対外進出3
ゴートルム王国
各国歴訪二番目の国として高木が訪れたのは、かつて北海道と一戦を交えた国だった。
しかし、一度矛を交えたとはいえ、高木の来訪に対するゴートルムのもてなしは至極丁寧なもの。
ルール無用のこの世界に調停役としての国際機関の設立を唱える北海道の話を真摯に聞き、その後の交流会でも積極的な接触がなされていた。
一度は矛を交えた国がどうしてここまで変われるのか。
それは一重に、紛争の経過が理由であった。
かつての北海道とゴートルムとの紛争は、ゴートルムの戦略兵器である箱舟の侵攻で始まり、箱舟が傷ついた事で幕を閉じた。
一緒に出征し数の上での主力である貴族軍たちには、被害など殆どない。
兵糧を無駄にしたくらいである。
つまるところ人的損害が極めて限定的であった為、憎しみが国中に広まることは無かった。
昨日の敵は今日の友。
むしろゴートルム国内での対北海道感情はそのような感じである。
北海道から輸入された文明機器は、市井の生活向上に寄与し、恨みを持つとしたらそれによって職を奪われた一部の職人位である。
北海道との対話に積極的な彼らの姿勢には、そういった背景があった。
そんな事もあり、今回、園遊会のような形式で開催された交流会では、高木を筆頭とした今回の歴訪に参加する政府及び民間の人間に対し、ゴートルムの貴族達がお抱え商人等を引き連れて積極的に話しかけている姿をよく目にする。
その中でも一番活発に話を聞いて回っているのは、道内から付いてきた総合商社の人間だろうか。
貴族の一人が「うちの領内で北海道の電化製品とかいうものが使いたいのだが」と聞けば「発電設備が要りますね。でも、ゴートルムの国家事業としての電力インフラ整備は今しばらく時間がかかるようですから、自家発電機はいかがでしょう?それとこの際ですから、邸宅丸ごと電化してみては?」とインフラやらパッケージで商談を決めている。
領地のインフラから、魅惑の高機能製品群、それに趣味の文物に至るまで貴族の物欲は旺盛だ。
例えば、道内から輸出された高級車は何億もの価格で取引され、その収集は高級貴族のステータスともなっている。
入手困難な物品を手に入れる為、どうにかこうにか伝手を作ろうと彼ら。
それはあたかも、19世紀のヨーロッパで見られたジャポニズムの流行の様でもある。
そして、そんな人だかりを遠目に庭園内を散策するものが二人。
「閣下、既に我が国に滞在して1週間となりますが、如何ですか?」
「そうね。我々の提案に積極的に耳を傾けてくれる方々が一杯で、色々と手ごたえを感じているわ」
純白のドレスに身を包んだうら若い乙女と、紺のスーツとピッチリしたスカートでばっちりと決めた高木大統領。
二人は人ごみを離れ、バラの咲き誇る花壇の傍を歩いていた。
彼女らは年の離れた姉妹のように仲良く庭を見て回りながら、今回の訪問について語っている。
「特に若い方々の意気込みがすごいわね。
我々の一つの提案に対して10も20も質問が返ってくるし、こちらの考え方を取り込もうという熱意が凄い」
高木は庭のバラの花を見ながら、今回の訪問の手応えを笑顔で語る。
何せこちらの予想以上にゴートルム側が積極的なのだ。
向こうがこちらにしてくる質問も、こちらの意図を十二分に理解しようと積極的に投げかけてくるのだ。
そんな意欲的な姿勢なら、こちらもわざわざ説明に乗り込んだ甲斐が有るというものだ。
「今、この国の若手貴族は、大半が北海道に関する勉強会に参加してますから。
皆、国の近代化を主導しようと理想に燃えてるんです。
かくいう、この私もその勉強会を主催する身として、毎日閣下とお話しするのを楽しみにしてるんですよ」
そう言って彼女はニッコリと笑う。
どこか幼さものこるが、それでいて美しい笑顔を浮かべる彼女。
