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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
35/88

東方世界4

遺跡都市バトゥーミ


すっかり夜も更けた街の中

この町は、まるで火山のカルデラのように外輪の城壁に近づくほど標高が高くなっているため、中心から離れれば離れるほど綺麗に町が一望できる。

そんな城壁に程近く、街を見渡す景観の楽しめる傾斜地に一つの飯屋が立っていた。

普段は景色と料理を楽しむ中流から富裕層の客が訪れる店であったが、今夜、その飯屋の一室は、異様な緊迫感に包まれていた。

バトゥーミの文化では普通の飯屋では絨毯の上で食事を囲うスタイルだが、商談や地位の高い者達の会合向けに個室を備えた飯屋もある。

拓也達がここに集まった理由は、その後者の方を必要としたからであった。

テラスがあり、普段は街が見渡せる洒落た個室も、今は鎧戸が閉められ外からは中の様子は全く見えない。

そんな個室の中で、腰に大型のナイフを装備したアコニーと、後ろ手を縛られて猿轡を噛まされたタマリが拓也の後ろに控える。

そして、それに対峙するように座っているのが、盗賊の頭であるニノと頭部全体を隠すようなローブを着せられたカノエに監視役のイラクリであった。

室内には、個室を借りる際に注文した料理の数々が絨毯の上で湯気を上げるが、誰もそれに口をつけない。

なぜならば、普段なら食欲を誘う料理の上空で、両者の視線が火花を出すかのごとく衝突していたのだ。

そんな緊迫した空気の中、はじめに口を開いたのはカノエを人質に押さえるニノのほうであった。


「あたしらと取引とはいい度胸だね。

普通ならあんた達をぶっ殺して仲間を取り返すところだけど、今回は特別に取引に応じてやるよ。

有難く思うんだね」


開口一番、ニノは尊大な態度で言い放つ。

腕を組み、拓也を睨みつけるニノ。

ならず者特有のその迫力は大したものだが、残念ながら拓也はそれが虚勢によるものだと知っていた。

何せアコニーやラッツの証言から相手の力量は知っているのだ。

それに、この飯屋は拓也が指定した交渉場所。

相手が何を仕出かそうとも対応できるだけの備えはしているし、盗賊の仲間が店の周囲の何処に潜んでいるかも逐次無線で連絡を受けている。

だからだろうか、いきなり浴びせかけられたニノの威圧に、拓也は全く動じなかったしアコニーなど半ば馬鹿にしたように鼻で笑う。


「ふん、……せっかく交渉に来たのに態度のデカい雌犬ですよね。

社長、いいからコイツらぶっ殺してカノエだけ連れて帰っちゃいましょう」


その方が早いですよとアコニーは言うが、それを聞いたタマリが目を見開いて首を振る。


「!? んんん~!!」


縛られたタマリが必死に声を上げようとするが、猿轡をしているために意味のある言葉にならない。

だが、それでも彼女は、必死に上目使いで拓也を見詰め、アコニーの言葉に乗らないように訴えかけている。


「まぁ 待て、向こうに手を出さないってのも約束のうちだ。

約束が守られている限りは義理は通すさ。

向こうが交渉と言う言葉を理解できるか分からんけど」


出来れば荒事は避けたいが、舐められるのはいただけない。

交渉を優位に進める上でも、ここらで一つ、こちらが圧倒的な優位であることを示す必要がある。

そのため拓也は、ここで一つの策を仕掛けることにした。


「交渉の前に一つ確認したい事がある。

手紙にも書いた通り、ココへ来たのはお前達だけだな?

