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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
10/88

転移と難民集団就職編2

国後島


拓也の工場




工場内に電気が灯った。

目新しい機械類が並び、その役目を果たす時を今か今かと待っている。

だが、機械類の充実ぶりとは裏腹に、工場内の人影は疎らだった。



ドン!!


「人が足りない!!!!」


拓也が机を叩いて絶叫する。


「うるさいわね。求人かけても島内の人があまり集まらなかったんだから、しょうがないでしょ」


うるさい馬鹿と言わんばかりに返すエレナ。

現在、工場で雇っているのは、北海道から連れてきた熟練の工員のおっちゃんが数人(彼らは、40超えると再就職口が無いとかで喜んで来てくれた)

それと、懸命な勧誘活動の末、やっと来てもらった現地のパートのおばちゃんが数人である。(給料は割高になったが…)

なぜ、このような事になったのか…

それには理由があった。

前の工場を買ってすぐ、拓也達は求人を出した。

だが面接の日時が不味かった。

命からがら島外を脱出したため、求人広告を訂正する時間などなく、面接に集まった人々は、燃え尽きた工場を見ることになった。

それも死体の後片付けをする兵士に聞くところによると、マフィアに襲撃されたらしい…

その事件の後、町の中で外から来たマフィアやごろつきの姿を見ることは無くなったが、そんな危ない会社に応募する物好きはなかなか居なかった。


「こんな下らん事で頓挫しちまうのか!」


拓也が頭を抱えて机に突っ伏す。


「うるさいなぁ 拓也。そんな事よりテレビ見ろ。獣人だぞ獣人。

ちなみに俺はウサギ娘が好みだぞ」


テレビでは知事が新体制発表の会見を開いている。

その中で出た難民の映像に、サーシャが聞いてもいない感想付きで熱く語る。

彼も工場取得に合わせてこちらに呼んでいたが、従業員の不足で工場が稼働できない為、未だにブラブラさせていた。


「アレキサンドル君は悩みが無さそうで幸せそうだなぁ」


拓也は机に突っ伏しながら彼に言う。


「おいおい 堅苦しいのは無しにしてくれ。

俺の事はサーシャでいい。それより見ろ、今度は猫系の獣人が映ったぞ!」


それに促されるように拓也もテレビを見る。

画面の中で、いつだったか話をした知事がカメラに向かって話している。


『…以上の理由により、北海道連邦政府は難民の保護を行います。

この就労研修プログラムにて、彼らを導入したい企業の皆様には、一定の条件がありますが道の方が斡旋をさせていただきます。

後日、稚内にて説明会を行いますので、詳細はそちらでお伺いください』



研修? 導入?


「サーシャ。すまないが何の話なんだ?」


拓也はテレビを指差して言う。


「んなこと知るかよ。俺、日本語なんてわかんねーし、ケモノ娘みてるだけだもん」


まぁ 英語とロシア語しか分からない彼に日本の番組の事を聞いても無駄だった。

だが、もう一人、テレビを見てる人物がいた。


「なんでも、難民の就労研修として企業に雇ってもらうらしいわ」


流石、俺の嫁。ちゃんと要点を聞いていたようだ。

だが就労研修? 彼らを雇えるのか?

もしかしたら、この労働力不足の解決の糸口かもしれない。

説明会にだけでも行ってみる価値があるな。


「みんな良く聞け!」


拓也が立ち上がり、二人の視線が集まる。


「稚内の説明会に行くぞ。ケモノ娘を雇う!」


拓也は拳を握りしめて宣言する。

それを聞いてサーシャは飛んで喜んだ。ネコミミ!ウサミミ!と叫んで踊っている。

それに対してエレナは、怒りをにじませた表情で拓也の胸ぐらを掴み、ケモノ娘?なんで娘限定なの?と問い詰めだす。

踊るあほぅと怒るあほぅ。

そんな二人に挟まれつつも、拓也は稚内行きを早々に決めるのであった。




説明会当日


稚内太陽ホテル内説明会場




その日、拓也達一行は説明会に来ていた。

他の企業に人を取られないようにと気合を入れてきたのだが、そこには予想に反して参加企業は疎らだった。

会場には空席もちらほら見える。


「あっれ?あんまり人いないなぁ」


拓也はあるぇ~?と会場内を見渡す。

てっきり札幌の商談会のような盛況ぶりかと思ったら、蓋を開けてみれば何とも活気の感じられない集まりだった。

ちょっと見ただけで、出席者の全員の顔が確認できる。

そんな中、拓也は出席者の中に見知った顔を見つけ、その人物に近づいていった。


「ここで何やってんだよ、兄ちゃん」


隣席と雑談中だったため、拓也の存在に気付いていなかった兄はその声に驚いて振り返る。


「お? おぉ!拓也じゃんか!どうしたお前こそ」


「俺は起業したんで人集めに来たんだよ。そっちは何でいるんだよ?」


「あぁ そういえば、カーチャンがお前が会社作ったって言ってたな。

こっちも人集めだよ。農業の」


農業の人集め?

余り機械化の進んでいなかった時代はともかく、機械化の進んだ今では家族内だけで特に問題なくやれていたのに

なぜ人がいるのだろうかと拓也は首を傾げる。


「実家に高価なお人形さんがいるじゃん。それで足りんの?」


「ありゃー 高いしな。農地の規模拡大には労働力が要るが、あれは簡単には増やせん。

やっぱ草取りとかそういう事にもマンパワーが要る。それと、今日はウチの為だけに来たわけじゃない。

オホーツク地区の農協青年部を代表して来た。ゆくゆくは地域全体に導入したい。

この先、農家もどうなるか分らんからな。

北見の農家数件で農業法人を立ち上げた後、徹底的な合理化と規模拡大で生き残りに掛けてるんだ。

つーことで、導入予定の安価な労働力の下見に来たわけだよ」


みれば、兄の横に知った顔が居る。

数年前に農家を継いだ同級生でオタのヤマちゃんが座ってる。

青年部を代表ね。農家のオタ代表の間違いじゃないのか?

拓也は着ている顔ぶれを見て、本当かと疑う。


「そんなの農協に任せとけばいいじゃん」


今までも、外人研修生の導入は農協などの仲介の下でやっていた。

なぜ、あんたが来る必要があるのか?拓也がそう兄に疑問をぶつけると、兄は真剣な表情で拓也に熱く語る。


「こんな大事なこと奴らに任せておけん!奴ら、前にもビートの作付枠を他の地域に取られるチョンボやらかしたし

なにより、奴らは人を見る目がない。

そこで!青年部の中でもイヌっ娘やらケモノ娘萌えに一家言持つ我々が直に来たのだ!」


それは人を見る目ではなく、趣味趣向の世界じゃないのか?

