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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
67/88

回天3

野党に掌握されつつある札幌からの逃避行。

高木の乗る機体は、夜の北海道の空で地表を舐めるように北東へと進路を取った。


今の状況でどこまで野党に部隊を掌握されているのか実態はつかめないが、突然地対空ミサイルが飛んで来ないとも限らないので、低空飛行はそのための措置だ。

そのおかげか今の所、攻撃されるようなそぶりは無く、機体は順調に飛行を続けているのだが、空の旅の中でも彼女に休息は許されない。

これから支持者の多い地域へ一時的に避難した後、すぐにでも体制を立て直してから反攻し札幌圏を野党から解放せねばならない。

機上にあっても休める時などないのだ。

その為、彼女はすぐさま地上へ現状の報告を求めたが、その状況は想像以上に悪いものだった。



離陸前の報告によれば、内務相のステパーシンが行動を決意した直後は、若干の準備不足ではあったものの、子飼いの内務省警察部隊は必要な行動を開始。

連邦政府ビル、各省庁、メディアを次々に確保に動いた。

抵抗らしい抵抗は無く、順調に制圧は進み、あっという間に予定の半数は確保した。

そこまでは順調だった。

牢から出た直後の高木は、この調子であれば再度権力を掌握し再起がかけられるものだと思っていた。


だが、自体はそう甘くは無い。

潮流が変わりだしたのは離陸して早々であった。

拓也達が上空から見てた様に、機動戦闘車を含む真駒内から進出してきた軍部隊に、内務省警察は行動を阻害されたのだ。

ステパーシンが行動を起こしたのを見計らったようなタイミングで進出してきたのは、道内で電脳化した者を集めて作った実験部隊。

高度なIT歩兵と言える彼らの動きは実に効率的であり、精鋭ともいえる内務省警察の動きを止めるには十分だった。

彼等は制圧拠点に分散していた内務省警察を包囲すると同時に、その本拠である庁舎ビルへと迫っているらしい。

高木が北の空へと飛び去る頃には、最前線は、大通公園から連邦政府ビルのエリアと、丘珠空港に隣接した内務省警察の庁舎ビルにまで押し込められていた。


「旗色が悪いわね……」


聞く限りの状況だと、内務省警察単体で軍を退けるのは無理そうだ。

これでは再起は無理どころか、最終的に自分はカダフィかチャウシェスクのように処刑されてしまうのではないかという悪い想像が彼女の脳裏に浮かぶ。

彼女は青い顔でポツリとそう呟くが、それとは対照的に横で聞いている内務省警察の兵の表情には一切暗い表情は無い。


「閣下、その事に関してですが、先ほど入った国後からの通信では、既に国後と択捉からツィリコ大佐の部隊が道東へ移動を始めているようです。

それらが道東の部隊と合流すれば、例え第7師団と第11旅団が相手でも不足はありません。

戦車一つとっても、我が軍のT-14にかかれば、数は多いとはいえアップデートの無い10式や90式改に十分対抗できます。

そうなれば札幌の解放は時間の問題でしょう」


にこやかに言うロシア系の兵ではあるが、その言葉を受け取る高木の心中は複雑だ。

今は敵の手にも渡っているとはいえ、10式や90式改は日本人としては慣れ親しんだ装備だ。

それが陳腐化していると笑われるのはカチンとくる。

確かに彼の言うT-14は、ハリコフ人民共和国としてロシアに合流したウクライナ戦車技術と、Armada計画を進めていたロシアの結晶のような新鋭傑作戦車だと言われていた。

