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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
14/88

礼文騒乱編4

礼文西漁港


島の西側に存在する小さな漁港。

普段ならば漁船しかいない港に大きな白い船体が停泊し、その周りを複数の車が乱雑に囲っている。


巡視船れぶん


先ほどまで、敵の船団を血祭りにあげていたその船は、弾薬切れ後も戦線を離脱せず避難民の収容に当たっている。

避難してきたさと子も、乗組員の補助の下怪我した父親を船に乗せ、一息ついた所で信吾の姿を探す。

見渡してみると彼の姿は船上には無く、いまだ陸上で軍の隊員と何かを話ていた。


「しんちゃーん。何してるのー?早くおいでよー!」


船の上から大声で声をかけるさと子。

その声に気付いた信吾は振り返るとともに、非常に難しい顔をしていた。


「…これは、助けに行った方がいんでないかい?」


パジェロのボンネットに置いた無線機を囲んで信吾は二人の隊員と話ていた。

役場の職員は既に船上で避難民の取りまとめ役になっており、現在は陸上に残っているのは彼ら3人だ。

そんな彼らの中心に置いてある無線から、自分たちの盾となり戦っている辻たちの状況が伝えられてくる。

防衛線を破られ、トラックを失いながらもこちらへ撤退中らしい。


「ですが、自分たちはいいとしても、軍の人間ではない平田さんは残るべきでは?」


実にもっともな意見であるが、信吾はこれが受け入れられなかった。


「んでも、俺だって親方日の丸…はもう違うけど公務員だしさ。

それに、命を張って守ってくれた人たちを見殺しにはできんべ。

なんなら運転手として一緒に行くよ。それなら君ら2人とも援護が出来るっしょ?」


真面目な顔で語る信吾に隊員達が折れる方が早かった。

何よりもこんな事で時間を潰していられないし、信吾のいう事にも一理あったからだ。

信吾は、話がまとまると船の方に駆け寄り、さと子に向かって叫ぶ。


「さとちゃん!ちょっと役場の人呼んで来て!」


その信吾の声に何かを感じたのか、さと子は避難民の所を回っていた職員をすぐさま連れてきた。


「どうしましたか?」


急な呼び出しに戸惑うかのように職員が弦側から顔を出す。


「ちょっくら、後ろで戦ってる部隊の撤退を支援してくっから、海保の人に出航の準備を頼むと伝えておいて!」


「あなたもですか!?」


「命がけで頑張ってくれた人たちを見殺しにはできんっしょ。

それと、さとちゃん!」


急に名前を呼ばれたさと子が背筋を伸ばして返事をする。


「なに?しんちゃん」


言葉を待つ彼女に向け、信吾は照れつつも意を決したように言った。


「今回のゴタゴタが終わったら… 嫁にもらってやるから覚悟しろ!」


ニカっと笑って信吾が言う。

それを聞いたさと子は、急な告白に戸惑いと嬉しさの混じりの顔を真っ赤にする。


「なんで今、そんな事いうかなぁ 馬鹿ぁ!