そんな彼女こそ、積極的な北海道との接近を主導し、高木の来訪から常に行動を共にしているゴートルムの若き女王、ゼノビアであった。
彼女は先の北海道西方沖航空戦の中で国王崩御という出来事により、国家元首の地位を継承した先王の娘である王女。
今はホスト国として、非常に友好的かつ積極的なエスコートしている。
恐らく親密さをアピールするという狙いもあるのだろうが、それでも嬉しそうに接近していく彼女と高木との距離は、二人で歩いている時など百合の花が幻視しそうになる。
だが、そんな彼女の積極的な友好姿勢も、同じ女の身で国家元首を務める高木への個人的な酔頭もあるが、結局のところは全ては国のためを思っての事であった。
先王が崩御する際、行楽気分で箱舟に乗り込み、北海道の力と王の死の両方を見た事で、彼女はたくましく成長していた。
それは戴冠から数年しかたっていないにも拘らず、若手から年寄まで北海道に肯定的な人材で固め、国の外交方針としては親北海道で一枚岩とした事がその証明ともなっている。
そもそも、王宮は権謀渦巻く毒蛇の巣。
戴冠直後は、有力貴族が実権を握ろうとあの手この手で権力闘争を繰り広げていた。
そんな彼らの様子は、彼女に流れに身を任せていたら、傀儡化の末、権力闘争に巻き込まれて暗殺もありえると想像させるのに易かった。
自らの意思を持って生きていくには、彼女はおのずと自分を成長させるより仕方がない。
傀儡とならずに生きて行くため、未だ若い彼女は必死に勉学に努めることにしたのだ。
「へぇ、勉強会。
それはどのようなことを勉強しているの?」
「そうですね。
こちらに入ってきた訳書は色々と読みましたが、今はそちらの社会から歴史学まで多岐にわたって議論してます。
特に明治維新の成り立ちは実に興味深いですわ。
我がゴートルムも同じように近代化の道を歩みたいものです」
彼女が選んだ学問は、圧倒的な力でもって完敗した北海道の思想・文化・政治学・etc...
ゴートルムが北海道に敗戦したとはいえ、元々北海道への恨みは無い。
あの敗戦で生まれた負の感情があるとすれば、父を騙して戦に向かわせた上、敗戦の末に逆上して父を弑逆したエルヴィスだ。
弑逆したのは前当主であったが、今のクラウスも北海道に巧みに取り入り、この国を裏切り独立した不忠者。
問題に引き込んだ当事者が、今では相手に取り入って此方に矛を向ける。
憎しみがあるとすれば、彼らに対してであった。
そんな訳で、彼女はこの数年間、あの手この手で北海道からの本を集め、同時に未だ宮廷の毒に置かされていない貴族の若手子弟を集めて勉強会と称する集まりを開いていたのだ。
斬新な思想やイデオロギーは若い世代の好奇心を刺激し、その思いは一つの思いへと収斂する。
旧態依然の政治体制を抜け出し、最近、北海道の技術導入により発展著しいエルヴィスに対抗して富国強兵を目指すなら、国民国家を導入しなければならない。
だが、その為には人民の権利や義務などについて人民を啓蒙しなければならず、その役目は選民である貴族の役目だと彼らは息巻いていたのだ。
だが、そうは理想を持っていても現実には様々な問題が存在する。
ゼノビアは一つため息を吐いた後、上目づかいで高木を見つめる。
「あぁ、でも私たちも勉強を進める中で、いくつか閣下にお願いしたいことがあるのですが、聞いてもらえますか?」
「お願い?
それは聞いてみないと分からないけど、何かしら?」
「今の訳書の行き来だけでは、時間がかかりすぎるのです。
出来れば、そちらのインターネットというものを使う許可が欲しいのです」
インターネットの存在は、時折領内に来る北海道の人間が使っていたのを見てどういうものだかは彼女は知っていた。
千里万里を超え、自分の求める知識を瞬時に得られる仕組み。
そして北海道の文明を支える根幹の一つ。
彼女はそのようにインターネットを理解していたのだった。
「ネットへの接続許可?
