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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
71/88

北見攻防戦3

状況が侵攻部隊の有利に傾いていたその頃

国道39号沿いに進軍していた第二師団の兵士たちは、受け入れがたい現状にぼやいていた。


「クソ!国軍である俺らが何で民間人の家々を破壊しなきゃならねぇんだ!」


先行していた部隊の一部がやられたこともあり、敵の潜む住居や建物には容赦なく砲撃を叩きこんで彼らは進む。

道路沿いには死んだ敵兵と瓦礫と化した建物、そして巻き込まれて死んだ民間人の死体がチラホラし、それが彼らを苛立たせた。

戦いに勝っているのは良い。

だが、守るべき市民の財産と命を奪っているのが自分たちの側だと言うのが、どうにもやるせないのだ。


「それもこれも国後のバカ外人とクソ大統領のせいだよ。

あいつらが、大人しくしてりゃ、こんな事にはならなかったんだ」


そう言って兵士の一人は毒づいた。

今の自分たちの状況は奴らによって作られた。

そんな憎しみが彼ら全員の共通認識になるのに時間は要らなかった。


「敵もクソ弱いくせに抵抗しやがって…… 10時方向敵歩兵!

ぶちかませ!!」


兵の一人が、叫ぶと共に敵兵の見えた地点に素早く射撃を加える。

そんな彼に対し敵はあっけないもので、碌に身を隠すことも出来ずに崩れ落ち、仲間は驚いて撤退していく。

そんな逃げる敵に対し、敵を倒した兵士はなおも射撃を加えるが、ふと我に返ると敵への弾幕に自分に続く射撃が無い事に気付いた。


「ん?どうした!お前らも撃てよ!!」


兵士は首を傾げて皆に聞く。

だが、他の仲間の意識は既に敵には向いていない。

彼らの意識は、北側の空にそびえ立つ、ある一点にだけ向いていた。


「いや、あれ見ろよ……」


仲間の兵士が呆然とした様子で北の方角を指さす。

そして、変異を教えられた兵士は、その指の刺す方角を見て言葉を失った。


「んだよ…… あのクソは……」


そこにあったのは巨大な竜巻であった。

市街の高台の上、ランドマークとしての機能を果たしているショッピングセンターの傍から立ち上っている。

それは、茶色で大量の土埃をまき散らしながら徐々に空を暗く染めていく。


「大陸の屑どもの魔術か……

気を付けろ、何が来るかわからんぞ!」


警戒しなければと、兵士の一人が叫ぶ。

そして、次の瞬間に現れた次なる怪異は、彼らも想像だにしない物だった。


「うわぁ!」


「何だ? うぉ!?」


現れたのは半透明な白い人影……

それは半分崩れた人間のような姿であったが、それが竜巻の方角から湧いて出る様に向かってきた。


「う、撃て撃て!」


「うわぁぁ! こいつら銃が効かねぇ!!」


「く、来るな!来るなぁ!!! ぐぁっ!」


先程まで優勢に戦闘を続けていた敵部隊も、突然の怪異の出現にピタリとその進撃を止める。

そしてその様子は、ショッピングセンター近辺の各所に設置されたカメラにより、映像としてエレナの元に届けられていた。


挿絵(By みてみん)


