道内情勢(霧の後)1
タマリが抵抗を諦めた後の事。
彼女を再度確保した一行は、今一度アジト周辺を探索してみるも特に有力な手がかりが無いと分るや、街道のあった地点まで戻ることにした。
移動の為に車両に乗り込む各々であったが、戦闘の危険性が薄れたことにより、拓也やヘルガ、それに教授らはBTRよりは乗り心地の良いハイエースに移ることになった。
教授らを後部座席に乗せた後、拓也は運転席に、ヘルガは助手席に腰を落ち着ける。
そして、拓也がエンジンキーを捻ると同時に、ヘルガに向かってふと思い出した疑問を口にした。
「ところで、バトゥーミってどのへんだ?ヘルガ」
タマリとの会話の中で出てきた地名だが、その位置を拓也は知らない。
一応、調査地域の地図は政府から支給を受け、暇なときがあればボーっと眺めていたが、バトゥーミという地名は見た記憶が無かった。
「私も商いで一回しか行った事はないですけどね。
東方大陸の大きな港町です。
あそこは昔の遺跡の上に作ったところなんで、町を囲む古代の城壁が物凄いです。
その壁も防御力もあって、どこの国にも属さない港として栄えてますね。
プラナス界隈からなら、船で一週間くらいでしょうか」
なるほど、地図にない範囲の街であるなら知るはずもない。
一人納得している拓也を余所に、ヘルガは両手を広げて「こんな大きい城壁でしたよ」と伝えてくるが、いかんせん大雑把過ぎる。
遺跡と壁といわれても規模がよくわからない。
イスタンブールのテオドシウスの壁みたいなものがあるのだろうか。
まぁ それは目的地についてから見ればいいとして、ヘルガが言うにはこちらの船で一週間なら、酌船長の船なら2~3日といったところだろう。
日程的には、船長の船が軍の橋頭堡に補給物資を積んで来ている頃だから、丁度それに乗っていけば、陸路を橋頭堡まで戻る時間を加味しても盗賊たちの到着時間とさほど変わらないはず。
「なるほど、そんな場所なのか。
まぁ 追跡するにしろ教授を送るにしろ、どちらにしても船がいるから軍の橋頭堡まで戻るのが先決だね。
軍への救援要請は…… もうちょい状況をみてからにしよう」
そう言いながら、拓也はアクセルを踏んで車を発進させる。
不整地ゆえガクガクと揺れる車内であったが、予想外の軍への要請はしないという拓也の言葉に、ヘルガは揺れに身を任せながら振り向いた。
「え?、なぜですか?」
カノエの安全を考えれば、軍の協力はあった方が良い。
ヘルガは信じられないといった表情で拓也を見る。
「カノエのことも大事だけど、従業員全員の生活も大事なんだよ。
今後の事業に影響しそうな護衛としての能力を疑われるようなトラブルは内々で処理したいし、それに救出のはずが、軍の展開していない地域に行くってことを理由に制止をくらっても面倒だ。
皆を路頭に迷わさず、カノエも助ける。それでいいじゃないか」
「じゃぁ 政府には何も言わないんですか?」
事件をこれ以上公に騒がず、内々で処理して大事になる前に揉み消そうという発言に、ヘルガは抗議するかのように運転席の拓也に詰め寄る。
ヘルガとしても拓也の気持ちは理解できる。だが、冷静に考えてみた場合には到底受け入れられなかった。
そんなヘルガの強い視線に、拓也は少々押され気味にはなるが、それでも負けじと拓也は彼女に対して理由の説明を続けた。
「今はね。
でも、本格的に手に余るようなら、手遅れになる前に連絡するよ」
「そんなこと言って、もし手遅れになったら……」
ヘルガの脳裏に最悪の想定が浮かぶ。
タイミングを逃した救援要請のためカノエの救出に失敗し、その上信用まで失墜するという最悪の結末。
「そんな事が無いように最大限の努力をするんだ。
俺だって危険な賭けだって事は分ってる。
成せば成る。成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり……」
拓也はヘルガにそう言って説明するが、論理的ではない根性論に彼女の厳しい視線は和らぐことは無い。
むしろヘルガの拓也に対する信頼度が低下したような気さえする。
「まぁ とりあえず、宿営地まで行こうか。すべてはそれからだ」
拓也は、どうどうとハンドルを握ったままヘルガを落ち着かせ、話を打ち切る。
だが、そんな言葉ではヘルガの不満は当然収まらない。
「社長……」
「何だ?」
「いえ、何でもないです……」
ヘルガはその言葉を最後に押し黙る。
それでも止む事の無い"事なかれ主義"等と罵倒するような彼女の視線が収まるには、結構な時間を要するのであった。
北海道連邦軍
大陸橋頭堡 仮設埠頭
盗賊のアジトを後にしてから、道なき道を乗り越え、街道に沿って一日半ほど移動した頃。