それについては、近い将来に解放する予定ですので安心していいわ。
直ぐにとはいきませんが、もう少し待って頂ければ使えるようになりますよ」
「わぁ!ありがとうございます。
以前、北海道の方が使っているのを見たことがあるのですが
とても便利そうで、近代化に有用じゃないかと思ってたんです」
高木の言葉を聞いてゼノビアは大いに喜ぶ。
これで近代化に拍車がかかると。
だが、そんな喜ぶ彼女であったが、対する高木の方は何てことは無いといった風情で微笑んでいる。
道外でのネットの使用許可。
これは以前から政府内でも検討されていたのだった。
ネットを遮断し、遅れた外地に北海道の進んだ技術情報を一切漏らさないようにすべきか、もしくは解放して世界的なインフラとすべきか……
そんな喧々諤々の検討の末、最終的に北海道が選択したのは後者であった。
ネットへの接続自体は、成層圏プラットフォームのデータ通信網を利用すれば問題ない。
それに、いくら技術的優位性確保の為に情報を遮断しようとも、人と人との関わり合いがある以上、情報は必然的に漏れるのだ。
それに、北海道が必要な資源と市場を得るためには諸国のインフラ向上は不可避。
ならば、ネットを解放し、全てを統制下に置いた方がよい。
実際、このネット解放プランでは、道民以外は完全実名登録及び生体認証の登録が義務付けられる事が前提で、今はその準備を行っている。
登録センターの準備が済み次第、世界にネットを解放する予定だった。
なので、高木としては特に便宜を図ったわけでも無く、予定されている事象を教えただけ。
それで、ここまで喜んでくれるとは儲けものだと思っている感じであった。
「高木閣下がお心の広いお方でよかったわ。
こんな閣下なら、統治される民も幸せそうでいいですわね」
そう言って高木に微笑むゼノビアであったが、高木はその笑顔が痛かった。
確かに帰化した難民やロシア系、取り残された外国人達、過疎化から一転して大開発が行われた道北、道東の住民にとっては融和政策や国策で開発を断行する高木の支持率は9割を超える。
だが、その一方で転移前に比べて権威を制限され、資金・資源を地方に回された札幌などの大都市圏では支持率低下が止まらない。
一部の市民団体からは独裁者と罵られている程である。
とても全国民から慕われているとは言えない状態だ。
「それに比べて、私の方は……
閣下。恥を忍んで……もとい、国家の為に閣下にお願いしたい事がもう一つあるのですが」
ゼノビアはキリっと視線を正すと高木に尋ねる。
「何かしら?」
表情を正したゼノビアを見て、高木も今度はどんな依頼かと向き直る。
技術援助、開発支援……このあたりが彼女の"お願い"であろうか。
高木はドンと来いといった気持で彼女の言葉を待つが、その彼女の願いは高木の予想を遥かに超える者であった。
「ゴートルムで装甲部隊を編成する助力をお願いしたいのです」
装甲部隊……
その言葉を聞いて、高木の顔から笑顔が消える。
「それはどういうことです?」
軍事援助。
属国であるエルヴィスと敵対的なゴートルムに軽々しく出来るようなものではない。
ゼノビアもそれが分かっているとは思うが、なぜその様なことをお願いしてくるのか。
高木は眉を顰めながら、彼女に真意を問うた。
「現在、青年貴族と人民の知識層を中心に近代化を進めようとしているのですが、旧来の大貴族の中には先進的な物品は受け取っても、現行の貴族制度を初めとする国家体制まで変えるのには消極的な者たちもおりまして……」
「それと……機甲部隊に何の関係が?」
「既に北海道から輸入した銃を装備の基本とした軍制改革は、アーンドラ帰還兵を中心に行われています。
ですが、それは保守派貴族の私兵も同じ……
お恥ずかしい話ですが、改革が国内での主導権を確実にするためと言うことです。
何せ我が王家は敗戦により、一度権威が地に落ちました。
国の為、頼もしき宰相が頑張ってはくれていますが、なかなか……」
そういってゼノビアは視線を上げて空を見る。
まだまだ国を完全に掌握できない己の不甲斐なさ。
それを思うと苦虫を噛み潰した表情になるが、彼女はそれを高木に見せまいと顔を上げて遠い空の方を向いているのだ。
「……理由は分かりましたが、それはこの場で即決できるような事ではないわ。
それに、あなたには箱舟とドラゴンの傭兵がいるでしょう?国内の平定に装甲部隊は必要ないんじゃないくて?」
「箱舟の運用と竜族の傭兵との契約は王族の特権ですが、運用を妨害する程度ならいくらでもやりようはあるのです。
それにそれらは敵軍を滅ぼせても占領はできません。
どちらも空を飛ぶものですし……
一般の部隊の底上げが必要なんです」
確かに双方ともに航空兵器。
地上に一時的に降りることは可能だが、基本は空の上が主戦場だ。
地上を占領する役目には向いていない。
「あ、でも、別に今すぐ支援をお願いしたいと言う訳ではありません。
取り敢えず、現段階では閣下のお耳に入れておきたくて。
国の恥ではありますが……」
恥を忍び、国の弱点を晒すような恰好ではある。
だが、ゴートルムが完全な一枚岩でないと言うことくらいは既に北海道側は知っているとゼノビアは思っていた。
何せ北海道から取り入れ、民衆の啓蒙に役立つとして新聞を発行したところ、革新派貴族と対立する保守派貴族の悪口を三流タブロイド紙ばりにバンバン書き立て対立を煽っているのだ。
民衆受けがいいからと言っても、これでは国内が一枚岩ではないことくらいバレバレである。
なので、多少は自国の弱みを見せつけても援助を頼みたいという思惑が彼女にあったのだ。
「閣下の心配は分かります。
エルヴィスを保護する手前、我々に軍事援助はどうかと思われてるんでしょう。
ですが、これは憶えておいてください。
エルヴィスは今は北海道の保護国ではありますが、クラウスはイグニス教純粋派……
勝つためには何をしてもいいという信条です。
恐らく、閣下が今回諸国を回るのも、直接の原因は彼らの振る舞いが原因ではないですか?
