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試される大地  作者: 石達
第2章 発展期
54/88

新たな風

転移より6年目

礼文島





サルカヴェロと北海道の邂逅から5回目の冬が訪れた。

世界は移っても、礼文は昔と変わらぬ銀世界に包まれている。

快晴の空は容赦なく大地の熱を奪い、風によって巻き上げられた雪は

太陽光を反射して宝石のように輝いていた。

そんな太古から変わらぬ世界の中にあって、がらりと変わった物がある。

礼文での騒乱の後、灰燼と帰した礼文島北部。

5年の月日が過ぎた今。

そこはもう過疎の集落の面影はなかった。

立ち並ぶビルや港湾設備。

計画的な都市設計の結晶がその地に出現していたのだった。

そこには以前の何十倍という人々が行き交い、活況を呈している。

だが、そんな発展した礼文北部であったが、行き交う住人の人種構成は明らかに変わっていた。

ドワーフや獣人といった亜人。

それにこの世界の人族と思われる肌の色も人種も様々な人々。

大通りをパッと見た時、恐らく日本人は3割いれば良い方だ。

礼文は人種のるつぼと化していた。



そんな大変化を遂げていた礼文であったが、それにはいくつかの理由があった。

一つは、礼文が移民の教化センターとして使われているのが理由に上がる。

転移以後、殖産興業の大号令の響く北海道では、慢性的な労働力不足が深刻となっていた。

統制経済よる物資と労働力の動員により、各地に産業の基盤となる国営工場や民営工場が各地に続々と造られた。

だがしかし、全てを稼働させるには労働力が足りない。

特に、危機管理の面から産業クラスターを最低2つ以上するという方策を敷いていたが、地方に行けばいくほど労働力の確保に難儀するようになった。

人が足りなければ、機械があっても稼働率は上がらない。

そんな北海道にとって、移民に頼ると言う結論に至るにはさして時間はかからなかった。

普通であれば、過去の欧州やその他の地域の移民事情を考察するに、文化の違う移民をそのまま受け入れるのでは旧来の住民との間に摩擦が生じるのは想像に易い為、大変な抗議が巻き起こるであろう。

だが、当時の北海道は数万の難民を受け入れた後、さして問題と言う問題は発生していなかったのだ。

これは、人権侵害と言えるレベルで難民の移動・就業を厳格に管理し、なおかつ導入先の研修で北海道の文化に馴染むように教化していた経験が成功の根底にある。

そして、その方策は大規模な移民受け入れにもそのまま生かされたのであった。

騒乱以後、燃え尽きた船泊地区は、政府が住民から土地を買い上げたのち、北海道本島から隔離した出島として開発。

今では大規模な就業支援と北海道の文化、近代文明の遵法精神を学ぶ教化センターの性質も持つに至っている。

洗脳に近いレベルで北海道への奉仕精神、順法精神、文化を学び、その中で素行の悪い物は北海道本島上陸不許可として大陸に送り返した。

その為、必然的に素行の良く、適応性の高い者だけが研修を完了し、北海道の主に地方部へと送り出されている。

現在、礼文島にいる非北海道民の大半はその研修生にあたるのだ。

次に、礼文が発展している2つ目の理由。

それは純然たる貿易の為の出島としての用途であった。

密入国の監視、検疫、商習慣の違う大陸商人によるトラブル回避の為、輸入される物資は一度礼文に入港してから道内の各港へと送られていた。

その為、大陸商人の商品の買い付けの際は、唯一開港されている礼文へとその足を運ぶことになる。

他にはない珍しい物品や機械を産する北海道。

そんなビジネスチャンスを目の前にして、目ざとい大陸商人は続々とこの地に訪れた。

色々と輸出制限があるものの、彼らにしてみれば北海道は商機の宝庫であったのだ。

だが当初、電力インフラも無く、生活基盤のまるで違う世界との交易は様々なトラブルが起きると思われていた。

しかし、それは実際に交流が始まると然程表面化はしない。

そういった地域との交流は前の世界でもあったのだ。

多少電化されていたとはいえ、ブラックアフリカとのビジネスは異世界交易と似たものがあり、そういう地域とのビジネス経験のある北海道出身の大手商社マンも少なくない数が北海道と共に転移していたのである。