ツッコミが喉まで出掛かるが、あまり突っ込むとドツボに嵌りそうな気がした拓也はグッと言葉を飲み込む。


「それにしても、周りも似たような奴らばっかりじゃ無いよな?」


「いや、俺らみたいな獣人の選別眼を持つ人間は少ないと思うぞ。

例えば、あそこのハゲ。

あれは太平洋コールマインだな。

道と道内の金融機関から大規模融資を受けて道内の主要な鉱山開発に彼らを使うらしい。

その為に大勢雇う気だから、可愛い子が取られないようにこっちも気をつけねばならん」


鼻息を荒くして語る兄


「だけど、なんで兄ちゃんがそんなこと知ってんだ?」


「あぁ ここに来る前に駅前の信金が教えてくれたよ。難民使って大規模に農地広げる話してたら、あそこも奴らに随分と投資したらしく、色々と話してたよ」


「なるほどねぇ… お 説明が始まるみたいだ。そんじゃ、席に戻るわ」


意外にも兄がそんな情報を持っていたことに拓也は驚く。

そしてそのまま兄に手をふり席に戻ると、ちょうど道庁の職員が説明会の開始の挨拶を始めた。

その職員の説明によると、なんでも今回の就労研修の条件とは、郊外の事業者であることと難民を隔離するのはこちらの負担らしい。

それに加え、彼らは魔法と言う未知の力があり、防疫の一部として治験の予防接種まであるそうだ。

これを聞いて、数少なかった亜人導入希望の事業者はさらに減っていた。

治験… つまりは人体実験に協力しろとの事である。

二の足を踏むものがいて当然だ。(兄たちは超余裕!とか叫んでいたが、気にしない事にする)


「それでは、彼らの斡旋についてですが、一部の団体・事業主様以外は各種族混合の小グループにて斡旋させていただきます。

ちなみに、事業者が難民を選抜して人を集めることはできません」


まぁ 特定部族だけ余ったりしても駄目だろうからな。

これくらいはしょうがないのか…

それに一部事業主って多分、太平洋コールマインだろうか。

まぁ 地下で作業するのに鳥系が来ても駄目だし、そのための処置だろう。

あと、これを聞いて、会場のどこからか"ふざけるな!"と怒号が飛んでいるが、多分知らない人だと思う。

見ないでおこう。

他人だ。他人。絶対に身内ではない。


そんなこんなで、一部事業者に不満を残しつつも説明会は終わった。

会場から出てくる拓也に外で待っていたエレナが駆け寄る。


「全部オッケー?」


「あぁ 今、必要書類を全て提出してきた。彼らが来るのは一週間後だそうだ。

それにしても、最終的に申請したのは俺らの他にはコールマインと兄貴たちの北見農協の他は、新しく出来た科学技術復興機構とかいう団体だけだったよ。」


「やっぱり、なにか問題でもあったの?」


「あぁ

雇用の条件に治験に協力することと条件が出ていたんだ。

それを踏まえて、みんな今回は様子見にするみたいだよ。

まぁ ウチはもう他に選べる選択肢は無いからね。突き進むだけだけど…」


拓也が心配するなとエレナに言う。

するとどこから沸いたのか、空気の読めないサーシャが後ろから口を挟んだ。


「まぁ いいじゃないか拓也!これで獣人ハーレムは俺たちのもんだ!」



…勘弁してほしい

本当に空気読めないなコイツ

いらぬ言葉に反応して、お嫁様が冷たい目で睨んでいる。


「ま まぁ ともかく、どんな奴らが来るのか楽しみだな。

早速帰って社員寮の準備をしようか!」


拓也が逃げるように歩き出す。


「ま、待ってよ!」


不要な揉め事はうやむやにしたかった拓也は足早にその場を離脱する。

急に歩き出す拓也を追う様に、二人も国後への帰路についたのだった。


今回の難民の割り振りにより、ドワーフの大部分とパワーのある亜人の大部分が太平洋コールマインへ。

科学技術復興機構には、全ての種を少人数送られ、拓也とオホーツク地区の農家へは残りが割り振られる事になった。

亜人達と道民の交流が本格的に始まりを告げたのだった。










一週間後






この日、知床半島沖は9月の青く澄み渡った空の下、穏やかなディープブルーの海原が広がっていた。

そんな中、一筋の白波が、緑豊かな知床半島に沿って青い水面のキャンパスを切り裂いていく。

その白波の先端では、一隻の船が船首から絶え間なく白波を立てていた。

そして船は海上を駆け抜け、船が半島の岬を回り、国後島が肉眼で確認できるようになった頃、船内から小さな影がのそのそと這い出てきた。

船の揺れのせいか、それとも足取りが覚束無いのか、その影はフラフラ歩いてやっとの思いで弦側に立った瞬間

体をくの字に曲げ、弦側から乗り出したその身から、太陽の反射を受けキラキラ光る物体を海面に流している。

その影が、この日食べていた朝食だった物体が魚の餌として海を豊かにしていく。

ひとしきり吐き終えたのか、ふぅと口元を拭いながら人影が顔を上げた。


「海を越えてきたと思ったのに、また海の上か…」


汚れた口をゴシゴシと袖で拭って綺麗にすると、そこには一人の少女がいた。

未だに少々青い顔をしているが、見た目は10代前半のロングヘアをした背の低い美しい少女だった。

彼女は「まだ着かんのか~」と呟きつつその場にへたり込んだ。

弦側に背を預け、甲板に両足を放り出しながら空を見る。


「色んな事があったなぁ…」


ぼーっと青空を見つめながら少女はそう呟き回想する。



難民となる前、私はドワーフ族の中で、人種や他の部族へドワーフの作った武器を売る商いをしていた。

ドワーフ族と言っても全部が全部鉱山を掘ったり、武器などの道具を作っているわけではない。

確かに、ドワーフの優れた道具を求めて各種族の商人が訪れて来はしたが、それで食糧や道具の装飾に必要な材料が、彼らが必要とするときに手に入るわけではなかった。

なにせ、ドワーフと一括りに言えども、その内実は数多の部族があり、その部族ごとに道具や武器加工の得手不得手があった。

ある部族は道具の装飾が優れており、またある部族は斧の強度がピカイチであると言った感じである。

そんな理由で、ドワーフの中でも武器の行商をしながら自分の部族の道具を各方面に宣伝し、必要なものを調達することを生業とする者も必然的に生まれていた。

私はそんな行商を専門にしているドワーフであった。

あの日、私は仲間と得意先の村落を回り、部族の集落へ帰ろうとした所で人種の侵攻に巻き込まれた。

帰るべき集落から煙が上がっている。

その黒煙の大きさから、唯事では無いのは直ぐに分かった。

まさか火事か?

