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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
69/88

北見攻防戦1

エレナが必死の逃避行を繰り広げている頃


ある男は雪の中に滔々と光が漏れる倉庫の中で、あるモノを弄っていた。

鼻歌混じりにスパナを振り回すのは、製造部を統括するサーシャ。

彼はオイルまみれになりながらも、実に楽しそうに半ば無理やり連れてきた部下(その人選の基準も幼く見えるドワーフ系の娘のみという100%趣味だった)と共に趣味にかかりっきりだった。

仕事ではないので音楽を掛け、ウォッカをチビチビとやりつつ作業をしているが、そんな緩い空気が気に入ったのか、最初はイヤイヤだった彼の部下も今ではすっかり馴染んでいる。

倉庫の中に自分のお気に入りの小物を置き、サーシャと同じように趣味の空間を作っていた。

彼らにとって、そこは大学のサークル部屋のような緩い空気の幸せな空間であった。



「部長。電話ですよー」


そんな時だった。

倉庫奥の事務室から若く小柄な女性の部下が、サーシャに電話だと伝えに来た。

サーシャはオイルに塗れた手を拭きながら、ゆっくりと彼女の方へと歩いていく。

こんな趣味で借りてる倉庫の存在を知っているのは、拓也と一部の部下位だ。

なら、多少待たせても良いと彼は考え、ゆっくり身支度を整えながら自分の携帯電話を受け取った。


「アリョー?」


拓也かな?と電話の向こうの相手を想像し、サーシャはフランクに電話に出る。

確かそろそろ牢獄から出てくる筈だし、札幌土産は虎かまんだらけで頼むと以前獄中へ手紙を書いたのを思い出した。

そんな陽気なサーシャの予想であったが、その耳に飛び込んできたのは彼の予想とは異なっている声だった。


「あ、やっと出たわね。

あんた今どこにいるの?」


電話の向こうから聞こえてきたのはエレナの声だった。

彼女はサーシャが何処にいるのか尋ねるが、その質問にサーシャは少々口籠った。

ココは男の趣味全開で拓也と共に拵えた漢の園……男の趣味全開のシークレットガーデン。

せっかく作った秘密の隠れ家を簡単に教えることは出来ない。


「……え?北見で休暇中だけど」


サーシャは一瞬口籠った後、自らの所在について大雑把に答えた。

ここは北見。

10万を超える大人口を抱えたオホーツク圏の最大都市である。

元地元民である拓也の伝手で、使用されていなかった農家の倉庫を趣味のガレージとして借りたのだ。

ココでは趣味のエロフィギュアも存分に飾れるし、新たに得た機械いじりの趣味にも没頭できる。

そんな漢の園の賃料は、拓也と割り勘でポケットマネーから出ているが、各種機材や消耗品は会社の備品を持ってきたのでエレナ達には秘密なのだ。

その為、サーシャはエレナがまだこの場所については知らないと思っていたのだが、次の瞬間、エレナの口から発せられた言葉にサーシャは動揺を隠せなかった。


「そう。なら丁度良かったわ。

あんた達のオモチャ使わせてもらうわよ」


「はぁ?

な、何だよイキナリ……」


オモチャ?

確かに目の前には趣味のオモチャは転がっているが、エレナはコレの事を知っているのか?

サーシャの声色は電話越しでも判るくらいに動揺していた。


「あんた達、会社の機材と金で採算度外視のオモチャをコソコソと作ってるでしょ?