そんな新鋭と制式化から15年以上たった10式や追加装甲を施しただけの90式改では荷が重いかもしれない。

だが、そんな個人的な感情を抜きにすれば強力な味方は喜ぶべきものなのだろう。

そもそも内務省警察の装備も旧ロシア軍の装備だけではない、このロシア系の兵士の乗るV-22だって元は自衛隊の装備だ。

今更、装備の系統を考えること自体がナンセンスなのだ。


「……そう。

色々と思う所はあるけど心強いわ。

出来れば道内で戦車戦は避けたい所だけど……」


可能であれば国軍双撃は避けたい。

高木はそう思っていた。

この訳の分からない世界に於いて、内乱なんて国力の低下は招いても、国益には一利も無いのだ。

だが、事態は既に引き返せないところまで進行している。

ならば、幕引きを急ぎ、この騒乱を早期に終結することが国益に繋がる。

だらだらと戦力の損耗を続けるよりは、早急に片を付けた方が被害は少ない。

最早、突き進む以外に道はないのだ。


「弓に番えられた矢は、射るより他にないか……」


そう覚悟を決め、高木の脳裏から迷いは消えた……筈だった。


丁度その時だった。

操縦席から騒がしい話し声が聞こえたと思うと、兵士の一人が側面の窓から外をチラリと覗いた後、足早にこちらへとやってきた。


「大統領。

緊急の連絡です。

内務省警察の庁舎が自爆しました」


「自爆?!」


その報告に、高木は最初何を言っているのか解らなかった。

兵士がやっていた様に、高木も慌てて窓から斜め後方を覗くと、そこには小さなオレンジ色の炎が見えた。

最初、それは小さな炎に見えたが、炎に照らし出される建物の大きさを見てその認識を改める。

丘珠空港の付近全域が燃えている。


「内務省警察が……

いや、丘珠空港も燃えている」


「閣下。

先ほど入った通信によりますと、軍の侵攻により陥落が避けられなくなったため、庁舎内で保管していた気化爆弾を使用したようです」


「気化爆弾?!

それに自爆って……

職員は?それに付近の住民は?

まさか皆……」


燃えてしまったのか?

高木は思わず口を覆って言い淀むが、それを察した兵士は首を横に振る。


「自爆したのは、隣接する丘珠空港から、退避する職員や資料を載せた最終便が出た後です。

最後の最後まで抵抗していた兵も、地下道から脱出済みとの報告です」


「それはいいけど……付近の住民は?

やはり、周辺に被害も出ているんでしょうね」


あれだけの爆発だ。

民間にも相当の被害が出ているだろう。

高木は目の前で起きている出来事に、目を閉じて被害を想定する。

例の庁舎の傍には丘珠郵便局や民家も立ち並んでた筈だ。

避難誘導はされていたのだろうか?

仮に避難は終わっていても物的な被害は相当な物なだろう。

そんな、高木の頭に浮かぶ被害の想定。

映画のような燃える廃墟が脳裏にちらつく。

そんな事を思っていると、先ほどまでは国益など抽象的な言葉で騒乱の早期終結を考えていたが、今ではより深く感情的にそれを願ってしまう。

だがしかし、高木はそんな女性的発想力豊かな感性を備えていると同時に、リアリストでもある。

悲劇を想像しつつも、安易にその感情の波には乗れない。

乗っていはいけないと彼女は思った。

高木はブンブンと頭に左右に振り、彼女を包んだ感情の靄を振り払う。


「こんな事じゃいけないわ。

一時の感情のまま動けば、被害はさらに増える。

北海道の未来の為にも野党の好きにはさせない。

何があろうと、私が頑張らなきゃ……」


何せ、ただ戦闘を止めるのは簡単だ。

彼女が投降すればよい。

だが、それでは人種・民族間の対立も孕んだ今回の騒乱は終わらない。

野党が日本人以外の排斥を唱える以上、それは火種の未来への先送りにしかならないのだ。

そのためには最早、手段は択んでいられないのだが、高木は現状で何がベストかを考えた。


「だけど、今のまま道東へ逃れたところで決定打に欠けるわね……

軍事力で敵の進撃を止めれはしても、こちらから第7師団を突破できるかしら?

