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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
75/88

混乱の果てに4

「流石に第7師団は強いな」


国後の司令部で、作戦を指揮していた以前まで国後の師団長を務めていたツィリコ少将を筆頭とする日露混合の将校団は作戦図を見ながら息をのむ。

先程まで順調に進撃を続けていたロシア戦車部隊が完全に拘束されているのだ。

このままでは札幌を落とすどころか、旭川の奪還すら覚束ない。


「味方部隊押されてます」


「予備部隊を投入しろ。

本体を再編する時間を稼げ」


再度悪化する戦況に、情報を報告する兵士の言葉からも余裕は消えた。

抑揚のない声で報告し、これまた抑揚のない予備部隊投入の命令を受ける。

だが、恐らく予備部隊の投入は戦線を突破する決め手にはならない。

何故ならば未確認ながらも敵の増援がこちらへ向かっているとの情報が有るのだ。

これがロシアであれば、本国が戦場になり通常兵器で負けている状況では戦術核というカードが選択肢に入る。

だが、北海道と共に転移した今、彼らの手元に核兵器は無い。

当初の想定でも、そのような兵器を使用する予定は無かった。


矢追博士が新兵器を提言するその時までは……


「大統領。

このままでは戦力で負けている今の戦況を覆すのは難しいでしょう。

新兵器の使用を進言します」


今の状況は、特別機で国後に向かって移動中の高木にもリアルタイムで流れている。

司令部のモニター越しに顔を見せている高木にも、状況の難しさはよく伝わっていた。


『……それは冗談ではなくて?』


「いえ、本当です。

現状で地上部隊が押し負けつつあり、起死回生の一手が無い今、冗談でこのような事は言いません」


『……他に手段は?』


「これが一番確実かと」


ツィリコ少将の古巣のロシア軍は、NATOとの全面戦争の際には戦術核を前面に使用した戦術を打ち立てていた。

効果的な運用は心得ているのだ。

そして相互破壊確証が成立しない現状において、新兵器を手に入れたロシア人たちに大量破壊兵器運用の迷いは無かった。

だが、それはあくまで純軍事的な視野に立っての事。

政治的……それも日本人のマインドを持つ高木には、それを命令する精神的ハードルは高い。


「……少し考えさせて」


使わなければ敵の進行を防げない。

だが、自国領土内で核に匹敵する兵器を使用?

悪い冗談だ。

だが、悪い冗談ではあるが、何もしなければ道東は敵に奪われる可能性がたかい。

だが、他に手段は?

