平田、大陸へ行く2
ツアーを離れる許可を取った平田達は、市場を離れ目的地に向けて歩いた。
目的地までは然程離れてはいないものの、最近はこのエルヴィスも車等の交通量が多くなっている為、現地っ子の先導を受けてだ。
従来の馬車やらデカい鳥に加え、最近では進出した企業から物流のトラックの出入りが激しい上、経済発展の著しい地域だけあって個人持ちの車や2輪も増えてきている。
中でも特に多いのが北海道から輸出された二輪車を改造したトゥクトゥクという三輪自動車だ。
コストを極限まで追求し、安いバイクをそれまた改造した安全性も糞もない乗り物であったが、商用にも使え、故に普及も早い。
そして、今のメリダはでは、それが我が物顔でフリーダムに走り回っていた。
一応は交通ルールも定めているのだが、それを積極的に守ろうとするドライバーは少ない。
行きかう人々の顔つきや風景こそ違うものの、気分はもうアジアの途上国だ。
日本の常識に慣れた者は、交差点を渡るのも難しいだろう。
現に真紀等は道路を渡るタイミングが掴めないのか、やきもきしている。
だが、そんな危険な道路も、普段の街歩きで慣れているタケルやソフィア達には何の問題にもならない。
タケルは戸惑う真紀の姿を見ると、優しく彼女の手を掴み、唯我独尊なトゥクトゥクの群れをするり抜けて歩いていく。
だが、いくら手を繋がれていようと怖いものは怖い。
先導するタケルの手を離さないようにギュッと握る真紀。
鼻先30センチを車が通り過ぎる中、何度もヒヤリと真紀は手に汗をかいたが、そんな度胸試しの末、一行はようやく目的地に着いたのだった。
石津製作所メリダ支店
そこでまず目に付くのは、銃を持った守衛とバリケードが守る威圧感のあるゲート。
そのエリアの支配者が誰か一目でわかる厳つい境界であった。
だが、筋骨隆々な守衛の立つゲートを抜けてみれば、予想に反し、そこは不思議な軍事基地だった。
街の1/4を占めるのではないかと言うコンクリート壁で囲まれた敷地に
巨大な物流倉庫から宿舎、演習場に果てまた何かの畑まで色々なものが混在している。
だが、普通であれば外の壁しか見れなかったであろう事を思えば、平田は真紀の我儘に感謝するしかない。
何せ、最高権力が身内にいる彼女の"お願い"のお蔭で、分厚いコンクリートの壁を抜けることが出来たのだ。
正直な所、平田は彼女のお願いが、これ程上手くいくとは当初は思っても見なかった。
ガイドに真紀を連れて石津製作所を見学してもいいかと聞いたところ、VIPの関係者がいるので札幌に問い合わせるという。
まぁ、そこまでは平田もわかる。
ここ数年は独裁政治と新聞に叩かれつつある政府要職の親族を、あまり無碍にするわけにもいかないし、されとて独断で決めるのもいかないのだから。
そんな旅行会社の伺いに対し、直ぐに返ってきた札幌からの返事にNOの二文字は無かった。
ガイドの説明では、大統領も個人的に石津製作所の社長とは知己が有るため、彼の管理下に入るならツアーから離れても問題ないという。
むしろ、興味があるならツアーから完全に抜けて夏休みをそっちで過ごしてもいいとのお達しだ。
何でもあの会社は、自前で北海道との便を持っているため、ツアーより安全に帰れるからとか。
1を聞いて10を与えるようなその連絡…… それを聞いて平田は思った。
ツアーの自由時間に一時的に指定の場所から離れるのは、了解さえ取っていれば問題は余りないだろう。
だが、真紀に与えられたのはそれを上回る自由な行動権。
これは子供に甘すぎるのではないか?
普通、子供には自制を教えていくのが大切なのではにだろうか?
幾ら養子とは言え、大統領は育児に失敗していると平田は思った。
だがしかし、平田に取って見れは真紀は今回の仕事だけの仲。
他の家の教育方針が失敗していても彼には関係が無い。
平田は気を取り直して敷地内を見渡す。
「凄いな。
戦車は無いけど、装甲車とか改造ピックアップは一杯ある……」
車両置き場と思われる場所に並べられたのは、大半が第三世界のゲリラの様な改造ピックアップや改造トラックのテクニカル、そして少量のBTRといったロシア製装甲車も並んでいる。
「かっこいいでしょ。
あと、今日はどこかに飛んでっちゃってるけど、ヘリコプターも一機あるんだよ。
"はいんど"って名前のカッコイイのがね!
