表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
31/88

東方世界1

ここで嬉しいお知らせです。

pixivにて、白木つぶら様にファンアートを描いて頂きました。


ファンアートとか滅茶苦茶感激でした。

そこで、白木様の承諾の下で絵を紹介させて頂きます。


「試される大地」のファンイラスト | 白木つぶら [pixiv] http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=34195049

青い海原の上。

沿岸からさほど離れていない海上を拓也達の乗った小型の貨物船が東へ向かって進んでいた。


「拓也。これから海峡に入るが覚悟は良いな?

政府の目の届かないところでチョロチョロするんだ。ちゃんとバレた時の言い訳も考えてるな?」


ブリッジで政府が即席の調査で発行した簡易な海図を眺める酌船長が、横で同じく海図を眺めている拓也に最後の確認をする。


「大丈夫です。お願いします」


準備万端。

拓也は船長の問いに迷いのない言葉を返し、船長の目を見据えながら頷いた。


「よし、進路変更、進路0-1-0。海峡に入るぞ」


宗谷岬の北西にある東西の陸地を隔てる海峡。

それは巨大な内海と外洋を繋ぐ唯一の道であり、新世界のジブラルタルとでも言うべき海峡だった。

そこは転移前から内海よりプラナスの港を目指す船が行き来していた交易路であり、政情が不安定化して取引量が低下した今でも、そこを通る船が絶えることはない。

そのため北海道への不用意な接近を防ぐため、数少ない海保が過労死寸前のハードワークを行っているのだが、それにもやっぱり限界はあった。

巡視船の絶対数が不足しているのである。

接岸は阻止できても、北海道側から出航した船の行動の全てには対処しきれない。

一応政府からは不用意な上陸は禁止されているが、それでも大陸のギリギリまで行って漁をする者や、新天地に夢を抱きすぎるヒッピーくずれ

更には内務省警察に追われて北海道にいられなくなった過激派など、海保の制止を振り切って渡航するものが後を絶たなかった。

だが、今はその警備力の不足も拓也達には都合がいい。

止められると色々と面倒くさい上、攫われた仲間の奪還という目的の性質上、あまり余計な時間はかけたくない。

途中、数隻の船団と擦れ違った時は、近くに目立つ存在が現れた事に海保の注目を集めてしまうのではとドキリとしたが、幸運にも何事も無く船は海峡をスルスルと抜けて行く。

海峡を突破した後に、胸を撫で下ろしながら振り返って双眼鏡をかざしてみれば、付近の巡視船は擦れ違った船団の接岸阻止へと警告に向かったようでこちらには構っている暇などないようだった。