「成功です。

敵の攻勢が止まりました」


「流石に精神感応系の魔術は効くわね。

高い給料で大陸の人材雇った甲斐が有ったわ。

実際には実害の無いただの幻なのにね。

よし!次はラッツ達の出番よ」


そう言ってエレナはニヤリと笑い地図を見ながら、味方の布陣するエリアを見た。

そこは既に作戦通りに索敵力の高い兎人部隊が行動しており、高い建物の中や、見晴しの良い屋根の上に布陣していた。

ツーマンセルで行動している狙撃隊。

彼らはあるタイミングでもって発砲を繰り返す。

実体のない幻の亡霊が、敵兵に取り付く……そのタイミングで引き金を引いた。

傍目には亡霊が取り付いた瞬間に兵士が倒れているようにしか見えないだろう。

狙撃の銃声は竜巻の風の音と、亡霊に向かって乱射する敵の銃声で掻き消える上、極度に混乱している敵にはそれが狙撃だと気づけない。


「混乱した彼らには亡霊の攻撃なのか、タイミングを合わせて狙撃してるスナイパーの仕業なのか解らないでしょ。

特にウチのスナイパーは優秀だしね。

傍から見てても亡霊に襲われて倒れているようにしか見えないわ。

でも、やりすぎは禁物ね。

作戦を次のフェイズに移行!

ここからが本当の演技力が問われるわよ!

あんた達!分かってるわね!」


エレナの命令に、呪文を唱える魔術兵達が顔だけで頷く。

その瞬間、彼らの唱える呪文は微妙な変化した。

その変化は彼らの周りには影響を及ぼさないが、外ではある変化を起こしていた。


「クソ!死ね!死ね!」


幻に向かって発砲する敵兵。

先程から銃弾は亡霊を虚しく透過するだけであったが、恐怖から引き金を引く指を止めらねない。

なので、常に亡霊に対して射撃を加えていた為、変化は直ぐに感じ取れた。


「クソ!ク…… あれ?」


彼に向かって襲い掛からんとする亡霊。

だが、それに向かって発砲するや否や、亡霊は苦しむように霧散した。


「じゅ、銃弾が効く……」


何故かは分からないが、銃で撃った亡霊が消えた。

……亡霊に銃で対抗できる。

これが分かった瞬間、兵士たちの恐怖は消し飛んだ。

実際には撃たれた途端に魔術兵が亡霊が苦しんで消えるよう演技させているだけなのだが、兵士たちにとってそれは些細な事だった。

銃を撃てば敵が消える。

それが全てだ。

彼らは、向かい来る亡霊を駆逐し、戦列を再構成する。

後はもう簡単だった。

亡霊が湧いて出るなら、その発生源を抑える。

彼らの中の答えは一つだった。





「副社長!敵の進路が変わりました。

真っ直ぐこちらへ向かってきます」


「食いついたわね。

……それにしても、魔術兵連中は本当にいい働きをしてくれるわ。

鍛えなおした甲斐が有ったわね」


そう言って、エレナは自分の後ろで呪文を唱えている集団の方を振り返ってニッコリと笑う。

人族の魔術師でありながら、石津製作所に属する魔術兵。

ここまで魔術の大盤振る舞いをしたなら、しばらくは消耗して戦線離脱を余儀なくされるだろうが、それでも彼らは十二分に活躍を見せていた。


そんな彼らは、大陸で食い詰め北海道を目指したものの、素行の悪さや一部の魔術水準が規定に満たず連邦軍に拾われなかった連中だった。

だが、そんな彼らも訓練次第で戦力化したのがエレナやエドワルド達だった。

本土の連邦軍とは違い、大陸で活動範囲を広げる石津製作所は、荒くれ者の躾方も心得ていた。

魔術師特有の無駄に高い自尊心は厳しい訓練で徹底的に砕き、不足する知識や一般教養は投薬による催眠教育(これは以前、カノエが作った魔術薬と同じ成分を化学合成したものだが、メリダの秘密工場でのみ製造していた)によって無理やり詰め込み、熱心なイグニス教信者だった者は文明の利器や娯楽に触れるうちに世俗主義に完全に染まった。