お母さんに聞いたんだけど、僕のお祖父ちゃんは、"あふがん"って所であのヘリコプターに乗ってたんだって!
だから僕は、あのヘリコプターが一番お気に入りなんだ」
まるで自分の玩具を自慢する様に、タケルはえへんと胸を張る。
やはり男の子はこういうメカが好きなのだ。
自分の家(というか会社だが)にカッコイイメカや身内の武勇伝が有れば自慢したくなるのだろう。
「ほぉ~。それは凄いけど…
今日は見れないのか。残念だなぁ」
そしてそう言う"男の子"の部分は平田も同様である。
現在の少女の様な義体の外見はどうあれ、中身はオッサン。
装甲車などの車両が置いてあれば、余り詳しく無くても凄いと見とれてしまう。
幾つになろうとも、男の中にはそう言った少年の心が眠っている物なのだ。
だが、そんな男共の反応に対し、少女である真紀の反応はあくまで冷静だった。
「それより、魔法は何処で見れるの?
私はそれが楽しみなんだけど…
早く行きましょうよ」
メカに関しては全く興味も無く、タケルが紹介してもその良さを1mmも理解できない彼女は
魔法は何処に行けば見れるのかと、ここへ来る途中から握ったままのタケルの手を軽く引っ張って催促する。
「お姉ちゃんはせっかちだなぁ。
それなんだけど、会社の人が案内してくれるっていうそうだから、ちょっと待ってて」
「案内?」
「さっき友達連れて行くよってメッセージを送ったら、社内を子供だけでブラブラして怪我でもされたら嫌だから待ってろってお父さんから返事が来た。
だから、もうちょい待ってて」
確かに危険な物がゴロゴロしているこの場所で、子供をウロウロさせているのは危なっかしい。
タケル達はここの子供であるから何が危険であるか分かってたとしても、真紀は他所の子である。
怪我などさせたらたまらないと向こうが考えることもよく理解できる。
タケルのそんな説明に、真紀もこればっかりはしょうがないと諦めてゲートで待つ事にした。
そうして待つこと5分。
真紀にとって物珍しいソフィアやヴォロージャの猫耳を触ったりしながら、きゃいきゃいと子供たちがお喋りをしていると、会社の建屋から、一人の人影が手を振りながらこっちに歩いてきた。
「あ!あれじゃない?」
手を振る人影を一番先に見つけたソフィアが、その方向にビシっと指を差す。
彼女につられて思わず全員がその人影を凝視するが、その人影の顔がハッキリしてくると
それまでタケルの傍にいたソフィアとヴォロージャは、その人物に向けて走り出した。
「「おかーさん!」」
そう言って二人は飛び込むように、歩いてきた女性の腕に抱きついた。
平田は微笑ましくもその光景を見ていたが、よく見れば、歩いてきた人物もソフィアやヴォロージャと同じ猫耳を付けた獣人。
しかし、母親と思われる女性の方が獣度が高いような気がする。
ケモ度の高い母に猫耳コスプレした子供といったような感じだ。
一体、獣人の遺伝は一体どういう事なのだろうかと平田は疑問に思ったが、今はそのような事はどうでもいい。
平田は黙って彼らを見てる事にした。
「あっ、ソフィアにヴォロージャも一緒か。
良い子にしてた?」
「「うん!!」」
二人は満面の笑みで母親と呼ばれた女性に微笑む。
「それと、こっちがお客さんだね。
あたしはアコニー。
社長に頼まれたんで、今日は私が案内してあげるよ。
で、どっちの子が真紀ちゃんかな?」
アコニーと名乗った女性は、ソフィアとヴォロージャの肩に手を載せながら真紀と平田を見て聞いてくる。
そんな誰何の声に、真紀は取り繕った上品かつ可愛らしい仕草で挨拶をした。
「はい。私です。
そして横にいるのが付き添いの平田さん。
今日は魔法が見てみたくて来ちゃいました。
よろしくお願いします」
テヘっと笑ってみせる真紀であったが、そんな良い笑顔でお願いされれば
誰だって聞いても良いと思ってしまうだろう。
平田も数日前から護衛を始めて以来、この笑顔で少々お願いを聞かされ苦労を重ねたのだ。
アコニーが今どういう気持ちかは、手に取る様によく分かった。
「よし、じゃぁ今日はあたしに任せて。
何でも見せてあげるよ!