仲間は置いてきたな?」


「ふん、ああそうだよ。

ご注文どおりあたしらだけで来てやったさ」


ニノは「約束通りだよ」とこちらを睨みながら言ってくるが、拓也はその実態を知っていた。

確かにこの店に来た時は3人だけであったが、個室に入った後に店を囲うように仲間を集めていることはエドワルド達の無線で拓也は知っている。

そして、拓也はそれらの事実を分かった上で、あるアイテムをニノに投げ渡す。


「これを身に着けてみろ」


そう言って拓也がニノに渡したのは、小さな黒い石の埋め込まれたカラフルな一本の紐であった。


「なんだいこりゃ?」


ニノは見たことの無い素材で出来たその紐に、首を傾げる。

それは普通の紐のように糸をよって作ったものではなく、ただの一本の線で出来ていた。

しかもニノは革紐かと一瞬思ったが、どう見てもその紐の素材は皮由来のものとは違う。

彼女は、それが非常に特殊なシロモノだと言うことは想像できたが、それが何であるかはイメージすることが出来なかった。

そんな困惑するニノを見て、拓也は淡々とそれが何だか説明する。


「それは真実のネックレス。

もし、お前の言っていることが嘘であれば、そのネックレスが光り輝く。」


「……」


ニノの顔から表情が消える。

普通の道具ではないと言うことは、やはり魔導具。

それも心の中を見通すと言う事は、堅気に生きられない者達にとっては相性が最悪だ。

だが、それと同時にニノの心に疑念が生まれる。

火を起こす魔導具や、遠くにいる者の声を伝える魔導具は、値段は張るものの市場に存在はしている。

だが、心を読む魔導具というのは一度も見たことが無い。

稀に性欲を高ぶらせる魔導具はある事はあったが、そういったものは効果が一方的だ。

身に着けた者の精神が魔導具の作用を受けることだけである。

装備者の心を読み解くというのは、一体どのくらいの価値なのか……

そして今、恐らくとても貴重と思われる魔導具を、男はニノに投げて寄越した。

どうやって手に入れたのかは知らないが、普通、貴重な魔導具にそんな扱いをするだろうか?

もしかしたら、この男は自分をまんまとペテンにかけようとしているだけではないか?

ニノは、拓也から渡されたネックレスを手に持ちながら拓也の真意を考えていると、それを察したのか、拓也がニノの思考を中断させるように再びニノに要求する。


「そのネックレスをつけてもう一度言ってみろ。

ココへ来たのはお前達だけだな?突入用の手下は隠してないな?

