誘導。
どうやら“輝ける白”はこちらに向かって進んでいる。
このまま直進しては、浅瀬に乗り上げてしまう!
「ロウ! 僕は船を港に案内する!」
「どうやってだ?!」
「あの船は凧を見て近づいて来てる!」
「凧?!」
不思議そうにロウケイシャンが尋ねて来るが、それ所ではない!
「馬を借りれるかな?!」
物影に隠れて居た近衛の人を見つけ、捕獲する。
「予備の馬は居ります。しかし、乗馬のご経験はおありなのですか?」
「どこに?!」
「こちらです」
連れて来てくれた馬は、大人しい賢そうな馬だった。
非常に助かる。
操馬をしながら、凧上げするのは始めてだ。
「頼んだよ!」
その背に跨り、港へと向かう僕をロウケイシャンが追いかけて来た。
「何があった?! あの船は何だ?!」
「あれは、クロワサント島の船だ」
「クロワサント島?!」
「凧が上がる場所には人が居る。だからここを目指して来てるんだよ。でもこのまま進めば、浅瀬に乗り上げて“輝ける白”が沈んでしまう。だから港に誘導する!」
「何故分かる?!」
「“輝ける白”を見間違える事は無い! あの船はクロワサント島の希望。僕達の生命線だったのだから」
繰り寄せて居た凧を操馬しながら、少しずつ高く上げ戻す。
「付いて来てくれ」
祈る様な気持ちで、昇る凧を見上げる。
「エイブ?! 大丈夫か?」
「大丈夫。この子なら」
全てを任せると、跨った馬を優しく叩く。
だが、余りに僕が凧ばかり見ているから、不安に思ったのだろう。
ロウケイシャンと近衛の一隊が僕の前後を囲み、進む先を示してくれる。
「先導する。行くぞっ」
「助かる!」
何度か落馬しそうになったり、凧の糸が緩みそうになったりしたが、高く上った凧と馬から落ちない事だけに、僕は神経を振り向け、何とか無事に港の埠頭に辿り着いた。
タイミング良く大桟橋が空いている。
「使わしてくれ~!!」
叫びながら、僕は桟橋の先に走り込んだ。
周りのざわつきが一気にボルテージを上げたが、僕の気持ちは“輝ける白”に一直線で、周りに気を配る余裕は無い。
「ここだっ! 来てくれ!」
糸が伸ばせるぎりぎりまで、僕は凧を上昇させた。
だが、もうすぐ陽が落ちてしまう。
暗くなると“輝ける白”から見えていただろう凧は、姿を闇に隠してしまう。
「篝火を! 準備してくれっ!」
「何でも良いっ! 燃える物を掻き集めろっ!」
「急げっ!」
港に居る人達が、一斉に駈け出す。
皆が松明を持ち、煌々と篝火が燃え上がる中、無事“輝ける白”は港に着いた。
船の上で、幼馴染達が僕を見て興奮していた。
「見つけた~っ! エイブ~~~~!!」
「生きてる~っ! 生きてるよ~~~~っ!!」
「久しぶり~っ! 皆元気そうだね~っ!」
「久しぶりじゃな~~~~いっ!」
それにしても僕は幼馴染に対して、クロワサント島の言葉を使っていた。
しばらく使っていなかったのに、幼馴染達を前にすると自然と口から出て来るのが、実に不思議だ。
「エイブ、上がって来てくれ」
「ダニャル?! 船酔いは大丈夫?」
「あ~。食欲は出ないけど、何とかね」
「へぇ~! 僕は駄目だったよ! 船酔いでずっとダウンだ」
「エイブ、話が長くなりそうだ。上がって来ないか」
「え? 何で?」
「野郎ども! 用意は良いか?!」
「はいっ! 姐御っ!」
「行けっ!!」
「はいっ! 姐御っ!」
船上から飛んで来る、大量の投げ縄。
「エイブっ!」
慌てた様にロウケイシャンが手を伸ばして来るが、外れた投げ縄が邪魔をして僕に近づけさせない。
「うわあああああ! フィシャリ~っ!」
「上がって来いって言ってるのに、もたもたしているエイブが悪い」
「何で僕を捕まえるんだ?!」
「もちろん、エイブの身の安全の確保よっ!」
「ちょっと待てって~! フィシャリ~!」
「エイブ。ノウロームスが安全だと、おれ達を納得させたいなら、まず大人しく捕れ」
「ダニャル!」
「顔を見せて、おれ達を納得させろ」
「分かったっ! ロウ! ちょっと話をして来る! このままじゃ僕は即行島に連れ戻される!」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫! 僕はそう簡単に島には帰らない!」