知ってんのよ」


エレナはサーシャの心の中を見透かしたように言い放ち、その言葉でサーシャは悟った。

これは全部ばれていると……

なので、彼は全力で責任の所在をぼかしにかかる。


「そ、そんな事言われても、コレで遊んでるのは拓也もだし。

俺の一存ではなぁ……。

てか、なんでアレの存在知ってんだ?」


「数の合わない社有品。

休日になると楽しげに消えるあんたら一味。

あんたの部下の一人を警備部の尋問室に連れて行けば簡単よ。

何もしなくても全てを喋ってくれたわ。

ただ目の前で、マネキンを棘の付いてた棒で殴ってただけなのにね……ほんと不思議。

まぁ、そんな訳で隠し事はお見通しよ。

今までは何かに使えるかもって思って泳がしてたけどね。

そんな訳で、オモチャを接収したいんだけど……拓也はトラブルで連絡が取れないわ。

なので、あんたに電話を掛けたわけよ。

……というか、丁度良いタイミングでそこに居たとは言え、この大事な時に休暇なんて使って何考えてるのよ!」


「いいじゃん。

有給消化は労働者の権利であり義務だ。

俺は自由に生きるんだよ。


……んで。

冗談はさておき、オモチャはどの程度の準備させる?」


バレてしまっては仕方がない。

ならば全力でやってしまおう。

サーシャは楽しそうな声色でエレナに問う。


「弾と燃料満タン。

あと、あんたの実験兵器も付けたきゃ付けていいわよ。

相手は90式改か10式。

燃えて来るでしょ?」


エレナはフフンと笑いながらサーシャに聞く。

相手は改造3世代MBTと4世代MBT……

少々旧式化しつつある装備であるが、海外派兵用に改造を施した両戦車の実力は侮れない。

サーシャは自分のオモチャの対戦相手を聞き、ニヤリと微笑んで見せた。


「そいつは…… 面白いな。

正直言って、隠し持ってる魔導兵器を使って欲しくてウズウズしてたんだ。

俺って頭良いし。

天才の芸術品をぜひ使ってみてくれ」


「わかったわ。

先程、本社在留の部隊を呼び寄せたから、直ぐにでも彼らに引き渡せるように準備しといて。

チャーターした民間機で女満別に来るから。

即応性は低いけど、それでも距離が近い分だけ時間は無いわよ。

あと、これから北見も戦場になるかも知れないし、義母さん達には避難するよう言っといてね」


「了解…… と言いたいところだが、民間機で来るって事は重火器はあまり持ってこれないよな。

なら、製造部に置いてある試作の弾薬類も持ってくるよう言っておくよ。

数はあまり無いが、無いよりはマシだ」


「頼んだわ」


そう言ってエレナとの電話は切れた。

サーシャは連れてきた部下全員に集合を掛けると机に置いてあったウォッカをグイッと煽る。


「っていうか……ココが戦場になるのかよ。

一体、奴らは札幌で何してたんだ」


サーシャはそう呟くと、必要な装備を頭の中で確認をはじめた。

彼らにとっても長い一日の始まりだった。















挿絵(By みてみん)


