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試される大地  作者: 石達
第1章 邂逅期
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序章

ある大陸の片隅で、空に向かって黒い筋が何本も昇っていく。

その筋をたどってみると、そこにはいくつもの集落が燃えていた。

太古より人間と亜人との小競り合いは幾度となくあったが、今回のそれは規模が違い、何より徹底していた。


「くそ!なんだというのだ人間どもめ!そこまで我らの土地が欲しいのか!」


逃れてきた東へと向かう難民の中で、ドワーフの族長が激怒していた。


「どうやら奴らは徹底的にやるようです。

先ほど合流した部族の話によりますと、降伏した者、落伍した者、すべてを斬り捨てているそうです。」


あちらこちらに血のにじんだ戦士の一人が答えると、族長は奥歯を噛みしめ、そして呟いた。


「戦に敗れ、海峡の向こうに逃れるための舟を造らせているが、奴らが来るまで間に合うかどうか・・・

なによりこの人数を海峡の向こうの部族が許容できるはずもない。

逃げた先でも戦いは避けられぬか」


「・・・」


族長の消沈した声に何も言い返すことができなかった。

逃れた先でも戦が待っている。

それも、こちらは人間との戦で消耗しきっていた。

まず、勝ち目は無いだろう。

そんな絶望の中、一つの声が響いた。


「族長!」


「なんだ?」


「先ほど合流した部族が、付近の森で妙なものを見たと」


「妙なもの?」


「はい。何やら古い神殿のようだったと」


「こんな所にか?」


「ここいらに住んでいた部族の話では、その森には精霊が住んでいるという伝承があり、普段は聖域として出入りが禁じられてるそうです。

神殿は、その精霊のものかと」


「精霊・・・どのような精霊かわかるか?」


族長は縋る様な思い出部下に尋ねる。

だが、部下もその詳細までは知らないようだった。


「さぁ そこまでは・・・」


そこまで聞くと、少々の沈黙の後、族長は走り出した。


「そこに案内しろ!いそげ!時間はないぞ!」


「ええ!?でも、海峡を渡る準備は?」


「任せる!もし俺が戻らない場合は、先に出発しろ!」


そこまで伝えると少数の供を連れて族長は森に入っていった。

深い森の中、一行は走った。

枝を払い、木々の間をぬい、けもの道を抜けると、男たちの前に古い建物が現れた。

木々の根に埋もれるようにして立つ石造りの建物がそれだった。


「族長。ここが例の神殿のようです。」


配下の男に先導され、一人の族長が前にでる。


「ここがそうか…

もはや精霊の気まぐれに縋るより道はない。

既に、帰る場所は失われたのだ。

さぁ!いくぞ!」


族長はそう言うと先陣を切って建物の中へと入っていく。

数名の部下を引き連れて族長が飾り気のない小さな建物に入ってみると、中は何もないホールだった。

周りを見渡しながら一歩一歩慎重に歩き、ホールの真ん中に立つと、力の限りの声で族長は叫んだ。


「おねがいだ!精霊よ!姿を現してくれ!」


シーン・・・


何も起きない・・・


「精霊よ!我らの願いを聞いてくれ!」


もう一度叫ぶが、やはり同じだった。

何か変化が無いかあたりを探してみるが、ゴミすら落ちていない室内に一行は絶望感を味わいその場にへたり込んでしまった


「やはり無駄だったか・・・」


ため息が出た。

藁にもすがる思いでここまで来てみたが、徒労に終わったと感じたのだ。

そうガックリと肩を落とす彼らだったが、静かな室内に何かが聞こえる。



ザ・・・ ザザザ・・・


「ん?何の音だ」


「ョ・・・ぅこ・・ソ イらっしゃいました。どのような土地をお望みですか?」


最初はかすれ気味だったが、やがてはっきりと人の声が聞こえる。


「精霊よ!伝承は本当だった!あなた様は実在したのですね!」


族長の男は歓喜した。目には涙も浮かべている。


「どのような土地をお望みですか?」


声は繰り返す。


「土地?精霊様は我らに土地をお与え下さるのですか!ならば聞いてください!実はつい20日ほど前になりますか、この一帯の亜人種に対して、いきなり人間どもが襲ってきたのです。

既に数々の集落が焼かれ、蹂躙された集落の者共は悉く殺されました。今!この時にも奴らの軍勢は迫っております。

仲間たちは海峡まで達し、船を作っておりますが、海峡の向こうには他の部族が既におり、争いは避けられないでしょう・・・

精霊よ!我らに新たな土地をお与え下さるのならば、鉱物に恵まれた誰も住んでいない土地を!その慈悲で与えては下さいませんでしょうか!

