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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
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起業編3




ロシア領事館



兵器工場の認可を求めてきた二人組が去った日の晩、息子のアレクサンドルが戻ってきた。

父であるニコライがいくら言っても連絡すら寄越さなかった息子に、あの二人組はどんな魔法を使ったのだろうか。

ニコライがその事について聞こうとするが、息子は帰ってくるなり就職の世話の礼を言うと、荷造りしてまた出て行ってしまった。


「それにしても、宜しかったのですか?」


窓辺で息子が出ていくのを見ていたステパーシンの後ろから、一人の将校が声をかける。

ウラジーミル・ツィリコ大佐。

国後・択捉島に展開する第18機関銃・砲兵師団の師団長だ。

彼もまた、本国との連絡のために領事館に来ていた。


「兵器工場の事か? しかたあるまい。どちらにしろ、クリルの産業構造では全て自前で調達するのは不可能だ。」


「でも、材料はともかく製造まで任せることは無かったのでは?」


ツィリコ大佐がもっともな疑問を口にする。

兵器製造という重要なことに対し、あえてヤポンスキーに任せずとも自前でやればいいのではないか?

その疑問に対し、彼はこう答えた。



「大佐。考えてもみたまえ。今回の異変で我々は外界から隔離された。

しかし、すぐに元に戻るかもしれん。そこのところは誰にもわからんがね。

そのなかで、日本人が我々の補給を引き受けるといってきたのだ。

それも、我々の首輪付きでな。

仮に異変がすぐに解消し、全てが無駄に終わっても、大損するのは日本人であり我々には何も損はない。

そして、このまま異変が続いても我々は武器の製造ラインを維持できる。

安全保障上、物資の貯蔵と同じくらい製造ラインを保持し続けることが重要なのは君も知ってのとおりだろう。

それに、彼らは我々の認可の下で製造を行うのだ。

もし、コントロールが利かなくなった場合、認可を取り消して工場を接収することも可能なのだよ。

まぁ 私としては、息子の勤務先にそんな国営ガス企業みないな真似をする気は無いがね。」


ニヤリと笑うステパーシンに、ツィリコ大佐も納得がいったように笑って応えた。

全てが手の上の事。

この時、ふたりはそう信じていた。







異変14日目



北見市



その日、地元では最大の信金から、拓也とエレナの二人が出てきた。

だが、その表情はどこか暗い。


「Fuck!たった2千万でどうしろってのよ!」


自動ドアが閉じたのを見計らって、エレナの口から思わず悪態が出る。

2千万円。億に届きもしない金額が、現在の拓也達への評価だった。

事業許可を得て以降、様々な金融機関の開業資金担当部署を回り、全ての融資可能額を足しても1億に届くか怪しい。

平和な日本の金融業者は、銃器メーカーを起こそうと言う者への信頼は低いものだった。


「ねぇ、あなたもそう思わないの?」


エレナは拓也に向かって叫ぶ。

だがしかし、当の拓也は片手でエレナを静止させると、携帯でどこかに電話を掛け始めている。

流石に電話中の相手に突っかかるのはどうかと思ったのか、エレナは頬を膨らませながら拓也の電話が終わるまでソッポを向く。


「…ええ、メールでお送りした通りです。 …はい。 

…そこは其方の判断に任せますので、ご満足頂けた分だけ…」、


拓也はツンケンするエレナを放置しながら電話に集中する。

パッと見、片手であしらったことで怒ってるなとは思いつつも、そちらは後回しだ。

そして、ようやっと電話が終わると、それまでそっぽを向いていたエレナがくるりと拓也のほうに振り返る。


「で!あなたはどう思うのよ!」


ガルル…と唸るように拓也に詰め寄るエレナ。


「あ?えっと、融資に関する話だっけ?

まぁ 仕方ないんじゃない?