もうちょっとムード作れ!バツイチだからって返品は不可だかんね!」


返品は不可。

最後まで面倒を見ろという彼女の同意。

彼女としてはもうちょっとムードのあるときにその言葉が欲しかったが、信吾の申し出を受けた彼女の顔には自然に笑みが溢れた。

その顔に満足したのか、信吾は隊員達と共にマイクロバスへ走る。

待っていたとばかりに信吾が乗り込むと同時に勢いよく走りだしたバスは、荒っぽい加速で再び島の内陸へと向かっていった。

さと子は土煙をあげて視界から消えるバスを見ながら、ひとり呟く。


「ちゃんと、帰ってきてよね…」




信吾がバスで辻たちの救援に向かった頃、当の辻たちも危機的な状況を迎えていた。

走れない負傷者はトラックごと敵の餌食となり、走れる者は邪魔な装備を可能な限り捨てて走っているにもかかわらず、敵の追跡を振り切る事が出来ていなかった。

いや、確かに重装備な敵本隊は振り切ることに成功している。

だがしかし、敵の中でも装備の悪い者… 皮の鎧に剣一本のような出立の兵士が執拗に食らいついてきた。

追い付かれそうになる度に、振り返りざまに小銃で薙ぎ払っていたが、つい先ほど、最後の弾薬も底尽きた。

残すは拳銃のみ。

このままでは全員が補足される。

そう思った辻は、残った部下を逃がすため、捨て奸として最後の壁にならんと走りを止めた。


もう十分だろう。

最後にもう数人道連れに死んでやろう。

走る部下に背を向け、辻は追跡してくる敵に向かって拳銃を構える。

必中の距離に近づいた者から、その心臓を狙って音速を超えた弾丸を叩きこんでいく。

1人、2人と崩れていき、敵を食い止めているかのように思えたが、数発撃った所で拳銃のスライドが引き切ったまま停止し、射撃がとまる。

弾切れである。

最早これまでと辻は覚悟を決めた。


辻に向かい殺到してくる敵兵。

数秒後には自分の首は胴体から離れているだろうと目を閉じようとしたその時、辻の目には予想外の出来事が映った。

こちらへ向かっていた敵兵が一瞬怯んだかと思った直後、辻を掠める様にして背後から現れたバスが敵兵を次々と撥ねた。

ドンという鈍い音と共に2~3人の敵兵が腕や足を不自然な方向へ曲げて吹き飛んだ。

その直後、バスから降りてきた隊員が小銃の射撃で牽制しつつこちらに向かって叫ぶ。


「迎えに来ましたよ!早く乗ってください!」


一瞬の事で呆然としてしまったが、降りてきた隊員の言葉で辻は現実に意識を戻す。


「全員搭乗! さぁ 逃げるぞ!」


先ほどまで死を覚悟していた辻の顔は、一転して希望に満ちていた。

彼は、戻ってきた部下の背中を叩きながら一人づつバスに乗せ、最後に自分も乗り込んで撤退の援護をしている隊員に収容完了を伝えようとした丁度その時、先ほどまで警官なのに人轢いちゃったとぶつくさ言っていた運転手の呟きを聞いた。