それに、対立が長期化した場合、総合力では札幌にとても太刀打ちできないし、何か有効な手は……」


北海道最強の機甲師団である第7師団。

制空権下で進撃を止めるのであれば、道東と国後からの兵で足りるかもしれない。

だが、それでは駄目なのだ。

侵攻を止めるだけでは、札幌は解放できない。

しかして、軍備を増強しようにも札幌周辺の生産力と道東では差がありすぎる。

危機管理の一環で、産業クラスターは道内に分散させ道東にも細々ながら何とか産業自給体制はある。

だが、元々の経済力は段違いだ。

長期戦では此方の分が悪い。


「この状況で勝負の趨勢を決めるのは道北…… 旭川ね」


未だ態度保留の第二師団。

軍都旭川を拠点に持つあそこが味方に付けば、此方の戦力補強が出来る。

なにより、旭川には政界から一歩身を引いた武田勤が理事を務め、転移前の世界の技術を保管している科学技術復興機構がある。

あれを抑えれば、いかな札幌とは言え産業復興が遅れるはずだ。

何せ、一部技術を除いて北海道全体の技術レベルは転移した2025年の水準に未だに戻ってはいない。

重工業や半導体の分野では、それが特に顕著だ。

だが、それを独占すれば野党の支配する札幌に対抗するカードになる。

彼らも地球の技術を失わさせるくらいなら、軍事的な優位にあっても交渉のテーブルには就くはずだ。

第二師団と科学技術復興機構……

その二つだけは絶対に抑えなければ……


高木は顔を上げた。


「進路変更よ。

途中の経路で旭川へ向かって。

態度を保留している第2師団を抑えるわ。

それと復興機構の武田理事にも連絡を。

何とかして彼らを抑えていれば、戦いは此方に有利になる。」


高木が号令を発し、機体は進路を変える。

進路は東から北へ。

目的地は、北海道第二の都市、旭川へと変更された。







目的地は旭川だというから数十分で着くだろう。

既に旋回中の機体の中でそんな事を考えながら、逆境の中でも凛々しく差配する高木を横目に、その話を機内の端でちょこんと座りながら聞いていた拓也達は、ひそひそと邪魔にならぬように内輪の話をしていた。


「エレナ。

この状況は内戦に発展するかもしれないが、皆は大丈夫か?