ようやく軍の橋頭堡まで戻ってきた拓也達一行は、停泊している酌船長の船に向かって埠頭の上を歩いていた。
「船も来てますね」
「……あぁ」
拓也の横に並んで歩いているヘルガが拓也に言う。
彼女の目には既に怒りの色は消えていたが、その言葉尻は少々冷たい。
「奥さんも来てますね」
「……あぁ」
二人の視線の先には、停泊している船の船首に子供を連れた人影が見える。
その顔は、見覚えのあるエレナのものであったが、彼女の格好に拓也の思考は固まってしまった。
「なんか雰囲気違いますね」
「……あぁ」
二人の視線の先に居るのは、ビジネススーツの上にグレーのミリタリーコートを肩に羽織って仁王立ちするエレナ。
その手には子供を抱いているが、片目には黒のアイパッチという悪役じみた姿をしている。
警備事業部での訓練と仕事の成果であろうか、東南アジアの某ロシアンマフィアを彷彿とする貫禄が出始めていた。
エレナは拓也達が船のすぐそばまで歩いてくるのを確認すると、待ってたとばかりに埠頭に飛び出してきた。
「あなた。なかなか帰ってこないんで一緒に来ちゃったわ。
心配だったのもあるし、こっちは色々と大変だったんだから。
ほら、コレ見てよ!」
そう言ってエレナは、ブラウンの髪をかき上げて自分の耳と抱いている子供の耳を拓也に見せる。
その目の前に出された二人の耳は、拓也らと同じように尖っていた。
どうやら霧の影響は向こうでも同じようにあったようである。
「ぱぱー」
「あぁ よしよし。
武ちゃんはめんこいなぁ。
皆一緒にドワーフ化しちゃったのか…… 大変だったなぁ」
拓也はエレナの腕から息子を受け取ると、頬ずりしながら武をあやす。
「大変だったじゃないわよ。
予防接種受けた人間が軒並み倒れて、病院に担ぎ込まれたけど原因不明。
それに耳まで変わっちゃって……」
「そうかそうか。
よしよしよしよし……
まぁ異世界だもん。変身したりもするさ。
あんまり気にしてもしょうがない」
そう言いながら拓也は子供をあやし続ける。
だが、普段ならベビーの可愛さの前には嫁の変化など些細なことであったが、あまりにも気になるその変化に拓也は途中で子供をあやすのを止めてエレナの姿に視線を向けた。
「……それより、もうひとつ気になることがあるんだが、そのエレナの格好は一体?」
「あぁコレ? 軍の倉庫に何年も眠ってた奴を貰ったの。
状態もいいし、全員に配れるくらいの量もあったし。ちょっと得したわ。
それにソビエトのコートとか強そうで格好いいしね」
エレナはその場でクルリと回るとファッションモデルのようにポーズを決める。
まぁ 確かに似合ってはいる。
だが、突っ込むべきポイントは他にもあった。
「じゃぁ その眼帯は?」
「ものもらいよ」
「そ、そうか……」
ミリタリーコートとアイパッチで印象がガラリと変わってはいるが、拓也はその変化を黙って受け入れる。
かつて、エレナが髪を染めたいと言った時、拓也はブロンドにするのかと想像して美容院代を渡した事があった。
その時、エレナが日本のヴィジュアル系バンドにドハマリしていた事が直接的な原因だったのか、
美容院から帰ってきたエレナの髪がロックなショッキングピンクになっていた時に比べれば、悪役じみた今回の格好は、まだマトモな方だと拓也は一人納得する。
「そんな事より、予定よりずいぶん遅かったじゃない」
エレナの格好をジロジロを見る拓也に、そんな些細なことはどうでもいいと、エレナは拓也が遅れた理由を問いただす。
社長としての義務であり、当然のごとく発生する拓也の説明責任。
拓也はヘマをした事を怒られるのだろうと覚悟を決めると、事の推移を話し始めた。
「あぁ それについてなんだが……」
拓也が重い口を開けて話した内容は、エレナの想像を遥かに超えるものだった。
調査をしていたら霧に包まれ行動不能になったこと。
変化後に訓練次第で魔法が使えること。
そして王国の部隊との戦闘と大会戦、結果的にカノエが攫われてしまったことを拓也は順を追ってエレナに話した。
魔法が使えるようになったくだりまでは、まだ落ち着いて聞いていた彼女であったが、戦闘が起こった辺りの話から
彼女の表情が険しくなり始め、拓也がカノエが攫われた事など粗方話し終わったその瞬間、彼女の感情が爆発した。
「そんな!? あんたこれからどうするのよ!?」
「もちろん追跡して取り返してくる」
詰め寄ってくる彼女に、拓也は気圧されつつも冷静に断言する。
見捨てるなどという選択肢は無い以上。これ以上の説明は要らない。
そんな拓也の姿を見て、エレナもいくら自分が叫んだ所で何も変わらないと理解したのか、手で目頭を押さえながら、一つ大きな溜息をついた。
「はぁ…… 一体、何やってるのよ。
で、いつごろ帰れそうなの?」