「なんだありゃ…」


運転手の警官の視線の先、そこには今まさに突撃せんとする騎馬集団があった。

いや、この言葉は適当ではない。

なぜならば、その集団が乗っているのは馬ではなく、巨大な嘴を持った鳥であった。

それらが一斉にこちらに向かって走り出す。

土煙を上げてこちらに向かってくるその集団を見て、辻は未だ外にいた援護の二人に本能的に叫ぶ。


「逃げるぞ!早く乗れ!!」


絶叫に近いその声と同時にバスに駆け込む隊員を確認すると、バスはドアも締めずに動き出す。

だが、狭い道でUターンをしようとするバスの挙動は非常にもどかしいものだった。


「はやく!はやく!はやく!」


車内の全員が運転席に向かって叫ぶ。

最早、車内の音は信吾を急かす声一色に染まり、外からくる全ての音をかき消す。

やっとバスの転回が終わり、これで逃げ切れるかと全員が思った瞬間だった。


急な衝撃と浮遊感。

凄まじい音と衝撃波バス後部の窓を吹き飛ばし、車体がゴロンと横に一回転する。

突然の事で全員が身を屈めて体を丸くしとっさに身構える。

そして… いったいどの位時間が経ったであろうか。

数分だった気もするし、数秒だった気もする。

だが、自分が生きている事が確認できた事で、辻は現状の確認をする。

彼はしばらく後方を見つめていた後、イテテテテ…と頭をさする信吾の肩を叩く。


「大丈夫か…。 とりあえず、まずはここを離れるぞ」


辻の言葉で、とりあえず自分の仕事を思い出した信吾はアクセルを踏み込む。

車は衝撃に耐え、ガラスの一部が破損し車体がベコベコになっただけで、エンジン音を吹かしながらスルスルと動き出す。

現場を離れるバス、そしてそれを運転する信吾の目に、バックミラー越しに背後の風景が映った。

立ち上る煙と視界を奪う土埃…

その中で、先ほどまで追跡していた騎鳥と敵兵は辺り一面に倒れたままピクリとも動かない。

中には肉片となり、物言わぬ屍と化している者もある。

一体、何が起きたのか…

だが、その答えは上空を通過するソレの音が教えてくれた。


「友軍機か…

それもロシア機だな」


辻が思わず空を見上げて呟く。


上空を舞う2機の獰猛な翼。

それは10年前はPAK FAと呼ばれたステルス機。

10年という月日は、かの機体の完成度をマルチロールファイターとして傑作の域にまで高めていた。

過去には仮想敵として想定された機体だったが、幸いにも今は友軍である。

今、猛禽の獲物は自分らではなく、目の前で焼き払われた敵である。

助かった。と息を吐く辻。

これで地上部隊の増援が来れば残敵を完全に制圧できるだろう。

そう考える緊張の緩んだ彼の耳に、その期待に応えるかのように新たな音が聞こえる。

遠くから伝わる連続した空気の振動。

空気を切り裂くローター音は、礼文島に更なる強者が舞い降りた事をつげていた。








どこまでも澄む青空の下、獲物を狩り終えた2羽の猛禽が黒煙の立ち上る島の上空を飛び回る。

そのうちの一機より投下された2発のRBK-250 クラスター爆弾は、港に停泊していた敵船団を揚陸物資ごと吹き飛ばした。

無数の爆発は、停泊している船舶の上部構造物を瓦礫の山に変えた。

被害を受けた船は、辛うじて浮かんでいるもののズタボロの甲板上に散乱する無数の可燃物に広がりつつある炎は沈没が時間の問題であることを物語っている。

爆撃を終えた機体が戦果を確認する為に旋回に入ると、別の場所からも爆炎が立ち上る。

場所は、味方地上部隊を追撃する敵上陸部隊が進軍しているあたり。

通信が途切れる前の分屯地から送られた要請通りのポイントに、もう一機のSu-51は爆撃を行っていた。


『こちらルーシ2、 敵部隊への爆撃完了』


『よくやった。敵主力を始末できれば、残りはヤポンスキーのヘリ部隊が始末してくれる。

これより、CAPに移行する』


『了解』


爆撃を終えた二機は編隊を組んで高度を上げる。

たった一度の爆撃であった為、少々の狩り残しがある事は分かっているが、彼らはそれでも問題が無い事を知っていた。

眼下に見える島の景色に魚の群れのようなヘリの編隊が、地表を這うように爆撃ポイントへと集まっていく。

択捉から飛来したSu-51と本道から飛来したヘリ部隊。

速度に圧倒的な差があったものの、移動距離の差がほぼ同時の攻撃という状況を作り出していた。

もし仮に千歳の航空基地に対地攻撃可能な機体が配備されたいたら、敵上陸部隊はもっと早くに壊滅していただろう。

しかし、転移以後も千歳は要撃機であるF15の基地であり続けていた。


『ルーシ1へ、それにしても、まるで標的訓練だな。敵の反撃もまるでない』


『まぁ この世界の奴らがどんな文明レベルかは知らんが、まともに俺たちの相手が出来るのはチトセの奴らくらいだろ』


『でも、今は味方だぜ?』


『先の事なんて分からないさ。転移前、奴らと同じ軍で働くなんて、誰が予想した?』


『違いない。では、空にいるのは俺らと鳥くらいだと思うが、CAPに専念するか』