そんな文明維持のために資源を欲する北海道の百戦錬磨の商社マンと、珍しい物品を欲するこちらの貪欲な商人達。

双方の交易が拡大に対する欲求は日増しに増大し、北海道の製品が各国に広がるにつれ、遠方の商人達を礼文に呼び寄せてた。

もっとも、港湾区画の良物件は出足の早かったエルヴィス公国の商人が粗方押さえており、後発組の商人は新たに建設される倉庫やオフィスビルの抽選待ちという状況であったが……

だが、そんな状況下にあっても、各国の商人の歩みは止まらない。

そんな彼等の目当ては大まかに以下のものが有る。

高い技術の機械製品や、国後の油田を元にした石油化学製品。

例をあげるならポリタンク等の輸出は非常に好調だ。

軽く、ガラスと違って割れず、水を漏らさない上に然程高価でもない。

現に一番早くから北海道と交流のあったエルヴィスでは、既にポリ製の水タンクは一家に一個と言えるほど標準装備になっていたし

水筒として普及していた皮袋等は一気に廃れ、ペットボトルがその地位に君臨している。

そして、これらの商品は、各戸に上水道が整備されていない此方の世界では飛ぶように売れた。

その為、十分な量の商材が確保できなかった商人などは、礼文でゴミとして捨てられたペットボトルを集めだし、ペットボトル専門の回収転売業者が現れたほどだった。

そして、彼らも買い付け一辺倒ではない。

北海道の必要とする資源の卸も彼らの仕事の一つであった。

目下の所、北海道が一番欲しいのはボーキサイトやレアメタルと言った金属資源であるが、鉄や銅、金などの普遍的な素材以外は、鉱脈を一から探さなければならないために未だに輸入の見込みはない。

だが、鉄鉱石に限れば、その量は年々増加していた。

何せ各国で製鉄するものより高品質であり、ドワーフの造る魔法によって質を上げた鋼より量が確保できる。

その為、北海道産の鋼は各国の工房の関心を集めとなり、その原材料として大量の鉄鉱石が北海道に集まっていた。


と、そんなこんなの事情により、礼文は国際的な港町へと生まれ変わり、日々拡大を続けている。

行き交う人々は新天地への期待や商売への好調さから表情は明るい。

町全体が夢や希望に満ち溢れているのだ。

そんな人々に混じって、一人の女性が礼文に新しくオープンしたレストランの前に立っていた。

ビジネススーツに身を包み、出るとこは出た体つきをしている女性。

サングラスをして顔が隠れているものの、一見して美人である事は理解できる。

そんな謎の美人の正体は、北海道連邦大統領である高木はるか。

彼女は、礼文を訪れていたついでに、お忍びで現地レストランに来ていたのであった。

彼女の前に立つ店は、大陸の料理をアレンジしたものを出すレストランで、物珍しさと美味しさからテレビ局が取材に来たほど。

高木もまた、たまたま見ていたTV番組「道産子ヴァイド」でその店の事を知り、仕事の合間にそこに来ていたのだ。

店の外観は、洒落たイタリアンのようなエルヴィスの家屋を模した物。

高木は店構えはまずまずと内心で評価すると、店のドアに手を掛けた。

ガランと鳴るベル付きのドアを開けると、店内もこれまたエキゾチックな感じで洒落ている。

カウンター席とテーブル席が少々の小さな店だったが、一人で来た(SPが一般人に紛れて既にウヨウヨしてはいるが)高木は迷わずカウンター席に腰をかけた。


「いらっしゃいませ」


高木が座ると程なく、ウエイトレスが水を持ってやってくる。

コトっと音を立ててグラスを置いた高木は、国際港の礼文だけあって日本人ではない。

褐色の肌に彫の深い目鼻、銀髪ロングの髪に、大きな胸に付いたネームプレートには、カタカナで『ふぁてぃま』と書かれている。

恐らくは遠くアーンドラという国から来た女だろう。

最近は、諸般の事情からアーンドラから流れ着くものが多いと言う。


「ご注文は?」


褐色のウェイトレスは慣れた動作で注文を聞いてくる。


「あ~…… この前テレビで見たんだけど、なんて言ったけ?

