話しこむ。
しばらく僕の話に耳を傾ける一方の幼馴染達だったが、堪え切れないという様に、ダニャルが尋ねて来る。
「さっきから聞いてて思ったんだが……」
「うん、何?」
「エイブ、お前っ! お姫様に手を出したのかっ!」
「ええっ!?」
確かにロウノームスに来てからの話をするなら、必要不可欠なケラスィンの名前を何度も僕は登場させた。
ロウノームスでの僕の暮らしは、ケラスィンが居なければ存在すらしていなかっただろう。
だけど、手を出したって何だ?!
僕がケラスィンに片想い中なのは、まだ言ってない。
そのはずなのに……っ。
「ちが~うっ! ケラスィンは僕の命の恩人っ!」
「ただの命の恩人じゃないんでしょ? 惚れたんじゃ?」
「うっ!」
「フィシャリ、ズバリ過ぎ」
「ズバリと言わないと、エイブは口を割らないじゃない」
「そうだが、男心が……」
「そんなもの気にしたら、話が進まないじゃない。で? 嫁にしたの?」
「ケラスィンはまだお嫁さんじゃな~いっ!」
もちろん叫んだ。
だというのに、完全に無視されている。
「くっそ~、エイブを取られたっ!」
「え~っ! エイブお兄ちゃん、お婿に行っちゃうのっ?」
「エイブのお嫁さん、確保しておけば良かったわ!」
「失敗したなぁ(わね)っ!」
などなど、僕の否定をちっとも聞かず、好き勝手言われてしまう。
なんでっ?
いきなり僕がケラスィンにべた惚れなのが、バレバレっ?!
でも不純な動機がバレバレだからこそ、僕は頭を下げやすくなった。
「ごめん。そんな理由で僕は今、ロウノームスの復興を手伝ってるんだ」
病を持ってきたり、奴隷を要求して来る国に対して、ここにいる幼馴染達だけではなく、島の誰もが好印象を持っているはずがない。
それを承知で、しかもケラスィンに笑っていて欲しいという理由で、僕はロウノームスの復興を手伝っていると謝った。
幼馴染達は顔を見合わせて、次いで笑い出す。
「そんなの、船に上がって来る前までの様子で分ってたわ」
「エイブの周囲の人達が、あれだけ協力したり、心配してるんだもんな」
「ここでこうして、エイブに会えた事が重要よ」
「皆そう言うに決まってるさ」
「うんうん。でもエイブお兄ちゃんが反ロウノームスの黒幕だったら、それはそれでカッコ良かったかもっ!」
「バナ~」
フィシャリとダニャルの言葉に、じわりと嬉しさを感じていた僕だったが、バナの言葉にがっくりする。
でも、うん。
もしケラスィンに会わなかったら、黒幕は無理だったかも知れないけど、反ロウノームスの一端にはなっていたかも知れない。
そうしたらきっと、ここでこうして、皆とは会えなかっただろう。
もしかしたら、生きてさえいなかったかも知れない。
「探してくれて、ありがとう」
「それにしても、まさかロウノームスでエイブに好きな娘が出来るとはな。……美人なのか?」
「そりゃ、もちろん! それだけじゃなくて、ケラスィンは……っ」
ついにケラスィンの事を語れる時が来たっ!
そう思ったのに、ダニャルがストップと片手を上げる。
「あ、やっぱいいや。長くなりそうだし、明日……もう今日だな……本人に会えるだろ」
「……えっ?」
「そうね、もう寝ましょう。話はまた明日」
「え~~~~~っ!」
勢い込んで話し始めようとしたのにストップされて、僕は面食らった。
それなのに、そんな僕を他所にどんどん話は進んで行く。
「うん。ダニャル兄も、フィシャリ姉も昨日からずっと起きてたもんね。今夜は当番だし、ちゃんと船を守るね」
「後は任せた」
「休ませて貰うわ。皆も当番以外は休みなさいよっ!」
「はいっ! 姐御っ!」
「おやすみなさ~い」
「ええっ?!」
「ほら。エイブ、こっちだ。雑魚寝だが問題無いよな」
「無いけど~っ」
船内へと引っ張って行かれるが、何かすっきりしないっ!
感動の再会初日なのに、こんな感じで終わりなのかっ?!
