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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
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交流拡大、浸透と変化4

停戦交渉が始まった。


各国の到着から遅れる事1週間。

最後にやって来たキィーフの代表団の到着をもって、アーンドラ紛争の停戦交渉が礼文にて開かれた。


大きなテーブルを挟み、サルカヴェロと対峙して席に着くのはネウストリア教皇領を中心とした代表団。

両者とも言葉には出していないが、並々ならぬ敵愾心を発している。

もし、この様子を可視化できたなら、双方から上る敵愾心と言う漆黒の炎が、会議場全体を燃やし尽くしているだろう。

だが、そんな張りつめた空気ではあるが、当然の如く実際に手を出す馬鹿はおらず、交渉の初期の頃は双方の口調は非常に紳士的だった。

間を取り持つ北海道の代表として参加している鈴谷宗明外務大臣は、久しぶりの目立つ檜舞台に上がった事に加え、双方が積極的に妥協点を探そうとしている姿勢から

この交渉は上手くまとまると信じて笑顔が絶えなかった。

というのも、今回の停戦交渉…… 双方にとって切実な問題から望まれた物なのだ。

双方の抱える一番の問題。

それは経済と物資。

詰まる所、金が無いのだ(共産主義的なサルカヴェロは軍需物資だが)

イグニス教の人族国家は、明治維新並みの国家改造に乗り出したエルヴィスを除けば、どこも時代遅れの徴税・募兵体制だ。

税の大半は農民からの収益であり、そこから上がる税も地元貴族や教会の分を引いたもの。

監査制度も十分でない為、本来国庫に入るはずの税が脱税されているなんてことも多々あった。

そして、国民国家の誕生もまだの為、兵力は参戦した貴族が領地から強制徴募した農民兵と、高い金で雇った傭兵が主体だ。

長引く戦乱は、傭兵団への支出と、農民兵の長期拘束による生産力の低下を引き起こし、程度の差はあれ各国ともに国庫が空となる事態となっているのだ。

金が無ければ兵糧買えず、補充兵への装備や訓練も覚束無い。

雇われの傭兵団など、給金の不足を補うためアーンドラやその周辺地域で略奪を行っているという話だ。

諸国も金が無いと言う背に腹は代えられない理由と、所詮自国ではないと言う感情から、半ばそれを黙認していた。

そして、金欠の影響は傭兵団だけに留まらない。

今は聖戦という大義名分を抱え、信仰心で戦力の過半である農民兵を繋ぎとめているものの、日々粗末化する兵糧は彼らの心を挫き始めていた。

信仰心から聖戦に参加したものの、飯も満足に食えず、更には彼等はココまで戦役が長期化するとは思っていなかったため、農作業に戻ろうと脱走者が後を絶たない状況なのだ。

かといって、攻勢に出てもサルカヴェロの分厚い塹壕陣地を抜ける可能性は殆どなく、ジリ貧、打つ手なしと言う状態だった。

そしてそれはサルカヴェロも同様だった。

もっとも、彼等はイグニス教諸国とは違い、前近代的な徴兵制と計画経済によって兵と軍事物資を確保していた為、金銭の不足というものでは無いのだが

問題はもっと軍事的な兵站だった。

当初のサルカヴェロの計画では、火力と鉄量でもって諸国の魔術師を粉砕し、アーンドラどころか教皇領の中枢すら占領する予定であった。

だが、彼らにとって誤算であったのが、計画立案後に転移してきた北海道の意外なまでに大きな影響だった。

開戦当初、確かにアーンドラの箱舟を奇襲占領し、アーンドラ軍を壊滅させるまでは計画通りだった。

