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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
47/88

対エルフ3

サルカヴェロ帝国

帝都ティフリス


電気が市井に普及していない帝都にとって、夜は闇が支配する。

いつもであれば、暗い町並みの中、ポツポツとランプや城壁等の見張りの松明が燈っているだけなのだが

今夜に限っては全く別の様相を見せていた。

松明を持った兵が街の隅々まで走り回っている。

撹乱の為、イワンが爆破した監獄をかねる要塞の城門から囚人達が脱走しているのだ。

軍を動員した大規模な捜索により、大半の囚人は殺されるか監獄戻りとなったが未だ全員が捕まったわけではない。

そして、そんな帝都の中でも、一際松明の密度が多く、明るく照らされている場所がある。

まるで儀礼用の絨毯のように王城内の中庭に並べられた松明。

北海道の人間が見れば、まるで滑走路のライトのようだと形容するだろう。

何かを迎えるようにして並べられた松明は、事実として来客を迎えるために並べられていたのだ。

そして、夜半過ぎにそれは来た。

帝国から最大限の儀礼を持って迎えられたソレは、今は王城の中枢である謁見の間にやって来ていた。

黒衣を身に纏い、不気味な白いマスクですっぽり頭をかくしている。

一見して死神を連想させるような出立であるが、エルフを象徴する耳だけはピンとマスクから露出させている。

そんな不気味な格好のエルフは、皇帝を前にして平伏すことなく対峙し、低く枯れたような声で皇帝に言った。


「サルカヴェロの皇帝よ。

連絡に感謝する。

我らの友誼の盟約に従い、速やかに悪魔を引き渡してもらいたい」


「う、うむ。それは分かっておる。

だが、エルフの使者よ。

何分、そちらの到着が我々の想像よりも早すぎてな。

捕まえた青髪を引き渡すのにもう少々の時間がいるのだ。

どうだろう?長旅の疲れを癒すのに酒宴を用意させるゆえ、しばし休んでいっては?」


まさか青髪を捕まえたと連絡しておいて、実は逃げられた等とは非常に言いにくい。

皇帝としては、エルフが到着する前に再度捕まえれば何とかなると思ったが、サルカヴェロの連絡からエルフの到着までの時間は信じがたいものがあった。

距離が距離だ。

準備の時間を入れても、船で10日弱はかかるはず。

竜に乗ってきたとしても、竜の休憩等を考慮すれば2日はかかる。

それが連絡してから一夜明ける前に到着である。

向こうからの通告では確かにその様に言っていたが、まさか本当に時間通りに来るとは思っていなかった。

その為、到着の一刻前に連絡用の魔導具にそろそろ到着するとの連絡が入り、そこから迎え入れの準備を始めたので場内は大混乱である。

そんな状況もあり、当然の如く逃げた青髪は捕まっていない。

皇帝はそんな失態を隠そうと、時間稼ぎの宴席をエルフに提案するが、その返事は芳しいものではなかった。


「それは必要ない。

それに我々の到着時刻は前持って伝えていたはずだ。

何のためにエルフ唯一の飛行種であるこの私が出張ってきたと思ってるんだ。

遊ぶためじゃない。

一刻も早く悪魔の引渡しを受けるためだぞ?」


そんな、宴席の誘いに全く興味を示さない事務的な態度。

これには皇帝も焦った。

素直に逃がしたと伝えて、帝国の無能ぶりをエルフに晒すのは国の面子を守る意味で避けたい所だった。


「それは分かっているが……

とにかく少し待ってくれぬか。

我が国には我が国の事情があるゆえ」


宴席が無理といえども、無理を承知でなんとか時間を稼ぎたい。

皇帝は時間を稼ぐ口実を考えつつ、エルフに待つよう頼み込む。


「そこまで言うのならば仕方ない。

だが、その準備とやらは悪魔の砦と関係があることか?」


「……なに?」


悪魔の砦?

エルフの言葉に皇帝が首を傾げる。


「かつてこの地下にあった悪魔どもの住処のことだ。

ここに到着する前に、地下へと向かう魔導具の反応があった。

ここ何年も使われた反応が無かったが、私が来るタイミングで使われたということは何か関係が有るのか?」


「……その魔導具は地下へ?」


いくら探しても見つからない青髪。

そして、このタイミングでかつての青髪の住処へと通じる魔導具が使われたという。

ならば、青髪は地下へ逃げた?

