私は、そこにはいませんでした。
ちょっと寝坊してしたまった日の朝。学校に行くとやけに騒がしかったんです。
なんだろう? と、当然思いました。だって、後三分で授業開始のチャイムが鳴るんですから。
「み、美咲……」
私を見たクラスメイトは、なんともいえない表情をしていました。この先に行くべきではない、とも言いました。
でも、このままでは遅刻をしてしまいます。私はクラスメイトの制止を振り切って前にでました。
「……由美?」
そこにあったのは、変わり果てた親友の姿でした。
腕や首はあり得ない方向へとねじ曲がり、あらぬ方向を見た彼女の下には、真っ赤な水溜まりができていました。
彼女が悩んでいたのは、知っていました。ずっと相談に乗っていました。
だというのに私は、ああ、飛び降りたんだなあ。それだけしか思いませんでした。
あ、いえ。これで遅刻がなかったことになるでしょう。それは感謝しています。
彼女が死んでしまったのは、非常に残念です。私は彼女を気に入っていましたから。
だけど私は、彼女が飛び降りた現場にいませんでした。
部活で帰りが遅くなってしまった日の夕方。家に帰ると、やけに静かだったんです。
おかしいな? と、当然思いました。だって、家には母も弟もいるはずですから。
「あ、君! この家の子?」
私を見た彼は、ほっとしたような驚いたような複雑な表情を浮かべていました。彼は警察で、母と弟が空き巣に殺されたと言いました。彼は当然同情を向けてきました。
でも、それよりも盗られた物がないかが気になります。私は彼にそのことを尋ねました。
「……そうですか」
不幸中の幸いか、荒らされた形跡はないようなので、盗られたものはないとのことでした。
母も弟も、変わり果てた姿となっていました。赤く染まったリビングは、リフォームしなくてはいけないでしょう。
母も弟も、愛していました。大切でした。
だというのに私は、ああ、死んでしまったんだなあ。それだけしか思いませんでした。
あ、いえ。母がいなくなってしまうと、家事が面倒になります。それだけは、嫌だと感じました。
母たちが死んでしまったのは、非常に残念です。なんと言ったって、家族ですから。
だけど私は、殺人現場にいませんでした。
何度も何度も、近しい人の死を見てきました。
ですが、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも、私はそこにいませんでした。
遠くからトラックの光が見えました。
だけど私は、心にいませんでした。
そこにいませんでした。
そこにいませんでした。
そこにいませんでした。