銃を装備していないアーンドラ軍相手に、魔術師は遠距離から砲撃で潰し、一般兵はマスケットで始末する。

戦いですらなかった。

生き残りの言を引用するならば、それは虐殺であった。

そもそも平地で会戦を志向するアーンドラ軍にとって、遮蔽物の無い平地での戦闘は自殺行為そのもの。

連戦連勝を重ねるサルカヴェロ。

だが、援軍として北海道から薫陶を受けたエルヴィスの義勇軍が駆けつけてきた所から全てがおかしくなり始める。

アーンドラや援軍として駆けつけた他の諸国軍と違い、ライフル兵・弓兵・魔術兵の混成部隊であるエルヴィス軍は、塹壕戦と毒ガスの使用によって

サルカヴェロの侵攻を止めたのだ。

そして、時間と共に諸国軍に伝播する銃と言う新式装備と戦術。

戦場で地獄を見た者達が、プライドも騎士道もかなぐり捨て、必死に習得したのだ。

ここに来て、作戦計画の半分も未達であったが、サルカヴェロの快進撃は長期の消耗戦へと変化した。

しかし、サルカヴェロはイグニス教諸国より進んだ工業力を持つ共産国家。

本来は総力戦で負けることはない。

では何故サルカヴェロは窮したのか。

それは陸では無く、海に原因があった。

北海道から入手した特殊鋼をもって防御を強化したサルカヴェロの装甲艦。

それは圧倒的な戦力をもって制海権を握るはずだった。

だが、北海道の影響で海軍力を強化できたのはサルカヴェロだけではない。

諸国軍も北海道から購入したウィンドジャマーに武装を施し、戦争に投入していたのだ。

だが、鋼鉄の船体のウィンドジャマーとて、装甲を施した装甲艦には太刀打ち出来ない。

そこで諸国軍は、エルヴィスが北海道から仕入れた軍事知識を元に、快速で長大な航続力を持つウィンドジャマ―を通商破壊に使用する事を決めた。

装甲艦を見ると一目散に逃げ廻り、弾薬などの物資を運ぶサルカヴェロの商船を見つけると狼の如く襲い掛かった。

前線に送られるはずの弾薬は、幾ら本国で生産されようと次々に海の底に沈み、護衛に装甲艦を付けようにも満足な隻数が無い。

新たに装甲艦を建造したとしても、それらが就役する頃には補給の不足から戦線が崩壊している可能性も有り得る。

諸侯軍による補給船への徹底的な打撃……

これにより、サルカヴェロも詰みとなった。

食糧は現地調達できても、弾薬は出来ないのだ。


そのような事情により、双方共に様々な感情を持ち合わせいても、停戦すべきという目的は一致していた。

交渉が始まって早々に『交渉が行われている間は休戦期間とする』という合意がなされたのは、双方の目的一致の象徴だろう。



そんな理由もあって、最初は直ぐに纏まるだろうと思われた交渉だったが、時間が経つにつれその空気は変わっていったのは誰にとっても予想外であった。

交渉開始、休戦合意から更に一週間……未だ交渉は喧々諤々の議論が続いている。

争点は停戦ラインをどこに設定するか。

当初は双方現在の支配地そのままで境界線を設定しようと言う気風があった。

だが、交渉がずるずると経過するうち、双方の思惑に変化が出てきたのだ。

サルカヴェロ、イグニス教諸国の商船も集まるこの礼文は、人や物資と同時に情報も集まる。

そうして集まった情報により、双方にお互いの状況が分かり始めてきたのだ。

イグニス教諸国は経済が限界、時機に軍制が内部崩壊する。

サルカヴェロは現地の兵站が限界、時機に派遣部隊に飢餓が始まる。

おぼろげな推論やデマの類も多かったが、集まった情報により双方が態度を強硬にし始めるには十分だった。


”こちらが今しばらく辛抱すれば、敵は崩壊するのではないか?”