今まで牢獄に居たんじゃイマイチ状況が分からんのだけどさ。

特に武は大丈夫か?正直、国の行く末より息子の安否の方が心配なんだけど」


そう言って、拓也は体育座りのまま隣のエレナに話しかける。

親になってからというもの、国家より子供の方が大事に思える拓也はその胸の内を素直に彼女に晒した。


「それについては大丈夫よ。

混乱が始まる前に、武ちゃんは万一に備えてメリダから国後へ移動させる事にしたわ。

メリダの拠点も重武装だけど、ユジノクリリスクの本拠の方が安全だしね」


エレナの言う通り、ユジノクリリスクの本拠の防衛力は非常に高い。

製造部の工場が有るため、武器弾薬のストックは軍の基地より多いし、ヘルガに教わったドワーフの魔術の練習ついでに高い防壁や地下壕まで作っていた。

防疫ワクチンの副作用で半ドワーフ化した北海道系従業員用の魔術の練習を、ただ無為にやらせるのはもったいないとして工事をしていたのだ。

それが、今ではツァーリボンバの直撃以外は耐えれそうな程深い地下壕になっている。

恐らく、この世で一番安全な場所と言ってもいいだろう。

それに地下壕に至っては無許可で行っていたので、内部構造は内部の人間しか知らない。

メリダの拠点も、軍事的にはそこらの陸軍基地並に重装備なのだが、やはり本拠と比べると規模が違うのだ。


「まぁそう口では言っても……、やっぱり心配だわ。

ヘルガにお願いして武と一緒にソフィアとか他の子供も一緒に連れてくるよう言ったけど、当初の予定ではこんな混乱は考えてなかった。

今の時間は旭川で乗り換えた特急オホーツクで網走へ移動している時間だけど……」


全てが計画通りなら何も問題がなかった。

だが、無情にも事態は制御不能に陥っている。

手持ちの情報を読み解く限り、息子達の移動に影響があるとは思えないが、それを確認する術を彼女は持ち合わせていなかった。

そんな状況であればこそ、エレナが武たちの心配をするのは当たり前だ。

エレナは心配そうな表情で窓の外を見るが、外に見えるのは真っ暗な大地と人家の光だけ。

彼女の心配を紛らわすモノは何もない。


「副社長。

そんなに心配しなくても、あたしの子が一緒なら大丈夫。

ああ見えて意外にしっかりしてるから、大抵の事は何とかなるでしょ。

なんせあたしと旦那の血が混じってるんだし。

なんならウチのソフィアを坊ちゃんの護衛兼嫁にしてもいいですよ?」


心配顔のエレナに、アコニーがポンと肩を叩いて微笑みかける。

アコニーは自分の子であるソフィア達も一緒だから心配ないと言い、どさくさに紛れて娘の方をプッシュしてくる。

それが彼女なりの緊張のほぐし方だったのかもしれないが、少々の冗談が混ざることにより、確かにエレナの心配も少しは薄らいだ。


「残念だけど、この程度の事じゃ私の息子はあげないわ。

あの子は……私が認めた相手以外、交際は許さないの」


アコニーの冗談交じりの言葉に対する、エレナの母親による息子の絶対防衛宣言。

周りの皆はそれも冗談だと思って微笑ましく聞いている。

そのせいか周りの緊張も少し解けた気もした。


「……彼女作るにも親の許可制とか、武が不憫すぎるな。

まぁ、それはそれとして、アコニーの言う旦那のエドワルドはどこ行った?

