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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
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交流拡大、浸透と変化5

ネウストリア教皇領に割り当てられた休憩室内は、室内の空気が不穏なほどに澱んでいた。

内にいるのは、部屋の主であるネウストリアの他、セウレコス、ゴートルム、エルヴィス、アーンドラの面々。

彼等は、敵であるサルカヴェロの切った北海道を巻き込むという外交カードと、同じイグニス教国でありながら歩調を乱すキィーフに対しても同じように怒りを感じ、

交渉再開に向けキィーフ抜きでの対応を検討している。

とはいえ、資源を盾にし、中立国である北海道を全面的に巻き込もうとするサルカヴェロの手法は、実に優秀な効果を発揮している。

何せサルカヴェロの要求に彼らが強硬に反発し、仮にサルカヴェロ産の資源が全て禁輸された場合、イグニス教諸国も困るが、一番困るのは北海道なのだ。

だがもし、北海道が参戦しておりサルカヴェロと敵対していたならば、敵国のこのような要求はにべも無く拒否していただろう。

だが、現実には北海道は中立国。

とばっちりで資源という血脈を止められるくらいなら、イグニス教諸国に譲歩を迫る可能性も無いとは言えない。

何せイグニスもサルカヴェロも両方が相手が飲めないであろう要求を出しているのだ。

交渉を破たんさせ、最悪の状況になるくらいなら、片側に譲歩させ、丸く収めようと言う意図が働いてもおかしくないのだ。

北海道の非参戦。

敵か味方かハッキリしない事自体がイグニス教諸国を動揺させている根幹と言えるだろう。

故にケバヴィがロベスピに問いかける一言は、皆のそんな心境を如実に表していた。


「ロベスピ殿

正直な所、北海道には中立を維持するのにどれ程の覚悟があるでしょうか」


顎鬚に手を当て、困った様な表情でケバヴィがロベスピに言う。


「実際の所はどうでしょうね。

大統領閣下は此方に対して友好的に接してくれてはいるが、最終的な利害が絡めば個人の意思など国家の前には軽いものだ」


そう言ってロベスピは溜息を吐く。

個人的な信頼だけでは外交は出来ないのだ。


「待ってください。

あたかも北海道がハナから信じられないという言動は如何なものかと思います。

私は高木大統領が此方を捨てないと信じたい。

何故なら我々がサルカヴェロ相手に戦えたのも半分以上は北海道の武器支援のおかげ。

ここまで助けておいて、急に掌を返すなど無いと信じる」


そう言って、ゴートルムのミゲルはガタリと椅子から立ち上がると、周りを見渡して一喝する。

その澄んだ目は、相手を信じれずして何が味方かと訴えているようだが、残念ながら皆は彼を見つめるだけで賛意を示す人間はいない。

ただ一人、クラウスだけが彼に優しく語りかけるのみだった。


「バガリャウ殿。

君は若い。だがらまだ判らぬかもしれないが、時に個人の意思は国家利益に逆らえぬ時もあるのだよ」


「ですが……!!

じゃぁ一体どうしたら良いんです?

大人しく奴らの言い分を聞けって言うのですか?!」


「そうは言っていない。

それを如何するかを今から考えるのだ。

例えば、サルカヴェロがしたように、我々も脅迫でもって譲歩を引き出すとか」


クラウスの言葉に、先ほどまで熱く食って掛かっていたミゲルの動きが止まった。

脅迫……そんな外交カードはこちらにあったか?

ミゲルは眉を潜めてクラウスに問うた。


「脅迫?