仲間の一人が様子を見に行ってくると走り出す。

もし、黒煙の正体が盗賊などの襲撃だとしたら… 

そう考えた私達は、万一に備え残った仲間たちと荷車で待つことにした。

半刻ほど待ったであろうか、あたりは夕方を迎え暗くなり始めている。

そんな時、やっとの事で物見に行った仲間が帰ってきた。

随分とフラフラした足取りである。

よっぽど全速力で走ったのであろうか。

私は、到着と共に崩れ落ちそうになる仲間を抱きかかえ、腰を下ろすのを手伝ってやった。

息も絶え絶えの体を荷車の車輪に背をもたれさせてやり、背中を支えた手を引き抜いた所で気づいた。

自分の掌が鮮血に染まっている。

思わず短い悲鳴と共に身を仰け反らせてしまい、それで彼が負傷しているの事に気付いた他の仲間が、血を流す彼の肩を掴んで何があったかを問いただす。

血の気が引いて真っ青な顔をした彼が言うには、集落が人種の襲撃を受けて老若男女を問わず殺されていたそうだ。

男は頭を落とされ、若い女は犯された上で屍をさらしていたらしい。

彼は、略奪中の人種の兵隊に見つかり背を斬られつつも、なんとか逃げてきたそうだ。

だが、せっかく逃げてきた彼の背中は傷は、どう控えめに見ても出血が酷く、致命傷だった。

そんな重傷を負いつつも皆に伝えようと走ってきた彼は、一通りの説明を終えると、一回深く息をして、それっきり目を覚まさなかった。


私たちは逃げた。


人種の国と反対方向。西へ。西へと。

途中、他の難民と合流し、何度か人種の襲撃を受け、仲間を減らしながら逃げていると、ついには行商をしていた仲間はすべて斃れ、私は一人になっていた。

だが、それでも私は逃げた。

他の集団に混ざり、果てには海峡まで達した。

だが、人種の追撃は終わらない。

海峡の向こうに逃げようにも、その先には既に他の亜人が住んでいる。

今度は、自分たちが彼らを追い立てて住処を得ねばならないのか?

だが、着の身着のままで逃げている難民が勝てるとも思えない。

絶望が私の顔を暗く染める。

だが、その時


奇跡は起きた。


南の海上に陸地が現れたのである。

その時は、これで救われたと本気で思った。

難民となってから一度も洗っていない土埃で汚れた顔に涙が落ちる。

仲間が死んだときにも流れなかった涙が、その時ばかりはとどめなく流れた。

それを隠すように、手で顔を蓋いながら海上の陸地を見ていると、後ろから声が聞こえた。

難民を率いるラバシ様があの地へ行こうと言っている。

それを聞いて、私は生き残るために覚悟を決め、皆と共に船に乗り込んだ。

波飛沫を浴びながら船に乗り込む小柄な体。

その時、私の顔には、もう絶望の色は無かった。


それからは、信じられない事の連続だった。

陸地に近づくと帆の無い魔法の船が凄い速さでやってきた。

ラバシ様が話をつけたようで、その後は落伍する船を助けたりしながら、私たちを海岸まで誘導してくれたのである。

海岸に上陸すると、こんどは人の良さそうな人種のおじさんが食べ物を振る舞ってくれた。

なんと、豚の腸詰を小麦粉で包んだものを揚げた料理らしかったが、なにより凄かったのが、これでもかと言う位に砂糖が塗してあることだった。

白い砂糖なんて、お祭りの時に食べれるかどうかの代物である。

まぁ 町に行けば砂糖を使った菓子は見ることは出来たが、皆の為に稼いだお金をそんな事の為に使える筈もなく、匂いだけで満足していた。

それが、まんべんなくかけられた食べ物が難民に振る舞われている。

このおじさんは、顔に似合わず、とんでもないお金持ちであることは間違いないように思われた。

これだけの砂糖を振る舞って笑顔なんて、並みの金持ちではありえない

そんなこんなを思いながら、2本目を頬張っていると、緑の服をきた人たちが大勢海岸にやってきた。

変な格好だが、この地の兵隊だろうか。

人影に隠れながらその様子を伺っていると、ラバシ様が彼らは危害を加えないので付いていくように言われた。

横には、あのお金持ちのおじさんもいる。

私たちには信頼するよりもう他に手は無いので、黙って彼らの幌馬車に乗り込んだ。

馬や竜でも無理ではないかというスピードで疾走する幌馬車。

でも、馬も竜も繋がれていない。多分、魔法の幌馬車だ。

風の様に走る車に身を任せ、あっという間に目的地に着いた所で、私は更に気がついた。

来る途中、振動がほとんどなかった。

足元を見れば、道が全部一枚の石畳であった。

それが、延々と続いている。

ここは一体なんという所なんだろう。

まるで夢の国にいるようだった。

食事の提供や(これがとんでもなく美味しい!)湯あみまでさせてもらって、まるで貴族みたいと落ち着かなかったが、寝床として数人に一つのテントを与えられた時は

これぞ難民だねっと思って逆に安心したりもした。(そのテントもかなり上等だったが)

それからは、しばらくは休養生活だった。

特にすることもなく、ブラブラと過ごす。

やることと言えば、難民キャンプとして与えられた土地の草が

一定の短さに切りそろえられているのを見て、ここが何に使われているところなのだろうかと想像するくらいだった。

所々、砂地や旗の立った穴があったが、全くの意味不明であった。

後から聞いた話だが、あそこは"ゴルフ場"という球遊び専用の広場だったそうだ。

たかが遊びにあんな敷地を整備するだなんて、この土地の人間は贅沢にすぎるよね。

だが、そんな無職生活も終わりは唐突に訪れた。

ラバシ様が、皆を集めていう。

なんでも、我々はこの地で生きることを許されたが、それはこの地に住む者達の役に立たねばならぬとか。

そのために、集団ごとに分かれ、働きに出なければならないそうだ。

まぁ、生きていくために働くのは当たり前の事、でも奴隷みたいなのは嫌だった。

出発の夜、私は本気で精霊様にお願いした。

”せめて人間扱いされますように!”

その願いが効いたかどうかは分からないが、私はまだ船上にいる。

まだ見ぬ雇い主を思い、虚空を見上げて、そのままボーっとしていると、船内からもう一人青い顔をした人物が甲板に出てくる。

おぼつかない足取りで一人の猫人族の女性が近寄ってきた。

一口に猫人族と言っても、部族によってその度合いは様々だ。

まんま二足歩行の猫そのものの部族もあれば、猫耳と尻尾以外は人種そのままといった部族もある。

彼女はその前者に近かった。骨格と体型は人種だが、体は灰と白の毛皮に覆われ、顔は猫っぽい

それにワッカナイのキャンプで貰ったのか"たんくとっぷ"とかいう上着に"ほっとぱんつ"という短いズボンを履いている。

(キャンプ内であまりにボロボロで汚かった衣類の難民には、衣類の差し入れが行われていた。)

