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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
74/88

混乱の果てに3

敵の第一次の攻勢は失敗。

戦線は留辺蘂を抑える第二師団に国後の戦車部隊が襲い掛かり、ジリジリと戦線を押し上げる構図となっている。


現状、有利なのは高木政権側。

90式を散々に撃破し、砲塔側面の対空機銃が歩兵をミンチに替えている。

そんな様子をエドワルドと彼の部下のセルゲイは少し離れた所から見ていた。


「大尉殿。

イワンから連絡です。

工作部隊が道東道、狩勝峠、日勝峠を爆破と雪崩で塞ぎました」


「これで、十勝に侵入した敵部隊は退路を塞がれて終わりだな」


「あとはこの戦線に集中するだけですね」


「敵と違い、こちらは突破戦力を北見に集中している。

これを撃破すれば札幌への道が開けるんだが……」


エドワルドは其処まで言って言い淀む。


「誤算は敵の強さですね。

10数年前に戦ったノヴォロシアのウクライナ人とは違って、何とも手ごわい。

流石はヤポンスキーの職業軍人。練度も士気も高いです。

ハルハ河で関東軍を相手にした英雄たちの苦労が分かりますな」


「だが、今の我々にはジューコフ将軍も強力なロシア極東軍は無い。

数で負けてる中で戦わねばならん」


数で負けていても、相手の士気や練度が低ければ何とかなる。

だが、数で負け、相手の士気や練度、情報化装備がこちらと同等となれば戦いは実に厳しくなる。

それに双方が強力な対空ミサイルを有しているから、航空支援が期待できないとなれば尚更だ。

しかし、足りぬ足りぬは工夫が足りぬと昔の日本人が言ったように、不利な要素は他で補うより他にない。

そして、それに対する回答は、戦術、戦車の質、そして戦場の神の集中運用だった。


「大尉。

準備砲撃です。

味方が前進を始めました」


セルゲイが双眼鏡を覗く方角を見ると、雪と黒い土煙が激しく空に舞い上がり、今まさに大地が砲弾により耕されている最中だった。

そして、それに遅れてやってくる爆発音は、遠い砲声を混じり合って雷鳴のような響きであった。

あの下は、今まさに恐怖と混乱、そして爆風の支配する地獄であることは遠目でもありありと感じ取れる。


「よし、味方の攻勢に紛れて敵後方に浸透する。

……いくぞ」


そう言ってエドワルドは飛び出した。

砲撃に釘づけになる敵と、それに襲い掛かる味方をすり抜け、雪原の白さと同化しながら彼らは進んだ。

飛び交う銃弾と砲弾。

気配を殺し、見つかった際は素早く敵を無力化し、そうして彼らは前へ前へと進む。

そうして、ついに敵前線の中ほどまで浸透した辺りの時、エドワルドたちの後方に爆炎とは明確に異なる土と雪の混じった煙が立ち上った。


「あれは?」


セルゲイがその異変に気付いく。

腹に響く衝撃と共に立ち上る煙。

その戦法にエドワルドは見覚えがあった。


「国後の魔導部隊だな。

まだ実験段階だと聞いていたが……」


立ち上った煙は、土魔法による地形操作だ。

動かした土砂を敵に叩きつけつつ、即席の塹壕を形成している。


「でも、運用がチグハグですね。

あれなら石津の連中のほうがよっぽど良い。

敵を生き埋めにするのはいいが、わざわざ自分たちの進路に塹壕を作っては進行速度が落ちる。


……ほら。

車両を通すために埋め戻したり、言わんこっちゃない」


セルゲイの言う通り、中世の戦術から抜け出たばかりの魔導部隊は、未だ十分な技量が有るとは言い難かった。

魔導と現代兵器を組み合わせた戦術の実戦経験が圧倒的に少ないんだろう。

そんな彼らと、大陸で魔術師を含む兵隊崩れの野盗と実戦を繰り返す拓也達の会社を比べるのは酷と言える。


「あそこは色々と特別だからな」


そう。

石津製作所は特別だ。

ステパーシン内務相などを介して政府から便宜を受けているのもあるが、エドワルドにとってもあの会社は特別である。

社員教育用の特別講師として出向しているのもあるが、それ以外にも特別は色々とある。


「今頃、大尉殿の奥さんも頑張ってますかね?」


エドワルドの奥さん。

婚前の恋愛感情など無きに等しいかったが、酒の席での不覚を取り、アコニーとの間に子供が出来てしまった。

