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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
30/88

外伝1 北海道航空産業の産声

果てしない大空と広い大地のその下。

モザイク柄の耕作地が延々を続き、半径30㎞は畑以外に何もないと言っても過言でもないようなそんな場所に、帯広市はポツンと存在した。

十勝川と寄り添うように広がる市街地。

そんな帯広市の外れ、市街地と郊外のはっきり分かれた境界線上の建物に彼はいた。


「ふぅ……」


缶コーヒを片手に、窓辺に寄りかかりながら窓の外を見る。

ここ一ヶ月ほどドタバタの続いた彼にとって、久々に落ち着いた一時だった。

気が緩みだすと口元も緩み、転移後に幾度となく呟いた言葉が口から洩れる


「はぁ…… 味噌カツが喰いたいなぁ……」


そう呟く彼の名は、嶋田優二。

彼の場合、家族で夏休みの北海道旅行に来ていたところで転移に巻き込まれるという不運に遭遇していた。

突如として現れた膜により、彼の乗る予定だったフライトはキャンセルになり、空港で必死に運航の再会を待てども一向に運航再開の見込みすら聞こえてこなかった。

一度は列車で帰ることも考えたが、空港に備え付けられたテレビから流れる報道がそれを諦めさせた。


"生きては膜を越えられない"


既に犠牲者が出ているという証拠付きで発表された事態に嶋田は絶望した。

生活基盤は膜の向こう…… これからどうやって家族を養っていこうか……

そんな苦悩を抱えたまま空港のロビーで待っていると、道庁から来た職員に孤立した観光客の保護という名目で、嶋田はこの帯広の温泉街に連れてこられた。

そこには既に数多くの家族連れの観光客が集められており、彼らに話を聞いてみると転移前の職業やスキルにより乗るバスを割り振られ、ここ帯広では航空技術関係者が多く集められていることを知った。

確かに嶋田は、転移前は名古屋の某重工の誘導推進システムを中心に製造する製作所に勤めていたし、滞在先として割り当てられたホテルには、同業他社の大手重工や、はたまた大手の設計室に派遣されていた中小企業の設計屋も数多くいた。

そんな彼らも道からの指示により、この温泉街の技術者達を束ねる被災者の自治会的な互助組織を作るよう指示され、ようやく彼ら独自の組織構造が出来てきたところで、空全体を覆う膜が突如として消えた。

たかだか一ヶ月弱と言えど、二度と帰れないのでは無いかとの不安が渦巻いていたことから、彼らの歓喜は凄まじく、そして期待が裏切られた時の絶望感も並々ならぬものだった。

家族と共に泣き崩れる者も出たし、一人二人の自殺者まで出た。

数日に渡り重苦しい空気が支配し、泣き疲れた者から新たな一歩を踏み出したし始める。

立ち直った者から、未だに落ち込んでいる者を勇気付け、それによって立ち直った者が更に他を励ます。

そうしてようやく全体が立ち直った頃、連邦政府と名を変えた道から一つの求人募集が出された。



"募集要項"


北海道に航空産業を興す技術者を募集します。


仕事内容:航空機の設計・開発、生産技術、品質保証、製造など

     (以前のキャリアを考慮し決定)


勤務地:帯広市

    (将来の転勤の可能性あり)


勤務時間:8:00~17:00(実働時間8時間)


給与:統制経済の為、しばらくは現物支給(配給の優遇あり)

   (経済安定後、経験・能力を考慮し決定)


待遇・福利厚生:統制経済中は衣食住保障。

        (社宅建設後、順次入居可)

        昇給年1回

        賞与年2回

          ・

          ・

          ・



これには全員が飛びついた。

今までの経験が生かせ、なおかつ家族の生活が保障できる。

しかも、政府の主催した説明会では、餅は餅屋、研究所の設立は自治会の主導で行ってよいという事だった。

そして喧々諤々の議論や自治会の主導の下、自治会が研究所としてやっていくための組織の体裁を整えたのは、約一か月後の事だった。

無論、組織の細かいところは未だに変更しているが、大まかな形として、企業のようなピラミッド型の組織ではなく、大手自動車メーカー、本多技研の研究所に似たフラットな文鎮型組織になった。

