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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
46/88

対エルフ2

サルカヴェロ占領地

港町バトゥーミ


エレナが拓也からの連絡を受け取った後、エレナ達はいまだにバトゥーミに留まっていた。

なぜならば、視察で訪れたツィリコ大佐のバトゥーミ来訪以降、現地視察という大佐の目的が、なし崩し的に北海道側の現地窓口設置に置き換わったのだ。

護衛対象でもあり、現地に留まり続ける大佐を無視しての勝手な行動は、軍の警備部隊が来るまでは出来なかった。

だが、その後、警備部隊が来たとはいえ、すぐにエレナ達が解放されることは無かった。

到着した彼らは、警備任務をエレナ達に委託し、根拠地の設営に入ったのだ。

いくらかの謝礼と総督の好意により、長期滞在できるよう現地の商人の邸宅の一つを借り受けた大佐は、現在はそこを根城にしようとしている。

一見して、借り受けた邸宅の建屋自体はバトゥーミの街の中に何件かある豪商の家という雰囲気であったが、その庭の趣は、彼らが来て以来に大きく様変わりしている。

以前は花壇と庭木の並んだ美しい庭先は、景観など無視して20フィートコンテナが並べられている。

その中身は、モジュール化された発電設備や通信設備等、本国との連絡を円滑にする機器だった。

大した湾口設備の無いバトゥーミに、そんな装備が何処から搬入されたのか。

その答えは、沖合いに浮かぶ船と空を行き来する飛行体であった

バトゥーミ沖に停泊する船は、転移後の世界では湾口設備の問題で存在が持て余されていた大型コンテナ船。

転移時に小樽や苫小牧に停泊していたために、一緒にこちらの世界に来た数隻のうちの一隻。

商用の輸送船としては活躍の場がなくなったコンテナ船であるが、少々の改装の後にその役割は様変わりした。

フォークランド紛争で空母のように運用されたアトランティック・コンベアのように、甲板上のスペースをヘリ甲板に改装し

顧客から預かった荷物の代わりに、拠点設営用の資材を満載した工作船として運用されている。


そんな工作船と陸地とを往復するヘリを邸宅内の一室から見上げながら、エレナは非常に焦っていた。


「なんで釈放の手紙が届いてないのよ!

あぁ…… でも、そんな事より早く迎えに行かなくちゃ……

でも、向うまで足が…… あぁ、もう!

何か良い手は無いの!?」


イワンからの連絡によると、総督に出してもらった釈放の書状は、何かのトラブルでもあったのか遂に届く事は無かったらしい。

そんな状況の中、拓也は監獄からの脱走を決意し、イワン経由で救援の要請を出していたのだが、その救援の連絡を受け取ったエレナは非常に歯がゆい思いをしていた。

調べた所によれば、バトゥーミからティフリスまでは1000km強。

今から車両を陸揚げして移動したのでは時間がかかりすぎる上、燃料がもたない。

速く、そして長距離を移動できる手段をエレナは持ち合わせては居なかった。


「……こうなったら、行く所は一つよね。

拓也も良いって言ってくれたし、やっぱ頼れるのは軍だけね」


あれやこれやと検討はしてみたものの、最終的に助力が得れるのは軍しかない。

幸いにして、今、バトゥーミに来ているツィリコ大佐とは、調達品の関係で良好である。

(その下地として、規格更新によって廃棄(と書類上なっている)された弾薬取引で、かなりの額が大佐の懐に納まっている)

エレナは意を決すると、彼女は足早にツィリコの部屋へと向かう。

軍なら何かしらの手を貸してくれる。

そんな期待を胸にエレナはツィリコの部屋に踏み込み、直訴に踏み切ってみたが、その返事は彼女の希望とするものではなかった。


「悪いが手は貸せん」


大佐から発せられる拒否の言葉。

それを聞いて、エレナは思わず大佐の机に詰め寄る。


「なんで!?」


メンチを切りながら、大佐の顔先10センチまで接近してエレナが問う。

常人なら、思わず顔を背けたくなる希薄であったが、大佐は煩わしそうに理由を説明した。


「理由は二つある。

まず、一つ目は…… 自由に使える部隊が無い」


「で、でも、窓の外にはヘリとか飛んでるじゃない?!

あれってウチの軍の奴でしょ?

