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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
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混乱の果てに2

旭川から高木が北見へと飛び、話は北見での戦闘が一段落した頃へと戻る……



北見



北見工科大に設置されている魔導研究所では、北見に留まっていた高木が状況の説明を聞きつつ作業の進捗を見守っていた。


敵軍の迫る北見。

その中でも、ここの施設の危険レベルは非常に高い。


ここにはサルカヴェロの地下から持ち出した遺物など、大陸で集めた最重要魔導資料が大量に保管されている。

そんな重要な施設も、現在は研究員を全員動員して梱包作業の真っ最中だ。

何せ現在の科学文明の理解を越える魔導というテクノロジーの宝物である。

これと機械文明を組み合わせることにより、札幌に対し優位に立てる可能性もあるのだ。

絶対に奪われてはならない。

そんな事もあり、ここでは誰一人として避難させる事無く、使える者は下宿で暇をしていた大学生まで動員して、大急ぎの疎開作業中である。

床には崩れた書類の束が舞い、それを踏もうがお構いなしに様々な大きさの箱を持った人々が走り回る。

ドイツ軍の迫るモスクワもかくやと言った状況だ。

そんな浮ついた状況の中、今か今かと作業を見守る高木の元へとある一報が届けられた。


「味方部隊の反撃により、敵軍後退中!」


メモを持った秘書官の一人が、大声で高木に報告する。

その言葉に一瞬人々の動きが止まるが、一拍の間をおいて再び動き出した。

未だ戦況はどう動くかは未知数だが、状況の悪化が止まった。

そんな連絡があっただけでも、彼等の心に余裕が生まれる。

先程まで青い顔をしながら疎開作業をしていた皆の顔色も若干好転したようだ。

その知らせは、精神安定上は非常に有益であった。


「ふぅ…… なんとか援軍も間に合ったわね」


高木は胸を大きく上下させて安堵の息を吐いた。

先程まで、北見市街まで敵の侵入を許していたという緊迫した状況から持ち直したのだ。

自分の中で張りつめられていた緊張が、すっと緩むのをひしひしと感じる。

だが、それでも事態が収束したわけでは無い。

未だに北見は砲弾が飛んでくる危険性が有り、安全であるとは言えない状態なのだ。


「大統領。

戦線が後退したとは言え、ここも危険です。

すぐに国後に移動しましょう」


案の定、高木の身を心配した秘書官が即時避難を呼びかけるが、高木は首を左右に振って動こうとしない。


「私の身に危険が有ろうと、これだけは敵に渡す訳にはいかないのよ。

……取り外しの準備はできた?」


そう言って、高木は目の前に鎮座する機械を見つめる。

そこに有るのは、巨大な試験装置に繋がれた握りこぶし大の魔導具である。

特定条件下で液化魔力と言う莫大なエネルギー体を生成するというソレは、サルカヴェロ地下より持ち出されて以降、最重要研究対象として扱われていたものだ。

何せ大陸の人族国家の魔術師達も知らない、失われた魔導テクノロジーの産物である。

重要さの桁が違った。

現在は、危険な液化魔力を抜き取り、試験機からの取り外し作業中である。


「最後のケーブルを抜けば、後は梱包作業のみです」


作業の指揮にあたる職員が高木に進捗を説明する。

高木は順調に作業が進んでいることを確認すると、避難を促した秘書官に向かってこの魔導具の重要性を説明した。


「これが有るのと無いのでは、優位性に差が出るわ。

何せエネルギー源として最大限に活用した場合、試算では転移前の日本の全火力発電を賄えるくらいだもの。

まぁ、そんな訳で多量の資材を使って半分実験プラント化してたので、取り外しには手間取ったけどね」


そう言って、高木はニヤリと笑みを浮かべながら、箱詰めされていく魔導具を眺める。

コレさえあれば、いくらでも再起はかけれる。

今回の混乱で多くを失ったが、コレだけは確保できたのだ。

自然と高木にも笑みがこぼれた。


そんな時だった。


「ここにいたか大統領」


声の方を見れば、そこには人の群れが此方に向かってくるところだった。

その先頭は、他の追随を許さぬ北海道一の頭脳。

転移後の魔導研究の最前線を走っている矢追純二博士が、助手をゾロゾロと引き連れて現れたのだ。


「生成装置となる魔導具は取り外したようが、コレはどうする?」


博士は、助手に持たせた耐衝撃ケースを開けさせ、中から青白く光る液体が入ったシリンダーを高木に見せた。


「既に生成した液化魔力。

エネルギーを全て解放すれば戦術核くらいの威力にはなるぞ」


博士は、シリンダーをケースからとると、まるで缶コーヒーでも持つかのように、くるくると手の上で回転させて見せる。


「戦術核……

そんなコーヒー缶1本に満たない量で……


というか、そんな危険なら軽々しく手に持たないでください!」


「これくらいの衝撃では反応はせんよ」


「そう言う問題ではなく、精神安定上悪いので止めてください!

ヒヤヒヤするんですよ!!



……で、仮に使うとして、方法は?直ぐに使えるような代物何ですか?