「出航時からAISは切ってあるから、積極的にこちらの位置情報を伝えることはない。

だが、礼文にあるレーダーのログを見られれば、一発で東へ向かったのはバレるからな。

ちゃんと言い訳は考えとけよ」


「そうだね。

とりあえずの名目は、調査依頼に則った業務と答えてはぐらかしておけば良いよ。

それでも駄目なら、色々お金積んだりコネ使ってでも何とかしてみるし、それも駄目なら届出の不備って扱いにして素直に行政指導でも受けるさ。

もっとも、政府から何か言われた時だけだけどね。何もいわれ無かったら渡航自体無かったものとするよ」


やるだけやって駄目なら開き直るしかないさと拓也は言ってはいるが、その落とし所も仲間の救出ではなく調査の届出の不備にしよう所が少々こずるい。

例えバレタとしても、徹底的にしらばっくれる気でいるのだ。

酌船長はそんな拓也の心境を察すると、今後のことについて一つの提案を彼にすることにした。


「まぁ 今回は仕方ないが、今後の仕事内容によっては偽装船の一隻でも用意しておいた方が良いな。

いい船があれば、俺も仕事がしやすいでな」


どうせ武器商人にとって密航は通常業務なんだろ?と言いたげに船長は拓也に言う。

だが、特に密輸系の事業展開を計画していない拓也にとって、そんな購入要求を聞かされても何とも答えることが出来ない。


「え゛…… その費用はどこから?」


口には出してはいないが、船長の目は明らかに"買え"と要求しているのは感じ取れる。

だが、要求品のモノがモノだけに不用意に肯定の返事は出来ない。

船一隻である。社用車一台買うのとはワケが違うのだ。


「な~に、中古の小型船の外販に化粧板と偽装の帆を取り付けて、木造帆船っぽくするだけだ。

出資者の懐事情も考えて知り合いの造船所で安くこさえてみせるさ」


「偽装船……

有ったほうが良いのかなぁ~……

だけど、そんな船には銀行から融資なんて無理だよなぁ……

あぁ…… 内部留保が飛んでいく……」


いずれ何らかの仕事で必要になるか分からない偽装船。

楽しげにその船に求める仕様を語る船長とは裏腹に、支出ばかりがドンドン増える会社の懐事情に拓也は「ぐぬぬ……」と考え込んでしまう。

北海道を離れ、何処まで遠くへ行こうとも決して離れる事の無いゼニの心配は、拓也の精神をゆっくりゆっくりと削っていく。

いかんせん、内部留保が貯まらない。

ゼニに関して幸運だったのは最初だけ。

会社を設立した当初は、その幸運からバラ色の未来が確実に待っていると思われたが、その予想に反し何時も何かしらの悩みに取り憑かれる拓也であった。

そう拓也の表情が曇っているうちに、緊張した雰囲気など霧散してしまった船は、海峡を渡り切って北海道からのレーダー波の届かない大陸の陰へと回り込むことが出来た。

レーダーの届かない海域まで来れば、もう遠慮は要らない。

拓也達の乗る船はゆっくりと速度を上げ目的の上陸地点に向かって突き進む。

順調な航海。

進路を塞ぐもののいない海上を進む船は、そのまま予定通り数時間の血に目的の上陸地点に到達することが出来たのだった。








東方地域


初めて訪れるその地域で、一番最初に上陸したのは目的地のバトゥーミから離れた砂浜だった。

目的地が港町だということもあり、可能であれば普通に入港したかったが今は盗賊を追跡中。

目立つ船で入港したら逃げられてしまう可能性もあるため、今回は町から離れた地点にゴムボートで上陸することとなった。

人気の無い砂浜に上陸するとすぐに盗難防止目的にゴムボートを隠匿。

その後、各々が重いバックを背負い列を組んで歩き出す。


「目的地は10kmちょっと先です」


「10km! 遠いなぁ……」


目的地までの距離を説明するヘルガの言葉に、拓也は思わず苦笑いを浮かべた。

なぜなら、今回、車両の陸揚げは出来なかったため、途中の道程は全て徒歩。

それも、重量のある荷物と武器を持ってである。


「いきなりあの船で目的地に入港したりなんかしたら、色々と騒ぎになりますし、盗賊にも警戒されますからね。

目立つ上に入港税もとられるし、いいことは無いですよ」


「ううむ……

まぁ 仕方ない。他に選択肢もないし、考えるだけ無駄だな。

……黙って歩こうか」


そう言って拓也はガックリしながら再び歩を進める。

その踏みしめる足の下は、柔らかな砂とまばらな草。

砂浜と草原の境界を拓也達は歩いているのだ。

ふと顔を上げれば、眼前に映る延々と続く青と緑の二色の世界。

それは、何百歩、何千歩と歩を進めても一向に変わる兆しが無い。

そんな状況だからだろうか、一時間も歩いた所で急に拓也の歩みが止まってしまう。


「なんだ拓也?

この程度で根をあげるのか?」


しゃがみ込み、タオルで汗を拭う拓也にエドワルドは笑って話しかける


「はぁはぁ…… 運動不足の足腰に…… 重量物かついで砂浜ウォーキングとか…… ちょっと舐めてたわ……」


拓也は肩で息をしながらエドワルドに釈明する。


「そんなに辛いなら草原を歩いても良いぞ?

腰辺りまで伸びた雑草で余計に消耗するかもしれんが……」


そう言ってくるエドワルドの視線の先。

そこには、どこまでも広がる大草原が広がっている。

それも、鬱蒼と雑草が生い茂った未開の平野が。


「もうすこし内陸に行くかバトゥーミに近づくかすれば、長の低い草が延々と広がっているんですけどね。

ここらへんは砂浜を歩く以外に道はないんで我慢してください」


「う゛~、マジか。

まだ砂浜が続くのか…… 

というか、後どれくらい歩いたら普通の道に出るんだ?」


今は悪路を歩いていても、これは一時的なモノだろう。

拓也は当然のように、ごく自然にヘルガに聞く。


「え?こっちにそんなのありませんよ」


「は?」


何を言っているんですかと言いたげな表情で、ヘルガは拓也に言ってのけるが、拓也にとってもヘルガが何を言っているか一瞬理解ができなかった。

道が無い……だと?


「ここはどこの国にも属さない亜人たちの土地ですし、しかもこちらの人たちって遊牧で生計を立てている人たちが殆どですから

町も数えるくらいしかないです。

ここの海岸の草は背丈が高いですが、他はずーっとどこまでも背丈の低い草原ですので、全部が道とも言えますね」


「なんというモンゴル……」


草原=道

そんな大陸的スケールな事を語られてもイマイチぴんと来ないが、そんな拓也にもわかる事が一つある。

バトゥーミまでずっとこんな悪路が続くという事だ。

その事実に拓也は心を折られ、その場に座り込んでしまう。


「おいおい。

休憩にはまだ早いぞ。

それと、こんな距離、お前以外は完全装備でも散歩感覚だ。

ヘルガの嬢ちゃんだって、お前と同じくらいの荷物背負ってヒョイヒョイ歩いてるのに情けない」


座り込んでしまった拓也にエドワルドは容赦なく言葉を浴びせる。

そんな彼に、「情けないと言われてもコレが平気なのはお前ら元ロシア兵組だけだろ」と拓也は心の中で悪態をつくが、彼に言われて改めて他の皆を見回してみれば確かに皆涼しい顔してピンピンしている。

