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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
27/88

盗賊と人攫い編3

盗賊の襲撃から一晩明けたメリダ村。

そこでは、朝から壊れた家財を直す槌の音が響いていた。

ある者は、不幸にも盗賊の逃走間際に焼かれた家の跡にて、何か使えるものは無いかと焼け跡の中を探し、またある者は、隣村から避難してきた女たちの炊き出しを教会で行っている。

そして、その他の大多数の村人がそんな状況下でも畑仕事へと向かっていく中、拓也達は村内に置かれている車両にて出立の準備をしていた。

時刻は昼にも迫ろうと言う頃。

本来であれば女盗賊から情報を聞き出したのち、拓也達はすぐに追撃したかったのだが、すぐにはそれを実行できない問題が生じていた。

一つは教授達の安全確保。

盗賊達を追うという事から、十中八九何かしらの荒事が起こる可能性が高い。

そんな所に護衛対象を連れて行くのはどうかと最初は躊躇われたが、そもそも今回の騒動の根幹は、護衛を分割したことによる戦力の低下にも大いに原因がある。

ならば、一緒に連れて行った方が安全なのではないだろうかという結論に至るのに時間はかからなかった。

BTRの車内ならば弓矢等の攻撃は屁でもない上、教授ら自身も同行したいという強い申し出もあった。

そして二つ目の問題。

走行不能になったトラックの積み荷である。

食糧程度であれば問題なかったが、武器弾薬や電子機器等こちらに遺棄した場合に、政府から何を言われるか分からない物品の数々である。

弾薬類に関しては武装ピックアップの荷台に可能な限り載せたりはしたが、発電機など重量物や村々に配る為に乗せていたラジオ等の重要ではない資材は置いていくしかない。

拓也はその事を村長に話すと、村を救ってくれた礼としてトラックごと預かってくれることになったのだが、重要物資の積み替えがようやく終わったのは、太陽が天頂に差し掛かろうとする頃であった。