「エイブ……」
「酔ってダウンの船旅に、早々連れ去られてたまるか~っ!!」
「……頑張れ」
「頑張るよ! あ、そうだ。明日の朝に僕を王都まで連れて帰ってくれる人を、頼んでもいいかな?」
さすがに王族一同が、お忍びキャラバンで1泊するのは無理だ。
そこで僕がそうお願いすると、ロウケイシャンは快く承知してくれた。
「明日の朝だな!」
「ゆっくり目で頼む~! 絶対話が尽きなくて、夜更かしになるから~」
「おう。楽しんで来い」
投げ縄の縄が食い込んで来て、痛みを感じ始めた頃、“輝ける白”の上に着いた。
あっという間に皆に囲まれ、抱き付かれる。
「皆、元気そうだね」
「島長もっ!」
「僕は、もう島長じゃないよ?」
「エイブは島長だよ」
「何でだよ? スィーザに任せただろ?」
「そのスィーザが嫌がったのさ。自分は仮に預かっているだけだと」
む~。
「何で反対しなかったんだ?」
「おれ達も同じ気持ちだったからさ。だからずっとエイブが島長」
「え~。何でくじ引きしなかったんだよ~」
「誰もやりたがらなくてな。それに、エイブが島長のままの方が、何かと動き易かったしな」
「困ったなぁ。島に帰ったらスィーザに、島長にさっさとなれって言っといてよ」
「絶対嫌がるな。それより、エイブが島に帰ればいい」
「まだ帰らないよ。諦めたくない事があるからね。それよりロウノームスに良く来たね」
「当たり前だろう」
それから僕は、島の皆の話を聞いた。
皆はあれから僕を心配して、ずっとロウノームスへの海路を探してくれていたらしい。
「特に“輝ける白”は、暇を作っては北を目指した」
「無茶をしたんじゃないんだろうね?」
「ちゃんと見極めて動いたさ。今回も今日1日北上したら、島へ帰る事になってた」
そうしたら“輝ける白”から凧が見え、人が居ると分かって、それを目指して北上して来たのだそうな。
「僕が上げた凧だよ」
「そりゃすごい。エイブを目指して北上して、エイブが上げた凧を見つけるなんてな」
ダニャルから島の近況を聞いている最中に、フィシャリが口を挟んで来た。
「エイブ、何を言ったの?」
「何の事だい?」
「“輝ける白”の周りから人が居なくなったわ」
「久しぶりに会う僕達に気を使ってくれたんだろ。ほら、ちゃんと詰所に明かりがある」
「……何をしたの?」
人聞きの悪い。
僕は僕なりに動いていただけだ。
だが、信じていない皆の視線を感じ、しぶしぶ僕はロウノームスの話を皆にした。
印
「何故? どうして北の大陸はその姿を現さない?」
「バナ、落ち着きなさい。今日は1日北上するのだから、もうちょっとのんびり構えなさい」
「それにお前、今日夜勤だろうが。早く寝ろ。陽が落ちたら、方向転換をして貰わなければならない」
「分かってるけどっ!」
「眠れなくても体は休める。夜勤の者の鉄則よ。行きなさい」
「何かあったら、ちゃんと起こす。“輝ける白”の主席航海士はお前なのだから」
「……ホントに?」
「ホントだ」
「さあ、行って」
「分かった。約束だよ!」
「……どう思う?」
「半々ってとこかな」
「結構確率高いのね」
「確かにバナの言う通り、そろそろ見えてもおかしく無い。そうだろ?」
「そうね。親方達の意見もそうだったわ」
「だからこそ半々だ。あとは、おれ達が印を見つけられるか」
「見張りを強化しなきゃね。聞こえてた者っ! とっとと配置に着くっ!」
「はいっ! 姐御っ!」
「姐御~! 何かが見えます~っ!」
「何が?! しっかり報告しろっ!」
「しっかり……。北西の州の全島祭りの時、海で見た凧に似たモノが、前方に見えます~っ!」
「凧?!」
「遠過ぎて……。もっと近づけないでしょうか~っ?」
「……どうする?」
「凧……。エイブが居るかもしれない」
「そうだな。もし居なくても、上がっているのが本当に凧なら人が居る。エイブの情報を手に入れられるかも」
「全速前進っ! 見張りはそのまま前方を注視っ!」
「はいっ! 姐御っ!」
「今度こそっ! 北の大陸をこの目に納めてやるっ!」