世の中がどんなに掻き乱されようとも、日は同じようにまた昇る。

それはまるで何事も無い日常が再現されれるかのようであるが、所々に昇る黒煙がそれを明確に否定し、時折聞こえる砲撃音と銃声がそれを補足する。

まさか日本に来てこんな光景を見る日が来るとは思わなかった。

朝日に照らされる市街を見ながら、エレナはそのような事を考えていた。


「副社長。

敵の攻勢に対応するため、ここの守備部隊が移動するそうです。

物資集積所の警備は、我々に委託されました」


背後より報告に現れた部下の声が聞こえ、エレナは振り返らずにその声に応えた。


「そう……

思ったより敵に勢いが有るわね」


「というより味方が想定より弱いんですよ。

旧自衛隊や旧ロシア軍部隊なら良かったんですが、連邦軍になってから新設された部隊は練度不足もいいとこです」


そう言って自分の分析を語るのは、北見にきた部隊の中から副官として抜擢されたエレナのお気に入りの種族。

兎の獣人特有の俊足と様々な音を聞き分ける聴力。

そして何よりモフモフとした癒しの毛皮。

そんな彼はそんな素晴らしきの能力を変われて臨時で副官に任命されていたのだ。


「戦力で劣っているのと、国後のロシア人部隊の揚陸が遅れているんだから仕方がないわ。

だからこそ、私たちがここで頑張らなきゃならないんじゃない」


エレナはそう言って東の空を見た。

北見の味方勢力圏に到着した後、国後からチャーター機で女満別にやってきた部隊と入れ替わりで、子供達や生き残った政府職員を国後に送った。

海の向こうの国後ならば、直接の戦火から子供達を守れるだろう。

だが、それも絶対ではない。

劣勢になり、国後が空爆される可能性も否定できないし、なにより紛争に敗北すれば子供達の将来にも大きく影響する。

だからこそ、エレナは軍からの依頼を受け北見防衛の任についたのだ。

だが、エレナ達はあくまで民間……民兵的な補助の役目としての戦闘であり、正面から殴り合おうとも思っていない。

しかし、戦場は刻一刻と変化する。

つい先程、この臨時物資集積所の守備兵まで前線送りになったのは、その一例だ。

ショッピングモールを接収して設置した物資集積所で守備兵として任ついていた彼ら。

本来は暴動対策で展開していた彼らを軍は投入するつもりは無かった。

何せ職にあぶれた元観光客の子供や永住権を得るために志願した移民の子が主体の部隊だ。

中国系、タイ系、オーストラリア系、それに大陸移民系…… 民族人種は様々だが、最低年齢はクリアしているとはいえ、全体的に若い。

酒も飲めない者も多いだろう。

先程も軍からの連絡としてエレナの所に来た兵など、美人に見つめられて初々しく赤面していた程だ。

だが、そんなかれらも前線送りとは、色々と情勢は厳しいようだ。


「あんまり若い子に死んで欲しくはないわね」


「それは祈るしかないかと……

幸か不幸か市民の非難が完了していない為、敵の砲兵は消極的ですし、敵航空兵力も夜明け以降は見ません。

単純な陸上兵力の市街戦で優勢になれれば彼らの多くも生きて帰れる……」


「そうね。

訓子府でMLRSの雨に耐えてる美幌の連中に比べれば生還の可能性は高いのかしらね」


エレナはそう呟いて黒煙の上がる市街をビルの屋上駐車場から見下ろす。

路上では、先程まで守備兵として一緒にいた若い兵隊達が次々にトラックに乗っていく。

途中、銃を持ち行進する彼らに、ひょっこり現れたサーシャが餞別に何やら手渡していたがエレナはそれを見てみぬふりをして見送った。

例えそれが、開発段階の魔導を用いた特殊無反動砲や悪い冗談としか思えない魔導刺突爆雷(棒の先に爆薬の付いた旧日本軍のアレのようなもの)だったとしても、エレナもサーシャと同じ気持であったからだ。

高校生に毛が生えた程度の若者をむざむざ死なさせるのは惜しい。そう思ったのだ。

人道上の理由から兵器の使用が制限されている市街戦と、砲兵やスメルチ、MLRS等の多連装ロケットが戦場の神として神威を振るっている訓子府。

そのどちらに布陣するのがマシかと言われれば、まだ前者の方がマシなのでは無いかとエレナは思った。

これで航空優勢も取られていれば地獄もいいところだが、これは今の所は両陣営ともに低調だ。


「出来れば味方をもっと支援してほしいんだけど……

敵の中SAMや高射機関砲が進出してきたのかしら。

夜明け前は航空機が支援爆撃してくれたり、ヘリが飛び回ってたけど、夜明けと共にどっちも見なくなったわね」


夜空に浮かぶエンジンの炎やフレアの明かり。

それらは味方の阻止爆撃か敵の攻撃かはエレナには区別はつかなかったが、夜明け前には確かに空を舞っていた。

だが、それも今は全く見当たらない。


「多分、双方の対空兵器が進出してきてるんだろ。

トールかツングースカかは知らんが、味方の対空火器が充実してきたんなら、揚陸は進んできたようだな」


空を見上げるエレナの後ろから、何時の間に戻ってきたのかサーシャが腕を組みながら近寄ってきた。

だが、サーシャのある言葉にエレナは眉を潜ませた。


「揚陸ね……

一体それはいつ終わるのよ。

今回の紛争も国後の戦車隊が敵を抑えるんじゃなかったの?