「そろそろ行くのか。

先ほども言った通り、海に出るには川沿いの道をずっと南下すればいい。

途中、海の手前で道は折れ曲がるが、それを無視して南下すれば海に出るはずだよ。

あんまり人通りの無い通りなんで海岸の地形はよう知らんが、着けば何とかなるだろう」


出発を目前に、村人全員が作業を止めて拓也らの見送りに集まる中、村長がBTRに乗り込もうをする拓也に声を掛ける。


「ありがとうございます。

では、トラックの荷物と避難してきた人達をよろしくお願いします。

なんだか、勝手に連れてきて後の始末だけ任せるのは、ちょっと心苦しいんですが……」


そう言って拓也は、バツが悪そうに頬をポリポリと掻くが、村長は気にするそぶりも見せない。


「な~に、話を聞けば、君らが略奪を止めてくれなかったら、次はこの村が襲われていたかもしれん。

礼を言いたいのはこっちだよ。後の事は任せてくれ」


村長は拓也の肩を叩きニッコリとほほ笑む。

その笑みを見て、拓也も「そうですね」と呟いた後に笑って応えた。


「わかりました。では、また来る時までよろしくお願いします」


「あぁ。多少の厄介事は神父様が拳で解決してくれるし大丈夫だ。

襲撃の時も教会に逃げた村人を助ける為に、素手で数人ヤってるからな。

それにしても、殴られた頭が一回転している死体なんて初めて見たよ。恐ろしい……」


そう言って村長は、後ろに立っている神父を見ながら、おどけて身震いするような仕草をしてみせて笑う。


「ふむ。私は自分のなすべき事を成したまでです。

神が自己鍛錬を推奨するのは、優れた物が弱きものを守る為です。

全ては神の求めることを成したまでですよ。

ですが、私が役に立てそうなのは賊の数が少ない時だけです。

今回のような視界の悪い時には、なおさら私の守れる範囲が限られていました……」


村長の言葉に神父は返答すると、そのまま悔しそうに俯いてしまう。

今回はパッキーの協力もあり、カノエ以外に攫われた者はいないが、それでも村の金品を結構盗まれていた。

神父はその事を気にして唇を噛む。

対して話を振った村長はというと、神父のこのような反応は予想していなかったようだ。

若干焦りながら神父に駆け寄り、フォローにかかる。


「まぁ そんな気に病むことは無いよ神父様。

今回は運良く石津さん達もいたし被害は最少にすんだ。

不埒な盗賊や隣村を襲った傭兵団も撃退したから、しばらくは平和じゃないか。

それに霧も晴れたし、暫くは村人を交代で見張りに出せば大抵の事は大丈夫だよ」


「そうでしょうか」


神父は今回の件で、日々の鍛錬を積んでいるにも関わらず、被害が出てしまっている事に自責の念に囚われている。

霧による視界不良や敵の数などの要因を加味すれば、むしろ被害は少ない。

だが、そのような事は彼には関係ないようだった。


「神父様は最善を尽くしましたよ。

何も恥じることはありません」


そう言って村長は力不足だったと嘆く神父の肩を叩く。


「……ふふふ。いけませんね。

皆さんを神の教えの下に導くべき私が、逆に励まされている。

まだまだ私も鍛錬が足りないようです。もっと心身共にしっかりしなければ」


「その調子ですよ神父様」


村長の言葉に神父も幾分か立ち直ったようだ。

神父は村長の言葉を聞くと、右腕に作った隆々たる上腕二頭筋の力こぶを撫でて、更なる鍛錬を積まなければと一人呟いた。


「……おっと話がそれたな、まぁそんな訳で何時までも無駄話で出発を遅らせるのも悪い。

此方の事はあまり心配せず、残した荷物の事も安心してくれ」


村長は任せておけと胸を叩くとニッコリ笑う。


「では、我々も出発しますか……

全員搭乗!出発する!」


拓也の声に社員一同が各々の車両に乗り込み、軽快なエンジン音と共に車列は動き出す。


「全てのカタがついたら戻ってきますから!

それまで皆さんお元気で!」


村を出ようとする車列の窓から拓也が村人に手を振る。

それに応える様に、村人たちも車列が見えなくなるまで手を振り続けるのであった。





挿絵(By みてみん)



「……と、格好良く村を出たは良かったんだが」


「中々進めませんね……」


その溜息交じりの声の主は、拓也とヘルガ。

彼らの視線の先には、カノエ救出の為に焦る気持ちをあざ笑うかのような光景が広がっていた。

泥にタイヤを取られ立ち往生するハイエースを牽引ロープで救出するBTR

トラックの荷物を移した為に過積載気味の車体は、アクセルペダルのベタ踏みとBTRの協力によって盛大に泥を撒き散らしながら救出されていた。


「不整地過ぎる」


ハイエースの救出が終わったBTRに乗り込む拓也の口から、思わず愚痴が漏れる。

独り言のように拓也は言ったつもりであったが、続いて乗り込んできたヘルガの耳にも聞こえてしまったようだ。


「街道を通っている時は順調だったんですけどね……」


そのヘルガの言葉の通り、村から街道を通って南下するまでは非常に順調であった。

非舗装の道と言えど、街道の作りは非常にしっかり整備されている。

聞く所によると、何代か前のゴートルム王が、道を整備さえすれば王国の経済は上向くのではないかとの思いつきで

大々的に土系統を得意とする魔術師を動員し、王国中に大規模な街道網を整備したという。

だが、自国のみならず他国からも魔術師を借りて整備したにもかかわらず、市場の物流を一切無視した公共事業は

一部の交易には多大な利益を与えたが、大半の街道は交通量に対し過大な設備投資となり、全体として思った以上の費用対効果は上げられなかった。

それ以後、この苦い経験から王国の街道整備に対する意欲は著しく低下し、現在では一部の街道がその地方を治める領主によって維持されるのみとなった。

そのような背景もあり、拓也達が村から通って来た街道は、幸運にも維持され続けた数少ない一部であったために地面の凹凸も少なく行程は非常にスムーズであったのだが、問題は街道を外れてからであった。