そんな彼女は、隣まで来ると


「お嬢ちゃん。横座るね」


と一言断りを入れて隣に座る。


「別にいいけど、もうお嬢ちゃんって歳じゃないわ」


「あ?あぁ 気にすんなよ。ドワーフの女って外見から子供か判断つかんし」


そういって笑いながら肩を叩いてくる。

なれなれしい猫だ。


「まぁ いいわ。こう見えても29でまだ若いし」


彼女の言うとおり、私達ドワーフ族の女性は年齢が分かりずらい。

150年くらい生きる長寿の上、外見が10代前半のまま変化が止まってしまう。

年齢を探ろうとするなら、その物腰を見ておおよそ判断するしかないのである。


「で、何か用?」


「そんなにツンツンすんなよ。同僚になるんだし。

ただ、船の揺れで気分が悪いから風に当たりに来ただけさ」


あっそうと呟き、またボーっと空を見上げだす私。


「…・で、あんた名前は?」


私はそのまま雲の流れを眺めているつもりであったが、私のそっけない態度を気にもせず、唐突に猫娘が切り出した。


「え?」


「だから名前」


唐突に人の名前を聞いてくる礼儀知らずな猫。


「まず、あんたから名乗りなさいよ」


「そりゃそうだね。あたしはアコニー。で、あんたは?」


「…ヘルガ」


「ヘルガね。 いい名前じゃない。船酔い同士仲良くしよう。」


アコニーが握手を求めて手を出す。

それに応えてヘルガも恥ずかしげに手を出す。

ヘルガにとって、難民になって以降、初めて友達が出来た瞬間だった。

ふたりは弦側に背をもたれ掛けたまま、他愛のないおしゃべりを続けていると船の中から声がかかった。


「おーい! そろそろ着くから準備しろよ!」


二人に向かって一人の男が声をかける。


「わかりましたエドワルドさん」


彼は船に乗り込んだアバシリの港から同行しているこちらの人種だ。

彼は、事前に"ヨボウセッシュ”とかいうのを受けたらしく言葉が通じる。

この"ヨボウセッシュ"という儀式は、精霊の祝福をこの土地の民に分け与えるものらしい。

そんな彼は、私たちの雇い主に用があるようで、私たち亜人の集団と道中を共にしている。

正直なところ、この船の船員は言葉が通じないので彼の存在はありがたかった。

アコニーとヘルガは荷物を取りに行くために立ち上がる。

そして見た。

船首方向に広がる、これから住むことになる島を。






ユジノクリリスク




真新しい埠頭の上で拓也とエレナがこちらに進んでくる船を見ている。


「やっときたわね」


「あぁ 一応、従業員の予防接種もしたし

プレハブだけど彼らの住居も間に合ったし、あとは、受け入れだけだ」


そう言って二人は視線を船に戻す。

拓也は正直言って不安であった。

いくら労働力不足とはいえ、未知の種族を使うのである。

一応、外国人労働者向けと同じように言葉が分からなくても理解できる写真付きの作業手順書等は用意したが、怠けてばっかりで労働意欲に欠ける集団だったら全てが水泡に帰す。

エレナもエレナで悩んでいた。

工場移転に伴い、本格的に此方に移住してきたが、連れてきた息子に手を出されないか心配である。

受け入れ直前になって、色々な心配が頭に浮かんでは消える二人だが、船はこちらに向かってきている以上、もう止まらない。

そんな悶々としていると、船が埠頭に接舷した。

船内からはぞろぞろを亜人が出てくる。

拓也は、そのなかに見知った顔があるのをみつけた。


「いよう!拓也!元気か?」


エドワルド大尉がにこやかに挨拶してくる。


「大尉!? なんでまたここに?」


エドワルドは船を飛び下りると拓也の方に駆け寄ってくる。


「いやなに、彼らを送り届けただけだよ」


そう言った後に亜人には聞こえないように拓也達に話す。


「任務は二つあってな。一つはこいつらの監視だ」


真顔で話すエドワルド。

それを聞いて拓也も真顔になる。

やはり、危険性が未知数なのだろう道としても難民にフリーハンドを与える気はさらさら無いようだった。


「そうですか。 それで、もう一つは?」


拓也が真顔になったのを見て、エドワルドも真剣な顔で彼らを見る。


「もう一つは…、お前の工場に居座ってタダ飯を食うことかな」


エドワルドは真剣だった顔を崩してハッハッハと豪快に笑う。

そんなエドワルドの変わりように、折角のシリアスモードを潰された拓也は、不満げな表情になった。


「なんですかそれは? そんなことで軍の仕事はどうするんです?」


「お? 言ってなかったか? 俺は軍を辞めたぞ?」


唐突なエドワルドの言葉に、拓也は思考が追いつかない。

拓也は目が点になった。


「は?辞めた?」


「あぁ。今は新政府で内務省警察にいる。内務大臣に就任したステパーシンが新設した組織だ。

普通の犯罪捜査はしないが、主に国内の治安維持や重要施設の警備が仕事だ。

だが警察と言っても装備は正規軍並みだ。ロシア国内軍と同じような組織だと思ってくれていい

そんな事もあってか、南クリルの部隊からかなりの数がこっちに流れたよ。」


なんでも、ロシアとの合併は北海道にただならぬ影響を与えているらしい。

そのうちKGBみたいな秘密警察ちっくなものも出来るんだろうなぁと拓也は思った。

そんなこんなの遣り取りをしている内に、拓也は大切なことを思い出した。


「おっと、そんな事より、早く彼らを上陸させないと」


「おお!そうだったな。 で、拓也。いきなり工場に入れたらいいのか?」


「それについては、燃えた工場の跡地を買い取って、新たに社宅作っているんだけど

それまでの繋ぎとして町の中の宿泊施設を長期で借りたんだ。

まずは、そこに彼らを移動させようと思う。」


そういって拓也が指差す埠頭の外れには、何台かのミニバスが止まっている。


「さぁ 彼らを歓迎してやりましょう」








そんな拓也達の遣り取りを甲板から眺めているアコニーとヘルガの二人は、拓也達の姿を見て色々と憶測を膨らませていた。


「ねぇ ヘルガ。もしかしてあの人が雇い主?」


「多分… まぁ 人の良さげな若旦那って感じだし。

人並みに扱ってくれることを祈るわ」


そういってヘルガは目を瞑って祈る。

この人が見かけどおりならばそれでいいが、人は必ずしも見かけどおりの性格とは限らない。

ヘルガは、そういった例は行商中に幾度と無く見てきた。

見た目が非常に凶悪な極悪人にしか見えないオークの大男が、実は花を愛でる心を持つ優しい紳士であったり

逆に、非常にお淑やかで優しそうなダークエルフのお姉さんが、実は自分の何倍もあるオークまで襲う凶悪な逆レイプ犯であったりと

人は見かけによらない。ならばこの雇い主の男性は一体どうなのだろうか。


「でも、見るからに若い男の人だもんね。

ちょっと手を出されるくらいは覚悟しといたほうがいいかもね」


「え?手って…?」


ヘルガの話を聞き、アコニーが顔を赤らめる。

どうやらこの猫は意外にもウブな所があるようだった。

ヘルガはしょうがないなと両頬に手を当てて恥ずかしがっているアコニーに具体的に説明しようとすると、彼女が話すよりも早く横から割り込む声があった。


「そんなん決まってるじゃない。

古今東西世界広しと言えど、若旦那は妙齢の女中に手を出すものよ。

貴方たちなんてきっと朝から晩まで粘液漬けにされるわね」


ヘルガとアコニーは突然会話に割って入ってきた人物を見る。

そこには青髪の美しいグラマラスな女が立っていた。


「いや、そこまで断定するのは如何なものかと…

それに私たちは女中じゃなく、普通の奉公人だと聞いてるし…

というか、貴方は誰です?」


謎の女の粘液漬け発言に若干引きつつもヘルガが聞く。


「あぁ 自己紹介がまだだったわね。

私の名はカノエ。これから一緒に働くことになるわ。

それと、一つ貴方たちにアドバイスするなら、ヤリ捨てられる位なら子供を身ごもって妾になりなさい。

堂々と愛人の座を射止めれば、この先、楽して安泰よね。

それと、貴方たちが必要ならば特製魔法薬の"一発必中"軟膏をあげるけど、いる?」


「いりません!