武器開発するような時間は無いですよ」


「なーに、別に特別な方法はいらん。

爆弾に括り付けてやればいい。

爆発の衝撃でエネルギーが解放される」


そう言って、博士は陽気にどーんとジェスチャーまでつけて説明する。

その表情には緊迫感のかけらも無く、むしろ楽しそうであった。


「……とりあえず、今は使う予定は無いわ。

でも、万が一に備えて準備だけはして頂戴」


博士の話が本当なら、戦術核にも匹敵する兵器だ。

使わないに越したことは無いが、使用を控えすぎて情勢が手遅れになったら元も子もない。

一応は、いつでも実戦に投入できるようにしておくべきだろう。

それを聞いて、博士はシリンダーを職員に渡し何々を持って来いだの指示し始める。

どうやらこの天才は、そういった使用法も想定していたようだ。


「こういう時は、"こんな事もあろうかと"と言うべきかな。

液化魔力のエネルギーを単純に爆弾として利用するための航空爆弾用アタッチメントは既に趣味で作っていたのだ」


そういって博士は。ドヤ顔でフフンと鼻を鳴らす。


「そうですか……

準備がいいですね」


「他にもいろいろ作ろうと案は練っていてな。

棒の先に付けて突く刺突爆雷タイプ、小型潜水艇で体当たりするタイプ、鉄条網等の爆破に便利な手持ち式爆薬筒タイプを考えて、その三つの開発名称を"爆弾三勇士"と――」


「それは必要ないです。

趣味だろうと開発中止してください」


何故、この馬鹿は趣味で特攻兵器なんて作ってるんだ?

天才とキチガイに区別は無いのかもしれない。

高木は博士の話を聞きながら、そういう至極真っ当な感想に至り頭を抱えた。


「まぁ、趣味で開発するんでも、もっと真っ当なものにしてください。

……それと、魔導具の取り外しも終わったようだし、私は魔導具を持って一足先に国後に行きますよ」


見れば、既に魔導具は装置から取り外され、梱包も終わったようだ。

高木は秘書官にそれを受け取らせると、足早にその場を去る事にした。


去り際に、博士にあまり変なものばかり開発してると大雪山系で木の数を数える仕事に異動させると脅していたが、博士は全く堪えた様子は無かった。

それどころか、博士はそんな高木の様子を見ながら何やら満足そうな表情を浮かべている有様だ。


「大統領もドンドン思いっきりが良くなったな」


高木が去った後、博士は手近な研究員に満足そうに言う。

自分の提案が有効ならば、仮にどんな兵器であろうと躊躇のない高木の姿に、博士は転移初期とは随分変わったものだと博士は思ったのだ。

転移の初期なら、例え生存が最優先でも大量破壊兵器など許可しなかった可能性もある。

いや、恐らくあの頃の高木なら、兵器の有効性を認めつつも”保留”と回答していただろう。

それが、積極的に使うとはいは無いが、実戦配備までは認めたのである。


「なんでも旭川で科学技術復興機構の武田理事に振られて、その上切った張ったの修羅場を越えてきたとか……」


「ほう。

なかなか面白そうな経験を積んで、鉄の女にまた一歩近づいたのか」


果ては和製サッチャーか……

博士は、心に男根が生えてそうな位に勇ましかった元英国首相と今の高木が重なって見えた。


「まぁ わしとしては自分の研究環境を整えやすくなるから、その方がいいんだがな。

取り敢えず、わしは魔導具を携えて大統領を追いかけて国後に渡る。

君らは液化魔力を軍に引き渡したのち、安全圏まで撤収したまえ」


「はい」


「あ、それと可能なら軍の連中に反応の映像記録を取るように言っておくように!

こんな実験は中々出来るものではないからな。

……だが、そうなると他のデータも欲しい……」


液化魔力のエネルギー解放反応。


これまでは小規模な実験くらいしかできなかった。

だが、前代未聞の規模で爆発させるとなると、貴重なデータが山ほど取れそうである。

そして、データを取るならば、何を記録しようか……博士の頭の中は、国後に撤収することなど消えてなくなり、どんな計測が出来るかの一色に染まった。


「博士?」


「うむ!やっぱり国後行きは止めだ!測定機材を用意しろ!

データを取りに行くぞ!!!」


博士はそう言って踵を返すと、意気揚々と既に梱包し終えた計測機材を開梱し始めた。

だが、そんな博士の思いつきについていける研究員は多くはない。


「えぇぇ!?

本気ですか?留辺の方じゃ今も戦闘が起きてるんですよ?」


博士の後ろから研究員たちの驚きの声が上がるのは当然だ。

だが、当の本人は、そんな事などお構いなしだ。


「だからと言って、この機会を逃すのは惜しい!

となれば選択の余地はないだろう」


「いや……

選択の余地なく避難優先ですよ」


そう言って一番近くにいた研究員は避難を促すが、当の本人は「測定だぁ!」と叫んで聞く耳を持たない。


「はぁ~……」


彼は一つ大きなため息を吐いた後、他の職員達に向かって叫んだ。


「みんな!このアホな博士を縛って!!

無理やりにでも縛ったら、後は国後に貨物で送る。

我々は液化魔力の軍への引き渡し後、現時点までの試験データを持って避難する!」


「何を!?うむむ……」


転移以降、博士のサポートとして一緒に過ごしていた職員は彼の扱いを心得ていた。

暴走したら話し合いは無意味。

ならば、実力でふん縛ってしまうより他にない。

彼等は手慣れた体捌きで後ろから博士を羽交い絞めにすると、オロオロと戸惑う他の職員に命令して博士を簀巻きにした。

これにより、博士は強制的に国後に避難となったが、その代わりとして強力な兵器が軍の手に渡る事となった。


液化魔力を用いた新型爆弾。

この世界の誰も知らない新兵器。

その威力は、未だ未知数だった。

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