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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
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混乱の果てに1

北見での戦闘の決着から、遡る事9時間前





旭川




「それは一体どういう事ですか!?」


科学技術振興機構の一室にて、高木が声を荒げて叫んでいた。

一室に居るのは、高木と機構の理事である武田の他に第二師団の師団長。

そして、部屋の隅に拓也がSPと共に控えているのだが、その室内の空気は非常に重い。


「我々は、この下らん争いには参加できない。

なぜならこの地には戦火に晒してはならない宝が有る。

機構が保存する現代文明の知識こそ我々の至高の宝だ。

どちらかに与して負けた結果、散逸するようなことは絶対に避けねばならないのだ。

知識を収集するものとして、アレキサンドリア図書館の末路と同じ道を歩む事は出来ないのだよ」


「武田理事の言う通りだ。

我等が第二師団は、指揮権すらあやふやになっている今回の事変には介入せず、ただ知識の守り人として中立の立場を取る」


二人の言葉に、高木の表情は歪む。

思い通りにいかない状況に、怒りが表情に現れているのだ。

何せ、高木は今回、第二師団に此方の陣営へ着くよう説得に来たのであるが、その説得に、第二師団と同じ旭川に居て、転移以来共に北海道の発展に向けて歩んできた武田を当てにし、円滑に交渉を進めようとした結果がこれである。

高木は、武田は無条件に此方側だと思っていただけに、その落胆は失望が怒りに変わるほど大きい。

第二師団に対して味方に付けと言う要請に、頑なに断る二人。

それは、敵味方の理屈ではなく、彼らの信念がそうさせていたのであった。

だが、それで「ハイ、そうですか」と高木も言えない。

彼女は恨みを込めた視線で武田を睨む。


「武田さん。

あなたは与党の一員ですよね?

自分が何を言っているか分かります?

野党に、近衛に、あの排他主義者達の浸透でも受けてるんですか?」


交渉の援護射撃を期待していたのに、それに真っ向からはむかう態度を取られ、高木は見るからに不機嫌になる。

武田は中立だと口では言うが、今まで味方だと思っていた武田の拒絶に、高木は敵に与したのかと疑ってしまうのだ。


「別にそんな事実は無い。

私は、ここで理事をやっている間に改めて気付いたのだ。

知識こそ何よりも重要だと。

よって、くだらん政争に我々は関わらん。

これはそこの師団長とも話して決めたことだ」


「ですが、野党は力を用いてこちらに迫っています。

その言葉、銃を前にして言えます?

あなた達のご協力が無ければ、結局は彼らの良いように使われてしまう…」


「それには及ばん。

全ての資料は電子化への移行が完了している。

事態がキナ臭くなってきた事を感じて、データのバックアップは別の所に避難させた。

ここが誰の手に渡っても誰も独占は出来んよ。

機構が占拠された途端、旭川のサーバーは物理的に破壊されるからな。

そうなれば本当に我々に手出しできる者はいなくなる」


「……それはあなたの独断で?」


「そうだ。

知識を電子化しておくとその移動は容易いな。

バックアップのサーバーの隠ぺいは外部の誰にも気付かれなかったよ。

それに、あのサーバーはデータを引っ張る際に意図的に物理的な人の手を介在させているからハッキングも不可能。

知識の中立性は維持される」


「それは師団長も同意で?」


高木の問いに師団長はコクンと頷く。


「武田理事の言う通り、知識は文明の生命線だ。

それに、国軍双撃など……悪い冗談にしか聞こえない。

軍は政治には不干渉であるべきだし、私たちは政治的混乱が収束した時点で正統政府の指示に従う。

それと、これは私事だが、私は道外出身でね。

転移によって故郷を失ったが、ここに残された知識や記録こそが故郷と繋がる最後の糸だと感じるよ。

これらは未来に向けて絶対に守っていかねばならない。

戦火に晒してはいけないものだ」


そう言って、師団長は押し黙って高木に真摯な目を向ける。


「……」


静寂の中の睨みあい。

沈黙が室内を支配する。

高木は二人の協力は絶対に必要だと考えてるし、二人も絶対に譲歩しないと覚悟している。

そんな睨みあいが室内の空気を重くさせた。


「あの、ちょっといいですか?」


そんな重ぐるしい空気の中、最初に静寂を破ったのは、部屋の隅で座っていた拓也だった。

彼は、おずおずと発言を求めて手を上げる。


「何だね君は?」


「石津君……」


師団長の誰何と厳しい目つきと共に、全員の注目が拓也に集まる。

その視線に拓也は一瞬ひるんでしまうが、拓也は気を取り直して武田達に質問した。


「お二方のお気持ちは分かりました。

政治不介入というのは実に崇高な理念だと思います。

ですが、仮に…… 仮に不介入の結果、野党が紛争に勝利し北海道全域が彼らの支配域になった場合、その影響を考えておりますか?

