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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
19/88

大陸と調査隊編1

そんな宰相の決意から暫く後

北海道の沖を一隻の船が北に向かっていた。

青い海原を白い航跡を残して進む船の上には、何台もの車両が積まれている。

そんな所狭しと物資と車両の並んだ甲板上から、海原に向けて一本の釣り糸が垂れている。

大陸へ向かう航路にて、到着まで暇を持て余した拓也は、船員から借りた釣竿を振るっていた。


「釣れますか?社長」


釣り針を垂らしていると、後ろから聞こえた調子を尋ねる声に、拓也はくるりと振り向いた。


「あぁ カノエか。

ぜーんぜん釣れないよ。

というか釣り自体余りやったことが無いから、航行中の船から釣り針を垂らして、果たして本当に釣れるのかもわかんね」


そう言って拓也は釣り竿のリールを巻き上げてみるが、やはり針に獲物は付いていない。


「じゃぁ何故、釣りなんてしてるんです?」


「いや、暇だっただけだよ。

上陸の細かい準備はエドワルドのおっさんに任せたし。

国後の工場はエレナや新しく雇った経理のばぁちゃんに任せておけばいいし。

暴走しがちなサーシャは、奴が見つけてきた部下に任せておけば大丈夫。

ぶっちゃけ、自分がいなくても全て丸く収まるんじゃないかってくらいにやる事が無い」


そう言って拓也は再び竿を振るって針を投げる。


「あぁ 新しく来た人たちですね。

あの人たちって、そんなにシッカリ者なんですか?」


拓也達が出発する少し前、石津製作所には3人の新たな仲間が加わっていた。

一人は客船で出会ったショーンの紹介で、シルバー採用した経理担当のバァちゃん。

そして残りはサーシャが客船の乗客からスカウトしてきた中国人の双子の姉弟であった。

聞けば全員がもう少し客船暮らしをエンジョイしようと思っていたそうだが、何でも紛争のゴタゴタで政府に船を接収されて

仕方なくこっちを頼ってきたらしい。

そんな彼らであったが、仕事のほうはバリバリであった。

経理のバァちゃんは現役時代の経験を生かして知恵袋的な存在となり、双子の中国人も富裕層の子息でありながら機械工学の高等教育を受けていた。

そんな中で一番驚いたのが、サーシャは意外にも仕事は出来るらしいということだった。

双子の話によるとサーシャの設計センスは素晴らしいという話で、いままでその能力に疑問符が付いていた人物が、外から人材を入れる事でようやく評価を受けることができたのだった。

