引いたくじ。
え~っと?
何かやらかしたっけかなぁ?
収穫祭が無事に終わって、さらに保存食を作り貯めねばと青年の家で皆と奮闘し始めた。
作り方の記録を見ながら保存食を作ろうとすると、どうしても分からない個所が出てきて。
「あ~、なんで~?」
「混ぜる順番はどうだったっけ?」
「ここの火の加減は、強火だっけ? 弱火だっけ?」
「だ~れ~か~お~し~え~て~っ!」
「うん! わからん!」
そこで最近は、館の厨房で保存食を作っているのを見せてもらいながら、作り方の記録を作り直しているところだ。
「経験則って、すごいなぁ」
「うん……」
「どう? いけそう?」
「駄目なら、また聞きに来れるから大丈夫!」
「だなっ!」
そんな僕の目の前には今、滅茶苦茶不機嫌顔なマスタシュがいる。
そして、後ろ手に隠しているのは何かの箱っぽい?
「……」
「……」
もしかして、その箱で僕を殴る気か?
いや、でも殴る時のマスタシュはいつも問答無用の実力行使だよな?
黙って目の前に立つマスタシュに恐れを抱きつつ、僕は恐る恐る問い掛けた。
「マスタシュ、その手に持ってるのは……?」
「……。……ほら、引けっ!」
「えっ? えぇ~っ!」
ずいっと僕に向かって勢いよく差し出された箱には、手が入るくらいの穴が。
もしかして、この箱って……。
いや、この箱の形はどう見てもっ!
「館の当番くじだ」
「やっぱり~~~っ!」
これまで僕は収穫祭後の、秋の館内くじ引きに混ぜてもらえていなかった。
なぜなら『エイブはこれな』『お前にしか分からんだろ』ってな感じで、青年の家の世話係の担当にされていたからだ。
僕は嬉々として穴に手を入れた。
箱の中には紙の感触がっ。
その中の1つを引っ張り出す。
飛び込んで来た文字は。
「ケラスィン様の話し相手……? え~~~っ、そんな羨まし過ぎる当番あったのっ?!」
叫んだ僕に、ふんっとマスタシュは答える事なく去っていこうとする。
だが、マスタシュの態度ごときで浮かれた僕のテンションが下がるわけがないっ!
「え~っ! 嬉しすぎるっ! ケラスィンにいつ話しかけても怒られることがないなんてっ!」
「あほっ! 駄目に決まってるだろうがっ!」
「認めませんわよっ! ケラスィン様のお気が向いた時の話し相手に決まっているじゃありませんかっ!」
「え~っ?!」
くじを引くところを隠れて見ていたのだろう館の人達が、あっという間に僕を取り囲んで口々に言ってくる。
「当たり前ですっ! 誰もがケラスィン様と話をしたいのです!」
「特に姫様と1対1でのんびりしゃべれることなんて、まずありえません」
「皆も話に入ってくるからな」
「1人での対応では話題にも限界があるので、助かる時もあるのですけどね」
「だからこそ『ケラスィン様の話し相手』くじがあるのですっ!」
「ケラスィン様が『話し相手』に話しかけている時は、呼ばれない限り邪魔はしない」
ん?
つまりケラスィンとの会話を長~くすればするほど、独り占め出来る? と思っていると、まだ続きがあった。
「ただ、長時間の姫様の独り占めは認められませんわ」
「ええ。適当な頃を見計らって、邪魔させて頂きます」
「そんなぁ~」
「今までより格段に身近でケラスィン様と話せる時間が増えるんだ。喜べ」
「嬉しいけど、嬉しくない~」
***
そしてその頃のケラスィンは、『エイブのお迎え係』のくじを手渡されていた。
「毎日玄関にエイブを出迎えに行くの?」
「毎日は難しいと思われますので、出来る時だけでよろしいと思いますわ」
「……」
「ケラスィン様?」
「出来れば毎日してみたいわ」
「毎日ですか?」
「ええ。エイブが喜んでくれそうだから」
「……とっても喜ばれそうですね」
「ナラティブもそう思う? それなら出迎えを毎日、頑張ろうかしら」
「ご協力いたしますよ」
***
というケラスィンとナラティブさんの会話があったとか、なかったとか。
つまり館の人達の最大の好意から、僕は毎日ケラスィンと2人きりの時間を作ってもらえたのだ。
あのくじ引きは館の皆にとって形だけのものだったわけ。
だけど……。
「ケラスィ~~~ンっ! 今日も1日お疲れ様っ!」
「エイブもお疲れ様」
「えへへ。ケラスィンが出迎えてくれるから、一気にぽっかぽかになったよ」
「今日も寒かったわね、エイブ」
ケラスィンと毎日顔を合わせておしゃべりができる。
幸せすぎた。
でもロウノームスの冬はクロワサント島に比べ、本気で寒かった。
初めて雪が降った日に僕はもう暇さえあれば、外ばかり見ていた。
なにせ島では高い山にしか降っていなかった雪が、ロウノームスでは雨と同じように降ってくる。
さらに雪が積もった初日には、もう冷たさも忘れて子供達とはしゃいだ。
雪合戦をしていたら、雪掻き代わりに雪玉を転がして、1箇所に固めて置いてくれとの指令が来た。
そこで雪だるまを子供達と作ることにした。
「でかいのを作るぞ~っ!」
「「「お~~~~~~っ!」」」
空から降ってくる雪は手に取ると解けてしまうし、重さも感じない。
それなのに地面に積もった雪は、転がし固めると意外にすぐ大きく重たくなって、1人では動かせなくなると始めて僕は知った。
さらにその数日後、まだ雪が解けていない上に雪が降り。
もちろん、僕らのように雪だるまを作るだけでなく、ちゃんと雪掻きしていた人達もいたのに、その部分もまた白くなってしまったのを見て。
ようやく僕は自分がロウノームスの冬を、甘く考えていた事に気付いたのだ。
「今年は雪が多そうね」
「みたいだ~、ケラスィン。神殿の方はどうだった?」
「今日も逃げ込んで来た人がいたわ」
「そうかぁ。体調崩している人はいない?」
「今のところ軽い風邪ぐらいらしいわ。暖かい食事と十分な睡眠で対応出来ているみたいよ」
「それは良かった」
もともと王都に逃げ込んで来た人々については、神殿へ向かってもらう様にしていた。
街の人達にも王都に逃げ込んだ人々を見かけたらそう伝えてくれるように、だいぶ前からお願い済みだ。
だけど。
ここから更に、だけど、なんだよ。
雪が降り積もり始めてから、ケラスィンとの会話がお互いの情報交換的な感じに終始するようになってしまった。
情報交換は大事だ。
情報交換により、現在起こっていること、また不足しているものを知ることが出来る。
そして先に何が必要になるかを見通すことも可能になる。
もちろんケラスィンとのおしゃべりのネタに、情報交換というものがあるのはありがたい。
だが寒いから暖を取るという言い訳が完備出来るというのに、情報交換という堅い話ばかりが続くため、2人きりだというのに全く甘い雰囲気にならないっ!