『まぁ 何がいるか分からない世界だ。とりあえず、気は抜くなよ』


『ルーシ2、了解』


緩やかなバンクをかけて雲を引きながら旋回する2機の猛禽。

そんな圧倒的な速度と力を見せつけた彼らの言う"狩り残し"が、空に刻まれる白い筋を見上げている。


クラウスは眼前に広がる光景に言葉を失いながら空を見上げていた。

突如飛来した2つの物体は、たった二回の攻撃で侵攻軍を撃滅してしまった。

一発目の爆発で船団と橋頭堡を、2発目の爆発で主力が向かっていた方角に黒煙が立ち上る。

恐らく、あの爆心地にはルイス達の部隊がいて、甚大な被害を受けただろう。

呆然自失とするクラウスだが、敵はそんな暇さえも彼らに与えてくれない。

遠くから空気を震わす振動が聞こえる。

その奇妙な音どんどんと近くなり、音のする方向を向いたクラウスは、地を這うようにして先ほどの爆発地点へと向かう群れを目にした。

先ほどのが空飛ぶ盾だとしたら、これは一体何だろう。

奇妙な羽を付けた巨大な空飛ぶ魚であろうか。しかも、それが耳をつんざく音と共に群れをなして飛んでいる。

クラウスを含む分屯地を取り囲む全員が、口をあけてその光景に見入ってしまう。

後方から接近する新たな群れに気付かないほど眼前の光景に呆然と佇む彼らを現実に引き戻したのは、爆ぜる大地と鉄の雨によってであった。

腹に響く重い連続音と共に、建物の外でかたまっていた兵士たちが、爆ぜる地面と共にミンチへと変わり地面に赤い塊となって散乱していく

かつてない攻撃にさらされつつも、魔法による補助があれば兵士たちも動揺を少しは抑えられたのかもしれない。

だが、不運にもその魔法を得意とする魔術師達が固まって待機していた事で、それを行使できる者がまとめて吹き飛ばされていた。

目の前の恐るべき光景と、抑えられていた感情が解き放たれ、施設の外にいた兵士たちが恐慌状態に陥ったのは一瞬の事だった。

蜘蛛の子を散らすように我先にと斜面を下る兵士たち。

だが、頭上を飛び交う魚達はそれを許してくれない。

まとまって逃げた者達には、シャープな形状の空飛ぶ魚から煙を引く極太の矢を撃ち込まれて吹き飛び、

散り散りになって逃げた者達には、寸胴な魚の横腹から打ち付ける鉄の雨によって強制的にその生涯を閉じられていった。

空飛ぶ魚の横腹に先ほど戦闘を行った敵兵と同じ格好の人間が見える。

逃げた兵士をなおも追うシャープな魚を横目に、寸胴な魚は平地に着地するやいなや、その腹から敵兵をわらわらと吐き出して飛び去っていく

新たな敵兵が現れたのを見て、ただ茫然と窓の外の光景をみていたクラウスの思考は、本来の回転を取り戻した。


「敵が来るぞ!扉を閉めてバリケードを張れ!」


既に手勢は建物内に残る二十名弱となってしまっているが、クラウスの命令を遂行すべく全員が機敏に動き出す。

まず、破壊されていた扉を魔法によって生成した土壁で塞ぎ、机やら棚を使ったバリケードで塞いでいく。

元々、外部からの侵入に対して備えられた作りであったため、限られた出入り口を塞ぐのには大した時間はかからなかった。


「これで、兄上の援軍が来るまで持久できるか・・・」


クラウスは人質にする捕虜の姿を見ながら呟く。

だが、ここまで圧倒的な力を見せつけた相手に兄上の軍勢だけでどうにかなるであろうか。

しかし、自分たちの船が燃えた以上、兄上に期待する以外に帰る手段が無い・・・

考えれば考えるほど厳しい状況にクラウスの顔色は青ざめていく。

見れば捕虜を監視するために同じ室内に残った部下たちの顔も一様に暗い。

本当に来るかどうかも分からない援軍をあてにした籠城。

消沈する空気が終わりなく続くとも思われたが、それは悪い意味で裏切られた。

突如として響く爆発音が建物内部に響き、それに続く連続音と兵士たちの悲鳴が続く。


「バリケードが破られたか!」


クラウスの顔を驚愕と焦りの色が支配する。


「部屋の扉を塞げ!それと捕虜に何か叫ばせろ!こっちには捕虜がいることを奴らに教えるんだ!」


連続音や小規模な爆発音が続き、軍靴の響きが部屋に向かって近づいてくる。

最早一刻の猶予も許されない。

このままでは扉をバリケードで塞ぐ前に敵が到達する。

だが、近づく足音に猿轡を解いた捕虜の一部が何かを叫ぶと、部屋のすぐ手前まで近づいてきた足音がふっと止まった。


「今のうちだ!扉を塞げ!」


そういってクラウスは、一瞬の隙に最後の防壁を築こうと試みるも、最終的にはそれら全ての試みは無駄に終わった。

室外から敵が何かを叫び、捕虜が一斉に身を屈めたと思った時、ゆがんだ扉の隙間から握りこぶし大の何かが転がり込んできた。

その後、クラウスには何が何だか分からなかった。

転がり込んだ何かに視線を向けた直後、視界は真っ白に染まり、凄まじい耳鳴りに聴力を奪われ悶絶する。

目と耳を奪われうずくまる事しかできない。

そんな彼が意識を失う前に最後に感じたのは、首筋を襲う強い衝撃だった。


挿絵(By みてみん)