拓也はそんな彼らを思い出してカノエと話す。


「あぁ 彼らはウチの会社に足りていなかったところに丁度収まったし重宝してるよ。

やっぱ、人材集めるってのは大事だね。いい人が集まれば集まるほど上が楽できるし」


「社長。それはちょっと… 楽したいために雇ったんですか?」


カノエが呆れたように拓也に言う。


「まぁ それが全てじゃないけど否定はしないよ。

やっぱり、せっかく金稼ぐなら使う暇も欲しいし…」


と、拓也がそこまで言いかけた所で思わぬ乱入者が現れる。

バタンと船内から甲板へと繋がる扉が荒々しく開き、そこから現れた小柄な人影は、自分の横まで走ってくると海に向かって色々な物を放出し、そのまま甲板に倒れた。


「!? ヘルガ!大丈夫か?」


急に現れ、隣で口からゲロの滴を垂らしているドワーフの娘を揺するが、小動物の様に頭を小刻みに振るだけで返事は無い。


「り…陸は、まだ…ですか?」


まるで瀕死の重病人みたいな虚ろな目でヘルガは訴えかける。

拓也はヘルガの問いを受けて、ブリッジにいる船長に大声で聞くが、ブリッジからヒョッコリ顔を出した船長の言葉は厳しかった。


「ん~、あと2時間ってところだな。まぁ 頑張れ。

遠くの景色を見てると酔わないぞ」


船長は船酔いでダウンしているヘルガにそう答えると、どうしようもないという感じでまたブリッジに戻ってしまう。


「そん…なに…」


絶望の言葉と聞いて、ヘルガの体から再度力が抜ける。

ガクリと頭を垂らし、最早起き上がる気力もないようだ。


「おい!こんな所で寝るな!起きろ馬鹿!」


そう言って、ガックンガックンとヘルガの体を揺すってみるが、顔色がどんどん青くなるだけで起きる気配が無い。

正直な所、船室のベットで休ませるのが良いのだろうが、おぶって移動中に背中をゲロまみれにされるのは御免こうむる。

かといって横にいるカノエは見るからに力が無さそうな細腕である。

誰か丁度いい人物はいないかと拓也が甲板上を見回していると、丁度いいケモ耳が目についた。

白色の毛並みの猫耳が一匹、甲板上にワイヤーで固定されたトラックの上で寝ていた。

迷彩のズボンと黒のタンクトップが良く似合っているが、無防備にもブラなし仰向けで寝転がっている為

重力に負けた二つのメロンが、呼吸する度に上下する。

薄いタンクトップの為、その表面には何やらポッチが浮き出ているのが健全なエロスで良い。

これが社内であればサーシャを呼んで巨乳の良さについて講義をする所だが、今は船上で、ある意味非常時である。


「おい!アコニー!ちょっと来てくれ!」


その場からアコニーに向かって何度か呼びかけるが、当の猫耳娘は起きる気配が無い

それどころか、寝返りを打ってこちらに背中を向けている。

大声を張り上げているのに、全くそれに気付いて貰えないのは何となくムカつく。

それから数度呼びかけたが、全く起きる素振りも無いので、つい怒りに任せてそこらに落ちていた空き缶を投げつけた。

…そして、スコーンと小気味良い音と共に、アコニーが車両から転落する。


「!!? うぐぅぅぅ!!」


トラックの上という結構な高さから転落したため、のた打ち回って悶絶する猫娘。

見た目の半分くらいがケモノでも、猫みたいにシュタッと着地するのは無理なようだった。

まぁ 寝てるところを落とされたら普通の猫でも無理そうな気はするが…

暫くして痛みも治まったのか、あたりを見渡して自分たちに気付いたアコニーは、照れくさそうに近寄ってくる。


「えへへ~ 社長、見てました?なんか寝ぼけて落ちちゃったみたいです」


どうやら、寝ぼけて自分で転落したと思っているアコニーは、「恥ずかしー」と頬に手を当てているが

今はアコニーの純粋な瞳を直視することが出来ない…

ちょっと起こすつもりで空き缶を投げたが、まさか落ちるとは思わなかった。

本人は気づいてないのか、滴る鼻血がより一層罪悪感を感じさせる。


「あ?あぁ… まぁ、昼寝はもっと安全な所でしろよ。

それより頼みがあるんだ。

ヘルガを船室まで連れてやっていってくれ」


アコニーはその言葉で、倒れているヘルガに気付く。

口元の酸っぱい匂いから何かを思い出したのか、アコニーは瞬時に状況を理解してヘルガに話かける。


「ヘルガ~ 大丈夫~?また船酔いとは、だらしないぞ~」


そう間の伸びた声を掛けながら、ヘルガを起こそうと彼女の前に座り、その体を抱え起こして顔をぺしぺしと叩く。

頬を叩かれ、少々正気を取り戻したヘルガが、顔を守ろうと弱弱しく手を上げる。


「ちょ… やめ… って、あんた平気なの? 前に船に乗った時は一緒に吐いてたのに…」


「あははー ここんところ鍛えまくってるから色々とタフになったんじゃない?」


そう言って、アコニーはポンと自分のおなかを叩く。

見れば、腹筋がうっすらと割れている。

ほんの数か月前までは、ぽっちゃりケモ娘を代表する体形であったが、今では若干ながらメスゴリラ化への道を進み始めている。

出来ればあまりメスゴリラ化はして欲しくないのだが。目の保養的に…

そんな体つきを見ながら、筋肉隆々のケモノ娘の未来図を想像していると、じっくり見過ぎたのかアコニーが抗議の声を上げてきた。


「社長。めっちゃ見過ぎ!流石にじっくり見られると恥ずかしいです」


そういってモジモジと自分の体を抱くように体を隠すが、それで逆に寄せて上げて効果により胸の谷間が強調されてしまっている。


「いや、すまん。そんなじっくり見てるつもりは無かったんだが…」


そう言いつつも、視線は新たに強調された胸の谷間に行ってしまうのは最早不可抗力だ。

そんなあまり反省の色のない拓也に、アコニーは顔を膨らませて立ち上がる


「社長ってば全然反省してないじゃないですか!」


ぷんすかと怒る彼女、だが彼女は重要な事を忘れていた。


「どうでもいいが、急に手を放したから、相棒が頭ぶつけて倒れてるぞ?」


案の上、急に手を放されたために甲板に後頭部から落ちるヘルガ。

それに気付いたアコニーは慌てて彼女を抱え起こす。


「あー!!ヘルガー!」


見ればヘルガは巨大なたんこぶを作って目を回していた。

そんな感じでギャーギャーと騒いでいると、当然の如く船内の注目が彼らに集まり、いつのまにか拓也達の周りには何人もの人が集まってきていた。

大半が、また奴らかというノリで片づけていたが、野次馬の中でも少々毛色の違う二人組が心配そうに拓也達の方に近寄っていく。


「一体どうしたんですか~?」


「あ、荻沼さん、それに教授まで!お騒がせしてすみません、ちょっと船酔いが酷い者がおりまして…」


「まぁ 船酔いですか~

よろしければ、薬とかいりますか~?実は私も飲んでいるので持ってますよ~」


そう言って荻沼と呼ばれた女性がピルケースから錠剤を取り出す。

良い人だ。

ちょっと見た目がおっとりし過ぎている残念美人かと思っていたが、意外にしっかりしている。


「あぁ、ありがとうございます。彼女の目が覚めたら飲ませておきます。

それにしても、護衛が護衛対象から心配されるなんて何だかあべこべですね」


そう苦笑いしながら薬を受け取る。

拓也はヘルガに薬を飲ませるが、その間にアコニーは彼女に礼を言うとそのまま談笑を始めている。

彼等とは、まだ出会って日が浅いはずだが、みんな結構打ち解けているようだった。







遡る事数日前


国後島


石津製作所


日に日に夜明けが早くなり、朝焼けに照らされる街の中

その外縁の一角を形作る港の片隅。

朝日の中の石津製作所の前に、多数の人影が整列している。

おしゃべりに講じる者、眠たそうな目を擦る者など様々だが、その全員が突如として始まった軽快なピアノの音に合わせ身なりを正す。


『腕を前に大きく上げて背伸びの運動からー』


あらかじめタイマーでセットされたラジカセから日本人になじみの深いラジオ体操の声が聞こえてくる。

時刻は7時50分。

石津製作所では10時の休憩分10分が、始業時間を10分早めることで確保されている。(書類上は8時始業だが)

操業開始から約半年、石津製作所は立派な中小企業のとしての道を歩んでいた。

そして短い体操の後、社長の拓也が前に出てくることでその日の朝礼が始まった。


「おはようございます」


「「おはようございます」」


拓也の挨拶と同時に皆が唱和する。

声がぴったり合っているあたり5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾の5つの頭文字のS)の躾が良く出来ていることがうかがえる。


「えー 年度も新しくなりまして、4月最初の全体朝礼を始めます。

皆も知っての通り、来週から私と警備事業部のメンバーで大陸の調査に向かいますが、今日はその件で皆さんに紹介したい人たちが居ます。では、どうぞ」


拓也のその合図で三人の人影が前に出る。

最初に出てきた二人は何処か普通の感じだったが、最後の一人は別だった。

髭面にドレッドヘアー、それにぎらっとした鋭い眼光。

明らかに普通じゃない…

そんな皆の注目が一人に集中しているのを無視して拓也は話出す。


「えー 出てきていただいた順に紹介します。

初めに、今回の大陸行きの護衛対象である北大から来ていただいた漆沢教授と助手の荻沼さんです」


拓也の紹介に教授と呼ばれた壮年の男性と、どこかおっとりした風体の助手の女性が会釈する。


「特に教授は農獣医学部で教鞭をとりつつ、アフリカなどでのフィールドワーク経験が豊富な逸材だそうで、国からの推薦があったそうです。

今回の我々は大陸での生態系や風俗を調査する教授の護衛です。

鉱物資源の探査は国の方が大々的に開始していますので、我々はそれ以外の調査活動がメインですね。

これから出発までの間にこちらに滞在して準備を進めますので、何か手助けが必要と思われる時は進んで手伝いをお願いします」


その後、教授たちから短い挨拶が有るたび拍手出迎えられるが、社員たちの視線は彼らには向いていない

教授たちの紹介中も自分のドレッドヘアーを弄っていたあの場違いな男は何か… 皆の意識はそこに集まっていた。


「えー そして、その横に立っているのが(しゃく) 須波朗(すぱろう)船長です。」


「酌です。よろしく」


その破天荒な見た目とは裏腹に短く丁寧に挨拶をする酌船長


「彼は、今回の大陸行きの為にチャーターした船の船長です。

酌さんは、転移前から蟹を巡ってロシアの国境警備隊相手に立ちまわっていた、日本人としては珍しい実戦証明付きの船長です。

オホーツクの蟹が不良の時は、長躯ベーリング海まで足を延ばし、アメリカの蟹漁船の縄張りを荒らしまくったというのが面白いですね。

まぁ その時、運悪くアメリカの蟹漁船を襲っているのをテレビ番組のカメラに撮られてしまったため、それ以降は貨物船に鞍替えしているそうですが、実に逸話が格好良いです。

今後も海を渡るときは船長の船を使おうと思いますので、これからもちょくちょく来社されますから見かけた際は挨拶をお願いします」


そういって拓也の紹介は締めくくられる。

え?海賊?漁師?