それも一番華奢そうなヘルガまで……

ぐぬぬ…… 彼女はドワーフで、向こうの方が年上なのだが、傍から見れば大の大人がこんな小さな女子供に体力で負けたように見えてなんだか悔しい。

拓也はその涼しい顔をみて思わず下唇を噛みしめるが、彼女も拓也の表情を見て何を考えているか察しはついたようだ。


「まぁ 私は軽くサポート程度なら、消耗無しで手足のように魔法が使えますからね。ちょっと楽してます」


彼女は疲れ知らずの秘密を語ると、えへへっと頬を掻きながら笑う。

彼女にとっては「一人だけ楽してるのバレました?」的な感じであったのだろうが

拓也にしてみれば、その事は正に目からウロコであった。


「そうか、魔法で運動不足の筋力を補ってやれば……」


ヘルガの話を聞き、拓也は「その手があったか……」と覚えたての魔法を使おうと気を練り始める。

なぜ今まで気付かなかったのか。

日常的に魔法を使い続ければ、今後の人生の肉体労働に関してはチート使い放題!冬の除雪も楽チンだぁ!と薔薇色の未来が拓也の脳裏に広がる。


「でも、まだ習熟してない社長がやったら、一時間も経たないうちに疲労で倒れますよ」


「……え?」


一瞬の夢を見ていた拓也であったが、ヘルガの一言で拓也の集中も薔薇色の未来も霧散する。

日々の鍛錬が足らない者に、楽な道など用意されてはいない。

当然の帰結である。

希望を打ち砕かれ、少々レイプ目になってしまう拓也であったが、世の中には怠け者用の楽な道は無くとも裏道なら色々と有るらしい。

平時のサボタージュに関しては社内一ともいえるお猫様が、沈む拓也に光明の光をあてる。


「てか、社長。

荷物なんて、この糞犬に持たせれば良いじゃないですか。

こいつ、力だけは並以上ですよ?」


拓也達の遣り取りを見ていたアコニーが、脱走防止用に首輪と鎖を付けられたタマリを指差して拓也に言い、アコニーはじゃらりと音を立てながら鎖をひっぱってタマリを拓也の前に引きずり出す。


「ぐぇ! 痛ててぇ~…… もうちょっと、優しく扱えよ。こちらと花の乙女だぞ!

それに、あたいは犬じゃない!ハイエナ族だって言ってんだろ馬鹿猫が!」


「フンッ!どの面下げて乙女だって言うんだよ糞犬」


「なんだとぅ?」


「ぐるるるる……」


二人はお互いに喉を鳴らし威嚇しあう。

見ての通り、どうもこの二人の相性は悪い。

どうもその原因は、一度この二人がサシでやりあった時に、アコニーがタマリの搦め手に引っかかり、ボコられたことが原因にあるらしい。

正々堂々となら負けないとは本人は言っているものの、負けたことには変わりないという事実がアコニーの心をささくれ立たせるそうだ。


「ガァァァ…… って、まぁ脳筋の馬鹿猫の相手はさておき、旦那の荷物を持てってかい?」


「脳筋だとう!!!」


「おちつけアコニー」


タマリの挑発に簡単に乗せられるアコニーを必死で抑える拓也。

そんな、どうにも沸点の低いアコニーが、手の付けられない猛獣のように他の仲間に宥められるのを見てタマリはそれを指を指して笑う。


「はっはっは!煽るのが面白い猫ちゃんだ。

まぁ そんな馬鹿はさておき、捕まったあたしが言うのもなんだけど、捕虜に対して旦那は甘い!甘すぎるね。

正直な所、囚われの身としては重労働やら性処理くらいはさせられるものかと思ってたけど、実際はちょっと縛られて紐に繋がれてるだけ。

あまりの高待遇にびっくりさ。

こんなんじゃ逆に体が鈍っちまうよ。

もしこれが逆の立場なら、旦那に全員分の荷物を持たせて遅れようもんなら蹴りの一つでも入れてる所さ」


「へ~、そうか。こっちじゃそれが普通なのか……

だが生憎、俺たちは野蛮人じゃないから過剰な虐待はしない……が、そんなに体が鈍ってるなら折角だし働いてもらうか」


そう言って、拓也は背負っていたバックパックを地面にドンと置き、最低限の自分で持つ荷物として水筒とタオルを引き抜いた。

最初は捕虜を酷使すると色々と問題になるかと思って縛るだけにしておいたが、それは拓也の勝手な思い込みであったようだ。

それに、そもそも拓也達は軍ではない為、拘束した現地人に関する規定なんて何もない。

ならば、己の良心の範囲内で好きにさせてもらっても何ら問題はない…… 政府とマスコミにバレない限りは。


「じゃぁ さっさと荷物をよこしな。

軟弱な旦那の代わりに優しいあたいが持ってやるよ。

……でも、出来れば荷物が運びやすいように縛り方を変えておくれよ」


タマリは上目づかいで両手の手錠と首輪の紐を拓也に見せる。

「お願い」と彼女は潤んだ瞳で訴えて来るが、そんなあざとい姿に拓也は大きくため息を吐いた


「ふぅ~……

……で、紐を緩めた途端に逃げるってか?