名前は忘れちゃったけど、オススメの名物料理あったわよね。

それ、貰えるかしら?」


「モパラオムライスですね!

少々お待ちください!!」


ウェイトレスは元気よく踵を返すと、店の奥にオーダーを伝える。

モパラ?

聞きなれない単語に高木は首をかしげた。

そもそも忙しい高木は、肝心のテレビを途中しか見ていない為、料理名は知らない。

ただ、レポーターが神妙な顔をしながら美味しいと語っていたので来てみたのだ。

それでも、高木は料理が出てきたら名前の由来でも聞いてみようかとワクワクしながら料理を待つ。





「おまちどうさまです」


しばらくして、ウェイトレスが持ってきたのは湯気の立つ実に美味しそうなオムライスであった。

半熟の卵の包みに凝ったデミグラスソース。

見た目、匂い共に食欲をそそられる一品であった。

そんな素晴らしい逸品を前に、高木は目を輝かせてスプーンを持ち、一口それを頬張った。


「ん~…美味しい!」


卵のふわふわ感と絶妙にマッチしたチキンライスが口の中一杯に広がり、高木の表情にも自然と笑みがこぼれる。


「凄く美味しいわね。このオムライス!

普通にフワフワの卵にソースも格別。

あ、でも具材が変わってるわね…… コブクロみたいな触感が……」


高木の言うとおり、味の方は格別であった。

オムライスとしては普通に美味しい。

そして、一風変わったコブクロの様な触感の肉?が口の中で踊り、それも味覚を楽しませる。

そんな高木の様子をみて、ウェイトレスは嬉しそうに褒められた料理の説明をする。


「口の中で転がる触感なのはモパラ虫の幼虫ですね。

私も最初に見た時はちょっとドン引きでしたけど、意外にすっごく美味しいですよね!

もう癖になっちゃいますよ!!」


「……虫?」


その言葉を聞いて、高木の手が止まる。


「そうですよ。

元々は東のバトゥーミの郷土料理だったんですけど、見た目のグロさを卵の皮で包むことで

忌諱感を無くしたとコックは言ってました」


ウエイトレスの言葉に、高木は静かに卵の皮をめくってみる。

よく見れば、先ほど食べたコリコリっとした感触の食材には、小さな足が無数に生えている。


「まぁ 最初は皆そんな反応ですよ。

でも、慣れたら美味しいですよね。

というか北海道の人ならその位で驚かないでください。

この前、お客さんに聞いたんですけど、コッチの世界に転移してくる前は、シナーノの国という所の方々は、蜂をそのまま食べていたんでしょう?

それに比べれば、こんなのグロい内に入りませんよ」


シナーノ?