元が被災者の自治会であり、自由な開発環境を求める声や、元の会社もバラバラな全員の意見が集約された結果がこれだった。

この経緯としては、派遣として大手へ入っていた技術者達が大きく声を上げ、また大企業様が縦社会を築いて威張り散らす気か!と、格差社会で溜りに溜まった鬱憤も反映されているという噂も一部であるが真相は不明である。

まぁ 組織作りのこれらの努力も、後日に出された政府から危機管理の観点から拠点を分割せよという命令のため、組織作りがやり直しになるという当事者からすれば溜まったものではない事態も発生したが、それはまた別の話である。

そのようにして人の割り振りが決まると、次は組織内のルール作りが始まった。

一度制定されれば、変更は非常に面倒くさい組織標準作り。

皆、各社の今まで不満に思っていた事を問題提起し順調に進むかと思われたが、いざ意見の集約となると、皆が皆、今まで使っていたルールが一番だと意見の対立が巻き起こる。

不満を口にする時は非常に連帯感があったのに、自分の良いと思う事を推薦すると対立が起きるのは不思議である。

それと並行して、スペック(技術標準)の制定作業も行われていたが、これはボーイング等の海外企業から受注した案件を分業で制作することも多かったし、完全転移前に、日本政府に掛け合って各社の技術資料を北海道のデータセンターに複製を保管させていた事が幸いだった。(2020年代には図面等の電子化作業は全て終わっていた。)

転移前、北海道は独力での文明維持も視野に入れ各社に技術の提供を求めたが、これに応じる企業は皆無だった。

一時的に隔絶されているが、もし仮に原状復帰した場合は技術が流出しただけの大損害である。

そして、当時はまさか北海道が丸々転移するなどという確固たる確証も無かったため、どこにも道の願いは聞き入れられなかった。

次に道は、日本政府に掛け合い基幹技術を持つ各社に対し、技術の公開は求めないが道内の支社へ技術資料の複製を一時保管するように求めた。

これならば、各企業の社内から技術流出は無く、しかも道がそれにかかる経費を全額負担すると言った為、しぶしぶながら各社は応じた。

そんな各社に対して、転移後の連邦政府は生存のために手段を選ばない。

科学技術の集約と産業文明の維持を目的とした科学技術復興機構が、各社に技術の公開を要求。

公開しない場合は、企業が保有する特許を認めないと圧力をかけ、ここで技術を科学技術復興機構に預ければ特許料は補償されるが、もし拒否した場合は今後の一切の支援を打ち切るという脅迫であった。