その結果、実に愛社精神の強い企業戦士として彼らは生まれ変わった。


「彼らに新しい時代のゲリラ戦の手ほどきをしてやるわよ。

総員、迎撃準備!!」


エレナの号令と共に、ショッピングセンターを拠点とする部下と、無線で連絡を受けた部隊の双方に緊張が走る。

各々が所定の位置に移動し敵を待ち受けるのだ。

迫りくる敵は16式機動戦闘車2両に90式改が2両。

それに随伴歩兵をワラワラと連れているのだが、待ち受ける方からしてみれば戦車の有無で緊張感が違う。

圧倒的な火力と装甲をもってこちらに向かってくるのだが、そんなのを相手にするのに正攻法では埒が明かないだろう。

なので、エレナは魔術を駆使した搦め手を使うのだ。

徐々に徐々にと接近する敵集団。

そんな敵を虎視眈々と見つめるエレナ達。

そして、敵戦車がショッピングセンターへと向かう坂の中腹に来たところで、エレナの罠が口を開いた。


「ハマった!!」


何の前触れもなく、戦車が通っていた道路のアスファルトが割れ、戦車が自重で穴へと転落する。

前かがみに、ほぼ直立姿勢で穴に落ちた90式は、その時点で戦力価値を失った。

これがエレナの仕込んだ罠だった。

アスファルトの下に土魔術により空洞を作り出し、対戦車壕とする。

90式はその落とし穴ともいえる対戦車壕に引っかかったのだ。

そもそもにして、敵を誘引するために作り出した竜巻はこの罠の副産物みたいなものだ。

壕を作った際に出た土砂は、ショッピングセンタ―の上に発生させた竜巻によって吹き飛ばすことによって竜巻を目立たせる演出と土砂の処理を同時に行ったのだ。

ほぼ無傷で無力化される敵戦車。

しかも、穴に落ちる際、付近の随伴歩兵の一部を巻き込んで被害を拡大させている。

突然の出来事に巻き起こる悲鳴と混乱。

そして、それと同時にショッピングセンターや周囲に待機していた部隊から銃撃が加えられる。

予想外の落とし穴と、突然の一斉射撃に僅かな間ではあるが統制が乱れる敵部隊。

魔導T-72はソコを突いた。


「貰ったぁ!!」


戦車の運用について教育を受けたサーシャの部下が、車内で叫ぶ。

T-72は坂の上から躍り出ると共に、125mm砲が火を噴いた。

対する90式は、本来そんな旧式戦車の砲弾など装甲が弾き返すはずであった。

だが、その砲弾は普通ではない。

量産不可能な職人技でもって、一発一発、成形爆薬に魔力を注入した魔導HEAT砲弾。

生産性の都合で10発程度しかストックは無かったが、それはいかんなく威力を発揮した。

超高温に増幅されたメタルジェットは、耐熱セラミックすらも蒸発させ、本来貫通できない筈の日本製複合装甲を貫通し、戦車正面に穴を穿った。


「即時移動!!」


戦果の確認をするまでも無く、ドワーフ娘は叫ぶ。

それと同時に車体に響く強烈な衝撃。

贅沢にも合計2000時間を超える工数を使い、ドワーフの強化魔法で極限まで強化された装甲は、その真価を十二分に発揮していた。

90式のAPFSDS弾はT-72の正面装甲に傷はつけても、それを貫くことは終ぞなかった。

その圧倒的な火力と防御力は、この世に顕現した戦神ようであった。


「敵歩兵散開。

住宅地を盾にしつつ、どうやらこちらを包囲するようです」


「散開して戦車の支援範囲外に出てもらった方が嬉しいわ。

本陣の部隊をすべて出して。

敵戦車を拘束している間に随伴歩兵を狩っておしまい」


エレナの命令と共に、それまで遮蔽物に隠れて射撃を加えていた部隊が動く。

それは全員特殊技能を持つアコニー達の特別部隊とは違う、人族や各種亜人達をバランスよく配分した警備部の主力となる歩兵部隊。

数の多い人族が主に敵を拘束し、サポートして動く特殊技能を持った者達。