知識を守り抜くのも重要ですが、そこに住む人間も同じように重要だと思います。

特に道北は、特区のある礼文など亜人や大陸の人間が多い地域ですよね?

もし、野党が勝利した場合、排斥の機運が高まると思いますが、それについてはどうするおつもりです?」


第二師団が野党についた場合、ミリタリーバランスは道東に著しく不利な影響を与える。

紛争が野党の完勝で終わる可能性も無きにしも非ずだ。

だが、そうなった場合、既に北海道に在住している亜人や大陸人など、高木政権で融和政策の対象となっていた者達に対する風当たりは俄然強くなるものと誰もが予想できた。

何せ野党の基本政策は日本人至上主義。

公然と彼らの排斥を唱えているのだ。


「……彼らには申し訳ないが、北海道本島から出て行ってもらうことになるな。

と言っても、現在特区としている礼文あたりに隔離地域が設けられると予想している。

礼文にはそんな北海道の出島として、これからもその役割を担ってもらう事になるだろう。

恐らく、そこら辺が野党の理想と現実の折り合いがつく地点の筈だ」


「折角、今まで彼らと築いた物を犠牲にしてですか?

それに礼文の連中はいつか道内に移民できる者として教化を受けてるんですよ?

それが、急にその夢が断たれたらどうなると思います?」


機械文明で栄えた北海道本島に渡り、一山稼ぐ。

それが、現在礼文で教化を受けている者たちの夢だ。

それが、急に断たれれば…… まず間違いなく暴動が起きる。


「色々と悪い未来が頭によぎると思います。

そして、それを避けるために大統領を何としてでも政権の座に戻す必要があると私は思いますが……」


野党と高木。

どちらが最善の未来を築けるか。

拓也はそれを前面に出して二人に問いかける。


「その可能性も考えていないわけでは無い。

だが、それでも我々には譲ってはならない一線があるのだ」


そう言って決意を込めた声色で武田が言うと、部屋には沈黙が訪れた。

そこまで承知して彼らが腹を決めているなら、どうやって彼らを説得しよう?


高木と拓也が、対応に頭を悩ませるその時だった。



遠くで乾いた連続音が響き渡る。

そして、その後に起こる小規模な爆発音。

建物の外からは大勢の喧騒が聞こえる。



「一体、何?!」



高木達は、立ち上がって窓の外を見た。

そんな彼らの目に飛び込んできたのは、敷地内に倒れた警備員と、銃を持って敷地内に侵入してくる迷彩服の集団だった。

もう敵がここまで来たのか?!

その光景を見て、高木は札幌の部隊がもうここまで来たかと驚愕した。

敵がここまで来るにしても、ステパーシンの子飼いである内務省警察がもう少し粘ると思っていた。

だが、彼女のそんな予想は、部屋に飛び込んできた兵士の報告によって覆される。


「師団長!部隊の一部で野党側に寝返った者が出ました!

ここは我々が抑えますので脱出してください」


兵士は緊迫した表情で事態を報告する。


「駐屯地はどうなっている?」


「駐屯地は健在です。

恐らくは一部の部隊の反乱です」


第二師団の全部隊ではないにしろ、一部が寝返った事に師団長は驚きを隠せなかった。

野党の工作が反乱を起こすまでに浸透しているとは思っていなかったのだ。

恐らく、寝返るようにとの野党からの打診に対し、高木への態度と同じようにキッパリ拒絶を示したため、向こうもしびれを切らしたのだろう。

何せ、高木は現在旭川にいる。

第二師団さえ野党につけば、苦も無く彼女を拘束できるのだ。

第二師団全体の掌握という可能性を捨ててでも彼らは出来る手を打ってきたのだ。


だが、例え野党からどんな工作があろうと、師団長の信念は揺ぎ無い。


「……大統領。ここは我々が抑えますので、脱出ください」


事態が悪化しようとも、彼らは高木とは一緒には行かない。

師団長の口から出たのは、そんな拒絶の言葉だった。


「でも……

貴方達はどうするのです?