そんな思いから、道内に営業所くらいしか持たなかった大手重工から順に科学技術復興機構の軍門に下る事となった。

この一件で、政府への不満がグッと上昇しはしたが、産業文明の維持という錦の御旗の前に、反発していた各社も遂には道の軍門に下るしかなかったのだった。




そんな産業再興のドタバタ劇から、およそ一年が過ぎようとしたある日のこと

嶋田は帯広の設計局にてなれない日々を過ごしていた。

彼の今の仕事はロシア製の大型対艦ミサイルのリバースエンジニアリング。

現品を分解し、その計測データを元に図面を起こすことだった。

これが10年前の設計現場ならば膨大な仕事量と厳しい期限にデスマーチになっているところだったが、嶋田は休憩室の窓辺に寄りかかりながら缶コーヒーを飲んでいた。


「おい、優二。サボってんのか?」


半分魂の抜けていた嶋田の後ろから不意に声がかかる。

それに対し、嶋田は「ん~?」と生返事をしながら振り向くと、そこには知った顔が立っていた。


「おう、西井か」


嶋田の後ろに立つ背の低い男の名前は西井。

偶然にも北海道に取り残された大学の同期だった男。

彼は、嶋田が休憩時間がとうの昔に過ぎ去ったのに、何時までも休憩室に篭っている事を咎めているようである。


「まぁ 固いこと言うなよ。

あれ見れば、ヤル気無くすから」


そう言って嶋田は、向かいの建物の中に見えるデスクに座っている集団を指差す。

そこには、パソコンデスクの前に手を動かすでもなく座ってる人々がいた。

彼らはパソコンに向かって座っているが、一切キボードやマウスに触れていない。

それに、パソコンから伸びたケーブルは彼等の首筋に接続されていた。


「検査データに直接接続して製図してるんだよ。

あんなのに人間が勝てるか……」


事実、彼等のパソコン画面は猛烈な勢いで図面を引いている。

人間ならば一ヶ月かかりそうな分量も、ものの10分で終わらせてしまう勢いだった。

転移前、ようやっと実用の域まで達した人型の汎用ロボット達は、徐々に徐々にと人間の仕事場へとその勢力を広げていた。

企業側から見れば、まだまだ人間に頼る所は多いものの、ロボットの導入は競争力の向上の上で有用だったが

初期導入コストや雇用確保のための法規制、それに労働組合の抵抗の為、その導入には一定の制限がかかっていた。

だが、転移後の北海道には一切の縛りが無い。

物資統制の計画経済中の現政府には初期コストなど無いに等しいし、

雇用等については、そもそも産業構造の再編成から行われているので問題にすら思われていなかった。

そんな中、既にあるロボット達は各種必要度の低い業界から順に徴発し、優先順位の高い産業に重点的に振り分けていく。

(それでも、農業などの重要産業で転移前から使用されているものについては徴発を免れはしていた)

処理能力が高い機種は設計等の用途に、処理能力の低い機種は肉体労働系の所へ振り分けられていった。

そして、その結果が彼らの前に広がる光景だった。


「お前の部署はいいよ?

エンジンの開発だもん。

道内で製作できるよう現行ターボプロップのダウングレードとはいえ新規製作だもん。

そこはまだ人間のイマジネーションが必要だから……

でも、それ以外は…… な?」


嶋田はそう言うと、手に持っていた缶コーヒーをぐいっと煽る。


「まぁ でも少しでも作業をしといた方がいいぜ?

これが終われば、次は大型の案件があるって噂だ。

本当かどうかは知らないが、何でも技術習得を目的にしたスカッドCクラスの能力を持ったロケットだと

それが本当なら、俺もそっちが良かったよ」


「ふ~ん。

そうか…… 次はロケットか」


「俺も本来はロケットがやりたくてこの業界に来たのに、今やってるのはPT6A系ターボプロップエンジンの簡易化……

そして、それが終われば今度はボンバルディアのDASH8から降ろしたエンジンの簡易化だそうだ。

なんでも千歳で開発してる技術習得用の練習機と4発の輸送機のに載せるんだと。

まぁ どっちも量産開始までは数年かかりそうだけどさ。

あ~…… どうせエンジンやるならロケットエンジンが良かったんだがなぁ」


西井はそういって不満を口にするが、思い通りにならないのが世の中の常。

嶋田はポンと彼の肩を叩く。


「まぁ 人生うまくはいかないもんさ。

ここに取り残されたのからして、人生の大誤算だし」


「人生、なかなか厳しいなぁ……

まぁ 過ぎたことはしょうがない。

俺は、自分の仕事に戻るけど、お前もサボるのは程々にしとけよ」


「あぁ じゃぁな」


そう言って嶋田は自分の部署に戻っていく西井を見送ると、俺も戻るかと気合を入れると空き缶をごみ箱に捨て、自分の部署へと歩き始めた。

あまり作業内容的にロボットたちには勝てないが、何もしないよりはマシ。

そんなゆるい気分で彼は席に戻り、作業を再開しようとすると、

室内を見渡せる位置に配置されたデスクから、こちらを見ながら手招きする人物が目に入った。


「嶋田君。ちょっといいか」


「あ、主席。

……なんでしょうか?」


サボってた事に対する注意か……

不味いと思いつつも逃げる選択肢などハナから無い。

嶋田は一つ覚悟を決めて、主席の机のもとへと向かった。

だが、説教の一つも覚悟していたのであったが、意外にも主席から呼び出された理由は別の事であった。、


「手が空いてるなら、ちょっとこれから北見まで行って試験の手伝いしてきてほしい」


怒られなかったのは良い事だったが、嶋田は主席の言葉に首をかしげる。


「手伝い?」


「現地の試験に2人行ってたんだが、一人がギックリ腰でダウンしてね。

で、向こうから一人じゃ作業が捗らないから誰か寄越してくれって要請があったんだ。

……で、行ってくれるか?」


「まぁ いいですけど」


少なくともここでロボットの作業効率を横目に腐っているよりはずっといい。

嶋田はそう思いつつ、主席の言葉にうなずいた。


「じゃぁ 気まりだ。

作業内容は現地でやってる試験の助手だ。

試験内容は出発の準備が出来たら後で取りに来てくれ」


「分かりましたが、でも北見ですか?