エルフの言葉と今の状況が、皇帝の頭の中で一つの可能性へと結実する。


「何だ。

知らなかったのか。

まぁ その反応から察するに、大方悪魔に逃げられて捜索でもしていたのであろう。

それならば、これ以上の探索は私が引き受ける。

諸君らは地上で待っていると良い」


「何を根拠に…… おい!待て!!」


「すまんが少々勝手をさせてもらう」


そう言ってエルフの男は身を翻すと脇目も振らずに歩き出す。

皇帝は慌てて彼を止めようとするが、近くにいる衛兵もエルフ(それも高位の)相手には無理やりに引き留める事などできはしない。

エルフの男は、誰にも邪魔立てされること無く、目的の場所を目指すのであった。











一方その頃


ティフリス地下遺跡


拓也達は、様々な物資を調達した建物を離れ、地下遺跡から脱出するためのルートに向かう移動中だった。

だが、足早に移動する一行の中で、カノエが何かに気付いたようにふと足を止めた。

カノエは一人煤けた地下空間の天井を見つめ、その先のナニかの動きを監視するかのようにじっと上を向いている。

地下にいるにもかかわらず、そんな地上の魔力の動きを敏感に感じ取っているのだ。


「ついに地下に降りてきたようですね」


一番警戒すべき反応が王城からのエレベータを通じて降りてくる。

カノエは天井を睨みながら呟いた。


「大丈夫なのか?

まだ地上への出口は遠いんだろう?」


地上への出口。

それは、トビリシの地下鉄の1路線がそれにあたる。

トビリシ転移の際、偶然にも近くの崖まで届いていたトビリシの地下構造が、拓也らを安全に地上に導く唯一のルートであった。

だが、それは決して短い距離ではない。

北から西へと折れ曲がって伸びるトビリシの地下鉄路線。

カノエ曰く、出口はその西側。

かつてはイサニ地区と呼ばれた辺りまで、数キロの道のりを移動しなければならないのであった。

そして、今の所、拓也らは最寄りの地下鉄入口に向けて移動している最中。

目的地は未だに遠く離れていた。


「大丈夫じゃないですよ?

恐らく、本気を出した奴等の追跡にかかれば、直ぐに見つけられちゃいます。

奴らも魔力の反応を感知できるから」


「魔力の反応?

じゃぁ、今持ってる荷物を捨てれば……」


魔力が感知できるのならば、魔導具なんて持っていたら発信機を持って逃げているようなものじゃないのか

拓也はそんな疑問を抱き、背負った荷物を置こうとするが、それはすぐさま彼女に制止されてしまう。


「それは無駄というか駄目ですわ。

そもそも私自身から微弱な魔力が常時漏れてますから。

普段は隠蔽してますが、500mも近寄れば場所がバレます。

そして、荷物はいざって時に必要になるので捨てないでくださいな」


「じゃぁ どうするっていうんだ?」


500mも探知距離があるなら、急いで距離を取らないと直ぐに見つかってしまう。

如何にして逃げるか。

その拓也の問いに対し、カノエの答えは実にシンプルであった。


「それは簡単。

……全力で走るしかないわ」


そう言うやいなや、タッとカノエは駆け出した。

残した拓也らを振り返りもせず全力で


「おい!ちょっと待て!!」


「社長達も急いでください!!」


いきなりの事に一瞬呆然とする拓也であったが、カノエが全力で駆け出したのを見て後を追って走り出した。

廃墟のとなった町の中、放棄された車やトラムの間をすりぬけ必死にカノエを追う。

だが、倉庫から備品を持ち出すに当たり少々欲張ったため、嵩張る荷物を持ちながらの全力ダッシュはかなり厳しい。

涼しい顔でカノエの後追おうアコニー達とは対象的に、拓也の表情に余裕の二文字は無かった。

だが脱落は命に関わる。

拓也は走った。


「社長、通りの突き当りまで行ったら地下道に潜ってくださいな!」


「……あ?

あぁ、わかった!