ケラスィンをぎゅ~っと抱きしめたくても抱きしめられな~~~いっ!
誰か~ぁ。
僕に婚約者同士がする、甘い会話をいっぱい教えてくれ~~~ぇ。
そう思っているのに、ヘタレな僕はケラスィンと情報交換を続けてしまう。
「街道整備の親方達から何か連絡があったか聞けた?」
「ええ。問題なく現場で過ごせているそうよ」
「それは良かった」
実は街道整備に行った親方達は、そのまま街道整備の現場に今でも留まっている。
もし街道整備で働いている人達に各州から食料の提供がなければ、本格的に現場を引き払い、1度王都に全員引き上げてもらっていただろう。
寒さと飢えで親方達や工夫の人達が倒れないように。
今も神殿に逃げてきた人々が希望すれば、街道整備の現場に移動し働いてもらっている。
街道整備の現場への連絡の中には、ご家族から親方達への手紙や差し入れが入っている現状もある。
だから、その礼も兼ねているんだろう。
王都を留守にしている親方達の家族は、神殿へちょくちょく差し入れをしてくれている。
もともと街道に雪が積もった後、その街道が通れるか通れないかは、その街道の通行量次第。
島でも流行病で州境が閉ざされてからは、各州への道が緑で埋もれてしまっていた。
人や馬車が通れば、通った跡が道に付く。
だから道だと分かりやすい。
人が通らなくなれば、道は消える。
地元の人なら、この木が見えるから、この川があるからとかで、道が見えなくなっても、この辺りが道だと何となくで歩けるような気もするけれど。
その土地に明るくない人にとっては、雪が積もって一面が白くて、しかも真っ平らになると、どこが道やらさっぱりになる。
だから雪が多いこの冬に、街道が雪に埋もれなかった理由の1つは、王宮や各州からの使者達がこれまでになく、あっちこっちの各州に赴いていたからだと思う。
もちろん小さい町に街道が繋がっているわけではない。
でも街道にさえ出られれば、助けが得られそうな王都や大きな街に繋がっているのだ。
だが、それだけではない。
まずは近づいてくる冬を越す事が最優先だからと、僕は新しい保存食のレシピをどんどん広めたかった。
だからアクスファド先生を通して、どんどん保存食のレシピを各州に流した。
流した新しいレシピは喜んでもらえたらしく、そのお返しという感じなのだろうか、各州から王都では知られていない保存方法や、材料の見本などを使者達に託して送ってくれるようになった。
これがまたびっくりで。
僕は砂糖といえば島の植物から作るものとばっかり思い込んでいたのだが、北の大陸にも違う砂糖の原料があったのだ。
まさかの塩も。
海からじゃなくて、山からも塩が採れると教わった時は本当に驚いたなぁ。
今でも不思議で仕方ない。
教えてもらえた保存食のレシピには、王都では使われていなかった調味料や、地酒を使ったものもあった。
中には北の大陸ならではの、寒さや雪まで利用するレシピもあったから人間って逞しい。
教えてもらえたのは、きっとアクスファド先生や各州の窓口係さんが会話を重ね続けてくれたお陰だと思う。
こうしてくじは作られた
「なぁ、ほんとに良いのか?」
「普通恋仲になったら毎日でも会いたいもの」
「このままじゃ結婚式まで、夜の晩餐にしか顔を合わせないことになりそうだからな」
「さすがにそれはな」
「ケラスィン様は、会いたいからと呼び出しを掛けるような方ではありませんし」
「この館でケラスィン様を呼び出すなど、よっぽどの用がない限り認められないだろう」
「そんな2人には、会う為の口実を作ってあげないと」
「でも野郎の1人がケラスィン様と自由に会えるなど、認められないからな」
「ケラスィン様には『お迎え券』を直でお渡ししてもいいのよね?」
「ちょっと待て。簡単に認めるのはしゃくだ」
「じゃあ、白紙のくじを大量に作って、その中に『話し相手券』を入れて引いてもらうのはどう?」
「それはいいな」
「当たり券を引かなければ、邪魔をしましょう」