 一体、そこで何の試験をしてるんです?」


「簡単に言えば材料試験だ。

高温度バーナーで試験片を炙ってる。

だが、別に難しい事を頼むつもりは無い。

君には試験データのまとめを手伝ってもらう」


「はぁ。 そうですか」


最初、特に何も考えずに手伝いを了承したため、どんな試験か聞いていなかったが、試験データのまとめ位なら対して問題は無さそうだろう。

なら、考えるべきは出張先で何か美味い物は有るか否か……

だが、特に観光地でもない北見の名物なんて何も知らない。

嶋田はそんな事を考えつつ主席の話を聞いていたのだが、主席がバサッと紙の束を机に置いた音で我に返った。


「わかったなら、早速準備して向かってくれ。

試験要領書のコピーを渡すから、移動中に読んでくれ」


「今日、これからですか?」


主席の言葉に、え?っと嶋田の目が点になる。

そろそろ昼が近い時間帯なので、明日の朝一で移動かと思っていたらイキナリか?!


「どうせ暇だろうう」


「……」


主席の言葉に、嶋田は返す言葉がなかった。

確かに検査データを下にした製図作業はロボット達がいれば事足りる。

はっきり言ってしまえば自分はあぶれていた。

嶋田は暇だろうという言葉に、心に引っかかる認めたくないモノがあるものの

試験の立会いという新しい刺激のある仕事に乗ることにした。(といっても、上長からの命令に理由も無く背く事など出来ないのだが)