ここも安全ではない。

二人とも早く私の特別機に乗って。

話の続きはその後にしましょう」


二人の身を案じる高木の言葉。

取り敢えず、間近で銃撃戦が起きている現状は危険すぎる。

説得するにしても、まず安全圏に離脱しようと高木は提案した。


「いや、お断りします。

専用機に乗せられては、向こうも我々が大統領側についたと思うでしょう。

そして残された部下達は我々が彼らを見捨てたと思う筈……

よって、専用機には乗れません。

それに、いくら時間をかけようと我々に説得は無駄ですよ。

まぁ、大統領にお味方しないのと同様に、野党にも味方しないとだけ約束しましょう」


武田はそうキッパリと高木の提案を断ると、師団長と二人で高木を見つめて押し黙る。

交差する視線。

全員が表情をピクリとも動かさない無言の応酬。

銃声が建物の外で響く中、ただ視線だけが絡み合う。

そんな極度に張りつめた空気の中、最初に折れたのは高木であった。


「く……

行きます。脱出しましょう」


「あ!、はい」


そう言って高木は踵を返すと、SPや拓也を連れて部屋を出た。

周囲をSPに固められながら、高木は駐機しているオスプレイを目指す。

銃声を聞く限り、機体の傍まで敵は迫っていない。

だが、そんな状況も何時まで続くか分からないので、高木は早足に期待を目指した。


「まさか武田さんが裏切るとはね……」


その途中、高木は苦虫を噛み潰したようにポツリと呟く。


「でも、敵に寝返らないだけマシでしょう」


高木の不満に、拓也はそう言葉を返す。

確かに、彼らが敵に寝返っていたら、今頃は拘束されていた筈である。


「……それでも、頼みの第二師団は敵の浸透を受けているわ。

師団長はああ言ってたけど、最悪の場合……敵になる事も想定しなくちゃね。

武力解決にも暗雲が差し込めた来たとはホント笑えない冗談だわ」


「そうですね。 何か代わりとなる一手が他に欲しい所ですね………」


そう言ったきり、高木と拓也は押し黙って歩を進めた。

思ったように手駒が集まらず、状況はなかなか好転しない。

その上、弾丸が飛んでくる中の逃避行だ。彼女の心労は確実に蓄積し、疲労が彼女の全身から滲み出ていた。

そして、そんな彼女の様子を見ながら拓也は彼女を追って駐機している機体を目指す。

幸運にも、彼らが駐機しているオスプレイに到着するまでの間、敵との接触は無かった。

高木は警護するSPに押し込められるように機体に滑り込む。

早く離陸を。

高木はそう思って続々と乗り込んでくるSPや部下達を見るが、その人影に一人の男が足りない事に気付いた。

石津君が居ない。

それに気付いた高木が窓の外を見る。

すると、拓也は一人で機体の前に俯いていた。


「……」


「どうしたの早くヘリに……」


「大統領。

私は同行しません」


拓也はキッと顔を上げると、高木に向けて言い放った。


「?! あなたまで裏切るの……」


高木は驚きの顔を浮かべたのち、心底悲しそうに拓也を見た。

また一人、私を見限るのかと。

だが、そんな高木の言葉に拓也は首を横に振る。


「いえ、裏切るわけではありません。

私は別のアプローチで大統領の……道東の存続を働きかけてみようと思います」


「……そんな事が出来るの?」


全身から疲れのオーラを放つ高木の背中を見ていた拓也が思いついた一つのアイデア。

別のアプローチによる支援。

これまでの所、大して役に立てていない拓也が出した彼なりの答えだった。


「何もしないよりはマシかと……

これから陸路稚内へ向かいます。

あそこは大陸が近いですからね。

ご存知かと思いますが、大陸での影響力は軍より有りますので」


確かに、大陸での拓也の影響力は大きい。

純粋な軍事力だけでなく、アーンドラ動乱以降急速に出回っている銃を持った逃亡兵崩れの野盗や馬賊の跋扈する大陸に於いて、北海道が絡む貿易・物流の警備業務は拓也の会社が独占状態と言える。

高木は、拓也が何をしようと考えているのかは分からなかったが、キリッとした目つきで拓也を見つめ、そして言った。


「わかったわ…… 行きなさい」


言葉こそ短かったが、その声色は拓也を信頼した落ち着いたものだった。

今や少ない高木の子飼い。

それが何かをやろうとしているのだ。

疑心暗鬼になって飼い殺しにするより、何かをやらせてみた方が有益だと高木は判断した。


「では、一旦失礼します。

全てがうまく言ったら開拓地の特権でも認めてくださいね」


そう言って拓也は走り出した。

一度も振り替える事無く、ただ真っ直ぐに……



「……出発して!」


高木は走り去った拓也を見送ると、次に自分のやるべきことを思い出し、行動に移した。

行先は北見。

目的は今後の統治に必須とみられる魔導具の確保だ。

彼女は現状での優先順位を再確認し、東の空へと飛び去った。

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