もし、嘘だったと言うならすぐに引かせろ。

それが交渉の条件だ」


「……もし嫌だと言ったら?」


「その時は取引は無しだ。

交渉決裂の落とし前として、隠れ家に潜むお前の手下は皆殺しになるだろう」


拓也は氷のような目でニノに言い放つ。

もとより選択肢は無いのだと。

それに対し、ニノは殺気を込めた視線を拓也に送るが、それにも動じない拓也を見て遂に諦めた。

拓也達はニノの隠れ家に手下が潜んでいることを知っている。

だがしかし、ニノは拓也の仲間の数もバトゥーミでの拠点も掴んでいない。

このネックレスが本物であろうと無かろうと、ここで拓也を襲撃した時点で結果は同じだ。

最初の襲撃で拓也を殺せるかもしれないが、その後は報復に来る仲間の襲撃に耐えるだけ。

向こうは何時でも襲撃してくることが可能だが、こちらは打って出ることは出来ないのである。

それに拓也達の戦闘力はメリダ村の襲撃で分かっていた。

侮れる相手ではないのである。


「チッ…… しょうがないね。

イラクリ!外の連中にアジトに帰るよう伝えてきな。

こうなったら真実のネックレスだろうが奴隷の首輪だろうが着けてやるよ」


「わかった!」


ニノの命にイラクリが店から飛び出して行く。

部屋の外へ飛び出していくイラクリを見送った後、ニノは観念したようにネックレスを身につけた。


「これで、こっちは隠した手下も何も無し。

あんたの交渉の条件とやらは整ったよ」


「協力的で実に助かるよ。

それでは、取引に移るとしようか。

カノエのローブを取って顔を見せろ。

怪我などは無いだろうな?」


拓也の言葉を受け、ニノはカノエの頭をすっぽりと覆っていたローブのフードを捲る。

すると、そこには見事な青髪を持つカノエの顔がハッキリと現れる。


「んん!」


余計なことを喋らないよう盗賊に猿轡を噛ませられた姿ではあったが、拓也と視線が合った事で安堵の表情が伺える。


「ちゃんと傷一つつけずに取っておいたよ。

これなら文句は無いだろう。さっさとタマリと交換しておくれ」


ニノはカノエの無事を確認して自然と笑みが漏れた拓也を横目に、アコニーに後ろ手を捕まれたままのタマリを指さす。


「それはもちろんだ。

ただし、一つだけ約束して欲しい。

人質交換後は互いに不干渉。

どちらも手をださず、諍いは一切なしだ」


「あぁ もちろんだよ。

交換後、私達はあんたらを襲わない。異論は無いさ」


ニノは拓也の提案を受け入れる。

既に仲間を引かせた後となっては他に選択肢も無い。

もはや平和的に人質交換が行うしかないと思っているように、ニノは負けを認めたように微笑を浮かべている。

だが、当初の彼女の内心はまた違っていた。

自力でのタマリの奪取が無理ならば、下手に出つつ人質交換を終えた後に匿名でサルカヴェロ軍に通報。

自分達の思い通りに事が進み調子に乗っている拓也達に地獄を見せてやるつもりであった。

サルカヴェエロに処刑される糞生意気な目の前の男の顔が彼女の脳裏に浮かぶ。

そしてこれは、自分たちが拓也らを襲うわけではないから嘘は言っていない。

そんな想像をしながらの彼女の顔からは、ざまぁみろと言わんばかりに自然と笑みが零れていた。


「……と、本当にそう考えてるのか?

油断が過ぎるな。ネックレスが光っているぞ?」


「なんだと!?」


ニノは焦った。

確かに"サルカヴェロを使って報復する"ことは考えたが、しかしてそれは"私達はあんたらを襲うことはしない"という事には矛盾しない。

高価そうな魔道具なら、その程度の言葉のロジックを理解して反応しないものだと勝手に思っていた。

それが反応したとあっては、心の内の敵意がバレてしまった事になる。

慌てたニノは、拓也の言葉に慌てて首に下げられたネックレスを見る。


だが、首にかかったネックレスは何の変化も無い。

ここで、ニノはしてやられた事に気が付いた。


「随分な驚き様だが、内心は一体何を考えていたのやら」


「くっ……」


ニノは悔しそうに拓也を睨むが、拓也は淡々と言葉を続けた。


「まぁ 嘘をついていたのはお互い様だ。

だから、別にそっちが何を考えていたかは問い正す気は無いよ」


「なに?!」


「そもそも、それは"真実のネックレス"と言う名前じゃないんだ。

その効果はこれから分かりやすく見せてやるよ。

アコニー、テラスの扉を開けて準備してくれ」


拓也に言われるままに、アコニーはテラスに通じる扉を開ける。

そして、そこに置かれていたのは4つのメロン。

ニノの着けているネックレスが巻き付けられている以外は、平凡なバトゥーミのどこでも手に入れられるメロンであった。

拓也は怪訝な顔をしているニノを横目に、アコニーと入れ替わるようにテラスへと向かう。


「では、ちょっと驚くかもしれないが、おとなしく見ていてくれ。

まず、このネックレスの機能だが、これは勝手に外すとこうなる」


そう言って、拓也はメロンにかかっていたネックレスを放り投げる。

拓也の手を離れたネックレスは、放物線を描く様にニノの方へと投げ渡され、彼女がキャッチしたその瞬間……


バクァ!!