明らかに堅気ではない雰囲気を纏った人物の登場に皆が戸惑う。


「あぁ それと、今回の大陸行のメンバーは朝礼後に会議室に集合。

事前の打ち合わせを行います。なにか質問はありますか?」


拓也はそう言って聞きたいことがある奴は手を上げるように言うが、質問と言われても有りすぎて困る。

何から質問すべきかと皆が迷っていると、手が上がらない事に特に質問なしとみなした拓也がそれを打ち切った。


「特に質問もないですね。

じゃぁ本日も業務を頑張ってください。

では、今日も一日。ご安全に!」


「「ご安全に!」」


皆が「あぁ 聞きそびれた」と色々な事を思いながら復唱する。

朝礼は終わりだと自分の持ち場に着くよう拓也に追い散らされ、そんな皆が好奇心を満たされることなく解散させられた後

警備事業部の面々と彼らは会議室に集まっていた。






「…と、いうことで我々の向かうエリアは、軍の先発調査団の後に続き辺境伯領内を巡ることになります。

ですが、我々の調査エリアには旧亜人居留地は含まれてないので、今回は残念ながら今回は素通りです」


政府から開示された地図を元に、ホワイトボードに描いた大陸の一部を拓也は丸で囲む。


「え~~~ 故郷の様子が見たかったのに…」


アコニーが不満そうに叫ぶ。

そして、今回の大陸行予定の他の亜人達も同意するように頷いた。


「今回の契約にそのエリアが含まれてないからしょうがない。

契約の調査は現地文化風俗と生態系の調査。

人口が激減した旧居留地で風俗を調べるより、辺境伯領を調査した方が良いと言うのがお上の判断です。

まぁ旧居留地の調査は軍の資源調査隊がやるそうだけど、そのうち仕事が有れば行けるかもね。

それとも何?やっぱり故郷に帰りたい気持ちが強い?」


拓也の帰りたいかの問いに亜人達全員が考え込む。

その中で最初に口を開いたのは、不満を叫んだアコニーではなくヘルガだった。


「確かに故郷は恋しいけれど、こっちの生活に慣れた以上、もう昔の生活には戻れないわ。

電気も水道もネットもお菓子も手ごろな価格で服が買える"ファッションセンターしもむら"も無いあそこには、もう暮らすなんて無理よ」


彼女の意見に考え込んでいた全員が頷く、文明の利器と言える電化製品から、楽に安全な水が手に入る水道に安価で手に入る菓子類

それに最近はファッションセンターしもむら国後店がユジノクリルスクに出来た事により、彼らの服装に革命が起きていた。

それまでは服と言うのは高価なもので、そう何着も持っていなかった。

それが毎月のお給金から、生活費を引いた後でも何着も買える!(木綿や羊毛の供給が止まった今、合成繊維の服しかなかったが)

ヘルガ・アコニー・カノエの三人組など可処分所得の大部分を服飾費に充てている。

特にヘルガはスウェットの着心地が気に入ったのか、休日は大抵それである。

髪の毛が金髪なこともあり、少々尖ったドワーフの耳を隠せばドソキホー〒によくいそうなギャルそのものと言っていいほど日本の服飾文化になじんでいた。

ちなみに亜人達が買い物へ行くのに一番好きな所はイヲンだそうだ。

時々北海道へと渡る拓也達の荷物持ちとして同行し、そのついでにイヲンに連れて行ってもらうのが彼らの憧れとなっている。

この前など、あまりにイヲンが好きすぎて、覚えたての字で「イヲン北見店まで直線距離150km」とか勝手に看板を立てていたのには驚かされた。

そして、そんな物質面の憧れ以外で彼らの心を捉えているのが、インターネットの普及である。

ネットを使用するに辺り日本語能力は必須であるが、就業上の必要により、彼らには日本語教育が業務外で行われている。

本来は語学教育は長い時間が掛かる物だが、ある偶然とネットの組み合わせにより驚くべき速さでそれは進んでいた。



石津製作所での従業員への教育にて、語学教育が始まってから暫くしての事

頭の出来の良いものと悪いものとで習得に差が開きつつあった時期に、有る人物の提案からすべては始まった。


「社長。皆に勉学をさせるなら、いい秘薬が有りますよ?」


そう声を上げたのは、何かと騒動を起こす三人娘の一人、カノエであった。

彼女から聞く所によると一時的に記憶力を増す薬らしい。

これを飲んで授業を受ければ、効率的に理解が進むそうだ。

正直な所、ケモノ娘とロリドワーフとつるんでるオッパイの大きいだけのねーちゃんかと思っていたら、意外な特技を持っていた。

他にも魔法薬の調合が出来るとの事なので、ちょっと人事異動をしようかと拓也は思った。

こんな特技を持っているのに、部品のキット化作業(部品を製品の組み立てに必要な量をパック詰めする単純労働)をやらせておくのは勿体無い。

ちなみに、ここに来る前は何をしていたのか聞くと、「色々」と答えるだけで答えをはぐらかす。

まぁ しつこく追及して、仮にヘルスで働いてました系の返事が返ってきたら此方も気まずいので、答えたくないのならあまり深くは追及しない。

そんなこんながあり、日本語の授業前に亜人全員にその秘薬を服用させてみたところ、効果は覿面だった。

今まで、何度教えても忘れただの判んないだの言っていた某ケモノ娘を含め、全員が一度教えた個所は完璧にマスターしていく

特に漢字の勉強等、暗記が必要とされるところには効果抜群だった。

しかし、物事には光と影がある様に、この薬にも欠点がある。

薬の効果が表れている間は服用者の脳にかなりの負荷がかかっているのか、ほぼ例外なく目から生気が抜け半開きの口から涎がしたたっている。

それでいて授業内容を口の中でモゴモゴ喋って復唱しているもんだから、知らない人から見れば集団でラリッているようにしか見えない。

一発で通報されかねない光景である。

授業光景は非常に難があるが、それを補って余りある勢いで日本語を習得していく彼ら。

そんな彼らが高度化したネット社会に触れるのには、さほど時間はかからなかった。

寮に置かれたパソコンを使い、最初は此方の世界の事を調べてみたりする程度であったが、その内徐々にネット文化に毒されていく

チャットや掲示板などで外部とコミュニケーションを取り、意地の悪い輩にからかわれては煽り耐性を身に着けていく彼ら

一度、一部の馬鹿がエロサイト巡りでウィルスに引っ掛かり、使用禁止令を出したところ、寮の全員が犯人を簀巻きにして使用再開を懇願してきたときは、

インターネットの影響の大きさに大いに驚いた。



そんな出来事も有り、社内の亜人達は確実に此方の文化に染まりつつある。



「そうか… まぁ会社としては帰られると教育に費やした分だけ無駄になるので、絶対に逃がさんと思ってたからその方が都合がいい。

…って、そんな話はさておき調査の話に流れを戻すが、政府から依頼された主な任務は二つ。

一つは、教授たちの護衛による生態系(というか生物資源)の調査。

そして二つ目が、現地住民への文化調査及び此方の文化の伝播。

政府はハッキリ言ってないけど、絶対これって文化帝国主義を実践しようと思ってるね。

武力じゃなく文化による拡大。まぁ ある意味平和な生存圏拡張政策だわ」


はっはっはと笑いながら政府の意図を予想する拓也。

だが、それはおっとりとした声に遮られる。


「え~ でも~ それだと、文化の独自性が失われるんじゃないでしょうか~」


どこか抜けたように間延びした抗議の意見。

文化の伝播は、受ける側からすれば文化侵略と言う一面を持つ。


「荻沼君の言いたいことは良くわかる。

下手に干渉せずにいた方が、文化の独自性が保持されるのだろう?