捕虜の女盗賊が言う奴隷船との会合場所は、街道から外れた河口近くの入り江。

しかも、それは河口近くに広がる湿地帯を越えたその先だった。


「おい、お前。何で湿地があるなら、もっと早くにそう言わないんだ?」


BTRに乗り込んだ拓也は、車体上部の出入り口から頭を出すと、恨みを込めて女盗賊をギロリと睨む。


「え? だって、そんな事聞かれなかったし。

いや、どうせあの場所に行くなら、どこから回り込もうと湿地帯を越えなきゃ駄目なんだ。

海岸から回り込もうにも岩場があるし、それに、人が寄り付かないところだからこそ奴隷船との会合にうってつけだったんで……

それと、あたいにはタマリって名前があるんで名前で呼んでよ」


BTRの上で両手を後ろ手に縛られて拘束されていた彼女は、ケロリとした表情で聞かれたこと以上の事を答え、なおかつ、いけしゃあしゃあと自分の事は名前で呼べと要求してくる。

そんな彼女を再びギロリと拓也は睨むが、対して彼女は恍惚な表情を浮かべるばかりで全く怯む様子はない。


「お? なんだよ。前もって湿地があるって言わなかったお仕置き? あたいはいつでも準備万端だよ」


そう言って彼女は、満面の笑顔を浮かべると、ゴロリとBTRの上に寝転がってM字開脚までしてみせる。

全く持って対処のしようが無い。

これならば、捕まえた当初の反抗的な彼女の方がまだやり易かった。


「まぁ そんな心配しないでよ旦那。

もうすぐ入り江に着くからさ。あと100歩くらい湿地を歩いた先の林を越えたら、すぐそこに海が見えるよ。

だからさ、色々とご褒美を……」


寝転がりながら道案内するタマリ。

だが、何を想像しているのかその呼吸は次第に荒くなる。

なにやら一人で勝手にスイッチが入ってしまった彼女であったが、ふと頭上に影が入り、上を見上げた瞬間にその視界は闇に閉ざされた。


「ふぅ。まったく煩いよこの変態。ちょっと黙ってなよ」


ドスンという音を立てつつ、タマリの口が顔面ごと巨大な何かに塞がれる。

その正体は、タマリの言動にいい加減辟易していたアコニーのケツであった。

他人の顔の上で正座をするかのように、滑らかなラインを掻きつつも筋肉の詰まった両足でガッチリとタマリの顔面をホールドするアコニー。

そしてそのまま、圧殺する勢いで抑えにかかる巨大な尻にタマリは呼吸が出来ずにもがき苦しむ。

最初はジタバタと必死に抵抗していたものの、暫く押さえている内に、陸に揚げられて弱った魚のように反応も静かになった。


「お? やっと静かになったな。

社長、もうコイツが五月蠅かったらダクトテープで巻いて放置しましょうよ。

その方がよっぽど静かでいいです」


そういってアコニーは、タマリの顔の上に座ったまま拓也に言う。

だが、拓也はぐったりと動かなくなったタマリの姿を見て、死んではいないかと汗が出てきた。


「あ、あぁ…… まぁ、次からはそうしようか。

だが、奴の言った通りそろそろ湿地を抜けるぞ?すぐそこの林を越えたら海だと言ってなかったか?