一体、どのくらい意識を失っていただろうか…

目が覚めると、クラウスは両手を後ろ手に縛られ地面に転がされていた。

周りには同じ室内にいた部下たちが、同じように縛られている。


「生きてる・・・」


そう呟いてみるが、ボーっとした頭では他に何も考えられない。

生きているという安堵感と、全てを失った喪失感はクラウスの体から気力を奪い去っていく

横たわったまま視線を巡らせると、緑の服を纏った敵兵が動かなくなった配下の兵を一か所に集めているのが見えた。


「みんな・・・死んだか・・・」


ぼそりと呟いた事で、周りに座っていた部下がクラウスが目を覚ましたことに気付いた。


「クラウス様。気が付かれましたか」


隣で座っていた一人がクラウスに声をかける。


「あぁ・・・ 生き残ったのはこれだけか?」


体を起こし、同じく捕虜になった部下の数を確認してクラウスが言う。


「残念ながら、われら5人以外は皆向こうでございます。」


そう言って、集められた兵士たちの死体をアゴで指す。

敵によって一か所に集められた味方の死体。

いや、原形をとどめているのは屋内に籠城して戦った少数だけであり

大多数はちぎれた腕や足と言った只の肉片であった。

生き残ったのは、最後まで側にいた側近たちだけで、残りは皆死んだらしい。


「ルイス殿達の本隊は?」


「さぁ・・・ あの後、一体どうなったのか誰も分かりませぬ。

ここには、死者も生者も我らの部隊だけですゆえ・・・」


それを聞き、クラウスは暫く項垂れながら何かを考えていたが、ふと顔をあげると、そのまま倒れこむかのように横になった。


「クラウス様!?」


「お前も寝ておけ。あの爆発と空飛ぶ魚の襲撃で、本隊も無事ではあるまい。

あとは、兄上に救出を願いたいところだが、それも難しいと思う。

奴らが捕虜をどんな待遇で扱うかは知らんが、総じて捕虜生活は過酷なものだ。

寝れるときに寝ておいた方が良い。」


救助を諦めたと思える言葉を吐いて顔をそむけて横になるクラウスだが、その体はかすかに震えている。

捕虜など、生きてさえいれば多少の虐待は許される世界のルールを知っている以上

これから自身に降りかかる境遇に青くなるクラウスであったが、せめて最後に残った部下達にはそれを気付かれぬよう

あえて諦めに入ったフリをして、彼らから顔を隠していた。



それから日暮れまで横になっていると、急に敵の兵士に引き摺り起こされた。

何事かと辺りを見ると、目の前には緑の服を着た敵兵と一緒に一人のドワーフが立っていた。


「なんだ? 彼らに泣きついて故郷を追われた復讐に来たか?」


クラウスはドワーフに未だ精神は屈伏していないのを示すように挑発的に聞く。

だが、言葉を向けられたドワーフは静かなものだった。


「我々が彼らに頼っているのは事実だが、後ろ手に縛られた者をいびる趣味は無い。

こうしてきたのは彼らに通訳を頼まれたからだ。」


「通訳? お前は彼らの言葉が分かるのか?」


クラウスは横になりながらも、近くを通る敵兵の言葉に耳を傾けていたが、その言葉は、今までに聞いたこともないものだった。

大抵、面と向かって話合えば何処の国の民でも言葉が通じたので、そもそも言葉が通じないというのは、この島に来て初めての事だった。


「私が分かるわけではないが、彼らの中の一部に我々の言葉を理解する者達がいる。

私の役目は会話の内容を聞き、この世界の常識から外れていないか助言することだ。」


「? この世界の常識? 彼らは一体何なのだ?」


「実際の所は分からんが、一つ分かるとすれば、高い文明と技術を持った異世界の国が我々の世界に迷い込んだという事だ。

そして、我らのような難民を手厚く迎えるという優しさを持つとともに、降りかかる火の粉はそれ以上の火でもって振り払う力がある。」


クラウスはその説明に息を飲む。

その力を間近で見たため、その話を信じる以外に選択肢はなかった。

そして、その秘めた力がこの世界に如何なる影響を与えるかなど、今の時点では想像もつかなかった。


「そんな彼らがお前たちに聞きたいことがあるそうだ。で、この中で一番位の高いものは?」


最後の言葉に皆の視線が一人に集まる。

だが、クラウスはその視線を一身に受け、堂々と名乗って見せた。


「・・・私だ。」


「で、名はなんと言う?」


「エルヴィス辺境伯爵アルド・エルヴィスの弟。クラウス・エルヴィス。

伯爵家の者だ。捕虜の身になったとはいえ、言葉遣いには気を付けろ」


クラウスは覚悟を決めた。どのような境遇に落ちようとも生き残り、この未知の国の情報を探るだけ探って兄に報告しようと

その為には、尋問に協力しつつも対話の中から情報を引き出す必要がある。

相手に舐められぬよう、たとえ捕虜の立場でも堂々としていなければならない。

その凛としたクラウスの自己紹介に、ドワーフも改めて向き直る。


「そうか、ではそうしようクラウス殿。

それと、私の名はラバシ。ラバシ・マルドゥク。

貴様らによって難民となった者達を束ねている。難民の恨みに取り殺されぬよう気を付けろ」


お互いににらみ合う二人であったが、十数秒のにらみ合いで先に折れたのはラバシだった。


「貴様らには恨みがあるが、彼らに捕虜の虐待は禁じられてる。

それに、尋問する為に本島まで移送しなければならんので、下らない事にいつまでも構っていられん。

わかったら車に乗れ。港に船が待っている」


ラバシはトラックに乗るように急かすが、クラウスは更に質問を続けた。


「本島?彼らの本拠地は別にあるのか?」


その質問にラバシは一瞬言ってもいいものか考えるが、静かに口を開いた。


「・・・ホッカイドウ。それが彼らの島であり国の名前だ。わかったら、さっさと歩け。ク・ラ・ウ・ス・殿」


