慣習と共存。
「元老院の穴埋めの件は例のごとくエイブ君の発案だそうですが、その場には王も同席されていたとか……」
おうぅ。
ロウケイシャンと一緒に居る場で、ぺろっと口約束するなっというサラリドさんからの視線が痛いです。
「先程の雇用契約の件と重複しますが……これまで属州と呼ばれてきた事、奴隷の多くが州出身だった事から、高位貴族だけではなく、ロウノームスの多くの者が州の者を下に見る傾向があります」
そういえば親方達も州の技術者の事を、アッサリと奴隷という言葉で片付けていたなぁ。
もっとも最初だけで、今では自分達の技術者仲間として頼りにしているが。
「そのロウノームスにおける傾向の中、各州からの代表者の方々に、元老院の席を用意するのは民の反発を招くだけだと思います」
「いや、そうでもないんじゃないかな?」
街の食堂や海でのテンパリトさんへの対応を見る限り、王都において各州の代表を元老院に入れることに、民の反対は出ないような気がする。
今王都の人達は州の人達に後ろめたい気持ちを持つ人が少なくない。
神殿において患者と看護者という関係ではあったが、街の人達は元奴隷の人達と大々的に交流を持ち、奴隷の境遇を知ってしまったからだ。
だからこそ民の間では人伝に、奴隷制度を悪用していた自国の貴族達への嫌悪感が広がり始めている。
まあ、庇護すべき自国の民まで奴隷に落とした貴族達が出ていたことも、その嫌悪感の広がりに拍車を掛けているんだけどね。
「そもそも元老院に座ってる貴族って、どうやって選ばれてる?」
「親から子へ、自動的に引き継がれておる。我が挨拶を受ける」
「任命書とか無し?」
「無いな。元老院の者達も多くが亡くなったはずだが、我が王になった時には既に全ての席が埋まっていた。とはいえ、エイブ」
「あ、お見通しだった?」
「うむ。元老院の全員を一度解任し、新たなメンバーを再任命は現状では難しい」
「任命書とかないなら、いけるかなと思ったんだけどなぁ」
「長年慣例が続いてのロウノームスの安定だからな。その慣例を破るのはなかなかな」
「う~ん」
元老院の全員をロウが任命し直して、その時に各州の代表者さん達の席も作っちゃえれば簡単だったんだけど……。
それでロウからの任命書を持っていない人は、議場に入れない様に通せん坊しちゃってさ。
そうすればロウを中心とした政治が動きやすくなって、ますますロウノームスは良くなると思うんだけどなぁ。
それに州の人ばっかり働いてもらっていたら悪い。
問題発生が続くこんな時だからこそ本当はもっと前から、しっかり元老院は機能して欲しかったし、貴族らしく民を守っていく姿勢が欲しかった。
今では何だか問題ばかり起こす人達というイメージが僕の中ではある。
今の元老院の人達が隠居したら、各州の人達や自国の力なき民に対する横暴さはマシになって過ごしやすくなるだろうなぁ。
「う~ん。順番に順繰り回しはどうですか? 1度に各州分の席が増えたら、民達だって怖く思って警戒すると思うけど、各州の代表者から1人を元老院に入れるぐらいなら大丈夫じゃない?」
「怖くて警戒?」
「ロウノームスが我々をですか?」
「うん。反発というか、抑え付けていた分、余計に怖いんじゃないでしょうか? オシウェスト州では食料を求めて、暴動があったわけですし」
暴動を起こした人達からすれば、それだけ切羽詰まっていたわけだろうけど。
それでも州の民を虐げていたという意識が王都の人達の間には出てきているから、虐げた分反撃してこないか怖いんだろう。
「大国であったロウノームスに対し、暴動を起こした行動力を警戒してるんでしょう。実際、各州の代表者さん達の席が一気に増えたら、皆さんやり手みたいだし元老院の実権もあっという間に奪われちゃったりして?」
「……エイブ」
おっとっと。
またロウからの制止が~っ。
「で、でもっ。州の人達が何も好き好んで、ロウノームスを取って食わないと分かってもらうには、やっぱり関わりを持たないといけないと思うんです。最初は怖がらせない様に、少~しずつ」
だから元老院に1人だけ各州の代表を入れる。
でも、これは。
「州の人達と一緒になって街道整備が出来ているように、場所が元老院だろうが、どこの職場だろうがお互いに信頼関係が築いていけるはずだと信じている僕だから言える事でもありますけど」
北の大陸をより良くする為に、ロウノームスと州は共存可能だと信じたい。
「誰か何か意見はありますか?」
「エイブ。元老院に入れる各州の代表者が1人だと、力関係がまたロウノームスに傾くことにならないか?」
「元老院だけじゃなくて、行政府にも州の人を入れていけば良いんだよ。それなら元老院にいる代表者さんも後押しが期待出来るでしょ?」
「「は?」」
あれ?