事業経験もない奴らがイキナリ図面持ってきて『これ作りたいから金貸して』なんて言っても厳しいよ」


融資の依頼当たって、拓也達は事業計画及びに例の図面一式を用意していた。

ステパーシンの助けもあってか、コスチャから送られてきた電子化された図面類。

コスチャ曰く、手順書は手に入れることは出来たが、なかなか治具図面類が手に入らなくて困ってきたところに、一人の黒服の男が家に尋ねてきたそうだ。

その男は、電子化された製品や治具の図面類を拓也に送るよう頼むと、他にデータが流出した場合、命の保証はできないと言葉を残して消えたそうだ。

ビビるコスチャに感謝を伝えつつ、拓也はエレナの助けを得て最低限のQC工程表や作業手順書類を和訳。

そしてそれらを持って幾つかの金融機関を回っては見たが、結果は厳しいものだった。


「あなた分ってたの?! じゃぁこれから一体どうするのよ」


エレナがヒステリックに拓也に詰め寄る。

だが、拓也はそれをどぅどぅと暴れ馬を落ち着けるようにいなし、その心のうちを説明する。


「まぁ、待て。

資金については、まだ策はある。とりあえず、結果が出るまで一時保留だ。

それよりも考えなきゃならない事はほかにもある。

用地買収から機械設備の目処をつけなきゃならないしね」


「う~…。でも、お金が無きゃ全部絵に描いたもちじゃない」


エレナが心配そうに拓也に聞く。


「まぁ そうなんだけどね。

でもまぁ、予想では数億はゲットしたい。いや、する。むしろ出来るはずだ!…と思うので

それを念頭に行動します」


「……なんか今、希望的観測で失敗する典型例みたいな言葉があったけど本当に大丈夫?」


「まぁ 何にせよ。今は立ち止まらず積極的に前進するべきだよ。

気分的にはスターリングラードを思い浮かべてもらえればいいよ。

成功のためには競合他社が現れる前に一心不乱に走るしかない。そして資金という名の弾は突撃の最中にゲットすればいい」


「大祖国戦争の激戦地の例で例えられると嫌な感じね。

でも、それならベルリン占領っていう最終的な成功は約束されたような感じもするわ」


大丈夫という根拠はない。

だが、そんな中でも笑いかけてくる拓也の笑顔を見ているとエレナも不思議と安心してきた。

5月4日という勝利の日は道のりは険しいけども必ずやってくるような気がしてくる。


「まぁ そんな訳でさ。

今ちょうど良い催しが札幌であるんだ。

なんでも、道庁のほうで道外資産を売却して買いあさってる産業機械類を格安でリースする説明会なんだそうだけどね。

まぁとりあえず話を聞いて、欲しい機械類について粉掛けておけば、資金調達後の行動もスムーズだしね。

仮に資金調達に失敗したらキャンセルしちゃえばいい」


「ふぅん。

まぁ そういう事なら、一度行って見た方がいいかもね。

それにしても、もうそんなのが始まってるの?

お役所とは思えない行動の速さね。」


「なんでも、知事がその決定を下した後、行動が遅いと散々マスコミに叩かれた政府が本気で後押ししてるらしい。

ニュースでは、内地から中古の工作機械が消えて、続々と青函トンネルからこっちに送られているらしいよ」


「じゃぁ また札幌行きね。

せっかく北見に戻ってきたのに、また武ちゃんと離ればなれだわ」


エレナは、子供と離れるのが寂しいと話ながらも、これも子供の将来の為だと割り切る。

色々は不安や葛藤を抱えつつも、彼女は未来へ一歩づつと進もうとする夫を信じて、彼の背中についていくのだった。




異変15日目



札幌 


札幌流通総合会館




この日、拓也とエレナは、道庁が中心となり設立した道外売却資産運用ファンドの企業向け説明会に来ていた。

この説明会は、ファンドが道内の産業振興のために内地で買いあさった工作機械のリースに関する説明が主だったのだが、

全道から工作機械を求めてやってきた企業はもとより、その集まった企業に対する自社製品の売り込み目当ての企業も集まるという北海道史上空前の大商談会場となっていた。

本来は商談会ではないのだが、ちゃっかりブースを構える企業がでて会場の運営側がそれを黙認すると、他の企業もそれに続き、今では会場外にまで企業ブースが立っている。

そんな熱気の中、格安でリースされる機械類は、すぐに契約済みとなって「ご成約」と書かれた札が貼られ会場から搬出されていくのだが、道も政府も本気になって全国から買いあさった機材を次々と運び込むため、3日目を迎えても熱気は一向に覚める気配はなかった。