学者としてはそちらが正しいように思えるが、今回の調査には札幌の政府の思惑が一枚噛んでいるから多少は我慢しよう。

なに、強い芯の通った文化であれば、機械文明の利点を吸収し、更に高次の文化に昇華する。

まぁ 我々はメインの目的である生態系の調査に尽力しようじゃないか」


「漆沢教授…」


おそらく教授も似たようなことを前々から考えていたのだろう。

荻沼さんの横に座っていた漆沢教授は、既に自分の中で回答を見つけていたのかスラスラと彼女の危惧に対して回答する。

芯の通った文化であればと言う前提条件付きの解答だが、今の北海道にはあまりそこらに対して配慮している余裕は無い。

獣医としてアフリカなどの途上国を駆け回った若かりし頃、その土地の人々と触れ合い、相手の文化に対し敬意を払う事の意味を誰よりも理解していた教授の言葉は

不確定な希望に縋るようであり、そう語る教授ははにかんだ笑顔を浮かべていたが、それにはどこか暗い影が感じられた。


「こまけぇ事は良いんだよ。

どんな事情が有ろうと仕事はキッチリやるのが俺のポリシーだ。

今話すべきことは、何時何処に何を俺は運べばいいのかという事だ」


微妙な空気を感じ取ったのか、それを打ち破る様にして、ふんぞり返りながら自分の言いたいことを言うのは酌船長。

その一言で空気が変わった事は有難かったが、その様子を見て拓也は思う。

ふんぞり返るのは良いが、机の上に足を載せるのはヤメロ…

人の会社の会議机に足を載せるという行為は気に入らなかったが、彼が流れを変えてくれたことで、その後の打ち合わせはつつがなく進行していく。

大体の概要は政府との契約により固まっていたため、話合いの内容としては大陸に渡るメンバーの紹介がメインのような感じになった。


*調査隊メンバー*


漆沢教授(団長)

荻沼研究員(副団長)


石津拓也(護衛隊リーダー:社の方針決定)

エドワルド(戦闘指揮)

アコニー(護衛その1)

ヘルガ(元行商人の為、現地情報に精通しているとして抜擢)

カノエ(魔法薬などの知識から)


その他に戦闘要員としてエドワルドの部下であるセルゲイとイワン(内務省警察から応援と言う形でエドワルドが呼び寄せた)、そして警備部の獣人が6名

最初は嫁のエレナから、社長自ら危険な大陸行に参加するのはどうかと言う意見もあったが、既に各事業部の維持だけならサーシャとエレナでも回るような体制にはしている。

それに警備部の初仕事から躓くわけにもいかないので、自分も同行すると尤もらしい説明でそれらを黙らせた。

まぁ 本音の所は元バックパッカー旅行者だった時の思い出がよみがえり、未知の大地の探検と言うイベントにワクワクが止まらなかっただけなのだが…

そして危険があると言っても、武装したエドワルド達ロシア人兵が居れば、戦闘経験の浅い亜人達をカバーするどころか、彼らだけでも十分な気もするし…



と、そんな形で会議も終わり、場面は北海道沖を航行する船へと戻る。

先ほどまでやんややんやと騒がしかった甲板も、酔い止めを飲まされたヘルガがアコニーに背負われて船室に戻った事で、船のエンジン音と波の音が支配する元の平穏な空間に戻っていた。