連れ戻しに行くのは仕方ない。
では、いつごろ帰ってこれる見込みなのか。
本来なら、エレナは拓也と一緒に国後に帰りたかった。
だが、其れが出来ないと分かると、彼女は諦めながら拓也に聞く。
「それは……わからない」
「武の2歳の誕生日はどうするの?来月よ?まさか居ないなんて事には……」
子供の記念日に居ないなんて許さない。
そんな怒りと寂しさの混じった表情で、エレナは拓也の抱く武の頬を撫でる。
「そ、それまでには戻る」
状況も正確に把握できていない為、全く持って根拠の無い言葉であったが
その拓也の言葉に、エレナは上目遣いで確認するように聞き返す。
「ホントに?」
「ホント。ホント。約束だよ」
根拠の無い、努力目標のような約束。
それは軽い口約束のような口調の物であったが、エレナは一度空を見上げて気持ちの整理をすると
今度は穏やかな笑顔を浮かべて拓也に向かい直る。
「むぅ…… まぁ、カノエの救助なら、帰るのが遅くなるのも仕方ないわね。
わかったわ。待ってる」
その笑顔の中に潜むエレナの信頼の気持ち。
拓也はそれを察すると、何が何でも救助してこねばと心に誓うのであった。
「それよりも、向こうはどう?何か変わった事はなかった?」
エレナがこちらの状況が知れなかったように、こちらも一連のトラブルの中で向こうの状況が知れなかった。
今のエレナの様子から、会社としてはそれほど大したことは無さそうな感じはしたが、一応確認のために拓也は尋ねる。
希望としては"こっちは大丈夫よ"といった言葉を期待した拓也であったが、
そのささやかな希望は、穏やかな顔から一変して大慌ての表情になるエレナを見て、脆くも崩れ去ったのだと悟るのだった。
「そう!それなのよ。
あんたと連絡が取れなくなってから大変だったんだから。
商売敵が出てきたのよ!」
「商売敵?」
商売敵。
北海道の軍事産業で、石津製作所と競合するような存在を拓也は知らない。
少なくとも拓也が大陸に出発した時は、小銃弾と小火器の製造では独占状態だったはずだと拓也は首を傾げる。
大陸に渡ってからもエレナ達との定時連絡にはそのような報告はなかったし、それが霧やら何やらで連絡の取れなくなったほんの2週間足らずの内に、大きく状況が変わったというのだ。
拓也はエレナの言葉に眉をしかめていると、エレナは大げさな身振り付でその苦労を語りだした。
エレナの説明の始まりは、時を少々遡る。
拓也達がメリダ村に到着する少々前。
札幌
この日、エレナはとある目的のために北海道警察本部の一階にある入札会場に来ていた。
その目的とは、転移によって調達の見込みが無くなった既存装備の代替と、ロシア側と北海道側の共通装備の選定が、この会場で決定されるからだった。
結果の開示を前に、エレナは自信満々の表情で会場に並ぶパイプ椅子の最前列に座っている。
本来であれば事業部の違うエレナよりも、サーシャが来るべきであったが、エレナと違って彼は日本語が読めない。
異世界の不思議パワーの影響で日本人との会話は通じるようになっても、文字までは分からないので、彼は来るに来れなかった。
その為、彼に変わってエレナが開札の席に来ていたという訳だ。
彼女の顔には自信が溢れている。
今の所、競合他社のいない独占状態。
多少吹っかけた値段であっても、政府は自分たちの押すロシア軍の正式拳銃"Striz"を選定することは目に見えていた。
他に選択肢の無い中、なぜ道警は随意契約ではなく入札の形式を取ったのかは少し不思議ではあったものの、エレナの顔には自信が満ちている。
初年度の更新数は1000丁。
それだけでも億を超える契約なだけに、エレナの笑顔が止まらない。
このまま儲けていけば、夢のオリガルヒ(新興財閥)としてのセレブ生活が待っている。
そんな夢の妄想をしながら、エレナがニヤケ顔で会場の席でふんぞり返って待っていると、指定の時刻ピッタリに書類を持った係員が会場に入ってきたのだった。
「あ、やっと始まるわね」
待ってたとばかりにエレナは姿勢を直して椅子に座る。
対して会場に入ってきた数名の係官は、特に表情の変化も無く、会場前方の壇上で淡々と工事名称の確認などを事務的に進めていった。
「えー、本選定の入札結果を発表します」
抑揚のない言葉で、痩せた中年の係官は持っていた封筒から書類を取り出す。
エレナは、その書類の裏側を見ただけで、自然と笑みがこぼれる。
絶対に仕事が取れると確信しているからだ。
「入札件数。2件」
だから、係員がこの言葉を言った途端、エレナの表情は笑ったまま凍りついた。
「!?」
想定外の言葉に、エレナの眉間に皺が寄る。
これは只の装備品の入札ではない。
銃火器の入札だ。
なぜ、他に入札者がいるの?