と言う音と共に、メロンは砕け、真っ赤な果肉が辺りに飛び散った。


「んな!?」


まるで血の様に赤い果肉が飛び散る様に、ニノは驚愕する。


「こんな具合に一定距離が離れると、身に着けていた者は死ぬことになる。

そして次、無理に破壊した場合はどうかと言うと……」


次に拓也が取り出したのは、小さな片手のナイフ。

拓也は芝居がかった仕草でネックレスにナイフを当てて切り落とす。


「……!!」


またも弾けるように砕けるメロンを見ながら、ニノは首に付けられたネックレスを握りつつ拓也を睨む。


「そして次、このネックレスの作動条件は外した時や破壊した時だけじゃない。

俺の意のままに作動させることが出来る。

こんな具合にね。3、2、1……」


バン!と、拓也が数を数えながら最後の指を折った瞬間、最後のメロンも爆発したように砕ける。


「ちなみに俺が死んだときは自動で発動するから、生き残りたければ襲撃よりも全力で俺を守った方が良い」


ふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべる拓也。

なんとも悪役のような立ち振る舞いをふる彼に対し、ニノは殺意を込めた視線を送る。

元々はニノがカノエを攫ったのが発端だったのだが、今ではどちらが悪人なのか。

傍目の雰囲気では、それが逆転していた。


「……あんた。とんでもない卑怯者だね」


「そりゃぁもちろん。堅気がヤクザもんと取引するのに丸腰じゃ怖いでしょ。

まぁ、こちらが安全圏まで退避したら外してやるから少々の我慢はしてもらうよ」


拓也は「当然」とばかりにニノの言葉を鼻で笑う。

そんな拓也の余裕の態度とは裏腹に、内心はビクビクであった。

何故ならば、真実のネックレス云々は全てハッタリであった。

つい先日、魔法について学んだ彼らに魔導具などと言うものの知識なんて殆ど無い。

ニノに渡したネックレスも、実際にはヘルガの私物であったネックレス型エレ○バンであり、磁気で肩こりは治すかもしれないが他に特殊な能力は一切無い。

メロンが次々に爆発したのも、実際にはテラスに出た拓也の合図で狙撃していただけである。

本当は無線式の爆弾でもあればよかったのだが、生憎そんなものの持ち合わせは無かった。

そんな訳で、拓也は魔法ならぬタネも仕掛けもあるマジックショーでニノを騙すことにしたのだった。

そして、その目論見は今のところ成功している。


「ふん。なにが堅気だい。

人の命を手玉に取っておいて、こっち以上に捻くれてるじゃないか」


「まぁ そう言うなよ。

怖がりなんでね。これくらいしないと安心できない。

別に無理やり言うこと聞かす気もないし、こっちの安全を保障させるための物だと理解して欲しい。

と、ここまで理解できたのなら、さっさと人質の交換といこうか。

いつまでもペチャクチャと世間話をするような間柄でもないだろ?」


ニノは彼我の力関係を鑑みて、色々言いたい気持ちから一発拓也を殴りたい衝動まで一切合財をグッとこらえる。

既に彼女は拓也の策に嵌っており、現状で他に手段は無いのだ。


「……しょうがないね。

悔しいけど今回はその条件を呑んでやる。

ほら、あんたも聞いてたんならさっさと向うへいきな!」


ニノは後ろに座らせていたカノエを繋ぐロープを解くと、力任せに拓也の方へ背中を押しだすが、荒くれの盗賊たちを統率できるほどのニノの筋力の前にはカノエの体など羽毛も同然であった。

