社長の通信を確保するくらいならば、なんとか可能です」
それを聞いて拓也は安堵した。
電子戦が低調化したと言うことは、あのテレビでの声明であった戦闘停止の言葉に、一定の実効性があると言うことだ。
ここでは確認が取れないが、実際の戦闘もそれに準じた物であると願いたい。
「そうか……
皆は?全員大丈夫か?」
「エレナさん達が怪我で数名入院した程度で、死者は0。
息子さんも国後に疎開完了しました」
「エレナが?!」
拓也はカノエの報告を聞いて、目を丸にして驚いた。
拓也は一気に顔が青ざめるのを感じたが、その様子を見てカノエが慌てて報告を補足する。
「入院と言っても軽傷です。命に別状はありません」
「そうか…… とりあえず、こっちも無事だと連絡したいんだけど」
「今は病院のベッドでお休み中ですね。
起きたら通信を回すようにします」
確かに寝ている所を起こすのは忍びない。
拓也はエレナの寝顔を思い浮かべつつ、連絡はまた後ですることにした。
「わかった。ありがとう」
そうして拓也はカノエに感謝の言葉を口にするが、カノエはまだ報告する事が有るのか、神妙な顔をして黙っている。
「……」
「どうした?カノエ」
「クラウス殿下の声明から暫くして、サルカヴェロからも一時停戦の勧告と、非公式に高木閣下を支持するとの声明が出されたようです」
「そうか」
その程度の事なら推測通りだ。
イグニス教諸国が札幌を支援するなら、彼らと敵対するサルカヴェロは道東を強力に支援するだろう。
双方ともに北海道から学ぶべきものは多くあるのだ。
先程のクラウス殿下もそうだが、冷静に考えれば誰にでも想定できた。
「……社長。
今回の件の後、世界は大きく変わると思いますよ」
「そうだな。北海道の東西分裂……
それも双方のバックには大国がついている。
東西冷戦が起きるな」
拓也は20世紀末の東西分裂を思い浮かべながら、淡々とカノエに言う。
だが、カノエの言葉はそれだけでは止まらなかった。
「それもありますが……それだけじゃないんです。
途中であったエルフの干渉……というよりあれはイグニスの干渉でしたね。
あの時、休眠していたイグニスの力が大規模に発現しました。
あれでもし、イグニスが復活すれば、この世界は予想もつかない方向に動くんじゃないかと危惧してしまうんです……」
岩石蒸気をまき散らしながら山体崩壊した大雪山を凍り付かせた大規模な力の発現。
カノエが言うには、あれはエルフの魔法ではなく、イグニス自身の力だそうだ。
確かにそんな力を持つものが活動を始めれば、北海道の力など象を前にした蟻と同じ。
そして、もしそんな存在が大手を振るって活動を始めたら?
一体人類に何が出来るのか?
二人はそんな可能性を想像しそのまま押し黙ってしまう。
「……」
沈黙がしばしの間、二人を支配する。
だが、そんな微妙は静けさも長くは続かない。
先に口を開いたのは拓也だった。
「……だが、それを危惧して今何が出来る?」
「え?」
「山をも凍結させる力を前に何が出来るってんだよ。
そんなのが本気を出して襲い掛かってきたらこちらも終わりだ。
出来ることなんて何もない」
「それはそうですけど……」
「今の俺たちに出来ることは、力を蓄えつつ、大いに発展し、栄華を極めることだ」
「最後のはイグニス対策とは何か違うと思いますが……」
「いいんだよ細かい事は!
取り敢えず、カノエの一族の遺産やらを回収・利用して、国家の騒乱に左右されないくらいの大企業になる」
「はぁ」
「君らは以前は帝国を築いてたんだろ?