一応、ソフィア達の父親だろ?」


我が子の将来を案じ苦笑を浮かべつつも、拓也はアコニーに問いかけた。

一番戦闘力の高そうな人間がこの場にいない。

話を聞く限りでは武達と同行している訳でも無さそうだ。

では、彼はどこにいるのかと拓也は疑問に思ったのだ。


「あの人は所属が内務省警察だから……

今頃、どこかに飛び回ってると思う。

あの人は固いから。

職務やら、自分の守ると決めたルールには厳格だからね」


そう言って、アコニーは遠い目をして窓の外を見た。

確かに彼は自分の職務に忠実だ。

戦場で飛び回る彼の身を案じているのもあるのだろうが、彼女の思いはそれだけではない。

エドワルドを堅物だと言うアコニーの眼差しには、別の意味もあったのだ。



話は逸れるが、そもそもの所、アコニーとエドワルドの馴れ初めは色々と酷い。

何が悪かったのか原因を考えてみると、それはアコニーの部族的問題と、エドワルドの信条的な問題であった。

アコニーの属する獣人という種族は、同じ種族内で交配が進むと血が濃くなり獣化の度合いが高くなる。

此れゆえ、一口に獣人と言ってもケモ耳と尻尾だけの部族から、歩くウサギのような種族まで多岐にわたる。

そんな彼らが形態の現状維持又は獣化を止めるために伝統的にやっていたのが、通りがかりの人種から子種を貰うことだった。

子種の為なら、交際の有無は関係ない。

そんな文化的バックグラウンドと、仕事と筋トレに明け暮れるアコニーが、自分の繁殖適齢期が徐々に過ぎ去るのに焦りを感じた時、彼女の胸に一つの決心が宿った。


そろそろ強い男の子種が欲しい。


そう彼女が思ったとき、色々と候補を考えたが、筆頭として思い浮かんだのがエドワルドだった。

この会社に来た当初に比べて、恐ろしく強くなった彼女だが、戦闘技量の差から獣人の精霊魔法を使っても未だにエドワルドには勝てない。

それどころか、エドワルドも魔法に習熟するにつれ、差は縮みもしなかった。

強い男、それについてはエドワルドは申し分ない。

だがどうやって子種を得ようか。

部族的に伝統的な方法は、旅人を組み敷いて事を済ませるのだが、エドワルド相手にはそれが通じない。

なので、アコニーは搦め手で行くことにした。

宴会の際、エドワルドに渡す酒にスピリタスカプセルを混ぜること十数回。

アルコールの力を借りて前後不覚になったエドワルドを縛り上げ、アコニーは見事に子種を奪う事に成功したのだ。

自らの目的を達し、満足感で一杯のアコニー。

それに対し、無理やりに奪われたエドワルドの苦悩は深かった。


『俺は獣姦なんて性癖は無い』


アコニーとの一戦の結果、そんな常識的思考が彼を苦しめた。

人と獣が半々で混ざっているアコニーは、エドワルドにとって異種姦と変わりないのだ。

だが、アコニーが自分の子を宿したのは事実。

苦悩の末、子供の認知はしても結婚はしないという線で落ち着いた。

そうやって、彼は自分の決めた常識と言うルールを守ったのだ。


……そんな訳で、アコニーの眼差しにはエドワルドの性分を皮肉りつつも、きっと何処かで真面目に働いているとの確信があったのだ。


「ふぅ…… こんな不安が残るなら、やっぱり自分が付いていけばよかったわ。

あなたの所には、ラッツでも送って、私があの子と居れば良かった。

どうせ、あなたはあなたで何とかしちゃうんでしょ?」


結果論として、拓也の救出は然程の波乱は起きずに完了した。

正直な所、もっと少数の人間でも大丈夫だったかもしれない。

エレナは人員の配分を間違えたかなと溜息を吐く。


「それはそうかもしれないが、俺が助かったと分かった途端、落差が酷いな」


「あなたを助けに行く!って行動を起こした時は、色々と頭に血が上っちゃったけど、やっぱり一番大事なのは子供よね。

やっぱり、子供を守るのは母の役目だし。

でも、安否が知りたくても、混乱の発生以降、携帯の基地局は全部止まってるし、何とか連絡がつかないものかしら?」


そう言ってエレナが取り出した携帯端末は圏外と表示されている。

飛行高度的には電波は問題なく入りそうだが、彼女の言うとおり基地局が止まっているなら厄介だ。

どちらの陣営の仕業かは知らないが、民間である拓也たちにとって一般向けの通信寸断は不便極まりない。


「そうか、基地局は押さえられてるのか……

じゃぁ 成層圏プラットフォームは?そっちもネットは遮断されてる?」


「え?成層圏?」


拓也の言葉にエレナは首を傾げる。


「大陸でネット繋ぐときに使っただろ。

まぁ 道内なら自動で基地局に繋がるし、設定が面倒なのと回線速度でも劣るから余り使わないけど」


「それは試してないわ」


「……おい」


何で試してないんだよ。

拓也はその言葉を視線に乗せてエレナをジト目で睨む。


「仕方ないでしょ?

今回連れてきたのは、情報機器の扱いが上手い人じゃなく、銃の扱いが上手い人間ばっかりなんだから」


確かに、今回彼女が引き連れてきたのは、情報処理が得意と言うより、銃で問題を処理する方が得意そうな面々ばかりがゾロゾロと……

トランシーバーや携帯電話位は使えるが、ネットの設定など無理そうな脳筋野郎のメンバーであった。


「……まぁいい。

とりあえず、端末を貸してみろ」


「……わかったわ」


そう言って拓也はエレナから携帯端末を受け取ると、すぐさま設定を変更する。

通信モードを通常から広域wifiである成層圏プラットフォームへ。

変更はすぐに完了し、これで通信できると思った瞬間、エレナの携帯端末に着信が入る。

それは映像通話のコールであった。

発信元はカノエ。

拓也は何かあったのかと着信を取る。


「社長!よかったやっと繋がった」


端末の画面に映し出されたのは、安堵の表情を浮かべたカノエの顔であった。

それは、実体を持たない彼女がCGで再現している姿であるが、そんな映像であっても焦っているかの様子が見て取れる。


「カノエか?