その静かな甲板で拓也と船長は船首から海を眺めていた。

ヘルガと同じく酔い止めを飲んだ拓也の顔色も、今では随分と良くなっている。

そんな彼らの視線の先にあるのは、緑の多い海岸線。

そして、その進路の先には、喫水の深い船でも着岸できるよう先行した軍が築いた艀を連結して作った仮設の埠頭と、停泊している輸送船が見える。


「ようやっと着いた…」


待ちくたびれたかのように拓也が言う。


「そうだな。

よし、そろそろ到着の準備をするためにブリッジへ戻るとするか。

そっちも上陸準備するよう他の連中に言っとけよ。まぁ 俺も他の連中を見かけたらそろそろだと言っておくが」


そう言って船長は拓也の肩を叩くと、ブリッジに戻ろうと踵を返す。

だが、そこで拓也はある事に気が付いた。


「そういえば船長。船長はいつワクチンを打ったんです?」


「は?ワクチン?インフルエンザとかか?」


何で今、そんな事を?といった表情で船長は拓也を見る。


「いや、アコニーやヘルガ達と普通に話てましたよね?」


「だから?」


「いや、言葉が通じるようになるのは、亜人の免疫から作ったワクチンの作用だと聞いていたので…

見れば船長普通に話せるし、ウチとの仕事の前に打ったのかなぁと」


そこまで拓也は説明するが、船長の頭にははてなマークが浮かんでいる。


「いや、そんな変なモンは打った事無い」


「…え?」


船長は何だそれはと聞いてくるが、拓也はその船長の言葉に驚いた。

ワクチンを接種する以前は確かに彼らの言葉は通じなかった。

その為、他の従業員に手当まで出してワクチンの接種に行かせたものである。

それが、船長はワクチンを接種してないのに言葉が通じている。

それでは、彼女たちが覚えたての日本語を使っていたのかと思い返すが、いや、彼女たちの発音は日本語の物ではなかった。

翻訳されて脳が認識する為、意思疎通は出来るが、発音だけを思い出してみると日本語のそれとは違う。

おそらくは、未だ政府も掴んでいない何らかの現象が起きているのかと拓也は仮定するが、一番の心配事はそれではない。


「ワクチンなしでも意思疎通可能とか… なんの為に金払ってワクチン打ったんだよ…

…まぁ、効果が出るのが数か月早かったからソコは割り切るとしても、副作用とか大丈夫か?…」


そう言って拓也は項垂れる

船長はその拓也の姿を見て不憫に思ったのか、ドンマイと声を掛け「まぁ 死にはせんだろ」と極端に楽観的な気遣いをしてくれた。

その後、船長がブリッジに戻り、拓也も「まぁ もう打っちまったもんはしょうがない」と吹っ切れ上陸準備のために船内へと消えていったのだが

この時、かれらはまだ知らなかった。


ワクチン無しでもこの世界に適応できるという事。接種者と非接種者の差異。


これらの事が、後に北海道を二分する大事件の前兆となる事を…












見仰げば木々の間から見える、透き通るような青空。

そしてその下の森の中を一直線に一本の街道が通っている。

まぁ 街道と言っても大したモノではない。

荷馬車か何かが通れるだけの幅しかない轍が続いている。

だが、それでも道には変わりない。

そんな木々に囲まれた道の上をエンジン音を響かせた車列が通過していく。

先頭は無骨な装甲車両、続いて屋根まで荷物を載せたバンにトラック、最後尾にはピックアップトラックが続いている。


「なぁ ヘルガ。随分と来たが、もうそろそろ最初の集落じゃないか?」


バンの運転席から、拓也が助手席のヘルガに尋ねる。


「この先の丘を越えたら村が見えるはず。行商で何度か来た事あるもの…」


懐かしい光景に、ヘルガはフロントガラスにへばり付く様にして前方を見つめながら拓也の質問に答えるが、その声は決して笑っていない

なぜならば、以前と山野は同じであるが、そこに住む人々は既に別物であることを上陸後に先行している軍から聞いていたからだ。


上陸後、拓也達の取った最初の行動は、先行している軍との情報交換だった。

車両の揚陸を船長に任せ軍の担当者を探すが、拓也は海岸の様子を見て驚いた。

橋頭堡を確保した軍は、海岸に調査隊の現地本部を設営し、最低限の陣地を造成すると、彼らに護衛され道内から来た土建屋が施設課とは別にインフラの整備を始めていた。

日頃の大型公共事業で腕を磨いた土建屋によって怒涛の勢いで拡張されていく施設群、そして同時進行で行われている現地調査の方も、かなり足を延ばしているらしかった。

やっと見つけた軍の担当者から聞いたところによると、この地域は紛争に対する賠償の一環で99年の租借をすることになったそうだ。

捕虜になった辺境伯は未だに北海道にいるが、彼の決定はすぐさま領地に伝達され北海道側のスムーズな進駐に繋がった。

その為、進駐に伴ういざこざも無く、既に周辺の集落は懐柔され非常に協力的らしい。

軍の担当者の言によれば、気分は日本降伏後の米軍だとか。

色々と辺境伯領に支援の予定はあるが、それらは全て勝者の余裕だと言う(実際、物資面の余裕は余り無いのだが)

更に話を聞くと、事前情報では周囲は戦乱で荒廃した亜人の居住地と言う話だったが、どうも現状は異なるようだ。

辺境伯の亜人討伐の後、殺されたり故郷を追われた亜人達に代わり、かなりの数の人族が入植してきているらしい。

亜人達の故郷は、既に彼らが知る物とは様変わりしていたのだった。


そんな事前情報があったため、懐かしい土地を見ても彼女の表情が晴れることは無い。

恐らく、故郷が人族に占拠されている姿を想像しているのだろう。

そんな彼女発する空気を読んで、少々暗くなってしまった車内を何とかしようと拓也が思っていると、先頭を走るBTR-80装輪装甲車から無線で連絡が入った。


『社長ぉ!前方に軍の設置した気球が見えます!もうすぐ到着ですよ』


その無線の通り、丘を登っていくと、その頂上から遠目には小さな気球が浮かんでいるのが見え始めた。


「お、見えてきたな。ヘルガ、ちょっと俺のタブレットPC取ってくれ。ネットワークに繋がってる?」


気球を視認した拓也は、ヘルガにタブレットを確認させる。

スリープを解除したタブレットには、ネットワークに繋がっていることを示すマークがついていた。


拓也達が視認した気球は、只の気球ではない。

気球無線中継システム

本来は災害時、ネットワークが寸断された時の為に道内各地に配置されていた物だった。

2010年代の中ごろに災害対策として全国に配置されたこのシステムは、10年の歳月をかけて改良され続け、更なる進化を遂げていた。

気球は2種類の通信機器を搭載している。

一つは半径5km以内の末端機器と通信し、もう一つは他の中継システムと通信している。

これは近くに基地局が無くても他の気球を介して情報が伝達され、ネットへの接続が可能となっている。

本来は災害用のシステムであったが、未開の地での通信用装備としての有用性を見いだされ、各集落に設置されることとなっていた。


「社長、ちゃんと繋がってます。それにしても、こちらでもネットに接続できるとか夢のようですね」


「だからって、あんまり変な情報をネットに流すなよ。政府から目を付けられるから」


「わかってますよー」


調査隊の一員として大陸に渡ってきたヘルガだが、その大陸でもネットにつながる事を確認すると、さっきまでのシリアスな表情から一転して笑顔になる。

ネットの有無で士気が激変するあたり、もう中毒なんだろうと拓也は思った。

運転席から横目でみると、人のタブレットPCを勝手に使って『大陸でネットなう』とか打っている。

それを見て「就業中にネットで遊ぶな!」と怒ろうと思ったが、それはこちらが怒るより先にヘルガの「集落が見えましたよ!」の声で掻き消された。

車列が丘を越えたため、前方に畑に囲まれた集落が広がるのが見えたのだった。


「おぉ、拓也君!着いたかね!?」


景色が変わったのと同時に歓喜を帯びた声が車内に響く

後部座席に座っていた教授は、嬉々としながら前方に身を乗り出してきたのだ。


「そうですねー。見たところあまり大きな集落じゃないようですがー… おっ 村の手前の畑に第一村人発見!

教授、声をかけます?」


「是非ともそうしてくれ」


教授の言葉にラジャーと拓也は朗らかに答え、拓也達の車列はしばらく道を進んだ。

そうして、街道の脇の畑で鍬をふるう男の近くまで近づいた所で車列を止めた。

普通、見慣れない連中が接近してきたら、逃げるなり警戒するなりすると思うのだが、以外にも男には警戒した様子は無い。鍬を立てて此方の様子を見ているだけだった。


「すみませーん」


車から降りた教授と拓也らは、数人の護衛と共に男に近寄っていく。


「なんでぇ、またお前らか。用があるなら村長の所に行ってくんろ」


男は手拭いで汗を拭きながら集落の方を指差す。

この村に来たのは初めてなのだが、男はうんざりした様子で答える

そんな、男の意外な反応に漆畑教授はどういうことかと聞き返した。


「また?我々は初めてこの村に来たんだが…」


「ん?お前ら、村にあの浮かぶ変なの置いていった奴らの仲間でないんか?