「明日もあるんだ。すっきりした頭でゆっくり話を聞きたいじゃないか。こっちは昨日から寝てなくて眠いんだ」
「何で寝てないんだよ?」
「今日北の大陸が見つからなかったら、島に帰るつもりだったからな。総動員体制で遠見をして居たんだよ。皆疲労がピークなのさ。今はエイブが見つかってハイだけどな」
「そうか。気付かなかったな」
「だから皆を休ませてやってくれ。それで明日の朝に顔を見せてくれ。夢じゃなくて本当だと分かる様に」
「僕も夢じゃないかと思ってるよ」
「一緒に雑魚寝しようぜ。途中で目が覚めても、周りには皆が居る」
「そうだねぇ」
皆の気配を感じながら、ゆっくり寝よう。
きっと安心して眠れるだろう。
予測通り遅くに目が覚めると、港に昨日ロウケイシャンに頼んでおいた、王都まで僕を送ってくれる馬車が既に待っていた。
しかも側にマスタシュが居る。
たぶん島の言葉が分かるから、かな?
「僕は王都に戻るけど、どうする? 一緒に来る?」
「う~ん。ちょっと興味あるなぁ」
「私は行くわ。エイブの想い人に興味があるから」
「バナも行く~!」
「バナは留守番だな」
「そうね。後は任せたわ」
「え~っ!?」
「じゃあ行こうか」
その馬車に僕と、それから幼馴染達と、乗り込む。
「そうだっ! お願いがあるんだけどさ」
「何?」
「クロワサント島の帆船を、ロウノームスに輸出したいんだ。駄目かな?」
「輸出?」
「それで、ロウノームスもクロワサントもお互いに、良い関係になれるはずなんだ」
「説明が足らんっ!」
「痛い、マスタシュっ」
足に蹴りが飛んできた~っ。
痛がる僕に対し、幼馴染達の反応はまた酷かった。
「エイブは相変わらずなのね……」
「え~っと、マスタシュ? エイブの暴走を止めるのに、苦労しただろ」
「しかも、1人でよねぇ」
なぜかマスタシュに同情と尊敬的。
あのぅ。
痛いのは、僕の方なんですが……?
そんな幼馴染達に、マスタシュは島の言葉で疑問を向ける。
「エイブ、これ、前から?」
「少しずつかしら。疫病が終息した頃、島はもうボロボロでね。誰もが絶望していた頃、エイブだけが前に進もうとして居たわ。その助けになりたくて、私達は頑張った」
「だが頑張り過ぎたらしくてな。説明しなくてもおれ達なら分かると、どんどん説明が無くなってしまった。まあ、それでも何となく分かったんだけどな」
「つまり、あんた達、悪い?」
「まあ、すまん? だが復興はなったぞ」
「……」
あ~、マスタシュの機嫌が~。
何とか通常モードに戻って貰わねばっ!
「ロウノームスに来て思ったけど、島の技術は凄いんだっ!」
操舵の方法をクロワサント島の人達から教わり、自分達で帆船を動かせるようになれば、船漕ぎ奴隷は必要なくなる。
奴隷が必要無くなれば、クロワサント島が人を出す必要が無くなり、その労働力を他の力を必要とする所に回せば、ロウノームスの復興は加速するだろう。
そんな風に王都への帰りの間、僕はまた話して話して、館に着いてからも話し続けた。
不安
「姫様っ! 島の人がっ!」
「大丈夫。大丈夫よ。ロウケイシャンお従兄様が一緒に行ったわ」
でも不安で不安でしょうがない。
少しずつ離れていく凧を、ずっとずっと見つめてしまう。
「私達もそろそろ帰りましょう」
「はいっ! 島の人を追いかけましょうっ!」
それまでも帰る為に荷物を纏めていたが、慌てて皆で準備する。
「姫様っ! 船が向きを変えたっ!」
沖を見ると確かに船の向きが変わっている。
それも、エイブを追いかける方向に。
「島の船なのかしら」
「全く見た事が無い船ですね」
エイブが島に帰ってしまう?
「急ぎましょう! ケラスィン様!」
「そうね」
そろそろ王都に着くと言うあたりで、ロウケイシャンお従兄様と合流できた。
「ケラスィン、マスタシュは居るか?」
「ロウケイシャンお従兄様? エイブは?」
「明日の朝、港の大桟橋まで迎えに行って貰わねばならない。それはマスタシュが最適だ」
「何故?」
「覚悟はしていたが、島の人達は我等ロウノームスの人間を信頼していない。エイブを見つけた途端、身柄の確保を優先したよ」
「そんな……」
「大丈夫だ。エイブは迎えを寄越してくれと言って来た。明日の朝にちゃんと帰って来る。だが島の者達と意思疎通できる者を、間に入れなければ。彼等はエイブを連れて帰るだろう」
「私達はエイブが必要です」
「島の者達も必要だからエイブを迎えに来たはずだ。何とか譲歩をして貰う為にも、我等の気持ちを伝える者が必要だ」
「それでマスタシュを」
「そうだ。エイブをロウノームスに引き留めてくれ。マスタシュ頼む」