いちおう殿付きで呼ばれているが、クラウスは乱暴な扱いで荷台に投げ込まれる。


「貴様!○×pwg@o!!」


抗議の声を上げようとするが、次々に投げ込まれる部下の体に抑え込まれて続く声があげられない。


「よし、全員乗ったな。」


荷台に放り投げたラバシは満足げに助手席に乗り込み、全員を乗せたトラックは港に向かって走り出すのであった。

そんな港に向かって移動するトラックの荷台で、開けっ放しの後部の幌からクラウスは後ろに向かって流れる風景を見つめていた。

見張り付きで捕縛されている身である。既に無駄な抵抗は諦めている。

今できることは、尋問までおとなしく待っている事と、彼らを観察することくらいである。

車の外では、先ほどから鉄で覆った重厚感のある車両や"トラック"と呼ばれる今乗っている車両の列と何度かすれ違う。

一体どんな原理で動いているのか、そういった疑問を最初は持っていたが、空飛ぶ魚の群れや空飛ぶ盾を見ている内に消えてなくなった。

別に原理を理解したわけではない。

ただ、そういう物なのだと自分の中で折り合いを付け、考えるのを止めた。

質問する機会はこれが最後ではない。気が向いたときに聞いてみるかと、ぼんやりと景色のほうに目を向けている。

外の景色は、秋の到来を感じさせる虫の鳴き声が夕方の空に響いていた。

哀愁を感じさせる虫の鳴き声を聞いていると死んだ部下の顔が頭に浮かぶ。

そのまましばらく外を眺めていると、ふと目に青い色が飛び込んでくる。

海だ。

そこでクラウスは思い出した。

兄上の艦隊はどうなったであろうか。

クラウスは荷台と運転席を隔てる窓から、助手席に座るラバシに向かって叫ぶ。


「おい!一つ聞きたいんだが、いいか?」


その声を聞いたラバシは、一度目だけで振り返ってクラウスの顔を見ると、面倒くさそうに振り返って窓を開けた。


「何だ?」


「兄上の艦隊はどうなった?上陸する前に別れてから、その後どうなったかは知らないんだ」


それを聞いたラバシは、横に座っている兵士と何やら小声話てから改めてクラウスの方を向き答えた。


「我々はワッカナイから船で来た。

途中で何隻かのお前たちの船の残骸を見たが、まともに原形を留めているのは一隻もなかったぞ」


ラバシの答えに数秒押し黙ってしまうクラウスであったが、それでも言葉を捻り出した。


「・・・何隻くらい沈んでた?」


「さぁ そこまでは分からん。

だが、我々が来る途中で一切の敵襲を受けなかったから、少なくとも近くにはお前たちの味方はいない」


それを聞いて、うすうすは感づいていたが、兄の艦隊も敗北したのだとクラウスは確信した。

救援は来ない。

仮に兄上が無事でも、今回の戦で領内の軍船の大半を失った為、再侵攻は無理である。

そして王国に助けを求めようにも、今回の遠征は王国の中でも辺境領家の単独行動であり、王家の承認は得ていない以上、

普通に助けを求めたのでは動かないだろう。

以前より、東方との貿易で王家より資金力で勝る辺境領は、王家に睨まれていたし、もしかしたら、これ幸いにとお家取り潰しにかかってくるかもしれない。

残る手は身代金の支払いで済ますにも国交がない以上、交渉が妥結するにはかなりの時間を要するだろう。

まぁ、人一倍プライドの高い兄上が、素直に身代金を払うかは不透明だが…


「そうか…」


クラウスはラバシに礼を言い、荷台に座りなおした。

そして力が抜けた様にのけぞり、天井に張られた緑の幌を見ながらつぶやく


「兄上… 無事だといいが」


そう呟いた姿勢のまま、クラウスは揺れるトラックに身を任せるのだった。









巡視船 れぶん




一連の戦闘の後、巡視船れぶんは避難民と辻の部隊を収容して足早に岸壁を離れていた。

そんな母港である稚内へ戻る船上に、あちこち煤けた制服を着た信吾の姿があった。

船腹の柵に手を付き、離れ行く礼文島の島影を見ている。

その視線の先には今でも黒煙が上がり、その上にはヘリが島上空を飛び回っている。

ロータの空気を切る振動と、時折上空をパスする戦闘機のエンジン音が、あの島が戦場であった事を思い出させてくれる。


「ここにいたのか?」


不意に後ろから声がかかる。

信吾が振り向くと、そこには辻が歩きながら近寄ってきた。


「まだちゃんと礼を言ってなかったな。先ほどは助かった。バスが迎えに来なけりゃ、俺らは死んでたかもしれん。」


そう言って辻は右手を信吾に差し出す。

その右手を信吾は躊躇いがちに握ると、謙遜しながら言葉を返した。


「いや、自分は他の二人に付いて行っただけですし、運転していただけで戦ってませんよ。」


「でも、助けに来てくれた事には変わりあるまい?」


ニカっと笑って辻は感謝の言葉を述べ、信吾も素直に感謝されることにした。


「それに聞いたぞ、俺たちを助けに来る前にプロポーズしたんだって?

そんな事してたら、命がいくつあっても足りないぞ?なんたって映画や漫画ではお約束だからな」


「いやぁ フィクションの中にはそういうお約束があるのは知ってますが、どうせ迷信ですよ。

それに、生きて帰れるか分からないからこそ、言っておかないと悔いが残ると思いまして…」


信吾はそう言って照れながら頭を掻いた。


「で、いいのか?お前さんの彼女放ってこんな所でボーっとしていて」


「あー 彼女は親父さんが怪我してるのでそちらに行ってます。

それと、プロポーズはしたものの急すぎるので、二人で話合った結果、とりあえず付き合う所から始めました」


それを聞いて辻は声を上げて笑った。曰く高校生の恋愛だの、港に戻ったら速攻でホテルに行って来いだの好き勝手言ってくるが一通り笑った所で満足したのか、笑い顔を引きずりつつも話題を変えてきた。


