新たなる目標へ。
「エイブ、ちょっといいからしら?」
「ケラスィンっ」
呼ばれた方を見ると、何だか真剣な顔をしている。
「どうしたの、何か問題でも起きた……?」
問い掛けると、ケラスィンに腕を掴まれ、人ごみの中から空いている方へと僕は引っ張っていかれた。
何だか初めて会った日、王宮から連れ出してくれた様な強引さだ。
しかも立ち止まったケラスィンからは、こんな質問をぶつけられる。
「エイブは王族の一員になっても、権力を手に入れて有頂天になるだけで、終わったりはしないわよね?」
音としては確認に近いかも知れない。
とにかく、僕は慌てて頷いた。
それにしても王族の一員だって?
もしかして島からの船が来てる事で、アクスファド先生がヒートアップしちゃって、相談役ついでに、ロウノームスの王族の祖先はクロワサント島民説を広めまくってるとかっ?
まさか、それで僕が威張り散らすんじゃないかと、警戒されてる?
もちろんもっと、意見が通りやすくなればいいのに、と考えたりもするけど……。
「僕1人が威張ったって、ロウノームスが良くなるとは思えない」
「そうよね。エイブはそうだわ」
これまでの事でも思い出しているのか、そうケラスィンは呟いて、それから僕に真っ直ぐな瞳を向けて来た。
「私はロウノームスの為に生きているし、これからもそうでありたいの。だから、エイブ。私は島へお嫁には行けないわ。エイブがお婿に来てくれるかしら?」
「っ?!」
って?!
つまり先祖がどうたらじゃなくて、ケラスィンと結婚して王族になった場合っ?!
僕からケラスィンには、何度もアタックしてたけど、逆の場合は初。
危うく真っ白になり掛けた僕の頭に浮かんだのは、いつかの劇で見た求婚の作法だった。
片膝をついて、ケラスィンを見つめる。
「ケラスィンが、好きだっ! ずっと、傍にいたいんだっ! 僕と結婚して下さいっ!」
ロウノームス語はすっかり話せる様になったはずなのに、なぜか片言気味になってしまって、何だか格好付かない。
それでもケラスィンは僕の手を取ってくれた。
「お受けします」
「ありがとう、ケラスィン」
「こうしてくれるのは、2回目ね。ずっと私の事を想ってくれていた? のよね? ごめんなさい」
未だ疑問系だったけど……っ。
「いいんだっ。今、ちゃんと受けてくれたから……っ!」
言い終わるや否や、一斉に周りを取り囲まれた。
「おめでとうっ! 良かったなっ!」
「こんな奴でいいんですか、ケラスィン様~っ!」
「とうとうか~っ!」
「感謝しろよ、エイブ」
とか口々に言われて、声で誰が何て言ってるかを判別する。
つまり僕の視界は嬉しさのあまり、すっかり滲んでしまっていた。
「よしっ! 固定完了!」
「……なぁ。これ、眠りにくくないか?」
先日、皆で雑魚寝した船室が植物園だ。
「しょうがないだろ。植物には、日光が必要だ」
「じゃあ、甲板に固定すれば?」
「植物は、塩にも弱いだろうが」
「なるべく全部持って帰りたいからね。固定はしたけど、状況によっては移動するわ」
「移動?」
「いや、嵐が来たら、やばいからな。まあ、こればっかりは天候次第だな」
「大丈夫! 嵐が来そうなら、ちゃんと入り江に避難する!」
「おうっ! 主任航海士、任せる!」
クロワサント島へ帰港するまでの航海はとても長い。
ダニャルとフィシャリの言葉に思わず心配になったけれど、バナが自信満々に言い切った。
そんな遣り取りを見つめて、必ず無事に帰り着けると僕は心の中で自分に言い聞かせた。
「荷造りも済んだし、あとはこれだ」
「え、伝書鳥?」
「あの後もジェイカブが情報を集めながら、ヘイズルとアイリンが頑張って繁殖させまくった鳥だ」
「こっちは飼育メモ。正直、クロワサント島まで飛んで帰って来るかは、難しいでしょうけどね」
ダニャルからは鳥籠を、フィシャリからは本を押し付けられた。
知識だけじゃなくて、伝書鳥という大切なものまで預けてくれるのだと、僕はじんっとなる。
「うん。ありがとう、2人とも」
何とか感謝を口に出せたはいいが、これでまたしばらく皆には会えないんだなと思うと、言葉が続かない。
「気を付けて。元気でねっ」
「あぁ、分かった。エイブもな」
「それから島の皆によろしく……あ、そうだ。あとスィーザにもっ!」
「しっかりお姫様の事、捕まえときなさいよ」
「お腹出して寝ちゃダメだよ、エイブお兄ちゃんっ」
「バナこそっ」
お互いに同じような事を何度も繰り返し言い合って、しまいにはそれが可笑しくて笑って、別れの時間が来た。
集まって来た乗員達と顔を合わせ、“輝ける白”が初めて本格的に遠距離航海をした時のように、僕は右手の甲を上にして差し出した。
通じたらしい。
ババババッとその上に手が乗っていく。
最後に左手を一番上に乗せた。
「長い船旅だ。安全第一で頼んだよっ!」
「「おうっ!」」
皆の声が響き渡る。
僕はギュッと上から押さえ付けられた手を、下から跳ね上げた。
今まではちっとも目に留めてこなかったが、例えば主に貴族が喜んでいるような権威を示す品々とかを、クロワサント島で作って持って来てもらうのはどうだろうか?