パワー系の亜人の鉄拳はパイルバンカー代わりとなり、火を操る狐人族等の亜人は火炎放射器代わりになるのだ。

そんな市街戦に長けた彼らは、兵数では劣っていても、こと市街戦となれば寡兵で見事に敵を抑えて見せた。

そして、活躍を続けるのは彼らだけではない。


「3両目!!!」


歩兵部隊が敵歩兵を抑えている頃、神戦車T72も住宅街を神出鬼没に走り回り、次々に獲物を狩っていた。

穴に落ちた90式も含めると、戦果は既に90式が2両に16式機動戦闘車が1両。

最早、形勢は決定的だった。



「残り1両……」


ショッピングセンター内の司令部でスクリーン上に表わされた作戦図を見ながらエレナは息をのむ。

あと一息で敵の攻勢を挫ける。

ここでの戦果と敵を誘引して稼いだ時間により、味方の増援が到着して反攻が始まるのもそろそろだろう。

大局を見れば、軍の主力が敵軍の攻勢を止めるた事になるが、戦局の流れを変え勝利をもたらしたのが原因が私企業の民兵だとしたら?

義憤に駆られて立ち上がった民衆が寡兵にも拘らず、敵を打ち倒す。

実に民衆受けしそうな話である。

一企業が敵の攻勢を止めたとなれば、今後の発言力にも影響するだろう。

そして、その指揮を執ったのが美しき女指揮官…… 英雄称号の授与もありえなくはない。

未だ戦闘は続いていたが、エレナはそんな事を考えだすと止まらなかった。

凱旋パレードは戦車に仁王立ちでもしてやろうかとの思いも頭によぎ、自然に口元がニヤケてくる。


「うふふふ……」


作戦図を見ながら歩兵に移動の指示を出しつつ、朗報を待つエレナ。

だが、そんな彼女に「敵戦車撃破」と味方が報告することは終ぞ無かった。













暗転。














突然の闇。

そして無音の世界。

何時間、いや何秒そうしていたのか解らない。

エレナは頬にコンクリートの冷たさと、口内にジャリジャリする砂礫を感じながら目を覚ました。


「なんなの……」


エレナは顔を上げて周りを見渡すが、彼女には何が起きたのか解らなかった。

電気配線がショートしているのか、薄暗い店内が時々スパークの火花で照らされる。

そして、周りには瓦礫と焦げ臭いにおい。

何より、先ほどまで元気だった彼女の部下達も、彼女と同じように床に倒れていた。


「誰か……

状況を……」


エレナが起き上がりながら声をひり出すが、倒れた魔術兵や先ほどまで近くにいた副官は、無反応か又は弱弱しく返事をするだけだ。

気絶しているのか死んでいるのか分からないが、彼らの戦闘続行は無理だろう。

エレナも外傷こそないものの、爆風でも食らったのか耳がキーンとして聴力が低下している。

だが、そんな朦朧状態も十数秒で回復した。

エレナが取り込んでいるドワーフの特性は、地下生活に適応できるよう高温や高圧に耐性が有るのだ。

なので、彼女が聴力を取り戻すのに長い時間は要らない。

だが、そうして聴力を取り戻してみると、エレナは手持ちの無線がけたたましく鳴っているのに気が付いた。


『副社長!副社長!』


無線の声は今まで音信不通だったアコニーだった。


「あんたやっぱり生きてたのね」


エレナは無線を手に取ると、倒れている部下の容態を確認しながら無線に応答する。


『あ!やっと繋がった!

生きてたじゃないよ!そっちは無事?』


「私は無事だけど負傷者多数……

状況は?…… 今どうなってるの?

それと、あんた今までどうしてたの?」


急な状況の変化にエレナは何が起きたのか理解が追い付かない。

えらい事になっているショッピングセンターの内部に生死不明だったアコニーの通信。

途中意識が途絶えた事もあり、現在の時刻すら把握できていない。


『砲撃だよ!