っていうか、なんでカノエさんは、そんなの持ってるの?」


「あら、別に"さん"なんて付けないで、もっと親しみをこめてカノエでいいわよ。

あと、なんで私がそんな薬を持ってるかってのはヒ・ミ・ツ。

最初から手の内を全て見せる必要はないわよね」


「むぅ、なんで秘密かは知らないけど、わけありなら聞かないどいてあげる」


はぐらかされるヘルガはむぅ…とむくれるが、それに対しカノエは「ありがと」といって微笑を浮かべた。


「まぁ 馬鹿なことやってないで、さっさと上陸しましょうか。

チンタラ行動して印象悪くしてもしょうがないしね」


そう言ってヘルガはアコニーの手を取り渡し板へと向かい埠頭に降り立つ。

正にこの時が、彼女らの新しい人生が始まった最初の一歩であった。





あたしたちは大きな魔法の荷車で移動していた。

港を出て、町の中にあるという私たちの新しい家へ向かうらしい。

丘を登り町の中を突き進む。

どうやら此処は小さな町のようだ。(それでも、あたしの住んでた村より大きくて建物も立派)

それでも、ワッカナイからここに来るまでに乗っていた"キシャ"という乗り物の窓から見た、"アサヒカワ"や"キタミ"とかいう都市に比べたら、建物も人もまばらだ。

特にすることが無いので、無心で窓の外を眺めていると、何時の間にやら目的地についたらしい。

車は道を外れて建物の脇に止まった。

するとすぐに、前の方に座っていた雇い主の旦那が立ち上がり皆のほうを向く。


「ついたぞ~ ここが、新しい家が完成するまでの仮住まいだ」


バンバンと手を叩きつつ、さぁ 降りろ~と旦那が言う。

あたしたちは、順番に車を降りるが皆が皆、降りてすぐに立ち止まってしまう。


「見てよヘルガ。窓にガラスがいっぱい付いてるよ。すごいお屋敷だね」


「…そうね。でも、今まで乗ってきた魔法の荷馬車や"キシャ"って乗り物にも大きなガラスが一杯付いてたでしょ?」


「それはそうだけど、実際にそんな家に住むとなると、やっぱり気分が変わるよ」


アコニーはあんぐりと口を開けたまま建物を見ている。

だが、バスの出入り口で立ち止まっていたため、旦那に注意をされてしまった。


「はいはい!立ち止まってないで全員入口に集まって!」


「は~い」


旦那の注意に生返事で返してしまったが、視線は建物に向いたまま、皆と一緒に歩き出す。

そんなこんなで、ようやく全員が入口に集まると、旦那があたしらの前に出て説明を始めた。


「ここが君たちが今日から住む宿舎だ。まぁ 社宅が完成するまでの仮だけどね。

ここは昔、"日本人とロシア人の友好の家"通称を"ムネアキハウス"って呼ばれてたところなんだけども

大人数が泊まれる簡易宿舎として作られているから、特に不便は無いと思うが、風呂、トイレ、キッチンだけは共同だから我慢して使ってくれ。

じゃぁ 部屋割りを決めようか…」


それから中に入った後は、難民キャンプ以上に驚きの連続だった。


「すごいよヘルガ! この”蛇口”ってのを回すと水が出るよ!」


「それよりアコニー!こっち見てよ!この部屋、穴の開いた管からお湯が出て

毎日お湯で水浴びが出来るんですって!こんなの何処の貴族よって感じだわ!」


部屋が決まり、二人はきゃいきゃいと騒ぎながら施設内を物色し始めた。(というか、亜人全員が施設中を探検している)