私も配下からアーンドラ戦線での彼らの報告は受けてます。
毒ガスという新兵器…… とても無残だったと聞いております。
彼らは手段を択ばない…… 噂では自国内の統制派の司教がいる地域に呪いをばら撒き、それを口実に純粋派の司教を送り込んでいるとか。
そんな彼らに比べて、我々はイグニス教統制派が多数を占めております。
戦争も外交も何事もルールに乗っ取るべきと言うのは、賛同できますし、価値観も共有できると思いますわ」
そう言ってゼノビアは高木の手を取って、作られたような綺麗な笑顔で微笑む。
だが、どんなに微笑んだところで高木の表情は硬かった。
「……」
確かに彼女の言うことは一理ある。
高木は子飼いのクラウスの行動は良く知っている。
そもそも高木が諸国を回って国際機関を設立しようとしているのも、元を正せばクラウスがアーンドラで躊躇なく毒ガス戦を実施したからだ。
だが、そうはいっても属国は属国。
保護の対象には変わりはない。
高木は、ゼノビアの軍事支援の依頼には現状では何も答えることが出来なかった。
そして、そんな高木の内心を察してか、ゼノビアは高木の手を放して申し訳なさそうに言う。
「すいません。
何やら雰囲気を壊してしまいましたね。
ちょっと私も色々と焦っていたのかもしれません。
閣下も、どうかお気になさらずに」
「いえ、そんなことは無いわ。
若いのに色々と大変そうで感心しただけよ」
何とも重い会話内容であったが、高木がゼノビアに感心しているのは本当であった。
彼女は若い、自分は彼女と同じくらいの年齢の時、一体何をしていたであろうか。
たしか、大学でキャンパスライフを満喫していたはず。
それに対して、ゼノビアは一国を率いて苦悩しているのだ。
自分と同じような統治者の苦悩を、若い娘が、である。
とても言葉には言い表せない重圧もあるのであろうと、高木は彼女に同情した。
そんな時であった。
ふと高木は、後ろから近づく気配を感じたと思うと、彼女に向かって声がかかる。
「大統領。少々お話が……」
掛けられた声に高木が振り返ると、秘書官の一人がすぐ後ろに立っている。
ゼノビアと距離を取ると、高木は何の用かと彼に尋ねた。
「何?」
高木の問いかけに、秘書官はそっと高木に近づくと、他人に聞かれぬよう口元に手を当て彼女の耳元でささやいた。
「野党に潜入してた工作員が捕まりました。
内務省が主導していた様ですが、少々とまずい事に……」
その言葉に高木は露骨に眉を顰める。
「野党に侵入?
なにそれ?私は知らないわ」
彼女は何の事か分からないと困惑した表情で秘書官に聞き返した。
「以前、大統領が野党の背後関係を洗えとの指示があったと……内務省の方はそう言っています」
それを聞いて高木は記憶の奥底に眠っていた自分の言葉を思い出した。
そう言えば、礼文で野党幹部の泊まるホテルから教皇領の人間が出てきたときに、その様なことを言ったような気がする。
その時は違法な手は使えとは指示した覚えはないが、自分が指示したことが発端になっているのは違いない。
高木は悩みの種が増えたことに溜息を吐きながら、どうしたモノかと思案する。
「……それでも、侵入するような工作員が態々政府の使いであると言いふらしているわけでも無いんでしょう?
