喜びの日。
今日はケラスィンとの結婚式だ。
この日の為に、僕はと~っても頑張った。
それに皆も頑張ってくれた。
とってもと~っても幸せで嬉しい日のはずなのにっ!
僕は今、凄い忍耐を強いられているっ!
場所は神殿。
街の人や子供達が総出で飾り付けてくれたらしく、いつもより華やかになっている。
僕の目の前に居るのは、神官長様。
後ろには大勢の参列者が並んでいて、それで、それでっ!
ロウケイシャンにエスコートされた、花嫁姿のケラスィンが僕の方に向かって歩いてくれている、はずなんだ。
花嫁の幸運を願う伝統ある編み方をしているらしい細やかなレース。
それから遠目には無地で真っ白なんだけど、近くで見ると模様が入っていると分かる布。
花嫁衣裳に使い裁たれる前の材料は僕も見た。
その段階でも、とても美しいと思った。
だがそれらを裁ち、仕立て上げた後は更に美しくなるのだと皆から聞かされたのに、完成品どころかケラスィンが試着したところも見れてない。
「花嫁衣装ってどんな感じ? そろそろ縫い始めるんだよね?」
「そうですね」
「ちょっと見せて」
「駄目です」
予想外の答えが返って来た。
「え~なんで?」
「そういうしきたりなんです」
「しきたり?」
「昔から言われているんです」
「何て?」
「花婿が花嫁の衣装を式前に見ると縁起が悪いって」
何それ?
「……迷信じゃ?」
「花婿は見ないのが当たり前なんです」
「え~、見せて~」
「駄目です」
食い下がってみるも、答えは同じ。
しかも信じられない言葉を続けられる。
「ついでに言っときますけど、結婚式前日から結婚の宣誓が終わるまで、花婿は花嫁を見てはいけないしきたりですからっ」
「何で~~~っ!?」
そんなわけで昨日から僕はケラスィンと1回も会ってない。
それどころか、神殿に来た時も、僕1人。
朝の挨拶すらケラスィンとしていないのに、振り向いちゃ駄目。
付添人の手を離れて、隣に並んでも見ちゃ駄目。
何で、花婿の僕が、僕の花嫁さんであるケラスィンを見ちゃいけないんだ~っ!
花嫁姿のケラスィンを、僕だって少しでも長く目に留めたい。
それなのに僕だけが見れない。
こんな苦行が許されていいはずがないよっ。
そんなしきたりは絶対におかしいと、その事を教えてもらった時には声を大にして訴えた。
だが、却下された。
今も神官長様の目は完全に僕を制止している。
はっ!
もしや中身が違っても宣言が終わるまでは、バレない様にする為のしきたりじゃ?
今歩いてきているのは本当にケラスィンだよね?
やっぱりケラスィンは僕には勿体なさ過ぎるとか、今更ないよね?
そんな事を考え始めてしまっていると、後ろから近付いて来た気配が1人になり、とうとう僕の隣に並んだ。
白い人影っていうか、ベール付けてる~。
これじゃ、どっちにしろ顔が見えな~い。
でも正面から花嫁が見えている神官長様の表情に変化はない。
長年ケラスィンを見守ってきた神官長様なら、さすがに別人と入れ替わっていたなら気付くはず。
って事は、隣に居るのはケラスィンなんだ。
あ、頭は横に向けてないよっ。
だから、これは見たんじゃない、見えただけだから不可抗力だ~と内心言い訳。
すると神官長様から僕に誓いの言葉を求める、問い掛けが来た。
「エイブ。神の前、そしてここに集う人々の前であなたに問います。あなたはケラスィンを妻として、常に愛することを誓いますか?」
「誓います。神様と、ケラスィンに」
本当は誓いますだけでいいんだけど、付け足しちゃった~えへへ。
「ケラスィン。神の前、そしてここに集う人々の前であなたに問います。あなたはエイブを夫として、常に愛することを誓いますか?」
「誓います。神様と、エイブに」
そしたらケラスィンも真似をしてくれた。
あ~う~~~っ。
また嬉しくて泣けてきた~。
プロポーズした時、それから結婚式の準備が進んでいくたび、それから今。
ケラスィンとの結婚が実感できるたび、僕の涙腺は緩くなる。
「指輪の交換を」
「「はい」」
服の隠しから取り出した指輪を僕は取り出す。
この指輪は金属加工を行う親方達の好意によって作られた。