お互いの持つ共通した意識は、そんな希望的観測であった。


これにより、双方の主張は平行線をたどる事になる。

サルカヴェロは占領地の属領化と、交戦勢力への賠償金の支払いを求め、

イグニス教各国は、各国の占領地は引き続き保障占領すると共に、被害を受けた教会、各国資本への賠償金を請求したのだ。

それでも、各国ともに共通する見解として、境界線を現在の前線から変えるつもりはなく、それでいてアーンドラに配慮するという姿勢も無かった。

あるのは、敵が予想以上に弱体化しているとの情報から、+αの成果を引き出そうという自国の国益のみを考えた事だった。


「我々もこれ以上の戦闘は本意ではない。

貴国が自らの誤った行動を真摯に反省し、我が国が被った被害を賠償するというなら、今回の停戦にも同意できる。

だがしかし、貴国にその気持ちが無いのなら、全面的な攻勢で貴国の軍勢を蹂躙することになるが、如何か?」


そう言って強者が慈悲を与えるような身振りで話しているのは、ネウストリア教皇領のロベスピ。

だが、それを聞いてサルカヴェロ側も黙ってはいない。

無反応、無表情の低い声でサルカヴェロの使節代表である巨人族の男が、皆を見下して口を開く。


「攻勢が有ろうとなかろうと、後にも先にも我々に敗北は無い。

そもそも、これは我が国とアーンドラの戦争。

横から盗賊の様に割り込んできた貴国らは、己の劣勢を認め素直に賠償金の支払いに応じるべきだ」


戯言を言わずに条件を飲め。

言葉にしなくても、そんな意図がプンプンと臭う。

彼等はこんな言い争いを既に数日続けている。

正に「会議は踊る。されど決まらず」というナポレオン戦争後のウィーン会議の様な状況が、この礼文でも起きている。

予想外のこの事態に、交渉の仲裁国である北海道側は焦った。

代表を務める鈴谷は、薄い頭を冷や汗で湿らせながら、どうにかこうにか仲裁の糸口を探る。

だが、北海道がどうにか間を取ろうにも、双方の勢力が交渉を優位に進める好材料を待ち始めたので歩み寄る兆しはない。

『もう少し待てば……』

お互いにそう考えているのだから早期に妥結などする筈もない。

一体いつまで続くのか……

誰もがそう思っていた交渉であったが、いい加減各国ともに痺れが切れてきたある日、事態は思わぬところから進展を見せる。


それは、一番遅くに来て、交渉開始から最低限の言葉しか発していなかったキィーフ帝国代表団。

その団長を務めるコサックのような民族衣装に身を包んだラグロフ特使が、その面長の顔から発せられた言葉が切っ掛けであった。


「双方の言い分はよく分かるが、ここは一度現状維持で手を打つべきでは無いかね?

お互いに多くの血を流し過ぎた。

それに、来るかも分からない朗報を待っても、互いに軍の維持費や兵站の無駄遣い以上の何者でもない。

私としては、ここらが妥協のしどころだと思うのだがね」


いい加減茶番は止めたらどうか。

ラグロフ特使は、双方の陣営が期待する『希望的観測に依存した心境』を見透かしたように言う。

だが、そんなラグロフ特使に対し、一番に反論の声を上げたのはロベスピであった。


「ラグロフ殿

差し出がましいようだが、勝手に妥協するなどと言わないでいただきたい。

貴国以外のイグニス教諸国は安易な妥協など望まぬ。

我々との合意を結びたいなら、サルカヴェロが譲歩の姿勢を見せるべきだ」


イグニス教諸国として足並みを揃えねばならない時に、お前は何を言っているのか。

ロベスピの鋭い視線が、無言の圧力となって涼しい顔をしているラグロフに突き刺さる。

だが、そんなロベスピの抗議もラグロフには全く通じない。

むしろ、蚊帳の外に置かれたサルカヴェロが方が先に反応した。


「それはこちらの台詞だ。

安易な妥協は要らぬ。

それに、そもそも大国である我がサルカヴェロが、小国の集まりに譲歩するなど笑い話以外の何物でもない」


「なんだと!?」


フンと鼻息混じりに言い捨てるサルカヴェロの巨人。

その尊大な言い方に対し、思わずロベスピも額に血管が浮く。


「ふむ。

此度の交渉、北海道の仲介で交渉を行うという手前、色々と抑えていたのだが、実りある交渉の為にも一つカードを切らせて頂こう。

別に我々の手札は軍事力だけではないのだ。

例えば、貴国らの貿易商品の中で、近年は鉄を材料とする製品が増えているそうだな」


「それがどうした?」


「何。

懲罰的な意味を込めてサルカヴェロから一切の資源を禁輸してもいいと思ってな。

まさか、貴殿らは己が輸入している製品が、どこの国の資源を元に作られているか知らないわけではあるまい」


「「「な!?」」」


サルカヴェロ側からの思わぬ発言に、その場に居合わせた一同は言葉を飲んだ。

特に、商業を国の重きに置くセウレコスのケバヴィの反応が一番大きい。

今の発言がどれほどの影響力を持つのかイグニス教諸国の中で一番理解しているようだ。

サルカヴェロの鉄。

それが最終的にはウィンドジャマ―の様な船となって各国に輸出されているのは皆知っている。

そしてサルカヴェロが大手を振って鉄鉱石を輸出しているのは北海道のみ……

原料供給が経たれれば、全てに影響するのは自明の理だった。

そして、そんな爆弾発言に驚愕したのはイグニス教諸国の人間だけではない。

第三国でありながら、いきなり鉄の禁輸などと言うカードを切られた北海道代表の鈴谷が、慌ててサルカヴェロの真意を問う。


「ラグロフ特使! 今の発言は?!」


「鈴谷殿

別に直ぐに実施するとは言っていない。安心されよ。

あくまで可能性の中の一つだよ。

そもそも彼らは宗教の異なる我々との取引を禁ずると自分で言っておきながら、我が国の資源で作られた他国製品は嬉々として輸入する。

おかしな話だとは思わないかね?