……と言ったものの、色々制約はあるけどね。
ところで、真紀ちゃんはどんな魔法が見たいのかな?
それによって行き先が変わるんだけど……」
アコニーは頬に人差し指を当てて真紀に尋ねる。
「じゃぁ 見た目が派手な奴が良いです」
「派手なヤツね…… そうか。
よし、じゃぁ 射撃場に行こう。
あそこで今、派手な魔術の使える人族の魔術師の奴らがトレーニングしてるから。
それと、ソフィアにヴォロージャ。
あんたちもお客さんが困ってる事が有ったら、率先して助けてあげるんだよ。
いいね?」
「「はぁーい」」
アコニーの問いかけに二人の元気な返事が揃い、アコニーの先導の下、全員が敷地の奥へと歩を進める。
途中、ふざけ合うソフィアとヴォロージャをアコニーが叱り付ける場面もあったが、それでもいつもの風景なのか遠巻きにこちらを見ている他の社員たちは皆微笑ましくそれを見ていた。
「ふふふ……」
アコニーが子供を叱った後、皆でゾロゾロ歩いていると不意に近くから大人の女性の笑い声が聞こえた。
平田は誰だと周囲を見渡すが、それらしい人影は居ない。
その代わり、前を歩いていたアコニーがタケルの方を見ながらそれに応えた。
「何さカノエ?」
笑い声の主は、タケルの持っていたタブレットだった。
その画面にはカノエが映っており、微笑みながらアコニーを見ている。
アコニーは、タケルからタブレットを借りると、一体何の用かとカノエを見つめる。
「いや、あのウブな猫ちゃんだったアコニーが、ちゃんと母親やってるなぁと思って」
「余計なお世話だよ。
それに、この位の歳になれば皆子供位作るし。
あたしの村だったら少し遅い位だよ。
まぁでも、そのせいで社長の子供と仲良く遊んでられるんだけどね。
あたし等の部族って、幼児期の成長が人族より早いしさ。遅くていいタイミングだった。みたいな?
……カノエも変に死にさえしなきゃりゃ、そんな子供たちを眺める幸せがあったかもしれないのに……残念だね」
「まぁね。
でも、過ぎちゃったこてゃ仕方ない。
情報だけになっても自我があるだけ儲けもんだと思わなきゃ」
少し悲しそうにカノエを見つめるアコニーに対して、カノエはそんなのはどこ吹く風と言わんばかりにケタケタ笑う。
「カノエがそう割り切ってるなら良いけど……
でも、そこまで淡泊なら、あの日カノエが死んだと思って泣いた涙を返してほしい。
とんだ悲しみ損だよ」
「そんな私の為に悲しんでくれるなんて、やっぱりアコニーは可愛いわ。
私に体があったなら、その毛並みを撫でまわしてあげたい」
カノエがエルフにやられた日。
アコニーは大事な友達が死んだとして大いに泣いた。
それは国後に帰るまで涙が止まらなかったと言うのだから凄まじい悲しみようであった。
カノエの死を知ったヘルガと共に涙が枯れ果てるまで嘆き続けたのだ。
だが、そんな悲しみも、拓也がカノエから受け取ったメモリをネットに繋がれたPCに繋いだ時で突如終わりを迎えてしまったのだ。
既にクラウド上にカノエが上げていたデータとメモリのデータが混じりあい、電子的な人格としてカノエが再生されたのだ。
肉体こそ失えど、情報の海の中で確かに生きているカノエ。
それを見た時、アコニーは悲しみとは別の意味で再度号泣したが、日が経つにつれ「形振り構わず悲しんだのに、悲しみ損の恥じかき損?」と彼女の中で疑問が湧いてきたのだった。
そんな訳で、あれから数年たった今でも、アコニーの中にはカノエに対して複雑な感情が渦巻いている。
「撫で回すとかやめてよ…… もう子供じゃないんだし」
そう言ってアコニーは、つーんとそっぽを向く。
だがそういった仕草に、未だ幼さを残し、カノエもアコニー可愛いと弄るのであるが、そうしてアコニーがそっぽを向いたとき、ふと視界に平田が首だけ横を向いて、どこかを注視しているのに気が付いた。
「何か面白い物でもあった?」
アコニーがどうしたのかと笑って平田に聞く。
「え?