高木は首をかしげた。

シナーノの国……シナノの国……信濃……長野。


「あぁ 長野県…… 蜂の子の事ね。

それはあんまり一般的では無いような気もするけど……

確かにそう思えば、昆虫食なんてどこの国にもあるわよね」


そう言って高木は再びスプーンを口に運ぶ。

見た目はどうあれ、美味しい事には変わりはない。

高木は再び食事に集中する。

材料は何であっても、触感はまぁいい。

ライスの味も上々。

ソースも美味しい。

ならば、何も恐れることはない。

ただ、味を堪能すればいいのだ。

そのようにして、高木は極力ライスの中の物体Xを見ないようにして食を進め、一人前のオムライスはあっという間に無くなってしまった。

お腹も膨れ、満足感に包まれた高木。

落ち着いた所で、彼女は一息つけながら食後の紅茶に口を付けた。


「はぁ…… お茶も美味しいわ」


鼻腔に広がる茶葉の香りと、独特の味わい。

高木は心底幸せそうな表情を浮かべた。

というのも、北海道で産しない茶葉。

代用品では無い味わいを楽しめた事が、高木の幸福感をさらに刺激しているのだ。

転移以降、一時的に流通がストップしたソレは、転移6年目にして以前ほどではないにしろ結構な量が市場に戻り始めている。

この世界で茶の栽培が行われている国が発見されて以降、輸入量は日増しに増加していたのだ。

それは、現在、北海道の輸入額で茶の輸入が大きな部位を占めているほど。

日本人が日常的に飲み、道内での作付が無く、かつ軽量で長期保管が可能。

そんな茶と言う商品は、大陸商人たちがにとって北海道に売りつけるのに魅力的な商品だった。

しかも、その扱いやすさから大手だけではなく中堅の商人まで参入しやすく、儲けも大きい。

それに目を付けた彼らは、産地から纏まった量を買い付け、北海道にもたらしたのだった。

伝聞によると、輸入の始まった初期の頃、茶の栽培を行っていた大陸最西端のアーンドラでは、茶の価格上昇とアーンドラ国商人の投機的な投資によって大規模な作付面積の拡大と茶葉バブルが起きたそうだ。

だが、その直後に起きたとある政治的な事情により、茶の生産は別の国が取り仕切る様になったが、作付面積はアーンドラ以外にも拡大し流通量は増加しているという。

しかも、北海道が火を付けた茶ブームは、北海道で加工された各種茶飲料の力を借りてエルヴィスやゴートルムにも拡大の兆候を見せており、世界的な茶需要の拡大の一途を辿る様相だそうな。

そして、経済は色々な要素が連動するもので、茶需要の高まりと共に流通量が増加している物も他にある。

その代表格が砂糖だ。

それまでは大陸で砂糖と言えば、サトウキビのような植物から抽出した黒砂糖であったが、飲茶の習慣が広がるとともに北海道産の砂糖がエルヴィス領を中心に輸出されている。

だがその量は、一時、砂糖商人の卸価格を暴落させる混乱を招いた。

突如砂糖市場に現れた高品位かつ大量の砂糖。

それは、大量に従来の黒砂糖の在庫を持っていた商人を恐慌させ、首を吊らせるには十分だったのだ。

幾つかの商店が潰れ、新興の砂糖卸業者の高笑いが大陸に響く。

だが、そんな狂乱もいつまでも続くわけではなかった。

北海道の砂糖生産量が多いとはいえ、ある程度の限度が見えてくると砂糖の値下げには自然に歯止めがかかる。

だがしかし、一度下がった価格は元の水準には戻らず、エルヴィス公国周辺では砂糖は既に然程高価なものでは無くなっている。

生産の拡大した茶葉と価格の下落した砂糖。

それらの要素が絡み合い、北海道の端を発した世界の茶ブームは盛り上がりを見せ始めていたのだった。




「はぁ、一時期飲んでた代用茶の味を思い出したら、本当に輸入出来て良かったわぁ」


高木は紅茶のカップから口を離すと、ほぅ……っと目を閉じながら一息つく。


「お気に召しました?