エレナの脳裏に疑念がよぎる。
が、それと同時に、自社製品に対する絶対の自信が、口から出かかる驚きの声を押さえつける。
モノづくりに関しては、正規の技術資料を持つ自分たちに絶対の自信はある。
例え、ちょっと他業種に参入してみようと冒険した他社がいくら参加してきても、製品の質では絶対に負けないし、ポッとでの会社じゃ低コストに作る事も出来ないだろう。
負けるはずが無い。
エレナの心にそんな自信が渦巻く。
だが、その自信は、係官の続く言葉でいともあっさり打ち砕かれる事になったのだった。
「石津製作所、Striz。3億6千万円」
係員が淡々と書面を読み上げる。
「なっ!?」
だが、更に続く想定外の言葉に、エレナは思わず両手で口元を覆う。
開札の際、落札者の名前と金額は最後に呼ばれる。
2件の入札で最初に呼ばれるという事は、それは受注を逃したのと同義であった。
「岩見沢精機工作所、H&K P2000。1億9千万円」
なんだその会社は?一体誰が?とエレナは後ろを振り返る。
最前列に座っていたから気付かなかったが、いつのまにやら後方の席に太った男が座っている。
年は三十手前といったぐらいか。
その男は、エレナが振り返って睨みつけるのに気付くと、ニヤリと笑って視線を返した。
確かに調達を逃す理由の一つとして、1丁が16~17万が転移前の拳銃の調達価格だったものに、2倍の値段は流石に吹っかけすぎたかとはエレナも少しは思ったが
そんな事はお構いなしに、エレナは一方的な敵愾心を男に向ける。
「本選定の落札者は、岩見沢精機工作所に決定しました」
「んな! ちょっと待ってよ!どういうこと?
道内にライバル会社は居ないはず…… あんたねぇ、そこらの町工場が適当に入札したんじゃないでしょうね?!
そもそもあんたの会社に銃器製造のノウハウあるの?」
予想外の出来事に、納得の出来ないエレナは、パイプ椅子から立ち上がると後方に座っていた男に食って掛かった。
「あははは。
面白いこと言うねキミ。
ボクの会社は、ちゃんと生産設備も整えて体制を作ってから今日の入札に臨んだんだよ。
銃については配備されてる奴をリバースエンジニアリングしたものだし。ちゃんと警察の仕様書も満足してる。
まぁ 君の会社の銃は、映画とかだと悪役に似合いそうな銃だから警察も躊躇したんじゃないかな」
軽く笑いながら男はそう言い放つが、それを聞いたエレナは一瞬言葉を失うも、次の瞬間には火山の噴火のように怒り出した。
「あ、悪役ですって!?
ふざけんじゃないわよ!
アメリカンスキーの偏った映画で、変なイメージを語らないで!
悪役の使う武器なら西側兵器も同じくらい多いじゃない!
それにイメージが悪い紛争地にばら撒かれてる武器は、多くは中国製の偽物よ!」
ロシアはいたってクリーンだわ!と断言するエレナ。
男からしたら軽口のつもりだったのかもしれないが、それが差別的なニュアンスを含んでたためにエレナの怒りが爆発する。
席を立ち、男のほうに向かって歩き出すエレナ。
だが、男も全く動じる様子は無い。
「ふふ。気を悪くしたかい?
ごめんごめん。まぁ落ち着いてくれ」
男は薄笑いを浮かべながら謝ってくるが、当然エレナの怒りは収まらない。
サタンのような表情を浮かべて今にも掴みかからんとする勢いのエレナだが、それは一つの咳払いで強制的に押さえ込まれることになる。
騒がしくなる会場を見て係官がワザとらしく咳をしている。
騒ぐな、静かにしろという無言の圧力である。
それには両者も従うより仕方ない。
男はこれ以上の挑発をやめ、エレナも気分を落ち着けようと勤める。
「ふぬぅ~~……」
怒りを無理やり抑えるために深呼吸するエレナ。
その様子を見て、やっと話が出来る状況になったと思ったのか、男はエレナに向かって声をかけた。
「自己紹介が遅れたね。
ボクは岩見沢精機の松来園祐一。
代表取締役をしている。今後はライバル企業となるから以後お見知りおきを」
握手を求めて男は右手を差し出すが、エレナはプンと顔を背ける。
「ふん!石津製作所の石津エレナよ!」
「よろしく。エレナさん。
色々と印象は最悪なようだけど、もしウチがシェア伸ばして其方の会社が傾いたらいつでもパートで雇ってあげるよ。
弾薬製造ラインもそろそろ稼動を始めるし、君たちの会社には不利益しかならないけど、それでも助け合いの精神ってのは大切だからね」
「!!!」
握手を拒否された為か、もともとそういう性格なのか、松来園は要らぬ言葉で火に油を注ぐ。
その後、当然の如く暴れだしたエレナだったが、警察の建屋内で始まった騒ぎに、わらわらと集まる制服警官。
そんな一連の騒ぎの中心となった彼女が国後に帰ることが出来たのは、留置場に一泊した次の日になってからだった。
次の日
そんな色々なトラブルに見舞われながらも、やっとのことで国後に戻ってきたエレナは、事の顛末をサーシャに話した。
「……と、言うことがあったのよ」
「それは大変だったな」
だが、エレナの今回の札幌行きがいかに大変だったかを語る主観100%の説明を聞いても、当のサーシャはパソコン画面から目を離さない。
カチカチとマウスをクリックする音だけがその場に響き、仕事をする手を休める気配が感じられなかった。
「ちょっと、ちゃんと聞いてる?」
これには、さすがのエレナもムッとする。
仕事をしているのは別にいいことだが、自分の話を聞いてもらえないのはイラっとしたのだ。
「聞いてる聞いてる。パートに出るって話だったか?」
「全く聞いてないじゃない!