どうした?何かあったか?」


どうにも様子がおかしい。

拓也は眉を顰めてカノエに聞く。


「ヘルガ達の汽車が旭川で足止めを食らってるの。

ハッキングによって公共交通機関の管制が落とされたから、汽車が運休してるのよ」


カノエの言葉と共に、映像が汽車の車内に切り替わる。

そこには疲れた顔をした沢山の乗客の中に、愛すべき我が子たちと引率しているヘルガの姿がある。

子供達自体は、列車が止まっていても3人で携帯ゲームに興じているので楽しそうではあるが、引率しているヘルガは大変そうだ。

長い間座っているのであろうか。

紺のスーツも皺が出来ている。

拓也達は子供らが今は無事であることに一応は安心し表情を緩ませるが、次の瞬間には再び表情を硬くする。


「それで?代わりの足は確保できたのか。

それにハッキング?一体誰の仕業か分かるか」


「それについては、社長達と連絡が取れなかった間に仕切らせてもらったわ。

勝手だけどステパーシンさんに連絡を取って移動用に内務省警察の車両を回してもらうつもり。

あと、ハッキングについてだけど、コレは旗色がよくないわ。

どうやらこれは、電脳化した人々と融合した私の同胞の仕業ね。

電脳を持つ人間と融合した人格の内、以前から少しずつ連絡の取れない奴が出て、彼らなりに現実世界に独自の団体を作っていたようだけど、今回の件で、完全に離反して私たちに敵対してきたわ。

人格融合したことでシリカとしての自我も変質しきっているわね。

彼等はもう同胞じゃない。

その上、何時の間に浸透していたのか、他の人格融合した個体も離反して、今は全体の6割は統制が効かないの。

もともと融合の基となった人間は、鬱病患者をロボトミーで正常化させたケースが多かったから、それらベースの人格に引っ張られてるのね。

鬱の原因に転移による失業とかのストレスも大きな原因だったし、私たちと袂を分けた者達は、そういった負の感情に引っ張られてるのか野党の純血主義者を強力にサポートしてるわ。

道内の亜人なんて転移後の影響の象徴みたいなものだしね。

自分の人格が融合しているものだと自覚するより、憎しみの方が強いみたい。

今回の交通の混乱と基地局の封鎖も、彼らによる大統領派の人間の行動を阻害する為の行動よ。

今は、私と残った4割の同胞でネット回線の制御だけは死守してるけど、それ以上の行動はとれないわ」


そう言ってカノエは苦虫を潰したような表情で首を振った。

仲間の離反。

北海道の混乱は彼らにも多大な影響を及ぼしているようだ。

電子化した人格であるカノエの同胞が、社会の陰で電脳世界の覇者となっているのは拓也も知っていた。

だが、そんな者達の内、割が統制が効かないという。

拓也は眉を引きつらせた。


「なんだそりゃ?

そこまで大々的に離反されるまで、彼らの動向に気付かなかったのか?

ウチの会社で電脳工作一手に引き受けてるのはお前だろ。

それが構成員の6割離反とか冗談じゃないぞ」


拓也は画面に映るカノエに向かって叱責する。

一体、その不手際な何の冗談かと彼女に問うたのだ。


「それについては言い訳できないけど……

でも、彼らは同胞であって私の配下では無いし、それに電脳化した人間と融合して実身体を持った以上、統制するには限度があるわ。

彼らとは上下関係じゃなく同一階層のネットワークを結んでいるだけだったし」


確かに、カノエの同胞であるシリカの一族は、正式に組織内に組み込んだわけでは無い。

一族で最後まで生き残っていたカノエが、拓也達と取り次ぎをしている為、勝手に拓也がカノエが彼女の一族のトップだと思い込んでいた面もある。

拓也がカノエに依頼すると、カノエが一族を動員して結果を持ってくる関係が続いていた以上、仕方のない事とも思えたが、そんな有用な集団との関係をなぁなぁで済ませていた拓也にも責任があるのだ。

なので、そこを突かれると拓也もこれ以上の追及は出来ない。


「まぁ、そこら辺をなぁなぁで済ませてきた此方も悪かったが……

それでも、残った4割は大丈夫なんだな?