割り当てられた部屋は8人用の大部屋だった。旦那の配慮により未婚の女子は全部この部屋に集められた。

難民キャンプでは、そこら辺までの配慮が無かったので、これからは安心して寝れる。

でもまぁ、不届き物が寝込みに入ってきたら、あたしの爪の餌食にしてやるんだけど…

あらかた施設内を回り、部屋に戻って寝具の物色をしていると

一人だけ興味なさげにベッドに座っている人がいた。

先ほど船上で知り合いになった女の人。

カノエという名前だそうだが、青い髪に透き通るような白い肌。

何の種族か分からないが、かなり美人である。

それに、その落ち着き払った物腰に紺色のローブの上からでも分かるグラマラスなボディ。

多分、胸のボリュームはアコニーより上かもしれない

アコニーは、スタイルは私の方が上と心の中で言い聞かせながらカノエに声をかける


「あんたも色々見て回ろうよ。変わった物が沢山あって面白いよ。」


だが、やはり興味がわかないのか素っ気なく答える。


「いやいい。私はあとから見て回るわ。それより、私は雇い主の方が気になるんだけども」


「旦那が?」


「分からない?なかなか面白そうな人物よ?」


カノエは窓の外でエレナと何やら話をしている拓也を見てフフフと笑いながら彼女は答える。

それに対し、アコニーはどこら辺が?と聞き返すが、彼女は笑ったままそれ以上は答えてくれない。

アコニーとしては、旦那は、悪い人じゃなさそうだけど、なんというか普通かなぁと思う

面白そうという理由が良く分らない。

アコニーがうーんと唸りながら、その理由を考えている丁度その時。


「昼食の準備が出来たので、全員食堂に集合!」


旦那が各部屋を回ってみんなに声をかけている。


「!! ごはん!ごはんだってさ!早く行こう!ヘルガ、カノエ!」


昼食という言葉を聞いた途端、アコニーは待ってましたと言わんばかりの笑顔でそれまでの話を打ち切る。

此方で食べられる美味しい食事の魔力の前には、それまで考えていたことなど些細なことに過ぎない。

もう待ちきれないといった様子のアコニーは、満面の笑みを浮かべて二人の手を引いて食堂へ消えていくのだった。

そうして一番乗りで食堂で待っていると、しばらくして旦那が皆を連れて食堂に戻ってきた。

テーブルには初めて見る料理が並んでいる。

一人一皿の料理だったが、白い穀物の上に茶色のドロドロがのった料理は、この世のものとは思えない良い香りだ。

いつの間にか、口元からドバドバと涎が落ちる。

それをヘルガに指摘されて我に返ったが、これ以上待つのは拷問だと思った。


「じゃぁ みんな席についてくれ。今日は従業員全員に集まってもらった。

食事の前に全員の自己紹介をしよう。

とりあえず、自分から始めようか…・・」


アコニーにとって拷問の時間が始まった。

目の前に美味しそうな料理。それを見ながら手を付けずに一人ひとりの自己紹介を聞いている。

旦那が、俺の事は社長と呼んでねとか言っていた気がするが、もう耳に入っていかない。

旦那のお嫁さんの紹介以降はもう覚えていなかった。

誰かが何かを言っているが、聞こえない。

それでも自分の番は来るので、急に現実に引き戻されたアコニーは、わたわたと自己紹介をしてようやく我に返る事が出来た。

気が付くと、口から垂れ下がった唾液の糸が、テーブルに水たまりを作り始めている。

アコニーは慌てて自分の毛皮でテーブルの涎を掃除していると、何処からか来る気配に気が付いた。


…誰かに見られてる?


内なる野生の感から視線を感じ取ったアコニーは、目だけを動かしてその元を探る。

そして、それは一発で分かった。

社長の横に座っている人物がこっちを凝視している。

それはまるで、狩人が獲物を狙うかのような視線。

よくよく見ると、どうやら私ではなくヘルガを見ているらしい。

その証拠に、ヘルガが自己紹介を始めると、その男は、顔を紅潮させ何とも言えぬ笑顔で彼女を凝視していた。

変なのがいるなぁ… 誰だ?アレ?

目の前の料理に気を奪われて、他の人の紹介なんて一切聞いてなかったのが災いした。

だが、こちらに来て初めて出来た友達のヘルガに何かあっては堪らないと思って、”ナンダコノヤロウ”と言わんばかりに睨んでやったが、まるで効果が無かった。


「良くわからないけど、気を付けた方がいいな。ヘルガを粘液漬けの危機から救うのは私しかいない」


アコニーは小さく呟くと、そう強く心に決めるのであった。







昼食後

武器工場にて




港に隣接して建つ一軒の工場。

入口に”石津製作所”と書かれた真新しい看板が付けられた工場内に、約30人ほどの人影がある。

その中の10人は拓也らの他に北海道から雇ってきた熟練工と現地のパートさん。

残りの20人は実に多彩だった。

まんま二足歩行の猫、猫っぽい人、ロリ、イヌ耳少女、青髪美人、デカイうさぎ、イヌっぽい人に下半身が蛇等々

見た目でいえばサーカスか何かと思えるくらいバラバラだった。

まぁ 新政府曰く、難民の少数派をまとめてグループを編成したそうなので統一感が無いのは当たり前だったが

特に種族もバラバラの為、彼らには支給した作業服が明らかに着れていない者もいる。

これは安全衛生上、非常に問題なので後で特注せねば…

そんな事を思いながら、彼らを前に拓也は説明を開始していた。


「…ということで、全ては手順書どおりに作業する事!勝手な手順変更は許さん!

まぁ 今日は初日ということもあって終日教育に時間を使うが、みんな早く仕事を覚えてくれ。

そのためにベテランを何人か雇っているんだから、質問が有ったら彼らに聞くように。

それでは、俺の後に続いて大きな声で復唱!


今日も一日、ご安全に!」


「「「「ご安全に!」」」」






社長の号令の後、アコニーとヘルガ達は機械の説明を受けていた。

正直、どれもこれもが凄すぎて何に驚いていいのか分からない。

アコニー達が来る前からこちらに来て、先に機械の習熟を済ませたという人種のおっちゃんが、丁寧に操作を教えてくれる。

だが、アコニーは自動で動く機械の動きに目を奪われて、ちょくちょく作業が止まってしまう。

金属製の盾の向こうで甲高い音を立てながら、螺旋状の金属棒が回転しながら素材の金属を削っていく。

それも、”たっちぱねる”とかいうのを操作するだけで後は自動だ。

ヘルガに聞いてみても、今までに各地を行商で訪れた時に色々な魔法道具の工房やドワーフの工房のを見たが、こんな凄いのは初めてだという。

例え魔法の工房でも、物を作るときは絶えず人が付っきりで魔力を制御しなければならないが、この機械類は初めに命令を入力すれば、人が絶えず操作する必要が無いそうだ。

まぁ 入力画面に何が書いてあるのかは分からなかったが、絵付の作業手順書とかいうもののおかげで、なんとか操作は理解できた。

それにしても、魔法抜きで何故こんな事ができるのか不思議で仕方なかった。

その事を聞くと、どこからともなく社長が現れて目を輝かせながら長々と機械の説明を始めたので、二度と聞かない事にした。

産業文明がどうのこうのと、よくわからない話を長々とされて非常に疲れる。

社長には悪いが、なんだかすごく時間を無駄にした気がする。



ぐるるるるる……


げんなりした表情で教育に戻ろうとすると、アコニーのおなかが盛大に鳴る。


「うん? なんだかお腹が痛くなってきた…」


まぁ 理由は察しが付く。

昼食の”かれーらいす”とかいう料理が非常においしかった。

香辛料やお肉まで入っていて、夢のような美味しい料理。

おかわり自由との事だったので、ついつい大盛り5杯も食べたのが悪かった。

アコニーのお腹の調子がぐるるという音と共に急降下する。

これはヤバイと思ったアコニーは、青い顔をしながらヨロヨロと手を上げた。


「すいません… 食べ過ぎてお腹が…」


「ん?なんだトイレか? 仕方ない。行って全部出してこい。」


「…それで、どこに行ったらいいでしょう?」


デリカシーの欠片もない発言に不満を感じつつも大切な事なので、あえて何も言わずに話を続ける。

お腹の急降下具合は、乙女心を消し去るほどに悪化しているのだ。


「あ~ あそこに立ってるオリガさんの後ろがトイレだ。わかるか?あの樽みたいな女の人だ」


確かにドアの前に樽みたいなおばさんが立っている。

かなり失礼な事を言ってた気もするが、非常に分かりやすいのでありがたかった。

アコニーはなるべく静かに、けれど素早くそこへ向かう。

ドアの前に来ると、一応近くにいたオリガさんに確認した。


「ここが”といれ”でいいんですよね?」


ドアを指差してアコニーが言う。


「ん? あぁ そこだよ。

それと、用が済んだら便座の横にあるボタンを押してみな。

この工場はウォシュレットだからソレできれいになるよ。」


うぉしゅれっと?