クロワサント島は、豪華な品より日用品の方が主流である。
けれど豪華な品々を作り出す技術も、クロワサント島のどこかには残っているはずだ。
問題は、ロウノームスから提供する品々だ。
技術的にロウノームスは、失われた技術が多くある。
ロウノームスで知った技術で、クロワサント島が欲しがる品が思いつかない。
それでも、たまたま海路が見つかったからというだけじゃなく、ロウノームスから手に入れたいものが必ずあったはずだ。
流行り病の前には、確かに継続的に行われていた交易なのだから。
植物以外でも、ロウノームスとクロワサントとで提供し合える日がきっと来る。
いや、来させるんだ。
もしかしたら州の方にはもっと凄いものだって、埋もれているかも知れない。
と、なると……。
「ロウノームスでも全島……全陸? う~ん、とにかくお祭りをするぞ~~~っ!」
僕は離れていく船に、大きく手を振りながら叫んだ。
マスタシュがぎょっとしているが、気にしな~い。
「エイブ?」
しゃべる言葉が分からないだろうに、ずっとケラスィンは僕の傍に付いていてくれた。
それがどれだけ心強かったか。
その傍にある温かさのおかげで、僕は涙を見せる事なく、皆を見送る事が出来た。
今はもう、我慢が出来ていないけれど……。
でも、これが今生の別れではない。
また、皆に会えるだろう。
遠洋への波に乗ったらしい船は一気に離れ、やがて白い輝きは見えなくなった。
……さぁ。
僕はこのしんみりを引き摺ったりなんかしないぞっ。
まずはケラスィンとの結婚式の準備をしなくっちゃっ!
「帰ろうか。ケラスィン」
「もういいの?」
「うん。またきっと会えるからね」
鳥籠と飼育本を抱えて、僕はケラスィンと歩き出した。
帰島
「輝ける白だ~~~っ!」
「「お帰り~っ!」」
「「ただいま~~~っ!」」
「どこまで行ったんだ?」
「スィーザ! よく来たな!」
「よく来たじゃない! 帰りがあまりに遅いから、皆心配してたんだぞ!」
「あ~。すまん」
「でも、良いものを持って帰って来たわよ」
「良いもの? ……フィシャリ、どこかに辿り着いたのか?!」
「ええ。これ、お願い出来るかしら」
「フィシャリ姉、この鉢植えの植物、何~?」
「初めて見たよ~! 何の植物~?」
「育てれば、食べられるわよ」
「食べれるの?」
「ちょっと潮風で弱ってしまってな。何とか元気になってくれればいいんだが」
「どれだけあるの~?」
「まだまだあるぞ~!」
「手伝う~!」
「とりあえず、青年の家に運び込んでくれ。これが育て方だ」
「……どれがどの植物の育て方?」
「あ~。どれでしたっけ、姐御?」
「……ごめんなさい。この植物の育て方が、これだってのしか覚えてないわ」
「大丈夫! おれが覚えてる!」
「頼むわ!」
「了解! 鉢植えは皆しっかり抱えたかい?」
「「OKだよ~!」」
「青年の家に着いたら教えるよ。行くよ!」
「「お~~~~~っ!」」
「……それで? あの鉢植えは、誰から貰ったんだ?」
「あ、分かる?」
「エイブに会ったのか?! どこだ?!!」
「……ごめんなさい。連れて帰って来れなかったわ」
「……何だ、これは?」
「エイブからよ」
「……『まだまだ変えるよ』か」
「ええ。ロウノームスは、奴隷制を廃止したわ」
「そして、エイブはロウノームスで結婚する」
「「何だって~~~~~~っ!」」