その手には乗らんぞ。

バックパックのバンドは着脱可能だから、拘束を解かなくても背負わせられるからな」


こんな見え見えの手で逃げようとするとは……

今までの約束は何だったんだと拓也はウンザリした気持ちになる。

これが仮にタマリが男だったら、顔面に唾でも吐きかけていたかもしれない。

だが、拓也のそんな表情とは裏腹に、タマリはきょとんとした表情で首を振る。


「いや、別に緩めなくていいし。追加で色々と縛って欲しいんだ」


「……は?」


拓也は意味が分からなかった。

バックパックが運びやすいように更に縛る?

どこを縛るというんだ?


「まぁ あたいの言うように縛ってよ。

それで、あたいは満足だから」


「まぁ そう言うなら好きにしろよ」







そんな拓也とタマリの一悶着の後、拓也達は再び歩を進めた。

それから何km歩いただろうか。

草原と海岸線しか視界には無いため、いくら移動しても景色が全く変わらず、一体どの程度移動したのか感覚的にはさっぱりわからない。

もう、10kmどころか20kmくらい移動した気もするが、実際には3~4kmしか移動してないかもしれない。

背負う荷物も無くなった事だし、本当はポケーと半ば意識を飛ばして歩いていられれば精神的に楽そうなのだが、ある理由によりそれすらも叶わない。

だからだろうか。

双眼鏡で進行方向に何かを見つけたと思しきエドワルドの声を聞いたときは、本当にほっとしたものだった。


「おい、なんか集落みたいなのがあるぞ」


エドワルドが双眼鏡を片手に前方を指差す。


「「え?」」


エドワルドの言葉に、ヘルガとタマリの言葉が重なる。

ヘルガの声は想定外という戸惑いの声。

そしてタマリの声は残念そうな声だった。


「ふぅ。やっと着いたか。もうちょいかかるかと思ったけど意外に早かったな」


そう言って拓也は安堵の笑みを浮かべる。

これ以上歩き続けるのは、疲れとは別の意味で辛かった。

なんというか…… 目のやり場に困るのだ。

彼女の言うとおりに荷物をロープで固定した姿は、まさにSMそのもの。

ロープは彼女の胸を強調するかのように肉に食い込み、彼女の表情を見れば、頬は上気し、目が潤んだ上に呼吸が荒い。

「こいつ、前にMに目覚めたと暴露したのは、こちらを欺く為のフリじゃなかったのか?」と拓也は思ったが、

挙句の果てに「もう少し歩かない?」とお願いしてくる始末。

コイツはヤバい。

嫁が居る身として、こんな奴が近くにいたら本気で誤解されかねない。

拓也はとっとと捕虜交換してタマリから離れたいと本気で考え始めていた。

変に誤解されてエレナに殺されかけては堪らないからだ。

だが、そんな拓也の願いも虚しく、エドワルドの集落発見の報に戸惑いの声を上げていたヘルガが、拓也の言葉を否定する。


「そんなはずは無いんですけど…… わたしも数年前に一回行っただけですが、その時はもっと先だったと思います。

それにバトゥーミなら町を取り囲む大きな壁があるはずですが、それは見えますか?」


「……いや、それっぽいのは見えない。

どうもあれは遊牧民の集落っぽいな。ゲルみたいなテントが並んでる。

どうする?迂回するか?」


エドワルドは拓也に双眼鏡を手渡しつつ、どう進むべきか拓也に尋ねる。

確かに双眼鏡越しに映るのは町というよりは大規模なテントの集まり。

そこは既に植生が長の低い草へと切り替わっており、大草原と大海原の間の中に忽然とキャンプ村が現れたような感じであった。


「なんだよ。

目的地じゃないのか。ガッカリさせるなぁ」


「そう拗ねるな。

んで、どうする? 

原住民がどういう文化を持っているか分からんが、昔のモンゴル人みたいに暴虐の限りを尽くしている部族かもわからんぞ?」


ロシア人にとって昔話で悪役といえば、ソレは大体がモンゴル人。

草原の蛮族は危険な存在であると子供の頃から刷り込まれている。

そんな彼らのイメージに近い存在が異世界の草原に居るのを見て、エドワルドは思ったことをそのまま口にする。


「確かにいきなり接近して大丈夫なのかは気になるね。

なぁ ヘルガ。そこのところはどうなんだ?

あの人らって、捕まえた人間の両手にロープを通してコレクションしたりする趣味あったりする?」


「一体何ですかそれは……

それと、エドワルドさんが言うモンゴル人というのがどういうのかは分かりませんが、少なくとも彼らは旅人を襲うようなことをしませんよ。

そんな事をすれば、商人も何も草原の民には近寄らなくなるので……

前に話をしたときの感触では、彼らは遊牧生活を送っているためお客さんが尋ねてくることが少ないので、外からの刺激になる客人はよくもてなしてくれる感じでしたけどね」


ヘルガは、何を失礼な事を言ってるんですかと言いつつ、拓也らに彼らと以前話してみたときに感じたことを説明する。

彼女の説明によると、こちらの遊牧民は集団で略奪に出かけることも無く、温和な性格をしているらしい。

どうやらエドワルドらがイメージするような危険な遊牧民というわけでもなさそうであった。


「そうか、なら真っ直ぐ突っ切ろう。

迂回するのも面倒だし、何か色々とこちらの情報が得られるかもしれない」


「そうですね。

こちらの地域について私が知っている情報は、数年前に一度行っただけの情報ですし

どうせなら、生の情報を仕入れたほうが何かと良いと思いますよ」


「そうだな。

じゃぁ あそこで休憩も兼ねて情報収集でもしてみようか」






……


…………


「あれ?おかしいですね」


「どうした?」


テントが集まる集落に入って程なく、ヘルガは辺りをキョロキョロと見渡しながら首を傾げる。


「いえ、ここの人々の服装が、遊牧民の人々より町の人たちのほうが多いです」


「そうなのか?