この茶葉は、故郷のアーンドラ産の良い奴なんです」


そう言って褐色のウエイトレスは高木のテーブルの側に立つ。

だが、高木は彼女がやはりアーンドラの人間と聞いて、どう声をかけたら良いか迷ってしまった。


「へぇ……

貴方、アーンドラから来たの?」


「はい。

国を離れる時は色々ありましたけど、今はココで働けて幸せですよ」


そう言って笑って振る舞うウエイトレスであったが、その本心は高木には分からなかった。

それもその筈。

アーンドラのお国事情は、ここ数年で劇的な変化を迎えていたのだ。



遡る事5年前。

拡大政策を進めるサルカヴェロの侵攻から、アーンドラの騒乱は始まった。


アーンドラ

そう呼ばれる国は、この世界の魔法を繰る人族国家の中でも最西端に位置している国だった。

人種は褐色の肌を持つ有色人種であり、白人系が多い人族国家の中でも一風変わった国家であった。

熱帯~亜熱帯性の気候。

転移前の世界で例えるならインド人っぽいと思うだろう。

それも其の筈で、北海道との国交樹立以後の学術調査により、この国の先祖は古代のインド人が転移してきたのではないかとの説も出されている。

だが、その割に髪の色が銀髪であったりと色々不明な点は多かったが、北海道の人々からは魔法世界におけるインド人というイメージで語られる人々だった。

主な産業は綿と茶。それに中小の船舶を用いた海運に従事している物が多い。

それらを輸出し通商することで、周辺国との関係は平穏そのものであり、平和な時代をアーンドラは謳歌していた。

……あの日、サルカヴェロが来るまでは

アーンドラ侵攻以前、サルカヴェロの外征は主に南進が主であった。

その南進も、北海道の接触と亜人居留地の大半を支配下に置いた為に収束したかに思われたが、サルカヴェロの進撃路は一つでは無かった。

海を越えた西進。

奇襲とテロによる箱舟の無効化から始まった侵攻は、瞬く間にアーンドラの半分を占領下に置いた。

箱舟が補給のために地表に降りていた際、テロと工作員の浸透により乗っ取られ、王族をテロで悉く失ったアーンドラにサルカヴェロを止める力は無かった。

ナポレオン軍並みの銃装備と圧倒的な数で電撃的な侵攻を見せていたサルカヴェロ。

アーンドラの国土は瞬く間に蹂躙されていく。

だが、そんなサルカヴェロの動きに対して、各国も座視していたわけではない。

波となって押し寄せる異教徒の軍隊に対し、イグニス教の教皇が聖戦を宣言し、各国に動員を働きかけたのだ。

だがしかし、旧態依然とした軍制を敷くイグニス教徒連合軍は、魔術と言うアドバンテージを持ってしてもサルカヴェロを押しとどめることは出来なかった。

サルカヴェロが箱舟を乗っ取った事で、重要な戦略兵器の損失を恐れる各国はそれを前面に出そうとはしなかった上、

戦場の主兵力である歩兵は、槍の穂先がサルカヴェロ兵に届く前に銃弾によって撃ち倒され、強力な戦力である魔術師は、魔術で敵を幾ら倒そうにも数の暴力に最終的に飲まれた。