何か良い案でもあるのですか?」


「今はまだ確実な案はない。

だが、手段を確保するために動かなければならない事は確かだ。

例えば、北海道が来た世界にあったと言う生物兵器とやらを入手するとか」


「生物兵器?」


「なんですかなそれは?」


知らぬ単語が出て、ミゲルだけではなくケバヴィもクラウスに問い返す。


「何でも、向うの世界では毒ガスと並んで大量破壊兵器と呼ばれ、特に細菌兵器と呼ばれる種類のものは、黒死病や天然痘などの流行病を武器として使う技術だそうです」


真面目な表情を崩すことなく淡々と説明するクラウス。

だが、その説明を聞いてケバヴィ達は飛び上がった。


「黒死病だと?!」


そんな危険な代物を兵器として扱うなんて狂気の沙汰。

ケバヴィは正気かと言わんばかりの表情でクラウスを見る。


「でも、この方法は難しいかもしれません。

何せ今の北海道の高木政権は、我々がサルカヴェロ相手に毒ガスの無制限使用に踏み切るのに難色を示していました。

同じ分類の兵器の開発を彼らは許さないでしょう」


そう言ってクラウスは溜息を吐く。

脅迫に使えそうな兵器ではあるが、配備するに当たりハードルが高いのだ。

そしてクラウスの言葉に補足する様にロベスピも口を開く。


「クラウス殿は面白い発案をなさる。

確かそれは脅しとしては有効そうだが、それを保有するのに解決しなければならない問題点はまだある」


「というと?」


「知っての通り、イグニス教の現教皇は統制派。

兵士のぶつかり合いを重視する彼らは、そのような兵器を毛嫌いする嫌いがある。

それに神の使徒の軍が疫病をばら撒くなど外聞が悪すぎる」


そう言ってロベスピは目を瞑って苦々しく首を振る。

ロベスピは教皇領の人間であるが、所属する派閥が教皇の統制派とは違い、クラウスと同じく純粋派に属する。

教皇領の為に働くという目的では統制派と一致できても、細かい政策では反目することも多いのだ。

そして、その気持ちはクラウスも一緒であった。


「また統制派ですか……

彼等は何時も足を引っ張る。

次期教皇選では何としても引導を渡さねばなりませんね」


「うむ。

次期教皇戦で純粋派を勝利させ、北海道を説得できれば

最早、サルカヴェロなど恐れる事は無いのだが……現実は難しい」


サルカヴェロの圧力を跳ね返し、勝利を掴むための手段は簡単には手に入らないのだ。


「しかし、いつかは通らなければならぬ道です。

例え今回の交渉で不利な譲歩を飲まされても、次の戦争で勝てば問題は無いのですから。

その為に必要な事は全てやる必要があります。

特に先ほど言った生物兵器は敵国を根幹から滅ぼし、勝利に大いに貢献するでしょう」


「そうだな。

クラウス殿の言う通り、勝てる見込みが出て来るなら多少は屈辱に目を瞑っても耐え、準備をせねばならん。

教皇選の準備、北海道での工作…… 全ては次の聖戦の為に……」


そうして彼らは一つの方向性に辿り着いた。

仮に多少の分が悪い交渉になったとしても、次の戦争で取り戻せばいい。

彼等にとって必要なのは次の戦争の為の準備と時間。

内々にして、彼らが強い意志と目的で結ばれた瞬間であった。


だが、そんな記念すべき瞬間であったが、彼らは誰一人として気付いていない。

彼等の集まったネウストリア教皇領控室……もとい、この会場全体にある種の機械が多数仕掛けられているの。

そんな彼らの預かり知らぬところで集められた情報は、専用の職員の手で纏められ、オンラインで送られていたのだ。







「なんですか?

あのバカどもは?」


政府連邦ビルの会議室にて、閣僚と一緒にその会話を聞いた高木は、信じられないと言う表情で開口一番そう切って捨てた。


「閣下、少々お言葉が過ぎます」


そう言って戒めるのは、現地からテレビ電話にて会議に参加する鈴谷外相。


「でも聞いていたでしょう?

生物兵器を保有したい?それも実戦使用前提で?

狂気の沙汰だわ」


これがもし、転移前の世界であったら、毒ガス戦、生物兵器戦を国家の主戦法に据える国など狂っているとしか言いようが無かった。

そんな事をすれば国際的な評価を落とし、大国の介入や制裁すらあり得る戦法だからだ。

高木は呆れ果て、大きくため息を吐く。


「それにしても、盗聴を指示して正解だったわ。

サルカヴェロにしても盗み聞いた限りじゃ、新式の軍制を整えた自信から来る膨張政策が開戦の原因っぽいし

揃いも揃って場当たり的な対応だけじゃなく、大戦略を策定する気は無いのかしら?」


高木は、馬鹿ばっかりと頬杖をつく。

そして、そんな高木に同調する様に、大きな狸のような体格の武田勤STRA(Science and Technology Recovery Agency - 科学技術復興機構)理事は大きく頷いた。