名前は分からないけど、日本の奴よりカッコいいから知ってるわ」


日も落ちたというのに、電源が確保された邸宅と母艦を往復するヘリを指差してエレナが言う。


「確かに物資の搬入は最新型のMi-24だが、今は所属が違うんだ。

それに工作船自体は海軍が徴用してるが、中身の人間は外務省やら各省庁のごちゃ混ぜに乗っている。

あのヘリなんか、内務省警察から引っ張ってきた奴だよ。

まぁ 本来はキィーフ帝国へ領事館開設に向かう工作船を無理繰りこちらに回したから、あまりに本来の用途外で酷使すると他の省庁に恨まれる」


要はお役所の管轄が複数に跨っている為に、大佐の独力では手が届かないという事らしい。


「大佐の力じゃヘリが使えないのは分かりましたけど……

管轄がごちゃ混ぜって…… そんなのよく計画変更して引っ張って来れましたね」


「それは、我らがステパーシン大臣閣下の力だよ。

実に手回しの良い事だ」


「ステパーシンさんか……

そうか!そこから落とせば良いわけね!」


エレナはその手があったか!と一人納得すると、脱兎のごとく部屋を飛び出していく。


「あ!おい!何処に行くんだ?」


「本拠を落としに行ってきます!」


エレナはそう言って笑顔で返事をすると、直ぐに夜の町へと消えていくのであった。

そんな彼女が何処へ行ったのか。

それは彼女の目的から察することが出来る。

ステパーシンを使うためのコネ、そのコネへの通信とくれば、一番早いのが港に係留されている自社管轄の貨物船である。

(新設された政府の通信機器で、政府の人間をコネで使う通信はしたくなかった)


「アリョー

サーシャ、わたしよ」


『わたしなんて奴は知らんな』


何度かの呼び出しの後、かったるそうなサーシャの声が無線機を通してエレナに届く。


「エレナよ!

あんたね、船舶無線使ってアンタに連絡なんて、他に誰がいると思ってんのよ」


『なんだよ。

ちょっとした冗談じゃないか。

こちらと、会社の潤いであるヘルガがずーっとそっちへ出張中だもんで癒しが足りないんだよ』


警備部+αの人間が長い事社を離れ、製造部として会社に残るサーシャの声はどうにも寂しげである。


「あんたが癒されようが癒されまいがどうでもいいの。

そんな冗談言ってる場合じゃないわ。

あんた、今すぐステパーシン大臣に電話しなさい」


『親父に?なんで?』


「拓也の救出の為に、バトゥーミにきている工作船の機材借りるわ。

そうね……

40分で許可を出してもらいなさい。

50分後には機材を奪いに行くわ。

それまでに許可が無ければ強奪する事になるわね……」


急に連絡が来たと思ったら、いきなり物騒な事を言い始めるエレナ。

その余りの無茶ぶりにサーシャは思わず無線越しに慌てふためく。


『ちょっ!急に何言ってるんだ?!』


「もし、仮に許可が出ずに私達が犯罪行為を犯してしまった場合……

あんたが会社のPCに保存してた画像類をヘルガに公開するからね」


『……おーぅ』


無茶振りが失敗の際は、取り返しのつかなくなるような罰があると言う。

サーシャは反論よりも、想像の中で自分がその刑に処され、その際のヘルガの冷たい視線を想像して顔が青ざめる。

だが、そんなドン引きなサーシャに対し、エレナも無茶ぶりの対価を考えていない訳ではない。

サーシャが何を喜ぶか。

それを5秒に満たない時間で考え、とある結論を彼に提示する。


「まぁ、でも成功したら。

あんたの良いところをヘルガに宣伝してやってもいいわ。

なんならデートをセッティングしても良いわよ」


『……』


「サーシャ?」


やはりご褒美が軽すぎたか?