我々としては、彼等には自分の決めたことくらい遵守していただこうと思っただけだ。

北海道は飛んだとばっちりかも知れないが、彼らが悔い改めれば我々もそんな手は使わない」


あくまで可能性の話。

サルカヴェロの代表はそう言うが、その発言以降、各国の鈴谷を見る目が変化したのは誰にでも明らかだった。

イグニス教諸国の生産力が乏しい今だけとは言え、北海道は鉄鉱石などの大部分をサルカヴェロに依存している。

それが今、はっきりと外交カードとして握られている事を改めて示唆されたのだ。

イグニス教諸国は、先日、大統領の高木と未来を語り合った仲とは言え、資源という人質を北海道が取られている以上、全幅の信頼を寄せる事は難しくなったのだ。


「鈴谷外相……

まさか、今の戯言を本気にしてはおるまいな?」


「そ、それは……」


ロベスピの言葉と共に、一同の視線が鈴谷に集まる。

心の奥を覗き込むかのような視線に、鈴谷の額には冷や汗が流れた。

対して、爆弾発言を投げ込んだサルカヴェロは、疑心暗鬼に陥った一同を見て満足げに笑って語り始める。


「まぁ その件については其方で一度検討しては如何かな?

それと、一つ忠告だが、全ては貴国らの責任だ。

あまり鈴谷殿に圧力をかけようとすれば、北海道からそっぽを向かれてしまうかも知れないな。

……まぁ、我がサルカヴェロは何が有ろうと北海道に友好の門は開いている。

何かあれば我々との親交をより深化させれば十分だと思うがね」


ニヤニヤと笑いながら、笑顔の圧力。

イグニス教諸国としては北海道に釘を刺しておきたいだろうが、そんな事をして北海道が逃げれば喜んで我々の陣営に迎えよう。

そんな意図がヒシヒシと感じるサルカヴェロ代表の笑顔だ。

ロベスピを始めとする各国は忌々しげに奥歯を噛みしめる。

正に一触即発。

会議場の空気も急激に熱を持ち始めた。

これはマズイ。

双方の空気を感じ取り、危機感を感じ取った鈴谷は、何とかして場を治めようと考えるが

そんな張りつめた空気を最初に断ち切ったのは、狼狽する鈴谷では無く、双方の話を黙って聞いていたキィーフのラグロフであった。


「まぁ、皆さん一度落ち着きましょう。

それに座りっぱなしは中々堪える。

皆も一度休憩を挟み、頭の中を整理してから交渉を再開するとしよう」


ラグロフは「それでは……」と会釈をして席を立つ。

その背中をロベスピは「ラグロフ殿!」と叫んで止めるが、彼は振り返りもせずに自国の休憩室へと向かってしまった。

残されたのは、勝手に席を立ったラグロフに毒気を抜かれた面々である。

一同は暫く呆然とラグロフの去っていった方を見ていたが、我に返った鈴谷がゴホンと咳払いを一つすると、皆それにつられて気を取り直した。


「……では、少々の休憩を挟みましょうか」


ラグロフの言うとおり、ここらで休憩としても良い時間だ。

続きは皆の頭が冷えてから再開しよう。

鈴谷はそう考え、正式に休憩を宣言すると、各国ともそれを受け入れ、各々の休憩室へと向かう。

サルカヴェロからセウレコス、ゴートルム……各国の使者が次々と退室し、鈴谷も最後に部屋を出ようとした時だった。

会議場の出入り口で、待ち構えていたクラウスが鈴谷に声をかけてきたのだ。


「鈴谷殿……

サルカヴェロの言…… あまり気にせずに頂きたい」


眉間に皺を寄せながら、懇願するかのようにクラウスは言う。


「確かに今の我々の資源採掘能力は低い。

しかし、あと数年待っていただきたい。

さすれば北海道から導入した技術と機械で、望みの資源を好きなだけ供給しましょう」


時間的な猶予が有れば何とかしてみせる。

決意と懇願と両方の混じった瞳で鈴谷を見つめるクラウス。


「……わかりました。

貴国らの意志は大統領に報告しておきましょう」


「ありがとう。

高木閣下には、どうぞよろしくお伝えください」


クラウスはそう言って鈴谷の手を握るのだった。

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