案内をさせる意味でも、失神されたままではちょっと困る」


「そういえばこいつが案内人でしたね」


拓也の言葉にアコニーは、テヘペロっと舌をだして答えると、BTRの上に立ち上がって前方に広がる林を覗き込む。

むぅ~っと唸りながら睨む林の先。

最初は木々の緑しか目に入らなかったが、どんどんと車列が林に近づき、鬱蒼と茂る低木の塊を抜けると、ついにキラリと光る澄んだブルーが目に入った。


「あっ!ホントだ。

木々の切れ目から海が見えました。目的地はそろそろじゃないですかね」


湿地に嵌るなどの苦労の末、ようやくたどり着いた海岸にアコニーは無邪気に喜んでみせる。

そんな彼女とは対照的に、拓也と同じく車体上部の出入り口から頭だけ出したヘルガが、木の棒でグッタリとしたタマリを突きながら冷たい表情でアコニーを見上げる。


「でも、案内人がこの様子ってちょっとマズいんじゃない?さっさと起こしてよ」


「それもそうだね。ヘルガ」


そう言ってアコニーは、ヘルガに言われたようにサッサと案内人である彼女を起こそうと、タマリの胸ぐらをむんずと捕まえて起き上がらせると、ガックンガックンと揺すりながら目覚める様に言う。