そんな変な乗り物に乗ってるから、てっきり仲間だと思ったんだが…」


「あぁ それは軍の先行隊の事だな。

まぁ 仲間って言ったら仲間か。系統は違うんだが、同じ国から来たんだよ」


「そんなら、やっぱり村長の所に行ってくれ。

おらぁ今、これからカブ畑を開墾するのに忙しいんでよ」


そういって、男は鍬を手に取ると大きく振りかぶる。

ガっという音と共に種蒔き用の溝が掘られていくのを見て、教授の後ろに控えていた拓也が声を掛けた。


「はぁ カブねぇ… 他には何を作るんです?」


今では工場経営をやっているが、元は農家の次男。

拓也も新世界の農業には少々の興味があった。


「うん? そうだな。麦、カブ、それからジャガイモやカボチャとかの野菜だな。

今から作付するカブは、冬にやる羊の餌だよ」


それを聞いて拓也は少し考えてから教授に耳打ちする。


「教授… 聞きました?」


「ん?あぁ 聞いてたよ」


「自分はてっきり、暗黒時代のヨーロッパ的な農業を想像してたんですが、断片的な情報ですが既に混合農業レベルの事をやってそうですね。

それに、カボチャとかジャガイモとか… あれって自分らの世界では南米原産でしたよね?

一体、こっちの植生ってどうなってるんでしょうか」


「わからん。だが、分からんからこそ知的好奇心が湧いてくるものじゃないかね?後で家畜も見せてもらおう」


「そうですね」


そこまで拓也は教授と話すと、拓也は再度男に向かって話かける。


「すいません。出来れば、羊とか家畜も見せて欲しいんですが、大丈夫です?」


「うーん… それは構わんが、まずは村長に聞いてからにしてくれ。

今なら丁度、家畜小屋の拡張作業しているはずだよ。

いやー、亜人から土地を奪っておいて何だが、奴らの家畜小屋は小さくて駄目だ。

やつらは馬鹿だから、いつまでも時代遅れの農法でやってたんだろうな。

教会を拒否するもんだから、いつまでも新しい農業が広まらん。全く馬鹿な奴らだよ」


男は、亜人を馬鹿にしたように笑うが、それを聞いていた拓也らは作り笑顔のまま笑えない。

後ろの車列にその亜人がわんさかいるのに、一緒になって笑っていたら何されるかわからない。

そんな中、不意に背後でカシャっという金属音がしたので振り返ると、装甲車の砲塔から半身を乗り出したアコニーが、AKのコッキングレバーを引いて装弾を確認している。


『撃って良いですか?社長』


レシーバー越しに聞こえるアコニーの抑揚のない声


「駄目だ!撃つなよ。絶対に撃つな!」


拓也は、慌ててレシーバーを使って自制を求めるよう言うが、良く見れば他の亜人達も目が座っている。

元々ここは奪われた彼らの土地であるうえ、馬鹿馬鹿と言われて、かなり頭に来ているうだ。

拓也は、ファーストコンタクトでトラブル起こすのは本当に止めてほしいと思い、目の前の農夫がこれ以上何か言う前にさっさと立ち去ろうと決めた。


「じゃ、じゃぁ言われた通り村長に会ってみるよ。色々ありがとう」


そう言って、拓也らは農夫の返事を待たずに逃げる様に踵を返す。

そして、車に戻る途中、拓也は教授に並んで歩きながら小声で話かけた。


「教授、コッチの都合で申し訳ないんですが、早く辺境伯領に向かった方が良いですよ。

みんなやっぱりピリピリしてるし…」


「う~む… 仕方ない。騒動を起こされたら後々困るし、ちょっと家畜を見せてもらってから出発するか…

本当は現地の風俗とかも堪能したかったんだが」


「それは、もう少し時間が経ってからにしましょう。

今はまだ、彼らの精神的な傷が癒され切っていないので…

彼等も、こっちより北海道の文明に留まる方が良いと思っているから自制していますが、そうじゃなかったら何が起きたかわかったもんじゃないですよ」


「そうだな。今回は触り程度にしておくか…」


そう言って彼らは車内に戻り、村長の居所を教えてくれた農夫に手を振って村の中へと向かう。

村は、畑に囲まれた中心に家や村の共同の建物が立っている小さなものだった。

それも入植者たちは亜人達の建物をそのまま利用しているようで、未だ入植から間もないと言うのに既に村としての体裁を整えている。

そんな集落の中でも、探している村長の家はすぐに見つける事が出来た。

なぜならば他の家に比べて若干大きい(おそらく亜人の集落だったころから集落の長が暮らしていたのだろう)のと無線用の気球から繋がれた索が家の横に置かれた機材に繋がれていたので良く目立った。

そして、目当ての村長の方も、拓也達の車列が村の中に入るなり、聞きなれない複数台のディーゼルエンジンの音を聞いて、母屋の裏から飛んで出てくる。

音の発生源の拓也達を見るなり、一人近づいてくる白髪で髭を生やした痩身の老人。


「わしはこのトーレス村の村長をやっている者じゃが、あんたらは何の用じゃ?」


"最早何が来ても驚かない"といった表情で、村長が開口一番に発したのはそんな言葉だった。


村長に聞く所によると、拓也達の前に来た軍の調査隊は、村長に付近に何か知っている資源が無いかどうかを聞いた後、村長の許可を得て例の気球や電源としてのソーラーパネル等を設置していったそうだ。