そんな、熱気あふれる会場内に拓也達はいた。


「これで、だいたい揃ったかな。プレス機、大熊の横旋盤、ヤマダマザックのNC加工機にマシニングセンタまでリースできたよ。」


拓也は満足げな顔でエレナに話かけると、エレナは逆に心配そうな顔で言った。


「そんなに確保して大丈夫なの?あとで、資金調達に失敗したとか嫌よ?」


「それが、このリース契約は最初の5年は無償で、その後もリース費用はそれほど高くないんだよ。

ちなみに希望すれば、格安で買い取れるって説明会の資料にもあるよ。

まぁ、資金調達の秘策が失敗したら、金融機関から借りた資金だけで工場建屋も中古を借りて体裁を整えつつ、5年以内に軌道に乗せるよ」


心配すんなとエレナに語る拓也

全く根拠のない自信だが、その嬉しそうな顔を見て、エレナもまったくもうと表情を緩める。


「それでこれからどうするの?他に要るものはないの?」


エレナが次の予定について聞いてくる


「本当は個人的な趣味からすると結構な数が入荷されてる金属粉末積層加工機ってのが欲しいんだけど、使いどころが無いので諦めた」


「金属粉末?」


エレナが首を傾げる


「金属粉末積層造形って技術があるんだけど、簡単に言うと金属用の3Dプリンタだよ」


「3Dプリンタ?」


「そう!従来の焼結法じゃなく粉末金属を溶融させて積層するから強度も高いし、従来技術では面粗度に問題があったけど昨今の技術革新で三角4つ、つまりRa0.05クラスも出来るようになっているんだ。

いいなぁ… 欲しいなぁ… 3Dプリンタ…」


拓也は饒舌に加工機の素晴らしさを語るが、製造業についてズブの素人のエレナには何を言っているかは理解できなかった

だが、当の拓也は視線の向こうに転がる機械類を見ながら、まるで玩具を欲しがる子供のような目で見つめる。


「そんなに欲しいなら貰ってこればいいじゃない?」


「うーん、でもねー。あまり量産に向かないんだよ。

試作品作りとかで、部品作りたいけど金型作る予算までは無いときに重宝しそうだけどね。

それにチタンとか難削材にも使えるのが魅力なんだけどねー。

うぁー… でも、何に使うかは別としても個人的には欲しいなぁ

それに、欲しいといえばヨツトヨ社の三次元測定機も良いなぁ…」


そういって拓也はまた機械群へその熱い眼差しを送る。

その様子は、まんま玩具が諦めきれない子供のようであった。

エレナはその様子を見て、呆れながらに言う。


「そういうのは儲かってからにしなさい。

んで?今日はこれでおしまい?」


エレナのその言葉に、拓也は名残惜しそうに機械からエレナへと視線を戻す。


「いや、用件はまだあって、こんだけ沢山の企業が集まってるんだから、製品を製造するのに必要な外注企業を探したいんだ」


「さっきの機械だけじゃ駄目なの?」


先ほどまでに色々と仕入れた機械だけでは不足なのかとエレナは拓也に疑問をぶつける。

そもそも、エレナはロシア在住時代は元ナースで現在は専業主婦。

製造業にかんしては予備知識も何もなかった為、一体どういった設備が要るのか余りイメージできていないようであった。

この事に関しては帰ったら一から教える必要があるなぁと思いつつも拓也が説明を始める。


「さっき買った機械は金属加工用だけだよ。たとえばウチの製品一つ作るにしても色々な工程があるんだ。

まず規格の素材を調達し、部品加工後は表面処理、それにグリップには樹脂が使われてるし、銃弾に至っては火薬も調達しなければならない。

そして、それらを組み立てるには専用の機械を用意しなければならないよね」


説明する拓也は、理解してるのかは疑問だが相槌をうつエレナ相手にさらに説明を続けた。


「その中で、ウチがやるのは金属部品加工と組み立てだ。あとは他の会社から買う予定だよ。

たとえば、樹脂については釧路の新興樹脂メーカーを見つけたんで、さっき名刺交換して会社案内を貰ったし、火薬については美唄にある北海道帝国油脂って会社が自衛隊用にガンパウダーを作ってるって話なので、後日伺うアポを取ったよ。

なんでも、このメーカーは前までは産業用爆薬とかだけだったんだけど、最近になって雷管とかガンパウダーも作り始めたんだって。

正直なところ、あんまり詳細を詰めずに事を始めたもんだから、この会社がなかったら、危なかったよ。」


はっはっはと笑う拓也。

だが、話ている内容とその呑気さのギャップに、エレナは怒りの声を上げた


「こんの馬鹿!!笑い事じゃないでしょ!?もし、その会社が作ってなかったらどうするつもりだったの?