「ホラ。起きな!世話の焼けるハイエナだね」


なかなか目覚めないタマリにアコニーは非情にもビンタをかます。

一発一発が非常に良い音を響かせながらタマリの両頬を往復する。

それを何発か喰らった辺りで、意識の飛んでいたタマリもようやく目を覚ました。


「うぅ~ん。 ここは……」


真っ赤な紅葉マークのついた頬をさすりながらタマリが目を覚ます。


「あんたの言ってた河口が見えてきたよ。

んで、どこが目的地?船なんて見えないじゃん」


「えぇ? 河口のすぐそばに入江があって、林を抜ければ船も見えるはず……」


目が覚めたばかりで、まだハッキリと頭が働いていないタマリは、何処を見てるんだと言いたげな表情でアコニーを見返す。


「だから、そろそろ林を抜けきるけど、木々の間からは船なんて影も形も……」


本当にここなのかと疑惑の視線をタマリに向けるアコニーであったが、ここにきてようやく意識がハッキリしたのか

アコニーの言葉の意味するところを理解したタマリがクワッと両の眼を見開いた。


「もう船は帰ったって事?取引は終わったの?  ……ちょっと待ってよ!!」


タマリは自問自答するようにそう呟くと、次の瞬間、気合と共に一気に自分と車両とを繋いでいたロープを力任せに引っ張った。

魔法で強化されたその張引力は、ステンレスの手錠は破壊できなかったものの、手錠と車両とを結んでいたロープを引き千切った。

それは、村から貰ってきたロープが老朽化していた為か、タマリが大人しくしている間に、わずかながらも爪で傷つけていた事が原因かは定かではないが

手錠に結んだ根元から切れたロープは、囚われのタマリがその一瞬にして自由の身になった事を意味した。


「うわ!」


「あぁ!逃げた!?」


咄嗟の事に驚く拓也達。

タマリはロープを引きちぎった次の瞬間には力の限り跳躍し、海岸目指して駆け抜ける。


「いつもなら、奴隷を売った金で船から酒を買って入江の隠れアジトで騒いでいるはず……」


願わくば、仲間たちがまだこの辺をうろついていて欲しい。

奴らの尋問のトゥルルー芋地獄によって新たな自分の扉が開かれてしまった事により、正気を失って不本意にも仲間の居場所を喋ってはしまったが、今ならまだ何とかなる。

敵を連れてきたことで仲間には迷惑をかけるが、湿地を通って逃げれば、やつらはそうそう追撃はできない筈……

タマリはそう考えると、心の中で仲間がまだいることを必死に祈る。

だがしかし、祈りながら走る彼女を見逃すほど拓也達も甘くは無い。


「アコニー追え! 抵抗するなら足を撃て!」


「はい!」


逃げたタマリを追う様に咄嗟に飛び出すアコニーに、拓也は小銃を投げて渡す。

アコニーは元気な返事と共に、宙を舞うカラシニコフを走りながらキャッチしてタマリの後を追う。

だが、最初のダッシュの時点で距離が付いた為に、タマリはあっという間に入江の脇にあった岩場に姿を消した。

手は依然として手錠で拘束されているにもかかわらず、器用に岩場を飛び回るタマリ。

目指す先は、人目に付かないところに隠された盗賊の隠れアジト。

自然の洞窟を利用して作られたそれは、略奪品などを収納するうちに改装を繰り返し、今や砦といって良いほど整備されている。

これまでの経験上、奴隷船との取引直後なら、いつもは数日はアジトで飲んだくれていた。

今なら絶対仲間達があそこにいる。

タマリはその確信を胸に、岩の後ろに隠すように設置された扉に全力で体当たりした。

ドォンという音と共に土埃を上げて倒れる扉。

勢いあまってタマリも一緒に扉と一緒に倒れこむ。


「みんな!!」


一縷の望みに全てを賭け、やっとアジトにたどり着いたタマリであったが、倒れこんだ姿勢から顔を上げた途端、その表情が固まった。


「あれ?」


彼女の口から、思わず間の抜けた声が漏れる。

アジトの中には仲間どころか、ネズミ一匹いやしない。

それどころか、今までに溜め込んだ略奪品から調度品まで全て無くなっている。

何だコレは?アジトすら無くなっている。

根拠地の村が襲撃される遥か前から、時々こちら側で仕事をするときに重宝していたこのアジトが