ジリジリと後退する戦線。

敗走に次ぐ敗走を重ね、イグニス教連合軍に敗色の色が濃くなる。

全軍に悲壮感が漂い、この戦役は負けたかと誰もが思った。


だが、それもある時を境に潮流がガラリと変わった。

北海道連邦から軍事指導を受けたエルヴィス公国の部隊が、援軍として駆けつけたのだ。

当初、駆けつけた彼らの編成は連合軍の中では奇異の目で見られ、役に立つなどとは思われてはいなかった。

魔術兵とクロスボウを装備した弓兵。

それは何処の軍でもいるので問題ない。ちょっと弓兵の比率が大きいかと言うくらいだ。

だが、残りの兵は違う。

サルカヴェロの主力と同じ銃兵である。

それも北海道の輸出規制にかからない民間用の狩猟用ライフル銃を主兵装としている。

これには各国から派遣されてきた部隊は驚いた。

体裁を気にするイグニス教の正統派の神父等は、火薬は教皇庁が指定したご禁制のシロモノであったのに何故持っているのかとクラウスに問うた。

だが、勝てば何でもいいと言う教義を持つイグニス教純粋派のクラウスは、まずは勝つことが先決。議論はいらないと突っぱねた。

そして、そういった各方面からの突き上げに対し、クラウスは結果で示してみせたのだ。

数で勝る相手に土魔術でこしらえた塹壕戦を開始。

時折ガスも使うなど、サルカヴェロの進撃をピタリと止めて見せたのだ。

この成功により、クラウスの戦術は連合国中に広がった。

塹壕で銃弾を凌ぎ、銃の代わりに弓やクロスボウで応戦し、塹壕まで到達した敵兵は白兵戦にて切り殺した。

そして数に飲まれていた魔術師は、トーチカに守られた機関銃の如く、塹壕の中から敵の突撃を止める。

局所的に防衛戦が破られれば、ガスを使って戦況をひっくり返す。

防御優勢の状況が戦場に確立された瞬間だった。

だが、クラウスの戦術を学習したのはイグニス教連合軍だけではない。

何度かの突撃の末、大損害を被ったサルカヴェロもそれに倣ったのだ。

双方の何十万という兵力は、決戦を避け、塹壕の拡張とトンネル掘削に終始した。

まるで第一次世界大戦さながらの状況である。

そして、その状況は、WW1のフランス、ベルギーの如く、広大な国土を塹壕へと変え、火薬と魔術の火によって荒廃したアーンドラでは多くの難民が発生した。

難民は安全を求め散り散りとなって国外へ広がる。

そして今、高木の傍に立つウエイトレスもその一人なのだ。

戦乱で故国を追われ、礼文に辿り着いたのだろう。

彼女は、その苦労を色々の一言で済ませているが、その裏には多くの悲しみがある事は想像に易い。

だが、それでも彼女は気丈に振る舞っている。

そんな彼女が今は幸せだという言葉を聞いて、言いようのない感情が高木の心に広がる。


「今が幸せか……

まぁ この国の人間として、この国が気に入って貰えてうれしいわ」


「あは。

そりゃ、気に入れますよ。

確かに故郷は懐かしいですけど、ここはデンキとかあって凄く便利だし、安全だし、

それに向こうで延々と薄給で茶摘みしてるより、こっちでこんな綺麗な服着て給仕してるほうが稼げる上に楽しいです」


そう言って、褐色のウエイトレスはくるりと回って制服を見せびらかす。

それは、特に何の変哲もないカタログ品の制服なのだが、それでも彼女らから見れば憧れの対象なのだそうだ。

それも其の筈で、イグニス教が主導する農業革命の成果著しい大陸では、人口爆発によって労働者が余り給料は下落の一途を辿っていた。

それに対し最低賃金の決まっている北海道で仕事にありつくことは勝ち組になった事を意味している。

制服はその象徴でもあるのだ。


「それと、……実は私。

コッチに来るのを決めた理由は、食べ物のおいしさからなんですよ。

難民の皆と職を求めてエルヴィス公国の首都プリナスまでやって来たんですが、そこでたまたま見つけたんです。

忘れられないオレンジ色のお店!セヰコーマート プリナス1号店を!