それも土地の使用料という事で、小麦や砂糖といった食糧やラジオなどの機械を代価として置いていったそうだ。

初めてみる車や通信機器など、最初は色々な物に驚いていたそうだが、何隊かの調査隊が通過するうちに、いちいち驚くのにも疲れたそうだ。

いまでは、見るもの全てをあるがままに受け入れようと悟りの境地に達しているらしい。


「まぁ そんな事で、お主等の国の人間には色々と必要な物を貰ったからの、家畜ぐらい幾らでも見せてやるさ。ついてこい」


そう言って、村長は踵を返すと拓也達に付いてくるよう言う。

拓也達は車を降りると村長の後ろを付いていくが、ふと途中で村長の家から歌が聞こえてくるのに気が付いた。

開いたまんまの戸口から家の中が見える。

そこにあったのは台座の上に置かれたラジオとその周りを囲む子供たち。

流石に大人達は働きに出て行っているようで姿は見えないが、まだ幼い子供たちは目新しいラジオに興味津々らしい。

どうやら、文明の機器であるラジオは彼らの心を捉えたようだ。

ラジオから流れる音楽に子供たちは皆笑顔で聞き入っている。


「教授~。子供たちがラジオの歌を聞いてますよ~。何を聞いているんですかね~」


「う~む。私は流行の歌には疎くてね… それにしても政府は色んな物資で住民の懐柔を行ってるな。

物資統制下で配れるものは限られるとはいえ、実に効果的に彼らの心を捉えている」


「簡単なラジオなら部品も少ないですしね~。それに砂糖なら道内で大量に作ってますし、小麦も自給可能なレベルですから、コッチにばら撒いても平気ですしね~」


「うむ。特に砂糖は道内需要の6倍も生産力が有るからなあ…って荻沼君、見えたぞ」


村長に導かれるままに母屋の離れに来てみると、そこは一面白と茶色のもふもふであった。


もふもふもふもふ…

ふわふわの毛の塊が平べったい団子の様になっている

柵で囲われた大量の羊。白や茶色の毛をした羊が大量にいた。


「おぉ 羊が一杯いますよ。一体、何匹くらいいるんですかね?」


拓也の感嘆の声に村長は少し機嫌よさげに答えてくれる


「ここには100頭くらいかのう。

元々この小屋にいた家畜は、兵士たちに食われちまっとるが、今いる羊の為にこれから家畜小屋も広げてもっともっと数を増やしていこうと思うとるんじゃ。

沢山の家畜を飼う事が、ここに来る前からの夢じゃったからのう」


そう言って、うんうんと村長は頷いて夢を語る。


「しかし、村長。この羊たちは入植時に連れてきたのですか?小屋に入らないとなると結構な数を持ってたんですね」


家畜小屋に入りきらないという事は、もともといた家畜より多い数を何処からか連れてきたはずだ。

教授は柵に囲まれた羊たちを見て言う。


「いんや、わし等は入植民は大概が水飲百姓だったよ。

わしの親父の代の時に、教会から新しい農法やら北の帝国で栽培されている作物が紹介されてな。

口減らしするほど食う物に困らなくなってからは、人が増えすぎて働ける畑が足りなくなっての。

街に出ても仕事は無いし、農村に残っても人は余ってるから地主の所で汗水たらして働いても給金は雀の涙。

それでも人が増えるから、楽に稼げる野盗に身を落とす奴もかなりに数になってな。

飢え死にはしない程度に貧しい民が増え、野盗がいくら潰しても湧いてくる有様を見かねた前の領主様が、この地を征服してわしらに与えてくださったんじゃ。

それも、入植者の為に羊を買い集めて貸し与えて下さるという心遣いには、みんな泣いて感謝したよ。

1家族に付き10頭。ここの村では10家族で100頭の羊じゃ。今は村の羊をまとめて飼育して増やしての、早く領主様に借りた分の羊をお返ししようと頑張っているところじゃよ。

聞く所によると、亜人征伐の途中で領主様は亡くなられたそうだが、この恩は辺境伯家へ絶対に返すんじゃ」



そう言って村長は幸せそうな笑みを浮かべる。

その後、教授らが家畜の種類や健康状態、畜産のスタイルを確認し、村を離れるまで村長は終始笑顔であった。

拓也達は調査対象を調べ終わると、村長に礼を言って車列に戻る。

そして、いざ出発と言う時にも、村長は見送りに村の入り口まで来てくれた。


「おう、お主ら。

辺境伯領に行くなら盗賊に気を付けるんじゃ。

今は戦の後で兵隊の警備が手薄なのと、故郷を追われた亜人の盗賊が復讐に領内を荒らしているって噂がある」


「はぁ ありがとうございます。

でも、盗賊とかが跋扈しててこの村は大丈夫なんですか?」


拓也は、礼を言いつつもこの村の心配をする。

そんな亜人の盗賊が暴れまわっているなら、真っ先に入植地が狙われそうな気がするのだが…


「わしらは武装して入植してきたからな。

そんじょそこらの村よりは、武器が充実してるよ。まぁこれも兵隊の使ってた中古品を領主様がくれたんじゃがな」


「屯田兵みたいなもんですか… わかりました。では、また帰りに寄ると思いますが、我々はこれで失礼します」


そういって拓也が手を振るのと同時に車列が動き出した。

村長は車列が見えなくなるまで見送ってくれたが、見送られた当の車内では、不穏な空気が流れていた。


「社長。やっぱり、どんな事情を聞こうが彼らに感情移入は出来ません。

私たちの土地を奪ったという意味で、私たちから見れば彼らも盗賊と大差が無いですし…」


そう不機嫌そうに語るのは助手席に座るヘルガ。

彼女には拓也らが村長から聞いた話を話てみたのだ。


「やっぱり、遺恨の根は深いか…」


「当たり前です!

私はまだ、仕事が工房の生産物を売る行商だったからこの程度の怒りですが、元々地場にべったりで畑やってた人たちの怒りはこんなもんじゃないと思いますよ。

アコニーとか、ここから見ても目が怖かったですし」


「どうにかならんもんかなぁ… 教授、こりゃ北海道開拓期のアイヌもこんな感じだったんでしょうかね?

いや、なんでそんな事聞くかって言うと、北海道の農家って大抵が内地からの入植者でしょ。

自分の実家もその家系なので、夢を抱いて入植してきた彼らの気持ちも何となくわかる気がするんです」


そう言って拓也はどうにもならないものかと尋ねる。


「う~ん、どうだろうかな石津君。

北海道の場合はアイヌと追い出して土地を奪ったというより、彼らを同化させ大自然と戦いながら開拓したという感じだからな。

まぁ 彼らの狩場を奪って文化を破壊したという点は侵略と変わりはないが…

だが、コッチの場合は、住民を完全に追い出して入植を行っているから、ガザ等のパレスチナ情勢に近い気がする。

まぁ 何にせよ火種になるのは間違いないよ」


拓也達は、平穏そうに思えない亜人達の未来を想像して表情が曇る。

難民と入植者の紛争… まぁ 自分の会社的には儲かりそうであるが、社員の精神安定を考えた場合、あまり歓迎されないのは明らかだった。








拓也達が大陸でそんなやり取りをしている頃、辺境伯領の中心都市プラナスでは王国と北海道側の交渉が行われていた。

もっと正しく補足するならば、プラナスが接する湾の上、北海道側が用意した船上である。

その転移前は太平洋を行き来したフェリー内に特設した会議室に両国の代表が集まっている。

北海道側の鈴谷宗明を団長とする交渉団と、王国側のロドリーゴを団長とした交渉団が対峙する様にテーブルに座っている。


「何度も言うようだが、平和を愛する我々としては停戦する事には異存はない。

だがしかし、この要求は断固として受諾しかねる!」


ドンッとロドリーゴは握りこぶしでテーブルを叩く。

数日前から始まった停戦交渉は、ヒートアップしたまま平行線をたどっていた。

双方が譲らない懸案…

それは辺境伯領の処遇であった。

王国側としては領主が王殺しという大罪人の為、改易してその領地を取り上げる算段であるが

北海道側としても今回の騒乱の責任と礼文の賠償を辺境伯領から求める為、取り潰されるわけにもいかない

(最も、礼文と北海道西方沖での紛争の責任者であるゴートルム王と辺境伯領は死亡しているため、損害賠償のみになる予定だが…)

そして何より、アルド亡き後、辺境伯領の家督を継ぐべきクラウスは北海道で虜囚の身である。

それも北海道の技術を身に着けようと日夜勉強に励んでいる。

北海道の後ろ盾を得た自領発展を夢見るクラウス。

辺境伯領を資源の供給源及び将来の市場と見込んで大陸への足掛かりとしたい北海道連邦政府…

当然の事として、改易を素直に受け入れるわけは無かった。


「今回の紛争により、我々は多大な損害を受けた。

戦費に加え、領土の一部を焼き払われたのだ。損害賠償を求める権利がある」


鈴谷は睨みつけるようなロドリーゴの視線を真っ向から受け止めて応える。


「それについて、我々は降伏したわけではない。

支払いは一切拒否する。

それに、このエルヴィス辺境伯領の独立承認という要求は何だ!?