戦車が有れば、こんな北見市街まで押されることも無かったのに……

歩兵部隊だけ送られても、装甲車両の相手は市街地盾にしなけりゃ無理じゃないの」


「そんなの俺に聞かれても知らんよ。

聞きかじった話では、東へ向かう避難民のせいで北見~網走間は大渋滞だそうだ。

市は自家用車での移動は控えるように言ってるが、もう後の祭りだな。

それと噂では、国後の戦車部隊は揚陸作業が遅れている理由は破壊工作とか」


「破壊工作?

道東で?」


「噂じゃイグニス教の信者がうろついてたそうだが、噂に過ぎん。

真実は不明だ。

そこら辺の情報の整理ならカノエの方が上手なんじゃないのか?」


「彼女も万能じゃないのよ。

悪化する情勢を傍観できても制御は出来ないの。

それに朝方から敵の電子戦が勢いづいてきて、彼女自体も忙殺されて呼び出せないわ」


「そうか。

そりゃ困ったな。

まぁ、一つ確かな事が有るとすれば、そのせいで道東を抑える防衛線に穴が開いてる。

俺のスペシャル戦車を持ってしても1両じゃどうにもならんよ」


「だから市街戦に持ち込んだんじゃない。

軍の戦車隊が来るまでの我慢よ。

……でも戦力差は何ともし難いわね」


「だな。

敵は既に市街地の東部まできてるんだろ。

今のままの軍の戦力だと、昼までに北見が落ちるんじゃないか?」


「……じゃぁ私たちも退路を断たれる前に釧路か国後にでも移動する?」


「いや、それは無駄だな。

北見が落ちれば旧政権の命運は尽きるんじゃね?

札幌と道東がガチンコしたとしても、人口から生産力の全てにおいて負けてるだろ。

唯一こっちにあって向こうに無いのは、新設の魔導研究施設だけ。

伝え聞く話では魔導素材でMHD発電やら色々な技術の実用化が近いと言うし、それを手中にできれば道東だけでも札幌に何とか対抗は出来る可能性はある。

だが逆に言えば、その唯一の長所を確保できなきゃ東ドイツと同じ運命だな。

時間経過が戦力差を広げて、併合ENDだ」


「あんた……

いつも遊んでるくせにヤケに詳しいわね」


「俺は自分の好きな事はトコトン拘るタチでね。

それに道内に持ち込んだ魔導研究資材はウチの会社経由で政府にわたってるから詳しくもなるさ」


「それよりどうする?

ここもそろそろ危ないぞ。

みろ、敵の砲撃だ。自走砲でも出張ってきてるんじゃないか?

敵に押し負けてるぞ」


サーシャの言う通り、北見の西方、人口の希薄なエリアでは容赦なく敵の砲撃が行われているようだ。

エレナ達の陣取る場所は市街地の真っただ中。

市街地への砲撃を双方が控えている中では本格的な砲撃を受けることは無さそうであるが、それでもピンポイントで狙われる危険は無きにしもあらずだ。

GPS誘導の弾道は使えないとは言え、恐るべき技量の砲兵もいるかもしれない。


「そうね。

一旦、中の指揮所に戻りましょ。

ここは構造が頑丈だから多少の砲撃にも耐えるでしょ」


しっかりした作りの多層階鉄筋コンクリート建造物。

爆圧の影響は未知数だが、上層階がコンクリートの盾となるなら少々の砲撃で崩壊することは無さそうだ。

エレナはショッピングセンターのコンコン蹴って満足そうに笑うと、店内への入口へ踵を返す。


そんな時だった。


「副社長!