初弾がショッピングセンターに直撃したんだ。

周囲にもしばらく打ち込まれた。

お蔭で戦車は覆帯が切れて行動不能。

周囲に展開していた部隊も怪我人多数だ。

それと、あたしは戦闘中に無線機壊しちゃってさ。

今、やっと合流して、連絡のつかないあんたの代わりに指揮してた。

とりあえず、そっちに人を送るから後退しよう。

敵が迫っているし、気づいているかどうか知らないけど、ショッピングセンターの3階から上が大火災だよ」


「うぅ……

仕方ない。負傷者と搬出する人間を送って。

それと脱出路の確保をお願い」


『了解!』


アコニーの報告を聞き、エレナはがっくりと肩を落とした。

先程まで優勢だった状況が、一回の砲撃で引っくり返されたのだ。


「このタイミングで市街地に砲撃とか……

さっきまで何のために色々制限された戦争ごっこしてたと思ってるのよ。

まだ市民の避難だって完了して無いのは向こうも知ってる筈でしょ……」


エレナは奥歯をかみしめながら、近くに倒れていた副官を背負った。

先程まで、勝利が約束されていたと思っていた戦場。

それが、敵の砲兵支援により覆されてしまった。

やはり、砲兵は聖四文字より偉大な神なのかもしれない。

エレナは戦場の神の重要性を身をもって実感した。

今後は兵数より砲兵を重視しようか……エレナがそんな事を思っていると迅速にショッピングセンター内を駆けてきた部下達が彼女の元に到着する。

応援に来た部下に倒れている他の兵を頼み、エレナは彼らを連れて敵の位置からして反対側にある出口へと向かった。

割れた窓越しから室内に入る太陽の光。

それは救いの光のような眩しさに溢れていたが、そこに飛び出した途端、何かに気付いたアコニーの怒号が飛んだ。


『エレナ!待て!外に出るな!!』


「え!?」


だが、そうは言っても人ひとり担いで走っていた慣性は、急な制動は許さない。

エレナは勢いそのままに外に飛び出すが、その瞬間、エレナの背後の地面が爆ぜた。


「うわぁ!」


突然の銃撃に連続して砕ける道路や周辺のコンクリート。

エレナは迫りくる銃弾から逃げる為、走る勢いを殺さず、そのまま中央分離帯の茂みへと転がり込んだ。


「ふぅ……ふぅ……ふぅ…… 今度は何?」


全身雪まみれになりながら、深呼吸を繰り返し息を整えたエレナがアコニーに尋ねる。

積もった雪と、中央分離帯のコンクリートの為、向こうからの銃撃は届かないが、同時にこちらも相手を視認できない。

ひょっこり頭を出せば様子を見れない事は無いが、そんな余裕は今のエレナに無い。


『国道側から敵増援…… 装甲車両が来た。

それに夕陽丘通方面には未だに16式機動戦闘車が居座ってる……。

道路が真っ直ぐってのも考え物だね。

飛び出した途端、蜂の巣にされるよ』


無線越の声だけでも不味い状況だと伝わる声色でアコニーはエレナの質問に答える。


「じゃぁ魔術兵!塹壕で退路をぉ……って、砲撃の爆風で全員伸びてたわね……。

他に脱出経路は?下水とか?」


『下水っていっても、マンホールまでどうやって移動するんだよ。

というか敵装甲車両が接近してきてる。

柱の陰から出るなよ』


「出たくても、さっきの銃撃で足に怪我したわ。

かすった程度だけど…… 全力で走るのは無理そう」


エレナがそう言って視線を自分の足に落とせば、太腿の辺りが真っ赤に染まっている。

取り敢えずは止血帯で縛っておくが、止血は止めれても行動力の低下はどうしようもない。


「あんた。対戦車火器は?」


『私らの分は今までの戦闘で使い切ったよ。

補給しようと思っても、集積所の弾薬は瓦礫で埋まってた。

今は負傷兵や何やらから使える物をかき集めてる』


「でも、もう時間が足りないわね。

エンジン音が近くまで聞こえるわ」


『諦めるな!