「で、今は一人で何をしてるんだ?」


少々馬鹿にされて不機嫌ぎみな信吾であったが、とりあえず質問には素直に答えた。


「島を見てるんですよ。生まれ育った故郷が燃えているのは、とても… 辛いです」


そう言って再び視線を島に戻す信吾に、辻も悲しげな眼差しで島を見つめながら言う。


「今回の衝突で私もたくさんの部下を失った。

初めは30名弱いた部下も、今この船に乗っているのは両手で数えられるくらいだ。

もう二度とこんな失態は許されん。

死んだ部下の為にも、死ぬ気で上に対策を進言しなきゃならんな。」


その二人は無言で島を見つめる。

守るべきモノ

それを守れなかった屈辱感が彼らの決意を固めていく。

この悲劇が繰り返されないことを願って更なる危機管理の向上を、全力で上層部へ働きかけ、それが足らない時は自分が上に立って導いていこうと。

この時の彼らの決意は、後の北海道に大きく影響するのだった。

そんな二人がそう心に刻みつけていると、にわかに船上が慌ただしくなる。


「前方の敵船の残骸に漂流者!」


見張り員が叫んでいる。

二人は船の前方へ目を向ける。

その先には、沈んだ敵船の残骸に数名の生き残りと思われる敵兵が必死にしがみついていた。


「敵兵か。出来れば海の藻屑と消えて欲しいが、残念ながら俺の希望は叶わないんだろうなぁ」


辻は残念そうに言う。

そう彼の言うとおり、船は減速を始めていた。

海保は漂流者を救助するつもりなのだろう。

巡視船は彼らの予想を裏切らず、するすると船を停船させると、小艇を降ろして救助に入った。

しかし、船の本体が蜂の巣となっており生き残りは非常に少なかった。

一応ボディーチェックをして収容し、仲間に抱えられた意識の無い生き残りは武器を没収した後に甲板に寝かされた。

そうこうしていると、救助した捕虜の周りにはいつの間にか避難民たちの輪が出来ている。

故郷を焼いた憎き敵が目の前にいる。

怨嗟の視線が彼らに突き刺さり、捕虜たちも酷く怯えている。


「これはマズイな。」


信吾は思う、今は海保の船員が周りを囲っているから抑えられているが、もし、何かの弾みでタガが外れたらリンチが発生しそうな雰囲気である。

そう信吾が思っていると、丁度先ほどまで意識が無く甲板に寝かせられてた捕虜が目を覚ました。

目を覚ましたものの状況を掴めないのか辺りをボーっと見渡している。

そしてゆっくり立ち上がったかと思うと、バランスを崩して倒れそうになったのを見て、とっさに信吾は支えの手を伸ばした。

咄嗟に支えに入ったのは無意識であったが、その構図は偶然にも避難民と捕虜との間に割って入った形になる。

信吾が避難民の前で捕虜を介抱した事で、避難民も睨みつける以上のことはしてこない。

信吾はこのまま間に入って介抱すれば、皆の怒りを暴発させずにすむかと考えると、相手を刺激しないよう笑顔を浮かべて介抱することにした。






アルドは騒がしい物音に目を覚ました。

体を起こそうとするが、ズキンと体中が痛む。

それでもアルドは、スッキリとしない頭で顔だけ動かして辺りを見渡してみた。

見慣れぬ者たちが聞きなれぬ言葉で慌ただしく自分たちを取り巻いている。

ボーっとそれを見みながらスッキリしない頭で立ち上がろうとするが、想像以上に疲労のたまった体は、二本の足を絡ませる。

あわや転倒すると思ったとき、周囲でこちらを見ていた一人の男がアルドの体を支える。


「daijoubuka?」



アルドは男が何を言っているのか分からない。

それに何がおかしいのか人の顔を見て笑っているようだ。

なんだこのなれなれしい奴は?俺を辺境伯爵だと分かってやっているのか。

それより、何で俺はこんな所に…

そこまで思考を巡らせたところでアルドは思い出した。

海戦に敗れ、船が沈んだこと。

途中から意識を失ったのか、それからどうやって助かったのかは分からない。

だが、一つハッキリすることがある。

今乗っているこの船の船体の白。これはまさしく敵船と同じ色であった。


!?


それに気づいて、アルドは完全に覚醒した。

見渡せば周りには数名の部下や水兵が拘束されている。


「アルド様、お気づきになりましたか。」


縛られていた配下の魔術師がアルドの顔を見上げて言う。


「他の奴らはどうした?」


魔術師は静かに顔を横に振る。


「我らの船で、生き残ったのは我らだけにございます。」


「そうか…」


その言葉によってアルドの表情が暗くなる。

すると目の前の男が一層積極的に声をかけてきた。


「toriaezu inotiha tasukattanndakara anshinnsiro」


サッパリ何を言っているのか分からない。

それにヘラヘラした笑い顔で語りかけているところを見ると

敗れた我らを嗤っているのではないだろうか、それ以外で敵兵に馴れ馴れしく笑い顔を見せる状況が考えられない。


「触るな下郎」


そう言ってアルドは手を払う。

それでも目の前の男は馴れ馴れしく肩を叩いてくる。


「触るなと言ってるだろうが!」


アルドにとって敵の捕虜となる初めての屈辱に加え、辺境伯に向かってあまりに馴れ馴れしい態度にアルドの怒りは頂点に達する。

アルドは腰の剣に手を伸ばそうとするが、その手は宙を切る。

意識を失っている間に武装解除されたのであろう。腰にあるはずの剣も短刀も無くなっていた。

だがそれが、アルドにある結論を結びつかせた。


丸腰だと思って舐めているのか… 


ドン!


アルドは短い詠唱と共に手刀から炎の短刀を作り出し、目にもとまらぬ速さで目の前の男の腹に深々と突き刺した。

何が起こったのか分からない、そんな表情で目の前の男は崩れ落ちた。


「例え捕えられようとも、下級兵風情が気軽に触っていい我が身ではないわ!」


そう吐き捨てて更に蹴りを入れる。

一瞬の出来事に周りの空気は凍りついたが、目の前の男から赤い血だまりが広がると空気は一変した。


「kisama!」


そう言って近くに立っていた緑の服を着た男が腰に手を伸ばす。

だが、男が腰の物を引き抜き終わるより早く、部下の一人がアルドとの間に割って入った。


ドン!ドン!