あぁ、なんで基地の中に畑があるのかなぁって」
平田の指差す方向。
そこにはフェンスと有刺鉄線に囲まれたエリアの中に青々と広がる農園があった。
そしてその中にポツンと置かれた何かの工場。
なにを作っているのかは分からないが、とっても場違いな物に平田は思えた。
ただ作物を作るのであれば、こんな土地の制約の有る所に作らず郊外に作ればよい。
現にニセコや倶知安から来た酪農こそ人生といっても過言ではないオーストラリア系の住民が、農地を買い上げ、大規模な酪農を開始したりもエルヴィス国内では始まっている。
それとも、あれは魔女が釜で何かを煮る時に使うような特別な魔法の原料だろうか?
実在するか分からないがマンゴドラゴラの様な危険な作物を栽培してるので、監視しているとか……
そんな色々な推測が平田の頭に広がる。
だが、そんな平田に対して、アコニーの説明は、想像し得る中で最悪に近い部類であった。
「あぁ、アレ?
あれは芥子畑だよ」
なんの悪びれる素振りも無く、アコニーは平然と言い放つ。
「け……、芥子?」
「なんでも薬にするそうだけど、製薬会社が鎮痛剤の原料として道内で栽培しようとしたら、ヤクザが嗅ぎまわって面倒になって来たんで、コッチで栽培してるの。
間違っても近寄ったら駄目よ?無警告で撃たれるから」
余りに物騒な一言に、思わず平田の表情が固まる。
製薬会社がモルヒネ等の鎮痛剤の原料として芥子を管理して育ててるのは理解できる。
だが、ここは北海道の法の届かぬ地であり、ケシ畑の周りを小銃を持った警備が歩いている光景は、どう控えめに見てもアフガニスタンか黄金の三角地帯を彷彿とさせた。
「じ、じゃぁ、畑の真ん中に立ってる工場みたいなのは?」
「あぁ、アレ。
あそこは、自社用の薬――じゃなかった、何を作っているのかは守秘義務があって言えない。
だから聞くのも駄目ね」
「秘密……ですか」
直ぐに訂正していたが、アコニーが薬と言いかけたのを平田は聞き逃さなかった。
一体なんの薬だろうか。
芥子-薬-ヘロイン……
危険な想像しか湧いてこない。
それと同時に、平田の石津製作所への印象が一気に悪化していく。
「まぁ、そんな事はさておき。
射撃場に着いたよ。見てごらん。丁度練習してる」
アコニーはそう言って平田との話を打ち切ると、視界に入ってきた射撃場を皆に紹介する。
到着した射撃場は、広さはサッカー場程。
そこでは人型のターゲットに火球を放つ練習をしている魔術師も居れば、何やらライフルに弾を込めている者もいる。
「じゃぁ ちょっとお願いしてくるからちょっと待っててね」
そう言うとアコニーは火球を撃っていた一人に近寄り、何やらボソボソと話をした。
「いくよー」
準備が出来たのかアコニーが真紀達に向かって手を振ると、一人の魔術師が手を突き出して何かを呟いた。
ボゥ……
突き出した手から立ち上がる炎の蛇。
それは10m程の長さになり、中空をまるで生きているかのように動き回る。
弧を描き、ウネウネと脈動するその様は、映画のCGのような迫力だ。
「凄い凄ーい!!