「それは彼らの社会システムの未熟さゆえだよ。

特にサルカヴェロは未開部族の制圧はしていても、本格的な戦争は初めてなんじゃないのかな。

だが、兵器の威力を知らぬという事は恐ろしい。

特に生物兵器など、公衆衛生の概念が未発達な各国では、諸刃の剣だろうに……

彼等には啓蒙と首輪が必要なようだ」


「そうですね。

取りあえず経験不足の各国には、今回に限り双方に必要ならば飴でも与えて妥結させますが

今後も同じことが繰り返されるのは困りますね。

調停機関としての国際機関……

やはり、今回の交渉の中で提唱しましょう。

彼等はルールで縛る必要がある。

それにサルカヴェロの資源外交……

あれも規制する為にWTOの様な機関が必要ですわね」


高木の発言に皆が同意する。

無知な子供に刃物を持たせてはいけない。

それを取り締まり、危険性を啓蒙する組織の必要性を会議室の面々は強く感じる。

そして、その組織の中で彼らを導くのは"危険性を知る者"である北海道がその任に付くのは必然であると皆は考えたのだ。

だが、高木の発言では一定のコンセンサスはなされたが、まだ物足りないかのように武田STRA理事は言葉を紡ぐ。


「大統領のいう事は尤もだ。

だが、我々成すべきことはそれだけでは不足だ。

今回の交渉の進行を聞いて、我々にやらなければならない事が、もう2つばかりやる事が出来たようだね」


「やらなければならない事……ですか?」


武田の言葉を聞いて、高木は頬に指を当てながら首を傾ける。


「そうとも。

一つ目は…… そうだな、先ほどの話を聞いて思わなかったかね。

今のイグニス教は、統制派と呼ばれる派閥に属する教皇が色々と戦争のルールを決めているそうだ。

それが、彼らの言う教皇選でルール無用の純粋派とやらが勝ってみたまえ。

世の中は血で血を洗う闘争の時代に入る事は間違いあるまい。

それも大量破壊兵器を使う事に、何の躊躇いも無い連中が跋扈する中でだ。

それを未然に防止する意味で、水面下で純粋派を妨害した方がいいのではないか?」


過激な教皇の選出を阻止するための選挙妨害。

次の教皇選挙がいつになるかは知らないが、水面下でのネガティブキャンペーンを行ってはどうかと武田の提案に、武田は深く考えさせられた。

だが、その考えには一つ問題がある。

今のエルヴィスにて、親北海道の政策を取るクラウスは純粋派の所属なのだ。

そして、聞く所によると彼には教皇選に出れる資格があるらしい。


「純粋派を妨害ですか、それは親北海道のクラウス殿らを裏切る事になりますが……

……そうですね。

大局を見れば、仕方のない事かもしれません。

流石に生物兵器の積極使用を唱える人たちを、この世界の一大勢力のトップには据えられません」


「あぁ、親北海道の人材が憂き目にあうのは申し訳ないが、この際、そんな事は言ってられない。

だが、関係悪化を避ける為、事の露見を避けるよう慎重に事を進めればならないだろう」


例え対抗勢力を陰ながら支援しても、事が露見しなければエルヴィスとの関係悪化は無い。

武田はそう断言し、話を続ける。


「話を続けるが、今、北海道がなすべき事の二つ目は、資源の確保。

今までは北海道内に引き籠りつつ、交易で資源を入手していたが

これよりもっと積極的に対外行動をした方が良いだろう」


資源の問題。

これも交渉の進行を聞いていた会議室の面々も重要性をヒシヒシと感じていた。

一国に握られる資源供給源。

それは、他国に国の心臓を握られているのと同じなのだ。

握りしめられれば国家の血流は止まり、体細胞の壊死が始まる。

実際には道内の鉱山を最大限利用することで生きていく最低限は自給可能なのだが、経済の成長を合わせて考えた場合、それでは不足なのだった。

だが、そうであると理解はしていても、積極的に資源を確保すべきと言う武田の言には、少なくない人数が疑問を呈する。

かくいう高木もその一人であった。


「外への積極的な資源確保……

それは資源を求めた戦争ですか?

北海道にそこまでの外征能力は無いと思いますが?」


流石に資源を欲していても、外征するだけの兵力と兵站を北海道は持たない。

仮に他国と戦争し、箱船という空中要塞が出てきたら、やっと対艦ミサイルの量産前試作デットコピーを生産し始めた段階の北海道に抑える手はないのだ。


「いや、別に資源を求めて他の国と戦争しろとは言ってない。

この世界は前の世界とは違う。

我々の地表探査と他国の話を統合すると、未だ領土未確定な土地は多々存在する。

そこに植民都市を建築し、資源確保をすればいいのではないかな?」


「植民都市ですか……

でも、移民させるほど北海道に余剰人口は……」


慢性的な労働力不足の北海道に移民に出せる余剰人口は無い。

そもそも文明を離れ未開の地で一から始めようなどと言う人間が果たしてどれだけいるだろうか?