っていうか、あんたさっきから何してるの?」
業を煮やしたエレナは、サーシャと画面の間に割り込み、何をしているのか確認する。
その画面には編集中のCATIA図面が映っているだけであったが、ここまでされてはサーシャも仕事の手を休めるより他に無い。
サーシャは、やれやれといった感じでイスの背もたれに身を任すと、ひとつ大きく背伸びをした。
「ん~ 軍からサンプルを貰った対戦車ライフルを改良してる。
コスト削減のためのVE活動だよ。」
サーシャの言うとおり、モニターに移るのは仕事中の画面だけ。
てっきりエレナは、あまりに集中しているサーシャを見て、仕事をする振りしてアニメか何かの動画を見ているものだと思っていたのだが、本当に仕事に集中してたらしい。
「まぁ、あんたちゃんと仕事やってるのね」
エレナが率直にサーシャを褒める。
「まぁ 部下の皆がちゃんとやってくれるからね。
僕としては、バリバリ働く部下の前でサボってばかりじゃいられないよ。
有能すぎる部下ってのもの困ったもんだ。なぁ キミ達」
サーシャはそう言って、自分の机の前方にある部下達が座るデスクに向かって話を振る。
それはサーシャが自分で連れてきた設計に携わる二人の部下。
石津製作所に合流する前に客船アルカディア・オブ・ザ・シーズから連れてきた双子の中国人姉妹。
彼女らは、サーシャの問いかけに、モニターから視線を外して笑顔で答える。
「まぁ、CATIAなら任せてアルね」
「こんなの余裕アル」
サーシャ達にそう答えた彼女らは、再び視線をモニターに戻すと作業を続行する。
みれば随分と手際よくデータを弄っている。エレナはその仕事ぶりに思わず感心してしまった。
「まぁ よく働くのは良い事ね。
その調子で頑張って頂戴」
エレナはニッコリ笑って二人を褒める。
社員のこういう面を見るのは率直に喜ばしいのだ。
エレナは一瞬だけ機嫌が良くなるが、それは長くは続かない。
「話は戻るけど、厄介なことになったわ。
ライバル会社よ……
そういった存在はいずれ出てくるとは思ったけど、私達がオリガルヒとして確固たる地盤を築いてから相手にしたかったのに……
とりあえず、明日にでも貴方のお父さんの所に行って話をしてみようかしら。
なんで製造許可だしたんだ。私達の独占産業じゃなかったのかー!って問いたださなきゃ。
それと、同時にあの会社の背景も調べ尽くしてもらおうかしらね」
エレナは人差し指を唇に当て今後の対策を考える。
とりあえず、何かしらの情報は必要だ。
内務省警察を統率するステパーシンなら何らかの情報は掴んでいるはず。
エレナは、一体、何を依頼しようかとその場で考えた。
情報の収集に始まり、背後関係を全部洗うのは当然として、他に何が必要だろうか。
それは、傍から見てい者からしても「スターリン時代みたいにトロッキストにでっち上げて、始末してくれないかしら」と小声が漏れている時点で
少々ブラックなお願いをしようとしているのは見え見えであった。
そんなエレナが唸りながら対応を考えていると、彼女の口から漏れるダークな呟きを聞いていた双子が、顔を真っ青にして立ち上がった。
「ぶ、部長!」
急に挙動不審に席を立った双子は、あたふたとサーシャに声をかける。
「ん?」
「部長!製図が終わったので、ちょっとトイレに行くアル」
「あたしも連れションネ!」
二人はそういうとバタバタと部屋から走り去る。
途中、焦りのためか足がもつれて転びそうにもなっていたが、二人の足音は慌しく遠のいていった。
「なにあの双子?」
トイレとは言っていたが、あまりの二人の挙動不審ぶりに、エレナは二人が出て行ったドアの方を指差しながらサーシャに聞いた。
「あれでも優秀なんだよ。
だから客船でスカウトしてきたんだし。
多分、エスキモー並みに我慢してたんじゃないのか?