装甲車くらい肉弾戦で――」


エレナはアコニーの返事を全て聞く前に無線を地面に置いた。

無線は持ち主から離れても何やらワーワーと騒いでいたが、エレナの耳には届かない。


「はぁ…… はぁ……」


苦しくなる呼吸。

失血による脱力感の為に、無線機を手に持っているのも辛かった。

そして何より、虚脱感と近づく敵のエンジン音は絶望として彼女の心を蝕んだ。


「拓也……」


はらり……

エレナの頬を伝わる涙。


「なんでこんな時に居ないのよ……」


こんなにも頑張ったのに、パートナーの姿は影も見えない。

これまで様々な苦労も二人で一緒に頑張ってきた。

だが、恐らくこれで最後という時になって彼が居ないという事実が悲しかった。


「……離れ離れで死にたくない」


エンジン音が近い。

恐らく数m。

雪に埋もれているせいで見つかってはいないのだろうが、それも時間の問題だ。

背負っていた意識を失っている部下と共に、撃ち殺されてしまうだろう。

また、万が一にでも民兵が捕虜になった場合はそれこそ悲惨だ。

歴史の授業で習った大祖国戦争では、ナチの支配地域で勇敢なパルチザンの女子供に残虐な行為が行われたと聞いた。

……そんな事は絶対に嫌だ。

エレナは部下と自分の体をまさぐり、あるものを探した。


「手榴弾の残りは2発か……

一発は敵へ…… もう一発は……」

ならば、最後にせめて一太刀浴びせよう。

エレナは最後の瞬間まで頑張ってたと、アコニーか誰かに拓也に伝えてもらおう。

一撃で倒せたらそれでよし。

駄目ならば自分の始末は自分でつける。

エレナは覚悟を決めた。


「うぅ……」


涙を拭い、持っていた手榴弾のピンを抜く。

これで撃破できるとは思えないが、何もしないままやられるよりは良い。

エレナはエンジン音の方へと手榴弾を投げ、部下を抱えて身を縮ませた。




――



―――



耳をつんざく爆発。


そしてそれと共に訪れる浮遊感。



そして道路脇の雪山に落ちたのか、ドサっという衝撃と共に体に感じる痛みと重力。


前進雪まみれになりつつも、彼女は一体何が起きたのか理解が追い付かなかった。

手榴弾の爆発程度でここまでなるとは思えない。

意識はあるが思考が追い付かず、エレナは雪に埋もれたまま呆然とするしかなかった。


「なんなの……」


しばらくして落ち着きを取り戻しつつあった思考でエレナは起きたこと思い出してみた。

どう考えても手榴弾の爆発とは思えないし、誘爆にしてはおかしい。

エレナは吹き飛ばされつつも路肩の雪山の中に落ちた為、一応は命が有るとは分かったが、それでも何が起きたか分からず意識は混乱したままだ。

痛みに耐えて首を回せば、先ほど接近していた敵車両はオレンジ色の炎を上げて燃え上がり、アコニーがこちらに向かって走ってくるのが見えた。


「エレナ!増援だ!」


エレナの元に辿り着いたアコニーが、笑いながらエレナの手を掴み引きずり起こす。

無理やりに立たされたエレナは、アコニーに肩を貸してもらいながら彼女が指差す方向を見る。


そうして彼女は全てを理解した。


北見の東側。

川の向こうの道路に移動する多数の黒い点。

時折、発砲炎が見えると同時に敵の展開地域に爆発が生じる。

……敵車両を葬ったのは自分の手榴弾ではなかった。


「川東に、戦車が沢山!!」


アコニーが無邪気に指をさして叫ぶ。

そんなアコニーを見て、エレナの絶望や決意は嘘だったかのように霧散した。


「……遅いわよ」


頼もしい我らがT14……

その雄姿を見てエレナは笑って瞼を閉じた。














次にエレナが目を覚ました時、そこは味気ない白で基調された部屋のベットの上だった。

恐らく、市内のどこかの病院かと思いながら顔を横に向けると、見知った顔がベット脇に座っていた。


「状況は?