その結果、出来てしまったものはしょうがないと責任を取ったのである。


「……あれは酒の席でハメられたんだ。

子供が出来たから責任を取ったにすぎん……」


思い返せば、飲んでいる最中、トイレに行くため席を立った時、アコニーの挙動がおかしかった。

恐らくあの時に一服盛られたのだろう。

そうでなければ、ケモナー等と言う称号を陰で貰う事態にはならなかった筈だ。


「そうは言っても、息子さんも娘さんも可愛いですからね。

奥さん共々守ってやらなきゃですよ」


色々とエドワルドにも不満はあったが、出来た己の子供はやっぱりかわいい。

エドワルドは双子の我が子の無邪気な笑顔と想いだし、戦闘中であるにもかかわらず、自然と笑みがこぼれた。


「……フッ そうだな」


彼らを守るためにも、ここは一丁頑張らなければなるまい。

エドワルドがそう思った時だった。


「!? 伏せろ!」


何かに気付いたエドワルドは、後続の仲間に合図して一斉に雪原に伏せた。


「敵の戦車だ」


彼らの前方に目を凝らせば、雪の中に偽装された砲塔が見える。

それは冬季迷彩により視認性がすこるぶ悪かったが、なんにせよ先に敵を見つけたのはエドワルドたちだった。

それに対して、雪原に伏せたエドワルド達は完璧に雪に同化し、敵に見つかった様子は無い。


「頭を上げるな。

見つかって蜂の巣になるのは御免だからな。

味方の進撃と混乱に合わせて突破する」


そう言ったエドワルドの指示から一呼吸おいて、彼らの視界に前進する戦車が映った。









機銃が交差する戦場。

その中をT14は疾走する。

今の所、損害は軽微。

時折発射される敵対戦車ミサイルのトップアタックは搭載されたアクティブ防御の散弾によって無効化している。


『蹂躙しろ!』


味方の無線で戦車隊の吶喊が指示され、簡易に詰まれた土嚢を爆破し、文字通り飛び越えて戦車は進む。

それも、塹壕だろうとブッシュだろうと立ちはだかるモノや怪しい影は全て粉砕してだ。

その為、雪の中に偽装されていた90式も発砲と共に見つかり、すぐさま鉄の棺桶に変えられた。

疎らな民家と広い農地が広がるこの場所に、怒涛の勢いで押し寄せるロシア戦車。

その勢いに、道東に攻め込んだはずの90式戦車は、じわじわと後退を余儀なくされていた。

着弾による土煙を浴びながら、友軍と共に転進を始める90式。

だが、戦線を下げるとは言えども、敵への攻撃は緩めない。

ドン!と言う腹に響く発砲炎と共に数両の90式が視界に入ったT14に向かって主砲を放つ。

だが、鈍い音と共に正面装甲に徹甲弾の直撃を受けてもT14の前進は止まらない。

装甲で砲弾を弾き返したT14は、味方の車両と共にお返しとばかりに砲門を開いた。

先行する車両群が次々に主砲を発射し、後続の車両からは主砲発射型対戦車ミサイル”9M119 レフレークス”の発射煙が上がる。

圧倒的ともいえる火力密度。

それらは次々と90式の着弾し、一気に90式の戦車群は仲間の数を減らしていく。

そんな一方的な展開に、T14の戦車兵は燃え盛る90式を見ながら、自らの強さと余裕を感じていた。


『90式はブリキ缶だぜ』


「だが、十勝では第7師団の追加装甲を限界まで強化した10式が進出してるらしい」


無線で仲間と会話する戦車兵たちは、笑いながら自分たちの戦果を確認する。


『強化10式?どうせ大したものじゃないさ』


ハハハと笑うT14の戦車兵。

だが、次の瞬間だった。

小動物のように素早い何かが物陰から出てきたかと思うと、凄まじい跳躍力で戦車を飛び越え、その上面に無反動砲を叩きこんだ。

装甲の強化された無人砲塔を持つと言っても、戦車上面に無反動砲の着弾を受けたことで軽口を叩いていた戦車は爆発に包まれた。


「敵襲!!――うわっ!」


叫び声と共に起こる再度の爆発。

当たり所が悪かったのか、弾薬の誘爆炎が被弾した車体を包み込む。

装甲カプセル内の味方の生死は分からないが、それを確認する間もなく彼らは即座に敵に反応する。

だが次の瞬間、彼らは襲い掛かってきた敵を見て愕然とした。


「!?敵歩兵!」


戦車を狩っていったのは歩兵であった。

それも、あり得ない跳躍力と走力であっという間に物陰に消える。


「なんだこいつら!!