トビリシの遺跡以外にも色々あるんじゃないのか?」
「まぁ、無くは無いです。
サルカヴェロのバトゥーミなんて、元は墜落した植民船の残骸ですし……」
「なら、それらの遺産や魔導のテクノロジーをすべて回収するのが先だ。
イグニスが何者かは知らんが、そいつはしばらくは放っておく。
何かヤバそうになっても、行動を起こすのは実力を付けた後……
それでいいな?」
「……フッ。そうですね」
カノエは拓也のポジティブさに思わず笑みがこぼれた。
先程まで、自分たちの天敵であるイグニスの力を感じただけで縮こまってしまった自分が馬鹿みたいに思えたからだ。
確かに、拓也の言う通り、必要以上に恐れた所で現状で打ち手など何もないのだ。
ならば、実力を付けるまでは放置するしかない。
「あぁ、でも何か変化が有った場合は報告はしてくれよ。
俺たちが何もできなくとも、政府には一応動いてもらわなきゃならんからさ」
「はい。わかりました」
「じゃぁ取り敢えず帰るとするか。
飛行機は……全便欠航だったな。
稚内から陸路でエレナのいる北見まで行くとすると……汽車を旭川で乗り換えて8時間くらいか?」
「鉄道も運休ですよ。
提携してる海運業者の船をチャーターして網走まで行きましょう。
何時間かかるか分かりませんが、話し相手くらいにはなりますよ」
そうして拓也は歩き出した。
空を見上げれば雲の合間から太陽の光がこぼれる。
それは、大地の雪を白く輝かせ、拓也の進む未来を照らしているようであった。
一方その頃、拓也と同じく空を見上げてる者が居た。
紛争の喧騒遠い国後島。
安全な拓也の自宅から、疎開した武は家の窓から西の空を眺めていた。
「武くん!何してるの?」
心配そうに外を眺める武に、アコニーの娘であるソフィアが元気に声をかける。
武は、その声に反応すると振り向くことなく返事をした。
「みんな大丈夫かな~って」
「ママ達は強いから大丈夫よ!
悪い奴はみーんなやっつけてくれるわ!」
ソフィアもアコニー達やみんなの事は心配である。
だが、元気の無さそうな武を見て、元気づけようと大きな声で励ますのだ。
「でも、真紀ちゃんとか……途中でいなくなっちゃったし」
「あたしがいるんだし!あんな女居なくていいでしょ!」
ソフィアはそう言って頬を膨らませる。
折角自分が励ましているのに、他の女の子の事を話すのは何事かと、大層立腹した様子である。
「落ち着けよソフィア……」
沸点の低いソフィアを彼女をなだめるのは、大人しいソフィアの双子のヴォロージャ。
彼はオロオロとソフィアを止めるが、それが逆にソフィアの怒りに油を注いだ。
「何よ!ヴォロージャ!あんた双子の姉弟の癖に味方してくれないの?!」
「い、いや……」
「じゃぁ味方してくれてもいいじゃないのよー!!」
家の中にソフィアの絶叫が木霊する。
暴れ出した彼女が付き添いで国後まで来たヘルガに取り押さえられるのには時間を要しなかったが、そんなドタバタを横目で見つつ、武は再度西の空へと視線を戻したのであった。
「……真紀ちゃん」
2031年 冬
停戦交渉の結果、北海道に二つの国家が誕生した。
片方は札幌を首都とする北海道共和国。
純日本人だけで構成される政府は転移前の日本の文化、人種の維持を至上とし、圧倒的な経済力と技術力を維持する。
その一極集中の社会から、他国の人間からはサッポロと俗称される。
そしてもう片方は、東北海道連邦。
首都をユジノクリリスクに置き、道東と国後を初めとする4島の連邦国家。
労働力の確保と、国力向上の為に移民を推奨した多民族国家。
特色としては、日本人至上主義を掲げるサッポロはモンロー主義。
積極的に移民を受け入れる東北海道は積極的対外進出主義といったところだ。
二つの対極な性格を持つ北海道。
その躍進が今まさに始まろうとしていた。
2章完です。
次から新章ですが、ジョブチェンジして暫く無職になるため更新速度を上げていきたい。
ロシアから友人の父親が自作した酒が届いた為、それを飲みつつ書きたいです。
でも、ロシア人オッサンの自作の酒って大丈夫だろうか……
原材料が不凍液やオーデコロンじゃないよね?