本来はお金の余裕なんて殆どなかったんですけど、店から出てくる皆が美味しそうな食べ物を持って出て来るので

ついつい日雇いで稼いだお金を全部使っちゃったんですよ。

でも、今はそれを後悔してません。

むしろ自分で英断だったと思ってます。

あったかい"かつかれー"を食べたその時、私は此方に来ることを決意しましたから」


そう言って彼女は恥ずかしそうにペロっと舌を出す。

食べ物につられてこちらに来たと彼女は言うが、実の所、そういう人間は一定の割合でいた。

道外との交流が始まり、北海道の企業の内、攻めの姿勢でエルヴィス領に出店する企業の内、食品関係も多々あるのだ。

と言っても、勝手分らぬ異文化の地。

最初は各企業とも戸惑っていたが、エルヴィス出店の一番槍を行き場を失った中国人留学生が始めた中華料理店に持って行かれた時点で、各企業とも火が付いた。

どんな途上国にも必ずある中華料理店。

中国人のバイタリティには恐れ入るが、それを切っ掛けにして名だたる企業たちが遅れるまいと進出を始めたのだ。

主に食品・小売のセヰコーマート、六華亭製菓を始め、その評判は日増しに増している。

フレンチドック、札幌タイムズヌクエア、ノーヌマン、ほっちャれ等、道産食品が大陸民の胃袋を捉えたのだ。

そして一度、胃袋を掴まれた者達は、更に胃袋によって縛られる。

賃金は餓えるほど低く無く、今まで見た事も無いような食品の数々が、特に苦にすることも無い金額(こちらで職を手にした者基準で)で買える北海道。

それは彼らにしてみたら理想郷であり、彼等の望郷の念は此方で一旗揚げると言う向上心に塗り替えられた。

そして、彼女もそんな一人だった。


「コンビニ弁当が節目とは、人生って色々あるものね。

まぁ、そんなに此方での生活が幸せなら、この礼文を整備した甲斐が「ねーちゃん!酒~!」……」


人生いろいろ。

コンビニ弁当がトンデモナイご馳走に映る人もいるのだ。

きっかけは何にせよ、今の礼文島の生活が幸せなら喜ばしい限り。

高木は、彼女の言葉を聞いて礼文を整備し甲斐があると言いたかったが、それは急に騒ぎ出した他の席に座る客の叫び声で遮られてしまった。


「……」


言葉を遮られた高木は、無言で声のした方を向くと

そこには、暗い色のローブを着た老人が、へべれけになって食事をとっていた。

……とはいえ、酒7:食事3くらいの比率で空いた食器が散乱してたが。


「またあのお爺さんね。

全く、酔っ払いはさっさと帰ってくれないかしら」


またか、とウエイトレスは溜息を吐くと

普通に酔っ払いの客に聞こえる声量で呟いた。


「そう邪見にするんじゃねぇよ。

こう見えても、俺はエルヴィスの魔術工房にその人ありと言われた偉大な「食い詰め魔術師さんでしょ」……」


「…………」


老人は、彼女に言葉を塞がれ、そしてそれが真実であるだけに反論できずにキッと睨む。

だが、それも次の瞬間にはワインボトルを抱えてテーブルに突っ伏した。


「畜生。

ワシだって好きで食い詰めたんじゃねぇんだぞ。

ホッカイドウさえ転移してこなけりゃ、ワシは仕事を取られずに済んだんだ」


手酌でワインを注ぎ、ちびちびと飲みながら老人は愚痴を溢す。

その態度からは、不満が溢れているのがよくわかる。


「転移どうこうについては仕方ないでしょ。

それに、そんなにホッカイドウが憎けりゃ帰ればいいじゃない」


嫌なら帰れ

至極真っ当な言葉だった。

北海道で生活基盤を築くため向上心溢れるウエイトレスにとって、目の前でウジウジしている老人は不愉快極まりないのであろう。

だが、そんなウエイトレスのキツイ言葉に、老人は諦めの混じった情けないような声色で話し出した。


「そうはいってもよ。

懇意にしていた工房ギルドから注文が途絶えたので人里に下りてみたら、状況が全く変わってるんじゃよ。

仕事を取ろうと色々なギルドに出向いて、ワシの輝かしい魔法学校での卒業席次と製作品をみせても

『爺さん。時代は変わって魔法学校の席次なんてものづくりには関係ないんだ。

経歴を誇るより、魔導溶接とか魔導熱処理とかの技能認定証を持ってこい。

今は自称匠のジジイより、腕がキッチリ認められた若造の方が需要があるんだよ』