急な加速度に足をとられつつ、同じく開放されたタマリと交差して拓也の元へと向かう。


「社長!」


「かーちゃん!」


カノエが開放されるのと同時に、アコニーから放り出されるタマリ。

双方が元の鞘へと納まり、拓也とニノの腕の中で彼女らは安どの表情を浮かべた。


「怪我は無いか?カノエ。

ヘルガをはじめ、皆が待ってる。

一緒に帰ろう」


拓也とアコニーはカノエの頭の先から足の先まで見回し、異常がないか確認する。


「ええ、私は大丈夫です。

特に酷い事はされませんでしたわ。

それより、教授たちやメリダ村の皆さんは?」


「そっちは心配ない。

教授たちは無事。

それにメリダ村の村人たちも怪我人はいたが大丈夫だ」


「そうですか…… 本当に良かった」


カノエは自分が攫われた後の事を聞いて胸をなでおろす。


「だけど、今回攫われている間に色々と会社として無理をしてるからな。

これからもたくさん働いてもらわなきゃならないから覚悟しろよ?

準ブラック企業のウチの会社に在籍している以上は、暫くは有給も使わせないし、退職願を出してきても受理しないからな?」


「ふふふ…

それは大変そうですね。

でも、あんまり酷いと労基署に言いつけちゃいますよ?」


カノエは拓也の冗談に頬を緩ませて笑う。

そんな微笑ましさに、誰もがこれで元通りになると思われた。


「よし、ではこれで取引は終わりだ。

そのネックレスの解除法は、俺たちが本拠に戻った後で手紙を……」


人質の交換が終り、拓也がニノにネックレスの解除法について教えようとした丁度その時、唐突に拓也の言葉がとまる。

ニノやカノエたちは何が起きたのか分からなかったが、眉間に皺を寄せる拓也と同じように、アコニーも猫耳に手を当てて何かを聞いている。


「どうしました?社長?」


急に変わった拓也の態度に、不安になったカノエはおずおずと聞く。


「……サルカヴェロの襲撃だ。

この店を包囲する気だ」


拓也の説明から間髪おかずに、店の入り口の方から悲鳴が聞こえる。

なんだこれは?

サルカヴェロの介入なんて拓也のプランには無かった。

拓也は怒気をこめてニノを睨む。


「あたいらじゃない!

今、奴らを呼び寄せても、あたいらだって逃げられなくなる」


これを仕組んだのは自分たちじゃないとニノは全力で否定する。

確かに彼女たちを見る限り、拓也達を同じように急な事態の変化に驚いているようだ。

恐らくは本当に彼女たちは関与していないのだろう。

そして、刻一刻と変化する状況を伝えてくるエドワルド達の無線連絡もそれを肯定する。

店の周囲から聞こえる発砲音。

それと同時に聞こえる悲鳴。

エドワルドからの情報では、店の包囲を解いたニノの部下が、包囲の突破口を開くために突入したらしい。

だが、人数と火器の性能は、いくら身体能力に優れる亜人の盗賊団とはいえ突破は容易ではなかった。


「くそ!一体なんなんだ!

アコニー、どうにか包囲を突破できるか!?」


「無線で聞く包囲状況からは難しそうですが、チャンスは今しかないです。

盗賊共が時間を稼いでいる間に行けば何とか……」


「よし、行くぞ!」


外の状況が分からず慌てるニノたちとは裏腹に、無線で外の状況が分かる拓也達の行動は早かった。

アコニーは最初の異変を知らせる連絡と同時に室内に隠してあったカラシニコフを取り出して準備していたし、拓也が何も言わなくても隠してあった防弾ベストをカノエに手渡していた。

拓也が行くぞと合図を送るときには脱出の準備は終わっていたのである。

ニノ達を置いてテラスから脱出しようとする拓也。

テラスから兵と屋根伝いに逃げるのは目立つ危険だあるが、既に店内にはサルカヴェロ兵が侵入し、虱潰しに内部を探索しているようだ。

逃げるならこっちしかない。

そう思って、テラスを囲う塀を乗り越えようとした正にその時だった。

勢いよく部屋の扉が開かれる。


「かーちゃん!変なのに囲まれたよ!」


突然の乱入者の正体は、店を囲んでいた盗賊たちを引き上げさせに向かったイラクリだった。

彼は仲間を引かせに行ったのだが、屋敷を急襲して来たサルカヴェロ兵を見てニノとタマリを救出に戻ってきたのだ。


「イラクリ!」


不穏な空気の中、急に開かれたドアに隠し持っていた短剣を構えるニノであったが、イラクリの姿を見て構えを解く。

それに対して、一瞬突きつけられた剣先にギョッとするイラクリであったが、ニノが構えを解くと同時に扉を閉めて拓也達のいるテラスを指差した。


「かーちゃん!とりあえず仲間に時間は稼がせてるから屋根伝いに急いで逃げるよ!

