契約状況。
アクスファド先生と各州の代表者さん達との会談の日が来た。
先生と一緒に奴隷制度廃止の相談役になったパーパスさん、それから各州の窓口係さんと、行政府からの代表だろうサラリドさんまで居る。
「挨拶はこれくらいにして、まず私からの話を聞いてもらいましょうか、エイブ君」
「えっ? 教室じゃないのに、僕だけ名指し~っ?!」
「まぁまぁ、そう言わず。各州に帰らず、残留を希望した者達との雇用契約が上手く働いていないようなのですよ」
「そうなんだ、エイブ君」
ぎゃ~っ!
パーパスさんからも名指しされたっ?!
「賃金の未払い。長時間労働。これでは奴隷時代と変わらないと、勇気ある訴えが届いていてね」
「全ての雇い主がそうだとは言いませんが、雇用契約が働いているのはほんの一部みたいなのです。残念な事に、こちらも全ての雇用状態が把握出来ていないのですが」
それを聞いた各州からの代表者さん達は、次々声を上げ始めた。
少しずつ同郷の者の状況が良くなるだろう希望が、偽りとなりそうな事に苛立ちを覚え、例えロウノームスの王であるロウケイシャンの前だろうが、黙っていられなかったのだろう。
「未だに、そのような扱いを受けているとは」
「何が雇用契約だ」
「我が州の者達は帰州させます」
全くもってその通りっ!
そう僕も代表者さん達に本気で同意したい。
自らの意思とは関係なく奴隷扱いを受けていたのに、ロウノームスに残ってくれたのだ。
残ってくれていた人達には仕えていた家やら周りの人達らに、何か思う事があって残ってくれているのだろう。
その中には本当にロウノームスが変わるのかを、見届ける為に残っていた人もいるはず。
それが今までと変わらないというままで、帰州してしまったら、奴隷として過ごすことになったロウノームスへ2度と行こうとは考えないに違いない。
だが、せっかく残ってくれた人達が全員、自州に帰ってしまったら、ロウノームスは回らなくなること間違いなし。
それは僕としても困る。
ケラスィンとの結婚とお祭りの為にも人手は大勢必要なのだ。
それにお祭りはにぎやかな方がいいに決まってるしっ。
だから頑張って声の間に割って入った。
「先生、パーパスさん。契約違反だと雇用主の方には言ったんですか?」
そう訊ねると、なぜか各州の代表者さん達まで一斉に僕を見て来た。
何だろうと訝しみつつも、答えを待つ。
「もちろんですよ、エイブ君。ですが、そういう契約を取り結んだはずだと返されただけでした」
「う~ん」
本当なら雇用主からそういう白が切られないように、1人1人個別に雇用契約書を作りたいところなんだけど、ロウノームスにおいて紙は高級品だから難しいよなぁ。
王都内の分なら1枚に何人か分の雇用契約書を記載するようにすれば、何とか用意は出来るかも知れない。
だが形・色ともに不揃いの雇用契約書になるだろうし、紙作りが広まっていない王都以外の地域では雇用契約書を現実化することは無理そうだ。
それに少しずつ各州の人達から話を聞いて、紙は知識・技術を書き留める事に優先して使いたい。
雇用契約書以外の案を考えないと。
「悪足掻きしてる人達に、例の集めた資料は使ったんですか?」
「あぁ。だが逆にこれ以上自分達が居なくなって困るのは、王や我々の方だと言われたよ」
むむ~。
それって、脅し返された?
確かに、契約違反をしている者達を処分していけば元老院に穴が開きすぎる。
ここに集まっている各州の代表者さんを穴埋めで入れても、元老院は穴がいっぱいのままになりそうだ。
でも行政府内にだって、サラリドさんを初め熱い人達が集まってるわけだから、やる気のある人を元老院入りさせれば正直何とでも埋まりそうな気もする。
本当に資料を使って、追い出してしまった方が実際ロウノームスの為にもなるんじゃないかなぁ。
……それにしたってさ~?
