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白く輝く帆の下で  ー北の州長の奮闘記ー  作者: きいまき
ロウノームス
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メモを纏める。

 ジャム作りは、さほど時間を掛けずに終わった。


 火を入れると、野菜や果物は嵩が減る。

 自分達の作ったジャムが、予想していたより少なかったのだろう、青年の家の子供達から、ジャム作りを始めた当初の、目の輝きが薄れてしまった。


「急に決まったんだ。材料が少なかったのは当たり前だぞ」

「作り方は書き留められたんでしょ?」


 訳して皆に伝えると、メモを取り続けていた子達の方に、一斉に視線が送られる。


「それが……」

「書けた所と、書けなかった所があって……」


 それを僕から聞いたフィシャリは言い放った。


「エイブに纏めて貰えば良いのよ!」

「おいいいいっ!」


「簡単よねっ!」

「まぁ……。じゃないっ! 僕がやってしまったら、全く意味がないじゃないかっ!」


「でも、それが一番早いだろ?」

「そうだけど。そうなんだけど……」


 ぐだぐだと僕達が言い合う、周りの子供達の視線が痛い。

 そんなに、すがる様に視線を向けて来ないでくれ……。


「そもそも何とか纏まりそうだと見たから、自分はメモを取らなかったんだろ?」

「……お見通しか」


 しょうがない。


「皆で思い出しながら、纏めようか」

「どうやって?」

「それぞれのメモを照らし合わせるんだよ。ちょっとメモを見せてくれるかい?」


 一斉に差し出されて来る、メモの束。


「これは、書いた順に並んでいるかい?」

「ちょっと待ってっ!」


 一斉に自分のメモを見ながら、並びを見直し、所々で入れ替えをしてから僕に差し出して来た。



「まず最初だ。この辺は皆同じ事が書いてあるだろ?」

 食卓の上にそれぞれのメモを、順番に置いて行く。


「どうだい?」

「本当だっ!」


「最初はまだ良いんだ。だが、どんどんメモを取れなくなって、隙間が出て来る」

「そうなんだ。書くのに夢中で、気が付いたら作業が進んでた」


「だから、その隙間を埋めてくれるメモを探すんだ」

「これっ!」


「おっ! 良いねっ! あとこの辺も入れてみれば、分かりやすくならないかい?」

「作業図っ! 分かりやすいっ!」


「次はこの作業だ。作った皆はジャム作りの、大体の流れを覚えてるだろ?」


「うんっ! その次はこれっ!」

「この図も入れてくれっ!」

「わぁ! バッチリっ!」


「そうそう。そんな感じで続けていくんだ。順番を決める間に清書も始める」

「マスタシュが居れば、マスタシュにお願いするんだけど……」


「居なかったマスタシュは、全くジャム作りが分かって無い。分かっている者が書く方が、確かな手順書が出来るよ」


 マスタシュにお願いしたい気持ちはとてもよく分かるが、今回はここに居る皆でやってみてほしくて、僕は言った。


「じゃあ、やるわっ!」

「頑張れっ! 本当に詰んだら呼んでくれ。僕は2人に青年の家を案内してるから」


「纏めが終わるまで、2人を帰さないでっ!」

「今日終わらなくても、明日がある。大丈夫」


 清書を始めた子の頭を撫ぜてから、僕はダニャルとフィシャリを伴って、子供達が頭を突き合わせ、あ~じゃないこ~じゃないと、言い合う台所から抜け出した。



「良いのか? 子供達だけで」

「良いんだよ。その方が作り方が頭の中に入るだろ?」


「明日の手伝いは、完璧ね」

「違うよ。明日の先生役は子供達が主だ。2人は違う所に口を挟んであげてくれ」


「明日は楽だな」

「そうでもないよ。しっかり見てあげてないと駄目だから、余計に疲れるかもよ」

「違いない」


 笑い合いながら、僕はダニャルとフィシャリに、青年の家を案内した。

 今まで作った、他の保存食や畑、それから紙を見せていく。



「へ~っ。道具から作ったのか~」

「良く材料が見つかったわね~」


「材料集めは、あちこちから探して来てもらったんだよ」

「子供達が?」


「違うよ。街の皆だよ。色々な場所から色々な植物を、採取して来てくれてさ。色々組み合わせて試作品を作った中で、一番良かったのがこれなのさ」


「使い易そうね」

「そうかい?」


 苦労して作った紙を誉められて、僕はちょっと浮かれる。


「それにしても、紙の作り方なんてよく覚えてたな、エイブ」


「僕は島で、記録係もやっていただろ。分りやすくしようと、何度も書き直したりしていたから、その分だけ記憶がしっかりしているみたいだ」


「なるほどねぇ。だから子供達にジャム作りの、手順書の作成をさせてるのね」

「もうジャム作りは忘れられないよ、きっと」



 そんな話をしている中、少しずつ年少の子供達が近寄って来る。


「何を話しているの?」

「紙漉きの自慢だよ」


 さすがにもう、僕がいきなり島へ連れ帰られると、心配しているわけではないみたいだが、僕達の話の中身が気になるらしい。


 そうしたら。


「島の人の手際、悪かったよな~、今もだけど」

「そういえば、紙作り。始めは、酷い臭いだった~」

「そうそう煙がもっくもくで~」


 と、忘れていて欲しかった事の数々を掘り返して来た。

 主に僕の失敗談で、盛り上がる子供達。


「皆、それは言わないお約束……だよっ」


 慌てて止めようとした僕に、不審を抱いたのだろう。

 当然のように、ダニャルが尋ねてきた。


「子供達は何て言ってるんだ?」

「何でもないっ」