本当に野党側には与しないのか?」


「残った彼らは私のような未融合の個体か、融合後も特に移民に負の感情を持ってなかった個体よ。

私達のとの関係を天秤にかけて、野党に与する理由がないわ」


今の拓也達とカノエ一族との関係。

それは、サルカヴェロ地下の遺跡から盗掘して政府に引き渡す物資の内、彼らが必要とする物資を政府に秘密で確保し、共に利用していた。

独自に魔導技術を得ているという性質上、政府に発覚すれば拓也の身も危なくなるが、リスクに見合ったリターンが有ったために続けている。

それはステパーシンに繋がっているエドワルドにも隠匿している徹底ぶりだ。

それほどの危険を冒しても、かの遺跡から得られる魔導技術は素晴らしく、彼らは共犯でいられたのだ。

なので、カノエの一族にしてみても、特段の理由が無ければ現政府……というより、現政府側の拓也達を裏切る理由は無いはずなのだ。

そして、それは横で聞いているエレナとて同じ考えだ。


「まぁ、そうよね。

まぁ、何かしらの理由がなければ、裏切るのは代償が大きいもの。

でも、今回の事を教訓に、今後このような離反が起きないように彼らを正式に組織に組み込む必要があるわね」


情報知生体という新たな概念を組織にどう取り込むかは検討の余地はあるが、いまのまま放置は論外だ。

何としてでも残りのカノエの同胞を会社のガバナンス下に組み込まねばならない。

拓也はエレナの話を聞いて、そう考えを纏めると再び視線を画面の中のカノエに戻した。


「カノエ。

取り敢えず、彼らの手綱はしっかり握っとけ。

騒動が落ち着いたら、お前は電脳工作部門立ち上げの人事を任せる。

残った4割、しっかり纏めて見せろ」


「……わかりました」


真っ直ぐモニターの中のカノエを見つめる拓也の眼差しに、カノエも正面で受け止めた。

彼女の瞳には同胞が分裂してしまった責任感と、今後に対する使命感が混ざったようは感情が映っているかのように思える。


「しっかし、今回の騒動……

混乱はそこまで深く広がってるんだな」


拓也はカノエを叱責したものの、北海道のゴタゴタが本来関係ないカノエの一族にまで波及している事を改めて考えると、道民として申し訳なく思った。

拓也の同胞である北海道がゴタゴタしなければ、彼女に対する叱責も何もなかったのだ。

携帯端末から目をそらしてそう呟く拓也。

だが対するカノエも、その言葉を聞いてバツが悪そうに頬をかいた。


「それなんですけど…… 

私たちは北海道の混乱の余波を受けたというより、当事者かもしれないんです。

騒乱が始まってから調べてみたけど、離反した彼等の動きが今回の件に深く関わっているし。

皆が言う混乱の主原因に、イグニスの浸透とか移民排斥気運とかも有るけど、一番の要因は絶大な情報処理能力を持つ彼らが野党を支援しているからだし。

それが無ければ、高木大統領の権力基盤はもっと盤石だったはずよ。

というか、野党もここまで効果的に国民と一致団結できない筈だし。

……まぁでも、もう取り返しが効かないわね。

現実は、ここまでグチャグチャになっちゃったら」


色々と後になって思い返してみても、覆水は盆には返らない。

カノエが彼女の視線から原因を思い返してみても、今更政変前には戻らないのだ。


「もしも、彼等が基底現実の体を手に入れるためとはいえ、人格融合しなかったら……

もし、私が彼らを解放しなかったら……

多分……、こんな混乱は起きていないわ」


そう言ってカノエは申し訳なさそうに画面の中で項垂れる。

どうやら彼女は拓也の想像以上に責任を感じているようだ。


「……まぁ良い。

それについて詳しい事は後で聞こう。

あと、こちらも少ししたら旭川に着く。

そしたらエレナ達を護衛に送るから、合流して東を目指せ」


「わかりました」


拓也はそうしてカノエとの通信を切る。

一瞬何とも言えない沈黙があたりに流れたが、通夜にも似たその沈黙はそう長くは続かなかった。


「……拓也」


沈黙に破ったのはエレナであった。


「そう言う事だから、全力で子供たちを守ってこい」


「でも、あなたは?」


エレナは心配そうに拓也に尋ねる。

一番の危機を脱したとは言え、未だ緊急時。

彼女は拓也の安全を心配しているのだ。


「大統領と同行する。

恐らく、まだ俺にしか出来ない事もある。

それにこっちは一足先に国後の本拠で待つことになるから安全だよ」


「……そう。

わかったわ。

絶対に後で合流しましょうね」


「国後についたら増援を送る!

ちゃんと子供たちの事を頼んだぞ!」


二人は手を握ってそう約束した。

不安はあったものの、一旦別れるのは彼らのお互いを信じる証でもあった。




そうして二人が手を握った十数分後……

機体は旭川上空へと到達した。

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