「自分達の方こそが、困るとは思わないんでしょうか?」
「どういう意味です、エイブ君?」
「このままだと残ってくれていた人達も、また逃げ出すなり、今度こそロウノームスを見捨てるでしょう」
「そうでしょうね」
「自分達で家事なんてした事ないでしょうし、世話をしてくれる人が誰も居なくなったらどうするつもりなんですかねぇ。それこそ、家内が回らなくなる、だと思うんだけどなぁ」
前に宴でロウが奴隷制度の廃止宣言をした時、貴族がそう騒いでいたのを確かに僕は聞いた。
アクスファド先生とパーパスさんが苦笑を浮かべる。
「あの時の、先生とパーパスさんの言葉を改めて伝えた上で、勤務時間を守る事や給料の支払いを雇用主に求める。奴隷以外で働いていた人達もいたはずだから、その人達の雇用条件を参考にさせてもらってさ」
全く、手間が掛かる人達だ。
「それでも駄目なら、本当に引き上げちゃった方が良いよっ」
「……こらこら、エイブ」
おっとっと。
ロウから駄目出しが出た。
ケラスィンを娶る為に、ロウノームスの事もちゃんと考えるんだった。
「引き上げてもらって、ロウノームスの他の仕事に移ってもらいたいなぁ。いいという人がいるなら、街道整備に加わってもらいたいし。あと食料増産に、保存食に。人手はい~っぱい募集中ですっ」
まだまだロウノームスは復興の最中。
そう考えると、僕としてもやる気ある州の人にはロウノームスに残っていてもらいたい。
う~ん。
雇用契約を順守してもらう為にする再度通告時、もうひと押しが何か欲しいなぁ。
そういえば大流行した流行病をロウノームスの貴族間では祟り病だと信じている。
だからこそ神殿に子供達を預け、祟り病から身を守ろうとした。
今生き残っている貴族達は、神殿に恩のある者が多いし、祟りを恐れてもいる。
「今回の給料未払いの話し合いに、神官さんを仲裁人に入れるのはどうだろう? それでもまだ契約違反をするようなら今度こそ雇用契約書を書かせて、それを神殿に預けるんだ」
さすがに神罰はイヤだよね?
それに貴族といえども、恩ある人や場所には敬意を持っているはず。
「悪足掻きしてる人に2回もチャンスをあげるんだから、州の人からみたら随分優しい措置ですが。それでどうでしょうか先生、パーパスさん」
「……他に良い案も思い付かない事ですし、仕方がありません」
「神殿で連絡係をしている甥のクウィヴァとも相談してみるかなぁ」
「あ、クウィヴァさんといえば」
「どうした、エイブ君?」
「ラスルさんがいる神殿でケラスィンとの結婚式を出来るか相談を……」
「あぁ、なるほど。エイブ君も一緒に神殿に行くかい?」
あれっ?
あっさりパーパスさんに頷かれちゃったよ?
別の真剣な話し合いの最中に、ケラスィンとの結婚話を出してしまったのに、苦情も出ず全くスルーされてしまった。
しかも各州の代表者さん達も驚いてくれてない。
冷静そのものに見える。
テンパリトさんにいたっては、にこにこしてるし……。
ちっとも宣言な感じにならなかった~っ!
「エイブ君?」
「ケラスィンとの事、もう知ってました?」
「そりゃあ、プロポーズがあんなに人が集まっている所だったからね。ケラスィン様付きの者達も傍に居たし」
「……」
「エイブと従妹殿の結婚は、来年の晩秋を考えている。それについて話し合いたい事があるのだが、まずは各州の代表者に元老院の席を埋めてもらう件を先にしよう。よいな、エイブ」
「……ハイ」
まともにライバル宣言出来ていなかった分、もしテンパリトさん以外の州の代表者さんから、僕じゃ相応しくないとか言って来られたら、思う存分ケラスィンへの愛を語るつもり満々でいたのに~~~っ!
ロウからの言葉に、何となく肩透かしを喰らった気分で僕は大人しく頷いた。
雇用契約
「給料や雇用条件?」
「そんなの聞いたことある?」
「あ~、島の人が街道工事で使い始めてな。それまでは毎日のご飯と寝る場所の確保が雇用条件のようなものだったんだが、近隣の者を雇い始めてから給料と雇用条件が必要になった」
「へぇ~。働きに行ったらお金がもらえるんだ~」
「いや、普通にもらえるだろ?」
「下働きや見習いにはないな」
「飯と寝る場所はしっかりあるけどな」
「それがなかったら下働きや見習いなど無理だぜ」
「もらうのは、げんこつや怒鳴り声だけってか?」
「「違いないっ」」
「下働きから半人前になって役付きになったぐらいから小遣いが出てたが、考えたこともなかったな」
「どこかのお屋敷に勤める時でも、最初はご飯と寝る場所がもらえればって感じだものね」
「里帰りが許された時に、お小遣いやお土産が渡されるぐらいね」
「あ~でも、奴隷の人達はご飯ももらえなかったとか」
「住まいも床に雑魚寝だとかって」
「「……きついな」」
「いつぐらいから、お小遣いがもらえるようになってたっけ?」
「あと自分のことをする日ももらえてたわよね?」