改易の決まった辺境伯領を安堵して、王殺しの大罪を見逃せと言うのか?」


「この件について、そちらの法はどうなっているかは知らないが、我々の価値観では罪は犯した者が償うべきで、その家族が背負うべきものではないと考える。

それに辺境伯領では現当主であるクラウス・エルヴィス氏の許可の下、我が軍の調査隊が既に多数上陸している。

仮にそちらが武力にて辺境伯領を制圧した場合、何かの手違いで戦端が開かれるのはお互いにとって不幸な事態になる可能性があり

よって、王国側には調査隊の安全を確保するために辺境伯領の独立を承認し、今後は不干渉の姿勢を取ってもらう必要があると我々は考える。

なお、この独立は、改易の命令を拒絶したクラウス・エルヴィス氏の提案である。

まぁ そちらが改易を取り下げ、我々の活動に不干渉を確約するのならば、我々の要求もまた違ったものになるが…」


鈴谷が含みを持たせた物言いでロドリーゴに対峙する。

つまるところ、辺境伯領は既に俺たちが手を出しているから関わるなという事である。

それに、北海道側は先の戦勝の影響が残っている内に大々的な資源探査を認めさせ、紛争の賠償金として道内の産業を生き返らせるための資源開発を行うつもりなのだ

その為には調査隊の安全と友好的な地域の確保が必須となる。

亜人の居住地も飲み込んだ広大な辺境伯領内での自由の確保は、まさに北海道存続への第一歩だった。



「そちらの価値観など関係ない。これは我々の問題だ。

それに軍が上陸だと?停戦を呼びかけながら、戦線を拡大しようというのか!」


鼻息を荒くしてロドリーゴは鈴谷に問い詰めるが、彼は涼しげな顔色を崩さない


「別にこちらに領土的な野心はありませんよ。

我々は此方の世界に来て日が浅い。よって此方の事をより理解する為にも色々と学ぶ必要がある。その為の調査隊です。

だが、しかし彼らも自衛のために武装はしていますから、手を出された場合、そちらの安全は保障できない。

なぜならば、既に先の戦闘で我々の力の一端を垣間見たと思われますが、我が軍は航空兵力と同じく陸上兵力も同様に精強ですから」


「ぐぬぅ… ふん!だが、我々の竜人部隊の再編もすぐに完了する。

いかな精強な軍とて、竜の対地攻撃からは逃れられまい」


ロドリーゴは鈴谷の恫喝とも取れる物言いに昂ぶる気持ち抑え、平然たる態度で手持ちの竜人部隊のカードを切るが、その胸中は複雑であった。

なぜならば、竜人部隊の再編は完全なるブラフであり、未だ再編のめどは立っていない。

その上、箱舟の修理も終わらず、諸侯の軍勢が所領に戻ってしまった(辺境伯領の占領の為に)今、早急な軍の動員は出来ないのが現状であった。

例えブラフだろうと外交は舐められたら負けである。

ロドリーゴは、王国の実情はどうあれ決して侮られるような態度は見せない。


「ふむ、何か勘違いをなさっているようなのでもう一度言わせてもらいますが

我々の辺境伯領での活動は、侵略ではなく辺境伯の許可のもとに行っている調査である事を忘れないでいただきたい。

我々は、不要な戦線の拡大は望んでいない。

降りかかる火の粉は完膚なきまでに叩き潰すが、寛容な態度には寛容で対応させていただく。

具体的に言えば、そちらがエルヴィス家の改易を取り下げ、辺境伯領の周囲で蠢いている軍を引かせれば、強硬に辺境伯領の独立を要求することは無い」


「辺境伯領周囲の軍だと?」


「我々の偵察によれば、周辺のエリアに複数の軍が準備を重ねている事が確認されている」


先の戦闘後、諸侯には目立った損害は無い。

そんな彼らは、王家の統制が低下したこともあり、独自の軍事行動を開始していた。


「それは諸侯が改易後の分割を当て込んで行っていることだ。王軍の指示ではない」


「それを止めて頂きたい」


鈴谷は食い入るようにロドリーゴを見つめ要求する。

確かに北海道側の装備であれば陸戦に於いても王国側の軍を易々と討ち滅ぼすだろう。

だが、それを行う遠征には兵数も兵站も全てが足りていなかった。

局地戦で片付けばいいが、仮に深みにはまり、泥沼化すれば占領地を確保できるほどの兵は居ない。

それに空軍の備蓄弾薬は先の戦闘により底を尽きかけているし、大規模な遠征は、物資統制経済の微妙なバランスの上で命脈を保っている北海道の産業に深刻なダメージを与えかねない。

何より今回の紛争で国民にある種の一体感が芽生え始めた事に危惧した左派やリベラルが、今まで以上にメディアを使って厭戦気分を醸し出す攻勢を行っている。

王国側の継戦能力の低下分以上に、北海道の継戦能力は物資の面でも世論の面でも深刻な問題を抱えていた。


「…既に改易の布告は行われている。今さら撤回しても間に合うとは思えん」


「諦めは行動の前に言うべきではない!これ以上の紛争拡大が望みでないのであれば、最善をもって事に当たるべきだ。

王国が諸侯を束ねているんじゃないのか!?」


ロドリーゴの諦めたような物言いに鈴谷が強い口調で問う。

その鬼気迫る表情にロドリーゴも多少気後れしつつも反論する。


「我々としてもこれ以上の紛争拡大は望んではおらぬが、辺境伯領改易に介入してきたのはそちらだろう?

それに王は諸侯の上に君臨するが、諸侯の軍の指揮権はあくまでも諸侯にある。王の死により王家の権威が失墜しつつある今、どれだけの諸侯が命を聞くか…」


ロドリーゴは、ハっとする。

権威の失墜…この問題について日々悩み、心労がたたったからだろうか

つい愚痴のように敵の前で王家の内情について口を滑らせてしまった。

本来なら自国に不利になる情報はあえて出す必要はない。

ロドリーゴは内心激しく後悔していたが、幸か不幸か鈴谷は別の情報について考えていた。


「う~む… このまま諸侯が止まらないとなると、我々は再度矛を交えなくてはならなくなりそうだ。

諸侯を止められぬ代償は… 覚悟していただきたい」


眉間を抑えながらしばし考え込んだ鈴谷が、ロドリーゴを睨みながら言い放つ


両国とも様々な問題を抱えこれ以上の戦乱の拡大は望まない

だがしかし、そんな両国の願いとは裏腹に、北海道に絡みつく戦乱の雲は、未だ晴れそうになかった。

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