まるで最初から何も無かったかのように放棄されている。

タマリはそんな目の前の現実が受け入れられないのか、ぽっかりと口をあけてただ座り込むしか出来ないでいる。


「諦めろ!スピードで猫人族に敵うと思うな! ……て、どした?」


がらんどうとしたアジトに、やっと追いついたアコニーが踏み入る。

銃を構えて臨戦態勢での突入だったが、魂が抜けた様なタマリの姿に拍子抜けしてしまった。

対するタマリはというと、既に真後ろにアコニーが来ているのも気にせずに、ポツリと一言。


「誰もいない……」


所々に火を使ったのか、まだ新しい調理のあとが残されている事から仲間たちがここに寄ったのは間違いない。

だが、この様子から察するに、何処か遠くに逃げてしまったのではないだろうか。

置いていかれるのは仕方ない。一族の掟だ。

だが、一瞬でも合流できると思った最後の好機も空振りに終わってしまった。

何より、盗賊団が何処に移動したのかあたしは知らない。

タマリはもぬけの殻になったアジトを見ながらその事を考えると、肉親との繋がりの糸が切れてしまったような孤独感を覚えた。

だが、彼女が何を考えていようとも、追いかける方にとっては遠慮無用。

茫然自失とするタマリの後頭部にアコニーは銃口を突きつける。


「おい、手を上げろ。そしてそのまま伏せろ」


後頭部を突く硬く冷たい物体による痛み。

タマリは最早これまでと観念すると、繋がれた両手を頭上に掲げ、そのまま上体をゴロンと倒して仰向けになる。


「うつ伏せだ!」


叫ぶアコニーの言葉に、タマリは寝返りを打つかのようにうつ伏せになる。

その眼光は、最早どうでもよいとばかりに気力も何も感じない。

タマリはそのまま溜息を一つ吐き、そのまま静かに目を閉じた。

そうしてそのまま黙っていると、タマリの耳にアジトの近くまで接近するエンジン音が聞こえ、何人かの足音が早足に近づいてくる。

頭を上げることが出来ないために、タマリはその足音の主の顔を確認することが出来なかったが、アジトの中に入るなりその足音はピタリと止まる。


「びっくりする位に何もないな」


アジトの中に入って、開口一番、拓也が率直な感想を漏らす。

その室内は、棚やら何やらはちゃんと有り、かつては色々なものが置かれていたような雰囲気があるものの

いまでは引越し直後のテナントのような感じが漂っている。


「アコニー、確保ご苦労様。

ここは俺とエドワルド達で何とかするから、君は何人か連れて周囲の警戒と探索をしてくれ。

あと、教授達には車から出ないように念を押しといて」


「了解です」


拓也の言葉にビシっと敬礼で返したアコニーは、そのまま足早に建屋の外に出る。

後に残されたのは拓也とエドワルドの他には、戦闘能力の高いイワンが残る。


「連中のアジトの一つだってんなら、日用品の一つもありそうだけど、綺麗サッパリ何もない」


タマリも含めて4人になった室内で、拓也は棚の一つに手を置いてみる。

見れば少し前まで物が置かれていた埃のあとが残っている。

他にもごく新しい火の跡など、エドワルドらと一緒に探してみるがゴミ以外に残されたものは何も無かった。


「こりゃ、ここを放棄したな。

もしかしたら、船に乗って一緒に逃げたのかもしれない」


一通りアジトの中を漁ってみたエドワルドが、率直な感想を拓也に言う。


「なんでまた?」


「理由なんてしらねぇよ」


エドワルドの推測に、拓也はその原因を聞いてみるが、当然の如く、彼が知るわけは無い。

エドワルドにしてみれば、室内の状況から推測したに過ぎなかった。

何より一番内情を知ってそうなタマリが、アジトを放棄して逃げてることを知らず、今では全てがどうでも良くなったのか、抵抗することもせずに床に転がっている。

彼女にしてみたらここが最後の希望だったのかもしれないが、その希望は儚くも破れた。


「それに、捕虜のねーちゃんも逃げる気満々だったぽいが、当てが外れて打つ手無しって感じだな。

これからどうする?軍にでも頼るか?」


「本当にもうどうしようもないなら軍に頼って追跡してもらうしかないけど、今から軍に報告に行って間に合うかな?