子供の未来もかかってるんだから、もうちょっとしっかりやってよ!」


犬歯をむき出しにして怒るエレナの余りの迫力にビビる拓也。

ヤバい、地雷を踏んだ!

拓也は彼女の表情をみて身構える。

大筋の計画は立てたけど、その後はその場その場で考えて行動してるなんてバレたら、本気で殺されるかもしれない。

そんな事を考えながらビビる拓也に更に大激怒しているエレナ

その恐ろしさに周囲からも注目され始め、拓也の周囲から人々が避けるように離れ始めるている。


「ま、まぁ、結果オーライって事でさ。他の人も見てるし抑えて抑えて…」


いまだ唸り声をあげてるエレナも、周囲に注目されてはこれ以上怒ることもできず、なんとか怒りを抑える。


「まぁ このことについてはもういいわ。

あともう一つ質問なんだけど、組み立てには専用の機械がいるって言ってたけど、それは調達して無いわよね? どうするつもりなの?」


エレナの圧力から解放された拓也は、助かったとばかりに溜息を一つ吹いた後に答えた。


「AKについては手作業で組み立てで問題ないんだよ。ロシアの工場でも途上国の町工場でもそうだし。

それより弾薬の製造用に必要なんだ。あれは、量を作ってナンボだからね。

幸いにしてラインの図面はあるので、それの小規模版を産業機械の製作会社に発注しようと思ってる」


「特注品ってわけね」


そういうことなのねと納得したエレナに言葉を続ける。


「他の汎用機械類についてはここでリースできたけど、これは受注生産になるからね

多分、設備投資の中で一番高くなる。まだ見積もり依頼した段階だけど、ちょっと価格面で心配だよ」


恐らくはこれから細々とした設備も色々と揃えなければならない。

資金調達に失敗したら本当にどうしようかと拓也は思いつつ、次々に出るエレナの質問に拓也は答えていった。





同日


同会場内



多くの企業人でごった返す会場内を、高木はるか知事が秘書と視察に来ていた。

北海道だけでも経済が成り立つように、道が全力で取り組んでいる事業だっただけに、彼女はその成り行きが気になっていた。


「随分と企業が集まっているわね。リース目的じゃない企業までブースを開いてるし」


大商談会と化した会場の盛況ぶりに気を取られながら、後ろに続く秘書に声をかける。


「そうですね。第二次産業が弱かった北海道が、これで大幅に製造業を増強できます。

もし、仮に膜が消え去った時に、これならば内地と製造業で張り合えるかもしれませんね」


秘書もその熱気に半ば飲まれたようだ。

興奮気味に高木の言葉に返答する。


「まぁでも、工作機械の導入で中小企業は発展するでしょうけど、…問題は技術力ね。

技術力のある大企業に対し、政府を通じて道内の子会社に技術情報を集積するようにしてもらったけど、道内に拠点のない産業界から技術を引き出すのは流石に難しいわ。

無理に技術の開示を求めても、膜が元に戻った時は自社技術が漏洩してしまうので絶対に拒否するし、残る手段はM&Aで強制的に技術を奪うしかなくなるわ。

それに奪ったとしても産業拠点を一から作らなければならないので時間も必要になるし… ふぅ、物資統制はまだまだ続きそうね」


高木知事が言っているのは北海道には無い半導体等の工場の事だ。

北海道には小規模な半導体メーカーもあるにはあるが、DRAM等の大規模メーカー工場は存在していなかった。

そこで、内地のメーカーに技術援助を要求したが、要請された側にしてみれば北海道が仮に戻ってくることがあった場合、自社技術が大々的に漏洩している事態になる。

半導体技術の漏洩と産業スパイ行為で過去に隣国の国策メーカーから苦い経験を受けていた為に全て断られた。

次に行われたのが、中国などの供給過剰で会社が傾きかけた海外メーカーに対するM&Aだった。

性能は世界の先端からは劣っても、ほどほどの物が作れれば良かったので事業規模が小さく買いたたくことができたメーカーから、技術は劣るものの製造に関するすべての技術を奪うことに成功した。