結婚式には指輪が必要だと知った僕が慌てて親方達に相談に行くと、すでに指輪は作られていた。
「いつ来るのかと思ったぞ」
「この指輪はわしらからのお祝いだ」
「材料にはくず金を使った。くず過ぎて何か作るには使えないのを、皆で集めた物だから金はいらん」
「くずだが材料的には良い金だ」
「定番な模様だが、良い物が出来たと思っている」
「……気に入らんだろうか?」
驚き過ぎて言葉が出なかったものだから、最後にはちょっぴり不安そうに問い掛けられてしまった。
「……良いのですか?」
「「「もちろん!」」」
この時も、僕は涙目で大らかに笑う親方達に感謝した。
ゆっくりと神殿の主神とロウノームス王家の象徴と言われている模様が刻まれた結婚指輪を、ケラスィンの左手の薬指にはめた。
涙でかすむ目でケラスィンを見つめる。
「エイブ……」
「嬉しい。本当に、嬉しい」
今回の結婚式は指輪だけでなく、ありとあらゆる物が街の人達の好意と祝福で作られていた。
ケラスィンの結婚衣装もその1つ。
材料の布やレース、その他の大きな物に関してはロウが出してくれた。
だが衣装作成の労力は、街の人達の全面的なバックアップがあった。
僕の花婿衣装もだ。
僕には衣装に掛けられる資産など無い。
だからロウに頼み、無地の布を用意してもらった。
シンプルイズベストで衣装を仕立て、結婚式ではケラスィンの引き立て役になろうと思っていた。
ところが衣装負けしている自分を僕が自覚するほど、僕の花婿衣装は全面に細かい刺繍が施されている。
刺繍代など払っていない。
それどころか刺繍の糸も縫った人の自前の糸。
「一針通させてもらったよ」
「ちょっとだけ縫わせてもらったわ」
街に出るたび、色んな女性陣から声を掛けられた。
「もうちょっとで出来上がるからね」
「気に入ってもらえるといいんだけど」
笑顔で掛けられるその言葉に、僕に返せる言葉は1つだけ。
「ありがとうございます」
今日の神殿の飾り付けも街の人達の好意による。
神殿のあちらこちらに飾り付けられている花は、それぞれの自宅の庭や畑の隅で咲いた花々だ。
皆が花を持ち寄り、神殿を見事に飾り付けてくれた。
花々からは芳しい香りも漂い、神殿中に広がっている。
「皆に祝福してもらえて、本当に嬉しいわ」
「うん。僕も」
涙で滲んで、結局僕はケラスィンの花嫁姿がよく見えなかった。
バージンロード前
「ケラスィン。結婚を止めるなら今だぞ」
「ロウケイシャンお従兄様?」
「今なら何とでもなる。してやる」
「花嫁衣装まで着ておりますのに?」
「それを脱いで逃げれば良い」
「お従兄様……」
「我々はエイブが必要だった。だからケラスィンにエイブを押しつけた。ケラスィンの気持ちを無視してな」
「私は……」
「周りもお前とエイブが結ばれることを願った。エイブが望んだのはお前だったから。エイブを取り込みたいがため、お前を差し出した」
「最初にエイブを引き取ったのは私です」
「それに甘え続けたのは私だ。そしてエイブを必要としていたのは私だ。ケラスィン、お前じゃない」
「私も必要としていましたわ」
「ロウノームスの民の為にな。自分の為でなく」
「自分の為にもエイブは必要でした」
「民の為に何かが出来ていると思えただろうからな。エイブが居ると」
「お従兄様っ!」
「ロウノームスの為にエイブが必要だったのだから、必要としたロウノームスの王である私が途中からでも良いから引き取るべきだったのだ。だがそれを怠った」
「何故?」
「エイブが必要としていたのはケラスィンだったからだ。王宮などエイブはお呼びではなかった。王宮に呼んでエイブの力を借りられなくなるのが怖かった」
「……貸してくれていたと思いますよ?」
「だから今言う。ケラスィン、結婚を止めるなら今しかない」
「……ロウケイシャンお従兄様」
「ロウノームスの王として、お前の身内として謝る。エイブを押しつけてすまなかった」
「……私はエイブが好きですし、エイブに本当に好かれています」
「ケラスィン……」
「だからこそ結婚を決めたのです。私は幸せになって見せますわ」
「……そうか。では行くか」
「はい」