俺には全部似たような感じに見える」


ヘルガは違いがあるというが、一見して拓也にはその違いが分からない。


「というか珍しい服着てるよね。あたしらの村と違って全体的にヒラヒラしてる」


そもそも、元々この世界の住人であるアコニー&その他の皆ですら珍しがっている有様。

パッと見で違いが分かるわけも無かった。

どうもこちらの地域に住む亜人達の衣装は、ヘルガやアコニー達が暮らしていた地域とは大分違っているようだ。

アコニー達の伝統的な服装は、同じ地域に住むエルヴィス領の人間達の影響が濃かったのか、大昔のヨーロッパの農民のような感じであったが

こちらはどちらかと言うと中央アジアに近い服装をしている。

凝った刺繍の入った大き目の服を羽織っているという感じだが、元の世界でもあまり親しみの無かった服装に細かな違いなど分かるはずもない。


「違いは服装というより刺繍の柄ですね。

遊牧をやってる人たちは、刺繍の中に自分達の部族のシンボルと家畜を盛り込んでることが多いんですが

道行く人々を見ると、葡萄とか植物をモチーフにした刺繍が多いですよね?」


「いや、そんな「ね?」とか言われても、刺繍なんて直ぐ判別できんわ」


ヘルガはそんな拓也に対し、道行く人の服の柄を指差して「あれは羊。あっちは米ですね」などと教えてくれるが、拓也にはさっぱり分からない。

もう途中からは、理解を諦めヘルガの説明に適当に相槌を打つだけとなっていた。


「まぁ 刺繍についてはそのうち分かるようになりますよ。

それよりも、とりあえず適当に飯屋のおっちゃんとかに、こちらの事を色々と聞いてみましょうか。

あっちこっちに屋台が出てますから、ついでに昼食も一緒にすませましょう」


そう言ってヘルガは楽しそうに拓也の手を引っ張って集落の中心部へと歩き出す。

どうもこの集落では中心部が市場になっているようだ。

海岸が近いだけあって水揚げされた魚の猛烈に生臭い匂いや、山と積まれたメロン?の甘い香り、それに調理中の食べ物の屋台から香ばしい肉の香り等が漂ってくる。


「瓜ー。瓜はいらんかー」


「串焼きー。串焼きはいらんかーい」


市場では、より多く商品を売ろうと、物売りの少年や屋台の親父の客寄せの掛け声が入り混じる。

更に値段交渉の唸り声から食事を囲む笑い声、市場はそんな賑やかな熱気に包まれていた。

そんな中、拓也達一行は飯屋とおぼしき一角を見つけるとその前に広げられた絨毯に腰を下ろした。

なんでもこちらではテーブルで食事という習慣は無いらしい。

ヘルガは「こっちじゃ敷物の上で食べるんですよ」と拓也達に短く説明すると、そのまま料理を頼みに店の親父の所へと向かう。


「おっちゃん。焼き飯10人前ね」


「おう!ありがとうよ嬢ちゃん。おつかいかい?」


「……私、子供じゃないわ」


店の親父の問いに、ヘルガは不機嫌そうにそう言うと、ムッとした顔を浮かべる。

もう三十路も越えたというのに、馬面の屋台の主人(というか馬の獣人だった)にイキナリの子供扱いされたのがお気に召さないようだ。


「おっと、嬢ちゃんはドワーフだったか。

じゃぁ嬢ちゃんか婆ちゃんか姿を見ただけじゃわからんな」


「……そんな年でもないわ」


店の親父はヘルガの耳や全体を見ながら悪びれもせずに言い放つ。

そんな親父の言動にヘルガはフンと膨れて見せるが、やはり見た目はローティーン。

何処から見てもちょっと拗ねた子供にしか見えない。


「はっはっは。すまんな。

そんなに怒らないでくれよ。

ちゃちゃっと作ってやるからな!」


「ふん。……失礼しちゃうわ。

あと、せっかくいっぱい頼むんだから具もいっぱい入れてよね」








「社長。料理は出来上がり次第持ってくるそうです。

それまでは皆でこれでもつまんでましょう」


「これは?」


「羊の串焼きです。

ちょっと失礼が過ぎる店主だったので、おまけさせました」


「そうか。

それで、何か気になる情報はあったか?」


「そう!それが聞いてください社長。

大変ですよ!バトゥーミがサルカヴェロに攻められてるそうです」


「なんだと?!」


今、ヘルガは何と言った?

昼食を注文しに行った彼女が、料理の代わりに持ってきた情報に拓也は耳を疑った。


「そもそも、この集落は、バトゥーミが攻められてるんで市内から避難した住民の集まりだそうです。

そこに食料を売りに来た遊牧民や商人が集まってにぎやかになったそうですが……」


「いや、そんなことより、攻められてるってどういうことだ?