行政府代表のサラリドさんや各州の窓口係さんだけでなく、各州の代表者さん達を含めた全員に驚かれたよ?
「え? 入れないの? 実力ある人達だよ? ただ王都に居てもらうだけなんてもったいないよ。働いてもらった方が断然良いじゃないか」
「あの。ロウノームスではロウノームス生まれの者だけが政事に関与出来る慣例が」
う~ん。
ここでも慣例か~。
というか僕もその慣例から外れている存在になっちゃうんだけどな~。
「それが続いてたから各州が迷惑を被っていたんでしょ? 迷惑掛けたんだから、その辺くらいはロウノームス側が融通利かせるべきだと思うけど?」
王都では特に、どの貴族が元老院なのかを知っている人は多い。
逆に行政府でどれくらいの人数が勤めていて、具体的に誰が何をしているかまで把握している人は少ないんじゃないかな?
けれど行政府が元老院の下支えだけではなく、ロウノームスを生かそうとしている事務方である事だったら、王都の人達も分かってくれているはず。
一緒に北の大陸を良くしていく為なんだから、行政府に州の人達が入る事に引っ掛かりを覚える人は少ないと思う。
「……確かにな」
ようやくという感じだったが、ロウが頷いてくれた。
「あとは? どうかな? 先生やパーパスさんは?」
「「……王がよろしいなら」」
「うむ。とりあえず動いてみないことにはな」
「決まりだねっ」
よし、州の人達が行政府に加わる事は決定っ。
「じゃあ元老院に入る人の順番はくじ引きで! ……と、言いたいところですが、ロウノームスに残ってる人が多い州の順で決める? それとも州の皆さんで相談されますか?」
「まず相談させてもらえないだろうか?」
「了解です、テンパリトさん。決まったら教えてください」
代表者さん達に向けて問いかけてみたが、答えてくれたのはテンパリトさんだけだった。
どうも各州の代表者さん達からの反応が今ひとつなんだよなぁ。
僕と同じで、ロウノームスの元老院や行政府に加わる事に、実は各州もあんまり興味がないんじゃないかな~という感じさえする。
「あと新たに契約を結んで残る人がどれぐらい居るか、移動する人がどれぐらいになるか分かったら教えてもらえませんか?」
長時間一緒した事があるのはテンパリトさんだけだし、働いてもらう気満々だから仕方ないか~?
そう思いつつ、テンパリトさんにお願いした。
「何故ですか?」
「大体でいいから残っている人数を把握しておかないと、冬にどれくらいの食料が必要になるかが分からないですからね」
「え?」
「え? って? 食料確保は重要な問題でしょうがっ!」
もしかしてテンパリトさんだけじゃなく、各州の代表者さん達は誰もロウノームスに残っている人達の把握や、その生活がどうなっているかの調査が全く進んでいないんじゃないか?
雇用契約の件も、代表者さん達の内から挙がってきた話という雰囲気ではなかったし。
「残る人達にもちゃんと食料は行き渡るようにしないとっ! お腹が空くのは辛いですよっ」
「また海に行かれると?」
「もちろんっ。テンパリトさんも行きます?」
「行かれるならぜひ」
「我も連れて……」
ロウが言い掛けていたけど、それは遮らせてもらう!
「今回は駄目。ロウは現状把握が仕事。頑張って」
「くぅ~っ。駄目かぁ」
「現状把握は州の人達に手伝ってもらいたいかな。あと雇用契約時も是非一緒に目を光らせましょう」
「「はい」」
さすがに今回はちゃんとテンパリトさんを含む、各州の代表者さん達から返事が来た。
何とか話はまとまったかな?
でもくじ引きって僕が言った時、島のくじ引き制度を知っている、アクスファド先生とロウの表情が弛んだのを僕は見逃さなかったぞ~。
結婚
「姫様」
「……なにかしら?」
「島の人と結婚がお決まりあそばしたそうで、おめでとうございます」
「ありがとうナラティブ。でもどうして知っているの?」
「街は噂で持ちきりですわ。館でもです」
「あら……」
「それで、結婚式はいつ頃のご予定ですか?」
「まだ全然決まっていないの。今頃エイブはお従兄様と相談しているのではないかしら?」
「お式の衣装等はどうなされますか?」
「それもどうなるか。エイブは今までの結婚式とは全く違う式にしたがっているから」
「……もしかしてすぐにとか?」
「それは無理じゃないかしら。さすがに」
「良かったです」