だが、技術があっても生産ラインがなければ何もならない。

既に道内に官製工場の用地選定を急がせているが、物が出来上がってくるのは早くても3年後という予測が出されていたう。

それまでは、PC等の機器は新たに製造できなくなる。

在庫でどうにかするしかないのだ。

道民の皆さんにはこれから数年は物資統制による様々な不便を感受してもらわなくてはならないだろう。

そんな暗い話題について秘書と話ていると、会場の一角から大きな叫び声が聞こえた。


『こんの馬鹿!!笑い事じゃないでしょ!?』


なにやら、二人の男女が喧嘩をしているようだ(まぁ喧嘩と言っても男の方が一方的に怒られているだけのようだが)

その二人の手には、色々な企業の会社案内などが握られているのが見えた。


「結構若い人にも見えるけど、起業するのかしら?

ちょっと興味が湧いたわ。ベンチャー企業にエールを送りましょうか」


そう決めた知事は、二人のもとに人の波をかき分けて近づいて行った。




一方で、拓也とエレナはというと、落ち着きを取り戻したエレナの質問に対し、拓也の色々と説明している。


「…というように、製造業では工作機械の他にも検査道具も一式そろえなければならないんだよ。

某重工系の軍需やってるところは、だいたいヨツトヨ社製で揃えてるから、ウチもそうしようと思う」


エレナへの講義はいまだ続いていた。

今話ている内容は、『品質保証と計測器について』

正直なところ、エレナが理解しているかは二の次で、拓也の自己満足に近かった。

明らかに(もういい加減にしてよ)という表情をエレナは浮かべているが、それが分っていても拓也は止まらない。

定期校正とトレーサビリティの重要性。それらを語り尽くし、拓也が更にヒートアップしてきたところで不意に視界の外から声をかけられた。


「あなた達、ちょっといいかしら?」


自分の世界にトリップしていた拓也が、その声のした方向に振り向くと、落ち着いた雰囲気の女性と、そのお供と思われる男性が立っていた。

ん?どこかで見たことがある気がする。

拓也はその女性が記憶のどこかに引っかかると思い、そして思い出した。


「も、もしかして高木知事ですか?」


その女性は、ええそうよと答えると、にっこり微笑んできた。


「あなた達、お若いのに積極的に動き回っているようね。ベンチャー企業の方?」


なぜかは知らないが、知事がこちらに興味をもって声をかけてきてくれた。

著名人と会話する機会があって嬉しいのが半分と、道のトップに名前を知ってもらって損は無いなと思う打算半分に、拓也はにこやかに返す。


「ええ!これから新しく工場を作ろうと思いまして、本日はその機械の調達と商談をしに来ました。

それと申し遅れました。私、石津拓也と申します。こちらは妻のエレナです。」


拓也の紹介にエレナもどうもと会釈する。

それを見て、高木も気づいたようだ。


「あら、お嫁さんは外国の方?」


その問いかけに、エレナも緊張気味に答える。


「はい、ロシアから来ました。」


「二人で日本とロシアの間に立ったビジネスをと思いましてね」


エレナの自己紹介と拓也の補足を聞いて、高木は驚いたように目を見開いて拓也達をまじまじと見る。

彼女も意外だったようだ。


「今回の騒動で、南千島と北海道が一緒に隔離されてしまったけど、あなた達みたいなのが間を取り持ってくれると両地域にとっても好ましい事ね。

ところで、何の商売を始めるのかしら?差支えがなければ教えて下さる?」


同じ境遇にたった両地域の交流は望ましい。

そう思い笑顔を浮かべながら聞く高木に、拓也が笑顔を崩さずに平然と答えた。


「銃火器の製造です。」


「…」


誰しもが予想だにしなかった答えに、一瞬空気が凍る。

高木にしてみても、まさか銃を作るなど予想の遥かに上だったのだろう。

平然を装いながらも、どこかぎこちなく見える。


「じゅっ銃ですか? でも、許認可の類はどうしたんですか?