そんな事じゃ中に入られないんじゃないか?」


仮に攻城戦の真っ最中であれば、目的地に着いたとしても中に入るなど不可能も良いところである。


「そこがよく分からないんです。

店主の話だと、今朝方有志が馬を出して町の様子を見に行ったので、そろそろ様子を見て帰ってくると言ってましたが……」


ヘルガはそう言って現状で分かった情報を拓也に話すが、肝心な所が不明であった。

それも他の人に聞こうにも、現状が偵察に行った者の帰還待ちという事では他の人間に聞いてもこれ以上新しい情報は有りそうに無い。

とんでもない事態が発生し、その情報を集めようにも待つしかないというそんな歯がゆい状況に、拓也は思わず舌打ちする。


「クソ。次から次へと問題が……

ていうか、封鎖されてるって事は船はどうなんだ?カノエを攫った船は入港できるのか?

普通、戦争なら海上封鎖されるだろ?」


「そこまで詳しいことは……」


そこまで言ってヘルガも押し黙る。

もし仮に、カノエの乗った船が、海上封鎖されているのを見るや目的地を変更していたら、それでもうお手上げである。

追跡する手がかりが途切れてしまう。

そんな誰もが思いつく最悪な想定に、その場の空気が暗く沈み、賑やかな市場の中で拓也達の一角のみに重苦しい沈黙が訪れる。

そんな息の詰まる空気を変えようにも、誰も良い方向に空気を変えれるアイデアが思いつかない。

だからと言うべきか、予想外の方向から聞こえた暗く沈んだその空気を打ち破った声は、一際クリアに全員の耳に響いた。


「バトゥーミに船は入れるよ」


「え?」


突然、会話の輪の外から聞こえた声に、拓也は思わず振り返る。

見れば、同じ屋台の敷物の上に、中年の女性が会話の輪に背を向けるようにして座っていた。。


「あなたは?」


「バトゥーミで宿屋をやってるギンカってものだけどね。

娘と一緒に昨日町の様子を見に行ったのさ」


そう言って、ギンカと名乗る女は手に持っていた茶を啜る。

スカーフを被っている為に種族までは分からないが、そんな彼女は訳知り顔で拓也達の方を見てニヤリを笑う。

明らかに何か企んでそうな笑顔であったが、それでも拓也達にとっては貴重な情報を持っているかもしれない。

拓也は女に向き直ると、畏まって町の様子を聞いてみることにした。


「すいません。

出来ればお話を聞かせて欲しいんですが」


「まぁ 良いけど、私達もお昼がまだでね。

ご相伴してもいいかい?」


「どうぞどうぞ。

ヘルガ、追加で何か頼んで来い」


「すまないねぇ。気を使わせちゃって」


「いえいえ。この程度なんでもないですよ。

それより、何でも良いので今の町の状況を教えてもらえますか」


たかが昼飯を奢る程度で情報が手に入るなら安いものだ。

金ならエルヴィス領で物々交換をした際に手に入れた多少の銀貨やらなにやらは持っている。

拓也は目の前にある羊の串焼きの他にも、ヘルガに何か買ってくるように使いを出させた。

そして、その遣り取りを見ていたギンカは、口では「悪いねぇ」と言いつつも全く悪びれずに拓也達の輪の中へと入り、

まだ皿に残っていた串焼きを頬張りながら話を始めた。


「そうだね。まず何から話そうか迷うけど、船が入港できるかどうかについては問題ないよ。

見てきた感じじゃ、サルカヴェロはゆるーく町の陸側を包囲するだけで力攻めをしようって雰囲気じゃなかった。

海側なんかはサルカヴェロは軍船を連れてきてないから、普通に船が出入りしてたよ」


「海上封鎖はしていない?

じゃぁ 交渉で落とそうっていうんですか?

でもそれじゃ、陸側からはいつ入れるか分からないですね……」


交渉が妥結するにしろ決裂するにしろ、そんな調子では何時町に入れるか分からない。

こうなれば、そこらの漁船でも捕まえて海側から入る以外に手は無いかもしれないと拓也は頭を悩ませる。

だが、曇り始める拓也の表情を見て、ギンカは拓也が何を考えているのか察したのか

心配要らないと言うように平然としたまま話を続ける。


「でもまぁ わたしはそれも長くは続かないと思うけどね。

推測で言わせてもらうと包囲はそろそろ終わるよ」


「それは何故?」


「バトゥーミが一戦も交えずに降伏するのさ。

それも取引か何かで降伏するのかと思ったら、サルカヴェロが援軍を呼んできたって理由でね」


そこまで言って、ギンカは串焼き肉に再度食らいつく。

そんな自分の町が降伏すると言って語る彼女の表情は、どこかこれから訪れる未来が不可避なのか何処か冷め切っている。

しかし、住人の彼女が諦めきっている状態でも、バトゥーミの降伏なんて信じられないと、追加の料理を手に帰ってきたヘルガが声をあげた。


「バトゥーミが降伏?