アコニーの頭に?マークが浮かぶが、まずは、自分の戦場に向かうことが先である。

彼女にお礼をそそくさとドアの向こうに消えていった。




………はぁ

間に合った。

それにしても、この国のトイレの形は落ち着く。

椅子に座る姿勢で用が足せるのが良い。

ウンコ座りで用を足すのも別に苦ではないが、何というか椅子に座ったほうが楽である。

なにか考え事するときは、ここに篭ろうかなぁ

そんなことを考えながら用を足し終わったアコニーは、オリガさんに言われた事を思い出した。


「便座の横のボタンを押せって言ったけど、これかなぁ?」


色々とボタンがある中、どのボタンを押したらいいのか分らなかったが

アコニーは適当にボタンを押してみる事にした。



ウィィィィィン…・


お? 何だ?


シャァァァァァァ…


「うっひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


いきなりお尻のクリティカルポイントに向けてダイレクトに噴射された水流に、アコニーは思わず大声を上げて飛び上がる。


「なになになになになに!?」


お尻を刺激する水流に半狂乱になりながら押したボタンを連打する。


「うぁああん 止まらないよう!!」


水の止め方が分からない。

思わず逃げようとするが、水が止まらない為逃げられない。

半泣きの状態であちこちのボタンを出鱈目に押し続けた結果、偶然にも"止"のボタンを押すことが出来たため、やっとの事で水流は止まった。

だが、余りに想定外の出来事に、アコニーの心臓はバクバクだった。


「はぁ…・はぁ…・はぁ… まさか、水が出てお尻を洗うとは…・」


全くの予想外の出来事に大いに取り乱したが、水の止め方が分かった以上、もう怖くは無い。


「すごいなぁ。よく、こんなこと思いつくなぁ」


アコニーが感心してトイレを覗きこむ。

よく見れば、ボタンは他にも数種類あるみたいだ。


「せっかくだから、全部試してみよっと!」


好奇心でいっぱいの笑顔でアコニーがトイレに跨る。

そして"洗浄"再度ボタンを押すのであった。




あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……………









しばらくしてアコニーがトイレから戻ってきた。


「ふぅ…・ 思った以上に長居してしまった。」


見れば、顔が火照って真っ赤である。

何というか、今まで気付かなかった自分の新感覚スポットの探求に時間をかけてしまた。

あまりに長くトイレにいたため、これは怒られるかなぁと思いながら現場に戻るが、いつの間にか休憩になったのか、皆が思い思いに休んでいる


「怒られなくて済んで助かった…」


しかし、ヘルガやカノエはどこだろうか?

一緒に休憩したいんだけどなぁ

そんな事を思いながらアコニーが視線で二人を探すと、ヘルガを見つけると同時に、変な光景が目に入る。

そこには、ヘルガの横に昼食時の不審な男が立っている。

どうやら口説いているようでヘルガも微妙な苦笑いをしている。

その内、ヘルガもこっちに気付いたようで横目でこっちをチラチラ見てきた。

その光景に、アコニーは一つの結論に至る。

見た目が子供以外の何物でもないドワーフのヘルガを口説くとは、何て変態!

それも、ヘルガが嫌そうな表情をしている。

これは何としても助けなくては…

アコニーは、キッ!と真面目な顔になるとヘルガ救出に向かって駆け出した。

猫科特有の俊敏にして足音もない動きで変態の後ろを取ると、大きく息を吸い込み、そして叫んだ。


「こらー!!ヘルガに何するんだお前!!!!」


いきなり後ろから響く怒鳴り声。

流石にその男もビックリして飛び上がり、後ろを振り向いたところで牙を剥き出しにしながら喉を鳴らして威嚇する。

余りの気迫に男は尻餅をつき、アコニーが畳み掛けるように咆哮すると、脱兎の如く逃げ出していくのであった。


「ふふん!二度とヘルガに近寄るなよ変態!」


逃げていく男に向かって勝ち誇ったようにアコニーは言う。

だが、当の助けてもらったヘルガは、口を開けたまま呆然としていた。


「あ…あ、あんた!何してんの!?」


ヘルガが問いただす。

アコニーはてっきりお礼の言葉が来るかと思ってたので、ヘルガの言葉に目が点になる。


「え? マズかった?」


「あの人、副社長じゃない!あんなことして… どうなっても知らないわよ!」


アコニーの顔が青くなる。


「え゛… 本当?」


「あんた、自己紹介で何聞いてたのよ。本当よ!」


「でも、でも、ヘルガも嫌そうにしてたじゃん!」


「たしかに少し気持ち悪いとは思ったけど、無下に扱うわけにもいかないから適当に会話してたのよ」


「……どうしよう」


しゅーんと項垂れるアコニー。

耳まで垂れて悩む彼女に、それを終始傍から見ていたカノエが彼女の肩に手を置いて声をかける。


「まぁ 済んだことだし、後で謝りにいきましょう。」


「大丈夫かなぁ?追い出されたりしないかなぁ?」


アコニーが青い顔のまま心配する。

ここを追い出されれば、他にいくところなど無いのだ。

だが、アコニーのそんな心配をよそに、カノエは別に謝れば対した事ないと彼女に告げる。


「そんなに気にする必要はないと思うわ。

まぁ、そんな事より、妙に時間かかったわね。トイレで何してたの?」


その一言で、ブルーになっていたアコニーの顔が一瞬で真っ赤になり、シャキッと背が伸びる。


「えっとね…・ その…・」


「その何?」


恥ずかしそうにモジモジとしながらアコニーは白状する事にした。


「天国への階段が見えた。」


「「はぁ!?」」


恥ずかしそうに指先を弄りながら答えたアコニーに、ヘルガとカノエの二人は怪訝な顔する。

何を言っているんだ?この猫娘は…

オブラートに包みすぎて理解できないアコニーの言葉に、二人の頭には?マークが浮かぶ。

トイレで天国?その時、二人は何を馬鹿なと思って話を終わらせたが

この日の夜、二人はその意味を十二分に知ることになった。



「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………………」」



石津製作所

工場内事務所


亜人達の合流により、やっと人数の集まった拓也の工場であったが、未だ従業員の教育が始まったばかりで正式稼働とは言えない状態であった。

その為、今日も拓也らは作らねばならぬ書類作りに追われていた。

拓也が社内規定を整備している(といっても、前の会社の物のパクリが多かったが)横で、エレナが拓也の作った文書を翻訳したり、亜人達のスケジュールを作っている。

まだまだ作らなければならない物が山積みである。

正直言って、事務員が足りない…

工場内にいる拓也とエレナを除く工員以外の人間は何をしているのかと言うと、エドワルドのおっさんは警備だと言って巡回する以外は筋トレしかしないし

サーシャは声を掛けた人材が到着するとかで、昼に空港に出て行ったまま帰ってこない。

役に立たない事この上なかった。

特にサーシャは何をやっているんだ?

自分のグループを作るのは許可したが、せめて使える人に来て欲しい。

というか、早く手伝って欲しいと拓也は切実に思った。

いくらコネの為に入社してもらったとはいえ、今のウチの会社には人を遊ばせておく余裕はない(主に労働量的に)

帰ってきたらネチネチ言ってやろうと拓也が考えていると、弾けるかのような音と共にドアが勢い良く開く。


「おっおい!拓也!獣人にすごく凶暴な奴がいるぞ!