今頃、全てが快楽に変わっている頃だろう」
「ふーん…… まぁいいわ。
それと、私は一度経理のおばさんのところに行って来るわ。
折角試作品まで作ったのに、選考で破れたんなら無駄な経費になっちゃた。
あの人から損失の処理について教えてもらってくるわ」
「おーう」
そういってエレナは、手を振って送り出すサーシャの設計室を後にした。
札幌での報告したし、後は無駄になった経費をなんとかするだけ
こういうときにショーンさんの紹介でシニア採用した経理のおばさんは便利だった。
経理以外にも豊富な経験があるため経営上の些細なことでも相談ができる。
それは、会社を立ち上げて一年と少ししか経っていない拓也達にとっては非常にありがたい存在だった。
エレナは、今日も色々と知恵を貰おうと彼女の居る事務所のドアを叩く。
「にゃーにゃー(おばちゃん:ロシア語)、ちょっと聞きたいことが……ってアレ?帰るんですか」
ドアを開けたエレナの目に留まったのは、帰り支度をしている経理のおばさん。
彼女はエレナが入ってくると、その手を止めてエレナに応対する。
「え、えぇ
ちょっと体調が悪くてね。早退させてもらうわ」
「そうですか……
じゃあ仕方ないですね」
折角いろいろと聞こうと思ったのにと、エレナは残念そうに俯いた。
「何か急ぎの用だった?」
残念がるエレナに、彼女は何の用件だったかと尋ねる。
「いえ、ちょっと損失処理の相談しようかと思ったんだけど
あまり急いではいないから、また日を改めて来るわ。
帰ってきて早々だけど、また札幌にとんぼ返りしようと思うし」
「あら、大変ねぇ。
今日、帰ってきたばっかりじゃなかったの?」
「そうなんですけどね。
内務省に行ってステパーシンさんに調査をお願いしようと思うの。
こういうときに政府の力に縋れるってのは政商の特権ね。
ふふふ…… 今に見てなさい。後発企業なんてあっという間に駆逐してやるわ」
「そう、でも、政商を目指すならロビー活動には手を抜かないようにね。
私もあなた達が上手くいくように応援してるわ」
「ありがとうございます。
じゃぁ、相談の件は日を改めて来ますので、お大事にしてくださいね」
「ふふ…… ありがとう」
エレナは、彼女にまた来ると伝えると、そのまま手を振って事務所を後にする。
だが、ドアが閉まるその一瞬、室内に残された人物の表情が氷のように冷たくなるのを、エレナが気付くことはついに無かったのだった。
翌日
国後より丘珠空港に降り立ったエレナは、ステパーシンに会うために札幌のとある場所へと向かっていた。
内務省警察本部。
もともとは在札幌ロシア領事館だった建物を流用したその官庁は、元領事が連邦政府に合流し、新編された外務省へと出向した後は、内務省警察の本部として使われている。
そんな建物の旧領事室に、ステパーシンはいた。
本来ならば内務省のトップという事で、連邦政府ビル内にいなければならないのだが、施設の使い勝手の良さと従業員の比率がロシア人の方が高い事もあり、彼はこちらで執務を行う事を好むようになっていた。
今では、内務省警察本部はステパーシンの城だと政府内部で呟かれるようになっている。
そんな城主が居座る一室に、色々な不満が渦巻くエレナは一人で訪れていた。
「ステパーシンさん。単刀直入に言います。
なんで新規業者に火器の製造許可を出したんですか?」
エレナは鼻息を荒くしてデスクに座っているステパーシンに詰め寄る。
はたから見れば、それはなかなかの迫力があるのだが、
対するステパーシンの胆力も大したもので、ただ迷惑そうにエレナを見るだけだった。
「いきなりだね君も。
まぁ 座りなさい。ちゃんと質問には答えてあげるから」
どこまでも冷静なステパーシンに諭され、エレナは渋々と来客用のソファーに腰を下ろす。
エレナは、腰を落ち着け一呼吸置くと、ステパーシンに向かって再度質問をぶつける。
「で、なんで新規業者に製造許可を出したんです?
ステパーシンさんの影響力にも関わる事ですよ?」
抗議の視線でエレナはステパーシンを睨む。
自分達の利益が、献金などでダイレクトにステパーシンの利益になるのに何をしているんだという意味をこめて。
「ふむ。君は色々と誤解している。
私は君らを後押ししているが、別に独占を約束したわけではない。
それに製造許可は経産省の管轄だ。内務大臣の私に、横槍をさす権限は無いよ」
ステパーシンはそう言いながら煙草に火を付けると、椅子の背もたれに体を預けながら、事の背景をエレナに語りだした。
「それに、オリガルヒに成長しそうな産業界をあえて分割するのは大統領の方針だ」
「……それは私達がいずれガスブランみたいな影響力を持つのを恐れてですか?」
「それもある。
だがコレは、世論の圧力と危機管理の側面が強いな」
「というと?」
「国後に居ると札幌の空気は感じにくいかもしれないが、世論は今、選挙をせずに大統領の椅子に座った高木氏への反発が強い。
というのも、転移後の物資統制で割りを食った既存経済界や旧勢力がメディアと組んでネガティブキャンペーンをやってるせいだな。
大統領をソ連崩壊後にオリガルヒと組んで私腹を肥やしたエリツィンと同一視する論調を強めている。
大統領制だから世論の変化が政権に与える影響は限定的だが、国内情勢にいらぬ波風を立てる必要は無い。
そこで、大統領閣下は危機管理という名目で世論の要請にこたえることにした。
各々の産業クラスターが一つの地域に集中すると、災害が発生した時に産業がまるまる壊滅する恐れがあるからな。
前の世界と違って輸入などと言う手段が取れない以上、効率は下がっても、ある程度基盤の出来た産業は最低2つ以上の地域で育成ようという話だ」
「へぇ~……
こっちも色々と大変ですね。国後は平穏そのものなのに。
あと、ひとつ分らないんですが、なんでそんな世論を乱す不穏分子を放っておくんです?