エレナはそんな心配をしながらサーシャに聞き返すが、返ってきた答えはエレナの心配など杞憂だったことを如実に表していた。


『ハラショー。

オーチニハラショー。

よく分かった。

俺に任せておけ!伊達にこの歳まで親の脛齧って生きてきたわけじゃないさ。

今までの人生で鍛えた脛齧りテクを使えば、そんな許可くらい10分でゲットしてやるよ』


何の問題も無い。

むしろ任せておけと言わんばかりにサーシャは意気揚々とエレナの依頼を快諾する。

そのハイテンションぶりには、エレナも心の中で「キモい」と呟いてしまうが、言いたい気持ちをグッとこらえて。エレナはどこか固くも優しい声でサーシャに礼を言う。


「頼もしいわね。

よろしくね」


そう言って、エレナが交信を終えると、いつの間にやら彼女の後ろに人影が立っていた。


「簡単に釣れたもんだな」


エレナの背後でエドワルドが笑っている。

彼はいつからそこに居たのだろうか。

彼の上司をコネで動かそうとしているのだから、何かしら思う所は有るかもしれない。

それも分かったうえで、エレナはエドワルドに微笑む。

ステパーシンと繋がっている彼の前でこんな事を話していた事など、些細な事と思える位には自分でも随分無理を言ったものだと彼女にも分かっているのだ。


「手段なんか選ばないわ。

必要となれば、貴方だって骨の髄まで利用するしね」


「ふん。

怖い女だな」


「女は愛に生きる生き物ですもの。

夫の為なら、このくらいやって当然なのよ」













無線より50分後

邸宅内臨時ヘリポート


そこは灯光器の明かりに照らし出され、昼間の様な明るさであった。

そんな中、郎党を引き連れた一人の陰が、ヘリの側に立つ男に詰め寄っていた。


「……という事で、ヘリを一機借ります」


ヘリのパイロットは困惑していた。

飛行前の機体の自主点検をしていたら、いきなり現れた(軍から仕事を受けているとはいえ)民間人の女が、ヘリを徴発すると言っているのだ。

もちろん彼はそんな命令など受けていないし、彼女の言い分に応じられる訳が無い。

彼は呆れた表情で仁王立ちするエレナに返事をする。


「おいおいネーチャン。

無理に決まってんだろ。

それに、借りたとして何処に行くんだ?」


「サルカヴェロの首都よ。

1000kmくらい西ね」


そう言ってtエレナは、分かったら速く準備してねと彼に告げるが

パイロットの方は距離を聞いた途端、鼻で笑って肩をすくめた。


「ネーチャン。

残念だったが、こいつじゃ航続距離が足りない。

他を当たるんだな」


そう言って、彼は機体の自主点検に戻ろうとするが、そんな彼の背中に向けてエレナはその位分かっているわと言って話を続けた。


「途中まで船で行けばいいわ」


「いけばいいわったって、政府の船はそうそう簡単に動かせんぞ?」


「別に政府の船じゃなくても良いでしょ?

私達の船の甲板があるじゃないですか。

小型の貨物船だって、蓋を閉めればそれなりのスペースになります。

既に離着艦の邪魔になるポールやら障害物は溶断させてるから問題ないはずよ。

それとも、操縦の腕が下手すぎて離発着は無理ですか?」


少々挑発する様な物言いでエレナはパイロットに問いかける。

技量の問題でイヤイヤ言ってるんじゃないだろうなと。

そして、これには彼もムッとしたのか表情を硬くするが、それでも命令が無い以上、動くことは出来なかった。


「そんな問題じゃない。

そもそもお前らのボロ船で離発着なんて危険なマネは御免こうむる」


そう言って彼は、エレナに対して完全に背を向けると自分の作業に戻る事にした。

何言ってるんだ、この馬鹿女は?

彼は胸中でそう思いながら機体のチェックをしていると、不意に後頭部でカチャリと固い何かの音がした。


「あなたには別にお願いしてるんじゃない。

許可はもうすぐ来るわ。多分だけど……

それと、拒否すれば命令拒否で死ぬことになるわ。

飛ばすか、死ぬか…… 選びなさい」


「なっ……」


両手を上げながら驚愕の表情でエレナを見るパイロット。

こんな所で銃で脅されるとは思っても見なかったからか、驚きのあまり口をパクパクさせるだけで声が出ない。

そもそも憲兵でもなければ軍の人間でもないエレナに、たかだか命令拒否の兵を射殺する権限は何も無いのだが、エレナの気迫の前に道理も糞もなかった。

パイロットは、誰か助けは?と思い周りを見渡してみたが、不運な事に他の物は自分の仕事で忙しい為か、こちらには全く気付いていない。

だが、銃を向けられようとココは味方拠点の中。

騒ぎが起きれば誰か助けは来る。

彼は意を決して助けを呼ぼうとした時、丁度こちらに向かって駆けてくる人影に気が付いた。

助かったか。

彼はホッとして胸をなでおろしたが、残念ながらそれは面倒事の始まりに過ぎなかった。


「副社長!出ました!

ヘリの貸し出し許可です!それも操縦士付きで!!」


手に書類を持ちエレナに駆け寄ってきたのは、伝令として許可証のコピーを持ってきたヘルガであった。

エレナはヘルガから紙を受け取ると、それにざっと目を通す。


「もう。

ちょっと遅いじゃない…… でも、まぁいいわ。

パイロットさん、ここにあなたの必要と言っていた許可証と命令書の控えがあるけど……

もう拒否はしないわよね?

正式な命令も直ぐにあなたの上官から来るわ」


エレナは、ヒラヒラとその紙をパイロットに見せる。

内容は本物だった。

司令部からの正式な許可文書と命令書である。

流石にこれにはパイロットも観念したのか、悪態をつきつつもエレナに逆らう事を諦めた。


「ッチ…… 勝手にしろ」


「ご協力ありがとう。

じゃぁ さっそく準備させてもらうわね」


エレナの声と共に配下の社員がヘリに弾薬類を積み込み始める。

どんな事態になっても助け出せるだけの火力は用意しようと言うのだ。


「待っててね拓也……

今、助けに行くわ」


遠く離れた地で捕縛された夫。

彼を助ける為、エレナは全力で行動を始めるのであった。

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