そうは言ったものの、同じ道東の都市とはいえ、帯広からは陸別でバスを乗り継いで4時間かかる。

電車で行こうものなら釧路・網走経由で8時間。

直線距離ならばさほど離れていないものの(道民の感覚で)、アクセスの悪さから昼前に出発した彼が目的地に到着するのは

初夏の長い日も、もう日も沈もうかとする頃。

夕暮れ時のバスターミナルから市バスを乗り継ぎ、徒歩で急な坂道を登ったその先に嶋田はようやくたどり着いた時、あたりは既に暗くなっていた。

目的の場所は、国立大で室蘭の工業大学と偏差値を争いオホーツクのトップを独走する工科大学。

北見工科大学のキャンパスだった。

嶋田は正門をくぐると、守衛に目当ての施設を尋ね、キャンパス内に足を踏み入れる。

彼の目指す先、それは転移後に建設された目新しい建屋だった。

耳を澄ませばサイレンサーを通したバーナーの排気の音がかすかに聞こえる。

彼は、目当ての試験場がここだと確信すると、そっとドアノブを回し、中へと入っていった。


「すいませーん。

嶋田です。応援にきましたー」


彼は室内に頭を突っ込んで叫ぶが、建物内部からの反応は無い。

見れば、試験室の隣にある制御室を覗くガラス窓に幾人かの姿が見える。

どうやら、防音がしっかりしているため、建屋の入り口から叫んだだけでは聞こえないようだ。

それならばと、嶋田は中に入り制御室の中に見知った顔があるのを確認すると、その中へと入っていった。


「こんにちわー

秋山さん。応援に来ましたよ」


試験の邪魔をしては悪いと恐る恐る入室した嶋田に、彼の先輩である秋山を始めとした人々の視線が集まる。

そこにいたのは、制服からしてこちらの研究員だろうと思われる2名と小柄でボサボサの髭を生やした異質な一名。

そして、その奥から秋山が手を振りながら嶋田を部屋の奥へと手招いた。


「あ、嶋田君。

丁度良いとこに来たね。

着いて早々だけど、ちょっとこれを見てもらえるかな?」


そう言って秋山は悪戯好きの子供のような笑顔を浮かべながら、机の上に置かれたいくつかの金属片を嶋田に見せた。

そこには変色し、変形した試料片が4~5本並んでいる。


「嶋田君。この材質は何だと思う?」


秋山はそう言って嶋田に試料片を見せるが、彼には見当がつかなかった。

金属表面の光沢から鉄かアルミかくらいの判別はつくかと思ったが、表面が変色しているためにそれもよくわからない。


「え~…… ちょっとわかりません」


「答えはね。鋳鉄だよ」


「鉄ですか」


「そう。材質的には単なる鋳鉄。

FCD400のダクタイル鋳鉄だね。

では、次の問題だけど、これは何度の炎で炙って溶けたと思う?」


またもや笑顔で尋ねる秋山であったが、嶋田には質問の意味がわからなかった。

耐熱合金でもないただの鋳鉄なら、融点は鉄よりも下がって1200度程度だろう。

だが、そんなことはわざわざ試験をやらなくてもわかっていることだ。

そんな既にデータもある素材について試験をするなんて無駄も良いところじゃないか?

そこまで考えて、嶋田には試験の目的すら分からなくなってきてしまう。


「融点ですか? まぁ、1200弱くらいですかね?」


だが、そんな答えを予想していたのか、秋山は楽しげに笑みを浮かべる。


「ふふふ…… 外れ。

正解は2100℃だ」


秋山はこちらの顔を見ながら説明するが、その温度に嶋田の表情は驚きに包まれる。


「2100℃!?

計測器の故障ではないんですか?

だって、鋳鉄の融点の2倍弱ですよ? ありえない……」


純鉄でも融点は約1500℃だ。

そんなデータは温度計の故障に決まってる。

嶋田は絶対にそうだと心の中で決め付けるが、秋山はそんな嶋田の表情と回答が予想通りだったのか

コロコロと笑い声を上げた。


「あはは。

嶋田君がそういうのも分かる。

ボクも試験中に計器の故障かと思ってわけが分からなくなったよ。

何度もチェックと計測器の校正をしたけど異常が無い。

これは事実を観測したデータだ」


そう言って秋山は嶋田に一枚の紙を手渡した。

それは試験の温度グラフが書かれたものであったが、嶋田はその内容を見て目を丸くした。


「これは…… 試験の温度データですか……  物温が異常に低い?!」


「うん。

そうなんだ。

いくら炎で炙っても物温がなかなか上昇しなくてね。

2000℃超えの炎で炙り続けてやっと鋳鉄の融点である1200℃に達したよ」


「それは…… 機材のセッティングミスじゃないんですか?」


「その可能性についてはNOだ。

セッティングの検証をしたけど問題はない。

あと、この試験に関して、ボクは一つ嶋田君に言ってないことがある。

この試験はジェットエンジンのタービン用に使う道産部品の素材テストなんだけど、同時にある特殊な試料も一緒にテストしてたんだ」


「特殊な試料?」


「君もテレビとかネットで見ただろ。

この世界には魔法みたいなことをする人たちがいるって」


「はい」


「その魔法こそが今回の試験のキモだ。

今回施術をしてくれたのが、そこにいる髭の人。

難民として渡って来た後、北海道に帰化なさったドワーフの方だよ」


そう秋山が紹介すると、髭面の男が嶋田に向かって一礼する。


「ラバシ様より協力するように仰せつかっております。

あなた方の要請には、微力を尽くさせてもらいますよ。

今回は特に、熱に強くする感じで強化の"魔法"を掛けさせていただきました」


そんなドワーフと紹介された男の一礼に、嶋田が会釈で返すと、秋山が試験の説明を再開する。


「そんな彼らの協力によって、この試料には"強化"の魔法が3重にかけられている。

まぁ 何のタネも無しに鋳鉄がこんな高温に耐えられないよ。

そして、この成果は驚くべきものだった。

なんたって融点を遥かに超えた温度まで耐えたんだからね」


「う~む……」


嶋田はマジマジと試料片を見る。

見た目にはただの変色した金属片であり、特別な特徴は何も無い。


「これが他の耐熱素材で試したら一体どのくらいまで耐えるのか……

なかなか興味深いだろ?