なんのための内務省警察ですか?」
厳格な世論の統制が出来ていれば、このような事態にはならなかったのではないか。
エレナは皮肉を込めてステパーシンに言い放つ。
「ふふふ、なかなか手厳しいな。
もちろん我々も仕事はしている。過激な思想集団は粗方葬ったし、睨みも効かせている。
だが、緩やかな反政府集団に対しては効き目が限定的なのだ。
我々の腕は強力すぎて、ソフトな対応を求められると効果が出にくい」
「そんなもんですか」
「だが、国内情勢についての調査については抜かりは無い。
君たちの求める情報も我々の持っているものの中にあるつもりだ。
……ズバリ、岩見沢精機の内情だろう?」
「は、はい」
ステパーシンはエレナの来訪目的を初めから分かっていたかのように言ってのけると
机の中から一部の資料を取り出した。
「いずれ来るだろうと思って紙に焼いておいた。
別に国の機密資料でもないし、持って行ってもらっていい」
エレナは机の上に置かれた資料を手に取るとパラパラとめくる。
そして、文書の中のある一点で視線が止まった。
「え?この筆頭株主って……」
「あぁ 知っているのか?
ショーン・ソロス。
イギリスのヘッジファンド会社を経営し、中小国家を通貨危機にするくらい悪どく稼いでいた。
その後、引退を表明し君たちが息子を迎えに行ったアルカディア・オブ・ザ・シーズに乗っていて転移に巻き込まれたようだ。
岩見沢精機には資金提供だけにとどまらず、どこからか持ってきた弾薬製造ラインの技術資料一式の出所も彼だ。
それが無ければ、こんなに早くラインは立ち上がらないし、そもそも業界に参入すらしなかったと思われるな」
「技術資料!?」
「あぁ どうした何か思い当るのか?」
「拳銃くらいであればバラして作れたかもしれないけど、あいつ、弾薬の生産も始めるって言ってた……
……そーか、合点が行ったわ。技術を盗んだのね。
でも一体誰が……って、接点のあるのが一人いるわ」
「ふむ。君の想像は当たりだ。
ショーンと君の所の経理は通じている。ついでに言うなら、中国人二人も現地採用の協力者だ」
「え!? あの二人も?
って、なんでそこまで分かるんです?」
「詳しくは言えないが、今の内務省は情報通信各社を完全に押さえているよ。
君たちもプライベートなやり取りは、メールや電話を使わない方が良い。
コンピュータの進歩は、さほど大規模な施設じゃなくても、リアルタイムで道内の全通信を監視することも技術的に可能だ」
「……」
「まぁ あまり気にする事じゃない。
同様の事は、君が生まれる前から米国のエシュロンでやられていた事だ」
「……それで、そこまで分かっていて、なぜ逮捕しないんです?産業スパイですよね?」
「そこはヤツのロビー活動の成果だな。
技術情報受け渡しに科学技術復興機構を利用している。
法律上は統制経済が発動しているのを理由に、機構は企業から技術情報の接収と分配が可能だ。
そこから彼等は情報を入手した事になっている」
「でも、それなら一つ疑問が残ります。
機構を使えば技術を接収できるなら、なぜスパイなんか使ったんでしょうか」
「それは、機構の理事長のせいだ。
彼は、他でもない君たちを私に紹介した武田勤だからな。
奴らは自分たちと同じように、君たちもロビー活動を展開していると思っているんだろう。
真正面から技術渡すように言っても、要請を取り消されると思ったようだな」
「でも、一応は機構を使ったやり取りなのでしょう?
私たちはそんな技術の接収なんて知らなかった……」
「社印の管理は厳重にしてるかね?経理にまかせっきりじゃないか?」
「あ゛……」
その言葉に、エレナはそう言えばと思い出した。
彼女を信用するあまり、社印の管理も彼女に任せっぱなしだった。
「一応確認に向かったら、接収資料には君たちの会社の同意書が社印入りで提出されていた。
書類上は、君たちの会社も同意したことになっている」
「でも、私たちはそれを知らなかった!」
「まぁ 今から異議を唱えても技術は戻らん。
関係者の処分は内々でしたまえ」
「うぅ……」
「他に何か用はあるかな?」
ステパーシンは、もう満足かと視線で語りながらエレナに言う。
裏の情報から政府のスタンスまで教えてもらい、これ以上は贅沢だというのはエレナにも分かる。
ステパーシンの言葉に、エレナは俯きつつも感謝の言葉を述べるしかできないのであった。
「……ありません。ありがとうございました」
ドォン!!