なんて言われる始末……

激怒したワシは、そんな資格なんて直ぐに取ってやるわ!とココまで来たんじゃが……

年は取りなくないの……物覚えが悪くて学科試験で3回落ちたわい」


時代の流れに取り残され、さらに老いから来る衰えにより、時代の流れに食らいつくことも出来ない老人の悲哀であった。


「それは何というか……」


ウエイトレスも流石にそれを聞いて同情する。

ただ管を巻いてるだけじゃなく、頑張った結果が駄目だったのだ。


「これで魔導具の一つでも拵えれれば話は違ったんじゃがな……

今までは難しい加工は魔術師、その他は職人と住み分けが出来とったが、新しい技術で難しい加工そのものが少なく無くなってくると

新たな技の取得も出来ないワシ等の様な老いた魔術師は、世の中に要らなくなっていくのかもしれないのぉ……」


遠い目で語る老いた魔術師。

そもそも魔法学校で研究を続ける程に飛び抜けて頭が良いわけでも無く、国のお抱えに慣れるほどのコネも無い大多数の魔術師にとって

工房から道具製作の依頼は重要な日々の糧であった。

状況が変わる以前は、特に魔術の炎で金属部品の溶接等が出来る魔術師は、工房の職人からは尊敬を持って扱われていた。

魔術師としての尊厳を収入を得、魔術師達にとって実に平和で幸せな時代であった。

だがそれも、大公として独立したクラウスが北海道からの技術移転を積極的に進めた事で一転した。

クラウスから指示を受けた各工房から、若い職人たちを大勢北海道に送られたのだ。

若さゆえ、北海道でスポンジが水を吸うかのごとく勉強する彼等。

そんな彼等は教育訓練の後に北海道産の工作道具と一緒に戻って来た。

大公家からの融資により、溶接機や規格化された工具類を携えて帰ってきた彼らの働きは素晴らしかった。

溶接機はこれまでの火の魔術師を不要にし、新しい工具は工房の品質を向上させた。

なにより、彼らが持ち込んだJISという共通規格の概念は、経験と勘で物を作ろうとする者達の活躍の場を狭めるのであった。

そんなクラウス主導のエルヴィス領発展の陰の部分。

老人はそれを体現した存在であった。


「そ、そんな自分を卑下しないでくださいよ。

例えば、今回とは違った方向性の分野で頑張れば……」


「いや、慰めはええ。

どの道、今回の不合格で今日中にはこの島から退去しなければならないんじゃ。

向うで何かしらの食い扶持を探すわい。

といっても、この年で魔術兵は辛いのう……

どうしたものかのぉ……困ったのぅ……」


そう言って、老人はよっこらせと席を立つと、まだ幾ばくか中身の残ったワインボトルを抱え、よろよろとした足取りで店をでる。

その背中は、冷たい風で靡くローブの如く、吹けば飛びそうな程に軽く見える。

後には、勘定としてテーブルに置かれた硬貨と、老人が残していった何とも言えない寂しい空気だけが残り、店内に流れるBGMもどこか寂しく聞こえてしまう。


「……ここに来る人たちも、全員が幸せでは無いのね。

仕事が見つからず、涙をのんで帰る人もいる……か」


しんみりとした気持ちになり、高木は呟く。

なんだか、美味しい物を食べていた時の温かい気持ちが冷めてしまった様にも感じられた。

冷めてしまった空気。

高木もそろそろ帰ろうかと思って腕時計を見ると、それと同タイミングで黒服の男が店内へと入ってきた。


「大統領。

そろそろお時間です。

野党の幹事長と会談に向かいましょう」


腕時計で時間を確認している高木に男が呟く。

彼は、高木の秘書官の一人であった。


「そうね。

そろそろ行きましょうか。

お会計お願い」


そう言って財布を取り出す高木に、ウエイトレスは驚いた表情で彼女を見つめる。


「大統領……だったんですか」


「えぇ。

北海道連邦でそんな仕事をさせてもらってるわ。

今日は美味しいオムライスをありがとう。

また来させて頂くわ」


そう言って、彼女は店をでた。

暖かい店内とは打って変わって感じる冷気。

まるで、暖かな時間はこれで終わりと言うかの如く、外は冷たい風が吹いていた。

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