誰でも作れるようなものではないと思いますが…」


その質問に対して得意げな表情で拓也は答える。


「既にロシア側の許可は頂いております。製造工場も国後ですし」


知事の表情が曇っていく、道が集めた機材を使いロシアの武器を製造するというのだ

この男は一体何を考えているのだろうか?

疑惑の眼差しが拓也に突き刺さる。


「あなたの事業はロシア側に一方的に利益を与えているように見えるわね。

自衛隊の補給も先が見えない中で、こんなことが許されると思うの?

この場で、私がリースの取り消しを命じたらどうなるかしら?」



もし、本当に売国奴なら… この青年には報いを受けてもらおう



そう考えながら高木は拓也に質問するが、その言葉を予想してたかのように拓也は答える。


「えぇ。確かに今はロシア向けの製造のみですね。

私どもはロシアの兵器メーカーから各種の図面から技術資料まで入手しておりますので、資金と設備の支援があれば大抵のロシア製小火器は製造できるでしょう。

それと、知事。ご存知ですか?

ロシアは東側規格の武器を世界に売っていると思われますが、実はNATO規格の弾薬も輸出しているのですよ。

当然、私どもの入手した資料の中にもそれはありました。

自衛隊の89式小銃は確か、NATO規格の互換性がありましたね。

まぁ あくまで仮定の話ですが、将来的に道内でも許認可がいただけるのであれば、道の安全保障にとって有益だと思いますよ。」


満面の笑顔で語る拓也。

だが、高木の疑惑の目は未だに晴れた訳ではない。


「しかし、なぜ武器なのです? もっと平和的なビジネスもあったはずでしょ?」


もっともな疑問であったが、拓也にとってみれば取るに足らない疑問でもあった。


「例え、自分たちがやらなくても他の人がやることです。

それに、内地と分断された今、北海道にない産業に参入を起こすのはチャンスなんですよ。

無論、許認可等の利権の関係上、困難もありますが。

向こう側は、私たちを自分たちの許認可の下でコントロールできると思っているでしょうが、サプライチェーンは道の影響下にあります。

つまり、道と南千島の友好が保たれている間でしか私たちのビジネスは機能しません。

いいかえると、向こう側の弾薬補給は、北海道と友好関係を結んでる状況に限り維持できるという事です。

そして、この二つの地域がそれぞれ別々に独立を保つってのは並々ならぬ困難があると思うんです。

北海道は南千島の石油が、向こうはこちらの物資が必要ですし、いずれ二つの地域は統合するんじゃないかと読んでいます。

そうなれば、私たちは安泰ですね。

武器弾薬の製造が平和の維持に一役買うことになるのです」


拓也の話を聞き、高木知事は驚いた。

目の前の青年は、殺人兵器を作り出すことによって平和を演出しようとしているのだ。

まぁ 建前が本音かは別としてもだ。

彼の話を聞く限りは、別に彼らがやらなくても同じ状況は作れそうな気がしたが、すでに向こう側の許可を受けているという。

そうなれば、製造元を絞った方が監視も用意だろう。

短い時間で高木はそう結論付ける。


「なかなかいい話が聞けたわ。実に興味深かったし、もうちょっとお話たいのだけれど

私はこの後のスケジュールが詰まっているので行かなければならないの。だけど、また機会があればお話しましょう。

がんばってねお二人さん。」


満足げに高木は感謝を伝えると、彼女は二人にエールを送ってその場を離れていく。

振り返れば拓也ら二人が、こちらの姿が見えなくなるまで手を振っていた。

それから道庁への帰り道。

秘書の運転する車内で、窓の外から会場を眺めつつ知事は呟いた。


「なかなか面白い人と出会えたわね」


その言葉を聞いて、秘書はルームミラーで窓の外を眺める知事の様子を見る。


「銃を製造しようという二人組ですか?」


フフ…と秘書の言葉を聞いて高木が笑う。


「私の予想だけどね。 彼、この二つの地域をつなぐキーパーソンに成長する気がするわ」


高木はそう秘書に告げると笑みを浮かべたまま再び口を閉じる。

二人を乗せた車は、そのまま静かに道庁へと戻っていくのだった。



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