一時的な大陸の事業所に出張ならまだしも、移民となれば精神的なハードルは高い。

道民の中には、現代知識でNAISEIすると言って北海道を飛び出し、大陸浪人になった者も少数存在するが、植民都市を建設するとなると程遠い。


「別に純粋な道民を移民させろとは言ってない。

私が思うに、ここは古代ローマ式の植民都市が良いと思う。

北海道が都市のインフラ、統治機構、教育を整備し、住民は原住民を教化した者を住まわせる。

我々の統治が上手くいっている限りにおいて、道民を移住させること無く植民都市は建設可能だ。

何なら礼文で教化研修中の移民希望者の内、一定数を派遣しても良いんじゃなかな。

研修を受けた者全員が道内に来れるわけではない、教化度合いを測るテストに落ちた者も大勢いる。

将来的な北海道への帰化受理をチラつかせれば、すぐに乗ってくるだろう」


武田の話を聞いて、高木は先日、礼文島のレストランでの一件を思い出した。

北海道への来たいと思っていても、現時点で受け入れているのは、素行がよく、一定以上の能力があり、教化研修を受けた者に限定されている。

あの日、レストランで見た黄昏ていた老人の様に、意欲はあっても叶えられない者も大勢いるのだ。

彼等が求めているのは、職と北海道の高度に進んだ文明。

それに準ずる植民都市を作ると聞けば、諸手を挙げて集まってくることは想像に易い。


「……そうですね。

いつまでも、北海道の中に閉じこもっているのも外交的な制約が増すばかり。

今回の様な資源外交の恫喝を回避するためにも、外へ外へと出て行かねばならないかもしれませんね」


「その通り。

だが、いきなり建設隊を送る訳にもいくまい。

まずは調査隊を送り、候補地の選定を行おうじゃないか」


「ええ、調査については早急に何とかしましょう。

それで…… 候補地については何処か目星はついているのですか?」


ここまで風呂敷を広げたのだ。

何か良い場所があるのかと高木は武田に聞く。


「現段階で有望な無主の地は、キィーフとサルカヴェロの間に広がる森林地帯だ。

広大な人跡未踏の森林は、さならがシベリアのようだよ」


「シベリアですか……

まさか異世界に来てシベリア開発をするとは思ってみませんでしたね」


「そうだな。

だが、現地の状況はそれによく似ている。

広大な土地、希薄な人口。ここの開発についてはロシア人に意見を貰った方が良いと思う。

何せ彼らはそう言った土地を開発することにかけてはプロだからな」


餅は餅屋。

シベリア開発ならロシア人と相場が決まっている。

恐らくは、資源鉱床近くにコンビナートを作り、それを交通網で繋ぐ形式になるのだろうが

彼等の経験は役に立ちそうだと高木は思った。


「そうですね。

彼等の指導を受けつつ計画を策定してみましょうか。

ステパーシンさん。

ロシア人の方々の中から、良さそうな人材を回してもらって良いですか?」


「それは構わんよ。

国後の油田には、シベリア開発に携わったガスブロムの技術者も多数いる。

ノボシビルスクだろうがウラジオストクだろうが、この世界に作って見せよう」


高木の依頼に、ステパーシンは胸を叩いて任せろと言う。

まぁ、彼から送られてくる人材に任せれば、建設自体は上手くいくだろう。

気を付けるべきはソチオリンピック時の様に建設予算が途中で消えて行かないか監視するだけかと自信あふれるステパーシンの顔を見て高木は思う。

何せ植民都市を建設するとしたら、本国から離れた遠い地。監視は特別に組織を作った方が良いだろう。


「……しかし、こうして考えてみると色々とやる事が多いですね。

現教皇の選挙支援する為にも、彼らに渡りを付けねばならないし、資源開発計画はこれは結構な規模で組織を発足させねばならないでしょう?