こちらは知らぬ存ぜぬを通して、沈静化させましょう。
マスコミの情報を統制して事件自体を握りつぶしてちょうだい」
例え工作員が捕まっても、政府が関与した証拠がなければ知らぬ存ぜぬで通せばよい。
訓練された工作員なら、警察の取り調べ程度では政府との関与について口を割らないだろう。
多少支持率が落ちても、シラを切りとおした方が政府の関与が露見するよりも余程マシだ。
「いや、あの…… 大統領」
「それにしても、ステパーシンもヘマをしてくれたわ。
貸し1つとしておきましょうか」
内務省の工作員と言えばステパーシンの手駒である。
それが、こんな下らない失態をしでかして彼にどう責任を取ってもらおうか……
高木はそう言いながら、秘書官に苦笑いを浮かべる
「いえ、それが……」
だが、苦笑いを浮かべられた秘書官の歯切れが悪い。
高木は他にも何かあるのかと彼に尋ねた。
「どうしたの?
まだ何か問題が?」
「いえ、その工作員なのですが、既に政府の指示で動いていたと自白したとマスコミに広まっておりまして……」
それを聞いて高木の時間が止まった。
秘書官の言葉を聞いた途端、眉間にしわを寄せ、口を半開きにしたまま硬直したのだ。
「なっ……
なによソレ……」
硬直の後、時間を取り戻した高木は秘書官に問い返す。
一体、何が起きているのだと。
そんな高木の問いかけに対し、秘書官は額の汗をハンカチで拭きながら淡々と説明しだした。
「有識者の見解では、精神操作系の魔術で自白させられていると……
そしてマスコミには野党が情報をリークしてます」
そこまで聞いて、高木は合点が行った。
魔術の大家である教皇領とも繋がる野党。
そんな彼らがバックにいるなら、魔術で自白など容易いだろう。
そして、野党はそれを与党を蹴落とす材料として嬉々として用いてくるのも……
「……なら、当該人は魔術で精神操作を受けていて証言は信用ならないとしてシラを切りとおすわよ。
全く、外遊中に何てことなの……
今、外遊をキャンセルして札幌に戻れば、諸侯から道内情勢が不安定だという印象を持たれかねないわ。
日程の短縮は検討するけど、私が戻るまで問題を鎮静化させるよう閣僚に伝えておいてね」
魔術によって自白が強要されたなら、逆にそれは精神操作による捏造だと断言すればよい。
原理の分からぬ魔術が存在する限り、今後は人間の証言などというものは無価値になるだろう。
真実より、声の大きい方のプロパガンダが事実として世に定着するのである。
ならば、この件に関しては高木自らが首を突っ込むより、北海道に残した閣僚達に任せてしまおうと彼女は思った。
なにせ、この程度の事で一々帰国しているようでは、諸国から道内情勢は不安定として付け入るスキを与えかねない。
高木はそう思案しながら秘書官に後の処置を任せると、心配そうにこちらを見ているゼノビアの元へと戻っていった。
「閣下、どうしたのです?
顔色が優れないようですけど」
高木の顔を覗き込むように彼女は尋ねる。
「いいえ、なんでもないのよ」
「そうですか……
まぁ 施政者たるもの色々と心配の種は尽きませんものね。
深くは伺いませんが、心中お察しいたしますわ」
そう言って彼女はニコリと微笑む。
それは、何を話していたのかは解らないが、面倒事はしょっちゅう飛び込んでくるものだとの同情を込めた笑みであった。
「お気づかい感謝します」
高木は謝意を伝えると改めて考える。
何にせよ国内がゴタついては、またまた支持率が低下するのは目に見えている。
ならば、今回の周遊中に何か外交的得点を得られれば帳消しにできる筈。
国際機関設立の目的は、既に国民は周知の事実。
なら、ここでプラスアルファの何かをしようと彼女は考えた。
外交的得点……
転移前の世界であれば、トップセールスによる公共事業獲得などがあったが、ゴートルムは既に国を挙げてインフラ整備に注力している。
ならば、これをすこしテコ入れしてペースを速めてみるのもいいかもしれない。
「女王陛下」
「なんでしょう閣下?」
「少し話を戻しますが、陛下は国内の主導権を盤石にしたい。
そうですよね?」
「はい」
「それでは、経済の力で成し遂げるのはどうでしょう。
資金力で圧倒するのです。
例えば、陛下の信頼できる者の領地を優先してインフラ整備を行ったりするのです」
高木はそう言うとゼノビアの顔を見つめる。
だが、対して彼女は申し訳なさそうに一度はあった視線を外し、その顔を伏せた。
「それは、既に行っているのですが、何分予算には限りもあります。
それに旧制度に固執する大貴族は広大な領地を持つものが多いのに対し、革新派貴族は領地が相対的に小さく、分散しているので効果的には……」
金と政治。
彼女が全力で推進しているインフラ開発で子飼い貴族を援助しようにも。
だが、その二つがどうしても邪魔をするのだそうだ。
ばらけた領地へ無駄にインフラを張り巡らせば、大半が不要な赤字になりそうな予感しかないのだ。
尤も、今は予算の不足で首都などの大都市しかインフラ整備が計画されていないので、そのような明らかな不採算事業の開始には至ってはいないが。
「では、革新派貴族の領地を国が買い上げてはいかがです?