あいつらの武器が強すぎて、長くは時間稼ぎは出来ないから!」


イラクリの言葉にニノは素直に頷く。

今だ歳若い少年でありながら、母親と姉を救出するために仲間の指揮を執り単身死地に乗り込むこの勇気。

恐らく次代の盗賊を率いるのはこの子になるだろう。

ニノは危機の中でその事を悟り、どこか嬉しい気持ちになる。

とりあえず、この危機を脱出した後でたっぷり可愛がってやろう。

ニノは頭の片隅でそんな事を考えながら、テラスを見る。

イラクリが作った時間を有効活用せねば。

そう考えた彼女であったが、現実は甘くは無かった。

決死の思いで作り出したイラクリの突破口。

それが維持できた時間はあまりにも短かったのである。

そして、それは拓也達も同じだった。

イラクリが突入してきたことで、テラスの手すりを掴む手を離し、つい出入り口のほうに銃を向けてしまった。

そして乱入者の正体がイラクリと分かり危機を伝えた10秒弱の僅かな時間が、彼らの脱出を不可能にする。


ドガン!!


そんな乱暴な音と共にドアの前に立っていたイラクリの姿が消えた。

そして、代わりに姿を現したのは火薬の匂い漂うパイルバンカーのような物を持ったサルカヴェロの小人兵士。

どうやらイラクリは急に開け広げられたドアに巻き込まれ、壁とドアの間に挟まれたようだ。

だが、サルカヴェロ兵にとってそんな事は関係ない。

開いたドアから雪崩の様に部屋に入ると壁沿いに散開して全員を囲む。

そんなサルカヴェロ兵を前にニノ達は勿論の事、拓也達も脱出手段を失った。

これがアコニーだけだったら牽制射撃と持ち前の身体能力で逃げ切れただろうが、今は拓也とカノエの二人を連れている。

そんな状況で、全員が旧式とはいえ短銃で武装したサルカヴェロ兵に銃口を向けられながら逃げ切るのは無理だった。


「全員動くな!」


低い男の声と共に、兵士を引き連れた一人の小人が室内に入ってくる。

そしてその場の全員が人目で分かった。

この男がこの部隊の指揮官だと。

他の兵達が黒い忍者装束に胸甲と鉄兜を被らせたような外見の実用的な兵装をしているのに対し、その男は装飾を重要視した軍服を着ている。

それは、まるでオスマントルコのイニチェリのような煌びやかな色の布を纏った格好であった。


「この区域は完全に封鎖した。

最早逃げられないぞ。観念しろ」


男は勝ち誇った笑みを浮かべて拓也達に言い放ち、それに呼応するように周りのサルカヴェロ兵も銃口を拓也達に向けたまま包囲を縮めた。


「くそ、何なんだ一体……」


拓也は何かこの状況を打開できるものは無いかと辺りを見回すが、役に立ちそうなものなど有りはしなかった。

逆に退路として使用しようとしていた屋根の上にまでサルカヴェロ兵が上ってきた姿を見て歯軋りをする。

そして、そんな拓也を見て今まで拓也とアコニーに守られる様に立っていたカノエが、拓也の前に一歩出る。


「……サルカヴェロ正規兵です。

間違いなく、狙いは私でしょう」


確信を持って沿う告げるカノエの言葉。

彼女は拓也の知らない何かを知っていた。


「カノエ?!」


「社長には言ってませんでしたが、サルカヴェロの国内では私達一族はお尋ね者なのです」


面倒に巻き込んでごめんなさい。

カノエは小声でそう謝ると、サルカヴェロ兵に向かって更に一歩進む。


「確かに奴隷商人は青髪が何とか言っていたが……

カノエ、お前は一体……」