なんとかしてくれ!」


サーシャがよほど慌てて戻ってきたのだろう、息を切れ切れに拓也に言う。


「それよりも、あんたの部下は一体どうなったんだ?迎えに行ったんじゃないのか?」


拓也は目の前のパソコンから視線を外さず、作業したままサーシャに言う。


「あぁ それは機材の不具合で飛行機が欠航になったそうだよ。

何でも、到着は明日になるって連絡があった」


「そうか。

なら、いつまでもぼさっとしてないで手伝ってよ。

サボタージュは銃殺刑だよ?」


ギロリと睨んで拓也が冷たく言い放つ。

さっさと働けというオーラを拓也は全身から発しているつもりであったが、残念ながら、当のサーシャには空気を読むというスキルは無かった。


「そんな些細な事は今はどうでもいい!

それより聞いてくれ、さっき空港から戻ってきた時に、昼飯を食べている時から目をつけていた合法ロリのヘルガちゃんを見つけたんだよ。

そんで、これは近づくチャンスと思って年齢、趣味から食べ物の好み、はたまた仮に俺の嫁になったらどう思うかまで色々聞いたんだ」


…そんな事まで聞いてるのかコイツは。

拓也とエレナは呆れの余り声も出ない。


「そしたら、あの外見で29と俺と同い年な上、ドワーフの娘は外見の成長は一定の年齢で止まるとか、夢のロリババァきた!っと思ったよ。

そんで、いよいよ最後の俺の嫁云々の答えを聞けるところで!!!

…・・クッ、野獣が現れたんだ。」


「野獣?」


悔しそうに語るサーシャに拓也が聞き返す。


「あぁ 野獣だ。

後ろから グルァァァァ!と咆哮がしたと思ったら、俺の後ろに、両手を上げ、今にも腸を食いちぎらんとする野獣がいたんだ。

俺は逃げたよ… いやマジで。あの野生の咆哮を聞いたときは、本当に食われるかと思った」


「見間違いじゃないのか?」


「間違いない! あと、今になって思い返してみると、あいつは飯の時にヘルガちゃんの横に座ってたケモノ娘だな。」


ヘルガの横?それを聞いて拓也も食事の時の自己紹介を思いだす。

何秒か考え、拓也も思い当たったのかサーシャに言う。


「あ~ あの良いオッパイをもった猫娘か。あれは良いスタイルだった。

肉感がムチムチしててケモノ属性に目覚めそうになったのは覚えてる。

サーシャもロリなんて変態性欲は卒業して、ムチムチ系に目覚めるべきだと俺は思うよ。

柔らかそうな肉の付き方とかいいよね」


「それは断る。この美学は譲るわけにはいかん。

とまぁ、その話は長くなりそうだから置いといて、俺はその野獣に食われそうになったんだ。

おっかないからエドワルドのおっさんに言って何とかしてもらってくれ。

害獣駆除はおっさんの役目だろ」


サーシャは、ドンと机を叩いて拓也に訴えかける。

だが、拓也は、しばしサーシャの顔を見た後、また作業に没頭する。


「無理」


「なんで!?」


そっけない拒絶にサーシャが更に詰め寄る。


「あんな良いおっぱ……・じゃない、貴重な人材を簡単にクビにできん。

これについては、政府とグループ一括雇用という契約なんでどうにもならん」


少々性癖談義に花が咲きかけたのが原因の横から刺さる暗黒の視線に気づいた拓也は、つい出そうになった本音を隠して説明する。

まぁ 話を真面目に戻しても、未だにエレナ様は漆黒のオーラを纏っていたが…・

そんな彼らをドアの隙間から覗く2対の目があった。


「アンニャロウ…」


アコニーが聞き耳を立てながら、ぐぬぬ…と歯を食いしばる。


「まぁ 落ち着きなさい。

仮にも副社長よ。問題を悪化させても損にしかならないわ。

それに、あんたは私を守ろうとしてあんな行動を取ったわけでしょ?

正直に話してごめんなさいって言えば許してくれるわよ。

あと、社長もあんたのスタイル褒めてたし、悪い事ばかりじゃないわ。

穏便にいくわよ? いい?」


「ぐぬぬ… 

…うん、わかった。」


サーシャに害獣呼ばわりされて頭にきていたアコニーであったが、拓也に褒められて嬉しかったのもあったのか、アコニーの怒りは次第に中和され、冷静にヘルガのいう事を聞き始める。

ヘルガはアコニーが落ち着いてきたのを確認すると、じゃぁ いくわよと言ってドアをノックする。

ガチャリと開けられるドア。

一方の部屋の中では、ドアからヘルガが見えた瞬間、サーシャが驚きと喜びの顔を見せるが、アコニーが見えた瞬間、拓也の後ろに脱兎のごとく隠れた。


「きっ来たぞ! 拓也!食われるぞ!」


サーシャが拓也を盾にしながら叫ぶ。

それを聞いたアコニーが「グァァ!」と犬歯を見せて威嚇するが、ヘルガにどうどうと暴れ馬をあやすかのように止められて何とか動きを抑える。

一方、サーシャは拓也の後ろで完全にヘタレていた。


「…で、とりあえず話を聞こうか。何があった?」


拓也は色々と面倒くさいなと思ったが、折角当事者が揃っているのだからと、震えるサーシャを無視して話を進めることにした。


「…………という事があって、アコニーに悪気があったわけじゃないんで許してほしいんです。」


「なるほど。そういうことか。ヘルガが変態に付きまとわれているのを見て助けに入ったと」


ヘルガに事情を説明してもらうと、その横でアコニーはごめんなさいと謝ってしゅんとしている。


「よくわかった。

…・・真相はこんな感じだが、何か言いたいことはあるかい?サーシャ」


「まっ、まぁ誤解だったんならしょうがないね。うん。しょうがない」


いまだビビっているのか、目を合わせようとしない。

だが、ヘルガの前とあってか無理矢理にでも懐の深いところを見せて堂々としようと頑張っているが、どうにも声が上ずっていた。

そんなサーシャを見てヘルガが更に謝罪の言葉を述べる。


「怖がらせて本当にすみません。

でも、クビにはしないで下さい。私たち、もう本当に行き場が無いんです!

人種の兵隊に追われ、この国に保護して貰っていますが、ここを出たらきっと殺されてしまう。

だから…お願いです!」


嘆願するヘルガ。

見ればその目には涙が滲んでいる。


「大丈夫、クビになんてしないわ。だから安心していいのよ?」


涙を浮かべる様子が心に響いたのか、エレナがヘルガに近寄り優しく言う。


「その通り。それに君らを襲った兵隊達もここまでは追ってこれないさ。安心したらいいよ。

従業員の安全は、社長である私が何としてでも守るから」


拓也も後に続いて言う。

追ってこない根拠なんて何もなかったが、ただ、二人を安心させるために拓也は誓う。


絶対に皆を守ってやると…


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