亜人のバケモノでもないのにこの機動?!」


『気を付けろ!札幌の義体化部隊だ!』


聞いた事はあった。

道内で義体プラントが稼働し始めて以降、常人を大きく凌ぐ身体能力を持つ全身義体化兵を集めた部隊が有ると。

T14に乗る戦車兵は、そんな噂を「また現実がSFに近づいたなぁ」程度に思っていたのだが、それが敵として現れたとなると、それはもう必死であった。


「機銃で片付けろ!!」


砲塔上の遠隔機銃が、障害物もろとも敵兵をスクラップにしようと銃弾の奔流を放つ。

しかし、敵の機動性は恐るべきもので、僚車や随伴のBMPから放たれる火線もひょいひょいと跳ねながら、全て潜り抜けて退避していく。

その動きは、まるで逃げる蚊を追っている様な、追う方からすればムキになって叩き潰したい衝動に駆られるものであった。

だが、戦場ではいつまでも一つの敵に掛かりっきりになる事は許されない。

次の瞬間、味方の一両が側面より別の砲撃を受け、爆発した。


「!?」


『敵増援!!』


味方の連絡と共に、データリンクされた社内のモニターに敵戦車の出現が表示される。

これに対し、即座に反撃しようと砲塔を動かすが、先に照準を付けていた僚車が、新たに表れた敵戦車に発砲した。

だが、その結果は、90式と戦っていた時のようにはならない。

ガンッ!と先程敵砲弾を弾いた時のように鈍い音を立てて弾かれたかと思うと、敵もお返しにて砲撃を継続してくる。


『硬い!噂の10式か!』


「レフレークスを使え!

先頭を屠ったら、一度敵歩兵を……」


"始末するぞ"と言いかけた時だった。

正に、その始末しようとした敵義体化兵が雪の中から現れ、味方と同じようにやられるかと思われた。


だが、次の瞬間、跳躍した敵兵は空中で爆発し、その破片が降ってくるものの彼らの車両は無傷だった。

何が起こったのか分からなかった。

敵の暴発かとも思われたが、その想像は、先に理由を発見した操縦手によって否定される。


「味方の支援です!」


喜びが滲む操縦手の声に、車長は車外の状況を確認する。

親指を立てる冬季迷彩の兵士と、その顔つき。

車長は一発で、彼らが何か理解した。


「美幌の連中か!」


見れば、一体がやられたことで敵義体化兵達は退却していくようだ。

機銃を浴びせかけるも回避されるが、彼我の距離はドンドン開く。


「敵歩兵後退していきます!」


「よし!敵を押し戻せ!

……しかし、高速移動する人間大の標的にカールグスタフを叩きこむとは、ヤポンスキーの歩兵は化け物だな」


高速機動する歩兵サイズの物体に叩きこまれた無反動砲弾。

それは生半可な練度では無理だ。

糞にも筋肉が通るほど修練を重ねた者にだけ可能な芸当だろう。


「新編の若僧部隊とはえらい差ですね」


確かに新編の部隊は北見で敵に散々にやられていたと言うが、それと連邦軍の精鋭を比べうるのは酷というものだ。


「そう言うな。

彼らの犠牲で北見は陥落せずに済んだんだ」


結果だけで語るのならば、命を懸けて北見で戦った彼らへの冒涜となる。

車長はこの戦場に展開する全ての歩兵に感謝しつつ、更なる戦いの地平へと向かおうとする。

だが、戦いの推移はそう順調にはならなかった。


『敵増援!』


後退した90式を支える様に視界に現れたのは、噂の10式戦車の群れであった。


「あれが噂の……敵正面は硬いぞ!

レフレークス斉射!

側面に回り込め」


自車を含めた味方から放たれる対戦車ミサイル。

だが、先ほどまでの90式とは違い、10式は着弾後も一向に更新速度を落とさない。

それどころか、こちらに向けて砲撃を仕掛けてきた。


「やはり装甲強化タイプか!

という事は第7師団…… 気を引き締めろ!コイツらは先ほどまでの奴らとは一味違うぞ!!」


だが、そう言う先から僚車が敵弾を喰らい、1両、また1両と撃破される。

見た感じだと、走行間射撃で9割以上の命中率……恐るべき練度だった。


『くそ!それにこいつら連携が良すぎる!』


此方の砲撃により、既に何両か撃破してはいるものの、既にキルレシオは此方の不利に傾きつつある。


『祖国3、団結4行動不能!

左翼が敵と分断されます』


『左翼を包囲される前に下げろ!!』


車長は無線に向かい絶叫する。

だが、その間にも搭載されたデータリンク画面には、仲間の命が消えゆく様子が表示される。

今やキルレシオは完全に逆転した。

敵の増援は味方の進撃を受け止めて見せたのだ。


『被害拡大します!

祖国2、5、団結1,2行動不能!』


正に混戦。

第七師団の到着により、戦いの形成が再び変化しようとしていた。

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