緑の服を着た男の手から閃光と音が弾け、部下の魔術師は苦悶の表情を浮かべながらアルドに体当たりし、自らの体ごと彼を海へと突き落とした。


「アルド様、お逃げを…」


そう耳元で呟き、魔法の詠唱と共に海面に着水する。

青い水の中、両の手を縛られた魔術師は口と背中から赤い染みを水中に広げながら沈んでいく。

アルドは助けの手を差し伸ばすが、沈んでいく彼には届かない。

満足げな顔を浮かべて沈んでいく姿が深青の底に消えたのを見て、アルドは助けを諦めた。

息が続かない。

アルドは海面目指して必死に泳ぎ、浮かんでいる船の破片にしがみ付く。


「ぶはぁ!」


肺一杯に息を吸い込み、呼吸を整える。


「はぁ…はぁ… くそっ!」


目の前には未だ白い船体が壁の様にあり、船員が海を覗きこんで自分を探している。

隠れようにも掴まっているのは一本の木材、隠れる所など何処にもない。

アルドは再度捕まることを覚悟したが、想像に反して船員たちの行動はおかしかった。

こんな近くに浮かんでいるのに、自分に気付く素振りが無い

明らかにあちらからも見えると思うのだが、彼らは一向に気付くことは無かった。


「そうか、気配封じか…」


海に転落する直前、アルドを庇った魔術師は何かの詠唱をしていた。

おそらく、あれは気配を消す魔法だろう。

それを掛けられたものは、目には映っていてもその存在を認識されない。

船上の船員たちは、目には見えていてもアルドの存在を気付けずにいた。


「すまない。そなたの忠誠に感謝する。」


そう呟き、アルドはわだつみに沈んだ魔術師に黙祷をささげる。

静かに長くアルドは気配を消して漂流し続け、目の前の船が探索を諦めて視界から消えるまでアルドは最後の忠誠を見せた魔術師に祈るのだった。




れぶん船上



それは完全な油断だった。

倒れそうになる捕虜へ近づく信吾。

既に武装解除は済ませたし、魔法のようなものを使うローブを着た奴はふん縛った。

その上、この人数に囲まれては大したことは出来ないだろうと思っていた。

だから、信吾の目の前にいた男が彼にぶつかり、信吾がうずくまるようにして倒れた時は、何が起きたのかは何が起きたのかは一瞬わからなかった。

崩れ落ちる信吾、そしてそこから広がる血だまりを見た時、辻は男が何か武器を持っている事に気が付いた。


「貴様!」


倒れている信吾に蹴りを入れる男に向かって、腰に付けたホルスターから素早く銃を抜く。

男の胸を狙った2発の銃声が立て続けに響く。

放たれた銃弾は男の胸を撃ち抜き、その命でもって落とし前をつける……はずだった。

だが、辻が引き金を引くその刹那、ローブを纏った別の男が割って入り、必殺の銃弾はその男の背中に消える。

ローブの男は苦悶のうめき声をあげ、そのまま信吾を刺した男と一緒に海に落ちた。


「くそ!」


辻は弦側に向かって走る。

柵から身を乗り出して下を覗くが、そこには海面に赤い染みが広がるばかりで人影は一つも見当たらなかった。


「何処に逃げた!?」


逃げた捕虜を巡って船員が総出で周囲の海面を探索する。

二人とも沈んでしまったのだろうか。それとも残骸の陰に隠れているのだろうか

海面を探す船員の喧騒と悲痛な叫び声が狭い船上を支配した。



船上の余りの煩さに、崩れ落ちた信吾は辛うじて意識を保っていた。

何時の間に仰向けになっただろうか、知らぬ間に誰かに抱きかかえられている。

信吾は顔にかかる冷たい滴を感じ、うっすら目を開けるとそこには泣き叫ぶさと子の姿があった。


「しんちゃん!死んじゃ駄目だよ!私を貰ってくれるって約束でしょ?」


そんな悲しい顔すんなよ、さとちゃん。


「…ったりめーだべ? こんなんツバつけときゃ治るべさ」


信吾は血の気の引いた顔で笑って言う。


「だが、ちょっと失敗したなぁ。つい励ましに言ったつもりが怒らせちまった。

異文化こみゅにけーしょん?って難しいもんだべや」


そう言ってニコっと笑ってみせるが、さと子は泣き止まない。


「なに馬鹿なこと言ってるのよ! あぁ!血が止まらない。誰か止血手伝って!」


さと子は、医療セットを持ってきた船員と一緒になって信吾の傷口を塞ぐ。



あぁ いい子だなぁ さとちゃん。

昔から、そんな… 優しいところが… 好きだったよ。


信吾は、誰に聞こえることもないほど小さな声でそう呟いた後

深い闇の深淵にその意識を手放した。


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