大型車載無線はトラックと一緒に焼けたし、メリダ村かプラナスまで戻って通信気球のwifi網に入るまでに取り逃しそうだ。

あと経営的には、政府から受けた仕事で、いきなりトラブって軍に泣き付くのはあまり宜しくない… 信用的に」


そう言って拓也は頭を抱える。

時間的、情報的にも選択肢が少ない。

仮に盗賊たちが海路で逃げたのであれば、北海道の近海にいるうちは軍のレーダーを頼れそうだが、陸路で逃げたという可能性もある。

それに軍との連絡遅れれば遅れるほど追跡が難しくなる。

拓也は如何したものかと考えていると、なかなか結論が出ない拓也を見かねたエドワルドが、床に転がるタマリの横に片膝をついてしゃがむ。


「ここはもう一回、このタマリとかいうねーちゃんに聞いてみるか。

どうやらさっきまでの変態っぷりは演技のようだったしな」


そう言ってエドワルドは、小銃の銃口でタマリの背中を突く。

だが、一向に反応の無いその背中に、エドワルドが「おい、起きろ」と頭を掴みあげようとした時だった。


「しゃちょー!」


アジトの外から聞こえる大きな声、拓也達が入り口の方を振り返ると、アコニーが手に何かを持って戻ってきた。


「どうした?」


「布きれが付いたナイフが、不自然に裏の木に刺さってました」


ビクン……


アコニーの言葉に、だらりとしていたタマリの耳が動く。


「布きれ?」


「これです」


聞き返す拓也に、アコニーは発見物のナイフと布切れを見せる。

どうせなら発見した状況を保存してほしかったと拓也は思ったが、すでに持って来てしまったものはしょうがない。

拓也がその布きれをまじまじと見ようとした時、アコニーの言葉に反応し顔を上げたタマリが、その両の眼を見開いた。


「!? ちょっと、それ見せて!!」


タマリは急に起き上がると、ドタバタと拓也に駆け寄ろうとする。

両手を縛られているために俊敏さに欠くその挙動は、エドワルド達によって即座に抑えられるが、その視線は拓也の持つ布切れに喰らい付く。


「何だ?これは何かの合図なのか?」


その只ならぬ様子を見た拓也は、その布切れをタマリの眼前へと寄越す。


「この色と匂い…… これはイラクリの手拭い……

それ、どこで見つけたの?!」


さっきまでの無気力さは何処へ行ったのか、タマリは必死の形相で布切れを見つけてきたアコニーに叫ぶ


「え?この裏だけど」


急すぎる変貌振りにアコニーも戸惑いを見せるが、それに畳み掛けるようにしてタマリは叫んだ。


「連れてって!」


必死にドタバタと暴れるタマリ。

エドワルドと拓也は強引に彼女を押さえつけるが、収まるそぶりは微塵も無い。

それに加え、現状では逃げた盗賊を追いかけるにしても、その手がかりのは何も無い。

そんな拓也達は、何か追跡に繋がる手がかりが掴めるのではないかとの思いから、タマリをアコニーが布切れを見つけた場所まで連れて行くことにした。

後ろ手を捕まれ、アジトの裏手に生える木々のところまで連れて来られるタマリ。

そして、アコニーがナイフが刺さってた木を指差すと、タマリは拘束されていることもお構いなしに身を乗り出してそれを見る。


「もし、これはイラクリの印なら……」


タマリは祈るように、その木に向かって呟く。


「どういう事だ?」


「これはあたいら姉弟間の秘密の伝言方法だよ。

ナイフが刺さってた木の裏側に、木の皮が剥がれる所が有るはずさ」


淡々と語られるその言葉に従い、アコニーは丹念にその木の表面を調べる。


「社長。ホントです。

うまく隠してありますが、一度木の皮を剥した後が」


そう言ってアコニーは木の皮の一部をめくり、樹皮の剥がされた跡を拓也らに見せる。


「それをめくると伝言があるんだ。

かーちゃんから隠れて悪さするのによく使った手だよ」


タマリの話を聞き、拓也はコクンとアコニーに向かって頷く。

そして、それを見ていたアコニーは、再び樹皮に手をかけると、一息にベリべりとそれをめくる。

一枚の大きな塊となって剥がされた樹皮の下、そこには短い伝言が掘り込まれていた。


『ねーちゃんへ

みんなでバトゥーミに行くことになりました。

そこの叔父さんの所にやっかいになるそうなので、追いかけてきてください

大好きなねーちゃんにまた会いたいです』


「これは……」


タマリはその文字をジッと見つめ、目に涙を浮かべながらその場に崩れ落ちる。


「うぅ……

イラクリ…… 駄目なねーちゃんで、ごめんね……」


また会いたいという弟の純粋な言葉。

だが、それを叶えるには、追っ手も一緒に連れて行かねばならない。

弟の安全を考えた場合は、拓也達を案内しない方が良い。

だがそれにも増して、もう一度会いたいという強い願いと、人質交換に応じるならば手は出さないという拓也の魅惑の言葉。

タマリは口約束にしか過ぎないそれを信じてでも、それに頼ろうと思った。

そんな木に彫られた文字を見て謝罪の言葉を呟くタマリを見て拓也は彼女に声をかける。


「あー、その何だ。

別に俺たちは役人でも何でもない。

仲間さえ帰ってくるなら、お前たちに手は出さないって約束はまだ生きてるからな。

今は拘束してるが、案内さえしてくれればちゃんとお前を解放するし、家族にも手は出さない」


拓也は、タマリのつぶやいた「ごめんね」という言葉が、弟たちに迷惑をかけるという意味だと思った。

そんな彼女を安心させる意味で、再度口にするその約束。

ただの口約束でしかないそれであったが、それに縋るより他に無いタマリは、目に大粒の涙を浮かべながら上目遣いで拓也を見つめる。


「旦那。絶対だよ……

私はやっぱり弟にまた会いたい。でも、旦那のいう事が嘘だった場合は……」


タマリはキッと拓也を睨みつけ、後に続く言葉の代わりにする。

その視線を受ける拓也も、真正面からそれを受けとめた。


「そちらが約束を守る限りは、こちらから不義は働かんよ」


拓也はタマリの目を見つめながら約束する。

彼としては、嘘偽りの無い気持ちでの言葉だった。

対するタマリも、その言葉を聞いて暫しの間、拓也の目を見詰めてから視線を外してコクンと頷いた。


「わかったよ。もう逃げない。

だから、あたいを…… あたいをバトゥーミまで連れてって下さい」

エロ系の変なノリはココまでです。

一度そう言うノリを挿入すると、軌道修正が大変ですねぇ

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