軍から連絡です!」


店内から一人の部下が、エレナの方へ叫びながら走ってきた。

エレナは歩みを止めずに彼の話を聞く。


「今度は一体何?」


「は、はい。

遅れていた揚陸作業が完了し、現在戦車部隊が此方に向かっているそうです」


「そう!

それは朗報だわ」


それを聞いて、エレナの表情がぱぁっと笑顔になる。

国後からのロシア戦車部隊。

それが戦局を好転させるのは明らかだった。

北見で敵と対峙する全ての部隊が待ちに待った知らせであった。


「で、ですがもう一つ連絡というか命令がありまして……」


「もうひとつ? 一体どうしたの?」


「大統領が軍を鼓舞する為に道東に留まってると……

我々は援軍の到着まで持久せよとの事です。

それに伴い、増加する敵圧力から確実に大統領を守る為、配置転換の命令が来ました」


「……あのビッチ」


エレナは大きな音で舌打ちをすると、先ほどの笑顔から表情を一変させる。


「一体何を考えてるの?!お偉いさんなら安全な国後まで早く逃げなさいよ。

軍を鼓舞?そんな事してる暇が有ったら、さっさと国後から部隊を送りなさいよ!」


眼光で人を殺せそうな表情で、エレナは不満を爆発させた。

トップなら余計なことはせず、現場が必要なモノだけ送れ。

若い兵隊なら魔法で超絶若作りの大統領に鼓舞されて嬉しいかもしれないが、女同士なら嬉しくとも何ともない。

出来ることなら腹パンの一発でもお見舞いしたいくらいだ。

そう思えば思うほどエレナの脳裏に沸々と不満が湧き上がる。

そうして色んな不満が出てくると、その矛先は色々なものにも飛び火した。


「それにあの女と一緒だった拓也は何してるの?

滅茶苦茶心配させておいて、まさかあの女と一緒に北見のどこかに居るんじゃないでしょうね」


ここまで自分に苦労をさせておいて、旦那はどこで何をやっているのか。

まさか大統領と一緒にチンタラしているんじゃないかとエレナは邪推してしまう。


「そこまで詳しい事は……

それと本件にたいしてステパーシン内相から私信も入ってます」


「……あのおっさんは何て?」


「北見を今紛争のスターリングラードと思うべし……と」


それを聞いてエレナの時間は止まった。

雰囲気的には彼女の周辺の空気の一分子に至るまで停止したようにも見えるが、実際に止まっているわけでは無いので硬直したというべきか……


「ふ、ふふふ……」


「エレナ?」


固まったかと思いきや、突如として笑い出したエレナに、サーシャが心配になって声をかける。

そして、その瞬間、エレナはヤケクソ気味の笑顔でサーシャに言った。


「サーシャ!

ここをスターリングラードと思えだって。

回りくどいふざけた表現使ってくれるわ。

重要なのは分かるけど、つまるところ、これって死守命令じゃないのよ!!!!

あの糞ジジイは髭の書記長にでもなったつもり?」


「ま、まぁ ここが陥落すれば俺らの命も時間の問題だし。

戦死か戦後に犯罪者として処刑か好きな方を選べって事だな」


「…………」


「まぁ、その…… 元気出せ?」


急に叫びだしたと思ったら、今度は黙ってうつむくエレナ。

そんな彼女に対して、サーシャはおっかなびっくりエレナの肩を叩いて励ます事しかできない。

何にせよ戦闘となれば戦うのはエレナ達の部署であり、自分は見ているだけなのだから。

だが、そんなサーシャの励ましが功を奏したのか、エレナも彼女なりに吹っ切れた。


「いいわよ!

わかったわ!やってやるわ!

