懐かしい人達。
王都に入り、しばらくは馬車で進んだ。
「変だなぁ」
「何が?」
「いつもなら、もっと賑やかなのに、静かすぎるんだ」
「くじ引きに戻る前の、北西や南西の州みたいだと思ってたんだが、いつもは違うのか?」
「気になる~。マスタシュ、歩いても良いかな?」
「ちゃんと連れて帰れと言われた」
「至急じゃないよね? ね?」
「……ない」
揚げ足取り気味に食い下がると、マスタシュが折れてくれた。
「じゃあ、ちょっと歩くよ。マスタシュは先に帰ってて。馬車は任せた。2人はどうする?」
「どこに行くの?」
「街の様子を見にだよ。2人も雰囲気がおかしいのは分かるだろ?」
「おれ達が自由に動いていいのか?」
「へ? 何で?」
「エイブ一緒。問題ない」
ダニャルが良く分らない事を言い出したので、首を傾げていると、マスタシュが代わりに答えた。
「ほ~。じゃあ行こうか。フィシャリはどうする?」
「当然っ! お土産も見繕いたいわね」
「代金どうするんだよ?」
思わず尋ねると、ダニャルが小さな木彫りを取り出し、僕に見せて来る。
「こんなのはどうだ? 船酔い対策に作ったんだが」
「うっわぁ! 腕上がったねぇ!」
ダニャルの、木彫りをする事で心頭滅却し、船酔いをブッ飛ばすっ! は未だ健在らしい。
「組み紐も付けるわ。ちょっとしたペンダントになるでしょう?」
「ついでに食料も手に入ると良いんだが」
「何で食料?」
「帰りの航海分だよ。食料がやばい」
「今、ロウノームスは食料不足気味なんだ。だけど皆、何とかしてくれると思う」
「その辺の交渉は任せていいか?」
「おう! 任されたっ!」
僕がそう請け合った事で、ダニャルとフィシャリも安心した様だ。
「じゃあ行く?」
「まずは市場かな?」
「物々交換、行けると良いが」
「少々傷んでる物なら、安いわよね?」
ん?
その言葉を聞き付けた僕は、街へ歩き始めるのを止めて、思わず問い返す。
「傷んでる物? それ、駄目じゃないのか?」
「傷み方次第だ。すぐに加工できる物なら大丈夫」
「保存の仕方が増えたのか?」
「ああ増えた。今回ロウノームスまで北上出来たのも、各州に残っていた加工方法を駆使して、保存食が作れたおかげだ」
「教えてくれっ!」
知らない加工方法っ!
僕は半ば叫ぶように、2人に頼み込んだ。
「何で? 島に帰れば、いくらでも見られるわよ?」
「今必要なんだっ! このままじゃ、冬に餓死者が出るっ!」
「どういう事?」
「さっきロウノームスは食料不足気味だと言っただろ?」
「そんなに酷いのか?」
「王都の皆が協力してくれて、大掛かりに食糧増産を計っている。それでも冬が怖いんだ。どれだけ人が逃げ込んで来るか。分からないのが怖い」
「ちょっとっ! 本当に残る気っ!?」
「残るよ。ケラスィンが居るからね」
「一緒に連れて来ちゃいなさいよっ!」
そんな風に言ってもらえるのは、本当に嬉しい。
けど……。
「ケラスィンは絶対動かない。無理に連れ出したら嫌われる。だから僕も動かない」
「気持ちは変わらないんだな」
「早く農村地帯を落ち着かせ、食料増産を計れれば、冬も怖くなくなる」
「今から食料増産を計っても……だから、保存食かっ!」
「少々傷んでても、保存加工に回せるんだろ?」
「だがなぁ」
「砂糖が大量に要るわよ」
砂糖?