我が国は、かつて貴人の領地を国有化する際に似たような手法を使いました。
領地と各種権利を証券に交換するのです。
交換条件は貴国に合ったものを検討されると良いかと思いますが、例えば代価として新設する国営工場を払下げるとか、国営投資公社を作り配当金を分配することで収入を確保させる等があると思います。
貴国は現在開発途上、投資の機会はいくらでもあるように思えますから、領地経営より魅力的かと思います。
それに味方の貴族たちの経済的主柱が領地から他に移れば、より効率的に国土開発が出来ますわね。
例えば、鉄道を敷設する場合に不必要な路線を政治的理由のために引く必要はなくなります。
そして、人口密集地帯や資源生産地を効率的に結んで開発をすれば、配当金もドンドン増えていきます。
これを目にして保守派貴族も考えを改めれば、土地を手放して迎合するかもしれません。
陛下が望むのであれば、我が国が国債の引き受けを検討してもよろしいですわよ。
それと大規模公共事業を実施したい時はいつでも言ってください。
陛下のご希望に添えるように手を尽くさせていただきますわ」
「なるほど…… そう言う手もあるのですね。
未だ自分が不勉強であったと恥じ入るばかりですわ」
ゼノビアは真摯な目つきで高木のの話を聞くと云々と頷いた。
「それらについてもっと知りたければ、若手貴族の方々を留学させては如何でしょう?
我が国の礼文島では、大陸の方々への各種教育カリキュラムが揃っていますし」
「そうですね。
今は貴国から取り寄せた書物がメインでしたが、留学が可能なら選抜した貴族を送り出したいものです」
百聞は一見に如かず。
書物だけの知識より、現代文明を一度体験した方がインパクトは大きい。
それに道内情勢を見て学んだ若者が後々に国家の要職につけば、ゴートルムとの外交のパイプはより太くなるだろう。
「とりあえず、陛下が国内を固めるのに出来る支援は今の所はこのくらいでしょうか。
そこまでやって駄目なら、またご相談ください」
高木の言葉にゼノビアは礼を言う。
ゴートルム国内の政治の話はこれで終りであった。
二人は気を取り直し、再度庭園内をぐるぐると歩き始める。
花壇を巡り、時々接触してくる他の来訪者と軽い立ち話などもしていると、時間はあっという間に過ぎてしまった。
会の終わり。
高木達北海道関係者が宿泊所となっている邸宅に戻る際、ゼノビアは高木を見送る為、用意された車の前まで送っていくと、車に乗り込もうとした高木がそっと彼女に近づいて耳打ちをした。
「帰る前に、もうひとつお話ししておきましょう。
装甲車両に関してですが、これについては前々から政府内で検討ではありますが、近々一部輸出も許可されるでしょう。
個別に援助はでいませんが、正規のルートを通してくれるなら何の問題もありません」
「正規のルート?」
耳打ちする高木の言葉にゼノビアは聞き返す。
「女王陛下が今からでも準備を進めたいのなら、石津という者がエルヴィスのメリダに拠点を持ってます。
彼と接触してみるものいいかもしれません」
「イシヅ……ですか」
「同じ価値観に向かって歩く者同士なら、北海道と共同歩調を取る限りは公平な取引を約束します。
新たな世界秩序構築の為、共にがんばりましょう」
そう言って高木は車に乗り込むと、車列は出発する。
分かれ際、高木はゼノビアに共に頑張りましょうといっていた。
それは、国内を安定化させるための双方の頑張り。
それらは状況は全く正反対のモノではあったが、大きな困難として双方に立ち塞がりつつあったのだった。