政治的には悪手だが、純軍事的には極めて効果的である事は高木にもわかる。

何せ相手を一撃で吹っ飛ばすのだ。

博士の言う事が確かならこの一手は戦局を挽回できる。


そして、そのシンプルな結論は、高木に残された最後の選択肢であった。


『使わずに……全道が制圧されれば、四島が干上がるのも時間の問題……

他に手は…… ないの?……』


「数時間前までは旭川の第二師団が札幌に反抗してくれるという可能性がありました。

ですが、接触した敵の規模から推定して第二師団の9割以上は敵側でしょう。

中立を表明していた上級将校は捕えられたか殺されたか……

敵後方で攪乱してくれると言う可能性は潰えたと見た方いいでしょう。

そして、その上で第11師団及び第七師団とやり合うのは旗色が悪い。

今はまだ持久していますが、北見が抜かれれば帯広、釧路も時間の問題ですな」


淡々と答えるツィリコの言葉に、高木は黙って頭を抱える。

ツィリコの推測が正しければ、武田も第二師団の師団長も無事ではない。

だが、それ以上に悪化が予想される状況が、彼女に悲しみにくれる暇さえ与えない。

時間は既に彼女の味方ではないのだ。

決断を下すのであれば、戦線が崩れる前の今が最適のタイミングと言える。

迷える高木。

だが、そんな彼女に対して、モニター越しの将校団はおろか、周りの官僚も声を掛けない。

新兵器の使用容認。

その崇高にして悪魔の決断は、最高責任者以外に判断すべきものでは無いのだ。


そうして考えること数分。


高木は一つの決定を下した。


『……分かりました。

ですが、これはあくまで示威行為としての使用です。

敵軍部隊への投下は許しません』


直接な攻撃手段としてではなく、あくまで示威行為で。

これが高木の良心と政治的判断からから下せる許容ギリギリのラインであった。


「では、何処に使用を?」


『……層雲峡を塞ぎましょう。

あの辺の断崖は過去に何度も崩れて脆い。

断崖ごとトンネルを潰せば、敵の補給路を断てます。

それと、兵器の威力を見て敵の行動に対する抑止力になるでしょう』


確かに敵の補給路を物理破壊し、増援を断てば戦線は維持できる。

代わりに、札幌へのこちらの侵攻も不可能になり、北海道の東西分裂は確定的なものになるが……

だが、それでも高木は大量破壊兵器による同胞の殺戮ではなく、分裂の道を選んだのだ。


「……わかりました。

準備を急がせます」


ツィリコ少将の思いとは少し異なるが、決断は下った。

賽は投げられたのだ。








道東

女満別空港


オホーツク圏の空の玄関口は、慌ただしい空気に包まれていた。

転移以後、時折国後や択捉行の便が出る程度の閑散としていた空港は、紛争に伴う軍による接収を受け、多くの人が溢れていた。

戦闘機の発着こそ出来ないものの、小型の無人機や兵力移動用に接収された旅客機は発着可能なため、それらの運用に関わる人員が出張ってきているのだ。

タラップには続々と兵士が降りているMRJやボーイング737が並び、その中には一機だけ異質な機体が駐機していた。

UCAV(戦闘型無人機)のミコヤン SKAT。

偵察及び攻撃用に回されてきた無人機の一機だ。

その機体はタラップで補給と次の任務を待ちつつ整備を受けていたのだが、そんな機体の許へ、一人の兵士が命令書を振り回しながら近づいてきた。


「大統領はハラを決めたぞ。

準備はどうなっている?」


SKATに群がる整備兵に向かって命令書を持つ兵士は、核兵器に匹敵する兵器の使用許可命令に半ばヤケになった表情で彼等に準備状況を問いかける。


「問題ありません。

それを見越して特殊弾頭を積み込み作業中です」


整備兵の言葉の通り、北見から運ばれた新兵器は今まさにウェポンベイへと納められる所であった。

着々と出撃の準備が進むSKAT。

その様子を見ながら、命令を伝えに来た兵士は感慨深げに呟く。


「新兵器使用のトップバッターは無人機か……」


「学者が作った新兵器ですからね。

こんな何が起こるか分からない新兵器を使うなら、虎の子のSu50を出すよりはリスクは少ないというのが上の判断でしょう」


「だが、学者先生の話じゃ核にも匹敵する兵器なんだろ?

やっぱりそう言った兵器の最後の引き金は人間が握っとくべきだと思うけどなぁ……」


「もう、そんな時代じゃないんですよ。

転移で技術力が停滞した俺らでコレですから、今頃、地球はドローンだけで戦争してるかもしれません」


「そんなものかね……」


「私見ですが、これからの時代、この新兵器と無人機が世界を牛耳る気がしてならないですよ」


そう言って、二人はSKATを見る。

複雑な感情の込められた視線を前にしてもなお、無感情の戦闘機械はそんな視線を跳ね返すように黒く輝いていた。














無人機は女満別空港をタキシングしていた。


辺り一面真っ白な空港で、そこだけ綺麗に除雪された滑走路。


すべるように滑走路に進入したSKATは、そのままエンジン出力を上げて大空へと飛び立った。


飛行高度は10m


大地を舐めるように


地形や障害物に合わせ進路を調整し、それは飛ぶ。


敵が布陣している留辺蘂方面を避け、機体は遠軽方面に飛び敵から身を隠すように湧別川に沿って山の谷間を抜けて行った。













一方その頃


北見と旭川の間。

石北峠を手前にして、一つの部隊が任務に就いていた。


既に浸透していたエドワルドの部隊。

彼等は任務を丁度一つ片付けた所だった。

現地調達したスノーモービルに牽引され、スキーで移動している彼ら。

そして、その後方では、黒煙上がりと大勢の喧騒が聞こえる。

彼らは丁度、石北峠に近いイトムカ鉱山近隣に展開していた中SAMを一つ無力化した所だった。


「大尉殿。

この後は如何なさいますか?