「そんなはずないだろ?」


 そうして、2人は手にした紙に、サラサラっと何かを書いて子供達に見せた。

 その途端、盛り上がっている僕の失敗談を2人に喋り始めた。


 フィシャリとダニャルは、子供達にメモを示す。

 あっという間に、僕の失敗談でメモが埋まっていく。


 今度こそ止めようとするも、


「まあまあ」

「落ち着けエイブ」


 2人にしっかり邪魔をされた。



 しっかり皆に書かせた後、メモを見ながら、


「どんまい、エイブ」

「エイブは良くやったわよ」


 そう言葉では諌めてくれているが、ダニャルとフィシャリの表情は完全に笑っていた。



 いいさ、いいさっ。

 僕にとっても今となっては、数々の失敗だって良い笑い話になっている。


 でも流石に笑い過ぎたと気にしたのか、忘れていた改善点なんかを2人は教えてくれた。


 それを子供達に伝えながら、僕達は更に青年の家をふらつき続けた。




「う~ん、この色いいなぁ。この模様も面白い」

「だろっ? 街の職人さん達にも相談して、色々やったんだ。明日のジャムの講習会の後にでも、紹介するよ」


 ダニャルなら、そう言うかもと思ってたんだっ。

 講習会自体に、職人さん達が参加するかどうかは分らないが、駄目なら工房に押し掛ければいいと、僕はそう答えた。


 そのままケラスィンが気を遣って、用意してくれていた客間に2人を泊め、翌朝一緒に港へ向かった。





 ジャムの講習会は思いの外、大盛況だった。

 あまりに人が多過ぎて、全員試し作りは出来なかったくらいだ。


 でもこれなら、街中の人に広まるだろう。

 まぁ、全ては砂糖次第なんだけど……。


 島への帰り旅用の保存食も、無事に掻き集める事が出来た。


 もっとも講習会を開いて集めなくても、昨日から船に残っていた皆が既に、取引を物々交換で始めており、必要無かったかもしれない。


「どれもこれも、質の良い物ばかりだったぞ」

「この木彫りと組み紐も素敵だわっ」


 ダニャルとフィシャリ作も喜ばれているし、2人も目の前で褒められて嬉しそうだ。



 それにしても島へ持って帰る物が、帰り旅に必要な物だけというのは寂しい。

 今は無理だが、島もロウノームスの各州も合わせて、色々な物や技術を取引出来るようになればいいと思う。






通訳


「先生、通訳をお願いしても良いだろうか?」

「通訳ですか?」


「館に、島から来た人達を引き留めたと、ケラスィンから連絡が来た。内々に彼等と話をしたいのだ」



 相談役の日々の忙しさの中、諦めていたクロワサント島から来た人と、親しく話が出来る機会を逃す私ではない。


 2人を部屋へ迎えに行き、ケラスィン様が待っている部屋へ案内をし、私は間に通訳として座を取った。




「自己紹介させて頂く。ロウケイシャンという。エイブにはロウと呼ばれている」

「同じく改めまして、ケラスィンです」


 お2人が自己紹介を伝えた途端、島の人達から表情が消えた。

 目の前に居るのが、ロウノームスの王だと、気付いてしまったようだ。


「……行くな」

「何でよっ! 話をするなど、冗談じゃないわっ!」


「駄目だ。きちんと話をつけないと、エイブは納得しない」

「す巻きにして、“輝ける白”に乗せちゃえば問題ないじゃないっ!」



 我々の目の前で、必死に島の女性、フィシャリ殿を引き止めながら、ダニャル殿が尋ねて来る。


「まず聞かせて貰おう。ケラスィンさん、クロワサント島に嫁ぐ気はないかな?」

「ダニャル?! ……良いアイデアね。一番エイブが納得して、島に帰るわ」


 途端に落ち着き払い、席に戻ったフィシャリ殿。



「もっとも、島では男も女も誰もが仕事を持って働いているから、今の様に周りに人が居る生活は難しい。だが、一緒に仕事をしてくれるなら、皆喜んで迎えるだろう」


「どうかしら? エイブを引き留めてくれた貴女に、私達は本当に感謝をしているのよ。島に来れば、エイブの命の恩人、エイブの大事な人として、島の皆は貴女を大事にするわ」




 通訳しながら、あるフレーズに引っ掛かりを覚えた。

 それは、王も同様らしい。



「引き留めてくれた? どういう事だ?」


 訳して伝えると、すぐに返事が返って来た。


「エイブはね、自分の命を粗末にするの。誰かが助かるならと自分の未来を投げ出すの。そんなエイブを止めたのは、貴女」


「つまり、おれ達がエイブに再会できたのは、貴女のお陰だ。エイブが今自分の命を大事にして動いているのも、貴女の存在あればこそだと、おれ達は思っている」



「つまり、本来のエイブ君はもっと行動派?!」

 今でも、その行動力で我々を引っ張っているエイブ君が?!



「危なっかしいぜ。周りの親方達が押さえてなければ、絶対もっと動き回ってたよな」


「自分の危険も省みずね。貴女がここに居るから、エイブはここを動かないだけ。貴女が居なければ、北の大陸中を動き回って、今頃倒れてるわ」


「だからこそおれ達は、エイブの為に貴女が本当に欲しい。島に嫁いで貰いたい」


「ストッパー役としてか?」

「「そうだ(よ)」」



「何故? どうしてなのでしょうか?」


「おれ達にも分からん」

「分かってるのは、エイブが貴女に一目惚れしたって事だけよ」


「一目惚れ……」

「……従妹殿はどうする? 島に嫁ぐか?」


「え? でも……」


「これ、お近づきに。使って貰えると嬉しいわ。どれにする?」

「おれからも。それに、あんたにも。思ってたより良い奴だな。あんた」






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