でも、北見をスターリングラードの様な廃墟にはさせない。

守り切ってやる!!」


そう言い気って眼下の街並みをエレナはキッと睨む。

ここが勝負の分かれ目なら、やるしかない。

北見で敵を抑えることが高木の政権を救い、最終的には自分たちの家族の為になるのなら、やることは一つだ。

全部まとめて守ってやる。

エレナは、そう決意した。


「じゃぁ 前線は警備部にまかせる。

俺たち製造部の人員は引っ込んで戦車運用のサポートだけに徹するよ」


燃えるエレナとそれを助けるサーシャ。

北見で新たな装備を手に入れた石津製作所。

その本格的な戦いが始まろうとしていた。









挿絵(By みてみん)


国道39号線


北見を東西に突き抜けるこの道路の上を、鋼鉄の戦闘機械達が西へ向かっていた。

薄い防衛陣地を突破し、郊外の人口の疎らなエリアから、車列は市街地の中へと突き進む。

彼らにとってみれば順調過ぎるくらいの進軍であった。


「露助も大したことないな」


対峙する敵があっさり撤退か制圧出来てしまうので、自然と兵たちの口からそんな軽口が出てくるのも無理は無い。

先頭集団を行く一台の16式機動戦闘車の中も、多分に漏れず、自然とそんな軽口が溢れていた。


「あぁ、このままなら道東の完全制圧も時間の問題だな。

しかし敵が同じ日本人じゃなくてよかった。

道東の部隊が離反したとは言え、同じ日本人同士で銃口を向けあうのはな……」


敵とは言え、同じ日本人。

それも先日まで仲間だった連中と殺しあうのは心情的に誰しもが嫌ではあった。

しかして命令は命令。

日本人同士が銃を向け合い内戦を起こしたなんて西南戦争以来ではあったが、やらねばならぬと言うのなら是非もない。

行動と感情はいつも同一とは限らないのだ。

だが、そんな思いを抱いていた彼らであったが、幸いにして自分たちが進軍する方面で対峙する敵は、国後で新編された外人か亜人達(これは捕虜や電子戦で収集した情報により判明した)であり、今の所の嫌悪感は少ないと言えた。


「……だけど、俺たちは幸運だよ。

帯広へ向かった部隊は、敵は確実に日本人だろ。

やっぱ、国軍双撃は嫌だよな」


「あぁ、だが訓子府じゃ説得合戦になって睨み合いになったんだろ?