ちなみに試験装置の中で現在進行形で炙られているのは、レニウムだ」


「レニウムですか……」


「馴染みが薄いかもしれないが、融点の非常に高い希少金属だよ。

だいたいは耐熱合金に添付されたりする使われ方をしてるね。

今回は、それに普通に魔法をかけたパターンと多重掛けをしたパターンで評価している。

でも、試験中、ここにあった普通のバーナーでは能力が足りなくてね。

プラズマトーチのバーナーで今は加熱してるよ。

それと、まだ冷却中だから見せてないけど、耐熱合金の方は1回掛けで5700℃、2回掛けで10800℃と

多重掛けすればするほど一定の係数で耐熱性能は増加することが分かった。

しかもそれは材質によって大きく変わる。

例えば鋳鉄だと増加係数は1.2くらいで、窒化珪素のセラミックで1.5。

今やってるレニウムは、未だに試験中だが推測では1.9に達するんじゃないかと思う」


そう言って秋山は、試験結果の凄さを嶋田に語っていると、何時の間に部屋から出て行ったのか気を利かせたドワーフが、別室に置いてあるトレーに乗せられたそれを持ってきて、嶋田に見せた。


「一般的に魔法が付与しやすいのは水晶だと言われています。

だから魔導具を作る際には、それを核とします。

ですが…… この金属は素晴らしい。こんなに"強化"が効く金属は初めてみました」


そういってドワーフは、傍目には他の素材と区別がつかない変色したレニウム片を見せながら、自身もこの結果に驚いたように語る。


「こんなふうに、彼らも施術中の手ごたえが違うと絶賛してたよ。

凄いよね。

魔法をかける度に90%も能力が上がるんだから。

まぁもっとも、その魔法をかけるのにかかる時間が2乗で増えるんだけどもね……

最初の1回目は3時間くらいで終わったのに、今やってる最後の3回掛けの試料片は施術に81時間かかったからね。

恐らく4回掛けは273日、5回掛けだと5000年近くかかる計算だ。

一体何が作用しているのか見極める必要があるね」


「はぁ…… まだ色々と分からない事も多いとはいえ、時間さえかければ性能はドンドン上がるわけですか……

産業の根本が変わりそうですけど、そんな凄い実験に俺なんかが手伝って良いんですか?」


そんな凄い研究なら、もっと専門の研究者がやるべきじゃないか?

本当に自分で大丈夫なのかと嶋田は心配になる。

だが、秋山は安心させるように嶋田に語りかけた。


「これは試験の実際の担当は僕なんで、嶋田君は書類作成を手伝ってくれればいい。

旧来の常識で見れば凄いと感じるかもしれないけど、最初はただの材料試験だったんだよ。

今回はエンジン材料の試験ということでウチが一緒に試験しているけど、この発見以降の材質検査は、ウチからもっと専門の部署に移管されるらしい。

科学技術復興機構がもっと凄い事を実験してるから、そこで他の実験と並行して研究を進めるそうだ。

まぁでも、魔法関係の技術は、そのほぼ全てが原理不明の為に応用法の開発に舵を切り始めてるって噂だけどね」


「原理不明ですか」


「どんなエネルギーを、どんな制御で、どのように働いているのか全て不明。

少なくても今の計測器では途中の現象を観測できない。

これらについては後々に研究が進めばわかるかもしれないけど、今の僕達に出来る事は"魔法"と呼ばれる技術の結果の応用法を考えるだけだよ」


「へぇ~……」


嶋田はそういいながら、試験窓から見えるプラズマ流を浴びる試験片をマジマジと眺める。

一体、これにどれほどの可能性が秘められているのか。

今の彼に出来るのは、その可能性を漠然と想像することしか出来なかった。

本編ばっかり書いていたら、道内の技術が書けないので外伝書きました。

話の中で、耐熱材料の試験なら高温度中での機械的性質の試験をやるべきじゃないかと思いましたが、それを表現するとあまりに分かりにく過ぎるので

融点で表現しました。


外伝は、本編の合間にたまに書く予定です

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