それに次の戦争の為に息巻いてる馬鹿共の説得と、彼らを軟化させるためにもサルカヴェロにも要求を緩めるよう説得しなければならないですね。

……あぁ、それと国際機関の発足でしたか。

特に最後のはチマチマと交渉を重ねているだけでは凄い時間がかかりそう……」


国家が進むべき方向性が決まるのは良い事だが

それに伴い増加する仕事に、高木は苦笑いを浮かべる。

そんな、アハハと乾いた笑いをする高木であったが、そんな彼女にテレビ画面の向こうから声がかかる。


「それについてですが閣下」


「あら、何かしら?鈴谷外相」


「国際機関を発足させるのに辺り、諸国への国際機関の必要性の啓蒙と、次の戦争を起こさせない為に釘をさす意味で、諸国歴訪をなされては如何ですか?」


「歴訪ですか……」


鈴谷の提案に高木は目をパチクリさせる。


「飛行場が各国にない為、船での移動になりますが、それでも3か月程度でしょう。

一時的に国家元首不在になりますが、情報は数年前から放ち続けてる成層圏プラットホームを用いてリアルタイムに交換できますし大した問題はない筈です。

それより、国家元首が訪問すると言う意義の方が各国には大きい。

トップ会談の効果は、チマチマした政府関係者同士の交渉とは比べ物にならない位に大きいでしょう」


例え道内に高木はいなくとも、数年前より北海道が飛ばし続けている成層圏プラットフォーム飛行船は、星全体をネットワークの傘下に置いていた。

成層圏プラットフォーム飛行船。

手に入らないヘリウムの代わりに、魔術による強化で実現した超軽量皮膜の真空嚢の浮力は、ヘリウムに負けないペイロードを実現した。

だが、全てが良い事ずくめではない。

新技術未熟さ故の高い故障率に悩まされたが、それは数にてカバーする事になり、資源の浪費と叩かれる事も多々ある。

だが、それでもカメラと通信機器を搭載した飛行船は惑星の隅々まで行き渡り、擬似的な衛星通信網兼観測網は北海道の新たな力となっていた。

そういった惑星規模の通信網開発により、高木が何処に居ようとも北海道との連絡は可能となっている。


「そうね。

それも良いかもしれないわね。

一つ聞きたいけど、歴訪となった場合の船って政府が接収したあの客船よね?」


「アルカディア・オブ・ザ・シーズです」


かつては豪華客船として世界の海を旅した船。

政府に接収されたとはいえ、他国の使節に国威を見せつける船として、その豪華さは今日に至るまで維持されている。

高木は、仕事とはいえ、豪華客船での船旅を想像する。

北海道から離れれば、仕事量は少しは減る筈。

その隙に船内で堪能できる料理やスィーツそしてエステの数々を満喫しようと、高木は即座に決めた。

不純な動機も混ざっては居たが、既に歴訪をしようという高木の決意は固い。

そろそろ良い年齢になってきた彼女にも、休息は必要なのだ。


「そう……いいわね。

OK、行きましょう。

さっさとこの交渉を纏めて、豪華客船での船旅も最高よね。

じゃぁ、停戦を成立させる為、各国に工作を開始して頂戴。

特にサルカヴェロには、要求を引き下げるよう工作をお願いね」


「わかりました」




そんな高木達北海道首脳部の決定から、三日の後。

イグニス教諸国とサルカヴェロの停戦は合意された。

その内容は、支配地域は現状のままで、双方共に境界線より10kmを非武装地帯として設定する事のみ。

資源の禁輸をチラつかせたサルカヴェロには、対抗手段としてイグニス教諸国への一方的な技術援助をチラつかせることで黙らせた。

結果として、それまで各国が要求していた賠償金は、交渉の行方を危惧した北海道が、サルカヴェロとイグニス教諸国双方に技術援助を約束した事で取り下げる運びとなった。

これは北海道だけが一方的に損しているようにも思えるが、別に彼らにとっては損ではない。

何故ならば、両陣営の産業が北海道の規格で統一されれば、北海道にとって将来的な利益につながるのだ。

そして、各国に北海道が身を切って場を治めたという功績は、各国に対して一つの提案を押し付ける事に成功する。

各国の利害調整の為の国際機関を北海道に設置する。

この案は、各国が持ち帰り検討する事となったが、合意文書の中で明文化出来た事には意義があった。

少なくとも、合意文書に乗った以上、各国で真剣に討議する義務が生まれたのだ。

そんな紆余曲折もあった末、アーンドラでの紛争は双方の痛み分けと、国が消滅したアーンドラの一人負けでカタが付いたのだった。

だが、合意がなされた停戦ではあるが、対立の芽は無くなったわけではない。

いつの日か、再び燃え広がろうと種火が静かにくすぶり続けているのを各国は確かに感じていたのだった。


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