なにとぞ!なにとぞ聞き届けてくだされ!精霊よ!」


「・・・お望みの土地を承りました。これより召喚します。」


声が終わるとホール全体が輝き始めた。


「おぉ!これが精霊の力か!すごいぞ!おい!このことを皆に伝えるぞ!すぐさま伝令に向かえ!」


族長は歓喜し配下に向かって叫び振り返った。

苦しい状況を打開できる。

恐らくは後ろで聞いていた部下たちも喜びの涙を流しているに違いない。


そう思って族長は涙をにじませながら振り返ったが


だが、そこにいたのは配下の男ではなく


血に濡れた人種の兵士たちと男の死体だった。



「な!?」



驚愕する族長をよそに兵士をかき分けて、初老の貴族風の男が一人現れる。


「はっはっは!下等種にしては中々面白いことをやってるではないか」


「貴様ら、どうしてここへ!?」


怒りの視線を向けるが、その男は笑いながら答える。


「いやなに。これから海岸へお前らを駆除しに行こうと思ったら。嬉しそうに森に入っていくお前らを見つけてな

この状況下で何を企んでいるのか探ってみたらこの結果だ。」


「くっ!」


「精霊を使って土地を召喚とは実に面白い。おい精霊!俺の望む土地も出せるか?」


「条件にもよりますが、先ほどの召喚が終わった後なら可能です。」


精霊の声があたりに響く。

兵士たちは姿の見えぬ精霊の声に狼狽していたが、この貴族は肝が据わっているようだった。


「そんなもの無視しろ!俺に征服地として麦で黄金に染まる実り豊かな大地を与えろ!」


「召喚を変更しますが、何が起きるかわかりませんがよろしいですか?」


「くどい!」


その精霊に対し余りに不遜なやり取りに、しばし呆然としていた族長も男の願いの内容に我を取り戻した。


「キサマ!なんてことを!」


「礼を言うぞ下等種。おかげで我が領地が更に増えそうだ。

その感謝の印としてキサマを始末した後に、海岸の仲間も寂しくないよう一人残らずあの世に送ってやるさ」


男の言葉が終わると同時に、兵士の剣が族長に突き刺さる。


「ぐぅ・・・」


「さらばだ。下等種の長殿」


「ぐ・・ぅ・・・貴様ら全員・・・地獄に落ちろ・・・・・・」


「はっはっは。

かまうものか!

地獄でもお前らを征服してやるから、楽しみにしておけ」


男が笑いながら族長の最後を眺めていると、不意にホールの光の色が赤に変わった。


「!! なにごとだ!」


「さ、さぁ?分かりません」


付近の兵士が混乱気味に答えるが、男がその兵士を殴りつけて言葉をつづけた。


「キサマらには言っておらん!おい精霊!どうなってる!?」


「召喚に成功しましたが、途中で召喚を変更した影響で想定外の暴走が発生しました。これ以上、施設の維持が出来ません」


「なんだと!?」


聖霊の言葉に驚愕の表情を浮かべる男。

男は聖霊に向かい何とかするように喚くが、聖霊からの満足の行く答えは無い。

いよいよ駄目かと思い、逃げようとした男が爆発に包まれる前の一瞬。

最後に瞼に焼付いたのは、血だまりの中で満面の笑みを浮かべる族長の顔だった。








・・・ドーーーーーーン




遠くの森で火の手が上がった。


「・・・族長・・・」


族長に海峡を越える準備を任された男が、悲痛な面持ちで、しばしその方角を眺めてた。


「戦士長様。舟の準備ができました。出発できます。それと気になるのですが・・・」


作業を終えた男の一人が、おずおずと声をかけてきた。


「何だ言ってみろ?」


「何と言いますか、先ほどより南方に見たこともない島影が現れたのですが、あれは一体・・・」


戦士長と呼ばれた男は押し黙りその方角を見る。


あれは、精霊の下に赴いた族長の仕業か…


なんにしろ他にこれ以上の選択肢はないか。

意を決し、男は船に飛び乗り皆に向かって叫んだ。


「さぁ 皆の者!南方を見よ!我らが族長様が精霊のもとに赴いた事により

あの島が現れた!すべては族長の導きの下にある!

人種に迫害されし全ての種族よ!船出の準備はいいか?

さぁ!行こう!新天地へ!!」



号令の下、人の波が動き出す。

南に見える、この世界の誰も知らぬ島へと。

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