折角ですのでもう少し足を延ばして敵ミサイルを潰して回りますか?」


スノーモービルで牽引されつつ、配下のイワンが隊長であるエドワルドに問いかける


「いや、それよりたった今、上から追加オーダーがあった。

……新兵器の効果確認だそうだ」


エドワルドはインカムから聞こえる無線の命令に耳を澄ませると、その内容を配下の彼等に伝えた。

だが、その抽象的な命令内容に、イワンは胸の内を隠そうともしない。


「新兵器の効果確認でありますか……

あまり、気の乗らない任務ですなぁ」


「そう言うな。

研究所によると新兵器は放射線等は出さないと言うが……

まぁ、それもどこまで信用できるか分からん。

一旦、先ほど無力化したイトムカ鉱山に戻り、爆撃時刻まで坑道で待機した後、現地へ向かう。

命令は効果確認だ。流石に爆発の確認まではしなくていいだろう」


「了解しました」


そう言ってエドワルドの言葉に笑顔で敬礼を返すエドワルド。

彼等は牽引していたスノーモービルを止め、元来た方向へ引き返そうと方向転換を行う。

その時だった。

一人の兵士が、空を見上げながら硬直した。


「大尉殿……」


背後より絞り出すような言葉を聞いて、エドワルドは何か異変があったのかと振り向いた。


「どうした?」


「あれは一体……」


そうして兵士が指差す先。

快晴の空にぽっかりと浮かぶソレを見て、エドワルドは最初のうちはソレは何かと首を傾げたが、双眼鏡でソレが何かを確認するなり、その表情は驚愕に変わった。


「!!?」


何故……

エドワルドの脳裏に数々の疑問が浮かぶ。


「奴が……」


死んだはず……

そう言いかけた所で、部下がエドワルドの代わり様に心配そうな表情で聞いてきた。


「大尉殿、ご存じなのですか?」


首を傾げながらエドワルドの顔色を伺う部下の視線を受けて、彼はハッと正気に戻る。


「あ、あぁ…… あいつは大陸で見たトビっきりヤバい奴だ。

しかし、奴はなんでここに……」


あの顔、忘れるわけがない。

サルカヴェロで騒動とエルフとの死闘。

その中で共に戦い、最後は敵に回ったあの顔を……

エドワルドは何故と呟きつつ、マジマジと空飛ぶ人影を見る。

その時だった。


「!?」


目が合った。

此方は双眼鏡越しなのだが、それでもハッキリと目が合ったのが分かった。

隠れよう。

エドワルドは本能的にそう思ったが、そんな隠れる暇もなく彼等の真ん前にその人物は降り立った。


「お前は以前に見たことが有るな。

人間。

今は一体どういう状況だ?」


エドワルドの前に降り立ったのは、以前サルカヴェロで見た人物であった。

一時は敵として、またある時は味方として戦って殺された盗賊ニノ。

そんな彼女の顔持ち、化物のような戦闘性能を発揮してカノエを殺した黒衣のエルフであった。


「ニノ……」


「ニノ?

あぁ この体の個体名か。

残念ながらこの体形のベースになった個体は既に死んでいる。

この姿は、私が自身を再生するために利用したものだ。

その証拠にこの獣人の特徴である尻尾や耳が無いだろう?

それに、今では、我々の固有形状に合わせる様に耳などを変えている」


彼女は死んだ。

そして彼女に化けた目の前のエルフの存在は一度見ている。

だが、それでもエドワルドは彼女の名を呼んでみたのだが、一抹の希望は当のエルフによって見事に打ち砕かれた。

エドワルドは蛇に睨まれたカエルの様に恐怖と緊張感と戦いながら目の前のエルフをキッと睨む。


「……」


「そんなに怯えるな。

我々エルフの敵はシリカだけであり、人間は守るべき対象だ。

そちらから敵対しない限りは手は出さない。

……それよりこの状況はなんだ?

近年、有望な文明が転移してきたと思ったら、きな臭い状況になっている」


だが、そんなエドワルドの態度とはお構いなしに、エルフはズケズケと今の状況を彼に尋ねる。


「人間には色々あるんだよ化け物め……」


「無駄な事は言わなくていい。

質問に答えろ」


エドワルドは殺意を込めてエルフを睨むが、エルフは全く意に介さない。

むしろ、その態度は圧倒的強者の余裕すら感じられる。

そんな噛み合わない二人であったが、最初に折れたのはエドワルドであった。


「……内戦だよ」


しぶしぶという風体でエルフに伝えるエドワルド。


「内戦?」


「この島の中での下らない主導権争いだ」


「……またか。

大陸の人間もそうだが、人族は無駄が多い。

そんな暇かあるなら、我々の戦場に一人でも多くの人間を回してほしいのだがな」


エルフはやれやれと首を振りながら溜め息を吐く。

だが、そんな事を言われても、エルフが人間の都合など知らないように、エドワルドもまたエルフの都合など知らない。

我々の戦場等と言われても返答に困る。


「我々の戦場?一体、何の事を言っているんだ?」


「……ふむ。それも知らぬか。

まぁ、この世界で新参者のお前たちは知らぬかもしれぬが、いずれイグニス様の信徒となった日に分かるだろうが…… ここは文明のレベルが高い。シリカ廃滅に有用な戦力となろう。