でも、バトゥーミの城壁はとてつもなく大きいですし、援軍があってもそんな簡単に落ちるとは思えないですが……

それでもギンカさんはバトゥーミが降伏するって思うんですか?」


「あぁ 普通の軍隊ならそうだろう。でも、援軍の名前を聞いてあたしゃ納得したよ。

サテュマ人が敵に回ったら、城壁があろうと無かろうと抵抗したって無駄だって事はバトゥーミの人間なら皆知ってる」


「サテュマ人?」


ギンカはまるで天災か何かに遭ったかのように「困ったもんだね」と降伏の理由を語るが、

こちらの事情に一番精通しているヘルガでも事情を全て知っているわけではない。

ギンカの口から出た聞きなれない部族の名前に思わず首を傾げる。


「おや、知らないのかい?

東方では有名な部族だよ。

なんたって戦にめっぽう強い。

バトゥーミの秋のヒェモントリーのお祭りとかは、昔、傭兵として彼らを雇った際のあまりの強さに感激した当時の人々が、彼らの風習をお祭りにしたっていわれがあるんだよ。

今の若い人は、人形の中から皆が競って幸運のお守りを奪い合うお祭りとしか思ってないようだけど、そういったいわれがあるんだ。

そんなバトゥーミの人間には伝説になりつつある様な彼らが、どういう理由か知らないけどサルカヴェロ側にいるんだ。

昔を知るまともな市民なら、例え難攻不落の城壁があろうとも彼らと本気でやりあう前に降伏してしまおうと考えるはずさ。

敵対すれば財産生命の全てを奪われた上で、一族根切りにされるからね」


「そんなに強い人たちなんですか」


拓也は思わずギンカに聞く。

ここまで恐れられると言うことは、それはよっぽど凄い部族なんだろうか。

それも大きな城壁があろうとも、抵抗を諦めさせるほどに……

拓也はその正体に大いに興味がわいた。


「噂じゃ、エルフと戦って勝てる唯一の部族だって言われてるね。

……と、まぁ、私が知ってるのはそのくらいさ。

今言った事が本当になるかどうかは、朝方出て言ったって言う連中が帰ってきたら分かることだよ」


そこまで言ってギンカは食べ終わった串を皿に置き、茶を啜る。

どうやら知っていることは粗方喋ったようだ。


「それより、あんた達はなんでバトゥーミに?

奴隷の売買……には数が少なそうだし、捕まえた賞金首の引渡しかい?」


ギンカは縛られたタマリをチラリと見ながら拓也に聞く。


「まぁ悪党を捕らえたことには代わりないんですが、ちょっと人探しにね……」


「なんだい?人探し?それはこっちに住んでるのかい?