自由広場のメトロだな」


カノエの先導の下、一向は次々と地下鉄の入り口から構内へと飛び込むように中へと入る。

旧ソ連系の都市にありがちな核シェルターを兼ねた長い長い階段を降りる。

一体どの程度走っただろうか、ようやく駅のホームに達した所で拓也の体力が限界に達した。


「ち、ちょっ……と、待って…… 息が……」


ぜいぜいと肩で息をし、呼吸を整える拓也。

見れば、欲張って荷物を膨らませた拓也のほかにも、同じように色々と持ってきたタマリやニノも辛そうである。

そんな彼らと対照なのは、比較的軽装なカノエと鍛えているアコニーだけ。

ニノとタマリもアコニーと同じ腹筋の割れた筋肉美女ではあるが、鍛え方の質が違うのか持久力に問題があるようだった

彼女らも口からだらりと舌を出しながら、拓也と同じように肩で息をしている。


「そ…… そんな急がなくても、ココまで来れば大丈夫じゃないのかい?」


顔を紅潮させ息を切らしながらニノがカノエに聞く。


「駄目ね。

奴を仕留めるんなら、もうちょっと先にある直線区間で待ち伏せしないと……」


「待ち伏せ?」


「えぇ。

逃げるだけじゃいずれ追い付かれる。

なら迎撃するしかないけど、空飛ぶ奴が相手なら、こちらの有利な所で勝負をかけるしかないわ」


「それで地下鉄のトンネルか」


「といっても、ココから出るには、この隧道を通るしかないんですけどね。

と言うわけで、社長達はもう少し頑張ってください。

エルフを殺るための考えがあるので……」


そう言ってカノエはホームから線路に降りると、奥に向けて歩き出す。

一行は真っ暗なトンネルの中、懐中電灯の明かりのみを頼りに黄泉平坂のような道を進んでいくのであった。







拓也達一行が地下鉄の中に消えてからしばらくして……

地下都市と王城とを結ぶエレベータの周辺は、少々困ったことになっていた。


「だから一人で行くと言ったのだがな……」


地下に降りてきたエルフの男の周囲にバタバタと倒れているサルカヴェロ兵。

彼等はサルカヴェロの面子の為、エルフの男に無理やり追従した末に、地下の低酸素環境によって息絶えていた。

一応、エルフの男はエレベータに乗る前に彼らに来ない方が良いと警告はしたが、それを無視した末の惨事であった。


「……今更言っても仕方ない。

せめて死体は地上に送り返してやるか」


そういうとエルフの男は全ての死体をエレベータの上に載せると、操作盤を使って死体の乗ったエレベーターを送り返す。

それはそれで地上がパニックにはなりそうだが、彼にとってそれは些細な事だった。

なにせ、彼には重要な仕事があるのだから。


「さてと、悪魔狩りの時間だが……

近くには居ないな」


魔力の流れを探るための感覚器に意識を集中してみても、感じ取れる範囲には反応は無い。

だが、直径数キロ程度の地下空間である。

少々飛び回れば直ぐに見つかるだろうと彼は飛び上がった。

地面から距離を取りローラーをかけるかのごとく地下空間を飛び回る。

そうして暫く飛び回った後、彼は微かながらも魔力の反応があることに気が付いた。


「居たか……」


地下空間の更に地下から感じる魔力の反応。

その移動進路から考えて、恐らくは地下のトンネルを移動していると男は確信した。

カノエがこの地下空間の事を熟知しているように、エルフの男も地下空間の構造のことは知っていた。

なぜならば、過去に青髪を滅ぼした時、この地下空間で暴れまわった際に彼もまたそれに参加していたのだ。

過去の戦闘(というよりも虐殺であったが)を思い出せば、トンネルの出入り口から経路まで鮮明に彼の脳裏によみがえる。

エルフの男は魔力反応の進路から最適な突入口に目星をつけると、建物の間を縫うように降下し、地下鉄の入り口に突入する。

真っ暗な地下道。

その上、複雑な地下構造を速度を落としてエルフの男は突き進む。

一応、魔法によって辺りを照らしているが、視界不良は如何ともしがたく、障害物を避けて地下道を飛行しようにも

あちこちに垂れ下がったケーブルや放置された地下鉄車両が彼のスピードを殺していく。

だが、それでも走るのよりは遥かに早い。

あっという間に魔力反応の地点との距離を詰める。

残すところ数百m。それも逃げ道のないトンネルの直線だ。

彼は鉈の様な形状の長剣を背中から取ると、担ぐようにそれを構える。

エルフの男は思った。

遂に悪魔を追い詰めたと。

だがしかし、エルフの男は気付かなかった。

一直線のトンネル。

それは移動速度の劣る逃げる側にとって不利ではあるが、同時に迎撃する側の狙いでもある事に。


シュゥゥン………


赤白く白熱した物体が高速で彼の横をすり抜け、紙一重で回避した彼の後方で破壊の爆音を炸裂させる。


「!!?」


エルフの男は咄嗟の事に驚くが、そんな暇を与えぬかの様に前方から破壊の暴風が吹き荒れた。


「くっ…… 悪魔単独では無かったのか」


前方に感じる青髪の反応は一つ。

だが、それとは別の所から降り注ぐ魔導具による砲弾の嵐。

威力からしてこの世界の人間達の作ったものではない。

青髪の魔導具を使って支援している者達が居る。

そんな事を考えつつ、エルフの男は必死に砲弾を回避する。

上下左右、まるでキネスティック弾頭のように動き回るが、いかんせん回避に必要なスペースが無い。

ランダムな回避機動で彼は更に数百メートル距離を縮めるも、回避不能に陥るのは時間の問題であった。


「ぬぅ…… 小癪な悪魔め」

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