国後に再度戻ってきたエレナが、まず始めにやったこと。
それは、武装した部下を引き連れて事務所のドアをぶち破ることだった。
「……ちっ!逃げられたか!」
銃を構えて事務所に突入してみるも、そこに居たのは運悪く事務所で作業をしていたサーシャ一人。
それも、急な出来事に体を丸くして何が起きたのか分からないといった表情を浮かべている。
「おいおい。どうしたんだよ?」
始めは混乱していたサーシャも、急襲をしかけてきた主がエレナだと分かると
蹴破られたドアと鬼気迫るエレナを交互に見比べて、両手を挙げながらエレナに尋ねる。
「スパイ狩りよ」
「え?」
エレナの言葉にサーシャは目を点にする。
スパイなんていわれてもサーシャに思い当たる節は無い。
「経理のババァがスパイだったのよ。
ついでに言うと、あんたんところの中国人二人もスパイよ」
「な、なにを……」
突然のエレナの説明に、サーシャは理解が追いつかない。
確かに今日は三人とも休みを取っていたが、彼らがスパイ?
「まぁ、私が札幌に行っている間に全員逃げたようだけどね」
エレナはそう言うと、経理の机をおもむろに開き物色する。
何か隠しているものは無いか、忘れて行ったものはないか、それらしきものをエレナは探す。
だが、文房具以外に大した物は入ってなく、エレナも早々に物色するの手を止めた。
この手際のよさからいって、既に見つかるとヤバいものは処分するか持ち出すかしたのであろう。
エレナは全てが後手に回ったことを悟ると、また胸の内にふつふつと怒りが込みあがるのを感じた。
「むぅ~、ショーン、岩見沢精機……
ここまでコケにしてくれて、絶対に許さないわ!」
たとえ便所に隠れていようと、絶対に落とし前はつけさせる。
彼女は固くそう誓うのだった。
「そうか、そんな事が……」
エレナがこれまでに起こった事を話し終わると、拓也は信じられないといった表情で呟く。
まぁ ライバル会社がいずれ出てくるのは予想していたが、それがスパイという手段を使って社内に潜伏しているとは予想だにしなかった。
「それにしても、なんでショーンさんはライバル社なんて作り上げたんだ?
ウチに投資してもかなり儲けられたんじゃないのか?」
「理由は知らないわよ。
だけど、あっちの会社は、株式の大半をショーンさんが握ってる。
自分の好きに出来る会社がほしかったんじゃないの?
ほら、こっちはサーシャとか色々とコネとか絡んでるし」
エレナの言うことはもっともだ。
拓也の会社は設立以降、色々な人々の利害と意向を吸収して体裁を整えていた。
恐らくそれも理由の一つなのだろう。
だが、いくら理由を考えようと、現状では何も意味を成さない。
ライバル会社は既に立ち上がり、裏切り者には逃げられたのだ。
「うーん、弱ったな。こんな時にそんな重要なことが起きるとかタイミングが悪すぎる……」
本社の方も大変だが、カノエの救出も同様に重要な案件である。
ここで、エドワルド達に後は任せたと言って離脱した場合、他の社員達からの信頼を著しく落としそうである。
「本来なら、今すぐにでも戻ってもらいたいわ。
今は、サーシャが製造事業部をなんとか回してるけど、基幹要員がいきなり消えたせいで、てんてこ舞いよ!」
「そうか、だがなぁ……」
本社も大変なのは分かるが、カノエ救出の為に、東方大陸なんて未知の土地に行くメンバーも放って置けない。
エレナを前にして言いづらい一言であったが、その拓也の様子を見てエレナは拓也の心の内を見抜き、大きく一つ溜息を吐いた。
「ふぅ…… まぁ、そんだけ言っても、あなたは行くんでしょ?」
拓也の思いは、言葉に出さなくても、雰囲気で十二分に通じていたらしい。
エレナが笑みを浮かべながらそう言うと、拓也は一つコクンと頷く。
「……うん」
「仲間とはいえ、女の子を追って危ないところに行くのは気に入らないけど、まぁカノエだし、許してあげる。
だ・け・ど!」
エレナはグイっと拓也に迫ると、その頭を両手で左右からしっかり押さえる。
「武の誕生日までに帰ってこなかったら許さないから。
新編の2個小隊つれて全力出撃するからね!
あなた私の話の前に約束したわよね?絶対守ってよ!」
「ぜ、善処します」
かなり本気なエレナの視線を受けて、拓也も下手な事を言って約束が守れなかった時を想像し、拓也はあいまいな言葉で返事をする。
だが、それが気に入らなかったのか、拓也の頭をホールドするエレナの指に力が入る。
「善処?!」
「約束します。
1ヶ月以内に全て終わらせてきます」
エレナの眼光の鋭さからくる圧力に屈し、拓也はエレナに期限までハッキリと約束した。
その瞬間、エレナの両手からふっと力が抜けると、拓也の頬を撫でながらエレナは優しい微笑を浮かべる。
「よろしい」
柔らかさに包まれたようなその一言と笑顔に、エレナは一瞬前とは別人のような雰囲気につつまれる。
感情の起伏が激しいものの、これが本来の彼女なのだ。
エレナは拓也の言葉に納得すると、更に微笑みを携えて言葉を続けた。
「いいわ。待ってる。
会社のことは私とサーシャで何とかしてみせるわ。
その代わり、絶対に帰ってきてね」
カノエ救出に向かわせる前に、次から道内の内政ターンをチョロチョロ書こうかと思います
北海道とエルヴィスの関係も書きたいし、あぁ……カノエ編は遠いかも