あたしゃ、生まれてこの方ずっとバトゥーミで宿を営んでるから、知ってる人物なら家まで案内できるよ」


「いや、ちょっとそういうんじゃないんです。

私達の仲間が悪党に攫われて……

コイツの話じゃ、バトゥーミに連れてかれるって聞いたもんで」


拓也は大まかにだけギンカに説明する。

これが普通の人間であったら、それは大変だということになるのであろうが、ギンカはその話を聞いても至って普通。

人が攫われてバトゥーミに連れてこられるというのは、あの町では珍しくないのかもしれない。


「なるほどね。

……それなら、奴隷市場に行くといい。

週に一回、競りが行われてるからね。もしかしたら見つかるかもしれない。

でも、それ以外でも本格的に人探しをするなら、何日か腰を据えて捜索しないとならないね。

あんたらは、バトゥーミで泊まる宿は決めたのかい?」


「いいえ、それはまだです。

そもそも、まだ着いてもいないですし」


「じゃぁ うちの宿に来るといい。

ちょっと古いけど全員止まれるだけの部屋はあるし、安くしといてあげるよ」


確かにバトゥーミについてから人探しをするにしても、拠点は必要である。

もし、ギンカの宿が良さげな所であれば、宿探しする時間も節約できる。


「そうですね。 特に断る理由も無いですし、ご厄介になろうかな」


「遠慮は無用だよ。

まぁ 全ては町の様子を見に行った物見の結果が全てだけどね。

町に戻れなきゃ、まだ数日はここでブラブラする羽目になる」


出来れば今すぐにでもバトゥーミに向かいたいのだが、どうやら今は待つ事が必要なようだ。

ならば、今はゆっくり飯でも食べて休息することにしよう。


「社長、店主が出来立てを持ってきましたよ。

ゆっくり食べながら待ちましょう」


そう言ってヘルガが、敷物の真ん中の場所を空けさせると、屋台の親父が大きな大皿いっぱいの料理を持ってくる。

流石に10人前となると凄い分量だった。

そしてその空腹を刺激する何とも言えぬ香りは、様々な悩みを一時忘れさせるには十分だった。

何をするにも腹ごしらえは重要。

どうせ待つしか出来ないのであれば、物見が帰るまではここに留まり、こちらの色々な料理でも食って待ってることにしようと拓也は決めるのだった。






その日、物見が戻ってきたのは、拓也らが飯を食べ終え3杯目の茶を啜ろうとしているときだった。






----------------------------------------------------------


「おぉ!米だ。インディカ米っぽいけどコッチで米が食えるとは思わなかった。

これは……炒飯か?」


拓也は、屋台のおっさんが運んできた大皿料理を見て、思わず感嘆の声を漏らす。

北海道を出て以降、レトルトの米を食べることはあっても、現地の料理で米を食べることは無かった。

特にエルヴィス領では、現地の料理を食べるときは芋かカボチャばっかり食べていたような気がする。

持ち込んだ保存食は野営する時に重宝するため、出来るだけ節約していたとはいえ、芋、芋、カボチャ、芋……のローテーションは米を主食とする民族には辛い。

これがドイツ人とかなら365日3食全て芋だけでも文句は無さそうだが、残念ながら拓也は日本人。

毎日は無理でも時々は米が食べたい。

そんな気分でいた時に目の前に出された具沢山の炒飯(?)は、匂いを嗅いだだけで思わず涎が滴りそうな一品であった。


「これは、こちらの郷土料理のプロフです。

お米と色々な具を一緒に炊き上げて作るんですよ」


出された料理にテンションの高まる拓也を見て、ヘルガは「とっても美味しいですよ」と言いながら小皿に全員分を取り分けるが

米とバター、それにタマネギや肉の香りが織り成すその匂いは、全員の空腹感を刺激する。

全員に行き渡るのを待つまでも無く皿を受け取った者からそれを食べ始めるが、自然とその顔は笑顔となる。


「へぇー。なかなか美味しそうだな。

具は一体何が入ってるんだ?」


最後に取り分けられた皿を手に、拓也も料理をまじまじと見る。

そこには、バターの香りがする米の中に混ぜられたタマネギやニンジン、干し葡萄の他に何か動物の肉に正体不明の香辛料が入っているのは理解できた。

ただ、そんな具材の中に一つだけ、それが何なのか分からないものが目に留まる。


「……これは?」


それは、まるで5cmくらいのナマコのような、グロテスクなエビのようにカールした何か。

多分、皿の中から出てこなければ一発でそれが何か分かったかもしれないが、不思議と脳がソレが何か理解することを拒んでいる。

だが、そんな脳の些細な抵抗も、それが何か説明するヘルガの一言にって無駄な抵抗に変わってしまった。


「それは、モパラ虫です」


あぁやっぱりか……

昔、テレビでアフリカ人が似たようなのを食べてたのを見た気がした。

それが今、目の前に、それも自分の皿の中に大量にある事に拓也のスプーンは自然に止まる。


「芋虫? これ食うの?」


もしかしたら、調理した野菜に混ざってた不幸な芋虫かもしれない。

拓也はそんな可能性に期待してみる。


「ええ、美味しいですよ」


「……」



『美味しいですよ』


この言葉に拓也の期待は砕け散る。

どうもこちらの世界では、この芋虫は普通の食材と言う認識らしい。

つぶらな複眼の芋虫を食べるとか、そんなのは似たような虫を食べる南アフリカ人か蜂の子を日常的に食べる長野県民以外は無理じゃないかと思う。

そんな事を考えながら、拓也がスプーンに乗せた芋虫と睨めっこをしていると、既に完食してお代わりに手を出そうとしているアコニーが拓也をからかう。


「何気持ち悪がってんの社長。

モパラ虫なんて普通の食材ですよ。

それに、あたしらにしてみたら、向こうの人たちが平然とエビ食べてる方が信じられない。

今は慣れたけど、最初はこんな海のゴキブリよく食べるなって思ったよ」


そう言って、アコニーは海老をゲテモノ食材のごとく「キモイわー」と言い放つ。

そんな彼女の言動に「お前、この前のBBQ時に高い北海シマエビとかバクバク食ってた癖に、海老が海のゴキブリとか何言ってんの?」と心に思うが、今はあえて声には出さない。

なぜならば、これこそが異文化交流……

価値観の衝突なのだ。

相手の価値観を否定するより、受け入れた上で行動した方が人生楽しいに決まっている。

だが、だがしかしだ。アコニー……

何も言わないからと言って、わざわざ俺の皿に芋虫を選んで盛ってくるのはヤメロ。


「ちょっ!わかったよ!

ちゃんと食べるからこれ以上盛るのは止せアコニー!」


「はいはい。文句言わずに食べる食べる」


「くっ……」


芋虫を自分の皿に盛るのを止めさせたとはいえ、既に料理の表面は盛大な芋虫祭りと化している。

これは流石にやりすぎだろと思い、芋虫を大皿に戻そうとすると、そんな拓也をジッと見つめている視線に気が付いた。


「美味しいですよ?」


拓也に向かって、ヘルガの笑顔の一言。

美味しいものを勧めようとする純粋な好意から来る一言に、それを無碍にしそうな拓也の全ての行動は封じられた。


「……いただきます」


最早、進むべき道は一つだった。

拓也は意を決してソレを口に含み、そしてまた新たな世界の扉を開いたのであった。









その時の事は、拓也の手記にはこう記されていた。

『初めての芋虫は牛タンみたいにコリコリしてて美味かった』と。


本作品の絵といえば、某所で絵師さんにお願いして描いて貰ったのも一枚有るのですが

あれはR18なんで、ココでは紹介できないのが残念です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