炎の蛇を見て、目をキラキラさせながら大喜びする真紀。
種も仕掛けも無い魔術による炎蛇の実演に彼女は大興奮だった。
「うわぁ凄い!綺麗!綺麗!」
空中でダンスをしていたかと思えば、ヒドラの様に分裂する炎。
そんな魔術的イリュージョンを全員がそれに魅入っていた。
だが、如何したことだろう。
それも暫くすると、力尽きたかのようにさぁっと空に溶け込むかのように消えてしまった。
「あれ? 消えちゃった……」
真紀が名残惜しそうにそう呟いて視線を下に戻す。
見れば先ほどまで炎を操っていた魔術師の男が両膝をついて息を切らしていた。
「ありゃ、もうおしまいか。
まぁ、あんだけやれば精神力も底尽きるよね」
そう言ってアコニーは、魔術師の男の肩をポンと叩いて彼を労う。
「まぁ。
見た目が派手なのはこんなのだね。
もっとも、派手なだけで消耗は激しいし、実戦じゃ役に立たないけど」
「もっと他には無いんですか?」
「他って言ってもね。
土とか水系統の得意な奴はゼネコンとかに高給で取られてるし、ウチに流れてくるのは火系統ばっかりなんだよ。
この系統って大体燃料や電気で代用できるから需要少なくて……
まぁ、あと見せれるのは最近導入した魔導ライフルくらいだよ?」
「何ですかソレ?」
「うーん。
何ていうか特殊な弾に魔力を込めて打つんだけど…… そんなの女の子が見て楽しいもんじゃないから別にいいか。
じゃぁ ちょっと待ってね。
ちょっと他の系統も使えそうな奴呼んでくるから」
そう言ってアコニーは足元で息を切らしている社員の魔術師に真紀たちの相手を頼むと、他の人間を呼んで来ようと走っていった。
だが、どの魔術師も芸の為に修行を重ねたのではない。
アコニーが代わる代わる他を連れてきても最初のインパクトには程遠い。
結局何人か魔術を見せてもらったが、一番真紀にウケたのは最初の炎の蛇と、アコニーの精霊魔法による肉体強化を使った素手での石砕きだった。
もっともそれは、砕いた石を見せてドヤ顔を決めるアコニーに、カノエが「それは只の筋力では?」と突っ込み、アコニーがそこまで筋肉馬鹿じゃないプンスカと怒るコントのようなものであったが……
そうして実演する事、数種類。
そんなこんなも有りながら、彼等の楽しい時間は過ぎていくのだった。
…………
……
石津製作所で様々な物を見せてもらったその日の夜。
半日を使いって石津製作所を見学した平田と真紀の二人はツアーの手配したホテルに戻っていた。
魔法等を見せてもらった後、真紀はタケル達と遊んだり交流を深めていたのだが、夕方になり、やはりホテルに帰る事にしたのだ。
帰り際、タケル少年の泊まっていけばいいのにと言う言葉に惹かれる思いもあったが
流石の真紀もあまり世話になりっぱなりというのも気が引けたのか、「また来るね」との約束を残してツアーに合流したのだ。
今では二人とも疲れたのか、各々のベットの上で寝転んでいる。
平田は本を読みつつ、真紀はうつむけになりながら枕に顔を沈めていた。
「平田さん。
今日は楽しかった」
真紀が顔だけ平田の方に向け、笑って言った。
「ん?そうか
それは良かった」
「む、なにその素っ気ない反応は
平田さんは楽しくなかったの?」
真紀の声に、本から目を離さずに返事をしたのがいけなかったのか、真紀は平田を問い詰めた。
「いや、そんな事はないけど……
ちょっと思う事があってね」
「思う事?」
平田は考えていた。
昼間、石津製作所の中で見た芥子畑。
あれが全量製薬会社へ渡っているなら何も言わないが、その畑の中にあった工場らしき物が平田は怪しいと思っていた。
別に収穫した物を出荷する為の工場なら、別に隠す必要もないだろう。
だが、あの時アコニーは何かの薬を作っていると示唆した。
何を隠しているのか……
平田の直観は、あの会社には裏があると感じさせていた。
だが、そのような話、今子供の前でするべきでは無いのは重々承知している。
よって、平田はしらばっくれる事にした。
「まぁ、それは大人の事情で秘密。
子供はもう寝なさい」
「何それ」
ぶぅーと頬を膨らまし、抗議する真紀。
そんな彼女を無視して、平田は灯りのスイッチに手を伸ばす。
「もういいから。電気消すよ」
「あっ、待って――」
彼女の言葉を待たずに平田はパチリとスイッチを切る。
真っ暗になった室内。
そこまでして真紀もようやく観念したのか、もそもそと動いて布団に潜り込んだ様だった。
「平田さん……」
静かで互いの呼吸音しか聞こえない室内に、真紀の声だけが響く。
「今度はあの子たち、札幌に誘ってみよっか」
表情こそ見えないが、楽しそうな声色で真紀が言う。
「真紀ちゃんがそうしたいならすればいい。
自分には何の決定権も無いし……
まぁ、保護者の大統領閣下に許可を取ってだけど」
「……」
何かしたいのであれば保護者の許可を取ってから……
そして平田は真紀の保護者ではない。
そんな平田の言葉の後、室内に沈黙が支配する。
平田には、真紀がなんで黙っているのか分からなかった。
寝てしまったのか?暫くたって平田がそう思った時、微かに真紀の声が隣のベットから聞こえた。
「それはたぶん大丈夫だけど……
……その時は、平田さんも一緒ね」
そうして、彼らのメリダの夜は過ぎて行った。
とりあえず平田の最初の大陸訪問とメリダの近況報告はここまで
次話からまた本筋に戻ります。