もしかして作る物は……と思いつつ、問い掛ける。
「あるんだろ?」
「……あるわね。でもどう教えるのよ? 言葉も分からないのに」
「一緒に作ってくれれば良い。それで分かるだろ?」
「細かいニュアンスはどうするのよっ!」
「僕が通訳するし、マスタシュも居る」
まだ側にいたマスタシュをチラッと見る。
「街を歩くなら一緒に行く。それ以外、寄り道は認めない」
それで残ってたのか。
ごめん、マスタシュ。
予定変更だ。
「マスタシュ、お願いがあるんだけど」
「何だ?」
「街の人達に、明日保存食の講習を港でするって、伝えて貰えないか?」
「はぁっ!?」
マスタシュが素っ頓狂な声を上げたが、構わずに僕は続ける。
「少々傷みがある物でも良いから、手持ちの中で余裕がある食料を、特に果物を、持ち寄って欲しい。講習料として、出来た保存食は半分島の船に分けて貰いたいと」
「マスタシュ、ご苦労様」
「まあ、頑張れ」
「はあぁああ?!」
「聞こえた人は、知り合いに伝えて貰えませんか? マスタシュ1人じゃ、大変だから」
「分かったっ!」
「明日だなっ!」
「お願いしますね~!」
マスタシュをその場に残し、まず2人と青年の家へ馬車で向かった。
「ロウノームスでも、流行病後は食料難が続いていてね。それでも世情不安は、ロウノームスの王族2人が先頭になって抑えてたんだ」
ロウノームスの王族は、たった2人しか生き残らなかった事。
その為、目が行き届かず、好き勝手をする貴族が出た事。
だが、その貴族達のほとんども、処分出来そうな目処が立ち、王族2人が中心となって現在、ロウノームスが動き始めている事を僕は伝えた。
とはいえ、それまでの世情不安が尾を引いており、食料増産が計れなかった事も。
「昨日、海にいたのは、保存食を作る為の海産物を採る為だったんだよ」
館に着いた僕は馬車から下り、ダニャルとフィシャリを青年の家へ案内しながら、ロウノームスの現状を説明する。
「きっと干したり、煮たりしてると思う」
「おれ達も昔はよく、海だけじゃなく食料集めに行ったよな」
「そうそう。エイブに事典を探してもらったのよね、確か」
「……次々と無理難題言われて、よくおばあちゃんには助けてもらったよ。元気?」
「エイブ、おばあちゃんは、亡くなったよ」
「エイブが北に連れていかれて、始めての冬だったわ」
「そうか」
2人の表情に陰りはない。
きっとおばあちゃんは皆に囲まれて、大往生したのだろう。
「おばあちゃんは、ずっと言ってたわ。エイブは生きてるって」
「おばあちゃんは正しかったな。こうしてエイブに会えたんだから」
「僕も嬉しい。おばあちゃんに心配掛けてるよなぁって、時々思ってたから」
「おばあちゃんが信じてたから、私達もここまで来たのよ」
「もう凄いぜ。誰が行くかで、毎回大騒ぎさ」
懐かしい人達の話を聞きながら、干し場に着いた。
すると僕達に気が付いた子供達が、わっと一斉に駆け寄って来る。
どうしたんだろう?
皆、心配そうな顔だ。
「何でそんな顔? 僕はホームシックじゃないよ」
初めて海へ行った後、そう勘違いされていたのを思い出して、僕は伝えた。
「エイブ、島に帰らないでっ!」
「帰る予定は無いよ、本当に」
「でも……っ」
子供達は幼馴染達へと視線を移して、口々に訴え始める。
「エイブを島に連れて帰らないで下さいっ」
「ぼく達にはエイブが必要なんだっ」
「お願いしますっ!」
と、一斉に頭を下げる。
皆、物凄く必死だ。
お陰で幼馴染達も僕も困惑顔で、顔を見合わせてしまう。
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。僕は船酔いが酷いんだ。何といっても、島にはケラスィンがいないし」
何度も繰り返し伝えて、ケラスィンの事も出して見るが、子供達はにやりともしてくれない。
そんなに僕って、色んな事をポイッと放り出してしまう感じなのかなぁ?
逆にそんな風に疑問に思ってしまった。
桟橋で
「あ~あ~。行きたかったな~」
「バナ~。どうやら安全そうだし“輝ける白”の手入れをしないか~?」
「それよりも食料容器の洗浄が良くないか~?」
「手入れは分かるけど、何で食料容器~?」
「ダニャル兄が小さいのばっかりだけど、作品を持ち出して行ったんだ。絶対食料と交換してくるぜっ」
「じゃあ、フィシャリ姉も?」
「うわ~っ! 組み紐が無くなってる~っ!」
「大変だ~っ!!」
「とりあえず暇な奴っ! 手当たり次第に、物を船外に運び出すぞっ!」
「急げ~っ! 姐御が帰って来る前に、終わらすんだ~っ!」
「うるさいっ! 寝れないぞっ!」
「何があったっ!?」
「ダニャル兄とフィシャリ姉が食料を持ち帰って来る~っ!」
「何だって?」
「木彫りと組み紐が無くなってる~っ!」
「マジか~!!」
「何だ?」
「船から物を出してるな」
「何て見事な木彫り!」
「それより、あの陶器!」
「今度嫁ぐ娘に持たせてやりたいなぁ」
「おい。磨き上げてる!」
「やっぱり売り物だろ~?」
「誰か聞いてくれよ~」
「言葉も分からないのに、どうやって~」
「そういや、筆談が出来るって聞いたぞ」
「筆談?」
「言葉も分からない島の人と、マスタシュが筆談で意思疎通を計ったって、聞いた事がある」
「誰か~っ 文字を書ける奴いないか~?」
とん。
「おい。忙しい」
とんとん。
「だから忙しいって」
「は? 売ってくれないかって? そうだなぁ。新しい樽に、真水を入れたのと交換なら」
「は? 明日持って来るって?! マジかっ!?」