そんな感じで睨みあってるうちに騒動も終わってくれねぇかな」


現場部隊が睨みあっている間に、上が政治決着をつけ混乱を収拾する。

実際に命のやり取りをする現場にとってみれば、そうなる事が望ましい。

現に、望まぬ国軍双撃の愚に、訓子府で接敵した第二師団と第五旅団も最初は中々戦端が開かれることは無かった。

道東に向け進んでくる第二師団に対し、進撃路をふさぐ形で布陣する美幌の部隊。

彼らは一発の銃弾も放つことなく、道路上で対峙することとなった。

お互いがバリケード越しに説得を試みるが、双方ともに純粋に命令に従っているだけで説得は全く功を成さない。

命令に従いつつも無駄な血は一切流さない奇妙な戦争。

恐らく、その場にいた彼らもこのまま騒乱が終わればいいと思っていたはずだ。

どこからともなく飛来した一発の銃弾が、そんな奇妙な状況を引っ繰り返してしまうまでは……


「でも今じゃ、その訓子府も結局は説得合戦から激戦地の地獄に変わっちまったがな」


一発の銃声が均衡を崩し、訓子府は今は酷い有様だ。

今では銃弾どころかMLRSのロケット弾まで飛び交っているらしい。

昨日までの友は今日の敵となり、訓子府は地獄となった。

そんな現実が兵たちの軽口にも暗い影を落とし、自然と沈黙が生まれる。

そんな車内で聞こえるのは、16式機動戦闘車のエンジン音と断続的に聞こえる銃声だけだった。


そうして、沈黙のまま何分か走った頃だった。

キューポラから周囲を見ながら車長が皆に告げる。


「お前ら、ここからは気を付けろ、この先は市街地だ。

どこに敵がいるかわからんし、市民との区別もつきにくい。

先行隊は既にこの先で戦闘に入っているが、敵がどこから浸透してくるかわからんぞ」


既に周囲は郊外を抜け市街地に入っている。

オホーツク圏最大都市北見。

人口は10万を超え、周囲の小都市とは明らかに違う風格がある。

だが、それは住居などの障害物で見通しが効かないことを意味する。

畑ばかりだった郊外とは違い、どこに敵が潜んでいてもおかしくないのだ。


「了か……?!」


砲手が了解と言おうとした矢先だった。

先を走っていた一台の16式機動戦闘車が被弾し、爆炎に包まれる。

それでも、煙の中で辛うじて動いていた車両ではあったが、間髪おかず二発三発目と続けて被弾するともう駄目だった。

炎を上げる車両から、生き残りの兵たちがバラバラと脱出する。

早々に1両やられた訳ではあったが、それでもやられっ放しの彼らではない。

即座に反応し、ロケットと思しき発射煙の残る場所に向かって反撃する。


「お待ちかねの敵襲だ。

敵はどこだ!?」


「10時方向!

家屋の奥からだ!」


「撃て潰せ!」


迅速な動きで16式機動戦闘車の105mm砲は砲声を上げた。

発射場所と思しき民家は木端微塵に吹き飛び、住居の木片が辺りに降り注ぐ。

そして、後続の車両も他の発射点に向けて射撃を加えるが、敵の攻撃も終わりでは無かった。

車両から展開し始めたこちらの随伴歩兵を牽制するように四方から銃撃を加えられ、一拍遅れて対戦車ロケットが飛んでくる。


「畜生!!糞ったれ!!」


周囲の障害物をいくら吹き飛ばしても消えない敵兵の攻撃に、思わず車長は叫ぶ。


『3時方向!敵歩兵!!』


味方の車両も無線で敵兵の位置は伝えてくるが、敵兵の動きが余りにもおかしい。

歩兵でありながら、あまりにも早すぎる。


「あの、機動力……

噂で聞いた国後の獣人部隊か…… いや、あれは国軍の軍装じゃない……民兵?」


人間ではありえない機動力とチラリと見えた敵兵の風体。

車長は国後で編成が始められた亜人の部隊かとも思ったが、その軍装に違和感を覚えた。

……正規軍以外も戦っている。

車長の脳裏にそんな疑念がよぎる。

だが、そうは言っても、敵に襲われている最中である。

動く者は撃つ。それだけだ。

だから、この時も民家の陰からひょっこり現れたノロマな間抜けを見つけた時は、砲手に指示してこれを倒した。

機銃の掃射で倒れる人影。

敵を一人始末した。

彼は馬鹿な敵兵だと思って敵を打ち倒したが、動かなくなった死体をまじまじと見て言葉を失った。


「いやまて、この辺は市民の避難は済んでないのか?

1時方向に非戦闘員!間違っても撃つなよ!」


そこに倒れていたのは老婆だった。

避難道具を入れたリュックを背負っていた非武装の市民である。

暗めな色の私服や彼女の丸い帽子が戦闘服やヘルメットと誤認した原因だったのか、車長が焦りの余り正確な判断が出来なかったのが原因かは分からないが、敵だと思って撃ったのが非武装の市民であった。

そんな車長の動揺の伝播に、あまり時間は要らなかった。

付近に非戦闘員もいる。

その事実に皆が気付いただけで、戦場で動く影を見つけても、どうしても非戦闘員かの識別によってワンテンポ遅れる。

それは、些細な事のようではあるが、命をやり取りする戦場では重大な事であった。

一台また一台と仲間の車両がやられ、随伴歩兵が倒れる。


「くそ!民間人を盾にしてるのか!

なんて奴らだ! 絶対に許さない」


余りの理不尽と非道さに、車長の叫びが戦場に木霊した。

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