よって、無駄な戦力の浪費は慎んでもらいたいものだ。

我々は普段は外の世界には不干渉なのだが、ここは特別だ」


「有用な戦力?我々を利用する気か?」


「利用も何もこの世界で生きるのならイグニス様に全てを捧げるのは当然のことだ。

造物主様に逆らって生きて等いけるものか」


エルフはそう言って当然のことを言ったまでだと鼻で笑う。


「……そうか、お前の言いたいことは分かった。

だが、お前の信仰に迎合する事は出来ない」


「それは些細な事だ、お前が信仰を持てなくとも、いずれ世はそうなる」


そう言って両者の視線は交差する。

睨み合う二人。

戦闘量的には歴然の差はあれど、意志の強さに差は無かった。


「邪魔したな」


睨み合いの末、そう言って身を翻すエルフ。

最早用はないとばかりに今にも飛んで行きそうではあったが、飛び立つ直前にその後ろ姿に向かって、今度はエドワルドの方から声をかけた。


「待て!」


「……何だ?」


飛び立つモーションを中断し、エドワルドの方へエルフは振り返った。


「ここから北西に進んだ所に渓谷が有る。

そこに行け。この内戦のクライマックスが見れるぞ」


「……」


ニヤリと笑って、それを伝えるエドワルド。

あからさまに怪しい表情であったが、エドワルドは意味深な笑いを浮かべてエルフを見つめる。

再び交差する視線、だが今度はエルフは何も答えず地上から飛び立っていった。




そんなエルフが飛び去った北西の空を見ながら、イワンはエドワルドに呆れたように声をかける。


「大尉殿……」


「すまんな。

化け物の分際で上から目線が気に入らなくてな。

それに、一時とは言え戦友だった者の皮を化け物が被っていることが許せなかった。

……これで新兵器の爆発に巻き込まれて蒸発でもしてくれれば嬉しいんだがな」


「……そうですか。

それより、大尉殿。

それより爆撃時刻が近いです。

急ぎ坑道に退避を」


「あぁ。今いくよ」













SKATは地表を舐めるように飛んでいた。


層雲峡の投弾ポイントまでもう少し。


このままいけば敵の迎撃を受ける事無く作戦は成功する。


最後の山を越え、層雲峡を眼下にとらえるが、AIのカメラはそこで起きていた異様な光景を目にした。


層雲峡温泉に布陣していた敵の防空部隊。

それが異様な喧騒に包まれていたのだ。

AIはそれが何だかは判別できなかったが、無人機に指令を送るコントロールセンターにはその映像が送られていた。

空に浮かぶ奇妙な人型。

それに対して上がり始める対空砲火。

だが、人型は縦横無尽に空を駆け巡り対空機関銃の弾はかすりもしない。

そして、そんな現場の真っただ中に現れたSKATは運が悪かったとしか言うほかなかった。

恐らく、誰が悪いかと言えば、エルフをけしかけたエドワルドであるが、そんな事は誰も知る由もない。

判るのは、対空警戒が最大限に引き上げられている中での出現してしまったという事である。

そんな戦闘態勢の中、謎の人型への対応に追われていた防空部隊であったが、新たに出現したSKATに対しても反応の速さは流石であった。

即座にSKATへ向けて機関砲弾を打ち上げてくる89式対空機関砲。

光の奔流は一直線にSKATへ向かい、間一髪でそれを避けるが、続いて襲い来る短SAMについてはどうしようもなかった。

近接信管によりミサイルが機体の近くで爆発する。


機体は爆発の煙を抜け、飛行だけは何とか続けているが、その機体は酷いありさまだ。


煙を吹きつつもエンジンはなんとか動いているが、まともに破片を食らって操縦系統を破壊され、ウェポンベイに異常をきたしたのか投弾ポイントを過ぎても爆弾は投下されなかった。