拓也が奴隷市場でカノエを探していた時、奴隷商人の反応は普通ではなかった。

だがしかし、サルカヴェロが軍まで派遣して捕まえに来るとは、カノエやその一族は一体何をしたのか。

拓也はカノエの背中に向けて問いかけるが、カノエは何も答えない。


「お喋りはその位にしてもらおう。

貴様らには色々と聞きたい事があるのでな。

だが、国中で探し回った青髪の生き残りが、こうも簡単に捕まるとは思わなかったぞ。

貴様らには逆に礼を言いたいくらいだ」


指揮官の男は上機嫌でそう言うと、片手で兵に合図を送り拓也達を縛り上げさせる。


「いたた!ちょっと、もうちょっと優しく扱いな!

こう見えても、あたしは乙女だよ!

……ってそれにしても、なんでこいつ等はココのことが……

されは盗賊共め、つけられてたか……」


強引に後ろ手を縛られるアコニーが、悪態をつきながらニノたちを睨む。

だが、それを見ていた指揮官の男が、盗賊に敵意を向けるアコニーに向けそれは誤解だと話しかける。


「ん?それは違うな。

我らが探っていたのはお前らの方だよ。

昼間に街の商人から青髪を探しているという妙な男の話を聞いてな。

ちょっと探りを入れてつけてみればこの通りだ。

それにしても、目立つお前らを探してるのは簡単だった。

人族の中でも彫の薄い顔の黒髪はあまり見かけないからな。

ちょっと聞き込みをするだけで、あっという間にお前に辿り着いたよ。

だが、それにしても本当に青髪がいるのは驚いたな。

国を挙げて何年も狩り出したから、まさか本当に生き居残りが居るとは思わなかった。

こいつの他に仲間が居るかもしれないからな。

他の青髪の居所や、貴様らが何者かについては宿営地に帰ってからゆっくり聞き出すことにしよう」


そう言って指揮官の男はニヤリと笑うと、部下に拓也達を連行するようにと合図を送る。

乱暴に彼らを引きずるように連れて行く彼らだが、その流れに歯向かう様にカノエは一人歩みを止めて男に向き直る。


「待ってください!」


「ん?なんだ悪魔の化身め」


まるで虫けらを見るような侮蔑した目で男はカノエの言葉に耳を貸す。


「その人たちに手を出さないでください。

貴方達もココで私とヘタに揉めて、エルフ達とゴタゴタを起こしたくないでしょう?」


捕まった身でありながら、自分が優位であるかのようなカノエの言葉。

その言葉を聞いた指揮官の男は、しばし真面目な顔つきで何かを考えた後、顎を使って配下の兵に指示を出す。


「……ふん、連れて行け」


彼は不本意そうな顔をしてそれ以上何も言わない。

言葉にはしなくても、それがカノエの要求が受け入れられたと表すモノだと拓也達は表情から察する。


「カノエ…… お前は一体何者なんだ?

それにエルフって……」


一国からお尋ねものになっているだけでは事足らず、更に彼女の口から出たエルフやら何やらという言葉に拓也は困惑を隠せない。

彼女は一体何者なのか。

拓也はカノエに問いかけるが、それに対しカノエは困った表情をしたまま拓也に頭を下げた。


「すいません社長。

今はまだ説明できません。

もしも、話すべき時が来たら……全てお話します」


そうして、カノエは口をつぐみ、先導するサルカヴェロ兵の後に続く。

そのまま彼女は、サルカヴェロの宿営地まで連行される間、一言も言葉を発することは無かった。


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