私、また寝てた?」


エレナはそのままの姿勢でアコニーに尋ねる。

ショッピングセンターでは、意識を失っている間に状況が180度変わっていた。

同じことが無いと願いたいと彼女は思った。


「エレナ!目が覚めたか!」


エレナの目覚めに気付いたアコニーは、覆いかぶさるように彼女の顔を覗き込んできた。


「えぇ もう大丈夫……って戦況は?

それと、一緒にいた子は?」


「大丈夫って…… 血がちょっと出すぎて危なかったんだぞ。

あと、エレナが担いでた奴なら他の病室で寝てる。

特別に大きな怪我は無いが、後で顔でも見せてやれ」


アコニーが呆れたようにエレナに言う。

だが、適切な治療のお蔭か、はたまた味方の魔術兵が目を覚まして回復の魔術でも使ったのかは分からないが、受け答えする分には何の苦も感じない。


「まぁ それは運が良かったのね。

で?外は今どうなってるの?」


アコニーの心配してくれる気持ちは嬉しいが、エレナとしては戦況の方が心配だ。

彼女はアコニーに再度尋ねるが、それに対する返事は別の所からやってきた。


「それについては私が答えるわ」


エレナは声の方向に顔を向ける。

そこに有ったのは、サイドテーブルの上に立てかけられたタブレットと、その画面に映るカノエの姿であった。


「カノエ、もう活動できるの?

敵の電子戦が厳しかったんじゃ……」


「今もまだ敵のハッキングは続いているけど、今は小康状態よ。

いかに敵の演算能力が優秀でも、回線を物理的に制限されたら活動は低調になるわ。

と言っても、それはこちらにとっても同じなんだけど……


まぁ、そんな事はさておき、現状を説明するわね。

電子戦の沈静化に反比例するように、現実の戦闘は激化してるわ。

現在、主戦場は留辺蘂方面へ移動。

国後からの主力と交代する形で、戦力の低下した私達は後方に回される事になったわ。

現在は軍が独力で対応してる」


「……そう」


エレナは戦場が北見から留辺蘂に移動したと聞いてほぅっと息を吐いた。

戦線を押し戻しているのなら、こちらが優勢なのだろう。


「だけど、あまり楽観は出来ないわ。

我々と同じように敵にも増援が到着した。

第7師団…… 機甲師団ね」


相手は日本最強の機甲師団。

今回の紛争の雌雄は日露戦車の戦車戦で決着がつきそうだ。


「主戦場はスターリングラードからクルスクへ移るってわけね。

私達にはどうしようもないわ。

残りの戦車戦は軍に任せましょう」


少なくとも自分達の仕事は果たした。

エレナは天井を見上げながら肩の荷が下りたとばかりにそう言ったが、一度心に余裕が出来ると心の隅に追いやってた不満がふつふつと蘇ってきた。


「それより、拓也はどこに行ったの美人のお嫁様がこんな目に遭ってるのに、あの宿六は……」


エレナはギロリと鋭い目つきで二人に聞く。

その気迫に二人は一瞬たじろぐも、カノエは淡々と説明を始めた。


「それについては、エレナが寝ている間に本人よりメールが有りました。

旭川で交渉が失敗した後、稚内へ向かっていると」


「稚内に?

一体なぜ?」


なぜそんな所へ向かったのか。

エレナは拓也の行動


「さぁ?

途中まで社長と一緒にいた大統領の護衛の人たちが言うには、社長は軍とは別のアプローチで敵軍を止めると周囲に言っていたそうです」



「そう……

あの人には、あの人の思惑が有るってわけね。

私にこんな思いをさせた落とし前は、全てが終わった後まで待ってあげるわ」


そこまでの何かしらの考えがあるなら、彼の好きなようにやらせても大丈夫だろう。

エレナは窓の外を見て、この空の下のどこかで走り回っているだろう夫の事を思いながら

安らかな表情で再び寝息を立てるのであった。


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