操縦不能となり徐々に高度を落とすSKAT。


AIは必死に機体を立て直そうとするが、それは墜落までの時間を少々伸ばすくらいにしか役に立たなかった。


空に筆で一本の線を描くように黒煙を引き、機体は大雪山に突き刺さる。






――――閃光――――






続いて巻き起こる火球の熱と爆風により、大雪山の山麓に巨大なキノコ雲が生成された。



その日、北海道の象徴ともいえる山は、その姿を大きく変えた。



爆風で山体が削られ、内部より赤熱した溶岩と火山性のガスがこぼれ出す。

それは蒸発した岩石蒸気と混じり合い、キノコ雲をさらに成長させた。

だが、そんな恐るべき被害も、それが魔力のエネルギー解放による影響なのかはわからないが被害範囲は直径数キロの範囲にとどまっている。

有効範囲内では地獄が現出したが、それを出ると被害が極端に低下しているようだ。


それ故、付近に展開する第二師団等の野党側の兵士たちには一切の被害は無い。

だが、目の前でそのような超兵器を使われて士気に影響しないわけがない。


「ろ、ロシア人の……か、核か……」


「核にしては、俺ら生きてるし……

爆発の閃光見たけど、何ともないぞ」


「でも、被爆したんじゃ……」


そんな動揺が兵士の口々から漏れ出るのも無理はなかった。

その地域に展開する全ての人間の視線が大雪山に集中し、そして皆が皆、呆然とその光景を眺めていた。


「それより見ろ。

あの山の煙……

あれって、山が崩れて噴火したんじゃ……」


付近に展開していた兵士たちは、口々にそんな言葉を口にする。

今、彼らの頭には紛争などと言う小さい事はどうでもよかった。

核のような超兵器。被爆の恐怖。

そして、何より山体崩壊による噴火と火砕流への恐れがすべてだった。

核兵器ではない為、放射能の恐れは杞憂であるものの、大雪山の一部が崩壊したと言う事実は、兵士たちの想像を現実のものとする。


立ち上る灰色の雲。

その雲の根元がゆらりと動いたと思うと、巨大な塊となって山を下り始める。


「か、火砕流!!!!?」


「逃げろ!!」


大自然の猛威の前には人の力など無力。

恐怖は伝染し、兵士たちは即座に近くの車両へと駆け込んだ。

直ぐに動けるトラックの荷台には山盛りの人となり、あぶれた人間は装甲車の屋根にしがみつく。

火砕流が彼らの元へ向かっているのだ、火山大国日本における過去の火砕流の被害状況が彼らの脳裏に鮮明によみがえる。

そんな階級も所属も関係なく、各々が逃げようと必死になった。


その時だった。



<<<人族よ。落ち着け>>>



辺り一帯に凄まじい声量の声が響き渡る。

そんな超常的な声に吃驚したのか、一部の人間は声の聞こえた方角の空を見る。

視線の先に浮かぶのは、先ほどまでに射撃を加えていた謎の人型。

それは、エドワルドの言葉に乗せられて層雲峡にやってきたニノの姿形をしたエルフであった。

エルフは続けて声を発する。



<<<イグニス様の御力。括目して見よ>>>



その声と共に、大雪山に訪れた変化は、まさに奇跡としか言いようがなかった。


噴煙に包まれた山を、どこか見た事の有る…… 数年前に北海道を覆った膜と同じような幕が包み込む。

その神々しいまでの光景に、逃げ出そうとしていた兵士の足が止まり、全員の視線が大雪山に注がれた。


噴煙は膜によって遮られ、火砕流も完全に遮断された。

後に残されたのはまるで灰色のドームのような、噴煙が充満する膜であったが、それも急速に消えていく。

時間にすれば、30分もかからなかったのではないだろうか。

多くの視線を集めながら、膜が消失した時。

そこに有ったのは、山体が崩れつつも溶岩ごと山体が凍り付いた大雪山の姿であった。



<<<無益な争いは止め、全ての力をイグニス様に捧げよ>>>



皆が呆然とする中、エルフは最後にそう声を発して遥か南方へと飛び去った。


後に残ったのは呆然とする兵士たちと静かな大自然。

その様な体験をして、特別な感情が芽生えない筈がない。

現場に居合わせた一人の兵士は呟いた。


「……神の奇跡?」


人類の力を遥かに超越する力の示現

この日、多くの人々はその力を両の眼に焼付けたのだった。

そろそろ2章も終わって新生姜……

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